旅する二人の出会い

 仕事に疲れても、僕はこうして列車に揺られて旅に出てしまう、小さいころから何処かへ出かけるのは好きだった、学生の頃には鉄道旅行にハマり、今でもこうしてローカル線などに乗りに行ってしまう、今日も久しぶりに仕事を数日休めたので出かけてしまった、どこへ行こうかと悩んだが、ふと海が見たいと思い、海岸線に沿って走るローカル線の車窓を楽しんでいた。
 春の暖かな日差しの中、砂浜に近い無人駅で下車する、周辺には民家も少なく列車が去ってしまうと波の音のみが響いていた、せっかくなので海岸へと降りていく、岩場になっている所は線路からは近いはずだが周囲からも見えにくくなりちょっとした秘密基地のような雰囲気である。しばらくすると腹が減ってきた、ちょうどいいと腰を下ろし、道中で買っておいた昼食を食べようとカバンを下ろすと、どこからか視線を感じたような気がした。
「…そんなわけないよな」
こんな岩場にそうそう人も来ないだろうし、来ても地元の釣り人くらいだろう、気にせず食べようとカバンを漁っていると
「じー」
…まただ、さすがに少々気味が悪い、だがこのままでは落ち着いて食事もできない、まあコンビニのおにぎりなんだけど、何はともあれ思い切って振り返ってみる
「あっ!」
「えっ!?」
目が合った、そこにいたのは緑がかったとても不思議な色の髪をした女性だった、急に振り返ったからか彼女も驚いた顔をしている、しかしどうしたわけかその女性は水中から顔を出していたのだ、暖かくなってきたとはいえ、海に潜るにはまだまだ早いだろう
「えっと…地元の方ですか?」
ずっと固まっているわけにもいかないだろうと思ったが、口から出てきたのは我ながらしょうもないそんな一言だった
「あっ、いえ、通りがかりの者ですので」
「暖かい季節ですけど、海に入るには寒くないですか?」
そういうと彼女はきょとんとした顔で
「いえ、私は大丈夫なので」
よくわからないが海に慣れている人なのだろうか、しかし良く見ると彼女は白い帽子をかぶり、水着のようには見えない白い服を着ていることに気づいた
「あ、えっと…」
しまった、じろじろと見てしまった初対面の女性にこれは失礼すぎる
「す、すみません!なんならすぐ出ていきますから!」
慌てて言うと彼女も慌てた様子で
「いえ!気にしないでください!それに荷物があるってことは貴方も通りすがりの人なんでしょう?良ければ旅のお話聞かせてくれませんか?」
旅の話なら是非もない
「そんな話でよければ、良ければこちらにどうぞ」
僕は自分の隣の岩場を示した、彼女は少し逡巡したが
「それでは、お言葉に甘えて」
と海から上がっていた、その姿をみて僕は驚いた、長く綺麗な緑髪に白い帽子と白い服までは先に見えていたままだが、手には石板を持ち、更に驚くことに下半身が魚のそれのようになっている、要するに彼女は人魚だったのだ。
彼女の下半身にくぎ付けになっていると、顔を赤らめて。
「やっぱり、人間の方から見たら奇妙でしょうか?」
と言ってきた、またも慌ててしまう
「い、いえ!すみません、あんまり綺麗だったので…」
咄嗟の言葉ではあったが綺麗だと思ったのは本当だ
「本当ですか?ありがとうございます」
そういってほほ笑む彼女にまたも見とれてしまいそうだ
「人魚って、本当に居たんですね」
「ええ、私はシー・ビショップのルーナと申します」
「シー・ビショップ?」
「はい、海の神ポセイドン様に仕える神官です、主な仕事は海に住む魔物と人間の結婚の儀式を行うことですね」
彼女の話を聞くと、人間社会に溶け込んでいる魔物も多くいるそうである、そして僕自身の話もした、といっても大した内容ではなく、普段は忙しく働いているが時々どうしても出かけたくなってしまい、何をするでもなく列車に揺られて旅をするのが好きなことを話した
「列車の旅ですか、私は海から出ることがないので、乗ったことがないですが遠目に見たことはあります」
ちょうど列車が通る音が近づいてきた、通過する瞬間には二人共黙った、すぐに列車は遠ざかり、ガタンゴトンという音が遠くへと去っていった
音のする方に顔を向けて彼女は
「あれに乗れば、貴方の住む町へも行けるんですね」
と言った
「ええ、線路さえつながっていれば、どこへでも連れて行ってくれるんです、なんだかそう考えるとロマンがあっていいなと思って、僕はどこへ行くにも列車ですね」
「私も、神官としていろいろな海を旅していますから、なんだかわかります、目の前に見えるものは、今あるここと、以前訪れた場所と、これから行く場所がすべてつながっているなんて、なんだか不思議ですよね」
笑みを浮かべてそういう彼女にまたまた見とれてしまった
「どうかされましたか?」
「い、いえ!でもすごいですね、僕もあなたも普段は全然違う場所にいるのに、たまたまこうして巡り合うなんて」
「そうですね、私は海を、貴方は線路を旅するもの同士、お互いに旅をするうちに偶然巡り合う、なんだかそれも不思議です」
「ええ、本当に」
気づいたら、日が傾きだしていた、列車の本数も少ないからそろそろ帰らないといけない、だが、彼女と別れたくないと思っている自分に気が付いていた
「お別れなんて寂しいですね、せっかく会えたのに…」
彼女がつぶやいた、同じことを思っていたんだと、なんだかうれしくなる
「また、会えますか?」
思わずそう問いかけていた
「難しいかもしれません、でも貴方との間に縁があればきっとまた」
少々うつむいて彼女が言う
「僕は信じます、また貴方に会いたいから」
自然とそんな言葉が出ていた、今までそんなことを誰かに言ったことなんてないのに
「ええ、私も、貴方が海に来てくれればきっと会えるでしょう」
そういって彼女は僕の頬に唇をつけた
驚いている僕を見て彼女は真っ赤になった顔で微笑み
「では、またお会いできる日まで」
そう言い残して海の中に消えていった
我に返った僕は海に向かって
「必ず!また会いましょう!」
と叫んでいた
帰りの列車でも夢うつつのままだった、日常に戻っても、あれは夢だったのではないだろうかと思って過ごしていた。
 
 あれからしばらくたって休みが取れた時、僕は迷わずあの海辺の駅を目指していた、相変わらず人気のない静かな駅に降り立ち、あの岩場を目指す、いるという保証は無かった、でも僕の中には確信があった、きっとまた会える

 岩場に着いて、彼女と目が合った時、お互いに笑みを浮かべ、次の瞬間には二人同時に口を開いていた
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
そうして僕と彼女はお互いの近況を話すのだった
これが僕と、シー・ビショップの彼女、二人の旅人の出会いと別れ、そして再会だった。

21/06/16 23:13 凪風


初投稿です、一番好きな魔物娘であるシー・ビショップさんで書かせていただきました、楽しんでいただけましたら幸いです。
6/16 ラストをほんの少しだけ変更しました。
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