読切小説
[TOP]
私が愛したたった一つのこと
「―――以上の事について、なにか弁明する事はありますか、クレッセント卿」

異端審問の者達が私に質問をする

「いえ、特にはありません。私の孤児院の者達がご迷惑をおかけしました」

私は頭を下がる

―――形だけの頭下げなど、とうの昔になれてしまっていた

「あなたの孤児院は、素晴らしい人材を生み出していましたが…フェルグ=クレッセント、ナナイ=クレッセント、ゲヘナ=クレッセント…この3名中、2名については親魔物領へ亡命したものとされています」

亡命ではなく、ただの引越しだが、ね

「更には、ゲヘナ=クレッセントについては、あのようなふざけた振舞をしたのだから、処刑は当然です。ご理解、いただけてますかな?」

「…えぇ」

ゲヘナ―――あの子は私の意志を継いだに過ぎん
それすら見抜けないとは…

「更に、隕石の落下による教団への攻撃もあります。―――魔物からの、ね」
攻撃されたのは、貴様らが強行して進めた、人体実験の施設だろうに
あんなもの、攻撃されて当然だ

「そこから脱獄したコードネーム[スケァルゥ]こと、アリフテッド=ウォーデンについても、あなたがなにかしら関与した疑いがあります」

「確かに、命令を出したのは私です…」

彼、アリフテッドを逃がす為に

「しかし、彼が任務に失敗するとは思いませんでしたし、何より彼を強く支持したのは、他ならぬあなた方ですぞ?」

「ですが、あの街にアリフテッド=ウォーデンの兄、裏切り者のステイテッド=ウォーデンが関与していた事実は、あなたは報告しませんでしたよね?」

そんなもの、する訳が無い
そう仕向ける為の工作なのだから

「…私も、任務失敗後に知りましたので」

「改めて言います。以上のことから、クレッセント卿、あなたの財産没収及び、あなたを絞首刑にする事を決定しました」

「それが、本来なら妥当でしょうな…」

どうやら私の役目も、もう終わりそうだ
そもそも、この絞首刑自体、意味が無いのだが…

「弁明ではありませんが、どうか孤児院には手を出さないで頂きたい。いや、これはこの街の枢機卿の最後の命令です、かね」

「…我々、異端審問に命令でk「少なくとも、本来であれば、貴方達に私が命令する立場の筈なのに、貴方達の越権行為を何も言わない私に、何かあるかね?」

「…チッ」


彼は舌打ちをしてから何も言わない

「申し訳ないが、もう年でね…何も無ければ、これで終わりにして頂きたいのだが…」

そう言うと、彼らはこぞって部屋から出て行った
私は椅子に体を預ける

―――全く、なんて意味が無い事をしたがるのだ
私の寿命も、今日で終わろうとしていると言うのに

「…ようやく、行かれましたね」

「…君は相変わらず神出鬼没だな」

そういって影から来るのは、一人の美女
それこそ10人が見たら10人とも振り返るのではないだろうかと思える美女だ

「転移魔法、やっぱり便利なので」

「相変わらず魔法漬けなのかね、エリザヴェート…いや、『魔物の母』」

「…その呼び方は、貴方からは呼ばれたくないです」

そういって、その美女の下半身は蛇のそれに変わっていく

―――エキドナ

魔王と同等ではないかと言われる位強力な魔物
そして―――

「私の立場だからこそ、そう呼ばなければならないのだよエリザヴェート。でなければ、君との『約束』も『信念』も守りきれない」

「…数十年立っても、変わらないですね、貴方は」

―――私が唯一愛した女性

・・・

私が彼女と始めて出会ったのは、今から80年前、15の時だったはずだ

あの時のトキメキは今でも忘れない

あの時は私が魔王討伐メンバーとして選ばれたのと、その美しい容姿の彼女との旅とでかなり舞い上がっていたのだから

私の国の慣わしでは、15を超えた男性は騎士団に所属し、そこである程度腕を磨いた者は勇者候補として、旅に出る事ができるのだ

勇者として旅に出る―――
なんと素晴らしい事だろう

物語で語られているような存在に、自分もなれる
―――そうすれば当然、凄く良い暮らしも、何でも出来る

愚かにも、当時の私はそう考えていた
そして、それをする機会も、与えられていた

〜〜〜〜〜〜

「―――ミヒャエル=クレッセント、ならびにエリザヴェート=エルキナ。以上のものを勇者候補として、魔物討伐の旅に出る任を与える」


「君が俺と組むエリザヴェートか。俺はミヒャエル、よろしく!」

「エリザヴェートです。気軽にエリザ、と及びください」


〜〜〜〜〜〜

―――この時に素直に気持ちを伝えたら、どうなっていただろうか?

―――今でも私は自問自答を繰り返している

・・・

「今日はいつまでいるのかね?」

「…貴方の、最後を見届けるまでですよ」

彼女は悲しそうに言う

「そんなに悲しまないでくれんかね?私のような老いぼれのために、君が泣く姿を見たくないのだよ」

私は努めて言う

「…いつかの願い、この場になっても受け入れてもらえませんか?」

彼女は言う
彼女の願い、それは『私と共に生きる』事

私にとって是が非でも手に入れたい財宝

しかし―――

「…約束を果たせない騎士に、誉はない事を、君はよくしっているだろう?」

私は、冷たく努めて言う
約束を果たせない私に、彼女の夫になる資格はない

「っ!でも!貴方はここまで一人でがんばってきたのよ!なんで貴方がこんな目にあわなきゃいけないの!なんで貴方を失わなきゃならないの!」

「…君が感情をそこまで剥き出しにするなんて、何年ぶりだろうか?」

彼女は涙しながら私を睨む

「どうして!どうして貴方は教団に殺されなきゃいけないの!貴方は英雄なのよ!なんで今日死ななきゃいけないの!?おかしいわよ!?こんなの、酷すぎるわよ・・・!?」

私の死をここまで痛んでくれる彼女
私が唯一死を躊躇う理由

私が、生きた、生きていてよかったと、心から思える私の存在理由

「泣かないでおくれ、エリザ。私は君が言うような英雄ではない」

しわくちゃの手で、彼女の涙をぬぐう

「愛する人の言葉より、偽りの教義を信じ、罪無き民を、罪無き者を死に追いやった私が、英雄などでは、あるはずが無いのだよ…」

「でも…!」

あぁ、なんて気高く、優しい女性なのだろう

だからこそ、私は―――

「…君と私の間に、実子を作れて、本当によかった」

「!?…いつから、気付いていたの?」

―――彼女の―――

「私が20の時には身篭っていたのだろう?…知ったのは、最近だが、ね」

「…知っても、意見を変えないんですね」

―――夫にはなれない

「…すまない、君との『約束』を守れないなら、君を幸せにできないから」

彼女は押し黙る

愛しいエリザ、どうか―――


私を恨んでくれ


〜〜〜〜〜〜

私達が冒険に出てから、半年が過ぎた

最年少にして勇者候補になった私の相棒は、年上の、可愛らしく、美しい魔法使いだった

「エリザの魔法、ホンットすっごいよなぁ〜俺も魔法使えたらよかったのに」

私は、魔法が使える彼女が羨ましかった

「でも、貴方が守ってくれるから私は安心して、魔法が使えるんですよ?寧ろ強盗6人を瞬殺できる貴方のほうがすごいですよ」

「そうかもしれないけど、こんなのも出来なきゃ最年少の勇者候補になれないし、親戚筋に顔向けできないよ」

私は彼女に言う
彼女はやれやれと言った顔をしながら微笑んでくれた

「確かに貴方は有名な家の出身かもしれないけど、貴方『自身』をすごいと思うのかは別ですよ?」

「…んなに褒めたって、なにもあげれねーよ」

私は恥ずかしくなり、そんな軽口を叩いてしまう

「それは残念です。ほしい物があったのに…」

彼女もしれっと言う

だが、こんな関係が、私は大好きだったんだ

〜〜〜〜〜〜

「ゴホッ!…」

「ミヒャエル!?」

咳き込んだ私を抱き締める彼女
彼女の体温が温かい

「ゴホッゴホッ!…すまない、薬を…」

「…もう、薬でもどうしようもないんでしょ?」

私は何も言わない

「常人なら副作用だけでもつらい劇薬を使って延命して…そんな事をするくらいなら、私と一緒にくらしましょう?私あれから魔法の勉強して、治癒魔法系統全て使えるんですよ?だから…」

彼女は押し黙ってしまう

「…君もわかっているだろう?もう、私の体は持たないんだ。こんな醜い延命をしても、君との『約束』を果たせなくて、すまない」

私を抱き締める彼女の腕の力が、さらに強くなる

「…君に迷惑をかけてばかりですまない。孤児院の件、どうなったかな?」

「…もうみんな逃がしましたよ。後は貴方だけ、でした…」

「そうか…」

彼女に抱き締められながら、私は思う

―――愛しいエリザ、君との約束は、果たせない
―――けど、代わりに意思を継いでくれる子供達を育てることは出来たんだ
―――だから、私はもう舞台から降りなきゃならないんだ

―――彼らの、彼女らの為に


「ミヒャエル、お願いです…生きたいと言って下さい!貴方が行きたいなら、どんな事をしてでも貴方を生かしてみせます!…お願いだから、一緒にいきてよぉ!」

彼女が泣いている

私に出来るのは、彼女の涙を拭う事と

「すまない、それだけは出来ない。代わりに、君の蛇腹枕で、最後を迎えさせてくれないか…」

―――彼女を、悲しませること、だけ

「…貴方が、望むなら」

そう言って、彼女は、人間で言う膝枕、蛇腹枕をしてくれた

あたたかい…
本当に、あたたかい

・・・

現実は、いつだって残酷だった
少なくとも、私はそう記憶していた
愛する者が、敵だと知ったら、誰だって、そう思うだろう…

〜〜〜〜〜〜

私たちが冒険に出てから2年がたっていた

「…やっぱり、なんか変だ」

「なにがですか?」

私はエリザに言う

「魔物だよ。奴ら、人間の肉を食うはずなのに、男性ばかり優先して襲おうとしてる」

私は旅に出てから、違和感を感じ始めていた

「そうですよね…でも、そもそも教団の教え自体が怪しいと感じてたので、正直やっぱりとしか…」

「エリザって、たまにホントすっごい事いうよな…」

彼女と共に行動していて、分かったことがある

まず、教団を嫌っている
それもかなり

「私には、魔物の方が、慈愛とかを持ってるように見えてしまうんですよね」

そして、魔物の肩を持ちたがる

「なんつーか…エリザって、ほんとに人間?」

「失礼ですね、ミヒャエルは」

膨れている彼女も可愛らしく、魅力的だった

「そんな失礼なことを、彼女に言いますか?」

そう、旅の中、私たちは自然と惹かれあっていっていたのだ

「いや、その…」

「ミヒャエル…照れて可愛いですよ♪」

私は、いつも彼女に勝てないでいた

〜〜〜〜〜〜

「ミヒャエル…」

「まだ、大丈夫だよ。エリザ…」

辛うじて残っている意識で、私は彼女に答える
もう、殆ど体は動かないようだ

「ミヒャエル、覚えてますか?旅の中で貴方が始めて魔物に対して疑問を持った日を」

「あぁ…」

私も、よく覚えていた

魔物が本当にただの悪なのか、分からなくなった時があった
その時には、信仰心が足らないと思っていたが…

「当時の私は、思考停止をしていただけだったな…」

彼女は何も言わない
何も言わず、ただ微笑んでくれた

〜〜〜〜〜〜

「そんな…」

当時の私は、信じられなかった

「なんで、なんでだよ!」

「ミヒャエル、これは…」

「うるさい!喋るな魔物め!」

彼女の正体が、魔物だなんて、信じたくなかった

冒険に出てから5年
彼女は、私のことを信頼して、正体を明かした

だが、当時の私は、浅はかで、無知で、盲目だった


「よくも今まで騙したな…お前だけは、絶対に許さない!」

それが、当時の私が彼女にかけた、最後の言葉だった

〜〜〜〜〜〜

辛うじてある意識も、そろそろ消えかけていた

「エリザ、もう大丈夫だから…行きなさい…」

「…貴方の最後を見届けるまで、私は離れませんよ?」

それは嬉しくもあり、不安でもある

「心配しなくても、結界系の術で、ここの部屋は今外とはつながりがないですから。だから、私のことがばれる事はありません」

私の心配は、すでに見破られていた

「だから、心配しないで、ね?」

あぁ、この顔だ
この表情が、私が守りたかった物だった

〜〜〜〜〜〜

「なん…だと…」

冒険からもどり、エキドナだった元相棒の事から10年

私は、教団の秘密をしってしまった

人体実験、聖書の改ざん、そして―――

「魔物は、人間と、共存を望んでいる…」

私は愕然とした

そして、最後の彼女の決意の表情が浮かぶ

「エリザ…すまなかった…」

彼女は、私と共存の道を作ろうとしていたのだ
だが、私は愚かにもその道を自ら破壊した

それだけではない

今の教団は、一部の者の暴走で、狂信者の集団と変わらなくなってしまっている

「変えなくては…」

私は、密かに、行動を開始した

〜〜〜〜〜〜

「ミヒャエル?」

私は彼の名前を呼ぶ
彼からは、かすかな反応しか返ってこない

―――わかっていた

彼がどうやっても、私と共に生きることはない事は

なぜなら、それは彼にとって、私への裏切りになるからだ
彼は一度私を傷つけた

だから、その償いが出来るまで、私と共に生きることをしないことを決めたのだ

償いは、真実の露呈と、共存

二つが世界中に広がって、初めて彼は償いが出来ると信じていたのだ

そんな事、人間の寿命では、到底しきれないのに…

〜〜〜〜〜〜

「お母様、手紙です」

娘は私にその手紙を渡してくれた

「どなたかは分かりませんが、男性の方のようです」

「そう…」

私は正直疲れていた

娘の事をあの人、ミヒャエルに言いたい
けど、それはこの子事態にも危険が及ぶ

それに、彼が最後に言った言葉…

そのことを思い出しながら、手紙を読んでいた

「っ!?イザヴェラ、この手紙を置いていった方は!?」

「え?もう出て行かれたみたいですが…どうしたのですか?お母様」

この手紙は、ミヒャエルからの物だった

手紙には簡潔に、こんな内容が書いていた

[魔物と人間の共存、教団の不正を暴いた後でも、俺みたいな無知な男を愛してくれるなら、また共に生きよう。必ず、やり遂げるから]

「お、お母様?」

娘の前だが、私は泣いた
涙をぼろぼろ流しながら泣いた

―――彼は、私を嫌いではなかったんだ!

それが嬉しくて、でも直ぐに会えない悲しさにくれて、泣いていた

〜〜〜〜〜〜

彼は、逝ってしまった

私が、最後を見届けた

私は、泣きそうになるが、泣かなかった

「ミヒャエル、貴方は素晴らしい勇者でしたよ」

少なくとも、私からすればそうだ

「貴方ほどの勇者、後何千年後に現れるんでしょうね」

「私、エリザヴェートは、一生、ミヒャエル=クレッセント、を…愛し…ます…」

最後まで、泣かずに言うことは出来なかった

けど、私の思いを伝えることは出来た

彼が生きているうちには、言えない言葉

そろそろここから出ないとまずい

「お墓参り、必ず行きますね」

そこで、私は、部屋を後にした

〜〜〜


ある街にて、枢機卿が死んだ
その街、領土周辺の教団の統括もしていたが、彼の死後、驚愕の事実が分かった
彼は自分の教え子達に、『誤った教義』を教えていたのだ
本来ならきちんと埋葬される筈の枢機卿だが、このような反逆者は、当然、死刑囚と同じように葬られたそうだ


〜〜〜

「約束通り、お墓参りきましたよ」

私は、彼の墓の前で言う

「この方が…」

娘のイザヴェラも連れて

「死んでからでなければ会えないのは、本当にごめんなさいね、イザヴェラ」

「いえ、私は…」

娘は一息ついてから、こういった

「この方の娘であることを、誇りに思います」


―――あなた、聞こえますか?
―――娘も、貴方の事を赦してくれましたよ?
―――だから、はやく戻ってきてくださいね


私たちは、また来ることを彼に告げ、そのまま帰った

また、近いうちに、必ず来ることを伝えて
11/05/15 05:49更新 / ネームレス

■作者メッセージ
どうも、ネームレスです


さて、エキドナです



エキドナ様との恋ですが、こんな風に、真実に気付くのが遅いせいで引き裂かれた魔物は、きっとたくさんいたと思います


だからこそ、気付けて権力もあった彼は、今までの物語の一部の発端になる事を決めたのです

ちなみに私の作品[ノワール達の再会][否定主義VSサバトの皇][捨て猫と絵描きの奇妙な関係]

以上の3作品が繋がっております


それでは最後に、ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33