契約
昔々、ある所に一人の青年がいました
青年はいつも一人ぼっちでした
なぜなら…彼は街の嫌われ者だからです
なぜ青年が嫌われていたのか?
それは魔物にでも優しくしたりしていたからでした
青年は、元々この街―――反魔物領の街の人間ではありませんでした
魔物も人間も受け入れる、そんな中立派の街の住民でした
ところが、そんな考えを反魔物領の人間は許さなかったのです
彼の街は戦火に焼かれ、父も母も、幼馴染の友達も、向かいの夫婦も…みんないなくなってしまいました
彼は一人ぼっちでさ迷い、この街の孤児院にたどり着きました
ですが、孤児院でも彼は友達はいませんでした
反魔物領での教えを彼は受け付けなかったのです
―――なんで魔物を怖がらないといけないの?
―――なんで魔物が悪いものなの?
―――みんな優しかったよ?
そんな事を言う度に、周りから人がいなくなり、いつしか一人でいるのが当たり前になっていたのです
さて、そんな彼が青年になると、孤児院から出て行かないといけなくなりました
それは、孤児院がお金があんまりなく、働ける年齢になったら出て行かないといけなかったからです
ですが、彼が働ける場所はありませんでした
孤児院からの出身なのと、中立派の考えを持っているのが邪魔をして、仕事に就くことができなかったのです
また、同じ頃…政治が腐敗していました
領主が税を不当に増やしたり、無罪の人を捕まえたりしていました
教団の司祭もいましたが、街の領主から賄賂を受け取り、領主の悪事を見てみぬ振りをしていました
人々はお互いを疑い、常にギスギスしあい、常に疲れていました
そんな状態をみて、青年はとても悲しくなりました
かつての故郷は、みんなが優しく、明るく暮らせたのに…
誰かが理不尽に傷つくなんておかしい!
かつて理不尽に故郷を奪われていた青年だったからこそ、この理不尽な状況を許せなかったのでしょう
そんな時、青年は思い出しました
昔両親に読んで貰ったお話の中に、悪魔と契約して力をもらい、自分の国を築いたお話がありました
契約の結果、その登場人物は命を落としてしまいます
命を落とすのは怖い…
でも、自分には力がない
力がほしい…今の状況をどうにかできる力が!
青年は街にある図書館で、悪魔を呼ぶ為の本がないか探しました
誰にも見つからないように、ひっそりと探しました
すると…あったのです
禁書物庫という、誰も入ってはいけない場所に、その本はありました
そこに書いてある魔方陣を自分が住んでいる所―――廃屋の一番綺麗な部屋―――に書いて、必要と書かれた物を全て用意して、悪魔を呼んだのです
「さぁ、願いを言いなさい」
そこに居たのは、小さな女の子でした
そう、彼が読んでいたのは旧魔王時代の物語
今の魔物は好き好んで人の命を奪ったりしません
が、それでも彼は言います
「貴女が悪魔?」
「そうよ」
悪魔―――デビルが答えます
彼女は彼を品定めするように見ています
彼とのこれからの生活を考えてるのかもしれません
ですが、彼は気付いていません
彼は、自分がこれからどんな対価を払うのか、力が手に入るのか…みんなに笑顔を取り戻せるのか
そんな考えで頭がいっぱいだったのです
「お願いだ…力を、僕に力をくれ!」
「ちから?」
青年は訴えます
今の領主が民を食い物にしている事、本来人を護る筈の司祭も賄賂を受け取っている事、そして自警隊も機能していない事
今のみんなを助ける力がほしい事
「僕はなにもない…貴女に捧げられるのもこの命しかない…でも!」
泣きながら訴えている彼をみて、デビルは心を痛めます
また、同時に彼に言います
「私達は命を対価にもらわないよ?」
彼女は説明します
今の悪魔は誰も命を対価にもらわないこと
悪魔も、魔物も人を愛している事
その言葉に、彼は青ざめます
契約とは、お互いに対価を払う事で成立します
彼は、自分が彼女の払えるものがない事に悲しんでいました
が、デビルはそのことも踏まえて言いました
「貴方自身を対価にすることはできるよ?どうする?」
その言葉に、彼は直ぐに頷きました
彼は泣きながら、彼女にお礼を言います
「ありがとう…ありがとう…」
その言葉に、デビルも嬉しそうに言いました
「じゃあ、先に対価をもらうね」
そう言って、彼を押し倒します
突然押し倒され、彼は戸惑いました
が、彼女が言っていた事を思い出しました
魔物は、人間を愛する
つまり、彼女は自分を愛するに値するかを試しているだと考えました
「ここだと…板しかないし汚いよ?」
恥ずかしそうに青年は言います
「うぅん、ここでいいよ」
ですが、デビルもそんな恥ずかしそうにしているのを、自分に興奮してくれていると思い、余計に興奮していました
本当は、青年はやわらかいベットを用意できない事への恥ずかしさだったのですが…
こうして、二人は交わりました
時に情熱的に、時に甘く、時に互いの存在を確かめ合うように…
デビルは青年が好きになっていきました
しっかりした体付き、細かい気遣い、なによりあたたかい心を持っている事がよくわかったのです
ですが、それと同時に彼女は不安になってしまいました
彼は力をどう使うのか?
力を誤った使い方に使わないか?
力におぼれないか?
そんな不安が片隅にありました
翌日から、青年はデビルからもらった力を使い、みんなを助けようとしました
ある時は不当な税や借金のせいで子供を奪われそうになった家族を助け
ある時は不正を働き富を増やしている貴族を退治し
また、ある時は迫害されて殺されそうになっている魔物娘を助けたり、奴隷にされそうな魔物娘を助けたり…
ですが、それでも全ての人を助ける事はできません
元々人が助けられる範囲と言うのは小さなものです
一人しかいないのであれば、尚更です
体が二つになったりはしませんし、自分と同じような人が現われる事は殆どあり得ません
ですが、彼はそんな状態についてこう嘆きました
「折角あの悪魔さんからもらった力を…僕は生かしきれてないんだ」
「もっと頑張らないと…もっと力をつけないと…」
「彼女が僕のために頑張ってくれた力なんだから…」
そう、彼は自分だけを責め続けたのです
青年は益々頑張りますが、助けられる人の数は増えません
益々頑張り、体中がボロボロになっても、彼は頑張り続けました
デビルはそんな彼を心配しました
毎日帰ってくれば死んだように眠り、そんな中でも自分に精を注ぐ彼
疲れ果ててるのに、いつも優しい笑顔を向けようとしてくれる彼
そんな彼が益々好きになり、ついに彼女は青年に言いました
「どうしてそんなに自分を苦しめるの!?」
「どうして人の為だからってボロボロになるの!?」
「もっと自分を大切にしてよ!」
彼女は涙をポロポロ零しながら青年に訴えました
青年は言いました
「ごめんなさい」
「僕はみんなを助けたかったんだ」
「あなたを悲しませて、ごめんなさい」
彼女の涙が、青年の心を打ちました
―――この人から貰った力を使って、この人にも喜んでもらいたかった
―――自分が犠牲になってでも人を助けたかった
―――それが、この人を傷付けていた
青年が彼女を抱き締めながら、その思いを膨らませていきました
―――ドンッ!
突然、壁や扉をたたく音がします
「この中にいるぞ!」
「義賊紛いの悪党を捕まえろ!」
「見つけて殺せ!」
そう、街の警備隊が彼の居場所を突き止めたのです
ここは廃屋だから、直ぐに雪崩の様に入ってくるでしょう
「にげて!」
そう言って、デビルを外に逃がそうとする青年
しかしデビルは嫌がって逃げません
「貴方も一緒に逃げて!」
ですが、彼は泣きながらいいました
「貴方が生きてくれたら、僕が生きた証になります」
「ありがとう」
泣きながら、笑って彼女に伝え―――彼女を外に突き飛ばしました
青年は街の広場へ連れて行かれました
街の貴族達からは罵声を浴びせられ、警備隊からは暴力を受けています
ですがそれを止めようとする者は誰もいません
貧困層の人達は、自分達を助けてくれた英雄が殺されるのを、見ているしか出来ませんでした
「判決を言い渡す、死刑だ」
裁判らしい裁判もされないで、司祭が言い放ちます
「お前は人々を混乱させた悪魔だ」
「生きていてはならない、諸悪の根源だ」
「邪悪な使徒め」
そういって唾を吐きかけられます
それを皮切りに、石を投げられたり棒で叩かれたりしています
それは、眼を覆いたくなる位酷い物でした
「執行は2時間後、勇者によって首を切り落とされる」
「お前如きの為に勇者様が来てくださったのだ」
「感謝して死ね、汚らわしい悪魔め」
司祭がそう言い、沢山の人が青年を嗤いました
嗤われてる中、青年は考えていました
―――あのデビルは無事に逃げられたのか
―――街の人達はこれから大丈夫だろうか
―――彼女が幸せに暮らせるだろうか
そう、デビルの事だけを考えていたのです
自分がどうなろうと構わない、彼女やみんなが幸せに暮らせればそれで…
人々に罵倒され、痛めつけられながら考えていたのは、そんなことだったのです
いよいよ勇者が到着し、彼は台に括り付けられました
「罪人よ、なにか言い残したことはないか?」
勇者は彼の身体をみて、彼が痛めつけられたのを気付きました
しかし、彼が犯罪を犯していたと聞いていたので、遺言を聞くことしか考えませんでした
「…この街の人達の幸福を」
「悪事が正しく裁かれる事を」
彼のこの言葉に違和感を感じた勇者は、剣を抜くか悩んでいました
「なにをしているのです勇者様!」
「そやつは悪なのです!」
「殺すべきなのです!」
そこで司祭が捲し立てます
―――確かに彼は罪を犯した、が、それはなぜ?
そんな疑問を持ちながらも、剣を抜かなければならなくなりました
罪人を見逃すのは、罪を広げてしまう事
それは、正しい筈の教団では許されない事
だから、彼を斬らねばならない
そう言って、剣を抜き、振り上げようとした―――
―――その時でした
空から沢山の紙が降ってきました
それはまるで号外の新聞のようで―――
「どういう事だ!これは!?」
それを手に取った勇者は言います
そこには、司祭と領主が互いに交わした不正の密約の内容、賄賂などが記載されていました
「そのままだよ」
その声が、広場に響きます
その声の主は、肌の色がみんなと違います
その声の主は、翼が生えてました
その声の主は、角も生えてました
「彼はなんにも悪くない」
その声の主は、青年が一番知っていました
「お前らが自分の富を肥やす為に、みんなを傷付けたから!だから彼が名乗り出たんだ!」
そう、彼と契約したデビルでした
「悪魔め…!」
勇者がそう言いながら彼女に剣を向けようとします
「なら…民を食い物にしているそいつらはどうなんだ!?」
デビルは大声で言います
「民を傷つけ、自分達だけ高ぶって」
「民を食い物にして、魔物を奴隷にして」
「どっちが悪魔だよ!?」
その言葉と共に、後ろから沢山の魔物娘達が来ています
首輪を付けられ、奴隷のような格好の者達もいました
そう、領主が捕まえていた魔物娘達でした
「だ、黙れ!勇者様、こやつらを殺してください!」
領主と司祭が同じ事を言います
が、勇者は動きません
「…これは、どういうことなんだ?」
むしろ、司祭や領主を睨み付け、剣を向けています
警備隊は、彼女が連れてきたデビルや他の魔物娘に骨抜きにされています
「司祭たる者が、こんな腐敗して、人に罪を擦り付けて」
「貴様らは、彼女らが言うように、悪だ」
「彼は正しい人だったのだ」
そう言いながら、青年の枷や台を壊す勇者
地面につく前に、青年を抱きかかえるデビル
そして―――
〜〜〜
「…こうして悪い領主達は捕まり、勇者も魔物たちと一緒に素敵な街を築いていきました」
「そして、彼はデビルの少女と一緒に静かに幸せに暮らしましたとさ」
「めでたしめでたし」
娘にこの街の昔話を聞かせ、寝かしつけている
この街が変わったきっかけ、その奇跡にも等しい物語を
「おとーさん?」
娘が僕に声を掛けてきた
「なんだい?」
「このお話って、おとーさんとおかーさんのこと?」
娘が目をキラキラさせながら聞いてくる
「…さぁ、寝なさい」
頭をなでてあげて、寝かし付ける
娘は少し文句を言いたそうだったが、そのまま寝てくれた
娘が寝たのを確認して娘の部屋からでる
寝室で待っている妻のところに行くためだ
「待たせたね」
「そんなに待ってないわよ」
寝室に行くと、妻がいた
妻の肌は人とは違う
妻の頭には角が生えている
妻の背中には羽が生えている
妻の瞳には―――
あの頃と変わらない、優しさが宿っている
14/03/29 17:27更新 / ネームレス