読切小説
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私達が巡り会えたたった一つの奇跡

「クソッ…」

おぼつかない足をなんとか動かし前に進む

魔物との戦いを終え、体中は傷だらけだ

それでも俺は必死に足を前にだす

ふと、目の前が二重に歪んだと思うと、足に力が入らず地面に倒れこむ

クソッ、まだ…俺は…

それでもなお、前に進もうとする
霞む視界の中に何かが写る

かろうじて人の形だと理解できたがそこで俺の意識は途切れた

・・・

…うるさい

ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる

「うっ…此処は?」

目が覚めて、真っ先に入ったのは子供達の声

とりあえず自分の周囲を見渡すと、古いベットに寝かされており、自分の体には手当が施されている

「あ!お兄ちゃん起きたみたいだよ!!」


子供の一人が甲高い声をあげ、その声に反応した子供達が寄ってくる

「誰かエリザママ呼んで来て!!」

「エリザママ、今いない、お姉ちゃん、呼ぶ」

何やら俺の周りで話を進めている

俺のベットを囲む8、9人くらいの子供達
年齢はばらばらそうでパッと見て顔も特に似ていないし、衣服も少し古びてる気がする

「あ…お、起きられましたか」

そんなことを考えてると一人の女性が部屋に入ってくると俺は一瞬言葉を失った

歳は俺と同じくらいだろうか

フチなし丸眼鏡をかけていて、目は結構キツいつり目で、こちらをにらんでいるようにも見える
しかし、その姿は紛れもなく美女である

少しの間、彼女の姿に見惚れてしまったが、やがて我に返ると、心を落ち着かせ彼女に問いかける

「貴方は?」

「私は…イザヴェラ。イザヴェラ=エルキナと申します。一応この孤児院を任されています…」

少しビクビクしながら、彼女は自己紹介をしてくれる

ん?エルキナ?どこかで聞いた気が…
聞き覚えのある名前だったが、今は頭の片隅に追いやり、再度質問をする

「貴方が俺を?」

「はい、道端で倒れているのを偶然見つけて」

ということは、意識が途絶える直前に見た人影はおそらく彼女だったのだろう

「そうですか…俺はエスっていいます。助けていただき、本当にありがとうございます」

そう言うと俺はベットから立ち上がり彼女に近づこうとすると…

ビクッと、体を硬直させ、俺から離れるかのように彼女は2、3歩後退る
なにがまずいのかも分からず困惑していると、俺の傍に立っていた一人の少女が俺の裾をクイクイとひっぱる

「ええっとねぇ〜、ヴェラ姉はぁ〜、男のひとが苦手なんですぅ〜」

ずいぶんと独特な話し方で俺に指摘してくれた

一方の彼女は、自分の症状を知られ恥ずかしそうにしている

「スミマセン、そうとは知らず」

「い、いえ…いいんです…」

会話が途切れ、少し気まずい空気だったが一人の少年がいきなり俺に言ってきた

「なぁなぁ兄ちゃんさぁ兵士なんだろ!俺に剣とか教えてくれよ」

「あ!ズルいぞ僕も僕も!!」

なにやら勝手に騒ぎ出すが、俺は頬をかきながら伝える

「悪いけど、俺は教団に戻らないといけないから…」

そういって歩き出すが、一歩踏み出すだけでよろけ、膝をついてしまう

「む、無理ですよ!まだ体が治ってないんですから…」

そう言いながら、おっかなびっくりで俺の体をベットに戻してくれた

「今は体を労わってあげてください、ね?」

その悲痛そうな表情の彼女に、俺は頷いた

・・・

そうして一週間くらい経ち、俺の怪我も大分よくなってきていた
子供たちを寝かせ、リビングに戻ると…

「も、もうみんな寝ましたか?」

相変わらずぎこちなく彼女は俺に話しかけてくる

「えぇ…みんなぐっすりと」

「お、お疲れ様です」

言いながらお茶を出してくれ、俺は「ありがとう」といいながら椅子に座り、お茶をいただいた

「でも…子供好きなんですね。もうみんなと仲良くなって」

言いながらも彼女も椅子に腰かける。無論、俺から離れた位置で

「まぁ、いろいろあって慣れてますから」

そんな他愛ない会話を話している時だった

「そういえば、エスさんは何故教団に入ったんですか?」

「えっ?」

いきなりの質問に少し戸惑っていると、彼女は申し訳なさそうに

「す、すみません、いきなり変なこと言って…」

「いえ、別にいいですよ。最初は魔物が許せないと思っていたからです」

「魔物が許せない?」

「えぇ。別に珍しい話でもないですけど俺には親がいなかったんですよ。孤児なんです」

親がいないというのは確かに珍しい話ではない、今の世で親がいない子供は多いだろう

「子供の扱いに慣れてるのも、そういう訳なんです」

苦笑しながら、お茶を飲む

「確信はないんですけれど、多分俺の親も魔物がらみだったんだと思います」

「だから、魔物を恨んで…」

彼女からきた言葉に、俺は少し付けたしをしながら答える

「…えぇ、そうでした。少なくとも少し前まではね」

「えっ?」

彼女が疑問がってる中、俺はぽつりと話す

「とある街でお偉いさん方が処刑されたんですよ。それまで結構な悪行をしていたらしくてね」

あまり公には言えないことだが、内容の大部分は既に民衆に広まっているし、こんな町はずれの場所なら話しても大丈夫だろう

「人体実験をしていたんですよ…人の体を弄くって、より強い兵士にする為に」

それを思い出しながら、俺は憎しみを込めて言う

「俺は…孤児を使った人体実験が特に許せない」

狂信者の一部は何百、何千もの孤児を使って実験を行っていた。孤児たちの命を機械のように扱っていたのだ

「では、今は何のために兵士を?」

改めて問いかけてくる彼女に対し

「実は自分でもよくわかってないんですけど…もしかしたら昔と変わってないのしれません」

お茶を一口のみ、俺は言葉を続ける

「例の処刑について深くかかわっている人がいましてね。その人も教団の人間でかなりベテランな方でした」

どこか懐かしい昔話に口元に笑み浮かべてながら俺は続けた

「何回か模擬戦もしましたけど一回も勝てませんでしたよ」

―――脳裏に思い出されるのは、一人の老人
いくら頑張っても、一本を取る事も出来なかった

「今はもういないんですけど、その人はこう言っていたんですよ『魔物と人は分かり合える』って…。当時の俺には全然理解できませんでした。けど教団が狂っていたってことがわかって、『もしかしたらあの人の言ってることは正しかったんじゃないか』ってそう思うようになったんですよ」

「じゃあエスさんも魔物との共存を?」

どこか嬉しそうに言う彼女だが、俺はその問いに対して首を振る

「いえ、違います」

「えっ?」

俺の回答が予想外だったのか彼女の表情が驚きに代わる

「確かに俺は教団を信用してない。でもそれは魔物に対しても同じです」

目をつぶり、しっかりと俺は言う

「魔物に親を奪われ、行き場を失なった子供たちを何度も見てきました。これは例の処刑の後もそんなに変わっていない」

「確かに魔物は人間との共存を望んでいるのかもしれない。でもそれにしてはやり方が強引すぎる」

俺には自分と同じような境遇になるのが許せない。そう考えるゆえに一つの可能性を見つけた

「もしかしたら魔物は自分たちのことしか考えてないんじゃないかって…」

ガタッ―――俺が言い終わるなり彼女はいきなり立ち上がり言い放った

「そ、そんなことありません!!」

そう言う彼女の声ははどこか悲痛な叫びにも聞こえた

「魔物だって!大切な人のことを考えてる筈です!!みんな愛する人の事を一方的になんて考えるはずがありません!」

そう言い終ると、彼女はハッとした顔をした直後、悲しそうに俺に言った

「あ・・・あの・・・ごめんなさい」

そんな彼女を見て俺はあっけにとられていたが、すぐさま我に返る

「いえ…あの「あの、私…もう寝ます…」

そういって部屋から出て行ってしまった。

その日、俺は彼女とのやり取りが忘れられなく、よく眠れなかった

・・・

彼女は変わっていた、人間の女性にも関わらず、魔物に対して敵対心がない
むしろ魔物に対しても、いや、全ての命に愛情を持っているようだった


そんな彼女に惹かれるように、俺は数少ない休暇を、あの孤児院で過ごすようになっていた
俺の命の恩人に何かしようと、訪れる際にはお土産や食材などを持って訪れた

でも、それは口実に過ぎなかった
俺は彼女に、イザヴェラさんに好意を寄せていた

子供達にせがまれ、仕方なく剣術の基礎を教えたり、戯れている時も、視界の先は彼女の笑顔が写っていた

しかし、俺はわかっていた

孤児院の娘と教団の兵士

彼女は孤児院を離れられない

かといって、俺は教団は簡単には辞めることはできない

だからせめて俺はこの状態が続けばいい

そう思っていた

・・・

「今なんて…」

俺は同僚の話を聞き、思わず聞き返した

「だから、町外れの孤児院が魔物をかくまってるらしいんだって」

「…どこからの情報なんだそれは」

「なんでも東の大国の教団からの報告らしいぜ。んで、近いうちにその孤児院を調べるとかなんとか」


東の大国の教団…反魔物領域の中でも指折りの勢力を持つ国家だ。しかし俺の頭はそれどころではなかった

「っておい、エス!どこ行くんだよ!」

彼の声を聞かず俺は走りだしていた

あの孤児院が魔物を受け入れていた?じゃあイザヴェラさんは?

予想はつく、容易だ…けれど俺の何かがそれを否定する

イザヴェラさんに彼女に会いたい
会って話がしたい

焦る気持ちの中、俺は孤児院に向かった

此処から孤児院までは結構な距離がある
しかし俺のような兵士には転移魔法なんて大それたものは使えず、かといって教団の許可なく馬を使うことはできない

だから俺は走った
幸い、自分には『アレ』がある
『アレ』を使えば普通の人間よりは早く長く走れる

だがそれでも結構時間はかかり、そもそもこんなことをしたら教団から罰が下るなんてことは目に見えてわかるはずだ
しかし俺の頭にそんな考えはなく、俺はただただ走った

そうして、ついに孤児院に着いた
走っている間は気が付かなかったが辺りは暗く、完全に夜になっていた
荒れた息を整え、ドアの前に立つが…
俺の中の何かがドアを開けるのを躊躇っていた

―――俺の予想が正しいなら…
本当はもうわかっているはずだ
だが、俺は躊躇った

しかし…
―――ガチャ

無情にも、扉が開いてしまった

「あら?エスさん。どうしたんですかこんな遅くに?」

ドアが開き、中からイザヴェラさんが出てくる

「…イザヴェラさん」

戸惑いながらも俺は覚悟を決め、話し始めた

「…貴女にお話があります」

キョトンとした表情を浮かべ、俺を中に入れるようにしながら言う

「でしたら中で「いえ、此処でいいです」

彼女の言葉を遮り、俺は目を閉じ再び深く息をつく
目を開くと彼女に問い掛けた

「貴方は…魔物をかばっているんですか?」

彼女の顔が驚愕に変わると、やがて申し訳なさそうに俯く

「…やっぱり本当なんですね?」

「…ええ。本当です」

俯いたまま、力のない返答が返ってくる

「何故…どうして…」

疑問の言葉が俺の中から消えない
そして、決定的なことを聞こうとした

「貴方は…もしかして…」

言い切る前にその先を察したのか、顔を上げ答えた

「はい、貴方の思っている通りです」

やがて彼女の足が変化してゆき、やがて蛇のような長い尾に変わり、他にも髪や額などに変化がある
そしてなにより、強い魔力を感じる

「…エキドナ」

思わず口から言葉がこぼれる

「そうです」

咄嗟に俺は腰の剣に手をかけ、抜こうとするが

「待ってください!」

彼女が叫ぶ

「問答無用です…魔物は斬ります…」

言いながら剣を抜き、構える
やがて沈黙が続き、風の音が鮮明に聞こえてくる
が、沈黙を破ったのは意外な人物だった

「エス兄ちゃん?」

小さな声で俺を呼ぶのは孤児の一人だった

「なんで剣を構えているの?」

「いや、これは…」

慌てて剣を鞘に収めようとする

「なんでもないわよ。さぁ、よい子はもう寝なさい」

そのまま優しく子供の手を引く彼女

「エスさん、少し待っていて下さいね」

そう言うと、彼女はそのこを連れ家の中に入って行く

剣を収めながら、冷静になって考えると一つの疑問が浮かび上がる
なぜ彼女は孤児院をやっているのだ?
魔物でありながら人を襲うどころか俺を助け、更には親を失った子供たちの世話をしている
これでは彼女は人間の女性と何ら変わりない…

「なんなんだよ…もう」

彼女の後ろ姿を見みながら俺は一人呟いた

五分後、戻って来るなり彼女いきなりは頭を下げてきた

「お願いです!私の、私の話を聞いてください!」

必死な姿だ、もし俺があの処刑の前の俺なら彼女の要求を一蹴し、斬りかかっていただろう

しかし、俺はもうあの頃とは違う…
そしてさっきの疑問もまだ解決してない

「…わかりました…でも一つ、一つだけ先に教えて下さい。何故俺を襲わなかったんですか?」

俺を助けた時、あの時なら俺を襲うなんてことは容易だ
いやそもそもエキドナなら姿を隠してまで不意を衝く意味さえない

「襲いたくなかったから…」

「えっ…」

その言葉は、俺の予想していたものではなかった

「人と魔物は手を取り合っていける。だから私と貴方は普通に恋をして普通に結ばれたかった…それこそ一人の男性と女性として」

その言葉に俺はなにも言えなくなる

「だから襲う必要なんかないんですよ」

言いながら俺の手を握り、彼女の体温が伝わってくる

暖かい…この暖かさは、ぬくもりはまぎれもなく人間と相違ない


「エスさん、私は…貴方が…エスさんが好きです」


そう告げてくる彼女の顔は今まで見た中で一番の笑顔だ
突然の発言に驚きを隠せない
しかも状況が状況なので俺は複雑だった…

「エスさんは…私を、私のことをどう思っていますか?」

そんな俺に対し、彼女は余計に俺を

「俺は…俺も貴方が好きでした。助けてもらったあの時から…でも俺は教団の人間で…貴方は此処の孤児院の人で…だから」

俯き、必死に言う俺を彼女は…

「ええ、知っていましたよ。…でも私も言わずには」



「そこまでだ」



突如、男の声によって会話が遮られた

「私はニア=エルス…貴様はエリザヴェート=エルキナだな」

ニアと名乗る男はいかにも教団の神父のような服装をしており、その後ろにはおよそ十数の兵がたたずんでいる

「エリザヴェート=エルキナ及び孤児院の孤児達を連行する!!」

「なっ!!」「っ!!」

現在俺の国では先の人体実験は行われいない
しかし、ほかの国では未だにも研究が進められているという噂が立っていた

つまり、今ここの子供達を連れて行かせれば…もしかしたら…

「ヴェラさん下がって!此処は俺が引き受けるから、その間にみんなを!」

「えっ、でも「早く!!」

家の中に消えていく彼女を見送ると、俺は剣を抜き言い放つ

「悪いが…こっから先は通行止めだ!」

それを聞いて、向こうは鼻で笑う

「貴様、正気か?教団の兵でありながら何を血迷っている」

「正気さ…人体実験や聖書の解体なんかしているアンタ等よりは確実にな!」

その言葉に、神父は眉をぴくりと動かす

あの処刑が行われた後も、ほかの国では未だに実験などは行われているらしい
憶測だけで言ってみたが、奴の反応を見る限りでは十中八九辺りのようだ
やがて、神父は俺を睨み、右手を前に出すと

「やれ」

後ろの兵が一斉に押し寄せてくる

「ふぅ…、はぁぁぁぁぁ!」

俺は一瞬目を閉じ、意識を集中させ、目を開くと再度気合を入れる
やがて俺の体の周りから、白い湯気のようなものが出る

「でぇぇぇい!」

先頭の兵が斬りかかってくるが、俺はそれを自分の剣圧で吹き飛ばす

他の兵の動きがとまり、神父の顔つきが変わる

「貴様…その力は…」

「そう…俺もさっき言ったくだらない実験の被害者だよ」

・・・

あの日―――
どこからか隕石が落ちてきて自由になれたあの日から、俺はこの力を封じてきた

自分の命、魔力を同時併用して身体能力を強化する力―――FullDrive(フルドライブ)

それは自分が人体実験の産物だと知られたくなかったのもあるし、そうすると良いと教えてくれたあの人の言いつけがあったからだ

が、この力を始めて喜ばしく思う
なぜなら…そのお陰で、彼女を守れるのだから


「…FullDrive、Type-Slicer(タイプスラッシャー)か。馬鹿なことを…」

神父が俺を見て言う

「その力は短期戦闘用の能力だろ?この人数相手に、最後まで戦えると思ってるのか?」

その言葉に偽りはない
この力は、自分の魔力、生命力を同時につぎ込む

1対1でならかなり強いが、対複数戦では消耗が激しすぎる

「やれないことはないさ…」

が、俺は強がる
彼女達を守れるのは、自分だけだ

彼女を…イザヴェラさんを…もう悲しませたくない!

「例えこの命尽きようとも…ここだけは守り通す!」

・・・

「あなたで最後ね?」

「そうだよお姉ちゃん…」

孤児院の子達を安全な所に転移するための魔方陣を使いながら、私は最後の転送になる子に確認する

転送用魔方陣は一人ずつしか使えないし、私自身の魔力がまだ少ないことから時間が掛かってしまった

「お姉ちゃん…」

「大丈夫…エスさんもきっと来てくれるから」

そう言いながら彼女を抱きしめる
自分自身も不安で押し潰されそうだが、それを堪えないといけない

「向こうに行ったら、お母様の言う事を聞いて、みんなをまとめてね?」

「お姉ちゃんは?」

彼女の言葉に答える間もなく、彼女を向こうに転送した

「私は…あの人と必ず逃げるから」

私達のために、あんな大人数相手に逃げないで戦ってくれているエスさん
私は、あの人と共に逃げたい
あの人も、共に来てほしい

あの人と…一緒に生きたい!

そう思い、私は外のほうに向かう

「えっ…」

そこには、満身創痍で今にも倒れそうなエスさんが、斬られそうになっているのが見えていた

「危ない!」

気がついたら、私は動いていた

・・・

「はぁ…はぁ…」

あれから10分…

俺は予定以上に消耗させられていた
理由は単純だった

「クックックッ、Magiceatar(マジックイーター)、効果は確かなようだな」

神父が連れてきた兵達が持っている武器―――魔力を吸収する武器のお陰で、消耗が激しいのだ
正直、さっきからもう動くのが億劫だ

と、そんな油断が生んだ隙によって、俺は攻撃を受けそうになった

「危ない!」

不意に俺の体が突き飛ばされ、俺の視界が赤く染まる

「ヴェラ…さん?…ヴェラさん!!」

俺を突き飛ばしたのはヴェラさんだった
俺を庇い、一太刀浴びてしまった

咄嗟に体制を立て直し、目の前の兵を切り伏せると、ヴェラさんを抱え距離をとる

「ヴェラさん、しっかりして!」

「エス…さん…みんな…もう転移…終わりましたよ…」

「なんで…こんな…」

「気がついたら…体が動いてて…」

そう言いながら、痛みを堪えている彼女

「クックックッ…Magiceatarは魔物にも有効なのが確認できたな」

下品な笑い声が聞こえてくる

「バカな魔物だ…自ら死ににくるとはな!」

その言葉が俺の意識を覚醒させる

「…今、なんつった?」

「は?」

俺はヴェラさんを抱えながら神父を睨み付け、もう一度言う

「今なんつったんだ?」

それを聞いて、神父や兵達は笑い始めた

「貴様はバカか!?その魔物が愚かだと言ってやったんだろうが!!」

その言葉と共に、笑い続ける神父と兵達

こいつらは…コイツだけは…
再び剣をとり、地を蹴り走りだそうとしたその時だった
四方に巨大な光の壁が表れた、同時に辺りがまばゆい光につつまれ、思わず目を閉じた

〜〜〜

目の前の光が消えると、そこにいた筈の人物達が消えていた

「くそ!逃がしてなるものか!!」

神父の号令にあわせ、付近の捜索を開始しようとする兵達の前に、一人の女性…
いや、一匹の魔物が姿を現した

「貴様…何者だ?」

神父がそう言い、兵達が武器を構える

「…おやめなさい。無駄な虚勢は、身を滅ぼしますよ」

そう言いながら、歩を一歩、また一歩と前に進める

「そもそも…私に用事があったのでしょう?」

「!?貴様がエリザヴェート=エルキナ!!」

そういった瞬間、神父は突然倒れる
まるで、自分の体が重くなったかのように

「本来であれば、そのままお帰り頂きますが…娘を愚弄したのですよ?覚悟はよろしいですよね?」

そういうエリザヴェートの表情は、少なからず笑っているように見えた
が、目は全く笑っていない

「あの子の懸命さを笑って、挙句婿養子の彼を笑ったのです。相応の報復は覚悟されてますよね?」

「あ…が…ぁ…」

「答えなさい!」

そう言いながら、重力魔術の威力を少しだけ上げる
上げて…神父が気絶したのと同時に、魔術を解除する

「他の方々にも警告します…去りなさい」

その声は、どこまでも冷たく
しかし、子を思う母の、真の愛情に満ち溢れていた


〜〜〜

気がつくと先程まで戦っていた場所ではなく、どこかのベットで寝かされていた
意識が戻るにつれて、俺はヴェラさんを探し始める

起き上がり、横を見ると…寝かされているヴェラさんがいた


「大丈夫、眠ってるだけです」


声の主のほうへ振り向くと一人の女性がたっていた

「貴女は?」

「私はエリザヴェート=エルキナ…イザヴェラの母です」

「貴女がヴェラさんの…それにエリザヴェートって」

エリザヴェート=エルキナ―――
教団の関係者なら大抵のものが知っているだろう

かつて、ある勇者と冒険をし、魔物であるが故にその勇者と仲違いした伝説の賢者

彼女を語る上でもう一人の名を上げねばならない
ミヒャエル=クレセッント
彼女と共に勇者として旅をし、そして仲違いした後教団の革命変革を目指した第一人者であり―――
俺が唯一勝てなかった、俺を助けてくれた―――俺の恩師
俺に居場所を与えてくれた、張本人

その人が唯一、その生涯で愛し、自分の過ちに気付けた理由の人が、今目の前にいた

「魔物の母…」

かつて呼ばれていたその呼び名で、彼女を呼ぶ

「そう呼ばれるのも久しぶりですね…でも、もう古い話です」

言い終わるとどこか遠くを見る彼女

「かつて大賢者とか、魔物の母とか…色んな名前で呼ばれました」

その儚げな表情は、愛する人に先立たれた事からくるのだろうか?

「娘を守ってくれて、本当にありがとうございます…」

「い、いえ…俺も無我夢中だったから…」

そう言って、俺はなにかこそばゆさのようなむず痒さのようなものを感じる

「ふふっ…若い頃のミヒャエルみたいね、貴方」

そう言いながら微笑む彼女は、ヴェラさんの笑顔に負けないくらい魅力的だった

・・・

「ヴェラさん・・・なんで魔術を使わなかったんだ」

俺は素朴な疑問を口にする
彼女が教団の奴らに魔術を使えば、戦いはあっけなく終わっていただろう

「以前もこんなことがありましたが…この子は人を傷つけるのが大嫌いなんです」

その事を喜びたい反面、困った反面なのだろう
複雑な表情をしている

「たとえ悪人であっても、誰かが傷つくのが嫌で仕方ない。優しすぎるんです、この子は」

わかっていた…
この人は人一倍優しくて、ロマンチストで、でもかなり不器用で―――
でも、俺はそんなところが…

「うぅん…?」

ふと、彼女のが目がゆっくり開かれ…

「ヴェラさん!!」

「イザヴェラ!」

「エスさん…それにお母様…」

横になりながら、状況を把握したようで

「ご心配を…おかけしましたね」

自分の傷も痛むだろうに、そんな言葉を俺にかけてくれる

「ヴェラさん…よかった…本当に…」

彼女を抱き寄せる
強く、強く抱きしめる

この人と、もう離れたくない―――

「何があっても君を守る!この孤児院も!だから…俺を、一人にしないで…」

俺は子供のように泣きじゃくり、支離滅裂な事を言う
彼女を守りたい気持ち、一人になりたくない気持ち―――

そして、彼女と歩みたい気持ち

全てがゴチャ混ぜになり、どうしようもない状態だ

「…エスさんは、一人じゃありませんよ」

そう言いながら、優しく俺を抱きしめてくれた

・・・


「エス兄ちゃんこっちだよ!」
「それが最後の荷物だから!」

子供たちが俺に声をかけてくれる

「わかった!お前らもサンキューな!」

あれから数か月後、孤児院は以前あったところからかなり離れたところにまた建てられた
あれから俺もヴェラさんの手伝いなどのしながら孤児院で暮らしている

今日は孤児院の引越しが完了する日だ

「お世話になりました」

「いえ、当然のことをしたまでです」

今話していたのは、以前孤児院にいたらしいシスターだ
彼女がいる街の外れの方で、新しい孤児院が出来たが、出来るまで彼女が今勤めている教会でお世話になっていた

…まさか彼女が魔物になってるとは

「あの…」

と、後ろから声を掛けられた

「なにかあったら直ぐに言ってください。僕も…家族ですから。『エス義兄さん』」

「ありがとう…」

そう言ってシスターの恋人の義理の弟は歩いて行く
これから仕事と言っていたから、そこに向かうのだろう

「そうだ!記念になるものを残しましょう!」

そのシスターがそう言いながら、水晶を取り出す

「近くのサバトで売ってる、映像を残すことの出来る水晶です!みんな家の前に集まって!」

そう言うと、みんなが集まって並び始める
ふと、横にいるヴェラさんの顔を見ると、無言のまま微笑みを返され、俺もニッっと笑顔を返す


そうして俺の人生は新しいスタートを切った
12/02/17 00:26更新 / ネームレス

■作者メッセージ
どうも、ネームレスです


さて…今回の作品ですが…

最初に書いたとおりshhs様から原案を頂き書かせて頂きました!
ありがとうございます!

shhs様のエキドナ作品は可愛らしくてニヤニヤ出来るので、一度お読み頂ければと思います

さて…以前の作品『私が愛したたった一つの事』の後日談

前作の主人公の娘であるイザヴェラのお話でした

今回、この話を書かせて頂き、私自身も昔の作品を思い出しながら書けて、なんだか感慨深く感じたと言うか…
なんかしんみりしてしまいました

さて…今回のお話はこの辺にして…


それでは最後に、ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

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