二人…
―――ハァハァ!?
私は走っている
こんな所で捕まるわけにはいかない
「逃げるな!魔女め!?」
教団の連中が追ってくる
こんなところまで奴等が来ているなんて、正直想定外だ
今どこにいるのかも分からない
―――こんな事になるなら、もう少し装備を持ってくればよかった
と、森が途切れている
これなら振り切れ―――
「っ!?」
開けた場所は崖になっていた
「覚悟しろよ…」
教団の連中が寄ってくる
このままでは、殺されてしまう…!
そう思ったときだった
「え?」
私は、足を踏み外してしまい
―――そのまま落下した
・・・
「つつっ…」
崖の下は、思いの他木が多かった為、うまくクッションになってくれたようだ
しかし、打ち所が悪かったのか、私の体は動いてくれない
「…くそっ」
こんな所で、私の人生は終わるのか
―――魔物になって、人生と言うのも変だが
だが、私はそう思った
あぁ、結局あの人が言ってくれたような、私を見てくれる人には巡り合えなかったな…
バフォメット様…
帰れず、申し訳ございません…
次に生まれ変わるときには、もっと可愛らしくなれたら…
そこで、私の意識は途切れた
・・・
私は、元々は人間の勇者だった
人間の中では、魔力が非常に高く、魔法攻撃に長けた人材だったと思う
魔法攻撃が強力だと言うことは、それだけで戦局を左右する存在になりえる
それだけに、私の事を快く思わない連中もたくさんいた
だからこそ、なのだろう
魔界への、単身突撃などをさせられたのは
―――正直、気が触れているとしか思えない
だが、それでも―――
引き止める家族もいない、愛する人もいない、見た目は魔力で若く見えるが、実際は何歳か分からない私の事など、誰も、引きとめようとはしなかった
そんな、単身で魔界に行ったのだ
私の体は、徐々に魔界の魔力に蝕まれていた
それでも魔物化をしなかったのは、私の魔力が高かったからだろう
一人で、魔界を捜索し、魔王を倒すために、ひたすら旅を続けた
・・・
「う、うぅん…」
気がついたら、私は毛布に包まっていた
「ここは・・・?」
首だけを動かし、辺りを見渡す
簡素な、どこかの小屋のようだ
「あぁ」
と、奥から声が聞こえてきた
「あぁう」
ノッソリ、といった擬音が似合いそうなその男は、こちらに近づいてきた
―――デカイ
身長は、恐らく2メートル近くはあるんじゃないだろうか?
―――今の私が小さくて、そう感じるだけかもしれないが
「あぁ、ああう?」
その男は、ひたすら唸っているようだ
と、突然紙とペンを持ち始めた
[だいじょうぶ?]
そこにはそう書いてあった
「…私は大丈夫よ」
[よかった]
私が答えると、続けて男も書く
「あなた、喋れないの?」
[そうみたい。よくわからない]
そういうと、男は奥に行く
私は体を起こそうとするが、体が痛む
体を強く打ったためだろう
[体うごかすのはダメだよ。体中ケガだらけだったんだから]
ふと横を見ると、そんな文字がみえた
[これ、スープ。のめそう?]
男は私に聞いてくる
「…体を起こせば、何とか飲めるわ」
そういって、上半身を無理やり起こした
と、その時毛布がはだけて―――
「あれ?」
―――普段着ているはずの服ではなく、だぼついた
[ごめん、ケガの手当てとふくやぶけてたから]
「っ!?」
つまり…私の…裸を…!?
「…みた、のね」
男はわからないようだったが、今更気づいたのか
「あ、あうあ!」
と喚きながら、何か書き始めた
[ごめんなさい!よこしまな気もちはありませんでした!]
そう書いて、何度も頭を下げている
長い髪から覗ける顔は、耳まで真っ赤なようだ
そんな態度をされたら、怒るに怒れないではないか
「…て、手当てをしてくれたことはお礼を言うわ。」
私も、恐らく相当顔が真っ赤になっているだろう
男は顔を上げる
…髪が長すぎて、顔が良く見えない
「と、とりあえず…あ、ありが、とぅ…」
お礼は言った
が、裸が見られたことと、人付き合いが苦手な為、かなりカミカミだったが…
[どういたしまして]
男は紙に書いて答える
「と、とりあえずスープを頂くわ!」
そういって、私はスープを貰った
・・・
「あたたかい…」
そのスープは、質素な味ながら、とてもあたたかく、懐かしい味をしていた
スープを飲みながら、私は昔のことを思い出す
〜〜〜〜〜〜
勇者として単身魔界に行った私は、あるバフォメットに出会った
「魔物…」
「ほほう、これは珍しい。これだけ魔力が高いとは…羨ましいのぅ…」
「…なにかおかしいか?」
「…いや、わしはただ、才能がないから、な…」
そういって、なにか哀しそうな顔をする魔物
それが、バフォメット様との出会いだった
〜〜〜〜〜〜
[味、だいじょうぶ?]
突然横に置かれる紙
不意に現実に戻された
「あ、あぁ…美味しいわよ。ちょっと、考え事を、ね…」
昔の事を思い出していた、なんて言えない
なんとなくだが、言えなかった
そういって、まだ残っているスープを飲む
冷めているはずなのに、なぜかまだあたたかい
なんでだろう…
[ゆっくり、食べてね]
そういうと、男は外に出て行く
私は、また思考の中に没頭することにした
・・・
「どうじゃ?魔女になってみないか?」
そのバフォメットは、私に提示する
「それだけの魔力、人間として生きるには辛すぎないかの?…わしなら、おぬしの家族になることが出来ると思うんじゃ」
「…残念ながら、私は勇者だから」
そういって、私は最上位の炎熱魔法を無詠唱で使う
「消えなさい!?」
「ほう!すごい炎じゃの!?」
そう言って、バフォメットは炎に包まれ…
「!?」
てはいなかった
「ふぅ…少し暑くなったのぉ」
それどころか無傷
「ところでお主、後5歩後ろに下がるんじゃ」
「は?」
そう言って動かないでいようとしたが
「!?」
下から、急激な、よく知った魔力が私に迫ってきていた
―――私が放った、炎熱魔法だ
「な、んで…」
かろうじて避けた私には理解できなかった
「簡単じゃよ。おぬしの魔法を、たった今地下から召喚した、それだけじゃ」
「なっ!?」
このバフォメット、なんて言った!?
「こんな短時間で、召喚魔法を…?」
「これ位なら、誰でも出来ると思うんじゃがのぉ…」
召喚魔法なんて、簡単に使えるものじゃない
呼びたい物がどこにあり、どこに呼ぶかを計算する必要、更には、その時の呼ぶ対象の質量やエネルギー量も計算しないといけないのだ
普通、こんなリアルタイムに出来る芸当ではない
「まぁ、これ以外の魔法はなにも使えないがの」
と、寂しそうに苦笑するバフォメット
―――その顔に、私は
「…なぜ、そんな寂しそうなんだ」
―――なぜか、私を見た気がした
「そんなつもりはないんじゃが、のぅ…」
―――曰く、バフォメット失格らしい
―――曰く、なぜバフォメットに生まれたのか?
―――曰く、何もかもが並、との事
だから、彼女は、自分の『居場所』がない
「バフォメットは、頂点の存在でなければならない。でなければ、サバトをまとめられぬからの」
そう、寂しそうに言う
「わしには絶対的な物がなにもないんじゃ」
「…その召喚術は、正直異常だが、ね…」
私は言う
「ちょっと計算が得意なだけじゃよ」
彼女は照れくさそうに言う
「なら…」
「ん?」
「その計算を生かしたサバトを、作れば良いじゃない。例えば、外交とか貿易とかをするサバト」
「…」
彼女は固まってしまった
やはり、安易に物を言わないほうが…
「それじゃ!」
と、彼女は大声を上げる
「なるほど!?その手があったのか!ありがとう!?」
彼女は私の手を掴み、ブンブンと手を振り回す
…正直、痛い
「さて、早速準備じゃ!」
そう言って、彼女はどこかへ行こうとする
「っと、そうじゃ…」
突然立ち止まり、こちらを向いた
「出来ればじゃが…一緒にやってくれぬか?…え〜と…」
「…リーン、よ」
「へ?」
「貴方の最初の、魔女の名前、かな?」
「!?…わしは、―――!?」
これが、バフォメット様との、最初の歩みだった
・・・
昔の事を思い出しながらスープを飲んでいると、男が帰ってきた
手にはウサギが握られている
恐らく、狩りをしてきたのだろう
改めて、男を見る
かなりの高身長、顔を覆い隠す髪、それに合わせてかなり分厚いコート―――
かなり、不審な見た目だろう
「?」[どうかした]
男は疑問そうな顔をした後、紙に書いて聞いてくる
「…あなた、髪の毛は切らないの?」
[必要ないから]
紙にはそう書いてあった
[ぼくは、だれとも会わないから]
そう書いた彼の目には―――
悲しみが宿っていた
「…そう」
私は、なにも言えない
言っても、私がここに今後来ることはなさそうだから
[やっぱりみにくい?]
「え?」
彼の紙にはこんなことが書いてあった
[ぼくがみにくいから、お母さんはしんだんだって、お父さんが言ってた。ぼくがきちんとしゃべれないのも、ぼくが化け物みたいな見た目なのも、それが理由だから、ぼくはだれともかかわっちゃいけないんだ]
「なに、それ…」
彼は続けて書く
[きみとかかわるのも本当は良くないことだと思う。けどけがをしていたから、ほっとけなかったんだ。ごめんなさい]
彼を見ると、頭を下げていた
それをみた私は―――
「ふざけないで!?」
―――泣き出してしまった
「あなたが化け物な訳ないでしょ!?なんでそんなことがまかり通るのよ!あなたは、どこにでもいる、普通の『人間』よ!?」
私の涙と嗚咽は止まらない
それどころか、溢れてくる
「あぅ…」
彼が、私の涙を拭ってくれた
大きい手…
そして、また、なにか書きはじめた
[泣かないで。ぼくなんかのために、君が泣くのは、ぼくもかなしいから]
そういって、頭を撫でてくれた
―――あぁ、なんでこの世界は
―――こんなにも―――
やさしい人が生きづらいのだろう―――
バフォメット様や、彼のような優しい人は、とても傷つけられる
なんで、こんな世界なのだろう
・・・
[そんなこと言ってくれたのは、きみがはじめてだ。ありがとう]
泣き止んだ私に、彼はこんなメッセージを渡した
「べ、別にいいのよ…」
途端に、恥ずかしくなる
なにかよくわからない沈黙が続く…
ドンドン!
と、その時、ドアを強く叩く音がした
「居るんだろウスノロ!?聞きたいことがあるんだ!?」
この声は…さっきの教団の連中だ
まずい!?
今の私は戦うのが厳しい
こんな状態で奴らに見つかったら…
と、彼が布団を被せて、紙を見せた
[ぜったい出てこないでね]
そう残して、彼はいってしまった
・・・
ぼくは戸を開ける
外にはいつものイヤな奴らがいた
「遅えんだよウスノロ!…まぁいい」
ぼくは外に出て、戸を閉める
「ここら辺に女の子落ちてなかったか?…小さい女の子」
ぼくは首を横に振る
「しらねぇか…ちっ!使えねぇな!」
おそらく彼女の事だと思うけど、僕は言わない
こいつらは弱い者イジメしかしない
きっと、あの彼女が怪我をしたのもこいつらのせいだ
「もし見かけたら殺しとけよ。それ、魔物だからよ…って言っても、お前には殺せないか」
後ろに居た奴らも続けて笑う
「お前、臆病者だものなぁ〜」
そういって、ぼくに殴りかかってきた
「ちょっとは抵抗して見せろよ!?」
そう言って、3人がかりで殴ってくる連中
抵抗しても、その分だけボクを殴ってくるのを知っている
だから、抵抗しない
「仕返しもできない臆病者がよっ!こんなんが元教団騎士の息子だなんて、思えねぇ、よな!」
「ウグッ!」
お腹に蹴りが入った
すごく痛い
「やめなさい!」
と、今は聞こえてほしくない声が聞こえてきた
・・・
「やめなさい!」
気がついたら、外に出てしまっていた
布団越しからでも聞こえる、彼への罵声
その一つ一つが、聞くに堪えなかった
その途中から混じり始めた暴力
私は、こらえる事が出来なかった
「んだよ、いたじゃねーか!」
そう言って、教団の奴が彼をける
「貴様ら!」
「おっと、動くなよ?」
そう言って、彼に剣を突きつける
「おい、魔物?動いたら…わかってるよな?」
私は…黙ってうなずいた
「あぅあ!」
彼はなにか言おうとしている
だが―――
「私はどうなってもいいから、彼は…」
「魔物の癖に泣かせるじゃねーか!?」
と、教団の連中は笑う
「いいぜ、そのまま死んだら、こいつには何もしないぜ」
と、私に近づいてくる
剣を振り上げながら
「久しぶりに魔物を切れるな…」
下種な笑いをしながら、間合いに入ってきた
「シネェ!」
そういって、剣を振り下ろしてきた―――!?
・・・
彼女が、ぼくをかばって殺されそうになっていた
なんで?彼女はなにもしていないのに
ぼくは地面に転がってるしかできないの?
ぼくは―――本の中の英雄みたいに、守れないの?
〜〜〜〜〜〜
ここですみ始めてから、ぼくは欠かさず読んでいる本があった
昔からよくある、英雄の童話だ
みんなを守るために、傷ついても、何度でも起き上がる、みんなのヒーロー
―――ぼくも、なれるかな―――
そんな、なれないに決まっている憧れを、ぼくは持ち続けてしまった
〜〜〜〜〜〜
本の英雄が、ぼくに語りかけてきた
―――それでいいのか?
―――彼女は君を守ろうとしたんだよ?
―――君は、見捨てたくないんだろ!
「アァァァァァァァァ!?」
「ゲァ?!」
「がぁ!?」
その時、ぼくは駆け出せたんだ
ぼくを押さえる二人は振り払って
―――あの小さな、勇気ある少女を守るために
「あ?」
いつもぼくを殴っているやつの剣を掴む
「ガァッァァッァァァ!?」
掴んで―――
握って―――
「はぁ!?」
その剣を砕いた!
「ぐ、がぁぁぁ!?」
手からはすっごい血が出てる
でも、関係ない
そのままぼくはそいつに向かっていく
「く、くるなぁ!」
剣をなくしたそいつは尻餅をついて、後ろに下がっていく
と、木にぶつかってしまった
「わ、悪かったよ…だから、な?その魔物の懸賞金やるから、な?」
ぼくは
コブシを振り上げ
「アァァァァァァァァ!?」
―――そのまま木を殴りつけた
「ひぃ!」
そのままいじめてくる奴らはみんな逃げ出した
見ると、彼女が座り込んでいた
ボクは近くまでいこうとしたが―――
やめた
きっと、ぼくは怖がられてるから
だって、彼女は―――泣いているから
・・・
最初は訳がわからなかった
だって、彼は―――
なんで、私を助けてくれたんだろう
私なんか助けてもなんの得もない
なのに、彼は私を助けてくれた
まるで―――御伽噺に出てくる英雄のように
そんな彼が信じられなかった
だって、人間はもっと―――
『お主のことを命がけで助けようとする者がいずれ現れるよ。必ずな』
バフォメット様の言葉が浮かぶ
と、彼が木を殴り、教団の連中を逃がしてから、歩を止めた
「どうして、なの?」
私は、自然と声が出た
「どうして、助けてくれたの?」
涙が止まらない
「わたし、魔物なんだよ?なんで?」
―――なんで、私なんかを助けてくれたの?
最後までしゃべる事はできなかった
途中で、本格的に泣いてしまったから
そんな私に彼は近づいて…でも、最後まで来てくれなかった
彼は懸命に口を動かし、私に何かを伝えようとする
[君を、助けたいと思ったら、体中から力が溢れたんだ。でも、ぼくはみにくいから]
[だから、君にきらわれたくない]
「…けないでしょ」
私は泣きながら
[なに?]
「嫌う訳ないでしょ!?」
叫んだ
そして、彼に抱きついた
「こんな私を守ってくれて、それで嫌いになれるわけないじゃない!?」
私は、彼に抱きついて―――
「んっ!?」
―――彼に、私のファーストキスを捧げた
〜〜〜
ある山に魔女が現れたそうだ
教団の騎士が派遣され、討伐に向かった
だが、森に住む『強大な猛獣』に阻まれ失敗したそうだ
後日、山を捜索していたところ、山小屋を発見した
何年もここで人が暮らしていたのだろう
そこには一冊の童話が置いてあったそうだ
童話のタイトルは[傷だらけの守護者]
この地方でよくみかける、自分が傷ついても、人を、みんなの笑顔を守ろうとする、そんな英雄の童話が、そこにはあったらしい…
〜〜〜
「はい、これ」
今、私は彼とサバトにいる
彼はサバトがどんなものか分からないが、私と入れるならと入ってくれた
嬉しい反面、面倒が増えて困っている
―――髪を切って、身なりを整えた彼はカッコいいのだ
他の魔女達が狙っているのを、日々威嚇している
おかげで彼と一緒に居る時間はべったりしていないと不安で仕方ない
[これは?]
彼は相変わらず筆談しか出来ない
一応そろそろ検査結果がでそうだが…
でも、これでいいと思っている
私は、そんな彼との筆談が楽しいのだから
「貴方の好きな本、の筈、だけど…」
だが、彼は私のことをどう思ってくれているのだろう
今後、どう思ってくれるだろう
―――正直、彼に嫌われないかビクビクしている
他の魔女と違い、私は可愛げがないからだ
[この本…ありがとう!]
そう書いて、彼は抱き締めてくれる
それが堪らなく嬉しい
私は、ようやく、見つけられたのだろうか
共に歩んでくれる、私の『大切な人』を―――
私は走っている
こんな所で捕まるわけにはいかない
「逃げるな!魔女め!?」
教団の連中が追ってくる
こんなところまで奴等が来ているなんて、正直想定外だ
今どこにいるのかも分からない
―――こんな事になるなら、もう少し装備を持ってくればよかった
と、森が途切れている
これなら振り切れ―――
「っ!?」
開けた場所は崖になっていた
「覚悟しろよ…」
教団の連中が寄ってくる
このままでは、殺されてしまう…!
そう思ったときだった
「え?」
私は、足を踏み外してしまい
―――そのまま落下した
・・・
「つつっ…」
崖の下は、思いの他木が多かった為、うまくクッションになってくれたようだ
しかし、打ち所が悪かったのか、私の体は動いてくれない
「…くそっ」
こんな所で、私の人生は終わるのか
―――魔物になって、人生と言うのも変だが
だが、私はそう思った
あぁ、結局あの人が言ってくれたような、私を見てくれる人には巡り合えなかったな…
バフォメット様…
帰れず、申し訳ございません…
次に生まれ変わるときには、もっと可愛らしくなれたら…
そこで、私の意識は途切れた
・・・
私は、元々は人間の勇者だった
人間の中では、魔力が非常に高く、魔法攻撃に長けた人材だったと思う
魔法攻撃が強力だと言うことは、それだけで戦局を左右する存在になりえる
それだけに、私の事を快く思わない連中もたくさんいた
だからこそ、なのだろう
魔界への、単身突撃などをさせられたのは
―――正直、気が触れているとしか思えない
だが、それでも―――
引き止める家族もいない、愛する人もいない、見た目は魔力で若く見えるが、実際は何歳か分からない私の事など、誰も、引きとめようとはしなかった
そんな、単身で魔界に行ったのだ
私の体は、徐々に魔界の魔力に蝕まれていた
それでも魔物化をしなかったのは、私の魔力が高かったからだろう
一人で、魔界を捜索し、魔王を倒すために、ひたすら旅を続けた
・・・
「う、うぅん…」
気がついたら、私は毛布に包まっていた
「ここは・・・?」
首だけを動かし、辺りを見渡す
簡素な、どこかの小屋のようだ
「あぁ」
と、奥から声が聞こえてきた
「あぁう」
ノッソリ、といった擬音が似合いそうなその男は、こちらに近づいてきた
―――デカイ
身長は、恐らく2メートル近くはあるんじゃないだろうか?
―――今の私が小さくて、そう感じるだけかもしれないが
「あぁ、ああう?」
その男は、ひたすら唸っているようだ
と、突然紙とペンを持ち始めた
[だいじょうぶ?]
そこにはそう書いてあった
「…私は大丈夫よ」
[よかった]
私が答えると、続けて男も書く
「あなた、喋れないの?」
[そうみたい。よくわからない]
そういうと、男は奥に行く
私は体を起こそうとするが、体が痛む
体を強く打ったためだろう
[体うごかすのはダメだよ。体中ケガだらけだったんだから]
ふと横を見ると、そんな文字がみえた
[これ、スープ。のめそう?]
男は私に聞いてくる
「…体を起こせば、何とか飲めるわ」
そういって、上半身を無理やり起こした
と、その時毛布がはだけて―――
「あれ?」
―――普段着ているはずの服ではなく、だぼついた
[ごめん、ケガの手当てとふくやぶけてたから]
「っ!?」
つまり…私の…裸を…!?
「…みた、のね」
男はわからないようだったが、今更気づいたのか
「あ、あうあ!」
と喚きながら、何か書き始めた
[ごめんなさい!よこしまな気もちはありませんでした!]
そう書いて、何度も頭を下げている
長い髪から覗ける顔は、耳まで真っ赤なようだ
そんな態度をされたら、怒るに怒れないではないか
「…て、手当てをしてくれたことはお礼を言うわ。」
私も、恐らく相当顔が真っ赤になっているだろう
男は顔を上げる
…髪が長すぎて、顔が良く見えない
「と、とりあえず…あ、ありが、とぅ…」
お礼は言った
が、裸が見られたことと、人付き合いが苦手な為、かなりカミカミだったが…
[どういたしまして]
男は紙に書いて答える
「と、とりあえずスープを頂くわ!」
そういって、私はスープを貰った
・・・
「あたたかい…」
そのスープは、質素な味ながら、とてもあたたかく、懐かしい味をしていた
スープを飲みながら、私は昔のことを思い出す
〜〜〜〜〜〜
勇者として単身魔界に行った私は、あるバフォメットに出会った
「魔物…」
「ほほう、これは珍しい。これだけ魔力が高いとは…羨ましいのぅ…」
「…なにかおかしいか?」
「…いや、わしはただ、才能がないから、な…」
そういって、なにか哀しそうな顔をする魔物
それが、バフォメット様との出会いだった
〜〜〜〜〜〜
[味、だいじょうぶ?]
突然横に置かれる紙
不意に現実に戻された
「あ、あぁ…美味しいわよ。ちょっと、考え事を、ね…」
昔の事を思い出していた、なんて言えない
なんとなくだが、言えなかった
そういって、まだ残っているスープを飲む
冷めているはずなのに、なぜかまだあたたかい
なんでだろう…
[ゆっくり、食べてね]
そういうと、男は外に出て行く
私は、また思考の中に没頭することにした
・・・
「どうじゃ?魔女になってみないか?」
そのバフォメットは、私に提示する
「それだけの魔力、人間として生きるには辛すぎないかの?…わしなら、おぬしの家族になることが出来ると思うんじゃ」
「…残念ながら、私は勇者だから」
そういって、私は最上位の炎熱魔法を無詠唱で使う
「消えなさい!?」
「ほう!すごい炎じゃの!?」
そう言って、バフォメットは炎に包まれ…
「!?」
てはいなかった
「ふぅ…少し暑くなったのぉ」
それどころか無傷
「ところでお主、後5歩後ろに下がるんじゃ」
「は?」
そう言って動かないでいようとしたが
「!?」
下から、急激な、よく知った魔力が私に迫ってきていた
―――私が放った、炎熱魔法だ
「な、んで…」
かろうじて避けた私には理解できなかった
「簡単じゃよ。おぬしの魔法を、たった今地下から召喚した、それだけじゃ」
「なっ!?」
このバフォメット、なんて言った!?
「こんな短時間で、召喚魔法を…?」
「これ位なら、誰でも出来ると思うんじゃがのぉ…」
召喚魔法なんて、簡単に使えるものじゃない
呼びたい物がどこにあり、どこに呼ぶかを計算する必要、更には、その時の呼ぶ対象の質量やエネルギー量も計算しないといけないのだ
普通、こんなリアルタイムに出来る芸当ではない
「まぁ、これ以外の魔法はなにも使えないがの」
と、寂しそうに苦笑するバフォメット
―――その顔に、私は
「…なぜ、そんな寂しそうなんだ」
―――なぜか、私を見た気がした
「そんなつもりはないんじゃが、のぅ…」
―――曰く、バフォメット失格らしい
―――曰く、なぜバフォメットに生まれたのか?
―――曰く、何もかもが並、との事
だから、彼女は、自分の『居場所』がない
「バフォメットは、頂点の存在でなければならない。でなければ、サバトをまとめられぬからの」
そう、寂しそうに言う
「わしには絶対的な物がなにもないんじゃ」
「…その召喚術は、正直異常だが、ね…」
私は言う
「ちょっと計算が得意なだけじゃよ」
彼女は照れくさそうに言う
「なら…」
「ん?」
「その計算を生かしたサバトを、作れば良いじゃない。例えば、外交とか貿易とかをするサバト」
「…」
彼女は固まってしまった
やはり、安易に物を言わないほうが…
「それじゃ!」
と、彼女は大声を上げる
「なるほど!?その手があったのか!ありがとう!?」
彼女は私の手を掴み、ブンブンと手を振り回す
…正直、痛い
「さて、早速準備じゃ!」
そう言って、彼女はどこかへ行こうとする
「っと、そうじゃ…」
突然立ち止まり、こちらを向いた
「出来ればじゃが…一緒にやってくれぬか?…え〜と…」
「…リーン、よ」
「へ?」
「貴方の最初の、魔女の名前、かな?」
「!?…わしは、―――!?」
これが、バフォメット様との、最初の歩みだった
・・・
昔の事を思い出しながらスープを飲んでいると、男が帰ってきた
手にはウサギが握られている
恐らく、狩りをしてきたのだろう
改めて、男を見る
かなりの高身長、顔を覆い隠す髪、それに合わせてかなり分厚いコート―――
かなり、不審な見た目だろう
「?」[どうかした]
男は疑問そうな顔をした後、紙に書いて聞いてくる
「…あなた、髪の毛は切らないの?」
[必要ないから]
紙にはそう書いてあった
[ぼくは、だれとも会わないから]
そう書いた彼の目には―――
悲しみが宿っていた
「…そう」
私は、なにも言えない
言っても、私がここに今後来ることはなさそうだから
[やっぱりみにくい?]
「え?」
彼の紙にはこんなことが書いてあった
[ぼくがみにくいから、お母さんはしんだんだって、お父さんが言ってた。ぼくがきちんとしゃべれないのも、ぼくが化け物みたいな見た目なのも、それが理由だから、ぼくはだれともかかわっちゃいけないんだ]
「なに、それ…」
彼は続けて書く
[きみとかかわるのも本当は良くないことだと思う。けどけがをしていたから、ほっとけなかったんだ。ごめんなさい]
彼を見ると、頭を下げていた
それをみた私は―――
「ふざけないで!?」
―――泣き出してしまった
「あなたが化け物な訳ないでしょ!?なんでそんなことがまかり通るのよ!あなたは、どこにでもいる、普通の『人間』よ!?」
私の涙と嗚咽は止まらない
それどころか、溢れてくる
「あぅ…」
彼が、私の涙を拭ってくれた
大きい手…
そして、また、なにか書きはじめた
[泣かないで。ぼくなんかのために、君が泣くのは、ぼくもかなしいから]
そういって、頭を撫でてくれた
―――あぁ、なんでこの世界は
―――こんなにも―――
やさしい人が生きづらいのだろう―――
バフォメット様や、彼のような優しい人は、とても傷つけられる
なんで、こんな世界なのだろう
・・・
[そんなこと言ってくれたのは、きみがはじめてだ。ありがとう]
泣き止んだ私に、彼はこんなメッセージを渡した
「べ、別にいいのよ…」
途端に、恥ずかしくなる
なにかよくわからない沈黙が続く…
ドンドン!
と、その時、ドアを強く叩く音がした
「居るんだろウスノロ!?聞きたいことがあるんだ!?」
この声は…さっきの教団の連中だ
まずい!?
今の私は戦うのが厳しい
こんな状態で奴らに見つかったら…
と、彼が布団を被せて、紙を見せた
[ぜったい出てこないでね]
そう残して、彼はいってしまった
・・・
ぼくは戸を開ける
外にはいつものイヤな奴らがいた
「遅えんだよウスノロ!…まぁいい」
ぼくは外に出て、戸を閉める
「ここら辺に女の子落ちてなかったか?…小さい女の子」
ぼくは首を横に振る
「しらねぇか…ちっ!使えねぇな!」
おそらく彼女の事だと思うけど、僕は言わない
こいつらは弱い者イジメしかしない
きっと、あの彼女が怪我をしたのもこいつらのせいだ
「もし見かけたら殺しとけよ。それ、魔物だからよ…って言っても、お前には殺せないか」
後ろに居た奴らも続けて笑う
「お前、臆病者だものなぁ〜」
そういって、ぼくに殴りかかってきた
「ちょっとは抵抗して見せろよ!?」
そう言って、3人がかりで殴ってくる連中
抵抗しても、その分だけボクを殴ってくるのを知っている
だから、抵抗しない
「仕返しもできない臆病者がよっ!こんなんが元教団騎士の息子だなんて、思えねぇ、よな!」
「ウグッ!」
お腹に蹴りが入った
すごく痛い
「やめなさい!」
と、今は聞こえてほしくない声が聞こえてきた
・・・
「やめなさい!」
気がついたら、外に出てしまっていた
布団越しからでも聞こえる、彼への罵声
その一つ一つが、聞くに堪えなかった
その途中から混じり始めた暴力
私は、こらえる事が出来なかった
「んだよ、いたじゃねーか!」
そう言って、教団の奴が彼をける
「貴様ら!」
「おっと、動くなよ?」
そう言って、彼に剣を突きつける
「おい、魔物?動いたら…わかってるよな?」
私は…黙ってうなずいた
「あぅあ!」
彼はなにか言おうとしている
だが―――
「私はどうなってもいいから、彼は…」
「魔物の癖に泣かせるじゃねーか!?」
と、教団の連中は笑う
「いいぜ、そのまま死んだら、こいつには何もしないぜ」
と、私に近づいてくる
剣を振り上げながら
「久しぶりに魔物を切れるな…」
下種な笑いをしながら、間合いに入ってきた
「シネェ!」
そういって、剣を振り下ろしてきた―――!?
・・・
彼女が、ぼくをかばって殺されそうになっていた
なんで?彼女はなにもしていないのに
ぼくは地面に転がってるしかできないの?
ぼくは―――本の中の英雄みたいに、守れないの?
〜〜〜〜〜〜
ここですみ始めてから、ぼくは欠かさず読んでいる本があった
昔からよくある、英雄の童話だ
みんなを守るために、傷ついても、何度でも起き上がる、みんなのヒーロー
―――ぼくも、なれるかな―――
そんな、なれないに決まっている憧れを、ぼくは持ち続けてしまった
〜〜〜〜〜〜
本の英雄が、ぼくに語りかけてきた
―――それでいいのか?
―――彼女は君を守ろうとしたんだよ?
―――君は、見捨てたくないんだろ!
「アァァァァァァァァ!?」
「ゲァ?!」
「がぁ!?」
その時、ぼくは駆け出せたんだ
ぼくを押さえる二人は振り払って
―――あの小さな、勇気ある少女を守るために
「あ?」
いつもぼくを殴っているやつの剣を掴む
「ガァッァァッァァァ!?」
掴んで―――
握って―――
「はぁ!?」
その剣を砕いた!
「ぐ、がぁぁぁ!?」
手からはすっごい血が出てる
でも、関係ない
そのままぼくはそいつに向かっていく
「く、くるなぁ!」
剣をなくしたそいつは尻餅をついて、後ろに下がっていく
と、木にぶつかってしまった
「わ、悪かったよ…だから、な?その魔物の懸賞金やるから、な?」
ぼくは
コブシを振り上げ
「アァァァァァァァァ!?」
―――そのまま木を殴りつけた
「ひぃ!」
そのままいじめてくる奴らはみんな逃げ出した
見ると、彼女が座り込んでいた
ボクは近くまでいこうとしたが―――
やめた
きっと、ぼくは怖がられてるから
だって、彼女は―――泣いているから
・・・
最初は訳がわからなかった
だって、彼は―――
なんで、私を助けてくれたんだろう
私なんか助けてもなんの得もない
なのに、彼は私を助けてくれた
まるで―――御伽噺に出てくる英雄のように
そんな彼が信じられなかった
だって、人間はもっと―――
『お主のことを命がけで助けようとする者がいずれ現れるよ。必ずな』
バフォメット様の言葉が浮かぶ
と、彼が木を殴り、教団の連中を逃がしてから、歩を止めた
「どうして、なの?」
私は、自然と声が出た
「どうして、助けてくれたの?」
涙が止まらない
「わたし、魔物なんだよ?なんで?」
―――なんで、私なんかを助けてくれたの?
最後までしゃべる事はできなかった
途中で、本格的に泣いてしまったから
そんな私に彼は近づいて…でも、最後まで来てくれなかった
彼は懸命に口を動かし、私に何かを伝えようとする
[君を、助けたいと思ったら、体中から力が溢れたんだ。でも、ぼくはみにくいから]
[だから、君にきらわれたくない]
「…けないでしょ」
私は泣きながら
[なに?]
「嫌う訳ないでしょ!?」
叫んだ
そして、彼に抱きついた
「こんな私を守ってくれて、それで嫌いになれるわけないじゃない!?」
私は、彼に抱きついて―――
「んっ!?」
―――彼に、私のファーストキスを捧げた
〜〜〜
ある山に魔女が現れたそうだ
教団の騎士が派遣され、討伐に向かった
だが、森に住む『強大な猛獣』に阻まれ失敗したそうだ
後日、山を捜索していたところ、山小屋を発見した
何年もここで人が暮らしていたのだろう
そこには一冊の童話が置いてあったそうだ
童話のタイトルは[傷だらけの守護者]
この地方でよくみかける、自分が傷ついても、人を、みんなの笑顔を守ろうとする、そんな英雄の童話が、そこにはあったらしい…
〜〜〜
「はい、これ」
今、私は彼とサバトにいる
彼はサバトがどんなものか分からないが、私と入れるならと入ってくれた
嬉しい反面、面倒が増えて困っている
―――髪を切って、身なりを整えた彼はカッコいいのだ
他の魔女達が狙っているのを、日々威嚇している
おかげで彼と一緒に居る時間はべったりしていないと不安で仕方ない
[これは?]
彼は相変わらず筆談しか出来ない
一応そろそろ検査結果がでそうだが…
でも、これでいいと思っている
私は、そんな彼との筆談が楽しいのだから
「貴方の好きな本、の筈、だけど…」
だが、彼は私のことをどう思ってくれているのだろう
今後、どう思ってくれるだろう
―――正直、彼に嫌われないかビクビクしている
他の魔女と違い、私は可愛げがないからだ
[この本…ありがとう!]
そう書いて、彼は抱き締めてくれる
それが堪らなく嬉しい
私は、ようやく、見つけられたのだろうか
共に歩んでくれる、私の『大切な人』を―――
11/05/20 01:46更新 / ネームレス