EX〜呪われし勇者の最後の三日間(上)〜
―――それは、人間として許されない事だろう
他者の血を飲み、それを糧にしなければならない
人間ではなく、それはヴァンパイアでしかないだろう
が、それを行わなければ生きていけない我輩は、生物学的には人間なのだ
「―――で、なにか質問があるかしら?」
と、突然声が我輩の意識に入ってきた
「…聞いてたかしら、ブラドさん」
「あぁ、すまない黒勇者殿。考え事をしていてな…」
と、目の前の事に意識を戻す
―――ここは親魔物領
我輩達が、虐殺を行おうとした現場だ
・・・
少し、昔のことを思い出す
―――我輩はある商家の貴族の長男だった
勉学をする環境もあり、全てが理想的だっただろう
そして、我輩はそれに答えて行くように、様々な取引をしていった
我輩は、それのおかげでかなり良い暮らしも出来ただろう
が、それでも―――品質が良い物は、魔物が作った物の方だった
どんなに良い鍛冶師を雇っても―――
どんなに素晴らしい織り機を入れても―――
魔物達の作る品物には、及ばない部分があった
我輩は、純粋に悔しくもあり、同時に敬意を覚えた
人間の技術は、魔物のそれに及ばない
より良い品を仕入れ、それを市場に流す事こそ、商いをする物の必要な事だ
つまり人間がより良い物を手にするには…
魔物の作ったものをきちんと自分たちの物にするために―――その技術を盗む必要がある
その考えに至ったのだった
最も―――その考えが、私の地位や、今までの努力
そして家族との縁を無くす事になるとは、予想だにしなかった
〜〜〜〜〜〜
「ブラド…貴様何を言ってるのかわかってるのか!?」
「えぇ父上。我輩たち人間が魔物に勝つには…もはや人間優位のプライドを捨てなくてはなりません!」
私は父に進言した
魔物の作った品を集め、人間の職人たちにそれを解析してもらう事を
そうすれば、人間の技術力向上に繋がり、親魔物領に顧客や利益を奪われるだけの事は無くなる
反魔物領だけで貿易するだけという小規模な市場を拡大できる
そして―――わが家の繁栄にも繋がるはずなのだ
「なんておぞましいのだ貴様は!魔物の方が優れているなんて恐ろしい考えを良く出来るものだな!!」
「その考えが我々人間の可能性を狭め、我々が不利になるとなぜお気付きになれないのです父上!」
私と父は真っ向から対立した
―――父は熱心な教団の信者で、魔物排斥主義だったので、仕方ないと言えば仕方ない
「貴様には失望したぞ!出て行け!」
「父上…」
出て行った私に待っていたのは―――
白勇者への転落だった
〜〜〜〜〜〜
父は、私が親魔物領と内通してると勘違いしていたらしい
おかげで私は、いわれの無い罪で裁判を受け、死亡扱いにされた
まぁ、死亡扱いでなく死んだ方がマシだったのは言うまでも無い
おかげで―――
他人の血を飲まなくては生きていけない体になってしまったのだから
・・・
「…これからどうするんだNo.96」
黒勇者に解放された後、私はNo.12と呼ばれている女性に呼び止められる
彼女もまた、我輩と同様人体実験を受け、後遺症を患っている
―――最も、彼女自身に自覚はないが
「No.12か…我輩は無事釈放されたようなものだ」
そう、黒勇者からは我輩は自由に街を探索していいと言われたのである
我輩の能力などを考えたら、まず野放しにしないのが妥当だと思うのだが、彼女はそうは思わなかったらしい
曰く『貴方は親魔物領を見て回るべきだ』との事だ
実際興味があったし、今後の為には必要だと思うので、それには大いに賛成だ
―――最も、今後など無いに等しいが
「今はNo.11の尋問中であるな」
「…あれを尋問と言うか疑問が残る」
No.12が言うのもわかる
尋問中に紅茶を飲みながらケーキを食べ、更には自分の愛読書などの話をする事など、果たしてありえるのだろうか?
「戦略的情報を引き出そうとしない事から、我々は利用価値はないと判断されたと考えるのが妥当」
「…そうとは限らんがな」
No.12には無意味に感じただろうが、我輩からしたら彼女の気持ちが良くわかる
間違いなく、我輩たちと共存を考えてるのだろう
でなければ、我輩にこれ―――自身の血液の入ったビンを渡したりはしないだろう
「我輩も、難儀な体になったものだな」
彼女の解呪も空しく、我輩の能力は消える事が無かった
いや、恐らく―――
白勇者の能力を消し去る事は不可能だろう
なぜなら我輩たちの能力は、全て体に無理やり植えつけられ、無理に剥がしたりしたらどうなるかわからないのだ
一人、解呪された白勇者が居たらしいが、それでも一部の制約を解呪したに過ぎないらしい事から、その見解に間違いは無いだろ
「しかし、No.11はどうなる事やら…」
「黒勇者への暴行の事実から、殺処分の可能性も考えられる」
物騒な事を言い放つ彼女の意見は、我輩には考えられない事だった
彼女は恐らく、No.11の心の闇を見ようとするだろう
彼もまた、被害者なのを黒勇者はよく理解している
最も、それを差し引いても性格が歪んでしまった事に変わりは無く、一筋縄でいかない事は間違いないだろう
彼の魔物への憎しみは親を憎むそれとほぼ同格―――
解決策はどう愛情を示していくかなどなのではないだろうか
そんな事を考えながら、私は外に向かう
「では、我輩は…死に場所でも探しに行くかな」
そうNo.12に告げ、我輩は外に出た
・・・
街は非常に活気にあふれていた
市場では人々が品物を売り、それに負けぬように魔物が品物を売る
ゴブリンと人間の商人が、互いの品物を競い合う姿は、我輩には素晴らしい光景に見える
また、魔物と人間とが、なんの隔たりも無く互いに接しあうその姿は―――
我輩が知る下町の市場となんら変わりないし、我輩がよく食事をしたあの街と何一つ変わらないものであった
「お待たせしました!ミルクティーです」
そう言いながら我輩に飲み物を持ってきてくれたのは、一人の魔女
魔女がウェイトレスをしているこの店では、如何わしい品物も置いているが、それも変に目に付かず、店の落ち着いた雰囲気に溶け込んでいる
「ありがとう…とてもよい香りだ」
「いえ〜、うちのサバトでは色んなものを取り扱ってますから!どうです!お兄さんも良かったら!」
「すまないが…我輩は行くところがあるので」
そんな会話をしながら、我輩は紅茶を楽しむ
そんな時、黒勇者からもらったビンが、ポケットの中でその存在を主張する
それは我輩の代償の為に流された血
これを飲めば、少なくともあと1週間は生き延びるだろう
その後は恐らく黒勇者の元に行けば、何かしら協力してもらえるだろうから、生き延びる事も出来なくは無いはずだ
しかし、我輩は―――
「そこのお嬢さん?」
「はい?」
先ほどの魔女にある封筒を渡す
その中に、先ほどのビンを入れてしっかり封をして
「これをこの領地の領主に届けていただけぬか?」
「えっ?リリス様にですか?」
「そう、リリス様にだ。後…渡したら直ぐに帰るのと、何か聞かれても脅されたとだけ言うのだよ?」
「へっ?それはどういう「これで、頼んだよ?」
そう言って、強引に多額のチップを渡す
魔女は非常に困った顔をしているが、しかし我輩の気持ちを汲んでか、非常に難しい顔をして言った
「わかりました…でも、ひとつだけお願いがあります」
「…内容次第だが、答えれる範囲で答えよう」
我輩の無理やりな願いを聞いてくれたこの淑女の願い、それ位は聞かないと我輩には未練が残るだろう
「貴方のお名前を教えてください。…それと、もしまた此処に来れたら、是非私とお話してください」
その眼に、私は見覚えがある気がした
ここまで真剣な眼をする者―――
あぁ、93か
No.93のように、真っ直ぐで真剣なその眼は嘘を簡単に見抜くだろう
「我輩は…ヴラド。ヴラド=ストレイと言う。No.96と言えばリリス様にはわかるだろう。それと次の来店の予定は…残念ながら無い」
その言葉に、彼女はビクつく
「この店や貴女に落ち度は無い。我輩の事情で来れないのだよ」
そう言うと、彼女は少し落ち着きを取り戻し始めた
「もし事情が変わって来れるようになれば…必ず来よう。その時には、貴女のパートナーとも話してみたいものだ」
そう言うと、我輩は立ち上がり店を後にする
〜〜〜
「ありがとうね、わざわざ」
「いえ…私は頼まれただけですから」
以前助けた魔女が、私宛の封筒を持ってきてくれた
封を切らなくても、誰が出したのかはわかってしまった
No.96―――
ヴラド=ストレイと名乗る元白勇者の封筒の中には、私が渡したビンと謝罪の言葉が書かれた手紙が入っていた
『我輩は、他人の血を死ぬまで吸う、悪魔のような存在であり、我輩が生きていてはならない。
よって、貴女の好意を無下にする事を、まずお詫び申し上げたい。
また、私は人間の癖に他人の生き血を啜るのは、それは今の腐敗し果てた教団にも勝ると劣らぬ畜生だと思うのであり、吸血鬼を貶めるつもりは無い事をご理解頂きたく思う。
そう、私はおろかにも人間であり、そして貴女の好意を踏みにじった悪漢である。
なので心優しい貴女にこんな事を言う事自体許されないだろうが、どうか我輩の死で心を痛めないでほしい。
また、身勝手ながら、No.11やNo.12を幸福にしてあげてほしい。
私と違い、二人には未来がある。
そして、我輩たちを救った彼にも、未来がある。
最後に、もし我輩の亡骸を見つけたら山にでも放置してほしい。
このような無礼極まりない手紙を読ませてしまい、本当に申し訳ない。
貴女の動く先に、多くの幸あらん事を
ヴラド=ストレイ』
彼の手紙を読んでて、私は思う
―――彼も、きっとアッシュさんのように無理やり罪人にされたのだろう
―――そこで無理やりこんな体にされてしまったのだろう
そんな所にキュー君をいつまでも居させるわけにはいかない
が、それと同じくらい彼にも幸せになってもらいたい
「…リリス様」
「リート、どうしたの?」
「もしよろしければ捜索隊を編成しますか?」
彼女は有無を言わさず、彼に血を飲ませるつもりなのだろう
死のうとする彼を、リートは許せないらしい
と、ふと思い出す
彼は人間が血を飲む事を嫌悪しているのだ
つまり―――
「いえ、その必要はないわ」
「…とおっしゃいますと?」
「彼はこの街を歩いている。そして彼の知識欲を刺激する場所が、一箇所あるわ」
「あの方の所ですか…なるほど、確かに向かいそうですね」
「彼女に手紙を出すのと…リートはあの子を見ててあげて」
そういうと、手紙の準備はすでに出来ていたらしく、そのまま準備をする
「しかし…あいつのお守りを私がするのは…」
「あら?百戦錬磨の貴女ならあの子の性根位叩き直せると思ったのだけど?」
そう言うと、リートは顔を引きつらせる
あの子―――No.11は非常に手が付けられない位反抗的だ
食事すら拒否する徹底ぶりには、時間が必要なのが良くわかる
「それにリリス様に狼藉を働いたのです。いっそ処刑しても「リート、それはだめよ?」
彼女が言いたい事もわからなくは無い
が、それだけはだめだ
「私への狼藉位、許しちゃいなさい。…あの子に必要なのはそういうものじゃなくて…」
「…失言でした」
リートもバツが悪そうな顔をしている
実際、彼の態度を見ていたらそう言いたくなる気持ちもわからなくは無いが、それでは教団と同類になってしまう
「とにかく、彼女へ手紙を書いて私は執務に戻るわ」
そう言って、手紙を書き始めた
〜〜〜
「これは…中々…」
街中をさ迷っていた我輩の前に、大きな屋敷が見えてきた
屋敷は一般開放されている所があり、そこでくつろごうと思ったのだ
「この本は…いやはや素晴らしい…」
そこは、図書館として開放された場所だったらしい
そこには様々な―――本当に様々な書籍が置かれていた
「なんと…この本は絶版になった物…」
学術書から、昔の小説―――果ては教団の古い聖書から最新のものまで
ここにはほぼ全ての本があった
我輩は、片っ端から読みたい本を探し、近くにあったメモ用紙に地図を書く
そこには、読みたい本がどこにあり、どこに返せばいいのかを記しておいた
「ここは…素晴らしい」
感嘆の声しか上がらない
我輩の実家にも書庫はあったが…
その30倍はあるのではないだろうか?
これなら、残りの時間を有意義に過ごせそうだ
そう思いながら、一冊の本をとろうとする
と、それを他の方もとろうとしていたらしく、手が触れ合う
「あぁ、失礼…」
横をみると―――
「いや、私のほうこそ失礼した」
そこには、絶世の美女がいた
「どこにどの本があるか良く忘れるのでな…ふわぁ〜…」
いかにも寝起きか、徹夜したような―――眠気を最大限に出しながら、この美女は本をとる
「やはり昼まで本を読む癖を治さないとな…眠くて仕方ない…」
「…昼まで?」
その美女の言葉に引っかかりを覚える
普通、寝るのは夜であり、昼は本を読んだり活動の時間の筈だ
しかし、彼女は昼まで起きてと言った
と、この図書館が薄暗い事を思い出す
「もしかして…貴女はヴァンパイアであられますかな?」
「おや?私を知らない…と言う事はこの街の者ではないのか?」
「えぇ…縁あってこちらに来ることが出来ました。…ヴラド=ストレイと申します」
「あぁ…私はキュリア。キュリア=グレイヴと言う」
―――眠そうに答える彼女を見て、私は不覚にも…見惚れてしまった
・・・
「ではヴラド殿は元は教団の者であったか…まるで昔のわが眷属のような風貌だな」
「いやはや、よく言われますよ。グレイヴ卿」
図書館の個室で、我輩たちは話をしている
この図書館、かなりの書籍があるが、それを集中して読む為に様々な個室がある
どれも防音性が高いのは、その個室の使い方が本を読むだけではないからだろうか?
そのおかげで、彼女とゆっくり話が出来るのだから文句はないが
「しかし、リリスを誘拐した者の仲間とは…と言うか、教団の愚者と同じに見えないぞ?」
「まぁ…我輩は魔物を憎んではいませんからね」
そう言いながら、我輩はふと思う
「領主様とは、何か近しい関係で?」
そう、彼女は領主である黒勇者を呼び捨てにしていた
「まぁ…リリスの教育係をしていたからな」
そう言いながら、彼女は自分の紅茶を飲み始める
「彼女がここの領地をどうにかしていくのを、私は見守りながら隠居生活をしているのだよ」
懐かしそうに眼を細め、彼女は続ける
「あの子がまだ本当に小さかった頃…リートと一緒に私に勉学を学びに来たのを今でもはっきりと覚えているよ。あの頃は私も怖がられていたなぁ」
「ほう、そんなに厳しい指導を?」
「そこまで厳しくしたつもりはないさ…まぁ、多少は厳しかっただろうがね」
そう言うと、我輩に顔を向け質問をする
「さて…ヴラド殿はどのような人生を?」
「…我輩の人生は、さして面白くもありませぬよ」
そう言いながら、簡単に言う
「貴族として生まれ、魔物達の技術を利用として堕落した者」
そこで区切り、我輩は言葉を続ける
「その為処刑された愚か者…それが公のヴラド=ストレイでありますので」
「…察するところ、人体実験にまわされたのかな?」
我輩は首を縦に振る
「良くご存知ですね。アレは教団の暗部、しかもかなりの機密なのに」
「まぁ…昔の魔物もしていた事だ。人間がしないとは思えんな」
グレイヴ卿曰く―――
昔のヴァンパイヤやバフォメットなどの中にも知的探究心の強い連中はいたのだそうだ
そういった連中も、やはりそう言った実験を行っていたものもいたらしい
「そんな輩がいたのだ。人間にも居たっておかしくないだろ?」
「確かにその通りですな」
そう言いながら、彼女との会話を楽しむ
―――名残惜しい
もっと早くに出会えたらと、そう思ってしまう
それこそ、白勇者になる前に出会えたら、間違いなく彼女と時を過ごすように考えてただろう
しかし―――
我輩は、それを許さない
自分自身、それを許さないのだ
彼女のように、血を吸って生きる事を、我輩は自分自身が行う事を嫌悪している
あくまで我輩は人間であり―――実験によって生まれた醜い化け物なのである
彼女のような、誇り高い者とは違う
それを、とにかく自分に言い聞かせた
・・・
「ところで…ヴラド殿は夜はどうなさるので?」
グレイヴ卿の突然の言葉に、私は時間を思い出す
「もう宿を取ることは出来そうに無いが…」
「ならば、野宿でもいたしますよ」
白勇者になってから、野宿などの経験もつんでいる為、問題はない
「宿を取っていないのか?…それはすまない事をした」
と、彼女は立ち上がり私に待つように言う
―――戻ってきた彼女の手には、毛布が何枚かあった
「ここに泊まっていくといい。部屋は貸切にしておくから安心してほしい」
「…は?」
我輩は一瞬何を言われているのかわからなかった
「私の話を聞いてくれたり、私に話してくれた礼だよ」
そう言って、彼女は部屋から出ようとする
「これから少し仕事があるので失礼するよ。…もし良かったら後で食事も持ってこよう」
この言葉だけ残して、出て行ってしまった
―――さて、どうしたものか
我輩は少し考える
好意にそのまま甘えてしまっても構わないが、果たして良いのだろうか?
確かにここで泊まれるなら、それはそれで願ったりだ
読みたい書物もたくさんあるし、彼女に惹かれているのもまた事実だ
が、もう直ぐ死ぬ我輩がここに居ては、彼女の迷惑になる
はたしてどうしたら良いものか…
そんなことを考えているうちに、眠気が体を襲い始めた
―――今考えてもしかたない、か
そう結論した我輩は、少し睡眠をとる事にした
他者の血を飲み、それを糧にしなければならない
人間ではなく、それはヴァンパイアでしかないだろう
が、それを行わなければ生きていけない我輩は、生物学的には人間なのだ
「―――で、なにか質問があるかしら?」
と、突然声が我輩の意識に入ってきた
「…聞いてたかしら、ブラドさん」
「あぁ、すまない黒勇者殿。考え事をしていてな…」
と、目の前の事に意識を戻す
―――ここは親魔物領
我輩達が、虐殺を行おうとした現場だ
・・・
少し、昔のことを思い出す
―――我輩はある商家の貴族の長男だった
勉学をする環境もあり、全てが理想的だっただろう
そして、我輩はそれに答えて行くように、様々な取引をしていった
我輩は、それのおかげでかなり良い暮らしも出来ただろう
が、それでも―――品質が良い物は、魔物が作った物の方だった
どんなに良い鍛冶師を雇っても―――
どんなに素晴らしい織り機を入れても―――
魔物達の作る品物には、及ばない部分があった
我輩は、純粋に悔しくもあり、同時に敬意を覚えた
人間の技術は、魔物のそれに及ばない
より良い品を仕入れ、それを市場に流す事こそ、商いをする物の必要な事だ
つまり人間がより良い物を手にするには…
魔物の作ったものをきちんと自分たちの物にするために―――その技術を盗む必要がある
その考えに至ったのだった
最も―――その考えが、私の地位や、今までの努力
そして家族との縁を無くす事になるとは、予想だにしなかった
〜〜〜〜〜〜
「ブラド…貴様何を言ってるのかわかってるのか!?」
「えぇ父上。我輩たち人間が魔物に勝つには…もはや人間優位のプライドを捨てなくてはなりません!」
私は父に進言した
魔物の作った品を集め、人間の職人たちにそれを解析してもらう事を
そうすれば、人間の技術力向上に繋がり、親魔物領に顧客や利益を奪われるだけの事は無くなる
反魔物領だけで貿易するだけという小規模な市場を拡大できる
そして―――わが家の繁栄にも繋がるはずなのだ
「なんておぞましいのだ貴様は!魔物の方が優れているなんて恐ろしい考えを良く出来るものだな!!」
「その考えが我々人間の可能性を狭め、我々が不利になるとなぜお気付きになれないのです父上!」
私と父は真っ向から対立した
―――父は熱心な教団の信者で、魔物排斥主義だったので、仕方ないと言えば仕方ない
「貴様には失望したぞ!出て行け!」
「父上…」
出て行った私に待っていたのは―――
白勇者への転落だった
〜〜〜〜〜〜
父は、私が親魔物領と内通してると勘違いしていたらしい
おかげで私は、いわれの無い罪で裁判を受け、死亡扱いにされた
まぁ、死亡扱いでなく死んだ方がマシだったのは言うまでも無い
おかげで―――
他人の血を飲まなくては生きていけない体になってしまったのだから
・・・
「…これからどうするんだNo.96」
黒勇者に解放された後、私はNo.12と呼ばれている女性に呼び止められる
彼女もまた、我輩と同様人体実験を受け、後遺症を患っている
―――最も、彼女自身に自覚はないが
「No.12か…我輩は無事釈放されたようなものだ」
そう、黒勇者からは我輩は自由に街を探索していいと言われたのである
我輩の能力などを考えたら、まず野放しにしないのが妥当だと思うのだが、彼女はそうは思わなかったらしい
曰く『貴方は親魔物領を見て回るべきだ』との事だ
実際興味があったし、今後の為には必要だと思うので、それには大いに賛成だ
―――最も、今後など無いに等しいが
「今はNo.11の尋問中であるな」
「…あれを尋問と言うか疑問が残る」
No.12が言うのもわかる
尋問中に紅茶を飲みながらケーキを食べ、更には自分の愛読書などの話をする事など、果たしてありえるのだろうか?
「戦略的情報を引き出そうとしない事から、我々は利用価値はないと判断されたと考えるのが妥当」
「…そうとは限らんがな」
No.12には無意味に感じただろうが、我輩からしたら彼女の気持ちが良くわかる
間違いなく、我輩たちと共存を考えてるのだろう
でなければ、我輩にこれ―――自身の血液の入ったビンを渡したりはしないだろう
「我輩も、難儀な体になったものだな」
彼女の解呪も空しく、我輩の能力は消える事が無かった
いや、恐らく―――
白勇者の能力を消し去る事は不可能だろう
なぜなら我輩たちの能力は、全て体に無理やり植えつけられ、無理に剥がしたりしたらどうなるかわからないのだ
一人、解呪された白勇者が居たらしいが、それでも一部の制約を解呪したに過ぎないらしい事から、その見解に間違いは無いだろ
「しかし、No.11はどうなる事やら…」
「黒勇者への暴行の事実から、殺処分の可能性も考えられる」
物騒な事を言い放つ彼女の意見は、我輩には考えられない事だった
彼女は恐らく、No.11の心の闇を見ようとするだろう
彼もまた、被害者なのを黒勇者はよく理解している
最も、それを差し引いても性格が歪んでしまった事に変わりは無く、一筋縄でいかない事は間違いないだろう
彼の魔物への憎しみは親を憎むそれとほぼ同格―――
解決策はどう愛情を示していくかなどなのではないだろうか
そんな事を考えながら、私は外に向かう
「では、我輩は…死に場所でも探しに行くかな」
そうNo.12に告げ、我輩は外に出た
・・・
街は非常に活気にあふれていた
市場では人々が品物を売り、それに負けぬように魔物が品物を売る
ゴブリンと人間の商人が、互いの品物を競い合う姿は、我輩には素晴らしい光景に見える
また、魔物と人間とが、なんの隔たりも無く互いに接しあうその姿は―――
我輩が知る下町の市場となんら変わりないし、我輩がよく食事をしたあの街と何一つ変わらないものであった
「お待たせしました!ミルクティーです」
そう言いながら我輩に飲み物を持ってきてくれたのは、一人の魔女
魔女がウェイトレスをしているこの店では、如何わしい品物も置いているが、それも変に目に付かず、店の落ち着いた雰囲気に溶け込んでいる
「ありがとう…とてもよい香りだ」
「いえ〜、うちのサバトでは色んなものを取り扱ってますから!どうです!お兄さんも良かったら!」
「すまないが…我輩は行くところがあるので」
そんな会話をしながら、我輩は紅茶を楽しむ
そんな時、黒勇者からもらったビンが、ポケットの中でその存在を主張する
それは我輩の代償の為に流された血
これを飲めば、少なくともあと1週間は生き延びるだろう
その後は恐らく黒勇者の元に行けば、何かしら協力してもらえるだろうから、生き延びる事も出来なくは無いはずだ
しかし、我輩は―――
「そこのお嬢さん?」
「はい?」
先ほどの魔女にある封筒を渡す
その中に、先ほどのビンを入れてしっかり封をして
「これをこの領地の領主に届けていただけぬか?」
「えっ?リリス様にですか?」
「そう、リリス様にだ。後…渡したら直ぐに帰るのと、何か聞かれても脅されたとだけ言うのだよ?」
「へっ?それはどういう「これで、頼んだよ?」
そう言って、強引に多額のチップを渡す
魔女は非常に困った顔をしているが、しかし我輩の気持ちを汲んでか、非常に難しい顔をして言った
「わかりました…でも、ひとつだけお願いがあります」
「…内容次第だが、答えれる範囲で答えよう」
我輩の無理やりな願いを聞いてくれたこの淑女の願い、それ位は聞かないと我輩には未練が残るだろう
「貴方のお名前を教えてください。…それと、もしまた此処に来れたら、是非私とお話してください」
その眼に、私は見覚えがある気がした
ここまで真剣な眼をする者―――
あぁ、93か
No.93のように、真っ直ぐで真剣なその眼は嘘を簡単に見抜くだろう
「我輩は…ヴラド。ヴラド=ストレイと言う。No.96と言えばリリス様にはわかるだろう。それと次の来店の予定は…残念ながら無い」
その言葉に、彼女はビクつく
「この店や貴女に落ち度は無い。我輩の事情で来れないのだよ」
そう言うと、彼女は少し落ち着きを取り戻し始めた
「もし事情が変わって来れるようになれば…必ず来よう。その時には、貴女のパートナーとも話してみたいものだ」
そう言うと、我輩は立ち上がり店を後にする
〜〜〜
「ありがとうね、わざわざ」
「いえ…私は頼まれただけですから」
以前助けた魔女が、私宛の封筒を持ってきてくれた
封を切らなくても、誰が出したのかはわかってしまった
No.96―――
ヴラド=ストレイと名乗る元白勇者の封筒の中には、私が渡したビンと謝罪の言葉が書かれた手紙が入っていた
『我輩は、他人の血を死ぬまで吸う、悪魔のような存在であり、我輩が生きていてはならない。
よって、貴女の好意を無下にする事を、まずお詫び申し上げたい。
また、私は人間の癖に他人の生き血を啜るのは、それは今の腐敗し果てた教団にも勝ると劣らぬ畜生だと思うのであり、吸血鬼を貶めるつもりは無い事をご理解頂きたく思う。
そう、私はおろかにも人間であり、そして貴女の好意を踏みにじった悪漢である。
なので心優しい貴女にこんな事を言う事自体許されないだろうが、どうか我輩の死で心を痛めないでほしい。
また、身勝手ながら、No.11やNo.12を幸福にしてあげてほしい。
私と違い、二人には未来がある。
そして、我輩たちを救った彼にも、未来がある。
最後に、もし我輩の亡骸を見つけたら山にでも放置してほしい。
このような無礼極まりない手紙を読ませてしまい、本当に申し訳ない。
貴女の動く先に、多くの幸あらん事を
ヴラド=ストレイ』
彼の手紙を読んでて、私は思う
―――彼も、きっとアッシュさんのように無理やり罪人にされたのだろう
―――そこで無理やりこんな体にされてしまったのだろう
そんな所にキュー君をいつまでも居させるわけにはいかない
が、それと同じくらい彼にも幸せになってもらいたい
「…リリス様」
「リート、どうしたの?」
「もしよろしければ捜索隊を編成しますか?」
彼女は有無を言わさず、彼に血を飲ませるつもりなのだろう
死のうとする彼を、リートは許せないらしい
と、ふと思い出す
彼は人間が血を飲む事を嫌悪しているのだ
つまり―――
「いえ、その必要はないわ」
「…とおっしゃいますと?」
「彼はこの街を歩いている。そして彼の知識欲を刺激する場所が、一箇所あるわ」
「あの方の所ですか…なるほど、確かに向かいそうですね」
「彼女に手紙を出すのと…リートはあの子を見ててあげて」
そういうと、手紙の準備はすでに出来ていたらしく、そのまま準備をする
「しかし…あいつのお守りを私がするのは…」
「あら?百戦錬磨の貴女ならあの子の性根位叩き直せると思ったのだけど?」
そう言うと、リートは顔を引きつらせる
あの子―――No.11は非常に手が付けられない位反抗的だ
食事すら拒否する徹底ぶりには、時間が必要なのが良くわかる
「それにリリス様に狼藉を働いたのです。いっそ処刑しても「リート、それはだめよ?」
彼女が言いたい事もわからなくは無い
が、それだけはだめだ
「私への狼藉位、許しちゃいなさい。…あの子に必要なのはそういうものじゃなくて…」
「…失言でした」
リートもバツが悪そうな顔をしている
実際、彼の態度を見ていたらそう言いたくなる気持ちもわからなくは無いが、それでは教団と同類になってしまう
「とにかく、彼女へ手紙を書いて私は執務に戻るわ」
そう言って、手紙を書き始めた
〜〜〜
「これは…中々…」
街中をさ迷っていた我輩の前に、大きな屋敷が見えてきた
屋敷は一般開放されている所があり、そこでくつろごうと思ったのだ
「この本は…いやはや素晴らしい…」
そこは、図書館として開放された場所だったらしい
そこには様々な―――本当に様々な書籍が置かれていた
「なんと…この本は絶版になった物…」
学術書から、昔の小説―――果ては教団の古い聖書から最新のものまで
ここにはほぼ全ての本があった
我輩は、片っ端から読みたい本を探し、近くにあったメモ用紙に地図を書く
そこには、読みたい本がどこにあり、どこに返せばいいのかを記しておいた
「ここは…素晴らしい」
感嘆の声しか上がらない
我輩の実家にも書庫はあったが…
その30倍はあるのではないだろうか?
これなら、残りの時間を有意義に過ごせそうだ
そう思いながら、一冊の本をとろうとする
と、それを他の方もとろうとしていたらしく、手が触れ合う
「あぁ、失礼…」
横をみると―――
「いや、私のほうこそ失礼した」
そこには、絶世の美女がいた
「どこにどの本があるか良く忘れるのでな…ふわぁ〜…」
いかにも寝起きか、徹夜したような―――眠気を最大限に出しながら、この美女は本をとる
「やはり昼まで本を読む癖を治さないとな…眠くて仕方ない…」
「…昼まで?」
その美女の言葉に引っかかりを覚える
普通、寝るのは夜であり、昼は本を読んだり活動の時間の筈だ
しかし、彼女は昼まで起きてと言った
と、この図書館が薄暗い事を思い出す
「もしかして…貴女はヴァンパイアであられますかな?」
「おや?私を知らない…と言う事はこの街の者ではないのか?」
「えぇ…縁あってこちらに来ることが出来ました。…ヴラド=ストレイと申します」
「あぁ…私はキュリア。キュリア=グレイヴと言う」
―――眠そうに答える彼女を見て、私は不覚にも…見惚れてしまった
・・・
「ではヴラド殿は元は教団の者であったか…まるで昔のわが眷属のような風貌だな」
「いやはや、よく言われますよ。グレイヴ卿」
図書館の個室で、我輩たちは話をしている
この図書館、かなりの書籍があるが、それを集中して読む為に様々な個室がある
どれも防音性が高いのは、その個室の使い方が本を読むだけではないからだろうか?
そのおかげで、彼女とゆっくり話が出来るのだから文句はないが
「しかし、リリスを誘拐した者の仲間とは…と言うか、教団の愚者と同じに見えないぞ?」
「まぁ…我輩は魔物を憎んではいませんからね」
そう言いながら、我輩はふと思う
「領主様とは、何か近しい関係で?」
そう、彼女は領主である黒勇者を呼び捨てにしていた
「まぁ…リリスの教育係をしていたからな」
そう言いながら、彼女は自分の紅茶を飲み始める
「彼女がここの領地をどうにかしていくのを、私は見守りながら隠居生活をしているのだよ」
懐かしそうに眼を細め、彼女は続ける
「あの子がまだ本当に小さかった頃…リートと一緒に私に勉学を学びに来たのを今でもはっきりと覚えているよ。あの頃は私も怖がられていたなぁ」
「ほう、そんなに厳しい指導を?」
「そこまで厳しくしたつもりはないさ…まぁ、多少は厳しかっただろうがね」
そう言うと、我輩に顔を向け質問をする
「さて…ヴラド殿はどのような人生を?」
「…我輩の人生は、さして面白くもありませぬよ」
そう言いながら、簡単に言う
「貴族として生まれ、魔物達の技術を利用として堕落した者」
そこで区切り、我輩は言葉を続ける
「その為処刑された愚か者…それが公のヴラド=ストレイでありますので」
「…察するところ、人体実験にまわされたのかな?」
我輩は首を縦に振る
「良くご存知ですね。アレは教団の暗部、しかもかなりの機密なのに」
「まぁ…昔の魔物もしていた事だ。人間がしないとは思えんな」
グレイヴ卿曰く―――
昔のヴァンパイヤやバフォメットなどの中にも知的探究心の強い連中はいたのだそうだ
そういった連中も、やはりそう言った実験を行っていたものもいたらしい
「そんな輩がいたのだ。人間にも居たっておかしくないだろ?」
「確かにその通りですな」
そう言いながら、彼女との会話を楽しむ
―――名残惜しい
もっと早くに出会えたらと、そう思ってしまう
それこそ、白勇者になる前に出会えたら、間違いなく彼女と時を過ごすように考えてただろう
しかし―――
我輩は、それを許さない
自分自身、それを許さないのだ
彼女のように、血を吸って生きる事を、我輩は自分自身が行う事を嫌悪している
あくまで我輩は人間であり―――実験によって生まれた醜い化け物なのである
彼女のような、誇り高い者とは違う
それを、とにかく自分に言い聞かせた
・・・
「ところで…ヴラド殿は夜はどうなさるので?」
グレイヴ卿の突然の言葉に、私は時間を思い出す
「もう宿を取ることは出来そうに無いが…」
「ならば、野宿でもいたしますよ」
白勇者になってから、野宿などの経験もつんでいる為、問題はない
「宿を取っていないのか?…それはすまない事をした」
と、彼女は立ち上がり私に待つように言う
―――戻ってきた彼女の手には、毛布が何枚かあった
「ここに泊まっていくといい。部屋は貸切にしておくから安心してほしい」
「…は?」
我輩は一瞬何を言われているのかわからなかった
「私の話を聞いてくれたり、私に話してくれた礼だよ」
そう言って、彼女は部屋から出ようとする
「これから少し仕事があるので失礼するよ。…もし良かったら後で食事も持ってこよう」
この言葉だけ残して、出て行ってしまった
―――さて、どうしたものか
我輩は少し考える
好意にそのまま甘えてしまっても構わないが、果たして良いのだろうか?
確かにここで泊まれるなら、それはそれで願ったりだ
読みたい書物もたくさんあるし、彼女に惹かれているのもまた事実だ
が、もう直ぐ死ぬ我輩がここに居ては、彼女の迷惑になる
はたしてどうしたら良いものか…
そんなことを考えているうちに、眠気が体を襲い始めた
―――今考えてもしかたない、か
そう結論した我輩は、少し睡眠をとる事にした
12/03/01 19:56更新 / ネームレス
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