一週間の出来事と出会い
1日目はニオイを嗅いでいるだけで終わった。
2日目は嗅いでいる内それが何なのか。暖かく、それが羽織るものだということが分かって終わった。
3日目は一日雨が降った。でもそれを手に持っているだけで、寒く感じることは無かった。匂いは少し減ってしまった。
4日目、雨。手に取り、匂いを嗅ぎ、羽織る。気持ちいい。心の奥が暖かい。ずっとこの匂いに包まれていたい。
5日目、羽織る。体が疼く。息が荒い。匂いが少し消えた。いやだ。この匂いを。暖かさを失いたくない。
6日目、匂いが外へと続いているのが分かった。"これ"の匂いも消えていく。暖かさが消えるくらいなら。それなら。
7日目―――。歩き出した。
竜騎士候補生、訓練生は竜騎士団本部にて課業や訓練を受けながら一人前へと育っていく。
だが、ずっと毎日がそうしていては気分が参ってしまう。
というわけで課業を受ける訓練生、候補生には週に一日、休日があてられる。
その日は騎士団の講義も無いので、基本的には町の方で羽を伸ばしたり、自主練に励んだり・・・相棒との「絆の構築」に励む奴もいたりする。
いずれも共通して言えることは、めったなことが無い限り、本部へ向かうことは無い。ということなのだが。
「なあああああぁぁぁんで、本部の講義室にいるんですか俺達は!!」
「ライル。騒いでる暇あったら手動かせ手。お前のほうが多いんだからな」
オレとライルは膨大な数の反省書を書いていたのだった。
なぜこんなことになったのかというと。
「というかトマ! あのときの反省書、俺の分も出したんじゃなかったのか!?」
「出したよ。けど見破られるとは思わなんだ」
前回の反省書をライルの分もオレが書いて提出した。文の構成を変え、文体を似せるまでは良かったのだが・・・肝心の文がライルらしくない書き方をしてしまった。
分かりやすく言うなら、ライルが普段使わない難しい言葉で埋め尽くしてしまった。
これを読んだ教官が「これは怪しい」と踏んで、その手に詳しい魔物娘の元、検査した結果・・・見事にばれた。
で、オレの方も責任があるということで一緒になって反省書を書いているのだった。
「うう、せっかくの休日が・・・俺の竜泉饅頭・・・」
机にうつ伏せになるライル。今日はレニアや他の訓練生達とともに竜泉郷の温泉に行く予定だったらしい。
「饅頭ならどこでも売ってるだろ」
「違う、違うぞトマ! 竜泉郷のだ! 温泉に入って日々の鬱憤と疲れを癒して!
その後に食べる饅頭が最高なんだ! ただの饅頭じゃあんな感覚味わえないんだぞ!!」
「ああ・・・はい」
ものすごい勢いで饅頭について語りだしたライルを尻目に、オレは自分の反省書をつらつらと書いていく。
「ああくそうくそう! 今頃はレニアと温泉に入ってうまいものを食べているはず・・・」
ライルは最初はそんな文句を言いながらであったが、途中からはオレが反応しないことに飽きたのか黙々と反省書に筆を走らせていった。
・・・その進む速さは遅かったが。
(ぐうううううう・・・)
講義室内に空腹の音。音は目の前の男から聞こえてくる・・・本人はそれに気づいていないようだが。
時計を見るともうすでに昼を回っていた。オレは反省書を書く手を止め、立ち上がる。
「? どうしたトマ?」
「もう昼だ。なんか買ってくる・・・何かは希望あるか?」
「え、もしかしておごってくれるの?なら俺竜d「軽い物限定。あと、金はきっちり貰うからな」
そう言ってオレはライルの反論を待たずに講義室を後にした。
「・・・うーん、肉がまた値上がりしてんなぁ」
本部から少しはなれ、適当な飲食店でパンを買い、ついでに自分の一週間分の自炊の材料を買おうと竜翼通りを店を一点一店覗き込んでいると。
「あれ? トマ?」
聞きなれている声が耳に入る。
人ごみの中からふと声のする方向に眼を向ければ。
「・・・レニア?」
幼馴染の相棒がそこにいた。
「何してるのさ。今日はライルと反省書書きじゃないの?」
「ん・・・ちょっと昼時だし飯買ってたところ。レニアこそ、竜泉郷に行ったんじゃなかったのか?」
オレは疑問を口にする。
レニアは「あー」とだけ言うと頭を掻いた。
「それね。私、パスした」
「・・・というと?」
「皆相手がいるのに、私だけ一人って言うのも、ね」
レニアの言葉に疑問符が浮かぶオレであったが、少し考えるとその意味が分かった。
オレは行った試しが無いので分からないのだが、竜泉郷の温泉はほとんどのスポットが「夫婦用」に作られているらしい。
混浴はほとんどがそうだし、魔界ということだけあってかお湯には「そういう効果」がでるものがほとんどなのだとか。
・・・確かに、オレならそんな湯が出る中で一人で浸かる勇気は無いな。レニアの場合は・・・相方がいるからなおさらか。
「なるほど。そりゃ一人で行っても楽しくないわけだ」
「そういうこと。で、ライルには行くって言っちゃったし、ここでぶらぶら時間つぶしていたってわけ」
ライルにはここにいたこと内緒にしててよ、と手で合掌をするレニア。
まぁオレとしては別に知らせるようなことでもないので、特に思うことも無かったが。
「トマはこの後本部に行くの?」
「ん。あと少し買い物したら戻る。・・・とりあえず、ライルには竜泉郷に行ったっていう証拠の土産物は用意しておくのをおススメする。
あいつお前と饅頭食えなくて残念がってたし」
「・・・その食い意地はライルらしいね。了解。それじゃ見合うものを用意しておきましょうかね」
オレの言葉にレニアは少し苦笑いをしながら、それじゃ、と俺の横を通って通りの人ごみの中に消えていく。
さてオレも買い物の続きをしようかと踵を返したその時。
「あ、そういえば聞きたいことあったんだった」
後ろからレニアの声に立ち止まり、振り返る。
「? 聞きたいことって?」
「トマって・・・騎竜が決まったの?」
その言葉にオレは一瞬たじろぐ。
「・・・なんで、そんなこと聞くんだ?」
もしかして嫌味か何かかとも思ったが、レニアの一瞬のきょとんとした顔を見るに、どうやらそうでもないらしい。
いや元々そういうことをするようなやつじゃないのは分かっているが。
すぐにレニアは両腕を自分の前でわたわたと振る。
「ああ違うよ! ・・・ごめん。そういう意味じゃないんだ。ただ、トマから竜の匂いがしたから」
「匂い?」
「うん。私達と同じ、竜の匂い・・・っていえばいいのかな。トマのは、嗅いだこと無い匂いだけど、でも竜の匂いがするんだ」
「・・・。」
本部からの帰り道。
結局ライルの反省書書きは今日中に終わりそうも無い、ということになり、ライルは自分の寄宿舎でそれの続きを書くことになった。
そして「今日は徹夜か」と絶望するライルと別れてから、少し経つ。
『竜の匂いがしたから』
歩きながらレニアの言葉を思い出す。
服の匂いをかいでみる。・・・自分の匂いしかしない。
「竜の匂いっつってもな・・・」
最初は血や香水の匂いとかそういうものの類かと思ったのだが、レニアの口ぶりから、どうもそうとは思えない。
それなら竜と体を交わすような近い距離にオレがいたのか、というとそれも考えられない。・・・というかそんな覚えも無い。
オレの体に、竜の匂い・・・そんなのが付く要因なんて。
「・・・まさか」
一週間前のことを思い出す。宿舎に戻る途中で見つけた、竜。
確かにあの竜を雨に塗らせないように担いだ記憶はあるが。
「・・・いや、ないだろ」
担いだ記憶はあるが、それは全体を見ればわずかな時間。それだけで一週間も残るような匂いがつくとは思えない。あったとしても確率として限りなく低い。
・・・というか死んだ竜の匂いが付きまとうというのはあまり考えたくない。気味悪い、とまでは行かないが、何か呪われているような気分になる。
だがそれを除いたところで竜の匂いがつく要因も分からない。
「これが支障にならなきゃいいんだが」
オレは自分の騎竜にあう日がさらに遠くなったような気がして、肩を竦めた。
「ただいま戻りました」
オレは寄宿舎の玄関の引き戸を開けて一声かける。
「お帰り、マー坊」
オレが玄関で靴を脱ぎ下駄箱へ仕舞おうとすると、気配の感じない廊下から突然声がかかる。
ぎょっとしてその方向を見ると、そこには着物を着崩した銀髪の妖艶な女性がいつの間にか立っていた。
「・・・チタルさん、その『マー坊』っていうのはどうにかなりませんか? あといい加減音も無く現れるのも止めてくれませんかね」
「どっちも無理な相談だねェ。マー坊は響きがいいし、そういう風に現れた方が面白い反応が見れる」
そう言いながらその女性―――チタルは手に持っていた煙管を吹くと、けたけたと笑う。
チタルさんはこの宿舎の管理人だ。もう一人の男性―――旦那さんと一緒に、この竜騎士団宿舎「椛荘」の管理をしている。
・・・といっても椛荘にいる騎士団員は一人もおらず、候補生のオレ一人だけがここの一室を借りているという状況なので、管理というよりただ自分達の家に住んでるだけ、と言った感じだが。
チタルさんも会ってから約半年しかたってないとはいえ、オレのことをほとんど家族同然に扱ってもらっている。
「そういうことするのは旦那さんだけにしてくださいよ」
「違うよマー坊。あの人と話すのは確かに楽しい。けど、それと以上に楽しいのがマー坊ってわけだ」
性質悪いなぁオイ。というか旦那さんが浮かばれねぇ。
「と、そうだ。マー坊、昼にお客さんが来たよ」
軽口を尻目に部屋に向かおうとすると、後ろからチタルの思い出したかのような声がかかる。
「お客さん? チタルさんにですか?」
「いやいや、マー坊にだよ。若い竜の女っ子だったな」
チタルの返答にオレは考える。
竜の女の子・・・オレの知り合いならレニアだろうか。だが彼女は今日は竜翼通りを歩いていたはず。
「竜の女の子って・・・具体的にどんな人だったんです?」
「さぁ? 実際に会って確かめてみればいいじゃないか」
「・・・はい?」
「部屋からまだ出てきたところ見てないからねェ。多分まだいるだろ」
オレの言葉にあっけらかんと言葉を重ねるチタル。
「部屋から見てないって・・・勝手に入れたんですか!?」
「そうだね。まぁ害をするようには見えなかったし、そのまま通したんだけど」
そのまま通したって・・・家に友達が来たから喜んで中に入れようとする親じゃあるまいし。オレのプライバシーどうなってやがる。
それにさっき聞き逃したが「多分まだいる」ってなんだ。
「いったい誰だ?」
チタルに関しては後で問い詰めたいことがあるのだが、客人がいるなら先にそちらの方を優先するべきだろう。
「マー坊」
今度こそ部屋に向かおうとすると、また声を掛けられる。
「ほい」
「わ、おおっと」
振り返ると何かを投げられた。
小さい小瓶だ。竜のイラストが書かれたラベルと中に赤い液体が入っているのが分かる。
これは・・・『竜の生き血』?
「部屋に戻る前に飲んどくのおススメするよ」
「・・・?」
オレがその意味が分からずにチタルのほうを見ると、チタルはニマニマと笑いながら左手にガッツポーズの体制をとっていた。
・・・その左手は人差し指と中指の間に親指を入れているものだった。
「んなわけないでしょう・・・」
突っ込むと同時にそのビンを投げ返す。そのまま後ろの様子を見ずに部屋に戻った。
廊下の奥、オレの部屋の前に来る。
軽く扉の奥の様子を見ると、確かに誰かがいるような気配がした。
「・・・ふぅ」
オレは軽く深呼吸した後、部屋に入って行った。
・・・そこで、『初めて』彼女に会った。
17/04/15 23:38更新 / キンロク
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