そこにある小さな優雅な時間
「ありがとうございました」
一日の最後のお客様を見送り、私は店を閉める
無事に仕事を終えた充実感と、自分の未熟さ故の反省点を考えながら、店の弊店作業を進めていく
―――今日の出来は…52点だな
接客も固い部分がまだあり、さらには自分が本当に満足いく物が作れたのか…
また、それがお客様満足させるのに十分だったか
それを自己採点していった結果、あまりいい出来とは言えなかった
―――あまりにも、私は未熟すぎるな
幼い頃からの夢であった料理人の夢を叶え、父から少し援助してもらう事になったが自分の店も持つ事が出来た
しかし、私は思う
果たして、私の料理はこのままで良いのだろうか？
私自身、なぜか満足がいく物が作れていない
なぜ―――
そんな事を思いながらゴミ捨てをしている時だった
「ん？」
近くに、誰かが隠れるのを感じた
感じたというのは、見たわけではないのでそうとしか言えないからだ
「誰かいるのか？」
その言葉に反応して、近くで何かが動く気配を感じた
―――物乞いか、強盗だろうか
どちらにせよ、警戒が必要なのだろう
「別に何かしたりする事はない。隠れられるほうが不快なだけだ」
そういうと―――
「あの…その…」
物陰から出てきたのは―――
「…」
「…え、えっと…」
一匹の、デビルバグだった
・・・
「つまり美味しそうな匂いにつられてここまできた、と」
目の前のデビルバグは頷く
―――あの後、彼女を見た私はとりあえずどうしたら良いものかわからないでいた
デビルバグ―――不潔な魔物とよく言われている彼女をゴミ捨て場とは言え料理をする身で見るとどうも躊躇してしまう
美味しい物を安全に食べて頂くには、衛生面も気にしなければならない
その観点から言ったら、目の前の彼女はある種天敵かもしれない
しかし、そんな彼女を見ていておかしな点にも気付く
どんな物でも食べる彼女の頬が、痩せこけていたのだ
しかも、発情もしていない
なんにせよ―――
「…余り物で良いなら、何か食べるか？」
「えっ？…い、いの？」
「そんな、いかにもお腹が空いてますな見た目で料理人の前にいるんだ…少しこちらの要望も聞いてもらうがいいな？」
そう言って、私は彼女を家に迎える事にした
「で、その美味しそうな匂いのものは…美味しいか？」
「…うん」
一気にがっつくのではなく、少しずつ、ゆっくりと食べる彼女
「それはよかった」
ホッとして、胸を撫で下ろす
ただでさえ最近は料理がうまく出来ていない感覚に陥ってしまっていて不安で仕方がなかった私は、彼女の言葉に安堵した
「こんなにおいしいの…生まれてはじめて食べた」
「大げさだな…」
大げさに言う彼女の言葉に、私は嬉しさを隠しきれそうにない
「ご飯を食べたら、すまないがお湯で体を洗ってくれよ？…一応清潔に心がけているのでな」
「…わかった」
心此処にあらず―――
今の彼女を例えるなら、そんな感じだ
とにかく目の前の私の料理に心がいっている
しかし―――
「すまないな、ご飯とかでなくお菓子しかなくて」
「？おかし？」
そう、私は菓子職人
その為、夜遅くにご飯ではなく、彼女にお菓子を振舞う事になっていたのだ
「よくわからないけど…おいしいよ？」
「そう言ってもらえるとありがたいが…本当ならご飯とかの方がいいのだが…」
「…うん？」
お菓子が何なのか良くわかってない彼女には、ご飯もお菓子も変わらないらしい
「そういえば…自己紹介がまだだったな」
「…じこ、しょうかい？」
お菓子を一通り食べ終えた彼女に、私は自分の名を告げる
「私はバルド。バルド＝クレッセントだ」
「バルド…よろしく」
彼女はそう言いながらどうしたらいいのかわからないでいた
「君の名前は？」
「なまえ…」
そう言うと、彼女は小さく「ない」とだけ言って顔を伏せた
「みんなで暮らしていたときには、なまえとか気にしなかったから…」
「他の皆は？」
彼女は首を横に振る
「いっぱいいろんな人が来て…こわくて…気がついたらここら辺にいて…」
その言葉に、私は言葉を失う
おそらく、デビルバグの巣を駆除しようとした教団の騎士たちの事だろう
彼女の巣を襲い、そのまま彼女の『家族』はみんな散り散りにされてしまったのだろう
―――その言葉に、かつて共に暮らした友人を思い出す
が、直ぐに頭の墨に追いやる
あいつがこんな事に賛成するとは思えないし、何より目の前の彼女が最優先だ
彼女は、不安に押しつぶされそうな…今にも泣き出しそうな目をしていた
「…しばらくここにいないか？」
気がついたら、言葉が出ていた
「ここは料理をする所だから、君の昔いた所みたいに出来ないこともあるが…それでもいいなら、ここで少し暮らさないか？」
「…いいの？」
顔を上げて、不安そうにする彼女
「君が望むなら…だがね」
「ありがとう！！」
そう言って、テーブルを飛び越え私に抱きつく彼女
「こ、こらやめないか！」
彼女のやわらかい部分が体に当たり、気持ちいいのと同時に、体の垢などのあまり良くない匂いが私を襲う
「ま、まず風呂に入って体をきれいにするぞ！」
そう言って、彼女を迎え入れる事を決意した
・・・
「…で、女の子を入れる度胸がねーから、うちに相談にきた、と」
「…申し訳ない、カムイ」
彼女を風呂に入れる宣言をしてから少したち、私は重大な事に気付いた
―――女性と一緒に風呂に入る？
馬鹿か私は？
彼女を傷物にしてしまうかもしれないだろうが
しかし、彼女を風呂に入れないというのは衛生面的にも…
そんなことを悩んでいる時、ふと思い出した事があった
近くに、ちょうど結婚したばかりの夫婦がいるではないか
しかも、そこにはよく食事をしにいくし、何より―――
「しっかも今から蕎麦かチャーハンか…」
「彼女にきちんとご飯を食べさせないと、と思ってな」
ここの食事は美味い
ジャンルが違うとは言え、ここまで美味しいと思わさせられるのは悔しい
が、それでも―――
ここ、『神炒麺(シンチャーメン)』の食事は美味しいのだ
「バルドもついに結婚かねぇ…」
「彼女は一時的に保護しているだけで、結婚とかは…」
そこの店主、カムイ＝カンザキと話しながら、私は食器洗いなどを手伝う
―――奇妙な事に、この街には凄腕の料理人が多い
今話しているカムイも、チャーハンという米料理を作らせたら右に出るものはいない
そんな街だからこそ、私自身も自分の腕を試すには持って来いだし、何よりより美味しい物を食べ、自分の可能性を広げたいと思った
が、私は思う
―――私には、大きすぎる野望だったのではないかと
料理だって、孤児院と近くの教会で菓子作りを只管したのと、育った街の菓子コンクールで金賞をとっただけに過ぎない
そんな私が、これから先やっていけるのだろうか？
「…難しい顔してんな〜バルドは」
「そうか？」
「んなんじゃ美味しい菓子は出来ないぜ？『People when the Noble(ピープルウェンザノーブル)』」
People when the Noble―――
私の菓子を食べた誰かが言い始めた言葉らしい
私の菓子を食べると、庶民でもまるで貴族のような気分になれる、高貴な時を楽しめる―――
そんな言葉が、いつしか私のことを指す言葉になったらしい
「…そんな大それた者ではないさ」
その言葉に反して、私は自分自身のことを認められずにいた
いや、認められるわけが無い
少なくとも、私はまだ、お客様に本当に優雅な時を楽しんでもらえていないと思う
だからこそ、それを認められないのだ
「ま、なんにせよ…報酬の菓子頼むぜ？」
「チーズケーキだったな？」
「おう！ヴェラが好きなんだよな、アレ」
そう言いながら、彼は調理を進めていく
「カー君、あがったよ〜」
奥から彼の妻、オリヴェラの声が聞こえてきた
―――ホブゴブリンのオリヴェラ
この街の有名人の一人だった
ゴブリンの商会で働いていた彼女の手腕は、そこいらの商人が裸足で逃げ出すほどだったらしい
そんな彼女も出世の話があったが、カムイといる為に断ったらしい
―――彼女たちの結婚式のケーキも、私が作ったものだったので、その時の話も聞いている
あのケーキは今でも思う―――
おそらく、生涯で最も美味く作る事の出来たケーキの一つだろう
少なくとも、今の私にはもう作れないのではないか、アレは別人が作ったのではないかと思う位、良い出来だったと思う
「ヴェラさん、突然申し訳ない…」
「構いませんよ〜。食器洗い代わってもらいましたし〜」
「それにチーズケーキ1ホールタダだからな」
「待てカムイ、1ホールはいき過ぎだろ」
そんな事を良いながら、風呂上りの彼女を見やる
―――汚れで目立たなかったが、明るい茶色の髪は、きれいなチョコ菓子のようにきれいだ
―――また、顔立ちも幼さが残る中、突き抜けて可愛い訳ではないが、決してそこいらの女性に負けない可愛らしさを誇り
―――その小さな体にある虫の特徴も、彼女の魅力を引き立てている
「…バルド？」
「あ、あぁすまない」
つい見入ってしまった
それほどまでに、彼女は綺麗だった
「こりゃマジに結婚も「ない」
カムイが余計な事を言おうとするが、私は遮る
「そういえばバルドさん、この子の名前は何なんです？」
そう聞かれて、私も困った
彼女は今まで名前がなく生きてきたのだ
が、これからはそれも通じない
街という社会で生きていくなら、名前は必要だからだ
「…チロ」
「「「え？」」」
私に視線が集まる
「この子の名前のつもりだったんだが…」
そう言って、彼女を見る
「わたしのなまえ？」
「あぁ、そうだが…」
なんとなく見た目で決めてしまった所もあるが、口に出てしまったからには仕方ない
「気に入らなければ他のをかんｇ「わたし、チロ！」
嬉しそうに自分の名前を言い始めるチロ
「あぁ…よろしくな、チロ」
これが、私とチロの始まりだった
・・・
翌日から、私とチロはお互いに分担作業をしながら生活する事にした
とは言っても、チロからしたら殆どの事が未経験だから、一から教えていくしかない
たとえば―――
「チロ、お皿洗いを頼めるかい？」
「うん！水につければ良いんだよね！」
「…いや、それだけじゃ駄目だよ」
皿洗いも
「チロ、洗濯物を畳むんだが…」
「えーっと、ここをこうおったら…あれぇ？」
「ここは…こうだよ」
洗濯物を畳むのも
「ここをぞーきんでふくんだね？」
「そうだな、でも勢いをつけすぎ―――」
「ふぎゃう！」
「―――ると、そうやって頭をぶつけるからな…」
廊下の雑巾がけも
みんな、一から教えていかないといけない
だが、不思議だ
なぜか、楽しいのだ
チロが来てから、私の仕事中でも彼女を見てないといけない時間が増えていて、忙しさは増している
だが、嫌ではない
むしろ、心地いいのだ
チロが来てから、私は水を得た魚のように心が充実しているのだ
それは、料理にも出てきているらしい
「バルちゃん、なんか今日のクッキー美味しいねぇ〜」
この街の食べ物屋にはほぼ姿を表している、常連の方々にも、そんな言葉を頂いた
「そう、ですか？」
「なんか、前より優雅な気分になれるよ」
そう言いながら、ゆったりとお茶を飲みながら菓子を頬張るお客様達
なぜ、急に元に戻ったのだ？
疑問を抱えながらも、私は―――充実していた
・・・
そんなある日の事だった
「料理を学びたい？」
「うん」
チロが珍しく自分から話があると私に話してきたのだ
「なんで学びたいんだい？」
そういうと、チロは顔を赤くしてぽつぽつと言い始める
「バルドを見ててね、料理をしてるのすっごい大変そうだけど面白そうだなぁって思ってね…あと…」
何かゴニョゴニョと言っているのはわかるが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった
「他にもなにかあるのかい？」
「えっと、えっとね…」
そう言いながら、顔も赤くなっていく
「…したいから」
「ん？」
「バルドに恩返しとか、したいから…」
その言葉に、私は嬉しさを覚える
―――目頭が熱くなるとは、この事を言うのか
その言葉に、私は感動を覚えていた
「そうか…ありがとうチロ」
「うん…」
問題は、誰が料理を教えるかだ
実際、私に料理を教える時間も中々ないし…
「チロは、どんな料理を学びたいんだい？」
「え？」
チロは驚いたように、続けて言う
「わたし、『バルドに』教わりたいんだけど…」
また、私の時がとまる
私が、人に物を教える…だと…
出来ない事は無いだろうが、果たして出来るだろうか？
「…ダメ、かな？」
「いや、私は全く構わない」
チロが泣きそうなのを見て、私は即答してしまった
・・・
そんなこんなで、チロに料理を教えることになった
とは言っても、私が教えれる事なんてお菓子作りと、簡単な軽食くらいなものだ
「良いかい、チロ」
「はい！」
教える事になってから、チロはとても緊張している
―――以前、カムイや他の料理人に、料理の道がどれだけ厳しいかを聞かされ、カチコチになっているのだ
「…そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。リラックス、リラックス」
そう言って深呼吸をしてもらい、緊張を和らげる
「私が最初に教える事、それは―――」
チロも緊張して、ゴクリとつばを飲む
「手洗い、うがいなどの徹底だ」
「え？」
チロは驚いていた
「難しい事より、先ずは基本だ。…手荒いうがいをしてから料理をし始める、良いね？」
「わかった！」
「それじゃあ最初に、目玉焼きの作り方からだ」
そう言うと、チロは一瞬ビクッとし、怖がり始めた
「目玉焼き？」
「あぁ、そうだが？」
「目玉をくり抜い「たりはしない、卵料理だから安心しなさい」
彼女の発想は、たまに面白い
つい、笑が出てしまう
「あ、あぅ…」
こんな日々が、いつ迄も続きますように
・・・
ある日の事だった
「なんだこの店は！？」
突然、あるお客様が叫び始めた
―――たまに居る、反魔物領の考え方の人間だ
「お客様、他のお客様のご迷惑に「魔物なんかを客と言うのか！？」
観光でくるお客様は、まれにこんな風にして他のお客様の迷惑になる
「ふん！魔物に出す餌を人間に出すとはな！」
その言葉に、私は怒りを覚えた
「失礼ですが、私のことは兎も角、他のお客様の事を貶めるような物言いはお止め頂けませんか？」
「事実を言っているだけだろうが！？良いからマシなものを作らんか！」
正直、この時点で料金を返金して帰っていただいた方が、彼の為にはよかったのかもしれない
と言うか、そうしたかった
が、それは叶わなかった
「どうかしたの？」
奥から、店の様子が心配になって出てきたチロ
―――この頃には、チロは後ろで洗い物や家事をしてくれる位頼りになる存在になっていた
「ン？…ここは汚らしい虫まで飼ってるのか！？」
チロをみたその客は、チロに暴言を吐き散らす
「魔物だけならまだしも、こんな汚い虫までいるとは何なんだこの店は！？汚物を店に入れるのか！？」
その言葉に―――
「…黙れ」
私は我慢できなかった
「ゴハァッ！」
気がついたら、その客だったものを思いっきり蹴っていた
「私の家族を侮辱するな、下等種が」
そう言って、倒れているものに、また蹴りを入れる
「私を貶める分にはまだ許せる。…お客様を愚弄したのも、不快な事この上ないが他のお客様の為に我慢もしてやろう」
怯えながら私をみるそれに、私は言い放つ
「だが…お客様だけでなく、私の家族まで愚弄するとは…貴様何様だ？」
「わ、私はきゃ「貴様は客ではない。ただの下等種だ」
そう言って、レジに向かう
レジから、それが食おうとした商品の代金の2倍の金額を投げつける
「二度と、ここに近寄るな」
そう言って、それを追い出した
・・・
客だったものを追い出した後、私は冷静になった
―――私は、何をした？
ここはお客様にゆっくりして頂くための空間だ
そこで私は、何をした？
頭に血が上ったとはいえ、お客様に騒音を聞かせてしまったではないか
「…皆様」
私は、その事を強く恥じた
「お騒がせし、不快な思いをさせ、申し訳ありませんでした！」
私は頭をさげ、皆様に謝罪する
店の中では重苦しい空気が漂う
「いや、あれはバルドさんが正しいよ」
そんな言葉が、一人のお客様から出てきた
「チロちゃんまで酷い事言われたんだ。怒って当然だよ」
「むしろ私たちの分まで怒ってくれて、スカッとしたわ！」
そんな声が、お客様から出始める
「バルド…」
チロが、いつの間にか横に来ていた
「わたし、家族？」
涙を溜めて、私に聞いてくる
―――あぁ、そうだったな
―――きちんと、伝えてなかったな
いつの間にか居てくれて当たり前になってて、チロがいない生活なんて、想像できなくなってた
「チロがいたいなら、居てほしい」
彼女と出会った時には考えてなかった
誰かとまた暮らす事なんて
「君も…私の家族になってくれないか？」
その言葉の返事は無かったが、代わりに彼女が抱きついてくれた
最高の返事を返してもらった
〜〜〜
ある街の菓子職人の話をしよう
彼のお菓子は、非常に美味しく
とてもゆったりした時間が楽しめるとの事だ
まるで貴族になったように、ゆっくりとお茶の時間を楽しめる事から人気も高い
が、それ以上に人気な理由は…
菓子職人曰く、看板娘がかわいいからだそうだ
〜〜〜
「チロ、洗い物は終わったかい？」
「おわったよ！」
あの騒動から少したって…
チロには店のウェイトレスもしてもらっている
観光できた方や初見のお客様に最初は驚かれるが、チロの可愛らしさから、結構受け入れられている
私も彼女の魅力に負けない味を追求できている、いい日々が送れていると思う
「つかれた〜」
「お疲れ様」
仕事が終わると、食事の時間だ
勿論、ご飯もチロと一緒に作っている
―――贔屓無しに、チロの料理はとても美味しい
そして―――
私たちは、カムイの予想通り結婚した
結婚後のチロはデビルバク固有の発情状態になってしまい、直ぐに肌を合わせた
仕事が終わってからは、大抵肌を合わせていたので、そろそろ子供が出来てもおかしくないと思う
改めて思う
―――こんな日々が、いつ迄も続きますように
一日の最後のお客様を見送り、私は店を閉める
無事に仕事を終えた充実感と、自分の未熟さ故の反省点を考えながら、店の弊店作業を進めていく
―――今日の出来は…52点だな
接客も固い部分がまだあり、さらには自分が本当に満足いく物が作れたのか…
また、それがお客様満足させるのに十分だったか
それを自己採点していった結果、あまりいい出来とは言えなかった
―――あまりにも、私は未熟すぎるな
幼い頃からの夢であった料理人の夢を叶え、父から少し援助してもらう事になったが自分の店も持つ事が出来た
しかし、私は思う
果たして、私の料理はこのままで良いのだろうか？
私自身、なぜか満足がいく物が作れていない
なぜ―――
そんな事を思いながらゴミ捨てをしている時だった
「ん？」
近くに、誰かが隠れるのを感じた
感じたというのは、見たわけではないのでそうとしか言えないからだ
「誰かいるのか？」
その言葉に反応して、近くで何かが動く気配を感じた
―――物乞いか、強盗だろうか
どちらにせよ、警戒が必要なのだろう
「別に何かしたりする事はない。隠れられるほうが不快なだけだ」
そういうと―――
「あの…その…」
物陰から出てきたのは―――
「…」
「…え、えっと…」
一匹の、デビルバグだった
・・・
「つまり美味しそうな匂いにつられてここまできた、と」
目の前のデビルバグは頷く
―――あの後、彼女を見た私はとりあえずどうしたら良いものかわからないでいた
デビルバグ―――不潔な魔物とよく言われている彼女をゴミ捨て場とは言え料理をする身で見るとどうも躊躇してしまう
美味しい物を安全に食べて頂くには、衛生面も気にしなければならない
その観点から言ったら、目の前の彼女はある種天敵かもしれない
しかし、そんな彼女を見ていておかしな点にも気付く
どんな物でも食べる彼女の頬が、痩せこけていたのだ
しかも、発情もしていない
なんにせよ―――
「…余り物で良いなら、何か食べるか？」
「えっ？…い、いの？」
「そんな、いかにもお腹が空いてますな見た目で料理人の前にいるんだ…少しこちらの要望も聞いてもらうがいいな？」
そう言って、私は彼女を家に迎える事にした
「で、その美味しそうな匂いのものは…美味しいか？」
「…うん」
一気にがっつくのではなく、少しずつ、ゆっくりと食べる彼女
「それはよかった」
ホッとして、胸を撫で下ろす
ただでさえ最近は料理がうまく出来ていない感覚に陥ってしまっていて不安で仕方がなかった私は、彼女の言葉に安堵した
「こんなにおいしいの…生まれてはじめて食べた」
「大げさだな…」
大げさに言う彼女の言葉に、私は嬉しさを隠しきれそうにない
「ご飯を食べたら、すまないがお湯で体を洗ってくれよ？…一応清潔に心がけているのでな」
「…わかった」
心此処にあらず―――
今の彼女を例えるなら、そんな感じだ
とにかく目の前の私の料理に心がいっている
しかし―――
「すまないな、ご飯とかでなくお菓子しかなくて」
「？おかし？」
そう、私は菓子職人
その為、夜遅くにご飯ではなく、彼女にお菓子を振舞う事になっていたのだ
「よくわからないけど…おいしいよ？」
「そう言ってもらえるとありがたいが…本当ならご飯とかの方がいいのだが…」
「…うん？」
お菓子が何なのか良くわかってない彼女には、ご飯もお菓子も変わらないらしい
「そういえば…自己紹介がまだだったな」
「…じこ、しょうかい？」
お菓子を一通り食べ終えた彼女に、私は自分の名を告げる
「私はバルド。バルド＝クレッセントだ」
「バルド…よろしく」
彼女はそう言いながらどうしたらいいのかわからないでいた
「君の名前は？」
「なまえ…」
そう言うと、彼女は小さく「ない」とだけ言って顔を伏せた
「みんなで暮らしていたときには、なまえとか気にしなかったから…」
「他の皆は？」
彼女は首を横に振る
「いっぱいいろんな人が来て…こわくて…気がついたらここら辺にいて…」
その言葉に、私は言葉を失う
おそらく、デビルバグの巣を駆除しようとした教団の騎士たちの事だろう
彼女の巣を襲い、そのまま彼女の『家族』はみんな散り散りにされてしまったのだろう
―――その言葉に、かつて共に暮らした友人を思い出す
が、直ぐに頭の墨に追いやる
あいつがこんな事に賛成するとは思えないし、何より目の前の彼女が最優先だ
彼女は、不安に押しつぶされそうな…今にも泣き出しそうな目をしていた
「…しばらくここにいないか？」
気がついたら、言葉が出ていた
「ここは料理をする所だから、君の昔いた所みたいに出来ないこともあるが…それでもいいなら、ここで少し暮らさないか？」
「…いいの？」
顔を上げて、不安そうにする彼女
「君が望むなら…だがね」
「ありがとう！！」
そう言って、テーブルを飛び越え私に抱きつく彼女
「こ、こらやめないか！」
彼女のやわらかい部分が体に当たり、気持ちいいのと同時に、体の垢などのあまり良くない匂いが私を襲う
「ま、まず風呂に入って体をきれいにするぞ！」
そう言って、彼女を迎え入れる事を決意した
・・・
「…で、女の子を入れる度胸がねーから、うちに相談にきた、と」
「…申し訳ない、カムイ」
彼女を風呂に入れる宣言をしてから少したち、私は重大な事に気付いた
―――女性と一緒に風呂に入る？
馬鹿か私は？
彼女を傷物にしてしまうかもしれないだろうが
しかし、彼女を風呂に入れないというのは衛生面的にも…
そんなことを悩んでいる時、ふと思い出した事があった
近くに、ちょうど結婚したばかりの夫婦がいるではないか
しかも、そこにはよく食事をしにいくし、何より―――
「しっかも今から蕎麦かチャーハンか…」
「彼女にきちんとご飯を食べさせないと、と思ってな」
ここの食事は美味い
ジャンルが違うとは言え、ここまで美味しいと思わさせられるのは悔しい
が、それでも―――
ここ、『神炒麺(シンチャーメン)』の食事は美味しいのだ
「バルドもついに結婚かねぇ…」
「彼女は一時的に保護しているだけで、結婚とかは…」
そこの店主、カムイ＝カンザキと話しながら、私は食器洗いなどを手伝う
―――奇妙な事に、この街には凄腕の料理人が多い
今話しているカムイも、チャーハンという米料理を作らせたら右に出るものはいない
そんな街だからこそ、私自身も自分の腕を試すには持って来いだし、何よりより美味しい物を食べ、自分の可能性を広げたいと思った
が、私は思う
―――私には、大きすぎる野望だったのではないかと
料理だって、孤児院と近くの教会で菓子作りを只管したのと、育った街の菓子コンクールで金賞をとっただけに過ぎない
そんな私が、これから先やっていけるのだろうか？
「…難しい顔してんな〜バルドは」
「そうか？」
「んなんじゃ美味しい菓子は出来ないぜ？『People when the Noble(ピープルウェンザノーブル)』」
People when the Noble―――
私の菓子を食べた誰かが言い始めた言葉らしい
私の菓子を食べると、庶民でもまるで貴族のような気分になれる、高貴な時を楽しめる―――
そんな言葉が、いつしか私のことを指す言葉になったらしい
「…そんな大それた者ではないさ」
その言葉に反して、私は自分自身のことを認められずにいた
いや、認められるわけが無い
少なくとも、私はまだ、お客様に本当に優雅な時を楽しんでもらえていないと思う
だからこそ、それを認められないのだ
「ま、なんにせよ…報酬の菓子頼むぜ？」
「チーズケーキだったな？」
「おう！ヴェラが好きなんだよな、アレ」
そう言いながら、彼は調理を進めていく
「カー君、あがったよ〜」
奥から彼の妻、オリヴェラの声が聞こえてきた
―――ホブゴブリンのオリヴェラ
この街の有名人の一人だった
ゴブリンの商会で働いていた彼女の手腕は、そこいらの商人が裸足で逃げ出すほどだったらしい
そんな彼女も出世の話があったが、カムイといる為に断ったらしい
―――彼女たちの結婚式のケーキも、私が作ったものだったので、その時の話も聞いている
あのケーキは今でも思う―――
おそらく、生涯で最も美味く作る事の出来たケーキの一つだろう
少なくとも、今の私にはもう作れないのではないか、アレは別人が作ったのではないかと思う位、良い出来だったと思う
「ヴェラさん、突然申し訳ない…」
「構いませんよ〜。食器洗い代わってもらいましたし〜」
「それにチーズケーキ1ホールタダだからな」
「待てカムイ、1ホールはいき過ぎだろ」
そんな事を良いながら、風呂上りの彼女を見やる
―――汚れで目立たなかったが、明るい茶色の髪は、きれいなチョコ菓子のようにきれいだ
―――また、顔立ちも幼さが残る中、突き抜けて可愛い訳ではないが、決してそこいらの女性に負けない可愛らしさを誇り
―――その小さな体にある虫の特徴も、彼女の魅力を引き立てている
「…バルド？」
「あ、あぁすまない」
つい見入ってしまった
それほどまでに、彼女は綺麗だった
「こりゃマジに結婚も「ない」
カムイが余計な事を言おうとするが、私は遮る
「そういえばバルドさん、この子の名前は何なんです？」
そう聞かれて、私も困った
彼女は今まで名前がなく生きてきたのだ
が、これからはそれも通じない
街という社会で生きていくなら、名前は必要だからだ
「…チロ」
「「「え？」」」
私に視線が集まる
「この子の名前のつもりだったんだが…」
そう言って、彼女を見る
「わたしのなまえ？」
「あぁ、そうだが…」
なんとなく見た目で決めてしまった所もあるが、口に出てしまったからには仕方ない
「気に入らなければ他のをかんｇ「わたし、チロ！」
嬉しそうに自分の名前を言い始めるチロ
「あぁ…よろしくな、チロ」
これが、私とチロの始まりだった
・・・
翌日から、私とチロはお互いに分担作業をしながら生活する事にした
とは言っても、チロからしたら殆どの事が未経験だから、一から教えていくしかない
たとえば―――
「チロ、お皿洗いを頼めるかい？」
「うん！水につければ良いんだよね！」
「…いや、それだけじゃ駄目だよ」
皿洗いも
「チロ、洗濯物を畳むんだが…」
「えーっと、ここをこうおったら…あれぇ？」
「ここは…こうだよ」
洗濯物を畳むのも
「ここをぞーきんでふくんだね？」
「そうだな、でも勢いをつけすぎ―――」
「ふぎゃう！」
「―――ると、そうやって頭をぶつけるからな…」
廊下の雑巾がけも
みんな、一から教えていかないといけない
だが、不思議だ
なぜか、楽しいのだ
チロが来てから、私の仕事中でも彼女を見てないといけない時間が増えていて、忙しさは増している
だが、嫌ではない
むしろ、心地いいのだ
チロが来てから、私は水を得た魚のように心が充実しているのだ
それは、料理にも出てきているらしい
「バルちゃん、なんか今日のクッキー美味しいねぇ〜」
この街の食べ物屋にはほぼ姿を表している、常連の方々にも、そんな言葉を頂いた
「そう、ですか？」
「なんか、前より優雅な気分になれるよ」
そう言いながら、ゆったりとお茶を飲みながら菓子を頬張るお客様達
なぜ、急に元に戻ったのだ？
疑問を抱えながらも、私は―――充実していた
・・・
そんなある日の事だった
「料理を学びたい？」
「うん」
チロが珍しく自分から話があると私に話してきたのだ
「なんで学びたいんだい？」
そういうと、チロは顔を赤くしてぽつぽつと言い始める
「バルドを見ててね、料理をしてるのすっごい大変そうだけど面白そうだなぁって思ってね…あと…」
何かゴニョゴニョと言っているのはわかるが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった
「他にもなにかあるのかい？」
「えっと、えっとね…」
そう言いながら、顔も赤くなっていく
「…したいから」
「ん？」
「バルドに恩返しとか、したいから…」
その言葉に、私は嬉しさを覚える
―――目頭が熱くなるとは、この事を言うのか
その言葉に、私は感動を覚えていた
「そうか…ありがとうチロ」
「うん…」
問題は、誰が料理を教えるかだ
実際、私に料理を教える時間も中々ないし…
「チロは、どんな料理を学びたいんだい？」
「え？」
チロは驚いたように、続けて言う
「わたし、『バルドに』教わりたいんだけど…」
また、私の時がとまる
私が、人に物を教える…だと…
出来ない事は無いだろうが、果たして出来るだろうか？
「…ダメ、かな？」
「いや、私は全く構わない」
チロが泣きそうなのを見て、私は即答してしまった
・・・
そんなこんなで、チロに料理を教えることになった
とは言っても、私が教えれる事なんてお菓子作りと、簡単な軽食くらいなものだ
「良いかい、チロ」
「はい！」
教える事になってから、チロはとても緊張している
―――以前、カムイや他の料理人に、料理の道がどれだけ厳しいかを聞かされ、カチコチになっているのだ
「…そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。リラックス、リラックス」
そう言って深呼吸をしてもらい、緊張を和らげる
「私が最初に教える事、それは―――」
チロも緊張して、ゴクリとつばを飲む
「手洗い、うがいなどの徹底だ」
「え？」
チロは驚いていた
「難しい事より、先ずは基本だ。…手荒いうがいをしてから料理をし始める、良いね？」
「わかった！」
「それじゃあ最初に、目玉焼きの作り方からだ」
そう言うと、チロは一瞬ビクッとし、怖がり始めた
「目玉焼き？」
「あぁ、そうだが？」
「目玉をくり抜い「たりはしない、卵料理だから安心しなさい」
彼女の発想は、たまに面白い
つい、笑が出てしまう
「あ、あぅ…」
こんな日々が、いつ迄も続きますように
・・・
ある日の事だった
「なんだこの店は！？」
突然、あるお客様が叫び始めた
―――たまに居る、反魔物領の考え方の人間だ
「お客様、他のお客様のご迷惑に「魔物なんかを客と言うのか！？」
観光でくるお客様は、まれにこんな風にして他のお客様の迷惑になる
「ふん！魔物に出す餌を人間に出すとはな！」
その言葉に、私は怒りを覚えた
「失礼ですが、私のことは兎も角、他のお客様の事を貶めるような物言いはお止め頂けませんか？」
「事実を言っているだけだろうが！？良いからマシなものを作らんか！」
正直、この時点で料金を返金して帰っていただいた方が、彼の為にはよかったのかもしれない
と言うか、そうしたかった
が、それは叶わなかった
「どうかしたの？」
奥から、店の様子が心配になって出てきたチロ
―――この頃には、チロは後ろで洗い物や家事をしてくれる位頼りになる存在になっていた
「ン？…ここは汚らしい虫まで飼ってるのか！？」
チロをみたその客は、チロに暴言を吐き散らす
「魔物だけならまだしも、こんな汚い虫までいるとは何なんだこの店は！？汚物を店に入れるのか！？」
その言葉に―――
「…黙れ」
私は我慢できなかった
「ゴハァッ！」
気がついたら、その客だったものを思いっきり蹴っていた
「私の家族を侮辱するな、下等種が」
そう言って、倒れているものに、また蹴りを入れる
「私を貶める分にはまだ許せる。…お客様を愚弄したのも、不快な事この上ないが他のお客様の為に我慢もしてやろう」
怯えながら私をみるそれに、私は言い放つ
「だが…お客様だけでなく、私の家族まで愚弄するとは…貴様何様だ？」
「わ、私はきゃ「貴様は客ではない。ただの下等種だ」
そう言って、レジに向かう
レジから、それが食おうとした商品の代金の2倍の金額を投げつける
「二度と、ここに近寄るな」
そう言って、それを追い出した
・・・
客だったものを追い出した後、私は冷静になった
―――私は、何をした？
ここはお客様にゆっくりして頂くための空間だ
そこで私は、何をした？
頭に血が上ったとはいえ、お客様に騒音を聞かせてしまったではないか
「…皆様」
私は、その事を強く恥じた
「お騒がせし、不快な思いをさせ、申し訳ありませんでした！」
私は頭をさげ、皆様に謝罪する
店の中では重苦しい空気が漂う
「いや、あれはバルドさんが正しいよ」
そんな言葉が、一人のお客様から出てきた
「チロちゃんまで酷い事言われたんだ。怒って当然だよ」
「むしろ私たちの分まで怒ってくれて、スカッとしたわ！」
そんな声が、お客様から出始める
「バルド…」
チロが、いつの間にか横に来ていた
「わたし、家族？」
涙を溜めて、私に聞いてくる
―――あぁ、そうだったな
―――きちんと、伝えてなかったな
いつの間にか居てくれて当たり前になってて、チロがいない生活なんて、想像できなくなってた
「チロがいたいなら、居てほしい」
彼女と出会った時には考えてなかった
誰かとまた暮らす事なんて
「君も…私の家族になってくれないか？」
その言葉の返事は無かったが、代わりに彼女が抱きついてくれた
最高の返事を返してもらった
〜〜〜
ある街の菓子職人の話をしよう
彼のお菓子は、非常に美味しく
とてもゆったりした時間が楽しめるとの事だ
まるで貴族になったように、ゆっくりとお茶の時間を楽しめる事から人気も高い
が、それ以上に人気な理由は…
菓子職人曰く、看板娘がかわいいからだそうだ
〜〜〜
「チロ、洗い物は終わったかい？」
「おわったよ！」
あの騒動から少したって…
チロには店のウェイトレスもしてもらっている
観光できた方や初見のお客様に最初は驚かれるが、チロの可愛らしさから、結構受け入れられている
私も彼女の魅力に負けない味を追求できている、いい日々が送れていると思う
「つかれた〜」
「お疲れ様」
仕事が終わると、食事の時間だ
勿論、ご飯もチロと一緒に作っている
―――贔屓無しに、チロの料理はとても美味しい
そして―――
私たちは、カムイの予想通り結婚した
結婚後のチロはデビルバク固有の発情状態になってしまい、直ぐに肌を合わせた
仕事が終わってからは、大抵肌を合わせていたので、そろそろ子供が出来てもおかしくないと思う
改めて思う
―――こんな日々が、いつ迄も続きますように
12/03/28 08:25更新 / ネームレス