EX〜海より来たかつての勇者〜
「せめて…お前と、キューは幸せになってほしい、な…」
俺はこの言葉と共に、下へ落ちていく
最後の最後で、良い事をした「つもり」で居たかったから
俺によって傷つけられたあのガキも、絶望に満ちた顔をしている
―――よかったな、これ以上は不幸にならねーぞ
俺の死なんかを悼もうとするだろう彼女をみていて、俺は自分自身の、過去を思い出し始めた
・・・
俺がいた村は、小さな魚村だったと思う
思うっていうのは、ガキの頃には大きく感じたからだろう
10歳のガキには、丁度良い大きさだったとは思う
「アクアス!!帰ったぞ!!」
「お帰り!とおちゃん!」
俺がまだ7つの時には、まだ親父がいた
親父は村一番の漁師で、誰にも負けないくらいでかい魚をとってた
―――もっとも、この2ヵ月後には魔物に連れ去られてしまい、どこにいるのかもわからないが
「アクアス、しっかり勉強したか?」
ふと、場面が切り替わり、兄貴の姿が出てきた
親父に似ず、華奢な見た目だが、漁をする時の兄貴は、親父以上に男前にみえたっけ…
「にいちゃん…これ訳わかんねーよ」
「これ、前に教えた計算の応用だぞ?…まぁいい。教えてやるよ」
親父が居なくなってから、母さんも働き始めて、兄貴が俺の面倒を見てくれていた
「いいか、アクアス」
「なんだよ兄ちゃん?」
兄貴はもしかしたら、この時には気付いていたのかもしれない
―――自分が、魔物に連れ去られるのを
「もし兄ちゃんが居なくなっても、母さんを困らせるなよ?」
「…いなくなんなよ」
「簡単にはなる積もりはないが、な」
そういって頭を撫でてくれた兄貴も、魔物に…
「あ、後一つだけ約束してくれ。―――」
兄貴、聞き取れないよ?
兄貴…
・・・
ふと目が覚めると、俺は池に浮いてるようにしていた
―――WaterCreat(ウォータークリエイト)
俺が教団に連れてかれたとき、無理矢理体に植え付けられた、魔術式
周りの水分を自在に操作し、形作ることができる、一見便利すぎるくらい便利な魔術だ
が、その代償から禁術指定をくらった曰く付きの魔術でもある
水は、水温が上がると蒸気になる
蒸気を形作るには、また別の魔術が必要になるらしい
が、水温が上がれば、自然と蒸気も増える
―――なら、常に冷水の状態を保てたら?
代償、それは術者の体温を使い続ける度に下げ続けることだった
実験の中、自分の体温を維持できず死んでいった仲間達を見ていった
その度、教団の関係者達は口をそろえて俺たちにこういったんだ
『全ては魔物が存在することから始まる悲劇だ。お前達がこの術を使えないと、お前らの明日はそこに転がっているぞ』
『お前らがその魔術を使えないと、もっと沢山の人間が不幸になるんだぞ』
『全ては、神の為に』
水に浮かびながら、今ならはっきりと思える
―――なら、その神様は俺たちをなんで見捨てんだよ?
・・・
「アクアス」
また、昔を思い出す
「母さん、寝てろよ。…俺が準備すっからさ」
働き詰めで倒れた母親の代わりに、俺は漁の準備をする
日に日にやつれていく母親を見て、俺は魔物への憎しみをたぎらせていた
―――あいつらさえ居なければ、母さんは苦しまないのに…
そう感じてる中、外が騒がしくなっていった
―――あぁ、あの日だったか
気になり、外に出てみたが…
それがいけない事だったと、今でもはっきりと感じる
―――海の魔物を、村人を虐殺していく教団騎士たち
そう、この村が、『浄化』対象になっていたのをしった瞬間だった
確かに、この街は主神ではなく、海の神―――ポセイドンではなく、海龍神信仰だったか―――を信仰していたが、魔物と共存などはしていたわけではなかった
にも関わらず、正義の使者の教団騎士が、なんでこんな事をしているか、当時はわからなかった
「子供は?」
「30名は生きています」
「全員連れて行け。『孤児院』にな」
―――後でわかったが、この襲撃事件は、魔物による物になっていた
―――実際、魔物の被害を受けて、壊滅寸前だったのは事実だが
―――それでも、俺たちは…
ただの、悲劇の、宣伝物だった
・・・
水から温度を貰い、少しは体が温まったようなので、俺は這い出るようにして、その池から出る
体中ずぶぬれで、体もふらふらだが、動けないほどではないので、なんとか火をたける物がないか探してみる
―――ガサッ
近くで聞こえたのは、誰かの足音
俺は警戒して、水から剣を作り―――
「おにいちゃん!!」
「げふらっ!」
出てきた、小さなサキュバスに飛びつかれ、そのまま倒れこんだ
・・・
「…お前、ヴァカだろ?」
目の前のサキュバスに、俺は容赦なく罵声を浴びせる
「俺が心配だったから捜索隊に内緒でついてきたぁ?後先考えなさ過ぎだろ」
「だ、だって…」
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ?見殺しにしろよな、ったく…」
「それは絶対にやだ!」
―――私がおにいちゃんを助ける
それがこのサキュバスの言い分で、その為に命を懸けて来たのだから、このサキュバスは本当に強いのだろう
だが、だからこそ俺は思う
―――俺なんかの為に、命懸けんなよ
本人にも言ったが、俺はこいつを殺そうとした張本人でもある
こいつに情けをかけて貰えるほど、こいつになんかしたつもりは無い
が、その事を言っても助けたい、待ちたくないの一点張りだった
「おにいちゃん、寒くないの?」
「…なれてっから心配すんな」
服がぬれて体が冷えるが、この位ならいつもの事なので気にしない
が、彼女からしたら無理をしていると思い込んでいたので、頭を撫でてやり、安心させる
「…むぅ」
が、なぜかお気に召さないようだ
「私、もうレディーなのに…」
「ガキがませんな」
「もう12歳だもん!!」
「12はまだまだガキだよ…」
こんな口ゲンカを誰かとするとは、さっきまでの俺は思ってなかっただろう…
―――教団のモルモットとして生涯を終え
―――結局母さんの仇も討てず
―――誰とも関わらず、ただただ朽ちていくんだろう
そんな思いが、こいつといたら流されていくのがわかった
「…えい!」
掛け声をかけながら、なぜか俺に飛びついてきた
「おい、ぬれんぞおまえ」
「いいもん〜。お兄ちゃんもぬれてるから」
「おまえなぁ…」
「…マリー」
小さく、しかしはっきりと彼女の口から、その単語は出てきた
「私、マリー」
「俺は…」
そいつの真剣な眼差しに当てられ、俺も名前を答えようとしていたが…
「見つけましたぞ、『No.17』」
―――教団の騎士どもが、俺たちを発見した
・・・
「さぁ、その魔物から離れるのです!」
マリーが抱きついているのを、どうやら俺が襲われていると思っているらしい
「その汚らわしい物を殺してしまうのです」
「魔物は悪なのです!」
そんな言葉で騒ぎ立てる
マリーはそんな声を聞いて顔を青ざめている
「そんな事を、させると思うか?」
と別の方向から今度は女の声が聞こえてきた
「黒勇者が側近、リート=ヴォルテェーガー」
剣を抜き、お互い一触即発の状態だろう
リートとか言う魔物―――騎士っぽいが、恐らくデュラハンだろう―――が率いる捜索隊とやらも、相当の使い手が居るようだ
教団騎士も、それなりに実力ある者達がいるのだろう
ぴりぴりした、嫌な空気が漂う
「なんで、ケンカするの!?」
俺から離れて、間に入っていくマリー
「デュラハンのお姉さんも、おじさんも!なんでケンカしようとするの!?」
「魔物無勢が…!」
そう言って、マリーに剣を振り下ろそうとした瞬間―――
―――兄貴の、最後の言葉を思い出した
〜〜〜〜〜〜
『いいか、アクアス。女の子には優しくしてやれよ?』
なんでだよ?
『男ってのは、女の子を守ってやんなきゃなんない。その代わり、女の子も男の心を守ってくれるんだ』
よくわかんねー
『ハハハ。いつかお前にも、好きな人が出来たらわかるよ。後な―――』
〜〜〜〜〜〜
「なにをなさるのです!?」
マリーを切ろうとした剣は、空中で止まっているかに見える
が、それは俺が水から盾を作り出したからに過ぎない
「いつだったかよ…俺の兄貴がいったんだよ」
「『魔物だからとか、くだらねー事言って女の子泣かすなよ』って」
俺は独白のように続ける
魔物側も臨戦態勢をとっている
「ですが!貴方は白勇者なのですよ!?」
「その前に、俺は…」
一呼吸してから、俺は高らかにいってやる
「俺は!アクアス=リヴァイエールだ!」
瞬間、後ろの池の水をすべて使い、俺はもう一つ言う
「後な…『ケンカしてるバカ共は、喧嘩両成敗』。兄貴が俺に教えてくれたことだ」
水が、俺が描く『最強』を形作る
「Creatofsummon!(クリエイトオブサモン)」
池の水は三つに分かれ、そのまま三つの形を作り出す
「我、汝と契約する者なり」
俺は続ける
「汝に願うは、大切な物の笑顔を守る力」
俺の答えを
「汝に捧げるは―――」
マリーに、こいつらに見せ付ける為に!
「我が命!我が命を糧に、あいつの…マリーの笑顔だけは守ってくれ!!」
「summon THE "Leviathan Dragon(リバイスドラゴン)"」
分かれたそれらが一つになり、一匹の海龍が、姿を現し―――
咆哮をあげた
・・・
「し、正気ですか!?」
教団騎士が、俺に言う
「それだけ精巧な物を作られたら、本当に死んでしまいますよ!」
俺は無視して、こいつらに作り出した海龍を向ける
「貴様は、本気で死ぬ気なのか!?」
リートってやつも聞いてくるが、知らん
「手前らに言っただろ?…喧嘩両成敗だ」
「な、何が貴方をそこまで動かすのですか!?」
教団騎士は、うろたえながら俺に聞いてくる
「…マリーは」
俺は、言わなきゃいけない
「マリーは、俺の事を温めてくれた」
涙を浮べながら、俺を見るマリー
「たかだか12のガキが、命掛けて俺なんかを助けに来て、温めてくれたんだ…」
「たとえ落ちぶれたっていい…落ちぶれようが、なんだろうが!」
「マリーの笑顔の為になら!俺は命くらい懸けたって良いんだよ!!」
「いやだよ!お兄ちゃん!!」
が、俺の行動を否定するのは―――
「お兄ちゃんが居ないのなんて、絶対やだ!!」
マリーだった
「…なんで、だよ?」
「おにいちゃんといたいんだもん!!」
走ってきて、俺に抱こうとするが
「やめろ…」
俺は制止させる
「今の俺の体に触ったら、凍傷起こすぜ?…嫁入り前の大事な体に傷ついちまったら…いい男に逃げられちまうぜ?」
「…もん」
聞き取れなかったが、何を言ったのか、俺は理解した
「いいもん」
ゆっくりだが、俺に近づくマリー
「お兄ちゃんがいてくれるんなら、私いいもん」
そして―――
「なんで、俺なんだよ…」
俺を、抱き締めてくれた
その小さな体で、震えながら、寒さや痛みに負けず―――
俺を、温めてくれている
「よくわかんないけどね…お兄ちゃんが良いの」
その小さな体をいっぱいに使い、俺にぬくもりをくれる
「だから、命を代償になんてしないで…」
―――いつのまにか、この場の争いは消えていた
〜〜〜
「我々は…間違っているのかもしれない」
―――争いが終わった後、教団騎士の騎士団長が、不意に零す
「魔物は悪だと、一方的に決め付け、迫害し―――傷つける」
「まるで、我々のほうが魔物ですね」
「そうだな…」
彼らの任務は失敗に終わった
だが、後悔をした顔をしてはいない
「だからこそ…彼女らと秘密裏に同盟を組んだのですね?」
部下が団長に聞く
「そうだ。…もしかしたら、今のままでは、我々は本当の魔物になってしまうかもしれん」
「しかし、よかったのでしょうか?」
「…白勇者は見つからなかった。これでいいんだ」
団長は、吹っ切れた表情で、彼らに言う
「不幸のどん底にいた若人がひとり救われた。これの何が問題だ?」
この言葉を否定する物は…誰も居なかった
〜〜〜
―――目が覚めたら、毛布で簀巻きみたいにされて、マリーの顔が直ぐ近くにあった
「おにいちゃん…よかったぁ…」
安堵したその顔には、満面の笑みが―――
まるで一輪の花を思わせるその笑顔に、俺は心奪われかける
「気がついたか」
横から聞こえてきたのは、リートとか言うデュラハンの声だった
「…そこまで不快そうにしないでくれ。流石に傷つく…」
「…そんな顔してたのか」
「していたよ」
全く、と言いながら苦笑をするリート
「先程は感謝する。お陰で双方無駄な被害を出さずにすんだ」
「…礼なら、マリーに言え。俺は何もしてねーよ」
俺はそう言いながら起きようとするが―――
「体が著しく弱っている。起きないほうがいいぞ」
と、先に言われてしまった
「そのままでいいから、話を聞いてほしい」
…リートによると、先程の教団騎士たちと同盟を組んだのだそうだ
内容は、情報の共有
それと、俺の身の安全の保障だとか
「彼らは、君の事を心から助けたいと思っていたみたいだ」
「…そうかい」
俺は、なんとなく気恥ずかしくて、そっぽを向いてしまった
「おにいちゃん、ダメだよ〜。きちんと聞かないと」
…マリーに怒られるとは
「君にも、お願いがある」
「なんだ?」
「私達に協力してほしい」
その申し出の答えは決まっていた
「俺は―――」
to be continued…
俺はこの言葉と共に、下へ落ちていく
最後の最後で、良い事をした「つもり」で居たかったから
俺によって傷つけられたあのガキも、絶望に満ちた顔をしている
―――よかったな、これ以上は不幸にならねーぞ
俺の死なんかを悼もうとするだろう彼女をみていて、俺は自分自身の、過去を思い出し始めた
・・・
俺がいた村は、小さな魚村だったと思う
思うっていうのは、ガキの頃には大きく感じたからだろう
10歳のガキには、丁度良い大きさだったとは思う
「アクアス!!帰ったぞ!!」
「お帰り!とおちゃん!」
俺がまだ7つの時には、まだ親父がいた
親父は村一番の漁師で、誰にも負けないくらいでかい魚をとってた
―――もっとも、この2ヵ月後には魔物に連れ去られてしまい、どこにいるのかもわからないが
「アクアス、しっかり勉強したか?」
ふと、場面が切り替わり、兄貴の姿が出てきた
親父に似ず、華奢な見た目だが、漁をする時の兄貴は、親父以上に男前にみえたっけ…
「にいちゃん…これ訳わかんねーよ」
「これ、前に教えた計算の応用だぞ?…まぁいい。教えてやるよ」
親父が居なくなってから、母さんも働き始めて、兄貴が俺の面倒を見てくれていた
「いいか、アクアス」
「なんだよ兄ちゃん?」
兄貴はもしかしたら、この時には気付いていたのかもしれない
―――自分が、魔物に連れ去られるのを
「もし兄ちゃんが居なくなっても、母さんを困らせるなよ?」
「…いなくなんなよ」
「簡単にはなる積もりはないが、な」
そういって頭を撫でてくれた兄貴も、魔物に…
「あ、後一つだけ約束してくれ。―――」
兄貴、聞き取れないよ?
兄貴…
・・・
ふと目が覚めると、俺は池に浮いてるようにしていた
―――WaterCreat(ウォータークリエイト)
俺が教団に連れてかれたとき、無理矢理体に植え付けられた、魔術式
周りの水分を自在に操作し、形作ることができる、一見便利すぎるくらい便利な魔術だ
が、その代償から禁術指定をくらった曰く付きの魔術でもある
水は、水温が上がると蒸気になる
蒸気を形作るには、また別の魔術が必要になるらしい
が、水温が上がれば、自然と蒸気も増える
―――なら、常に冷水の状態を保てたら?
代償、それは術者の体温を使い続ける度に下げ続けることだった
実験の中、自分の体温を維持できず死んでいった仲間達を見ていった
その度、教団の関係者達は口をそろえて俺たちにこういったんだ
『全ては魔物が存在することから始まる悲劇だ。お前達がこの術を使えないと、お前らの明日はそこに転がっているぞ』
『お前らがその魔術を使えないと、もっと沢山の人間が不幸になるんだぞ』
『全ては、神の為に』
水に浮かびながら、今ならはっきりと思える
―――なら、その神様は俺たちをなんで見捨てんだよ?
・・・
「アクアス」
また、昔を思い出す
「母さん、寝てろよ。…俺が準備すっからさ」
働き詰めで倒れた母親の代わりに、俺は漁の準備をする
日に日にやつれていく母親を見て、俺は魔物への憎しみをたぎらせていた
―――あいつらさえ居なければ、母さんは苦しまないのに…
そう感じてる中、外が騒がしくなっていった
―――あぁ、あの日だったか
気になり、外に出てみたが…
それがいけない事だったと、今でもはっきりと感じる
―――海の魔物を、村人を虐殺していく教団騎士たち
そう、この村が、『浄化』対象になっていたのをしった瞬間だった
確かに、この街は主神ではなく、海の神―――ポセイドンではなく、海龍神信仰だったか―――を信仰していたが、魔物と共存などはしていたわけではなかった
にも関わらず、正義の使者の教団騎士が、なんでこんな事をしているか、当時はわからなかった
「子供は?」
「30名は生きています」
「全員連れて行け。『孤児院』にな」
―――後でわかったが、この襲撃事件は、魔物による物になっていた
―――実際、魔物の被害を受けて、壊滅寸前だったのは事実だが
―――それでも、俺たちは…
ただの、悲劇の、宣伝物だった
・・・
水から温度を貰い、少しは体が温まったようなので、俺は這い出るようにして、その池から出る
体中ずぶぬれで、体もふらふらだが、動けないほどではないので、なんとか火をたける物がないか探してみる
―――ガサッ
近くで聞こえたのは、誰かの足音
俺は警戒して、水から剣を作り―――
「おにいちゃん!!」
「げふらっ!」
出てきた、小さなサキュバスに飛びつかれ、そのまま倒れこんだ
・・・
「…お前、ヴァカだろ?」
目の前のサキュバスに、俺は容赦なく罵声を浴びせる
「俺が心配だったから捜索隊に内緒でついてきたぁ?後先考えなさ過ぎだろ」
「だ、だって…」
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ?見殺しにしろよな、ったく…」
「それは絶対にやだ!」
―――私がおにいちゃんを助ける
それがこのサキュバスの言い分で、その為に命を懸けて来たのだから、このサキュバスは本当に強いのだろう
だが、だからこそ俺は思う
―――俺なんかの為に、命懸けんなよ
本人にも言ったが、俺はこいつを殺そうとした張本人でもある
こいつに情けをかけて貰えるほど、こいつになんかしたつもりは無い
が、その事を言っても助けたい、待ちたくないの一点張りだった
「おにいちゃん、寒くないの?」
「…なれてっから心配すんな」
服がぬれて体が冷えるが、この位ならいつもの事なので気にしない
が、彼女からしたら無理をしていると思い込んでいたので、頭を撫でてやり、安心させる
「…むぅ」
が、なぜかお気に召さないようだ
「私、もうレディーなのに…」
「ガキがませんな」
「もう12歳だもん!!」
「12はまだまだガキだよ…」
こんな口ゲンカを誰かとするとは、さっきまでの俺は思ってなかっただろう…
―――教団のモルモットとして生涯を終え
―――結局母さんの仇も討てず
―――誰とも関わらず、ただただ朽ちていくんだろう
そんな思いが、こいつといたら流されていくのがわかった
「…えい!」
掛け声をかけながら、なぜか俺に飛びついてきた
「おい、ぬれんぞおまえ」
「いいもん〜。お兄ちゃんもぬれてるから」
「おまえなぁ…」
「…マリー」
小さく、しかしはっきりと彼女の口から、その単語は出てきた
「私、マリー」
「俺は…」
そいつの真剣な眼差しに当てられ、俺も名前を答えようとしていたが…
「見つけましたぞ、『No.17』」
―――教団の騎士どもが、俺たちを発見した
・・・
「さぁ、その魔物から離れるのです!」
マリーが抱きついているのを、どうやら俺が襲われていると思っているらしい
「その汚らわしい物を殺してしまうのです」
「魔物は悪なのです!」
そんな言葉で騒ぎ立てる
マリーはそんな声を聞いて顔を青ざめている
「そんな事を、させると思うか?」
と別の方向から今度は女の声が聞こえてきた
「黒勇者が側近、リート=ヴォルテェーガー」
剣を抜き、お互い一触即発の状態だろう
リートとか言う魔物―――騎士っぽいが、恐らくデュラハンだろう―――が率いる捜索隊とやらも、相当の使い手が居るようだ
教団騎士も、それなりに実力ある者達がいるのだろう
ぴりぴりした、嫌な空気が漂う
「なんで、ケンカするの!?」
俺から離れて、間に入っていくマリー
「デュラハンのお姉さんも、おじさんも!なんでケンカしようとするの!?」
「魔物無勢が…!」
そう言って、マリーに剣を振り下ろそうとした瞬間―――
―――兄貴の、最後の言葉を思い出した
〜〜〜〜〜〜
『いいか、アクアス。女の子には優しくしてやれよ?』
なんでだよ?
『男ってのは、女の子を守ってやんなきゃなんない。その代わり、女の子も男の心を守ってくれるんだ』
よくわかんねー
『ハハハ。いつかお前にも、好きな人が出来たらわかるよ。後な―――』
〜〜〜〜〜〜
「なにをなさるのです!?」
マリーを切ろうとした剣は、空中で止まっているかに見える
が、それは俺が水から盾を作り出したからに過ぎない
「いつだったかよ…俺の兄貴がいったんだよ」
「『魔物だからとか、くだらねー事言って女の子泣かすなよ』って」
俺は独白のように続ける
魔物側も臨戦態勢をとっている
「ですが!貴方は白勇者なのですよ!?」
「その前に、俺は…」
一呼吸してから、俺は高らかにいってやる
「俺は!アクアス=リヴァイエールだ!」
瞬間、後ろの池の水をすべて使い、俺はもう一つ言う
「後な…『ケンカしてるバカ共は、喧嘩両成敗』。兄貴が俺に教えてくれたことだ」
水が、俺が描く『最強』を形作る
「Creatofsummon!(クリエイトオブサモン)」
池の水は三つに分かれ、そのまま三つの形を作り出す
「我、汝と契約する者なり」
俺は続ける
「汝に願うは、大切な物の笑顔を守る力」
俺の答えを
「汝に捧げるは―――」
マリーに、こいつらに見せ付ける為に!
「我が命!我が命を糧に、あいつの…マリーの笑顔だけは守ってくれ!!」
「summon THE "Leviathan Dragon(リバイスドラゴン)"」
分かれたそれらが一つになり、一匹の海龍が、姿を現し―――
咆哮をあげた
・・・
「し、正気ですか!?」
教団騎士が、俺に言う
「それだけ精巧な物を作られたら、本当に死んでしまいますよ!」
俺は無視して、こいつらに作り出した海龍を向ける
「貴様は、本気で死ぬ気なのか!?」
リートってやつも聞いてくるが、知らん
「手前らに言っただろ?…喧嘩両成敗だ」
「な、何が貴方をそこまで動かすのですか!?」
教団騎士は、うろたえながら俺に聞いてくる
「…マリーは」
俺は、言わなきゃいけない
「マリーは、俺の事を温めてくれた」
涙を浮べながら、俺を見るマリー
「たかだか12のガキが、命掛けて俺なんかを助けに来て、温めてくれたんだ…」
「たとえ落ちぶれたっていい…落ちぶれようが、なんだろうが!」
「マリーの笑顔の為になら!俺は命くらい懸けたって良いんだよ!!」
「いやだよ!お兄ちゃん!!」
が、俺の行動を否定するのは―――
「お兄ちゃんが居ないのなんて、絶対やだ!!」
マリーだった
「…なんで、だよ?」
「おにいちゃんといたいんだもん!!」
走ってきて、俺に抱こうとするが
「やめろ…」
俺は制止させる
「今の俺の体に触ったら、凍傷起こすぜ?…嫁入り前の大事な体に傷ついちまったら…いい男に逃げられちまうぜ?」
「…もん」
聞き取れなかったが、何を言ったのか、俺は理解した
「いいもん」
ゆっくりだが、俺に近づくマリー
「お兄ちゃんがいてくれるんなら、私いいもん」
そして―――
「なんで、俺なんだよ…」
俺を、抱き締めてくれた
その小さな体で、震えながら、寒さや痛みに負けず―――
俺を、温めてくれている
「よくわかんないけどね…お兄ちゃんが良いの」
その小さな体をいっぱいに使い、俺にぬくもりをくれる
「だから、命を代償になんてしないで…」
―――いつのまにか、この場の争いは消えていた
〜〜〜
「我々は…間違っているのかもしれない」
―――争いが終わった後、教団騎士の騎士団長が、不意に零す
「魔物は悪だと、一方的に決め付け、迫害し―――傷つける」
「まるで、我々のほうが魔物ですね」
「そうだな…」
彼らの任務は失敗に終わった
だが、後悔をした顔をしてはいない
「だからこそ…彼女らと秘密裏に同盟を組んだのですね?」
部下が団長に聞く
「そうだ。…もしかしたら、今のままでは、我々は本当の魔物になってしまうかもしれん」
「しかし、よかったのでしょうか?」
「…白勇者は見つからなかった。これでいいんだ」
団長は、吹っ切れた表情で、彼らに言う
「不幸のどん底にいた若人がひとり救われた。これの何が問題だ?」
この言葉を否定する物は…誰も居なかった
〜〜〜
―――目が覚めたら、毛布で簀巻きみたいにされて、マリーの顔が直ぐ近くにあった
「おにいちゃん…よかったぁ…」
安堵したその顔には、満面の笑みが―――
まるで一輪の花を思わせるその笑顔に、俺は心奪われかける
「気がついたか」
横から聞こえてきたのは、リートとか言うデュラハンの声だった
「…そこまで不快そうにしないでくれ。流石に傷つく…」
「…そんな顔してたのか」
「していたよ」
全く、と言いながら苦笑をするリート
「先程は感謝する。お陰で双方無駄な被害を出さずにすんだ」
「…礼なら、マリーに言え。俺は何もしてねーよ」
俺はそう言いながら起きようとするが―――
「体が著しく弱っている。起きないほうがいいぞ」
と、先に言われてしまった
「そのままでいいから、話を聞いてほしい」
…リートによると、先程の教団騎士たちと同盟を組んだのだそうだ
内容は、情報の共有
それと、俺の身の安全の保障だとか
「彼らは、君の事を心から助けたいと思っていたみたいだ」
「…そうかい」
俺は、なんとなく気恥ずかしくて、そっぽを向いてしまった
「おにいちゃん、ダメだよ〜。きちんと聞かないと」
…マリーに怒られるとは
「君にも、お願いがある」
「なんだ?」
「私達に協力してほしい」
その申し出の答えは決まっていた
「俺は―――」
to be continued…
11/10/22 00:01更新 / ネームレス
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