ある一つの戦い
古今東西、争いや戦いは絶えない
例えば、領土を拡大したいが為の国家間の戦争
例えば、愛するものを奪われた復讐の決闘
例えば、己が部族の誇りの為の抗争
そして―――
「へい!、チャーハンおまち!?」
―――美味しい物を食べてもらう為の、時間との戦いだ
・・・
早朝、この時間に起きられるかでそもそもの戦いの勝敗が変わる
昨日のうちに簡単な仕込みは出来たが、まだこれからやらなきゃならない仕込みもあるし、食材を買ってこないといけない
だからこそ、俺はまだ日が昇らない今の時間には起きないといけないのだ
「…ねみぃ」
例え、眠くても
「おはよーっす」
「おう、ボウズ!今日は生きのいい魚や海老も入ったぞ!」
朝、俺は仕入れの為に市場に行く
新鮮な素材の料理を食べてもらいたいからね
「たまごや玉ねぎはどうです?」
「そっちもいいのが入ってるぞ!」
俺は幾つかの食材を見せてもらいつつ、今日買うものを決めた
「海老とたまごと玉ねぎ、後いつものください」
「まいど!」
さて、これから仕込み頑張りますか
・・・
この街では、色々な人種、魔物が住んでいる
当然、色々な人種がいれば、色々な食文化がある
中でも異色なのは、ジパングの米を使ううちの店だろう
この街唯一のジパング料理も食べれる定食屋、が売りだった
そう、『だった』のだ
「へいっ!チャーハンお待ち!」
親父から受け継いだこの店は、いつの間にか、チャーハンが一番売れる店になっていた
数あるメニューの中、俺が一番美味く作れるようになったのは、このチャーハンというジパングより少しこっち側にある地方料理だ
そして、それを一番頼んでくれてるのが
「ありがとう〜」
―――目の前にいる幼馴染の、オリヴェラだった
「ヴェラ、今日のは出来、どうだ?」
「ばっちりだよ、カー君〜」
「だからカムイって呼べよ、恥ずかしい」
えー、と彼女は言いながらチャーハンを食べてくれている
―――そう、俺は彼女が『美味しい』と言ってくれた、このチャーハンを極めようと思っている
・・・
―――単刀直入に言うと、一目ぼれ、と言う奴なのだろう
俺がこの街に来た時に、初めて俺の料理を食べてくれたのが、オリヴェラだった
その時の笑顔が、今でも一番美しい絵だと、俺は思っている
そもそも、この街に来たのは、今から10年前、―――12歳の時だった
親父と旅をしながら、この街に流れ着いて、料理屋を始めた
元々、俺と親父は旅人だった
―――いや、寧ろ赤の他人同士だった
親父は当時、ジパングのテンプラなる料理と、ソバなる料理を広めようと、旅をしていたらしい
そんな時、道に転がっていたのが、俺だった
―――俺は、食扶ち減らしのために、捨てられていたらしい
らしい、ってのは、俺がよく覚えてないからだ
そんな男二人旅の中、俺は親父に料理を教わった
親父は、ソバやテンプラ以外にも、様々な料理を教えてくれた
中でも、俺が一番好きだったのが、チャーハンだった
街で料理屋を始めるにあたって、親父は、街の人に試食をしてもらった
自分の腕を確かめるため、そして、俺の料理の腕も、確かめるため
親父の料理は、みんなこぞって食べていた
そりゃそうだ、親父の料理は天下一品、正に芸術だと俺は思っている
が、俺の料理は、誰も食べようとしてくれなかった
まぁ、子供の料理だし、俺が未熟だったからだし、味も確かにいまいちだった
だが、俺は正直、すごく悔しかった
せめて食べてもらって、感想を言ってもらえたら、と、ずっと思っていた
―――やっぱ、親父の本当の子じゃないおれには、出来ないんだ
そう思っていた時だった
「これ、美味しい〜」
目の前で、角が生えている俺と同じくらいの歳の女の子が、俺のチャーハンを食べてくれていたのだ
―――俺は嬉しさがあまり、泣いてしまっていた
これが、オリヴェラとの初めての出会いで、俺の、初恋の瞬間だった
・・・
「美味しかった〜」
オリヴェラは満足そうにお茶を飲んでいる
「お粗末様でした」
このひと時は、何にも変えられない、俺にとっての、至福のひと時だった
オリヴェラはゆっくり食べるのが好きなので、店の混んでる時間には来ない
てか、
オリヴェラの勘が良いのか、オリヴェラがいる時間に、客がいたことは殆ど無い
つまり二人っきりな訳だ
男として、好きな女性と一緒にいるのは、嬉しいことだ
「って、そろそろ時間じゃないのか?」
ふぇっ?と可愛い声を出しながら、俺をみる
「商談、今日じゃなかったか?」
「え?そうだったかな〜?」
と、手帳で、今日の予定を確認していると―――
「姉御!見つけましたぜ!」
と、角が生えた活発な女の子が入ってきた
―――そう、彼女はゴブリンである
「あ、旦那!また姉御を甘やかしてたんですか!?気持ちは分かりますが、今日はゴブリン商会の商談があるんですよ!」
と、かなりまくし立てるように言ってきてる
「でも、フェイちゃん?時間まだまだ余裕が「姉御!旦那のとこでゆっくりしすぎて時間見てないでしょ!?もう15分前なんですよ!」
フェイと呼ばれたゴブリンは、いてもたってもいられない様子で話している
「オリヴェラ、とりあえずツケとくから、商談先行きな」
「旦那!それをもっと早くに言ってあげてくださいよ!胸に見惚れてばっかいないで!」
「フェイちゃん!?」
オリヴェラは顔が真っ赤になっている
―――そう、オリヴェラはホブゴブリンなのだ
「いいからフェイもヴェラも早く行きな。後、俺は胸に見惚れてない」
俺は二人に言って、夕方以降の仕込を始めることにした
「じゃ、じゃあ言ってくるね、カー君」
そう言って、オリヴェラは商談に向かって行った
「じゃあ、旦那!後で皆で食べに来ます!」
フェイも一緒に向かったようだ
「ふぅ・・・さて、と」
俺は二人を見送りながら、仕込みに戻った
・・・
「チャーハンを極めたい?」
「うん」
この街にきてみんなに料理を食べて貰った後、俺は親父につげた
「親父から教わったテンプラとかソバも極めたいけど…おれ、チャーハンを極めたいんだ!」
それは、あの子―――オリヴェラの笑顔を見てからずっと思ってたことだった
あの子の笑顔が俺には眩しかった
みんなをあの子の笑顔みたいにしたい、あの子が気に入ってくれた、このチャーハンで
そう、思ってしまっていた
「親父にせっかく教わってるのに、こんな事言うのは無礼だと思う。けど…」
俺は、そこで詰まってしまった
「…なんでそんなに申し訳なさそうなんだ?」
親父はとんでもない事を言ってきた
「お前に希望が見つかったんだろ?ならそれに突き進むしかないだろ!?」
「でも…」
それに、と親父は続ける
「ソバやテンプラもきちんと極めてもらう、それが条件だがな」
と、自分の事の様に笑いながら言ってくれた
「ありがとう、親父」
俺は、泣きながら、親父の器のでかさを実感していた
・・・
「…ちゃん。カムイちゃん!」
俺ははっと目を上げた
「カムイちゃん、どったの?」
そこには常連のお客さんがいてくれた
「すみません!ちょっと昔のこと思い出してて…」
恥ずかしい!お客さんの前でなにやってんだ!
「気にすんなよカムイちゃん!あ、チャーハンとソバおかわりね」
ここの常連さんたちは、いつも俺のことを気にかけてくれている
皆、元々は親父の味にほれ込んだ人たちだ
―――正直、かなり舌が肥えてる人達だから、毎日稽古をつけてもらっているようなもんだ
「カー君、きたよ〜」
と、オリヴェラが来てくれた
しかも、商会の人達も連れて
「旦那!皆チャーハンとソバのセットをお願いします!」
「あいよ!お待ち下さい!」
さて、ここから俺の戦いが始まる
まず、ソバは茹で上がりの時間を気にしないといけない
―――ソバは生き物と思え、決して甘えや妥協は存在しないんだ!
親父の教えの一つであり、俺の料理への考えの第一の考えだ
その間に出来る簡単な準備を済ませることも重要だ
まず、フライパンに火をかけておく
これでチャーハンを炒める時に、最高の熱加減にしておく必要がある
と、そうこう準備をしている内にソバは茹で上がったようだ
後はそばつゆを暖めて…
「へい!ソバお待ち!」
と、商会のゴブリンたちにソバを渡す
「おいしそ〜」
「早く食べようぜ!」
皆色々と言ってくれている
「みんな〜、ご飯を食べる前に挨拶は必要だよ〜」
なんだかんだ言って、商会のゴブリンたちをまとめるオリヴェラ
「「「「「いただきます!」」」」」
そういうと、なぜかさっきまでいた常連さん達も、一緒に改めて「いただきます」と食べ始めていた
それを尻目に、俺はチャーハンの準備をし始めていた
―――ここからが、俺の本当の戦いだ
卵をよりふわふわにするために、より玉ねぎの甘みを出すために、より豚肉のうまみを出すために、そして―――よりサラサラしたチャーハンを食べてもらうために!
・・・
「へい!チャーハンお待ち!」
そう言って、商会の皆にチャーハンを出す
「熱々のうちにお召し上がり下さい!」
その瞬間―――
パチパチパチパチ!?
なぜか、いつも拍手される
「カー君、相変わらず凄い舞だよ!」
周りはオリヴェラに合わせて、そうだそうだと言ってくれたり、皆関心してくれている
「べ、別に普通だろヴェラ!」
「そんなこと無いよ!やっぱりカー君はすごいよ〜!」
目をキラキラさせながら俺にいってくれるオリヴェラ
やっぱ気恥ずかしい
―――そう、俺はそんなつもりないが、俺のチャーハン作りは、舞のようらしい
初見の人から常連にまで人気があり、みてて飽きないし、味も美味いと中々評判らしい
とはいっても、より美味しいものを作ろうとしてたら、気がついたらこうなってただけなので、なんとも言えない
「カー君、美味しいよ〜」
「そうか、良かった…」
その後も、皆美味いと言いながら食べてくれていた
すると、一人のお客さんが言った
「これなら、親父さんもきっと認めてくれるさ!」
その時、俺は背筋が凍った気がした
言った人も、周りも、重苦しい空気になってしまった
・・・
―――親父が病気で倒れたのは、今から3年前に事だった
俗に言う、流行病という奴だ
今ならなんとか薬があるが、当時は薬が入ってくるまでに時間がかかってしまった
「カムイ…」
「親父、寝てろよ!店を俺に任せるのは不安だろうけどさ・・・」
「いや、今日から、ここはお前の店だ」
最初、何を言ってるか分からなかった
「お、やじ…なに、いって「きけ、わが息子よ!」
親父が怒鳴ったのは、後にも先にも、これだけだった
「俺はもう長くない!だから、お前には、好きに生きてもらいたいんだ!」
ゴホッ!と、咳き込む親父
「お前の足枷にはならんよ、だから」
―――チャーハンの道を、極めろよ
それが、親父の最後の言葉だった
・・・
「ありがとうございました!」
最後のお客さんが帰る
あの後は何とかソバとかを作りながら無事最後までできた
―――全く、まだまだ未熟だな
あの程度のことで、心を乱すとは…
「カー君…」
と、後ろからオリヴェラが話しかけてきた
「ヴェラ、どうしたんだ?明日は早いか「お店の中でお話しよう?」
「…わかった」
恐らく、さっきの事で、俺に気を使ってくれているんだろう
「カー君、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ」
俺達は店の食堂で話をしている
「粗茶で悪いけど」
「カー君が作ってくれれば、なんでも美味しいよ」
オリヴェラはそう言って飲んでくれている
「あのね、実は…」
と、オリヴェラがなにかを言いたそうに、でも戸惑ったような態度を取ってきた
珍しいと思いながらも、じっと待つことにした
オリヴェラは、話すのが苦手だ
だが、考える速度は常人以上なので、言いたいことをまとめる時間さえあればいいのだ
「あのね…」
しかし、今日は違う
なにか言い辛い事なのだろうか?
「どうかしたか?チャーハン、まずかった?」
「そうじゃなくてね…」
そう、一呼吸してから、言葉を続けた
「わたし、他の所に行くことになっちゃっいそうなんだ…」
―――オリヴェラの話だとこうだ
元々商積を上げてきたオリヴェラの商会だったが、先日大きい取引があった
そこの取引先に気に入られ、よかったら自分のとこで働かないか、と持ちかけられているらしい
「へ、へぇ!いい話じゃないか!」
正直、かなりいい話だ
実際、今以上に裕福な暮らしは出来るだろう
「でも…」
だが、オリヴェラは迷っているようだ
「行ったら、ここには戻れない、って…」
俺は頭から冷水を被った気分だった
「そ、うか…」
俺達の間に、沈黙が流れる
「…カー君は…」
最初に沈黙を破ったのは、オリヴェラだった
「カー君は、私と別れても平気?」
え?
「わたしね、この街が好きなんだ」
オリヴェラは続ける
「生まれ育ったこの街が好き。みんなが活気に溢れるこの街が好き。そして―――カー君と会ったこの街が好き」
更にオリヴェラは続ける
「わたしね、カー君が好き。カー君の作ってくれるご飯が好き。カー君が大好きなの!」
涙をためて、オリヴェラは続ける
「カー君は、わたしの事、好き?」
俺は…
「…なわけねーだろ」
「ふえっ?」
「嫌いなわけねーだろ!」
つい、怒鳴ってしまった
「そもそもヴェラがいないなら、俺はチャーハン作りをここまでしなかった!あの時美味しいって行ってくれた君がいないなら、俺は料理人にすらなれたかどうか!ヴェラの笑顔が!俺の!料理のへの!原動力なんだよ!?」
ハァハァ…ついに、言っちまった
俺の、昔からの気持ち
「カー君…ホント?」
泣きながら、ヴェラは言ってくる
「ホントだ」
「…カーくんっ!」
オリヴェラは抱きついてきた
胸があたって、気持ちいい…じゃなくて!
「カーくんと両思いになれたんだね!なれたんだよね!」
オリヴェラは俺の顔を見ながら、何度も言ってくる
「ヴェラが、俺のこと好きなら、な」
つい、俺は恥ずかしがってこう言ってしまう
「うん!カーくんが大好き!愛してるよ!」
そう言いながら
「んっ!」
気がついたら、唇を奪われていた
「ん、クチュ…」
更に舌も入ってきた!
これは、俺の理性が持たない!
「カァくぅん…」
…そこで、俺の理性は消え去ってた
・・・
目が覚めたら、ベットで眠ってた
どうやら、夢だったらしい
そりゃそうだよな、俺みたいなしがない料理人が、オリヴェラとキスできる訳が「ふみゅぅ…」
と、横から声がした
そこには、オリヴェラが眠っていた
「え?」
しかも裸で
…え?これってつまり…
「かーくん〜エヘヘ〜」
寝言をいうオリヴェラ
とりあえず…
「夢、じゃない…」
つーか…した?
「…え?」
俺はかなり困惑していた
と、同時に喜びが込みあがってきた
「みゅぅ…あ、かーくんおはよぅ〜」
「ヴェラ…」
俺は愛しい、その人の頭をなでながら、こっちに引き寄せた
「えへへ〜」
嬉しそうにするオリヴェラ
と、その時、不意に外を見た
―――お日様が、昇ってる
「ってやべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
こんな時間からだと、今日は仕込が殆ど出来ないだろう
つまり今日は店を開けないのだ!
「マズイマズイマズイ!」
「…カーくん?今日は定休日だよ?」
え?
「やっぱりカーくん忘れてる〜」
と、シーツで体を隠しながら、オリヴェラはもたれかかって微笑んでいる
「今日は週に一度の定休日だよ〜カーくん忘れてるんだから〜」
…あれ?
「でもヴェラは大丈夫なのか?」
「ふえっ?」
「仕事」
そういうと、オリヴェラはアタフタし始めていった
「これじゃあ遅刻だよ〜!」
〜〜〜
ある街に、大変珍しい食事処があった
その食事処では、店主が華麗に舞い、素晴らしい料理を作っているらしい
貴族のものが、自分の専属に来てくれと頼んだが、断られたそうだ
「俺は、妻とここで暮らしたいから」と
〜〜〜
「へい!らっしゃい!」
「美味しいチャーハンはいかがですか〜」
例えば、領土を拡大したいが為の国家間の戦争
例えば、愛するものを奪われた復讐の決闘
例えば、己が部族の誇りの為の抗争
そして―――
「へい!、チャーハンおまち!?」
―――美味しい物を食べてもらう為の、時間との戦いだ
・・・
早朝、この時間に起きられるかでそもそもの戦いの勝敗が変わる
昨日のうちに簡単な仕込みは出来たが、まだこれからやらなきゃならない仕込みもあるし、食材を買ってこないといけない
だからこそ、俺はまだ日が昇らない今の時間には起きないといけないのだ
「…ねみぃ」
例え、眠くても
「おはよーっす」
「おう、ボウズ!今日は生きのいい魚や海老も入ったぞ!」
朝、俺は仕入れの為に市場に行く
新鮮な素材の料理を食べてもらいたいからね
「たまごや玉ねぎはどうです?」
「そっちもいいのが入ってるぞ!」
俺は幾つかの食材を見せてもらいつつ、今日買うものを決めた
「海老とたまごと玉ねぎ、後いつものください」
「まいど!」
さて、これから仕込み頑張りますか
・・・
この街では、色々な人種、魔物が住んでいる
当然、色々な人種がいれば、色々な食文化がある
中でも異色なのは、ジパングの米を使ううちの店だろう
この街唯一のジパング料理も食べれる定食屋、が売りだった
そう、『だった』のだ
「へいっ!チャーハンお待ち!」
親父から受け継いだこの店は、いつの間にか、チャーハンが一番売れる店になっていた
数あるメニューの中、俺が一番美味く作れるようになったのは、このチャーハンというジパングより少しこっち側にある地方料理だ
そして、それを一番頼んでくれてるのが
「ありがとう〜」
―――目の前にいる幼馴染の、オリヴェラだった
「ヴェラ、今日のは出来、どうだ?」
「ばっちりだよ、カー君〜」
「だからカムイって呼べよ、恥ずかしい」
えー、と彼女は言いながらチャーハンを食べてくれている
―――そう、俺は彼女が『美味しい』と言ってくれた、このチャーハンを極めようと思っている
・・・
―――単刀直入に言うと、一目ぼれ、と言う奴なのだろう
俺がこの街に来た時に、初めて俺の料理を食べてくれたのが、オリヴェラだった
その時の笑顔が、今でも一番美しい絵だと、俺は思っている
そもそも、この街に来たのは、今から10年前、―――12歳の時だった
親父と旅をしながら、この街に流れ着いて、料理屋を始めた
元々、俺と親父は旅人だった
―――いや、寧ろ赤の他人同士だった
親父は当時、ジパングのテンプラなる料理と、ソバなる料理を広めようと、旅をしていたらしい
そんな時、道に転がっていたのが、俺だった
―――俺は、食扶ち減らしのために、捨てられていたらしい
らしい、ってのは、俺がよく覚えてないからだ
そんな男二人旅の中、俺は親父に料理を教わった
親父は、ソバやテンプラ以外にも、様々な料理を教えてくれた
中でも、俺が一番好きだったのが、チャーハンだった
街で料理屋を始めるにあたって、親父は、街の人に試食をしてもらった
自分の腕を確かめるため、そして、俺の料理の腕も、確かめるため
親父の料理は、みんなこぞって食べていた
そりゃそうだ、親父の料理は天下一品、正に芸術だと俺は思っている
が、俺の料理は、誰も食べようとしてくれなかった
まぁ、子供の料理だし、俺が未熟だったからだし、味も確かにいまいちだった
だが、俺は正直、すごく悔しかった
せめて食べてもらって、感想を言ってもらえたら、と、ずっと思っていた
―――やっぱ、親父の本当の子じゃないおれには、出来ないんだ
そう思っていた時だった
「これ、美味しい〜」
目の前で、角が生えている俺と同じくらいの歳の女の子が、俺のチャーハンを食べてくれていたのだ
―――俺は嬉しさがあまり、泣いてしまっていた
これが、オリヴェラとの初めての出会いで、俺の、初恋の瞬間だった
・・・
「美味しかった〜」
オリヴェラは満足そうにお茶を飲んでいる
「お粗末様でした」
このひと時は、何にも変えられない、俺にとっての、至福のひと時だった
オリヴェラはゆっくり食べるのが好きなので、店の混んでる時間には来ない
てか、
オリヴェラの勘が良いのか、オリヴェラがいる時間に、客がいたことは殆ど無い
つまり二人っきりな訳だ
男として、好きな女性と一緒にいるのは、嬉しいことだ
「って、そろそろ時間じゃないのか?」
ふぇっ?と可愛い声を出しながら、俺をみる
「商談、今日じゃなかったか?」
「え?そうだったかな〜?」
と、手帳で、今日の予定を確認していると―――
「姉御!見つけましたぜ!」
と、角が生えた活発な女の子が入ってきた
―――そう、彼女はゴブリンである
「あ、旦那!また姉御を甘やかしてたんですか!?気持ちは分かりますが、今日はゴブリン商会の商談があるんですよ!」
と、かなりまくし立てるように言ってきてる
「でも、フェイちゃん?時間まだまだ余裕が「姉御!旦那のとこでゆっくりしすぎて時間見てないでしょ!?もう15分前なんですよ!」
フェイと呼ばれたゴブリンは、いてもたってもいられない様子で話している
「オリヴェラ、とりあえずツケとくから、商談先行きな」
「旦那!それをもっと早くに言ってあげてくださいよ!胸に見惚れてばっかいないで!」
「フェイちゃん!?」
オリヴェラは顔が真っ赤になっている
―――そう、オリヴェラはホブゴブリンなのだ
「いいからフェイもヴェラも早く行きな。後、俺は胸に見惚れてない」
俺は二人に言って、夕方以降の仕込を始めることにした
「じゃ、じゃあ言ってくるね、カー君」
そう言って、オリヴェラは商談に向かって行った
「じゃあ、旦那!後で皆で食べに来ます!」
フェイも一緒に向かったようだ
「ふぅ・・・さて、と」
俺は二人を見送りながら、仕込みに戻った
・・・
「チャーハンを極めたい?」
「うん」
この街にきてみんなに料理を食べて貰った後、俺は親父につげた
「親父から教わったテンプラとかソバも極めたいけど…おれ、チャーハンを極めたいんだ!」
それは、あの子―――オリヴェラの笑顔を見てからずっと思ってたことだった
あの子の笑顔が俺には眩しかった
みんなをあの子の笑顔みたいにしたい、あの子が気に入ってくれた、このチャーハンで
そう、思ってしまっていた
「親父にせっかく教わってるのに、こんな事言うのは無礼だと思う。けど…」
俺は、そこで詰まってしまった
「…なんでそんなに申し訳なさそうなんだ?」
親父はとんでもない事を言ってきた
「お前に希望が見つかったんだろ?ならそれに突き進むしかないだろ!?」
「でも…」
それに、と親父は続ける
「ソバやテンプラもきちんと極めてもらう、それが条件だがな」
と、自分の事の様に笑いながら言ってくれた
「ありがとう、親父」
俺は、泣きながら、親父の器のでかさを実感していた
・・・
「…ちゃん。カムイちゃん!」
俺ははっと目を上げた
「カムイちゃん、どったの?」
そこには常連のお客さんがいてくれた
「すみません!ちょっと昔のこと思い出してて…」
恥ずかしい!お客さんの前でなにやってんだ!
「気にすんなよカムイちゃん!あ、チャーハンとソバおかわりね」
ここの常連さんたちは、いつも俺のことを気にかけてくれている
皆、元々は親父の味にほれ込んだ人たちだ
―――正直、かなり舌が肥えてる人達だから、毎日稽古をつけてもらっているようなもんだ
「カー君、きたよ〜」
と、オリヴェラが来てくれた
しかも、商会の人達も連れて
「旦那!皆チャーハンとソバのセットをお願いします!」
「あいよ!お待ち下さい!」
さて、ここから俺の戦いが始まる
まず、ソバは茹で上がりの時間を気にしないといけない
―――ソバは生き物と思え、決して甘えや妥協は存在しないんだ!
親父の教えの一つであり、俺の料理への考えの第一の考えだ
その間に出来る簡単な準備を済ませることも重要だ
まず、フライパンに火をかけておく
これでチャーハンを炒める時に、最高の熱加減にしておく必要がある
と、そうこう準備をしている内にソバは茹で上がったようだ
後はそばつゆを暖めて…
「へい!ソバお待ち!」
と、商会のゴブリンたちにソバを渡す
「おいしそ〜」
「早く食べようぜ!」
皆色々と言ってくれている
「みんな〜、ご飯を食べる前に挨拶は必要だよ〜」
なんだかんだ言って、商会のゴブリンたちをまとめるオリヴェラ
「「「「「いただきます!」」」」」
そういうと、なぜかさっきまでいた常連さん達も、一緒に改めて「いただきます」と食べ始めていた
それを尻目に、俺はチャーハンの準備をし始めていた
―――ここからが、俺の本当の戦いだ
卵をよりふわふわにするために、より玉ねぎの甘みを出すために、より豚肉のうまみを出すために、そして―――よりサラサラしたチャーハンを食べてもらうために!
・・・
「へい!チャーハンお待ち!」
そう言って、商会の皆にチャーハンを出す
「熱々のうちにお召し上がり下さい!」
その瞬間―――
パチパチパチパチ!?
なぜか、いつも拍手される
「カー君、相変わらず凄い舞だよ!」
周りはオリヴェラに合わせて、そうだそうだと言ってくれたり、皆関心してくれている
「べ、別に普通だろヴェラ!」
「そんなこと無いよ!やっぱりカー君はすごいよ〜!」
目をキラキラさせながら俺にいってくれるオリヴェラ
やっぱ気恥ずかしい
―――そう、俺はそんなつもりないが、俺のチャーハン作りは、舞のようらしい
初見の人から常連にまで人気があり、みてて飽きないし、味も美味いと中々評判らしい
とはいっても、より美味しいものを作ろうとしてたら、気がついたらこうなってただけなので、なんとも言えない
「カー君、美味しいよ〜」
「そうか、良かった…」
その後も、皆美味いと言いながら食べてくれていた
すると、一人のお客さんが言った
「これなら、親父さんもきっと認めてくれるさ!」
その時、俺は背筋が凍った気がした
言った人も、周りも、重苦しい空気になってしまった
・・・
―――親父が病気で倒れたのは、今から3年前に事だった
俗に言う、流行病という奴だ
今ならなんとか薬があるが、当時は薬が入ってくるまでに時間がかかってしまった
「カムイ…」
「親父、寝てろよ!店を俺に任せるのは不安だろうけどさ・・・」
「いや、今日から、ここはお前の店だ」
最初、何を言ってるか分からなかった
「お、やじ…なに、いって「きけ、わが息子よ!」
親父が怒鳴ったのは、後にも先にも、これだけだった
「俺はもう長くない!だから、お前には、好きに生きてもらいたいんだ!」
ゴホッ!と、咳き込む親父
「お前の足枷にはならんよ、だから」
―――チャーハンの道を、極めろよ
それが、親父の最後の言葉だった
・・・
「ありがとうございました!」
最後のお客さんが帰る
あの後は何とかソバとかを作りながら無事最後までできた
―――全く、まだまだ未熟だな
あの程度のことで、心を乱すとは…
「カー君…」
と、後ろからオリヴェラが話しかけてきた
「ヴェラ、どうしたんだ?明日は早いか「お店の中でお話しよう?」
「…わかった」
恐らく、さっきの事で、俺に気を使ってくれているんだろう
「カー君、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ」
俺達は店の食堂で話をしている
「粗茶で悪いけど」
「カー君が作ってくれれば、なんでも美味しいよ」
オリヴェラはそう言って飲んでくれている
「あのね、実は…」
と、オリヴェラがなにかを言いたそうに、でも戸惑ったような態度を取ってきた
珍しいと思いながらも、じっと待つことにした
オリヴェラは、話すのが苦手だ
だが、考える速度は常人以上なので、言いたいことをまとめる時間さえあればいいのだ
「あのね…」
しかし、今日は違う
なにか言い辛い事なのだろうか?
「どうかしたか?チャーハン、まずかった?」
「そうじゃなくてね…」
そう、一呼吸してから、言葉を続けた
「わたし、他の所に行くことになっちゃっいそうなんだ…」
―――オリヴェラの話だとこうだ
元々商積を上げてきたオリヴェラの商会だったが、先日大きい取引があった
そこの取引先に気に入られ、よかったら自分のとこで働かないか、と持ちかけられているらしい
「へ、へぇ!いい話じゃないか!」
正直、かなりいい話だ
実際、今以上に裕福な暮らしは出来るだろう
「でも…」
だが、オリヴェラは迷っているようだ
「行ったら、ここには戻れない、って…」
俺は頭から冷水を被った気分だった
「そ、うか…」
俺達の間に、沈黙が流れる
「…カー君は…」
最初に沈黙を破ったのは、オリヴェラだった
「カー君は、私と別れても平気?」
え?
「わたしね、この街が好きなんだ」
オリヴェラは続ける
「生まれ育ったこの街が好き。みんなが活気に溢れるこの街が好き。そして―――カー君と会ったこの街が好き」
更にオリヴェラは続ける
「わたしね、カー君が好き。カー君の作ってくれるご飯が好き。カー君が大好きなの!」
涙をためて、オリヴェラは続ける
「カー君は、わたしの事、好き?」
俺は…
「…なわけねーだろ」
「ふえっ?」
「嫌いなわけねーだろ!」
つい、怒鳴ってしまった
「そもそもヴェラがいないなら、俺はチャーハン作りをここまでしなかった!あの時美味しいって行ってくれた君がいないなら、俺は料理人にすらなれたかどうか!ヴェラの笑顔が!俺の!料理のへの!原動力なんだよ!?」
ハァハァ…ついに、言っちまった
俺の、昔からの気持ち
「カー君…ホント?」
泣きながら、ヴェラは言ってくる
「ホントだ」
「…カーくんっ!」
オリヴェラは抱きついてきた
胸があたって、気持ちいい…じゃなくて!
「カーくんと両思いになれたんだね!なれたんだよね!」
オリヴェラは俺の顔を見ながら、何度も言ってくる
「ヴェラが、俺のこと好きなら、な」
つい、俺は恥ずかしがってこう言ってしまう
「うん!カーくんが大好き!愛してるよ!」
そう言いながら
「んっ!」
気がついたら、唇を奪われていた
「ん、クチュ…」
更に舌も入ってきた!
これは、俺の理性が持たない!
「カァくぅん…」
…そこで、俺の理性は消え去ってた
・・・
目が覚めたら、ベットで眠ってた
どうやら、夢だったらしい
そりゃそうだよな、俺みたいなしがない料理人が、オリヴェラとキスできる訳が「ふみゅぅ…」
と、横から声がした
そこには、オリヴェラが眠っていた
「え?」
しかも裸で
…え?これってつまり…
「かーくん〜エヘヘ〜」
寝言をいうオリヴェラ
とりあえず…
「夢、じゃない…」
つーか…した?
「…え?」
俺はかなり困惑していた
と、同時に喜びが込みあがってきた
「みゅぅ…あ、かーくんおはよぅ〜」
「ヴェラ…」
俺は愛しい、その人の頭をなでながら、こっちに引き寄せた
「えへへ〜」
嬉しそうにするオリヴェラ
と、その時、不意に外を見た
―――お日様が、昇ってる
「ってやべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
こんな時間からだと、今日は仕込が殆ど出来ないだろう
つまり今日は店を開けないのだ!
「マズイマズイマズイ!」
「…カーくん?今日は定休日だよ?」
え?
「やっぱりカーくん忘れてる〜」
と、シーツで体を隠しながら、オリヴェラはもたれかかって微笑んでいる
「今日は週に一度の定休日だよ〜カーくん忘れてるんだから〜」
…あれ?
「でもヴェラは大丈夫なのか?」
「ふえっ?」
「仕事」
そういうと、オリヴェラはアタフタし始めていった
「これじゃあ遅刻だよ〜!」
〜〜〜
ある街に、大変珍しい食事処があった
その食事処では、店主が華麗に舞い、素晴らしい料理を作っているらしい
貴族のものが、自分の専属に来てくれと頼んだが、断られたそうだ
「俺は、妻とここで暮らしたいから」と
〜〜〜
「へい!らっしゃい!」
「美味しいチャーハンはいかがですか〜」
11/05/01 06:37更新 / ネームレス