読切小説
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玲子とゆきちゃん
玲子は高校生だった
今日は休日、ちらりちらりと雪が降る
「積もるかなぁ」
そう呟きながら
家でのんびりごろごろ過ごしていると
インターホンが鳴り響く
「んもー、こんな休日に・・・どなた?」
玄関扉を開けるとそこには
雪女がいた

青ざめた青白い肌、
ゲレンデを思わせるような白銀の綺麗な髪は腰まで降りる長髪ぱっつん
氷のような青い瞳に、魅入られるかの様な美人さんの容姿
それを際立てるかのような、雪結晶の模様で染められた、青白い着物
雪女がにこり、微笑むと、辺りがぶるりと寒くなった

「こんにちは・・・おぼえてますか?」
「えっ、ゆきちゃん!?」
それは数年前の冬
まだ子供だった私は雪山の中
親の目を盗んで離れ、雪原できゃっきゃはしゃいでいた
その時、女の子がいたのだ。私と同い年くらいの娘で…
「そうだ、青い肌で珍しかった」
「その時よくしてもらって、今でも覚えていたのです」
よくしてもらったというか、一緒に遊んだというか
雪だるま作ったり、雪玉押し付け合ったり、
氷のお皿作って見せあいっことかしたよね。

「大きくなって私の所まで尋ねられるように」
「はい」
「すごーい!よくここまで一人で!私方向音痴だから絶対迷っちゃう」
「くすくす。これからはもう大丈夫ですよ」
袖を口に寄せてゆきちゃんが微笑むと辺りはより寒くなった
「?・・・まあいいや。ここだと寒いから、あがってあがって」

お部屋でテレビを見ていると、外はうっすら雪化粧
あっつあつの湯呑をゆきちゃんと一緒に、こたつに入ってのんびりと
「あつつ・・・」
「あ、大丈夫?」
「大丈夫です。少しすれば・・・ほら」
みるみるうちに湯気が引いて、また湯気が
・・・なんだかほんのり冷たい・・・?
「冷気です」
あっという間に冷たくなった湯呑から氷のかけらがぷかぷか浮きだす
「あっ、淹れなおすね」
「大丈夫です。冷たい方が・・・好き」
再三微笑むゆきちゃんの顔は、なんだか見てて飽きない
まるで宝石を、この世で一番美しいものを見ているかのようで

「実は、迎えに来たのです」
「ふぇ?」
せんべいを頬張ってると、唐突にゆきちゃん
「私達雪女の種族は・・・」
「ちょっちょっと待って、ゆきちゃん雪女だったの?」
「え?」
正座して目を少し見開き、戸惑うゆきちゃん
「そりゃあ肌が青くて、珍しいなーとは思ったけど」
「・・・れいちゃん」玲子の愛称だ
ゆきちゃんがこたつを回って玲子と向き合い、正座する
後ろに見えるガラス窓から、激しくこんこんと降り続ける雪が見える
「・・・・・・」
玲子がそっとゆきちゃんの手を取ると、氷みたいに冷たい
いや・・・氷そのものだ
熱いものを持つとじわじわと熱が伝わり火傷するが
ゆきちゃんの手はじわじわと冷たいのが伝わって、
か、かじかんで・・・ひゃっ、ひゃぁぁ・・・!
「れいちゃん!」
ぷるぷる涙目になってるのにそれでも手放さない
「ひ、冷え性・・・冷え性ね・・・!」
「うん・・・・うん・・・・!冷え性!冷え性だから!手を!」
両手掴まれたままあわあわ半泣きしかけてるゆきちゃんが目の前にいた
なんだろう、最初の印象と違って新鮮・・・!

さっと手を放すと、ゆきちゃんは手を袖で覆い、
こんどはゆきちゃんが玲子の手を握る
「・・・雪女です」
ちょうど氷にタオルを巻いたような気持ちいい感覚が
伝わってきたらいいな。・・・さっきのでまだ手が麻痺してて・・・
ゆきちゃんの顔が近い。すらり綺麗な真顔が目の前だ。

それから数秒、凍ったように見つめ合った
空気まで凍ったかのように、お部屋はひんやりしてきてる
先に動いたのはゆきちゃん。真顔を崩し、目をそらし、目を合わせ、
「あなたを迎えに来ました・・・」
「・・・わ、私女だよ?」
「一番仲良くしてくれた方だったから・・・」
「ゆきちゃんの魅力なら男作れるって!」
「やです!」
いきなりゆきちゃんが玲子を押し倒す
まるで雪の塊が意思を持って乗っかかってきたような?
違う、説明難しいけど・・・
意思を持った雪の女の子が、意思を以って押し倒したような・・・
だ、だめだ!混乱してる!?近いよ!さっきから顔が近い!
息がかかる・・・ひんやりくすぐったい
抱き寄せてくる体はしっとりしてて、やっぱりほんのり冷たくて
でも、でも、冷たいだけじゃなくて、・・・・・・・・・・・・
嫌いじゃない、かも。

玲子は気が付くと顔を赤らめていた

「夫でなくてもいいのです!れいちゃんが!
・・・可愛くて、元気で、天然で、誰にでも優しいれいちゃんが」
「誰が天然かっ!?」
「れいちゃんが・・・いいのです・・・!」
ゆきちゃんは爆発寸前だ
抱き寄せてくる、目を強く閉じている
(わっ・・・)
綺麗なダイヤモンドダストが、ちらちらと降り続ける
お外にでなく、お部屋にだ。この部屋に
・・・いつの間にそこまで冷えていたのだろう?
私の体、分からない程に冷え切って・・・
「・・・一旦落ち着こ?」
ゆきちゃんは玲子の胸に顔をうずめている
玲子がゆきちゃんの髪を撫でる。うなじから背中にかけて
長いなぁ・・・しかも綺麗・・・冷たいのが癖になりそう・・・
ふと気づくと、私の息も白かった。ゆきちゃんの息には負けるけど
「・・・かくなる上は氷漬けにして・・・」
顔をあげたゆきちゃんの
「落ち着こう?ね?」
おでこを指でつん、とつつく
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・興覚め、しました。」
「えっ」
途端にその顔からも、朗らかな微笑みが消える
目の色もすっかり冷え込んで、氷のような・・・溶けかけの氷のような目に
「貴女がすんなり決めてくれないから・・・」
ずるり、体を胸に落とす
「・・・長旅の疲れも・・・」
お腹に落とす。瞼は氷が溶ける様に、下がる。
「・・・・すゃ・・・・・」
「・・・あ・・・あら・・・」
よほど長い旅だったのだろう
私程方向音痴ではない・・・と考えても、その大変さは安らかな寝顔で分かる
「うちにはベッド1つしかないけど」
毛布を、いやむしろ、ベッドをゆきちゃんに?
そう考えるより先に体が動く
クッションをゆきちゃんの頭に敷いて(枕代わりだ)
毛布を持ってきて、包んだ後、
お姫様抱っこで、頑張って自室に抱えていく

外の雪は、降りやんでいた




――――――――――――――――――――――――――――――――――




「待って!お逃げにならないで!」
「嫌よ!こんな所もうたくさん!」
「待って・・・!」
白い着物の正装をした私は、雪の上で玲子を追いかけていた
足止めしてと、雪に願って、手を掲げると、
玲子の目の前に吹雪が巻き上がる
「うわっ」
・・・捕まえても、また逃げてしまうかもしれない
私は、私は―


「ふーーーーっ・・・・・・」
ゆきは玲子に吐息を吹き付ける
優しく、冷たく、綺麗に輝く、真っ白な、吹雪の吐息
戸惑った、防寒姿の玲子が、ぴきぴき、ぴきぴきと音を立てる
「っ・・・・・・」ゆきが吐息を吹き終えると、玲子はもう動かなくなった
玲子は寒さに震えたまま、氷の恐怖に染まったまま、
白く、白く、綺麗な、ただただ綺麗な氷像と、化していた。

「・・・・・・れいちゃん・・・・・・」
ゆきは玲子の正面に回り込む。もう動かない。あっという間に追いついた。
心も体も芯の芯まで、凍り付いている。素敵な玲子
「・・・寒い・・・?」
ゆきは玲子の頬に手を添える
「・・・冷たい・・・?」
ゆきは玲子の見開いた目に目を合わせる
「・・・ごめんなさい・・・」
優しく、静かに、抱き寄せる。
零下の中で、雪と寒空の世界で、二人だけの空間で

「・・・凍てついた心はいかが・・・」
「・・・さぞ、お辛いでしょう。さぞ、寂しいでしょう。」
「・・・大丈夫・・・私がついてるから・・・」
「戻りましょう・・・どんなに辛くても・・・どんなに冷たくても・・・」
「・・・一生、傍にいますから・・・」
ゆきはそっと唇を近づける
氷像と化した玲子の、無防備な、その唇に
「・・・そして、ずっと、ずっと・・・」
唇を近づける
「・・・私と、一つに・・・」
唇を、近づける―




――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ん……」
「…ふぁ?」
「!?」
気が付くと目の前に雪ちゃんの唇が迫っていた
「あっ、あわわ・・・ダメーっ!」
「ふぁぶ!」
反射的に枕をぼふんと押し付けた!
ゆきちゃん大丈夫!?
「むぉ・・・ふぁ・・・?」
あ、まだまどろんでる
その隙にとベッドから飛び出し、部屋の本棚に三角座りで背を預け、
玲子は今起きた事を反芻してしまう
「き・・・キスはだめ・・・まだ早い・・・まだ早い・・・っ!!」
真っ赤である。初心である。
そしてすぐに落ち着いて、今の状況を思い出す。
・・・そうか私、ゆきちゃん運んだあと・・・
疲れて一緒に寝ちゃったんだった
時刻はいつの間にか深夜
月明りでほんのり部屋は見渡せるが、真っ暗な時間
お昼も晩も食べ損ねるほど眠りこけてたとは、我ながら・・・

「・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」
ゆきちゃんは再び深い眠りについた
布団の隙間からひんやり冷気が漏れ出している
「お迎えかぁ」
天井を見上げ、ふと思いふける
「別に今の生活悪いわけじゃないし・・・でもゆきちゃんの故郷も気になる・・・」
「そもそも、学校とか大丈夫なのかなぁ・・・」
「このままここにずっといさせるって大丈夫かわからないし・・・」
「・・・よし、こんな時間だけど、こうなったら」
玲子はそっと、音を立てないよう、そっと部屋を出ていった。





優しい朝の陽射しが、カーテンの隙間からこぼれ出る
その光を受けて、雪が輝くように照らし映される。
「・・・・・・・・・・・・」
ふっと口から冷気をこぼし、うっかり布団の一部を凍らせてしまう
彼女は窓から外を覗く。うっすら雪化粧した、どこにでもある近代民家の地
「・・・昨日の内に連れて帰る、予定、だったのに」
少し乱れた白銀の長髪が、起き上がる体に沿って揺れる
ベッドの端にちょこんと座ると、状況を確認する
ここはれいちゃんの部屋で、昨日れいちゃんの家に辿り着いて・・・
そこから先は覚えてない。私一体何を・・・?

一族のさだめ、将来の伴侶、彼女にすると打ち明けた時は
物珍しそうな目でお母さんに見られました。
繁殖ができない、それは困ると諭された事もありましたが
双方に強い思いと絆がある上で、どうしてもというのなら―
許可を貰えた時は、やっとこれから始まるのだと、
大はしゃぎして大雪を降らせ、
送って頂いた電車を困らせたりもしました。

「・・・あの夢みたいにならないよう、頑張らないと」
ゆきはぐっと手を握った後、ぱたぱたとお部屋を飛び出した
朝であるならば、ご飯のお手伝いは基本だから、と。

「あっ、おはようゆきちゃん!」
一足遅かった
こたつの上には朝ごはんがずらり
「おはようございます」
体面を崩さず、お辞儀をする
「・・・母上と二人暮らし、なのですね」
こたつ上のご飯は二人分
父親その他の可能性も考えたが
二食とも女性向けの色合いと柄なのだ
「ううん!違うよ!これはゆきちゃんの!」
「まあ!・・・ありがとうございます。」
再度お辞儀を返す。
揺れる髪に粉雪がちらりと舞った気がした
そしてゆきちゃんもこたつに入り、
雪景色とテレビを見ながら、
朝ごはんを二人で頂きますするのであった。


「・・・朝早いのですね。」
「お父さんとお母さんの事?」
「はい」
「ううん、違うよ。出てったんだよ」
「え?」


「今日から二人で同棲だって!宜しくね!」


「!?・・・・・・・・・・・!!? ・・・い、今、何と」
流石に目を見開かざるを得ない
「昨日ゆきちゃんの事お母さんに相談したら、
もうそんな年かーって言われてね
どこからかゆきちゃんのお母さんと連絡付けて、
せっかくだからここで色々学んできなさいって!」
「でしたらなぜれいちゃんのご両親は」
「二人水入らずの方がいいでしょって事で、今日から別荘に行ったよ!」
何者なのでしょう、れいちゃんのご両親
「家事は私もできるけど、ゆきちゃんも花嫁修業したって?」
「はい」
「それじゃあ・・・」
いつの間にかごちそうさました玲子はゆきに歩み寄って、手をかざし
「ようこそ私の街へ!これからずっと、よろしくね!」
満面の笑顔を見せた。
まるで雪を照らし、輝かせる、太陽のような、まぶしい笑顔を

ゆきちゃんはとっさに手で止める
「?」
急いでご飯をかきこんで、お冷を飲み
「あ、慌てなくてもいいから!」
とっさに身振り手振りで「言わせてください!」と伝えながら
なんとかごちそうさますると、改めて、向き直した。

「こちらこそ、宜しくお願いします。・・・れいちゃん!」
満面の笑顔で返すのだった。
全てを受け入れ、しっとり輝く、美しい雪のような、まぶしい笑顔で



この後、入学手続きをされ、ゆきちゃんは瞬く間に高校生となり、
立派な街の住民の一人となるのだった。
住処に引き込むはずが、逆に引き込まれるとは思ってもいなかったが、
ずっとずっと一緒に居られる幸せだけは、変わらないのであった。

玲子の家には、今日も雪が降り積もる。
15/11/10 17:00更新 / ne

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