一人じゃない
「これで送信、っと…」
俺は自分の携帯をしまい、目の前を眺める
夕日に染まる街は、とても綺麗な街並みだった
「さて、と…後は」
そう言って、ポケットから手紙を取り出す
―――遺書
そう書いてある封筒を、近くの石を重石にして置く
後は、ここから…
prrrri…
そう思った時、携帯がなり始めた
「はい?」
『お前今何所にいるんだよ!?』
電話の相手は、俺の親友で…
俺が唯一心を許せる人
「ん〜…お前ならわかんじゃね?」
『ふざけんなよ!?お前自殺なんか許さないからな!』
「うん、悪いとは思ってるよ?でもさ、仕方ないじゃん」
そう言いながら俺は歩を少しずつ進める
「どんなに頑張ったって、もう意味無いじゃん」
『でもお前は「俺が唯一この世界を去るのを嫌な理由があるなら、お前を悲しませる事ぐらいかな?」
そういうと、何も返してこなくなる
「でも、俺が生きてるとさ、お前にまで迷惑じゃん?」
そう言いながら、電話を切る準備をする
「また来世に会おうぜ?…今度は恋人同士とかでさ」
そう言って、一方的に電話を切り―――
「あーい、きゃーん、ふらーい」
俺はこの世とお別れをした
・・・
小さい時から、俺は要らない人間として扱われていた
親父の借金も、母親の浮気も、両親の離婚も、親戚に嫌われるのも
周りに苛められるのも、いわれの無い事件の犯人に最初に疑われるのも
全部、俺のせいだそうだ
そんな中、一人どうしようもない位お人好しで、俺の事を助けてくれる人がいた
俺からしたら白馬の王子様とか、HEROとか、そんなのはあいつの事を示す言葉だと思った
が、俺なんかのせいで、そいつも苛められた
あいつまで巻き込む事が、俺は堪らなく嫌だった
それだけならまだ、生きられたんだと思う
どっかに逃避行でもすればよかった
けど、出来なかった
しちゃいけなかった
だって、同性愛なんて、気持ち悪いだろ?
只管隠しに隠し通そうとしたその感情を、抑えられなくなった
極めつけは…あいつらに呼び出され、俺はどっかのおばさんの慰み者にされた
苛めてる奴だから、要らない奴だから―――
だから、俺を売って、その金でカラオケにいったらしい
別にその金の使い道なんてどうでも良い
けど、あいつにだけは知られたくなかった
でも、ダメだった
だから、俺は死ぬ
短絡的と思われても、俺は死ぬ
―――なんで、死ぬ間際までこんな事思い出しながらなんだろう
・・・
「…ぃ…だい…」
何かが聞こえてくる、地獄の鬼だろうか?
「君、大丈夫かい?」
と、警備員風の男が俺に声をかけて来た
「…はぁ」
俺は心ここに無しと言う感じに返答する
つか、穏やかな鬼だな
「倒れてたみたいだけど、大丈夫?怪我ない?」
「はぁ…」
意識がはっきりし始め、辺りを見渡す
「もう遅いから、親御さん呼ぼうか?」
飛び降りた場所の下と、おんなじ風景
「あー…だいじょうぶです」
なんか少し高い感じの声だな…
「そうかい?…気をつけるんだよ」
心配そうに言いながら、最後の言葉に耳を疑う
「早くに帰んなさいね、女の子がこんな時間にうろうろしたら危ないから」
「…は?」
そういうと、警備員のおじさんはどっか言ってしまった
「いや、え?」
が、俺は最後の言葉に疑問しかない
オンナノコ?ダレガ?
と、横を見るとガラス張りが俺の姿を映し出す
「え?」
そこには、服装こそ変わらないが髪は長くなり、心なしか胸が膨らんでいる、俺の姿があった
「いや、え?は?」
俺は混乱していた
気が付いたら女になってたとか、普通じゃない
「いや、たまたまだよな…たまたまそう見えるだけ…」
自分に言い聞かせるように、俺は股間を触ってみる
―――ない
俺の男の象徴が、ない
その瞬間、何かが切れた気がした
「いや、いやいやいやいや!!なんだこれ!?」
平常心が無くなり、俺はかなりパニックになっていた
「何がどうなって―――」
「紅弥(こうや)?」
その言葉に、俺は平常心を取り戻す
「へ?」
振り返ると、そこには…親友の政春(まさはる)がいた
「あ…その…すみません。友人と間違えたみたいで…」
そう言いながら顔を赤くする
「…そうっすか」
なぜだろう、かなり面白くない気分だった
「そいつ男なのに、女性の貴女に声かけてしまって、すみません」
「…そんなにその人女っぽいんですか?」
俺はなんと無しに聞いてみた
「女っぽいわけじゃないんですけど、なんていうか…」
言葉を濁らせて、中々言わない
「それって、お…私が男っぽいって事ですか?」
「そういう訳じゃないんだけど…」
「ならはっきり言っちゃえよ!」
つい普段の口調で突っ込んでしまった
せっかく私に無理して直したのに…
「そう、その感じ!雰囲気とかまんま紅弥まんまだ!!」
そう言いながら、政春は俺に聞いてくる
「見た目も少しだけ似てます!髪は貴女より短くて貴女みたいな服を―――」
と、言いかけた所で政春は俺の服を改めて見る
「いや、貴女と同じ服装の男を見ませんでしたか?ここら辺にいるはずなんです」
その顔は真剣で、つい見惚れてしまう
「え…っと、さっきまで倒れてて…」
そう聴いた瞬間、肩をガックリ落とし、膝をつく
「…こに…だよ」
聞こえてきたのは、嗚咽
「どこにいんだよ、コウ…」
「…その人、よっぽど大事なんですね」
俺はどうにか政春を抱き締めたい衝動に勝ちながら話を聞く
「何日か前、近くで飛び降り騒ぎがあって…でもその死体が消えたらしくて…」
「え?」
何日か、前?
「しかも不思議な事に…血も飛び散ってないらしくて…だからアイツは生きてると思って…」
「いや、え?何日か前?」
おかしい
俺が飛び降りたのはついさっきだ
走馬灯も見たし、なにより俺は夕方に落ちて―――
「アイツ、最後の電話で馬鹿なこと言ってたから、恥ずかしくて隠れてると思って…」
けど、政春を見てると嘘は言ってないと思う
「今度こそ、あいつを!コウを助けたかったのに!!」
その言葉に、俺は―――
「充分助けられてたよ、マサ」
気が付いたら、口から声が出ていた
・・・
「な、んで、俺の名前を…」
マサは怯えてるが、俺は続ける
「ガキの頃から俺の事助けてくれてたのを、今でも覚えてる」
眼を閉じれば、マサが助けてくれた事を思い出せる
「最初は小3だっけ?給食費の事件」
俺は愉快そうにしながら話を続ける
「結局委員長が間違ってかばんの中にイレッパだったのに、俺が疑われて、それを助けてくれたっけ…」
マサは黙っている
「その後もチョクチョク男女とか言われて苛めてたのを、君が助けてくれた」
今でも覚えている
図体だけの奴が、マサにぶっ飛ばされたのを
「中学に入って、いじめが陰湿になって…でも、俺は君に助けられっぱなしだった」
親父の借金のせいで修学旅行に行けなかったが、俺と一緒に残ってくれたマサのお陰で、俺は辛くなかった
「でも、そんな甘えてばかりの自分が嫌でマサと距離を置こうとも考えてたんだぜ?」
結果が、今回の自殺騒動
「葬式、さぞ寂しいか酷かったんだろうな…」
「…いや、お前の親父さんは葬式上げてねーよ」
静かだったマサが、俺に言う
「お前は生きてるから、見つけたら俺と暮すって条件でまだ開かせてない」
静かに、しかししっかりと俺を見て、マサは言う
「そして、俺は見つけたぞ、お前を」
「あぁ…そうだな。最初はわかんなかったみたいだけど」
「あれはノーカンだろ?まさか女になってるなんてオチはねーよ」
泣きながら、俺の方に歩いてきて―――
「本当に、コウなんだな?」
「残念ながら、本物だよ」
手を伸ばせば、抱き締めれる所まで近付いてくれて―――
「お前が生きててくれたら、どうだって良い。些細な事だから」
「ありがと、マサ」
「泣くなよ、泣き虫」
そう言いながら、俺の涙を拭ってくれた
「マサ!」
俺は貯まらず、抱きついた
「来世まで待たせる気ねーからな!!今こそいちゃラブすんぞ!」
「おま!それお前が言うなよ!?…俺が言いたかったのに」
その言葉に、俺は止まる
「男同士で気持ち悪がられるだろうけど、それでも俺はお前がよかった」
「マサ…俺、女だぞ?」
「お前が良いって言ってんだろボケ」
ふざけ合いながら、お互い体温をかみ締める
そして―――
「あっれー?BL専門のマサくんじゃありませんかー?」
虫唾が走る、薄汚い声に邪魔をされた
―――あの時俺を売った連中だった
「恋人死んでもう新しい恋人ー?気早くねー?」
取り巻き含めて8人
全員、揃っていた
「しかもかなりの上玉じゃん!ホモに勿体無いってーの!!」
下品な声を上げて、ゲラゲラうざったい
「…おい発情期共、ちったぁ黙れ」
気が付いたら、俺は声を発していた
「あ?」
「虫けらの癖に、マサを侮辱すんなっつってんだよ虫けら」
その言葉に、連中はピリピリし始める
「気強いオンナじゃん?調教すんぞ?」
「やれんならやってみろ」
そう言いながら俺は前に出るが―――
「っせいや!」
マサがキックを繰り出していた
「俺のオンナに手出してみろ…殺すぞ!」
そう言いながら、俺を庇うように出てくれる
嬉しい、凄く嬉しい
が、今だけはやめてほしかった
「マサ、下がって」
そう言って前に出る
それと同じくして、自分の体から何か異物が出てくるのを感じた
背中と、お尻と、頭から―――
何かが生えてくるようだった
「『発情してろ』」
そう唱えただけで、そいつらはいきなり倒れ始めた
汚らしい息遣いだけが聞こえてくる
「俺に近寄るな、他にでも手を出してろ」
そういうと、俺はマサの手を取りマサの家に行く事にした
・・・
「お前、何したんだよ?」
「しらね」
「その体も?」
「しらね」
「俺の事は?」
「アイラブユー」
そんな能天気な会話をしながら、俺はマサと手を繋いでマサの家に向かっている
「お袋たちになんて言うかね?」
「てけとーでいんじゃね?」
もう一度マサとこうしていられるだけで俺はもう有頂天で仕方なかった
ぶっちゃけ、他の事なんざどーでもいい
「まぁ、なんとかして家で暮して問題無い様に出来そうだしな」
そう言いながら、マサは俺を見て言う
「もう少ししたら籍入れて、それからしばらくしたら式でいいか?」
「かまへんかま…え?」
その言葉に、俺は止まる
「そこは流れで言えよ」
苦笑しながら俺を見るこの男は、自分が何を言ったか解ってるのだろうか?
「もう、一人にしねーよ」
そう言って、俺を抱き締めてくれた
〜〜〜
ある都市伝説がある
一人の不幸な少年が、一夜にして幸福を掴んだのだ
どうやってかって?
単純に、生まれ変わっただけらしい
が、生まれ変わり方が尋常ではないそうだ
だって、それが―――
性別すら超えるのだから
〜〜〜
あれから、俺とマサは同居してる
親父の所から俺を連れ出してくれたのは、マサだけではなくマサの親父さんもだったそうだ
元々は養子でもなんでも良いから助けようとしたらしいが、まさか嫁になってくるとは思ってなかったらしく、書類を書き直さないとと苦笑いしていた
マサのお母さんは俺の事を本当の娘のように可愛がってくれている
が、フリルだけはやめてほしい
切実に
そして、あれから何年か―――
「マサ、いよいよなんだな」
「コウなら大丈夫だろ」
俺たちは今戦場にいる
そう―――命が生まれる、病院という戦場に
「無事生まれるよな?」
「俺とコウの子だぜ?大丈夫だよ」
そう言いながら俺にキスをしてくれるマサは、やっぱり良い男だ
さて、くよくよしても仕方ない
後は―――
「後は、俺に幸せをくれた亭主と俺に幸せを謳歌させてくれてる神様かなんかに祈りますか!」
―――しばらくして、そこからは元気な産声が上がってきたそうだ
12/02/08 11:26更新 / ネームレス