「…ここが、貴女の部屋よ」

黒勇者に連れられて来た部屋は、捕虜に与えるにはいささか豪華すぎる部屋だった

「貴女の生活に必要な物を置いておいたから」

そう言って、黒勇者は私を悲しそうに見る

―――なぜ、そんな風に、敵を悲しむのか？

私には理解できなかった

・・・

No.93が私達三人を倒してから、私達はそれぞれ教団の術を一部解かれた

一部でも解ける事は無いと思っていたが、黒勇者や魔物達は全て解きたかったらしく、悲しそうにしていたのが印象的だった

解かれた後、No.96は死に場所を探すと、どこかへ
No.11はその後も反抗しようとして、デュラハンに連れて行かれた

私は、特に抵抗もせず、ただ淡々と…そう、いつも通り指示に従うだけだった

私には、自我なんて―――必要ないんだから


・・・

―――それは幼い日の記憶だった

両親に恵まれ、友に恵まれ…幸せだったのだろう
だが、その幸せは不意に壊された

親魔物領の一部の過激派が、私の街を攻めてきたのだ

結果として、街は半壊
騎士だった父は、殺され―――母は慰み者にされた

私は、魔物自体を憎んではいなかった

が、魔物が原因での戦争だから―――
魔物が存在するから―――

それが、私が剣を手にした、動機だった

〜〜〜

「…彼女、どう？」

「相変わらず、ですね…」

リートと話をお茶をしながら、連れてきたNo.12と呼ばれた白勇者の事を考えていた

「彼女…心を開いてくれたら良いのだけれど…」

「…時間が掛かると思います。彼女が施された術…あんな物を使われて自我があっただけでも奇跡です」

彼女が施された術式―――瞬間再生能力と、それによる痛覚遮断
更には―――

「痛みを伴わなくなる代わりに、感情をすり減らす術なんて…」

「少なくとも、教団でも使用を禁じている禁術です」

そう、白勇者達は皆、表立っては使用を禁じている禁術を施されている

以前助けたアッシュ＝ガルダートも
先日協力を約束してくれたアクアス＝リヴァイエールも

今回、キュー君に言われて連れてこれた3人も―――

みんな、禁術とそれを増幅したり、コントロールできなくなる術との併用をされていた

恐らく、キュー君も…

「彼女の事もそうですが…リリス様、そろそろ本格的に白勇者を助ける算段を立てる時かと…」

その言葉に、私は頷きながら、キュー君の事を思う

―――そして、彼女の幸せの事も

〜〜〜

誰にだって、気の迷いはある―――
そんな事を、私は思い出した

なんとなく、外に出て歩いてみたいと感じてしまった私は、そのまま外に出た

そもそも、私は捕虜なのだ
そんな分際が外出できるわけが無い

そう思っていたら―――

「外にでる？…とても良いことだと思うわ！いってらっしゃい！」

そう、嬉しそうに―――それこそ、自分の事のように嬉しそうに―――魅力的な笑顔で私の外出を認めた黒勇者
正直、彼女はバカではないのか？

私が脱走すると思ってないのだろうか？

…する気が起きなくなったのは、事実だが

それでも、なんであそこまで人間を信じられるのか、私には理解できなかった

・・・

外を歩いていると、ふと、人を見かけた

歩いていたら人を見かけるのは当然だが、その男はなぜか印象に深く残った

「う〜ん…」

木の陰で、何かうめき声を上げながら紙を懸命に見ている

「どうかしたのか？」

「うっひゃぁぁぁ！」

彼が苦しいだろうと思い、つい声を掛けてしまったが、それが彼を驚かせてしまったようだ

「すまない、驚かせて…」

「あ、いえ…その…こ、こっちもすみません」

しどろもどろになりながら、彼は私に謝罪する

「…貴方が私になにかしただろうか？」

「え？いや…その…」

「少なくとも、害を出したのは私なのだから、貴方が謝罪する必要はない」

そう言って、彼の隣に座る

「…何をしていたんだ？」

「その…詩を考えてまして…」

そう言いながら、彼は話してくれる

―――その男、名をフィジルと言うらしい
フィジルは自分の詩を考えながら、世界を見て歩くことを夢見ているらしい

が、最近この街に来てから、奇妙なことが起こったそうだ

「詩が書けない？」

「えぇ…今までは自然に出てきてたのに、今じゃあ全く…」

そう言いながら、彼は白紙に目をやる

「今までのどの街よりも安心できて、幸せな街なのに…何も浮かばないんです」

彼はため息を盛大につきながら、頭を抱え項垂れる

「一体、なんで…」

その男を見ていて、私は不謹慎ながら思ってしまった

―――うらやましい

そうやって、感情を育み、人を感動させることが出来るのが、たまらなくうらやましかった

それと同時に浮かぶのが…

「なら、私が手伝おう」

この男が幸せそうに、詩を書くところだった

「え？でも初対面の方にそんな…」

「私も来たばかりのようなものだから、よかったら街を案内してくれ」

そう言いながら、私は立ち上がり、彼に手を向ける

「私は…No.12だ」

自分の番号を言った瞬間、私は胸がちくりと痛んだ
なんなのか解らないこの痛みは、一体…？

「ば、番号？…名前ｈ「無い。私には必要ない」

言うたび、胸が痛んだ
今まで感じたことがない痛み…これは？

「う〜ん…」

「良いから行くぞ」

釈然としない彼を引っ張り、私は街の方を案内してもらうことにした

・・・

彼に街を案内してもらいながら、色々な物を見ていく

私にはそれがとても新鮮で―――

「これは？」

「これはこうやって食べるんだよ」

でも―――

「ここの景色、綺麗だろ？」

「そう…だな」

同時に、自分が如何に場違いな人間かも―――

「どうしたの？」

「いや、なんでもない」

痛感させられた

・・・

「…少し、休もうか」

「…そうだな」

彼と一緒に色んな物を見て回り、いろんな物を知った

だが、私に残った感情は―――虚しさと悲しさだった

私には縁遠い、明るい世界
そして、そんな世界を破壊しようとする自分自身

―――私は、生きていて良いのだろうか？
戦うためにしか生きていない私に、意味などあるのだろうか？

そんな事しか、残らなかった

「あのぉ…」

と、横からフィジルが心配そうに声を掛けてきた

「なにか、辛い事でもありましたか？」

「…別に、たいした事じゃない」

「でも―――」

苦しそうですよ？

その言葉が、私に突き刺さる

私が、苦しい？

そんな訳がない
私が苦しむはずがない

私は心なんていらない
苦しんじゃいけない

私は―――

「…僕なんかでよかったら」

彼は、真剣な眼で―――
やさしい眼で―――

「僕なんかでよかったら、貴女の話、聞かせてください」

「…すまない」

しかし私は、話せなかった

なぜ？たかだか兵器一体の過去だろ？
なぜ、話せない？

「…わかりました」

悲しそうに、とぼとぼと歩いていってしまう彼を見て、私は咄嗟に行ってしまった

「…明日も頼む」

瞬間、彼は私のほうを不思議そうに見る

「明日も…同じ場所にいくから」

「…ほ、本当ですか！？」

彼は悲しそうにしていたのが嘘みたいに、明るい顔になる
その顔を見て、私は―――

「あ、明日に支障が出るとまずいから帰る。同じ時間にいてくれ」

恥ずかしくなり、早口に言いながら用意された部屋に帰る

…顔が熱い
なぜ、こんな風に…？

混乱している私には、とにかく部屋に逃げ帰るようにするしか、出来なかった

・・・

翌日、同じように待ち合わせ場所に向かうと、フィジルがまた頭を悩ませていた

「…まだ、書けないのか？」

「うっひゃぁぁぁ！…って、貴女ですか」

同じような反応に、私はクスリと笑いながら彼に言う

「今度はどこを案内してくれるんだ？」

「あ…こ、今度は公園とか！自然があるとことかどうでしょうか！？」

彼が顔を赤くしながら、私に言う

「？顔が赤いぞ、熱があるのか？」

そう言いながら彼のおでこに、自分のおでこをつけて見る

「あ、あああああの！？」

「…平熱みたいだが、心配だな。様子をみｔ「だ、大丈夫です！大丈夫ですから行きましょう！！」

そう言いながら、私の手を掴んで歩き始める彼

そのちょっとした事が―――
ちょっとした事の筈なのに―――

堪らなく、嬉しい

〜〜〜

「最近、彼女笑うようになっていたわね」

リートとお茶をしながら、私は言う

「No.12ですか？…確かに、笑うようになりましたね…」

「しかも頻繁に外に出て、誰かと会ってるみたい。…よかった」

「まるで自分のことのように喜ばれますね」

リートの言うとおり、自分のことのように嬉しい
彼女にも、本当に幸せになってもらいたい

「ですが、私は不安です。いつ彼女がまた同じ状態になるか…」

「ならないと思うわ。私は」

不思議そうにする彼女を尻目に、私は思い出す

―――彼女の魂の色が、悲しみから喜びに変わっているのを

〜〜〜

フィジルと会ってから、1週間が経過した

彼と会う度、私の胸の中で、何かもやもやが膨れていくのを感じている

しかし、同時に…

彼に会わないことを考えると、胸が痛み、とても辛くなる
この感情は一体、なんなんだろう？

わからない

わからないが、この感情が心地よくもあり、辛くもあることを、私は理解し始めていた

「調子はどうかしら？」

「…黒勇者」

「リ・リ・ス、よ」

そう言いながら、黒勇者が私の前に突如姿を現す

「で、最近嬉しそうだけど…なにかあったの？」

「報告義務はなかったはずだが？」

黒勇者には警戒しないといけない
フィジルのこととか、知られたく…
そこで、疑問が沸いた

なぜ、フィジルのことを知られたくないんだ？
―――取られたくないから

心から浮かんだ答えに、私は疑問が再び沸く

取られたくない？どういうことだ？
一体私は―――

「…ーい、どうしたの？」

「！？な、なんでもない！」

気がついたら、黒勇者に顔を覗き込まれていた

―――そこまで考えに没頭するなんて、今までなかったのに

「ふーん…もしかして、最近会ってる人のことを思ってた？」

「なっ！？な、なんでフィジルがでてく―――」

そこで、言葉がとまる
私は、何を口走っているんだ？

「フィジル…男の人？どんな人なの？」

興味心身に聞いてくる黒勇者に、私はたじたじにされていた

・・・

「旅の詩人、ね…」

結局、嬉しそうにしながら聞いてくる黒勇者に私は負け、洗いざらい喋らされてしまった

「毎日、その人と会ってたの？」

私は小さく頷く
顔が熱く、とてもじゃないが不思議な位、心臓が動き回っているのを感じる

そんな私をみて、黒勇者は不思議な事に、嬉しそうに微笑みながら私に言った

「貴女にも、そうやって笑ったりできる人が出来たのね」

私が、笑っている？

ーーー聞いた瞬間、私は背筋が凍るような感触を感じた

「どうしたの？」

黒勇者がなにか聞こうとしているが、私はーーー

「きゃっ！？」

彼女を突き飛ばし、そのまま走った

・・・

ーーーどこまで走っただろうか

気がつけば、見たこともない景色の中にいた

そこは丘か何かだろうか、街が一望出来、夕焼けが綺麗だ

ーーー綺麗？
ーーーなにを感じているんだ私は…

私には、感情や感性なんていらなかったはずだ

いや、『私自身』だって必要ない

私は、ただの兵器
ただの…殺戮兵器だ

そんな私に、感情なんていらないはずだ

私はーーー

「いた！みつけましたよ！」

後ろから声がした
その声は、どんな誰よりも、どんな音よりもーーー

私を、私で無くす

「フィジル…」

「こういう時、やっぱり不便ですよ。…名前がないと」

息を切らしながら、私を見てくれる彼が、堪らなく怖かった

・・・

私達は、無言でいる
無言で、互いの距離を保つ

「…今日、なんで来なかったんですか？」

沈黙を破ったのは、彼だった

「…私が、私でなくなるから」

「え？」

不思議そうにする彼に、私は告げる

今まで、告げなかった真実を

「私は、教団の勇者の一人だ」

彼は、困惑している
が、構わず続ける

「勇者と言っても、本当の勇者ではない。…勇者並に戦えるように調整した紛い物だ」

目を瞑り、私は続ける

「親魔物領の連中に故郷を奪われ、教団に引き取られた私は、当時実験段階の魔術の試作品にされた」

「それって…人体実験…」

彼の言葉に、私は頷く


「痛みにより戦えなくなる可能性を秘めていた私は、とにかくなにも感じない様に訓練してきた。
感情を無くし、只管相手を殺す為だけの、殺戮兵器にならなければならなかった」

一区切りし、私は告げる

「フィジルが、羨ましかった。同時に、貴方といる事で感情が芽生えるのが、怖くなった」

我ながら、最低な言い分だと思う
しかし、言わなければならない

「兵器如きが、感情なんて持ってはいけない。…貴方の詩も、完成してもみたくない」

彼にいう度、胸が避けそうになる

「自分勝手だが…私はきみと「僕は！」

私の言葉を遮り、彼は言う

「僕は、貴女が笑ってくれるのが大好きです！貴女の優しい顔が大好きです！貴女が…貴女が『心』を持ってくれるのが大好きです！！」

顔を赤くしながら、私に言う

「だからそんな悲しい事言わないでください！貴女が…貴女が心から感動できる詩を書きます！だから！」

泣きながら、恥ずかしげも無く、私に―――

「それに！感情が無いなら…なんでそんなに辛そうにしたり、泣きそうになるんですか！？」

言われて、初めて気付いた
頬を濡らす、この液体は…紛れも無く涙

私が、流してはいけない液体

「貴女が昔どんな事をしたって、僕は構いません！！『これから』を、貴女と作りたいんだ！！」

その言葉に、私は―――膝から崩れ、涙を止められなかった

そんな私を、包んでくれるあたたかさ
フィジルが…彼が…愛しの彼が、私を抱きしめてくれる

「もし償う罪があるなら、一緒に償います。もし貴女が処刑されるなら、僕も一緒に逝きます。だから、そんな一人で抱え込まないでください…」

私は…私は―――

・・・

「どこに行っていたの！？怪我とかしてない！？」

フィジルと用意された部屋に向かう途中、黒勇者にあった

彼女は泣きながら私に抱きつき、私に質問をしてくる

「私は怪我をしても瞬時に回復する。そんな心配は必要ない」

そう言いながら、彼女を抱きしめ返す

「いきなり出て行ったのはすまなかった。…頼みがある」

そういうと、彼女は初めてフィジルに気付いたのか、私と交互に見て声高らかに言う

「式の準備ね！わかっｔ「違うから落ち着け」

横で顔を赤くする彼を見て、私は顔が熱くなるのを感じていた

「そう…。なら〜…あの話？」

「内容は任せる。…お前なら、任せれるから」

そう言って、フィジルに部屋に居てもらうように頼み、黒勇者と二人になる

「…良いの？魔物になっても」

「…新しい出発に必要だと思うから」

黒勇者が言っていた『あの話』

それは魔物になると言う話だ
人間の術式の影響を、魔物化したら多少は緩和できるかもしれない―――

可能性はゼロではないが、確証もない、ある意味危険な賭けだ

が、他の白勇者も通るだろう道なら―――

「私でデータをとって、他に生かしてくれ。頼む」

「…わかったわ。貴女の魅力を最大限に引き出せる種族にするわね」


…待っていて、フィジル

・・・

彼女―――名前がないのが本当に不便だ―――の部屋で待っている間、僕は彼女を思い出す

紅混じりの、綺麗な髪―――
鋭く、それで居てまわりを気に掛ける優しい眼差し―――

そして、時たま見せるあの微笑み―――

それを思い浮かべながら、僕は彼女の帰りを待つ

待ちながらふと感じた、懐かしい感触

―――今なら、書ける

そう、今なら詩を書ける
そして、僕が気がついた

―――そうか、だから書けなかったんだ

その事も含め、僕は作品を書き始める

一心不乱に、彼女に捧げる為に！

「…い」

僕は只管に書くんだ！彼女に届けるために―――

「おい！！」

「うっひゃぁぁぁ！」

突然肩を掴まれ、気がついたら押し倒されていた

「何回も呼んだのに…フィジル！！」

「ごめん！でも君のおかげでまた書ける様になったから、嬉しくて…その…」

そう言いながら、彼女の身体が変化しているのに気がついた

紅交じりの髪はそのままに、しかし肌の色が健康的になり、角が…

「もしかして、アマゾネスに？」

その姿は、アマゾネスに良く似た姿だった

「らしい、な…魔物は、嫌いか？」

不安そうに、怖がった眼を向ける彼女

「そんな事ないよ…マリア」

「マ、リア…？」

僕は、彼女に送ろうと思った贈り物を、自然に、しかしタイミングを間違えて送ってしまった

「あ、その…君の名前、だったんだけど…嫌だった？」

その瞬間、彼女は涙を零しながら、僕に言う

「マリア…私の名前…」

ぽろぽろこぼれるその涙を拭おうとするが、彼女に防がれる

「ありがとう…フィジル」

そう言いながら、僕に身体を預ける彼女が、堪らなく嬉しかった

〜〜〜


赤い髪をなびかせ、一人佇む彼女

辛さも、苦しさも

すべて抱えながらも戦う彼女

されど傷ついた優しい乙女は

聖なる乙女の名を受けて

優しく、美しく生まれ変わる


〜〜〜

「…その後はどうなったんですか、リリス」

休日、ホープとお茶をしながら、白勇者たちの近況を話していた時だった

No.12―――いや、マリアの事を話しながら、午後を楽しんでいた

「それはね…今でも、幸せに暮してるのが答えじゃないかしら？」

「確かに」

笑いながら、微笑みながら、ホープは言う

「他の白勇者達が幸せになれるなら、僕は満足です」

その言葉に、少しムッときてしまった

「…ホープも幸せじゃなきゃ、やだ」

そうむくれている私に微笑みかけながら、彼は言う

「貴女が幸せなら、無条件で僕は幸せですから…リリスは不幸？」

「…それ、ずるい」

そんな私達を、遠目に見て歩き始める二人に気付いた

紅い髪の、素敵なアマゾネスが、夫と幸せそうに寄り添ってるのを、私は嬉しく思いながら見送ったのだった

■作者メッセージ
どうも…ネームレスです

さてさて、No.１２ことマリアさんの番外編です！

こんな感じで、番外編を今後も書いていこうと思います

次回は…


『EX〜小さな少女の確かな願い〜』

お楽しみに！


それでは、今回もここまで読んで頂きありがとうございました！