EX〜騎士の称号受けしかつての勇者〜
自慢ではないが、私は今まで辛いと思った事は無かった
どんな困難な任務もこなす様努めてきたし、どんな状況でも自分は弱さを人に見せないようにしてきた
それは、自分が騎士だったからという事もある
騎士とは、人を護る存在だ
そんな者が弱気になったりうろたえれば、護るべき者たちも不安になる
弱者の為に剣を振るい、悪しきを断罪する
それが騎士であり、護ると言う事だ
だからこそ、私は自分自身に戒めを与えた
―――うろたえない、弱さを見せない、常に強くあれ
そうしてきた
が、それも今日までだった
・・・
「ごめんなさい…」
彼女―――黒勇者が悲痛な顔で私に謝る
「貴方を苦しめていた術式はなんとか解けたわ。でも…その汗も酸にする根本の術は…」
そう言って悲しむ彼女の言葉を、手で制する
―――泣かないでください
心の中で、彼女にそう告げる
この体を蝕む呪い、『AllAcid(オールアシッド)』のせいで、涙をぬぐう事も、直接触れる事も出来ない
そして―――喋る事も出来なくなってしまった
だが、彼女のおかげで、自らの体が溶けていく恐怖は消え、教団の支配から解放されたのだ
彼女には感謝しきれない
私は、紙とペンをもらい、文字を書く
―――私は充分貴女に助けられました
―――だから、大丈夫です
それだけ書くと、私は部屋から出た
・・・
城から出た私は、近くの平原に向かう
その途中も、自分の汗や体液が誰かに付かない様注意を払う
AllAcid―――教団で禁じられた、水を酸に替える禁術
これを掘り込んだ袋に水を入れたら、たちまち水は強酸に早代わりするという代物である
これを、体に掘り込まれた私は、汗や唾液、果ては血液まで強酸になってしまった
現在は私自身がコントロールし、自分に害が無いようにすることは出来た
が、コントロールをする過程で舌は溶けてしまい、更に飛び散った体液を無害にする事は出来なかった
つまり、私は歩く強酸と同じなのだ
だから、他人に触れてはならないし、他人と共に過ごしたりしてはいけない
その事を改めて考え―――私は心がくじけそうになった
〜〜〜〜〜〜
「なぜ殺さねばならない!?」
実験を受ける前、私は騎士だった
「アッシュ!それは魔物だぞ!殺さねばみんなが殺される!!」
「この子はまだ子供だぞ!?騎士が弱き者を傷つけて良いものか!?」
魔物を討伐しに行った先で、子供の魔物を見つけた
みな、魔物だからと言った理由で、震え、怯える子供を殺そうとしている
「敵を殺すのが騎士だろ!?なぜわからない!?」
「敵であっても、弱者は助けなければならない!憎しみしかなければ、それは騎士ではなくなる!」
私以外の者たちは、剣を抜く
「アッシュ…これが最後だ…俺たちはお前を斬りたくない!」
「友たちよ…なぜわからない!?ここでこの子を殺しても、何も意味が無い…騎士の誇りを失うだけだぞ!」
「それでも…俺たちは魔物が憎い…」
友たちは憎しみに囚われ、騎士の本分を見失いかけていた
―――親を魔物に奪われた者
―――恋人を魔物にされ、失った者
そんな者達だからこそ、騎士の心を忘れてはならない
だが、彼らは―――憎しみに勝てなかったのだ
「お前だって、大切な人をワーウルフに…」
「だが、それでこの子を殺してなんになる?」
婚約者がいた
彼女は、ワーウルフに噛まれ、殺処分されてしまった
「彼女はもう…帰ってこない。だからこそ、憎しみを騎士の志で消さねばならん!」
怯えきった子供に渇を入れる為、私は言う
「さぁ逃げなさい!此処は私が食い止めよう!」
「…アッシュ、お前は…」
「私はアッシュ。アッシュ=ガルダート!誇り高き守護の騎士なり!」
友たちに私は心から謝り―――私は子供の盾になる事を選んだ
〜〜〜〜〜〜
その後は殆どの者が知っている通りだ
私は友たちに捕まり、そのまま反逆罪になった
当然と言えば当然だろう
家名は堕ち、私も処刑されるはずだった
そう、『だった』のだ
しかし私に待っていたのは、禁術による人体実験と―――
それによる人間の温もりの喪失だった
死より辛い、死より苦しい―――孤独の人生
私は、それを強いられた
・・・
気が付いたら、私は目的地の平原に到着していた
ここを見た時、私は故郷の事を思い出す
―――かつて彼女にプロポーズしたあの平原
―――友たちと訓練に明け暮れたあの時
上げればきりが無い位の思い出たち
しかし、同時に虚しさも込み上げて来る
もう彼女には会えないし、彼らとも道を違えた
何より―――他人に触れられない
私は、一人でなければならない
その事実が、弱い私を蝕む
心のそこから、後悔し、挫けそうになる
―――なぜ私がこんな目に
心のそこから、にじみ出そうになる悪意
止めようとしても、押し殺そうとしても、止まらない
「あなたはだぁれ?」
そんな時、目の前から声がした
そちらに目をやると、そこに居たのは…
「ここでなにをしてるのぉ?」
半透明で青い体―――スライムだった
・・・
スライムは私のとなりに来ると、同じ質問をする
が、私は答えられない
彼女には悪い事をしているが、答えられない
「むぅ〜…しゃべってくれない」
スライムを見る
青く半透明な体は、汚れが無く綺麗だ
そして目のやり場に困りそうになる
スライムだから仕方ないが、彼女は服を着ていない
そして言動からもわかるが彼女はまだ幼い容姿だった
―――アクアスが助けたと言う少女と同じか、キューと呼ばれた彼くらいか
人間にして、まだ15位だろうか
スライムの少女はふくれっ面をしているが可愛らしい
何より―――彼女に似ている
殺処分にされた、元婚約者に彼女は似ている
それは顔がとかでは無く、にじみ出る雰囲気がである
―――彼女も、こんな優しい雰囲気を出していたな
そんなことを思っていた時だった
「もしかしてしゃべれないの?」
彼女が心配そうに私を見る
今にも泣きそうな目をしている
―――そうなんだ、ごめんね
心の中で言うが、彼女には届かないだろう
どうにかして伝えたいが、伝える方法がわからない
「なら…えいっ!」
そう言って、彼女私に抱きつこうとする
―――瞬間、私は避けてしまった
「あれ〜?なんで?」
私に触ってしまえば、彼女も溶けてしまう
そんな恐怖が、真っ先に体を動かしてくれた
「そんなににげないでよ〜」
―――私に触れないほうが、君の為なんだ
そう思いながら、私は彼女から逃げようとする
「おそわないから〜にげないでよ〜」
泣きそうな声を出して、私に声を掛ける彼女
と、地面が見えている場所があった
そこで私は一旦止まり、地面に文字を書く
―――私に触ったら、君は溶けてしまう
―――だから、触らないで
そう書いて、近くの石を持つ
…石は、少しずつ溶け始めていた
「なんで服はとけないの?」
―――この服は特別製なんだ
再び地面に文字を書く
「なら…ここでお話して」
彼女は嬉しそうに言う
「ここならあなたもお話できるでしょ〜?」
―――私は喋れないよ?
―――字を書くから遅くなるよ?
―――きっと、面白くないよ?
自分の心境をはっきりと書く
「そんなことないもん!」
彼女もはっきりと言う
「わたしは、あなたと話したいの!」
その言葉に、私は―――救われた気がした
・・・
「あ、アッシュ!」
今日も平原に出かけると、いつもと同じ場所に彼女―――レムが居た
レムは近くに住むスライムらしい
両親が居た森とは別の所を渡り歩いていたら、ここが気に入ったそうだ
「今日はどんなお話してくれるの!?」
――どんなお話がいいんだい?
いつも通り、地面に文字を書く
「なら昨日の続き!」
彼女は私の故郷のお伽話や、私のかつての話がお気に入りだ
今話しているのは、私の故郷に伝わる古いお伽話だ
自分の体を張って、みんなを護った英雄のお話
私が騎士を志したきっかけでもあった
――彼は、みんなを護る為に必死になって戦いました
弱き者を、みんなの笑顔の為に戦うその英雄
私が志した彼のように、私はなれただろうか
――こうして、彼は傷だらけになりながらも、大切な人たちを護る事が出来ましたとさ
私は丁寧に少しずつ書いていった
「その後、この人はどうなったの?」
――きっと、幸せになれたんじゃないかな?
レムの質問に答えを書く
「そっかぁ…よかったねアッシュ!」
その笑顔を見て、私も嬉しくなるが、同時に辛くなる
―――例え傷だらけになっても、私には…
そんな暗い気持ちが心を支配する
が、レムはさらに言葉を放つ
「アッシュも幸せになれるよ!」
――どうしてだい?
「だってアッシュもみんなの為に頑張ってるんだもん!」
その言葉に、私は驚く
「アッシュが昔いた場所で、みんなの為に頑張ったんだもん!幸せになれるよ!」
――わからない
私は素直な気持ちを書く
――私は、幸せになれるのかな?
――だって私は、他人を溶かす罪人なんだ
「そんなことないもん!」
続きを書こうとして、彼女に消される
「アッシュは悪い人じゃないもん!良い人だもん!」
泣きながら、彼女は訴える
「良い事したのに悪い人にされただけだもん!幸せにならなきゃいけないんだもん!」
服の上から、彼女は私に掴み掛かって言い続ける
「いけないん…だもん…」
彼女を手袋越し―――これも特別製だ―――に撫でる
――ありがとう
撫でながら、私は地面に文字を書く
彼女の気持ちが、本当に嬉しかったから
・・・
私がここに来始めてから、どの位たっただろうか
最近は新しくきた白勇者達もいる
が、私と行動していた彼はまだ来ていない
―――最も、彼らも彼の関係者らしい
「あ、アッシュ!」
いつものようにレムが待っていてくれる
最近はレムと話をするのが楽しみで仕方ない
「今日はどんなお話しする!?」
――昨日の続きが聞きたいな
いつものように、地面に文字を書く
「そしたらねぇ〜…おとーさんとおかーさんの話だね!」
そう嬉しそうに言う彼女
「昨日はおとーさんとおかーさんの馴れ初め話したから〜…今日は〜…」
レムが考えている最中、ふと他のものが目に入る
平原の奥のほうに、騎士らしきものが見えた
―――あれは!?
見間違いであってほしい、そう願いながらそれが近づいてくるのを見ていた
「貴様…白勇者だな」
その格好は、紛れも無く故郷の騎士団の格好
「白勇者ともあろう者が、魔物なんぞと…汚らわしい」
そう言いながら、何かを手に取り、レムに投げる
とっさの事で、反応が遅れ、レムにそれが少し当たる
「ふぇっ?…っ!?」
瞬間、レムが苦しそうにする
「水分を体から抜く物だったんだが…効きが悪いなぁ」
笑い始める連中
私は、唖然としてしまった
―――なぜ騎士が突然攻撃をする?
―――名乗りはどうした?
―――レムが、何をしたのだ?
「汚らわしい魔物を殺す事こそ、我らが勤め!貴様も死ね!」
そう言って、私にも剣が振られ―――
「だめ!」
とっさに、レムが私をかばう
スライムの体だから傷はない
が、苦しい中彼女は無理をして立ち上がったのだ
―――私は、何をしている?
また奴らの手には、レムを苦しめたアレが握られている
「魔物め…しねぇ!」
―――私は、自分の体でレムに付かないようにした
「――――!!」
体が痛い
が、レムはこれ以上に痛いはずだ
「貴様…正気か!?」
騎士の格好をした不届き者が私に言う
―――正気?あるさ
痛む体を起こし、レムを庇う様にして―――私は拳を握る
俗に言う、拳闘士の構えをとる
「武器も無く、我々にはむかうのか!」
剣を抜いた連中は私を見下した目で見ながら、私に剣を向ける
―――今ほど、言葉を発せれなくて良かったと思った事と残念に思った事はない
言葉を発していたら、間違いなく私は彼らに罵声を浴びせていただろう
言葉を発せれたら、間違いなく騎士としていかに間違ってるかを言えただろう
だが、言葉は要らない
ただ―――私が護りたい彼女を、私の拳にかけて護るのみ
瞬間、連中は動いた
・・・
連中が斬りかかってくるが、私はその剣を自らの手でつかむ
つかんだ瞬間、剣が溶け始める
「なんだこれは!?」
リーダー格の男がそれを見て叫ぶ
が、その隙を突いて私は鎧で守られた腹部を殴る
鎧で守られていた為、彼の体が溶けることはない
「ゴフゥッ!」
が、拳のダメージは通る
「化物めぇ!」
剣が降りかかり、私を切り裂く
が、その剣も溶けてしまう
「ひぃっ!」
私が睨むと、怯んでしまう
そんな事が三回位繰り返され―――
「――――」
敵は、全員怯んでしまった
私の体から血が流れ、地に触れると草が溶ける
その様を見て、敵は怯え、恐れ―――
「アッシュ!大丈夫!?」
そのまま体に抱きつき、傷口を塞ぐレム
―――不味い!レムが!!
私がレムの体を離そうとするが、彼女は離れない
―――お願いだ!君を失いたくない!
そう思い、彼女を振りほどこうとする
が、彼女は離れない
「動かないで!傷が開いちゃう!アッシュが死んじゃう!」
泣きながら私の血を体に浴び、吸収しているレム
―――吸収?
瞬間、私は体を動かすのをやめる
良く見ると血が彼女の体に混じり、そのまま消えていく
「あれ?アッシュの体に触ってるけど、溶けないね…?」
その事実を互いに確認し、私達は…
「アッシュ!」
私達は、互いに体温を感じていた
・・・
私には、人生のパートナーが出来た
かつて人に触れられない、孤独に怯える私は、どこにも居ない
「アッシュさん!」
後ろから声を掛けてくるのは、かつて同じ立場だったアクアス=リヴァイエールという青年
「これからキューの救出に行くって話あるんだけど一緒に来てくれないかな?」
彼も、あの勇者に由縁ある者だった
私は無言で頷き、彼に先に行くように手で頼む
「なら広場で待ってるから!」
そう言って走っていくアクアス
彼もまた、苦しみを持ちながらもそれに立ち向かう勇者の一人だ
「アッシュ…任務?」
と、近くで待っていたレムが私に聞いてくる
と同時に彼女は私に口付けをしてくる
―――これは彼女が編み出した、私と会話する方法だ
残った舌から、私が言いたい事を聞き取る
――大丈夫、私は死なないよ
――君と共に生きるために必ず帰ってくる
「…うん!」
彼女が笑顔で返してくれる
彼女が居れば―――私は騎士でいられる
私は騎士の務めを果たす為、戦場に向かった
12/03/02 10:07更新 / ネームレス
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