俺得物語フォース
―――人生とは、驚きの連続である
そう誰かが言っていた
―――例えば、偶然自分の書いた作品が注目されたり
―――例えば、街中でスカウトされて芸能人の仲間入り
あげればキリが無いだろう
だが、恐らく自分以上に驚く体験をする人間は居ないと断言しよう
「…ここは、どこなんだ?」
―――目の前に、ケンタウロスの女性が居るなんて経験、普通はしないだろうから
・・・
「で、貴様は誰だ?」
目の前のケンタウロスの女性は、どこから出したのか、短刀で俺に脅しを掛けに来ている
「あ〜…申し訳ありませんが…」
「なんだ?」
「少し落ち着く時間がほしいのと、説明とか色々な関係で中に入ってもらっても良いですか?」
俺の住んでいるアパートの階は、俺以外住んでいないから人は来ないだろうが、郵便とか押し売りとか来たら絶対面倒になると思う
なので、彼女には狭いだろうが、俺の部屋に入ってもらうことを提案した
「断る」
即答だった
実際、お互いどんな人物かわからないのだから、仕方ないだろう
「…ここだと絶対に面倒になる上に、最悪貴女の…え〜っと…」
「…貴様が名乗れば、私も名乗るぞ」
「とりあえず、自己紹介も含めて、落ち着く時間がほしいんですよ。お願いします」
とりあえず俺は頭を下げながら頼むことにした
「…わかった。が、やはりお互い名前だけ先に言わないか?…その方が安心すると思うし」
「…俺は…」
ここで正直に自分の名前を言うかどうか悩んだ
―――いやだって、実際非日常だし
「俺は、ネームレス。…レスでいいです」
「私はレイ。レス、失礼するぞ」
そういって、彼女―――レイは部屋に入っていった
・・・
「…随分散らかってるな」
レイが俺の部屋を見ての感想は、これだった
―――まぁ、本や物が乱雑に置かれていたらそりゃそうか…
「…あー、片付けの最中だったから」
する気も無い片付けの最中、ではあるが
「とりあえず紅茶でいいですか?」
レイは頷くと、近くに座る
「で、ここはどこなんだ?」
「えーっと…多分、レイさんには異世界かと」
お湯を沸かしながら、当たり障りの無い返事をする
「異世界、だと?…貴様、ふざけてるのか?」
が、どうやらレイには非常にお気に召さない意見だったようだ
「なら質問ですけど…例えば今から言う物に聞き覚えありますか?」
とりあえず、携帯電話だとかTV、世の総理などの色々な名前を挙げてみて、反応を見てみた
「…貴様の作り話ではないのか?」
「疑うのはしかたないですけど、今嘘を言って殺されたくないですから」
ティーパックを入れたカップに、お湯を注いでそのまま渡す
「熱いでしょうから、気をつけて」
レイは、そのまま受け取り、黙って飲む
「今度はこっちから質問。なんであそこに居たの?」
「…話せば長くなりそうだけど…」
そう言って、彼女は話し出した
・・・
「魔王の部屋の掃除してたらここにいたって…」
「し、仕方ないだろ!事実なんだから…」
レイから聞いた話をまとめたらこうだ
レイがいた世界には魔王様がいるらしく、その部屋の掃除をしていたら、なにかの道具を起動させてしまい、気がついたらここ―――正確にはアパートの部屋の前だが―――に居たらしい
「しっかし、どっかで聞いたことあるような魔王様だな…」
その魔王様とやらは、実験とかが得意らしいが…
と、紅茶を飲みながらふと思い出す
ケンタウロスのレイ…研究者みたいな魔王…
「その魔王様の名前って、ヴァンとか言わない?」
「!?貴様、なんで知ってる?」
「…君の友達には、リザードマンのリザって人が居て、君の旦那様の名前はアレス。間違いないよね?」
レイは驚愕した表情と、敵を見る目でこちらを見てくる
「貴様…何者だ」
「…全部、当たり…ですよね〜…」
とりあえず色々追いつかない俺の脳みそは―――仕事を放棄して、意識を失うことを選択した
・・・
「…ぃ…か…ろ!」
少しずつ意識を取り戻す俺に聞こえてきたのは
「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
レイの、心配してくれているだろう、呼びかけだった
「あ〜…。夢、じゃない、よね」
「いきなり倒れて、起きてそれはないだろ!?」
突っ込みを入れてくれているが、そこには心配してくれているだろう、かなり不安げなレイの表情があった
「…ごめん。色々常識だった物がぶっ飛んでしまっていたから」
「そ、そうか…無事ならいいんだ」
そこには、強気にしてるけど、不安に押しつぶされそうな一人の女性がいた
…こんな時、気の利いた台詞の一つでも言えたら言いのだろうが…
俺にはそんなものはない
「さっき、どこまで話したっけ?」
「…私の身の上を、レスが言い当てた所だ」
俺は頭を掻きながら、どう説明した物かと考えている
「レスは魔術師なのか?」
と、考えていると、横からレイが不審そうに聞いてくる
「あー…なれたらなりたいけど、俺は違うよ」
「なら、どうやって私の事を知ったんだ?あんなに簡単に言い当てるなんて不可能だろ?」
彼女の言うことは最もで、それ故にこの後の説明も大変だと思う
「…信じようと、信じまいと」
「へ?」
「俺の少し好きな言葉なんだ。…今から言うのは、レイさんが信じようと信じまいと構わないけど、俺が話せる全てだから」
俺は、意を決して、彼女に話した
―――彼女が、俺の世界では作り話の登場人物であることを
・・・
「…つまり、私達の事をアレスの視点から書いている作品を読んでいるから知っていると」
「そういうこと…ですかね」
「しかし…信じられん」
俺はレイに、レイ自身が出ている作品、「魔物娘の為なら死ねる。」の事を話し、更には実物も見せることにした
「…私達は、作り物だというのか」
「それは違うと思う」
俺は即座に否定する
「物語が生み出されるって事は、世界が新しく作られるって事だと思う。…つまりレイや、レイの世界はこことは違う世界になってるだけで、貴女自身はきちんとした一つの命のはずだ」
僕は続けて言う
「そもそもこの世界だって、もしかしたらそっちの世界では童話や小説になってるかもしれない。…世界ってのは色々な世界が色んな視点から絡み合って、お互いの世界の見方が違うだけなんだと思う」
一呼吸置き、俺は告げる
「だからレイは作り物なんかじゃない」
レイは目をパチクリしながら、俺を見て言う
「…なぜ、そこまで必死になって言うんだ?」
俺には質問の意図がわからなかった
と、思い返し、自身の言動に対して恥ずかしさが込み上げてきた
「あ、いや!あ、あれだよアレ!なんていうか、その…」
「その…なんなんだ?」
「…今こうやって出会えてるの相手が作り物だとかなんて、絶対変だし。…俺にとって嬉しい出会いなんだから」
言ってから、俺は後悔し始めた
―――向こうは思い人がいるんだし、自分はそんなカッコいい訳でもない
自慢じゃないが、今まで振られた事しかないのだから、当然ここでも笑われるか変に見られると思っていた
「…そう、か」
が、彼女の反応はそのどちらでもなく、顔を赤くしていた
―――え?
正直、かなり意味が解らない
なんでそんなに顔を赤くするのだろうか?
「…レス、だったか」
「な、なに?」
「優しいんだな、魔物に対してでも」
その言葉に、俺はハッとなる
彼女の世界では、主人公とか一部の人間以外魔物は敵としてしか見ないのだ
だから、恐らく自分達を肯定する意見が嬉しいのだと思う
「いや…だっておかしいと思うから」
「え?」
「こうやってさ、話し合えるのに殺しあうのとか、一方的に相手を悪にするのとか…なんか嫌でさ」
―――自分の事を棚に上げてよく言うな、俺
ふと、今までの自分を顧みてそう思った
「俺も、そんな考え持ってる部分あるけどさ…。少なくとも、レイとか魔物に対してはない、かな」
「…ありがとう」
レイの、彼女の感謝の言葉と表情に、俺はかなりドギマギさせられていた
「そ、そーいやさ!その道具って、手元とかにないの?」
このままだと色々持たないと判断した俺は、むりやり話題を転換し、レイにその時の状況を聞いてみる
「一応、その道具はあるが…」
見せてもらったそれは、恐らく水晶だと思われる
が、悲しいかな、その水晶にはヒビが入り、使えるのかわからない状態だった
「…これ、直せたりできるかなぁ」
俺の不意に零した一言に、レイは表情を曇らせる
「…ごめん、軽率だった」
「…いや、事実なんだし、仕方ないよ」
その辛そうな表情をみて、俺は―――
「…」
「…?レス、どうしたの?」
無言で、パソコンで検索を開始した
・・・
「レス?…ねぇ?」
「…よし、見つかった!!」
「わひゃあ!?」
俺は嬉しさがあまり、つい叫んでしまう
「お、脅かすな!!」
「レイ!方法が見つかったよ!」
「え?」
「水晶を治す方法!」
俺はパソコンで検索した結果を見せる
「宝石や鉱石の修繕ってのが出来るお店をここら辺で探していたんだ!そしたら近くにあったんだよ!!」
「ほ、ホントか!?」
レイも疑いつつ、嬉しそうに言う
「水晶のヒビとかを見てもらって、それを元になんとか出来れば、もしかしたら…!」
「…ありがとう!レス!!」
そう言いながら、抱きついてくるレイ
…胸が当たっていて、気持ちいい
じゃなくて!
「れ、レイさん!?嬉しいけど!お、落ち着いて!!」
「はっ!…す、すまない…」
顔を赤らめて離れるレイ
少し惜しいことをした気もするが、仕方ない
「近くみたいだし、見てもらってくるよ。…レイは待っててもらって「いや、私も行く」
と、立ち上がりながら、俺に宣言する
「え?でもレイが外に出たら…」
「言いたい事はわかるが、多分このお店は大丈夫」
パソコンに目を向けて、続ける
「なにか模様みたいなのが画面にあるでしょ?…あれ、私達の世界の文字だ」
「…え?」
「しかも…魔物の」
その言葉に、俺は再び気を失いかけた
・・・
とりあえず、紅茶を飲んで落ち着いた俺は、レイに再び聞き返す
「…魔物の文字、って話、本当なの?」
「間違いない…。『迷い込んだ者は、これを見れたらここに来てほしい』って書いてあるから」
「…たまたまそう見える可能性は?」
「ここまで綺麗に書けて、偶然だったら…多分その人無意識に魔術を行使できるよ」
レイの言葉を聞いて、安心したのか不安になったのか…
解らないが、とりあえず決心はついた
「なら、そこに向かおう。…外に出るときには注意しないと、ね…」
「そこら辺はレスに任せた」
笑顔で言ってくれる彼女の期待を答えるべく、俺はアパートから出る準備をする
―――幸い、現在は深夜な上、その店はなぜか24時間営業という、あまりにも出来すぎた状態だったので、外のほうの警戒にはそこまで気を張らなくてすんだ
「…空気が、なんか変だな」
「やっぱ、向こうより空気美味しくない?」
人通りが少ない道を、俺らは行く
「そうだな…。なんか煙っぽい感じに似てる気もするし…。なんなんだろうな、これ」
「多分…車の排気ガスとかかな?後は家から出てるガスとかになるだろうし…」
「クルマ…さっき話していた、凄い速さで移動する馬車より凄い物だな」
「あぁ〜。そうだね」
見つかったらかなり危ないのに、散歩でもしてるようにのんびり行く
歩いて10分の所にある、近所の修繕屋に向かって
「…直ったら、お別れだな」
「そう…だ、ね」
なぜか歯切りが悪くなる自分のこの感情は、一体何なんだろうか
解らないまま、俺とレイは目的地についた
・・・
「あらぁ…いらっしゃい」
中に入ると、そこにはこうもりの羽を生やした女性が立っていた
―――うわぁ、図鑑まんまのサキュバスじゃん
第一印象は、もはやそれしかなかった
「…失礼する」
レイも続けて入ってくる
「…へぇ〜。中々大変そうな感じね、貴方達」
「…ここって修繕屋であってます?」
あってるわよ〜、と言いながら奥へ行くサキュバス
「…どうやら、ここでなら直る可能性もあるみたいだな」
レイがそっと耳打ちをする
「そうだね…無事、帰れそうだ、ね」
「…あぁ」
無事帰れる可能性が高いのに、少し沈みがちなレイの声に、俺は不信感を抱く
「どうしたの?…帰れるのに、嬉しくないの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…」
なんとなく、良く解らないといった感じの反応が返ってくるが…
それは俺もなんとなくわかっていた
―――自分も、同じだから
「ちょっとこっち来て〜」
サキュバスが奥から俺らを呼んでいるので、そのままの空気で、向かうことにした
・・・
「うん、旦那には簡単に直せるわよ」
サキュバスは横にいる男性を見ながら、言う
事情を聞いてくれて、男性の方も、サキュバスに続けて言う
「妻の言うとおり、恐らく1時間もしないで直せると思うよ。…ただ」
彼は、申し訳なさそうに俺らに告げる
「恐らく、君達は二度と会えないね」
「…そう、ですか」
―――彼の説明によるとこういうことだ
元々、異世界に転送したのは、この水晶型の転移魔具が誤作動を起こしたからであり、戻ったらその影響で壊れてしまうだろう、との事だ
しかも、その影響により―――
「戻ったら、お互いの記憶は無くなる…」
レイが顔面蒼白になって、つぶやく
それをみて、彼も申し訳なさそうに返す
「力になれなくてすまないが…元々住んでいた世界が違う者同士があって、どちらかが元の世界に帰ると、そうなってしまうことが殆どなんだ」
それに、と、サキュバスは続ける
「恐らく貴女には旦那さんがいるでしょ?元々いた世界にセックスした男性が」
「なっ!?た、確かにそうだが!!」
顔を赤くするレイに、サキュバスは真面目に言う
「長い時間こっちに居ると、彼に忘れられちゃうわよ?…貴女には苦渋の選択でしょうが、ね」
「え、あ…あぁ…」
ポロポロとレイから零れる涙
俺は、それを見ていて―――つい言ってしまった
「なら、急いで直してください」
全員が、俺を見る
「聞いていたのかい?…君達が会った記憶がなくなるかもしれないんだよ?」
「でも、彼女がここに居ると、元の世界で彼女を覚えていてくれる人が居なくなるんですよね?彼女の今までの歴史がなくなるんですよね?」
俺はまくし立てるように、続ける
「その方がよっぽど問題じゃないですか!ここに居た数時間より、その方が大切に決まってるでしょ!?」
「レス、落ち着いて!!」
「貴方、落ち着きなさい!!」
レイが俺の左手を掴み、俺に言う
が、俺も引っ込みが聞かなくなっていた
「でも事実だろ!?」
「事実じゃない!!」
レイが思いっきり大声で言いながら、俺に抱きついてきた
「レスとこうして話した記憶がなくなるのも、私には嫌なんだ!!」
抱き締めてくれながら、泣きながら、彼女は言ってくれる
「リザや魔王様、アレスに会えないのは確かに嫌だけど…レスの事忘れるのもいやだよぉ…」
「…って」
レイのその言葉に俺は―――
「俺だって嫌だよ!!」
ありのままの気持ちを返した
「俺だって嫌だよ!?でもさ!!仕方ないじゃん!!こっちの世界だと、レイに不自由させるし、友達と離れさせるなんてしたくないよ!!その方が辛く感じるよ、絶対!!」
そう、聞いた話だと…向こうの記憶は無くならない
つまり、友達とかと、もう会えなくなるのだ
「だから…お別れしよう」
彼女の体を離し、俺は言う
「ここに居たら、きっと帰れるから…だから―――」
―――ここで、さよならしよう
俺が、できる事は、これだけだった
・・・
「ん…ふわぁ…」
目が覚めたら、自室にいた
―――昨日はなんか大変だったなぁ…
大変だったのに、なぜかなにも覚えていない
そんな矛盾を抱えながら、配達物を確認しに行く
そこには、布にくるまれた何かと、手紙が置いてあった
「なにこれ?」
手紙を開けて、読んでみる
[貴方がいたから、私はこの世界を楽しめた。ありがとう
これはお守りの代わりのしてください
また、いつか…
レイ]
名前を見た瞬間、頭が割れそうに痛くなる
と、同時に―――何かが流れ込んでくる感じがした
―――それは、彼女の笑顔
―――彼女の泣き顔
―――彼女の、温もり
「あ、ぁ…」
全て思い出した俺は、思わず泣きそうになったが、思いとどまった
「…また、いつか。だよね、レイ」
そっと、恋しただろう人の名前を言い、俺は部屋に戻った
―――今なら、良い物が書けるかも知れない
そんな思いと一緒に、彼女がくれたお守りと一緒に…
そう誰かが言っていた
―――例えば、偶然自分の書いた作品が注目されたり
―――例えば、街中でスカウトされて芸能人の仲間入り
あげればキリが無いだろう
だが、恐らく自分以上に驚く体験をする人間は居ないと断言しよう
「…ここは、どこなんだ?」
―――目の前に、ケンタウロスの女性が居るなんて経験、普通はしないだろうから
・・・
「で、貴様は誰だ?」
目の前のケンタウロスの女性は、どこから出したのか、短刀で俺に脅しを掛けに来ている
「あ〜…申し訳ありませんが…」
「なんだ?」
「少し落ち着く時間がほしいのと、説明とか色々な関係で中に入ってもらっても良いですか?」
俺の住んでいるアパートの階は、俺以外住んでいないから人は来ないだろうが、郵便とか押し売りとか来たら絶対面倒になると思う
なので、彼女には狭いだろうが、俺の部屋に入ってもらうことを提案した
「断る」
即答だった
実際、お互いどんな人物かわからないのだから、仕方ないだろう
「…ここだと絶対に面倒になる上に、最悪貴女の…え〜っと…」
「…貴様が名乗れば、私も名乗るぞ」
「とりあえず、自己紹介も含めて、落ち着く時間がほしいんですよ。お願いします」
とりあえず俺は頭を下げながら頼むことにした
「…わかった。が、やはりお互い名前だけ先に言わないか?…その方が安心すると思うし」
「…俺は…」
ここで正直に自分の名前を言うかどうか悩んだ
―――いやだって、実際非日常だし
「俺は、ネームレス。…レスでいいです」
「私はレイ。レス、失礼するぞ」
そういって、彼女―――レイは部屋に入っていった
・・・
「…随分散らかってるな」
レイが俺の部屋を見ての感想は、これだった
―――まぁ、本や物が乱雑に置かれていたらそりゃそうか…
「…あー、片付けの最中だったから」
する気も無い片付けの最中、ではあるが
「とりあえず紅茶でいいですか?」
レイは頷くと、近くに座る
「で、ここはどこなんだ?」
「えーっと…多分、レイさんには異世界かと」
お湯を沸かしながら、当たり障りの無い返事をする
「異世界、だと?…貴様、ふざけてるのか?」
が、どうやらレイには非常にお気に召さない意見だったようだ
「なら質問ですけど…例えば今から言う物に聞き覚えありますか?」
とりあえず、携帯電話だとかTV、世の総理などの色々な名前を挙げてみて、反応を見てみた
「…貴様の作り話ではないのか?」
「疑うのはしかたないですけど、今嘘を言って殺されたくないですから」
ティーパックを入れたカップに、お湯を注いでそのまま渡す
「熱いでしょうから、気をつけて」
レイは、そのまま受け取り、黙って飲む
「今度はこっちから質問。なんであそこに居たの?」
「…話せば長くなりそうだけど…」
そう言って、彼女は話し出した
・・・
「魔王の部屋の掃除してたらここにいたって…」
「し、仕方ないだろ!事実なんだから…」
レイから聞いた話をまとめたらこうだ
レイがいた世界には魔王様がいるらしく、その部屋の掃除をしていたら、なにかの道具を起動させてしまい、気がついたらここ―――正確にはアパートの部屋の前だが―――に居たらしい
「しっかし、どっかで聞いたことあるような魔王様だな…」
その魔王様とやらは、実験とかが得意らしいが…
と、紅茶を飲みながらふと思い出す
ケンタウロスのレイ…研究者みたいな魔王…
「その魔王様の名前って、ヴァンとか言わない?」
「!?貴様、なんで知ってる?」
「…君の友達には、リザードマンのリザって人が居て、君の旦那様の名前はアレス。間違いないよね?」
レイは驚愕した表情と、敵を見る目でこちらを見てくる
「貴様…何者だ」
「…全部、当たり…ですよね〜…」
とりあえず色々追いつかない俺の脳みそは―――仕事を放棄して、意識を失うことを選択した
・・・
「…ぃ…か…ろ!」
少しずつ意識を取り戻す俺に聞こえてきたのは
「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
レイの、心配してくれているだろう、呼びかけだった
「あ〜…。夢、じゃない、よね」
「いきなり倒れて、起きてそれはないだろ!?」
突っ込みを入れてくれているが、そこには心配してくれているだろう、かなり不安げなレイの表情があった
「…ごめん。色々常識だった物がぶっ飛んでしまっていたから」
「そ、そうか…無事ならいいんだ」
そこには、強気にしてるけど、不安に押しつぶされそうな一人の女性がいた
…こんな時、気の利いた台詞の一つでも言えたら言いのだろうが…
俺にはそんなものはない
「さっき、どこまで話したっけ?」
「…私の身の上を、レスが言い当てた所だ」
俺は頭を掻きながら、どう説明した物かと考えている
「レスは魔術師なのか?」
と、考えていると、横からレイが不審そうに聞いてくる
「あー…なれたらなりたいけど、俺は違うよ」
「なら、どうやって私の事を知ったんだ?あんなに簡単に言い当てるなんて不可能だろ?」
彼女の言うことは最もで、それ故にこの後の説明も大変だと思う
「…信じようと、信じまいと」
「へ?」
「俺の少し好きな言葉なんだ。…今から言うのは、レイさんが信じようと信じまいと構わないけど、俺が話せる全てだから」
俺は、意を決して、彼女に話した
―――彼女が、俺の世界では作り話の登場人物であることを
・・・
「…つまり、私達の事をアレスの視点から書いている作品を読んでいるから知っていると」
「そういうこと…ですかね」
「しかし…信じられん」
俺はレイに、レイ自身が出ている作品、「魔物娘の為なら死ねる。」の事を話し、更には実物も見せることにした
「…私達は、作り物だというのか」
「それは違うと思う」
俺は即座に否定する
「物語が生み出されるって事は、世界が新しく作られるって事だと思う。…つまりレイや、レイの世界はこことは違う世界になってるだけで、貴女自身はきちんとした一つの命のはずだ」
僕は続けて言う
「そもそもこの世界だって、もしかしたらそっちの世界では童話や小説になってるかもしれない。…世界ってのは色々な世界が色んな視点から絡み合って、お互いの世界の見方が違うだけなんだと思う」
一呼吸置き、俺は告げる
「だからレイは作り物なんかじゃない」
レイは目をパチクリしながら、俺を見て言う
「…なぜ、そこまで必死になって言うんだ?」
俺には質問の意図がわからなかった
と、思い返し、自身の言動に対して恥ずかしさが込み上げてきた
「あ、いや!あ、あれだよアレ!なんていうか、その…」
「その…なんなんだ?」
「…今こうやって出会えてるの相手が作り物だとかなんて、絶対変だし。…俺にとって嬉しい出会いなんだから」
言ってから、俺は後悔し始めた
―――向こうは思い人がいるんだし、自分はそんなカッコいい訳でもない
自慢じゃないが、今まで振られた事しかないのだから、当然ここでも笑われるか変に見られると思っていた
「…そう、か」
が、彼女の反応はそのどちらでもなく、顔を赤くしていた
―――え?
正直、かなり意味が解らない
なんでそんなに顔を赤くするのだろうか?
「…レス、だったか」
「な、なに?」
「優しいんだな、魔物に対してでも」
その言葉に、俺はハッとなる
彼女の世界では、主人公とか一部の人間以外魔物は敵としてしか見ないのだ
だから、恐らく自分達を肯定する意見が嬉しいのだと思う
「いや…だっておかしいと思うから」
「え?」
「こうやってさ、話し合えるのに殺しあうのとか、一方的に相手を悪にするのとか…なんか嫌でさ」
―――自分の事を棚に上げてよく言うな、俺
ふと、今までの自分を顧みてそう思った
「俺も、そんな考え持ってる部分あるけどさ…。少なくとも、レイとか魔物に対してはない、かな」
「…ありがとう」
レイの、彼女の感謝の言葉と表情に、俺はかなりドギマギさせられていた
「そ、そーいやさ!その道具って、手元とかにないの?」
このままだと色々持たないと判断した俺は、むりやり話題を転換し、レイにその時の状況を聞いてみる
「一応、その道具はあるが…」
見せてもらったそれは、恐らく水晶だと思われる
が、悲しいかな、その水晶にはヒビが入り、使えるのかわからない状態だった
「…これ、直せたりできるかなぁ」
俺の不意に零した一言に、レイは表情を曇らせる
「…ごめん、軽率だった」
「…いや、事実なんだし、仕方ないよ」
その辛そうな表情をみて、俺は―――
「…」
「…?レス、どうしたの?」
無言で、パソコンで検索を開始した
・・・
「レス?…ねぇ?」
「…よし、見つかった!!」
「わひゃあ!?」
俺は嬉しさがあまり、つい叫んでしまう
「お、脅かすな!!」
「レイ!方法が見つかったよ!」
「え?」
「水晶を治す方法!」
俺はパソコンで検索した結果を見せる
「宝石や鉱石の修繕ってのが出来るお店をここら辺で探していたんだ!そしたら近くにあったんだよ!!」
「ほ、ホントか!?」
レイも疑いつつ、嬉しそうに言う
「水晶のヒビとかを見てもらって、それを元になんとか出来れば、もしかしたら…!」
「…ありがとう!レス!!」
そう言いながら、抱きついてくるレイ
…胸が当たっていて、気持ちいい
じゃなくて!
「れ、レイさん!?嬉しいけど!お、落ち着いて!!」
「はっ!…す、すまない…」
顔を赤らめて離れるレイ
少し惜しいことをした気もするが、仕方ない
「近くみたいだし、見てもらってくるよ。…レイは待っててもらって「いや、私も行く」
と、立ち上がりながら、俺に宣言する
「え?でもレイが外に出たら…」
「言いたい事はわかるが、多分このお店は大丈夫」
パソコンに目を向けて、続ける
「なにか模様みたいなのが画面にあるでしょ?…あれ、私達の世界の文字だ」
「…え?」
「しかも…魔物の」
その言葉に、俺は再び気を失いかけた
・・・
とりあえず、紅茶を飲んで落ち着いた俺は、レイに再び聞き返す
「…魔物の文字、って話、本当なの?」
「間違いない…。『迷い込んだ者は、これを見れたらここに来てほしい』って書いてあるから」
「…たまたまそう見える可能性は?」
「ここまで綺麗に書けて、偶然だったら…多分その人無意識に魔術を行使できるよ」
レイの言葉を聞いて、安心したのか不安になったのか…
解らないが、とりあえず決心はついた
「なら、そこに向かおう。…外に出るときには注意しないと、ね…」
「そこら辺はレスに任せた」
笑顔で言ってくれる彼女の期待を答えるべく、俺はアパートから出る準備をする
―――幸い、現在は深夜な上、その店はなぜか24時間営業という、あまりにも出来すぎた状態だったので、外のほうの警戒にはそこまで気を張らなくてすんだ
「…空気が、なんか変だな」
「やっぱ、向こうより空気美味しくない?」
人通りが少ない道を、俺らは行く
「そうだな…。なんか煙っぽい感じに似てる気もするし…。なんなんだろうな、これ」
「多分…車の排気ガスとかかな?後は家から出てるガスとかになるだろうし…」
「クルマ…さっき話していた、凄い速さで移動する馬車より凄い物だな」
「あぁ〜。そうだね」
見つかったらかなり危ないのに、散歩でもしてるようにのんびり行く
歩いて10分の所にある、近所の修繕屋に向かって
「…直ったら、お別れだな」
「そう…だ、ね」
なぜか歯切りが悪くなる自分のこの感情は、一体何なんだろうか
解らないまま、俺とレイは目的地についた
・・・
「あらぁ…いらっしゃい」
中に入ると、そこにはこうもりの羽を生やした女性が立っていた
―――うわぁ、図鑑まんまのサキュバスじゃん
第一印象は、もはやそれしかなかった
「…失礼する」
レイも続けて入ってくる
「…へぇ〜。中々大変そうな感じね、貴方達」
「…ここって修繕屋であってます?」
あってるわよ〜、と言いながら奥へ行くサキュバス
「…どうやら、ここでなら直る可能性もあるみたいだな」
レイがそっと耳打ちをする
「そうだね…無事、帰れそうだ、ね」
「…あぁ」
無事帰れる可能性が高いのに、少し沈みがちなレイの声に、俺は不信感を抱く
「どうしたの?…帰れるのに、嬉しくないの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…」
なんとなく、良く解らないといった感じの反応が返ってくるが…
それは俺もなんとなくわかっていた
―――自分も、同じだから
「ちょっとこっち来て〜」
サキュバスが奥から俺らを呼んでいるので、そのままの空気で、向かうことにした
・・・
「うん、旦那には簡単に直せるわよ」
サキュバスは横にいる男性を見ながら、言う
事情を聞いてくれて、男性の方も、サキュバスに続けて言う
「妻の言うとおり、恐らく1時間もしないで直せると思うよ。…ただ」
彼は、申し訳なさそうに俺らに告げる
「恐らく、君達は二度と会えないね」
「…そう、ですか」
―――彼の説明によるとこういうことだ
元々、異世界に転送したのは、この水晶型の転移魔具が誤作動を起こしたからであり、戻ったらその影響で壊れてしまうだろう、との事だ
しかも、その影響により―――
「戻ったら、お互いの記憶は無くなる…」
レイが顔面蒼白になって、つぶやく
それをみて、彼も申し訳なさそうに返す
「力になれなくてすまないが…元々住んでいた世界が違う者同士があって、どちらかが元の世界に帰ると、そうなってしまうことが殆どなんだ」
それに、と、サキュバスは続ける
「恐らく貴女には旦那さんがいるでしょ?元々いた世界にセックスした男性が」
「なっ!?た、確かにそうだが!!」
顔を赤くするレイに、サキュバスは真面目に言う
「長い時間こっちに居ると、彼に忘れられちゃうわよ?…貴女には苦渋の選択でしょうが、ね」
「え、あ…あぁ…」
ポロポロとレイから零れる涙
俺は、それを見ていて―――つい言ってしまった
「なら、急いで直してください」
全員が、俺を見る
「聞いていたのかい?…君達が会った記憶がなくなるかもしれないんだよ?」
「でも、彼女がここに居ると、元の世界で彼女を覚えていてくれる人が居なくなるんですよね?彼女の今までの歴史がなくなるんですよね?」
俺はまくし立てるように、続ける
「その方がよっぽど問題じゃないですか!ここに居た数時間より、その方が大切に決まってるでしょ!?」
「レス、落ち着いて!!」
「貴方、落ち着きなさい!!」
レイが俺の左手を掴み、俺に言う
が、俺も引っ込みが聞かなくなっていた
「でも事実だろ!?」
「事実じゃない!!」
レイが思いっきり大声で言いながら、俺に抱きついてきた
「レスとこうして話した記憶がなくなるのも、私には嫌なんだ!!」
抱き締めてくれながら、泣きながら、彼女は言ってくれる
「リザや魔王様、アレスに会えないのは確かに嫌だけど…レスの事忘れるのもいやだよぉ…」
「…って」
レイのその言葉に俺は―――
「俺だって嫌だよ!!」
ありのままの気持ちを返した
「俺だって嫌だよ!?でもさ!!仕方ないじゃん!!こっちの世界だと、レイに不自由させるし、友達と離れさせるなんてしたくないよ!!その方が辛く感じるよ、絶対!!」
そう、聞いた話だと…向こうの記憶は無くならない
つまり、友達とかと、もう会えなくなるのだ
「だから…お別れしよう」
彼女の体を離し、俺は言う
「ここに居たら、きっと帰れるから…だから―――」
―――ここで、さよならしよう
俺が、できる事は、これだけだった
・・・
「ん…ふわぁ…」
目が覚めたら、自室にいた
―――昨日はなんか大変だったなぁ…
大変だったのに、なぜかなにも覚えていない
そんな矛盾を抱えながら、配達物を確認しに行く
そこには、布にくるまれた何かと、手紙が置いてあった
「なにこれ?」
手紙を開けて、読んでみる
[貴方がいたから、私はこの世界を楽しめた。ありがとう
これはお守りの代わりのしてください
また、いつか…
レイ]
名前を見た瞬間、頭が割れそうに痛くなる
と、同時に―――何かが流れ込んでくる感じがした
―――それは、彼女の笑顔
―――彼女の泣き顔
―――彼女の、温もり
「あ、ぁ…」
全て思い出した俺は、思わず泣きそうになったが、思いとどまった
「…また、いつか。だよね、レイ」
そっと、恋しただろう人の名前を言い、俺は部屋に戻った
―――今なら、良い物が書けるかも知れない
そんな思いと一緒に、彼女がくれたお守りと一緒に…
11/10/11 00:44更新 / ネームレス