終幕(仮)
「だ、そうだ。それでいいか、イルファさん?」
「いいも何も、そう決めたんですよね?」
「一応はな。
だが、一番の被害者は君だ。だから、君がどうしても嫌だ、というなら止めるが…」
「…いえ、構いません。
ただ、誰も、傷つかないような方法でお願いします。」
「心得た。
なら…そうだな。彼はもう引退した人だし、頼りたくはなかったんだが…
シュトレンゼハイムの若隠居、ソロン・シュトレンゼハイムこと、ソロン・レイノルズ卿に頼んで罰してもらうとしようか。」
「ソロン…レイノルズ…?」
「あぁ、そうだ。イヴールの叔父だった男なんだが…
君たち、この町の人間なら知っているかもしれないな。
レイノルズ亭の現店主だよ。もっとも、元伯爵、ってことは知られてないだろうがね。」
「「「えぇー!?」」」
驚いた。
人は見かけによらぬもの、とはよく言うものだが。あのレイノルズおじさんが元伯爵だったなんて。
「む。ずいぶんな反応だな。なんだ、よく知っているのか?」
「よく知ってるも何も、親父達の大親友だったそうで、未だに親交は、あります。」
「それなら話が早い。じゃあ早速、城まで行ってくるから待っててくれ。」
「…待ってください。俺も、一緒に行ってもいいですか?」
「………構わないよ。一回殴る程度なら許可しよう。
君とドッペルゲンガー、二人できてもらえるかい?」
これまた吃驚だ。
許可してもらえるとは思ってなかった、というのもあるが、二人で、というところにも驚いた。
「どうして…ですか?」
「なに。そのほうが、あいつにはいい薬になると思っただけだ。
イルファさん本人に来てもらうのは、危ないしね。」
なるほど。実に合理的だ。
だが…
「イルファ、ドッペル、それでいいかい?」
「私は、構いません。私も、賛成してしまいましたので。」
「私も、いいです。その間ここで待っていればいいんですよね?」
「ああ、そうしてくれ。一応結界を張っておこう。誰も来ないとは、思うがね。」
「ありがとうございます。」
「何、気にしないでくれ。犯人として貴族が上がった段階で、これは私にとっては仕事なんだ。
じゃあ、行こうか、二人とも。」
「行ってくるな、イルファ。」
「行ってらっしゃい。ルベル。気をつけてね。」
シュトレンゼハイム城に行くまでの間、一行は無言だった。
さして長い道程でもなかったし、なにより、俺とドッペルはノイシェのことが気にかかって、会話をするどころではなかったからだ。
道程自体は短かったはずなのだが、シュトレンゼハイム城へと着いたときには、空が白み始めていた。
「君たちは、此処で待っててくれ。門番と話をつけてくる。」
そういって、ソフィアさんは城門へと進んでいく。
そして、門番の兵士と穏やかに話をしていた。最初は。
それがだんだん、こちらを指さしながらの口論に発展していき、最後には…
門番を吹き飛ばしてしまった。
きっと何らかの魔術を使ったのだろう。実に、綺麗に飛んでいった。
そして戻ってきたソフィアさんいわく、
「交渉が決裂したのでまかり通ることにした。ほら、いくよ。」
…とのことだ。門番の方には申し訳ないことをした…様な気がする。
ソフィアさんに連れられて、城の中へと入る。すると、
「よくぞおいでくださいましたな。諸卿監視役、ソフィア・アーツフォルム殿。」
…いた。城に入ってすぐ、大広間の正面階段のてっぺんに、諸悪の根源、イーヴル・シュトレンゼハイムが偉そうにふんぞり返っていた。
「おや。お一人で、と門番がお願い申し上げたはずなのですが…全く。困ったお方ですな。
それで、そちらのお連れの…方…は……」
「ご機嫌麗しゅうございます。伯爵。
伯爵から顔にと胸に頂いた熱い愛。たとえ死んだとしても忘れられそうにありませんわ。」
……恐ろしい。
いや、魔物だから恐ろしいのは当然なのかもしれないが、きっと、イルファが本当に怒ったときはこんな感じなのだろう。気を付けなくては。
「お…お前は…まさか、イルファ!?
お前がどうして生き…いや、どうしてここにいるんだァ!?」
「それはもう。伯爵から頂いた御寵愛のことを、こちらのソフィアさんにお話しするために、冥界からもどってまいりましたのよ?」
「そ…そんな、馬鹿な!
お前は…お前はいったい、なんなんだよ!?」
「今更喚いたところで無駄ですよ、伯爵。
すべての事情はお聞きしました。帝国議会に今回のことは報告させていただきます。」
「そ…んな…」
ドッペルに対して激昂していたのが一変、もう逃れられないと悟ったのか、崩れ落ちるイーヴル伯。
「あぁ、それと。伯爵が【保護】なさっているというノイシェ・ローゼンベルトさんのことですが、こちらに身柄を預けていただけますか?保護者の方が見つかりましたので。」
「そんな小娘は知らん!帝都にでもどこにでも、さっさと報告に行ってしまえ!」
「なぜ、小娘だと?私は名前しか申し上げていませんが。」
「それは…そう!保護されるような弱者といえば、子供か老人位のものだろう!だから、当てずっぽうに行っただけで、深い意味は…!」
「ルベル。一発ぶん殴って、思い知らせてやれ。」
ソフィアさんの言葉に頷く。
諦めたのかと思いきや、この期に及んで言い逃れをしようとする豚貴族にかけてやる情けなんて、一片もない。
「な…なんだ、お前は。こっちに近づくな!無礼だぞ!
ええい、衛兵!この男を取り押さえろ!」
「衛兵は来ませんよ、伯爵。この広間には結界を張らせていただいたので。
それよりも伯爵。その男、どこかで見覚えがありませんか?」
「何ぃ…?こんな下賎な男をどこで…いや、まさか!」
「そのまさかだよ、伯爵。
俺はお前が見たイルファの恋人だよ…!」
「ま、まて、金、そうだ、金ならばくれてやる、だからこっちへは…ゲブゥ!」
渾身の掌底を腹に打ち込んでやった。
殴らなかったのは単に、そうしたら指の骨が折れそうな気がしたからだ。
「ぐ…うぇ…」
「もう、イルファから話は聞いてるんだ。
ノイシェはどこにいる。言え!」
「と……当主の、間だ。場所は、イ…イルファなら、知っているはずだ。
だから…だから命だけは…」
「だ、そうです。ソフィアさん。二人で行ってきますんで、」
「あぁ、ここと、兵士共は任せておけ。
とは言っても、邪魔をするヤツなどいないだろうがな。」
「助かります。じゃあ、行こうか。ドッペ…じゃなくて、イルファ。」
「はい!」
「あぁ、それと、お前の命なんかに興味はない。勝手にしろよ。」
「……」
ドッペルの案内でひた走る。
ソフィアさんの言っていたとおり、誰にも邪魔されない。
当主にバレないところではさぼっているのだろうか。
そして、ついに…
バン!
「ノイシェ!」
「あれ…ルベルお兄ちゃんと、お姉ちゃん…?
どうして、ここに…?」
「元気そうだな…よかった。じゃあ、帰ろうか、一緒に。」
「え?帰っても、いいの?
私…人質、なんでしょ?」
「ええ。もう、いいのよ。もう、全部、全部終わったの」
「……そっか。じゃあ、帰ろう!」
当主の間を三人で出て、広間へと向かう途中、いくつかのあたたかい笑顔を見た、ような気がした。
気になって、ノイシェに聞いてみると、なんでも、ノイシェたち姉妹のおかれた境遇を哀れに思ってくれる人が沢山いたらしく、そういった人たちに助けてもらっていたらしい。
ぜひとも、豚貴族がいない間にお礼を言いにきたいものだ。
広間では、豚貴族とソフィアさんが、さっきと変わらぬ姿で立っていた。
「あぁ、済んだのか。ずいぶんと元気そうだな。」
「あのお姉さん…誰?」
「ノイシェを助けるのを手伝ってもらった人、さ。」
「そうなんだ…ありがとう、お姉さん!」
「いいっていいって。こっちも仕事だしね。
それより、早く帰ろうか。あんまり長居したい場所でもない。」
「そう…ですね。」
来た時と同じく、ソフィアさんが先頭を切ってドアノブに手をかける。
と、その時、素晴らしいいたずらを思いついた子供のような笑を口元に浮かべて、こう言った。
「あぁ、それと。今回の一件ですが、ソロン卿にもきっちりと報告させていただきますね。」
それを聞いた瞬間、後ろから豚が首を締められたような音が聞こえた気がしたが、まぁ、因果応報というやつだろう。
「おかえりなさい。ルベル、ノイシェ。」
「ただいま。イルファ。」
「あれ、お姉ちゃんが…二人?これってどういう…」
「そしてお二人も。ありがとうございました。」
「私も、原因の一部、みたいなものですから、気にしないで下さい。」
「私は、仕事でもあったからな。気にしないでくれ。」
「あれ?皆どうして普通に受け入れてるのよ。
私がいない間に何があったの?
ねぇ、ねえってばー!」
「いいも何も、そう決めたんですよね?」
「一応はな。
だが、一番の被害者は君だ。だから、君がどうしても嫌だ、というなら止めるが…」
「…いえ、構いません。
ただ、誰も、傷つかないような方法でお願いします。」
「心得た。
なら…そうだな。彼はもう引退した人だし、頼りたくはなかったんだが…
シュトレンゼハイムの若隠居、ソロン・シュトレンゼハイムこと、ソロン・レイノルズ卿に頼んで罰してもらうとしようか。」
「ソロン…レイノルズ…?」
「あぁ、そうだ。イヴールの叔父だった男なんだが…
君たち、この町の人間なら知っているかもしれないな。
レイノルズ亭の現店主だよ。もっとも、元伯爵、ってことは知られてないだろうがね。」
「「「えぇー!?」」」
驚いた。
人は見かけによらぬもの、とはよく言うものだが。あのレイノルズおじさんが元伯爵だったなんて。
「む。ずいぶんな反応だな。なんだ、よく知っているのか?」
「よく知ってるも何も、親父達の大親友だったそうで、未だに親交は、あります。」
「それなら話が早い。じゃあ早速、城まで行ってくるから待っててくれ。」
「…待ってください。俺も、一緒に行ってもいいですか?」
「………構わないよ。一回殴る程度なら許可しよう。
君とドッペルゲンガー、二人できてもらえるかい?」
これまた吃驚だ。
許可してもらえるとは思ってなかった、というのもあるが、二人で、というところにも驚いた。
「どうして…ですか?」
「なに。そのほうが、あいつにはいい薬になると思っただけだ。
イルファさん本人に来てもらうのは、危ないしね。」
なるほど。実に合理的だ。
だが…
「イルファ、ドッペル、それでいいかい?」
「私は、構いません。私も、賛成してしまいましたので。」
「私も、いいです。その間ここで待っていればいいんですよね?」
「ああ、そうしてくれ。一応結界を張っておこう。誰も来ないとは、思うがね。」
「ありがとうございます。」
「何、気にしないでくれ。犯人として貴族が上がった段階で、これは私にとっては仕事なんだ。
じゃあ、行こうか、二人とも。」
「行ってくるな、イルファ。」
「行ってらっしゃい。ルベル。気をつけてね。」
シュトレンゼハイム城に行くまでの間、一行は無言だった。
さして長い道程でもなかったし、なにより、俺とドッペルはノイシェのことが気にかかって、会話をするどころではなかったからだ。
道程自体は短かったはずなのだが、シュトレンゼハイム城へと着いたときには、空が白み始めていた。
「君たちは、此処で待っててくれ。門番と話をつけてくる。」
そういって、ソフィアさんは城門へと進んでいく。
そして、門番の兵士と穏やかに話をしていた。最初は。
それがだんだん、こちらを指さしながらの口論に発展していき、最後には…
門番を吹き飛ばしてしまった。
きっと何らかの魔術を使ったのだろう。実に、綺麗に飛んでいった。
そして戻ってきたソフィアさんいわく、
「交渉が決裂したのでまかり通ることにした。ほら、いくよ。」
…とのことだ。門番の方には申し訳ないことをした…様な気がする。
ソフィアさんに連れられて、城の中へと入る。すると、
「よくぞおいでくださいましたな。諸卿監視役、ソフィア・アーツフォルム殿。」
…いた。城に入ってすぐ、大広間の正面階段のてっぺんに、諸悪の根源、イーヴル・シュトレンゼハイムが偉そうにふんぞり返っていた。
「おや。お一人で、と門番がお願い申し上げたはずなのですが…全く。困ったお方ですな。
それで、そちらのお連れの…方…は……」
「ご機嫌麗しゅうございます。伯爵。
伯爵から顔にと胸に頂いた熱い愛。たとえ死んだとしても忘れられそうにありませんわ。」
……恐ろしい。
いや、魔物だから恐ろしいのは当然なのかもしれないが、きっと、イルファが本当に怒ったときはこんな感じなのだろう。気を付けなくては。
「お…お前は…まさか、イルファ!?
お前がどうして生き…いや、どうしてここにいるんだァ!?」
「それはもう。伯爵から頂いた御寵愛のことを、こちらのソフィアさんにお話しするために、冥界からもどってまいりましたのよ?」
「そ…そんな、馬鹿な!
お前は…お前はいったい、なんなんだよ!?」
「今更喚いたところで無駄ですよ、伯爵。
すべての事情はお聞きしました。帝国議会に今回のことは報告させていただきます。」
「そ…んな…」
ドッペルに対して激昂していたのが一変、もう逃れられないと悟ったのか、崩れ落ちるイーヴル伯。
「あぁ、それと。伯爵が【保護】なさっているというノイシェ・ローゼンベルトさんのことですが、こちらに身柄を預けていただけますか?保護者の方が見つかりましたので。」
「そんな小娘は知らん!帝都にでもどこにでも、さっさと報告に行ってしまえ!」
「なぜ、小娘だと?私は名前しか申し上げていませんが。」
「それは…そう!保護されるような弱者といえば、子供か老人位のものだろう!だから、当てずっぽうに行っただけで、深い意味は…!」
「ルベル。一発ぶん殴って、思い知らせてやれ。」
ソフィアさんの言葉に頷く。
諦めたのかと思いきや、この期に及んで言い逃れをしようとする豚貴族にかけてやる情けなんて、一片もない。
「な…なんだ、お前は。こっちに近づくな!無礼だぞ!
ええい、衛兵!この男を取り押さえろ!」
「衛兵は来ませんよ、伯爵。この広間には結界を張らせていただいたので。
それよりも伯爵。その男、どこかで見覚えがありませんか?」
「何ぃ…?こんな下賎な男をどこで…いや、まさか!」
「そのまさかだよ、伯爵。
俺はお前が見たイルファの恋人だよ…!」
「ま、まて、金、そうだ、金ならばくれてやる、だからこっちへは…ゲブゥ!」
渾身の掌底を腹に打ち込んでやった。
殴らなかったのは単に、そうしたら指の骨が折れそうな気がしたからだ。
「ぐ…うぇ…」
「もう、イルファから話は聞いてるんだ。
ノイシェはどこにいる。言え!」
「と……当主の、間だ。場所は、イ…イルファなら、知っているはずだ。
だから…だから命だけは…」
「だ、そうです。ソフィアさん。二人で行ってきますんで、」
「あぁ、ここと、兵士共は任せておけ。
とは言っても、邪魔をするヤツなどいないだろうがな。」
「助かります。じゃあ、行こうか。ドッペ…じゃなくて、イルファ。」
「はい!」
「あぁ、それと、お前の命なんかに興味はない。勝手にしろよ。」
「……」
ドッペルの案内でひた走る。
ソフィアさんの言っていたとおり、誰にも邪魔されない。
当主にバレないところではさぼっているのだろうか。
そして、ついに…
バン!
「ノイシェ!」
「あれ…ルベルお兄ちゃんと、お姉ちゃん…?
どうして、ここに…?」
「元気そうだな…よかった。じゃあ、帰ろうか、一緒に。」
「え?帰っても、いいの?
私…人質、なんでしょ?」
「ええ。もう、いいのよ。もう、全部、全部終わったの」
「……そっか。じゃあ、帰ろう!」
当主の間を三人で出て、広間へと向かう途中、いくつかのあたたかい笑顔を見た、ような気がした。
気になって、ノイシェに聞いてみると、なんでも、ノイシェたち姉妹のおかれた境遇を哀れに思ってくれる人が沢山いたらしく、そういった人たちに助けてもらっていたらしい。
ぜひとも、豚貴族がいない間にお礼を言いにきたいものだ。
広間では、豚貴族とソフィアさんが、さっきと変わらぬ姿で立っていた。
「あぁ、済んだのか。ずいぶんと元気そうだな。」
「あのお姉さん…誰?」
「ノイシェを助けるのを手伝ってもらった人、さ。」
「そうなんだ…ありがとう、お姉さん!」
「いいっていいって。こっちも仕事だしね。
それより、早く帰ろうか。あんまり長居したい場所でもない。」
「そう…ですね。」
来た時と同じく、ソフィアさんが先頭を切ってドアノブに手をかける。
と、その時、素晴らしいいたずらを思いついた子供のような笑を口元に浮かべて、こう言った。
「あぁ、それと。今回の一件ですが、ソロン卿にもきっちりと報告させていただきますね。」
それを聞いた瞬間、後ろから豚が首を締められたような音が聞こえた気がしたが、まぁ、因果応報というやつだろう。
「おかえりなさい。ルベル、ノイシェ。」
「ただいま。イルファ。」
「あれ、お姉ちゃんが…二人?これってどういう…」
「そしてお二人も。ありがとうございました。」
「私も、原因の一部、みたいなものですから、気にしないで下さい。」
「私は、仕事でもあったからな。気にしないでくれ。」
「あれ?皆どうして普通に受け入れてるのよ。
私がいない間に何があったの?
ねぇ、ねえってばー!」
11/04/25 22:13更新 / 榊の樹
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