EX〜呪われた勇者の最後の三日間(下)〜
〜〜〜
「ほぅ…」
手紙を読み終えた私はふと考える
「リリスめ…人を良く見られるようになったじゃないか」
教え子の成長を間近で見られる私は、幸いだろう
自分が教えた事を生かしてもらっているのを、間近で見て、更にはそれを楽しめるのだから
「彼が此処に来るのは、ある意味必然だったか」
手紙には先ほど話していた人間―――ヴラド殿の事が記載されていた
話をしていた時に感じていたが、彼は知的好奇心が非常に高い
それこそ、人間にしておくのが惜しいくらいだ
「フフフ…この年まで待った甲斐があるのかな?」
手紙には彼の人柄と、一言だけ書いてあった
「彼をお願いします、か…」
あえてそれだけしか書かなかったのは、人体実験のことが絡んでいるのか
なんにせよ、私は彼の事を考える
物腰も丁寧で紳士的、知的好奇心が高く向上心も高い
なにより、『誇り』を重んじている貴族らしさ
「言い方が悪いが、好条件の物件になるな」
もし伴侶にするなら、彼のような人物が最高だろう
なにより―――
「彼と話している間、押さえるのが大変だったからなぁ」
私自身、彼と話していて感じてしまっている
―――あの男がほしい
「さて…これはどうするかな…」
〜〜〜
「ぅ…うん…」
眠りから覚めた我輩は、体のコリを解す
目の前には、寝る前にグレイヴ卿からお借りした本があった
―――まだ、読みかけだったな
少なくとも、この本を読みきるまではここに居たいし、死にきれない
残された時間を書物に費やすとは、我ながらあきれる事ではある
「失礼する」
本から意識を外すと、そこにはグレイヴ卿がいた
「食事を持ってきたんだが…如何かな」
「そこまでお気遣い頂き、感謝いたします」
そこには、湯気が上がっている美味しそうなスープ、それにふっくらとしたパン、更にはカリカリのベーコンに卵と、我輩から見ても非常に豪華な食事があった
「これ程の物を…かたじけない」
「いや、気にしなくてほしい…食べてみてくれないか?」
その言葉に従い、我輩は食事を取る
―――スープから飲ませて頂いたが、美味い
これほどの料理、我輩は食べた事が無かった
スープは良くあるコーンスープだが、ここまでコーンの甘みを出せるシェフが居るとは…
続けて、パンを口にする
が、これも美味い
焼き立てで、バターの風味が効いている上に、小麦の味を噛み締める事が出来る
ベーコンも言うまでも無く、カリカリに焼きあがっているが、肉の旨味も逃げず、すいすいと食べてしまう
卵など、もはや言葉に出来ない
「これほどとは…シェフに感謝の言葉をお伝えしたいのですかよろしいでしょうか?」
我輩は柄にも無く興奮してしまっていた
ただのモーニングセットで、ここまでの魅力を引き立てるのだ
感謝を直接言わねば後悔するだろう
「そこまで気に入っていただけて何よりだ。腕を振るった甲斐があると言うものだヴラド殿」
「…は?」
が、返って来たのは思いがけない言葉
「これを…グレイヴ卿が?」
「そうだが…意外かな?」
さも当然に言うが、当たり前だ
ヴァンパイアとは、根っからの貴族だ
ともすれば、料理人や使用人位抱えているはずである
つまり自分で料理をするなど中々無い事である
「もはや隠居の身だし、使用人にばかり任せていたら自分自身が鈍ってしまうだろ?」
私の心情を読み取ったのか、説明してくれる
「いやはや…感服いたしました。博識なだけでなく、料理も出来るとは…」
「お褒めに預かり光栄だよ、ヴラド殿」
そう言って笑う表情は、どんな画家もほしくなるような素材だろう
この笑顔を描くだけで、恐らく画家の本望が果たせるのではないか
そんな事を思わせる、美しくも可愛らしい、魔性の微笑だった
・・・
二日目―――
気が付いたら、我輩は夕方に起きていた
「時間を無駄にしてしまったのである」
彼女との語らいが楽しく、気が付いたら眠ってしまっていた
グレイヴ卿は大変博識で話題に尽きなかった
今の教団の事から、最近陥落したレスカティエの話
更には魔術の話から魔道具の流通まで、様々な話をした
「最後は…」
「ヴラド殿と私の好きな著者が同じだと言う所でお開きにしたんだよ」
と、横にグレイヴ卿が居た
「おはようございます、グレイヴ卿」
「おはようヴラド殿…私の事は名前で呼んでほしいと昨日も言った筈だが?」
「そうでしたな…申し訳ない、キュリア殿」
グレイヴ卿―――いや、キュリア殿に睨まれ、我輩は訂正する
「よろしい…さて食事は何にするかな?」
「いえ、二日も続けて作っていt「私が作ってあげたいんだ。作らせてくれないか?」
そう言って軽く微笑む彼女には、有無を言わさないオーラがにじみ出ていた
「では…お願いします」
「うむ♪任された」
嬉しそうに出て行く彼女を見て、私は感じる
―――着実に、彼女に惹かれている
たった二日だが、我輩にはかけがえの無い二日だ
だからこそ私は、出て行かねばならない
これ以上、キュリア殿に迷惑をかけてはならない
「無礼極まりないが…許してくだされ」
そう言って、我輩は部屋から出て、ここから去ろうとした
「それを許すほど、私が寛大だと思うかね」
その瞬間、後ろからキュリア殿に声を掛けられた
・・・
「…許さないでしょうな、特にこの場で見つかったとなれば」
「つまりこの場で得策なのはなにかなヴラド殿?」
「部屋に戻り、謝罪でしょうな…」
「それが正しい。正しいが…貴方はそれをしないのも計算済みだ」
だから、ここで聞こう―――
そう言って、我輩に拘束魔法を使うキュリア殿
彼女が私の前に来る
―――怒っている
その顔はなんとか理性的になろうとしながらも、怒りに飲まれそうな、しかし我輩を心配しても要る
そんな、愛おしささえ感じる表情
「なぜ逃げようとしたんだい?」
「…これ以上はご迷惑になるので」
「その根拠を述べたまえ」
我輩は無言になる
言えば彼女は理解するだろうが、言いたくない
我輩が、人間の癖に血をすする化け物だと、彼女に知られたくない
彼女のような、誇り高さもない卑しい人間だと、知られたくない
「…これから言うのは推測でしかない。だがもし当たっていたなら、素直に認めてほしい」
私の返答待たず、彼女は述べる
「恐らくヴラド殿は人体実験で身体能力と同時に、大きな代償を背負わされたのだろう」
彼女は続ける
「代償は…恐らく期間的に何かしらのものを体に入れないと死んでしまう。そしてその期間が迫っているが…貴方は摂取する気がない」
「…仰るとおりです」
彼女の憶測は正しい
が、それが何かは―――
「恐らく血なのだろ?」
「っ!?」
「貴方ほど教養がある人間なら、『人間が生き血をすする』のはおぞましいと考えるのだろう」
知られたく無かった
この人にだけは、知られたくなかった
「なぜわかるかって?私はヴァンパイアだ。血には敏感なんだよ」
そう言いながら、彼女は自身の手に短剣を持つ
「私とて、伊達に長生きはしていない。ヴラド殿が生まれる前…いや、貴方の家ストレイ家が出来るよりも前から生きている私を見くびらないほうが良い」
その短剣で、自分の指先を切る
「これを飲んでくれないか?…私の為に流された命を無駄にしたくない」
「しかし、我輩は…」
拒もうとしたが、叶わず
指先を口の中に入れられる
―――あたたかい
彼女の血は、まさに命が通っている
「私はヴァンパイアだ。血を飲まねば生きていけない」
彼女は言葉を続ける
「それを嫌悪する気持ちはわからなくはない。かつての私もそうだったからな」
その言葉に、我輩は驚く
「私も元は人間だ。気持ちはわからなくはない。…が、だからこそ飲まねばならないとも思えた」
「…それはなぜですか?」
「私の為に血を流してくれた者のお陰さ」
彼女は遠い目をする
「私はヴァンパイアになる前から貴族と呼ばれる者でな…従者がいた。彼女は友達だった」
一息ついて、彼女は続ける
「私がこの体になって最初にしてくれた事は、指先を切って私に血を飲ませてくれた事だったよ。驚くだろ?」
我輩は答えられない
「彼女は言ったよ。『例えどんな風であっても、貴女は私の友達です』って…彼女はそう言いながら自分の血を流してくれた」
その時だよ、と彼女は続ける
「彼女の血を飲んで、本当にあたたかかった。命をもらった気がした。だから飲まなければならないと感じたのだよ」
そう告げ、彼女は我輩に言う
「人間のまま、ヴァンパイアと同じにされたのは本当に辛いだろう…だからこそ私は言おう…。ヴラド=ストレイ殿、私と共に生きてはくれないか?」
彼女は真剣に、しかし顔を赤くしながら我輩に言う
「貴方の様な貴族の誇りを持てる者と生きるのが私の夢だった…私の夢を叶えてはくれないか?」
「我輩は…誇りなど…」
続けようとする言葉が、彼女の唇にふさがれる
心地よいその感触に、我輩は心を完全に奪われた
・・・
「―――以上が、我輩がキュリアと結婚するまでの流れである」
「なんていうか…劇的だったんですね」
夜勤の合間に、ホープと話す機会が出来たので、我輩のことを話す
―――あれから、我輩は彼女の同種になった
血が無くなる現象は止まらないが、それでも今までより血を飲まなくても良くなったし、キュリアに我輩の血を飲んでもらう事も出来るようにはなれた
お陰で夜しか戦えない体になったが、まぁ仕方ない
「今飲んでいるのもキュリアさんの血ですか?」
「ん?キュリアのを少し混ぜたワインだよ」
「そうなんですか…ってワインって!?今任務中ですよ!」
「ハッハッハッ、ウソに決まっている」
全く、とホープは落ち着きを取り戻す
「ウソでも職務中にそれは無いと思うぞ、ヴラド?」
「うわぁ!」
が、直ぐに我が妻によって驚かされる
彼女も私も、気配を消すのがうまいので気付かれずに真後ろに居るのは得意だ
「キュリア、ホープが驚いてるではないか」
「修行が足りない証拠だ」
そう言って、夜食を持ってきてくれる
「二人とも、しっかり食べるように。特にホープはこの後リリスの相手もするのだから、な?」
その言葉に顔を赤くするホープ
全く、初々しい反応である
「我輩たちは朝方になるのであるか?」
「なっ!?何をいきなり言うのだヴラド!!」
最も、同じ反応をするのが我が愛しい妻である
我輩と交わるまで経験が無いのだから仕方ない
「朝方だから、水を用意しておこうか?」
「そ、そんなものいらん!いらんったらいらん!」
そう言って、家に帰ってしまうキュリア
―――彼女がこんな反応をするとわかってから、ついやってしまうな
と夜食をみて気付いた
「ホープ、我輩は帰る直前に食べる事にするよ」
「え?出来立てで美味しいのにですか?」
「そのほうが都合が良いのだよ」
恐らく作ってる彼女自身も大変だっただろう
―――香辛料の効いたこのサンドイッチを作るのは
特に、ニンニクの効いたものを使うのは大変だっただろう
そこに彼女のメッセージが込められている事に、我輩は小さく笑った
「ほぅ…」
手紙を読み終えた私はふと考える
「リリスめ…人を良く見られるようになったじゃないか」
教え子の成長を間近で見られる私は、幸いだろう
自分が教えた事を生かしてもらっているのを、間近で見て、更にはそれを楽しめるのだから
「彼が此処に来るのは、ある意味必然だったか」
手紙には先ほど話していた人間―――ヴラド殿の事が記載されていた
話をしていた時に感じていたが、彼は知的好奇心が非常に高い
それこそ、人間にしておくのが惜しいくらいだ
「フフフ…この年まで待った甲斐があるのかな?」
手紙には彼の人柄と、一言だけ書いてあった
「彼をお願いします、か…」
あえてそれだけしか書かなかったのは、人体実験のことが絡んでいるのか
なんにせよ、私は彼の事を考える
物腰も丁寧で紳士的、知的好奇心が高く向上心も高い
なにより、『誇り』を重んじている貴族らしさ
「言い方が悪いが、好条件の物件になるな」
もし伴侶にするなら、彼のような人物が最高だろう
なにより―――
「彼と話している間、押さえるのが大変だったからなぁ」
私自身、彼と話していて感じてしまっている
―――あの男がほしい
「さて…これはどうするかな…」
〜〜〜
「ぅ…うん…」
眠りから覚めた我輩は、体のコリを解す
目の前には、寝る前にグレイヴ卿からお借りした本があった
―――まだ、読みかけだったな
少なくとも、この本を読みきるまではここに居たいし、死にきれない
残された時間を書物に費やすとは、我ながらあきれる事ではある
「失礼する」
本から意識を外すと、そこにはグレイヴ卿がいた
「食事を持ってきたんだが…如何かな」
「そこまでお気遣い頂き、感謝いたします」
そこには、湯気が上がっている美味しそうなスープ、それにふっくらとしたパン、更にはカリカリのベーコンに卵と、我輩から見ても非常に豪華な食事があった
「これ程の物を…かたじけない」
「いや、気にしなくてほしい…食べてみてくれないか?」
その言葉に従い、我輩は食事を取る
―――スープから飲ませて頂いたが、美味い
これほどの料理、我輩は食べた事が無かった
スープは良くあるコーンスープだが、ここまでコーンの甘みを出せるシェフが居るとは…
続けて、パンを口にする
が、これも美味い
焼き立てで、バターの風味が効いている上に、小麦の味を噛み締める事が出来る
ベーコンも言うまでも無く、カリカリに焼きあがっているが、肉の旨味も逃げず、すいすいと食べてしまう
卵など、もはや言葉に出来ない
「これほどとは…シェフに感謝の言葉をお伝えしたいのですかよろしいでしょうか?」
我輩は柄にも無く興奮してしまっていた
ただのモーニングセットで、ここまでの魅力を引き立てるのだ
感謝を直接言わねば後悔するだろう
「そこまで気に入っていただけて何よりだ。腕を振るった甲斐があると言うものだヴラド殿」
「…は?」
が、返って来たのは思いがけない言葉
「これを…グレイヴ卿が?」
「そうだが…意外かな?」
さも当然に言うが、当たり前だ
ヴァンパイアとは、根っからの貴族だ
ともすれば、料理人や使用人位抱えているはずである
つまり自分で料理をするなど中々無い事である
「もはや隠居の身だし、使用人にばかり任せていたら自分自身が鈍ってしまうだろ?」
私の心情を読み取ったのか、説明してくれる
「いやはや…感服いたしました。博識なだけでなく、料理も出来るとは…」
「お褒めに預かり光栄だよ、ヴラド殿」
そう言って笑う表情は、どんな画家もほしくなるような素材だろう
この笑顔を描くだけで、恐らく画家の本望が果たせるのではないか
そんな事を思わせる、美しくも可愛らしい、魔性の微笑だった
・・・
二日目―――
気が付いたら、我輩は夕方に起きていた
「時間を無駄にしてしまったのである」
彼女との語らいが楽しく、気が付いたら眠ってしまっていた
グレイヴ卿は大変博識で話題に尽きなかった
今の教団の事から、最近陥落したレスカティエの話
更には魔術の話から魔道具の流通まで、様々な話をした
「最後は…」
「ヴラド殿と私の好きな著者が同じだと言う所でお開きにしたんだよ」
と、横にグレイヴ卿が居た
「おはようございます、グレイヴ卿」
「おはようヴラド殿…私の事は名前で呼んでほしいと昨日も言った筈だが?」
「そうでしたな…申し訳ない、キュリア殿」
グレイヴ卿―――いや、キュリア殿に睨まれ、我輩は訂正する
「よろしい…さて食事は何にするかな?」
「いえ、二日も続けて作っていt「私が作ってあげたいんだ。作らせてくれないか?」
そう言って軽く微笑む彼女には、有無を言わさないオーラがにじみ出ていた
「では…お願いします」
「うむ♪任された」
嬉しそうに出て行く彼女を見て、私は感じる
―――着実に、彼女に惹かれている
たった二日だが、我輩にはかけがえの無い二日だ
だからこそ私は、出て行かねばならない
これ以上、キュリア殿に迷惑をかけてはならない
「無礼極まりないが…許してくだされ」
そう言って、我輩は部屋から出て、ここから去ろうとした
「それを許すほど、私が寛大だと思うかね」
その瞬間、後ろからキュリア殿に声を掛けられた
・・・
「…許さないでしょうな、特にこの場で見つかったとなれば」
「つまりこの場で得策なのはなにかなヴラド殿?」
「部屋に戻り、謝罪でしょうな…」
「それが正しい。正しいが…貴方はそれをしないのも計算済みだ」
だから、ここで聞こう―――
そう言って、我輩に拘束魔法を使うキュリア殿
彼女が私の前に来る
―――怒っている
その顔はなんとか理性的になろうとしながらも、怒りに飲まれそうな、しかし我輩を心配しても要る
そんな、愛おしささえ感じる表情
「なぜ逃げようとしたんだい?」
「…これ以上はご迷惑になるので」
「その根拠を述べたまえ」
我輩は無言になる
言えば彼女は理解するだろうが、言いたくない
我輩が、人間の癖に血をすする化け物だと、彼女に知られたくない
彼女のような、誇り高さもない卑しい人間だと、知られたくない
「…これから言うのは推測でしかない。だがもし当たっていたなら、素直に認めてほしい」
私の返答待たず、彼女は述べる
「恐らくヴラド殿は人体実験で身体能力と同時に、大きな代償を背負わされたのだろう」
彼女は続ける
「代償は…恐らく期間的に何かしらのものを体に入れないと死んでしまう。そしてその期間が迫っているが…貴方は摂取する気がない」
「…仰るとおりです」
彼女の憶測は正しい
が、それが何かは―――
「恐らく血なのだろ?」
「っ!?」
「貴方ほど教養がある人間なら、『人間が生き血をすする』のはおぞましいと考えるのだろう」
知られたく無かった
この人にだけは、知られたくなかった
「なぜわかるかって?私はヴァンパイアだ。血には敏感なんだよ」
そう言いながら、彼女は自身の手に短剣を持つ
「私とて、伊達に長生きはしていない。ヴラド殿が生まれる前…いや、貴方の家ストレイ家が出来るよりも前から生きている私を見くびらないほうが良い」
その短剣で、自分の指先を切る
「これを飲んでくれないか?…私の為に流された命を無駄にしたくない」
「しかし、我輩は…」
拒もうとしたが、叶わず
指先を口の中に入れられる
―――あたたかい
彼女の血は、まさに命が通っている
「私はヴァンパイアだ。血を飲まねば生きていけない」
彼女は言葉を続ける
「それを嫌悪する気持ちはわからなくはない。かつての私もそうだったからな」
その言葉に、我輩は驚く
「私も元は人間だ。気持ちはわからなくはない。…が、だからこそ飲まねばならないとも思えた」
「…それはなぜですか?」
「私の為に血を流してくれた者のお陰さ」
彼女は遠い目をする
「私はヴァンパイアになる前から貴族と呼ばれる者でな…従者がいた。彼女は友達だった」
一息ついて、彼女は続ける
「私がこの体になって最初にしてくれた事は、指先を切って私に血を飲ませてくれた事だったよ。驚くだろ?」
我輩は答えられない
「彼女は言ったよ。『例えどんな風であっても、貴女は私の友達です』って…彼女はそう言いながら自分の血を流してくれた」
その時だよ、と彼女は続ける
「彼女の血を飲んで、本当にあたたかかった。命をもらった気がした。だから飲まなければならないと感じたのだよ」
そう告げ、彼女は我輩に言う
「人間のまま、ヴァンパイアと同じにされたのは本当に辛いだろう…だからこそ私は言おう…。ヴラド=ストレイ殿、私と共に生きてはくれないか?」
彼女は真剣に、しかし顔を赤くしながら我輩に言う
「貴方の様な貴族の誇りを持てる者と生きるのが私の夢だった…私の夢を叶えてはくれないか?」
「我輩は…誇りなど…」
続けようとする言葉が、彼女の唇にふさがれる
心地よいその感触に、我輩は心を完全に奪われた
・・・
「―――以上が、我輩がキュリアと結婚するまでの流れである」
「なんていうか…劇的だったんですね」
夜勤の合間に、ホープと話す機会が出来たので、我輩のことを話す
―――あれから、我輩は彼女の同種になった
血が無くなる現象は止まらないが、それでも今までより血を飲まなくても良くなったし、キュリアに我輩の血を飲んでもらう事も出来るようにはなれた
お陰で夜しか戦えない体になったが、まぁ仕方ない
「今飲んでいるのもキュリアさんの血ですか?」
「ん?キュリアのを少し混ぜたワインだよ」
「そうなんですか…ってワインって!?今任務中ですよ!」
「ハッハッハッ、ウソに決まっている」
全く、とホープは落ち着きを取り戻す
「ウソでも職務中にそれは無いと思うぞ、ヴラド?」
「うわぁ!」
が、直ぐに我が妻によって驚かされる
彼女も私も、気配を消すのがうまいので気付かれずに真後ろに居るのは得意だ
「キュリア、ホープが驚いてるではないか」
「修行が足りない証拠だ」
そう言って、夜食を持ってきてくれる
「二人とも、しっかり食べるように。特にホープはこの後リリスの相手もするのだから、な?」
その言葉に顔を赤くするホープ
全く、初々しい反応である
「我輩たちは朝方になるのであるか?」
「なっ!?何をいきなり言うのだヴラド!!」
最も、同じ反応をするのが我が愛しい妻である
我輩と交わるまで経験が無いのだから仕方ない
「朝方だから、水を用意しておこうか?」
「そ、そんなものいらん!いらんったらいらん!」
そう言って、家に帰ってしまうキュリア
―――彼女がこんな反応をするとわかってから、ついやってしまうな
と夜食をみて気付いた
「ホープ、我輩は帰る直前に食べる事にするよ」
「え?出来立てで美味しいのにですか?」
「そのほうが都合が良いのだよ」
恐らく作ってる彼女自身も大変だっただろう
―――香辛料の効いたこのサンドイッチを作るのは
特に、ニンニクの効いたものを使うのは大変だっただろう
そこに彼女のメッセージが込められている事に、我輩は小さく笑った
12/03/01 19:55更新 / ネームレス
戻る
次へ