モスマンの恩返し?(第四話)
このようして、俺の日常は突然やってきた一匹のモスマンの手で大きく変わった。
マユは昼間はよく働き、夜になると蕩ける様な雌の笑みと共に俺のベッドに潜り込んできた。
マユがよく働いてくれるので俺は今まで以上に寝室から出ることが少なくなり、一日中ベッドの上から動かない日も多くなった。そんな日でもマユは食事を寝室まで運んできてくれて、文句も言わず話し相手になってくれた。
俺は、少しでもマユが暮らしやすいようにと家中の窓の鎧戸を締め切り、日の光を遮断した。マユは少し心配そうにしていたが、どうせ部屋から出ない俺にはあまり関係のない話だった。
マユは、暗闇の中ではいつもより活動的になる。部屋の中でも宙を舞ったり、天井に逆さまにぶら下がったりする。後から本人に聞いたところ、モスマンの鋭敏な感覚器官にとって日光は強力なノイズのようなもので、それらが無いことで感覚器官をフルに動かせるようになるのだという。
春が終わり、夏になった。
商店からの金の受け取りは完了してしまったが、マユが山から食料を調達してきてくれるので、不安はなかった。
俺たちの日常は楽しく過ぎていった。
マユは、本当にいい子だ。俺にはもったいない程に。
だが、俺はかねてより、彼女に一つだけ不満があった。
彼女は毎夜、俺の相手をしてくれる。それは当然俺にとっても喜ばしいことではあるが、同時に魔物である彼女と交わるのは俺の義務であり、彼女の働きに対するある種の報酬であるとも考えていた。
……いや、交わるというのには語弊がある。なぜならば初めてマユが夜這いに来た日から今に至るまで、彼女は手での奉仕はするものの、それ以上のことはしなかったからだ。
そしてある晩、俺は遂にそのことを彼女に尋ねてみることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その日、マユはいつも通り俺を後ろから抱き込むようにして奉仕してくれていた。
マユの絹のように白い指が男根を這う。首筋から柔らかな乳房の感触と体毛のこそばゆい刺激が同時に伝わる。
「マユ、お願いがあるんだけど……」
「どうしました? 旦那様? お射精はまだ我慢ですよ?」
昼間は聞けない、少し厳しい口調が飛んでくる。細い指にグッと力が入り、男根を締め付ける。
「うっ……、いや、そうじゃなくて、なんでいつも手だけなんだ……?」
「手だけ、とは?」
「だから、何というか……あの、そろそろ、セックスとか……」
背後でマユの身体が硬直する気配を感じた。
身体の正面を弄繰り回していた手がしゅるりと肩に回り、俺の身体をぐっと前に押しのける。
「だ、旦那様、なんてお戯れを!」
マユの声が微かに震えている。肩に当たる手から、彼女の体温が急激に高くなったことがわかる。
「良いですか? セックスは、いけません。そんなことをしては、赤ちゃんが出来てしまいます。そういうのは、夫婦でやることです!」
「そんな! 俺はマユのことが好きだし、出来ればこのまま嫁に来て欲しいとも思ってるよ!?」
「な!?」
背後から、聞いたこともないような素っ頓狂な声が上がる。
マユは熱を帯びた額を俺の首筋に当て、フルフルと首を横に振った。二本の触覚が、頬を交互に柔らかく撫でる。
「いけません! いけません! 私は天涯孤独の身! そしてここは教団の影響下にある土地です! 今は何とか隠れ住んでいられていますが、いずれ私も見つかりましょう! そうなれば、私は旦那様の前から消えねばなりません! いずれ必ず別れが来ると分かっていて、旦那様の妻になることなどできません!」
この発言には、むしろ俺が驚いた。
今、マユは何と言ったか。俺の前から消えなばならぬと、いずれ必ず別れが来ると。そのような未来を俺は一切想定していなかったし、許容するつもりも無かった。
「別れって、そんなの来るわけないだろ! 家を締め切ってる限り教団には見つからないし、見つかったとしても二人で何処かに逃げればいい!」
ついつい語気が荒くなる。
それは……、とマユが口籠った。俺は畳みかけるように続けた。
「君は、俺に一生尽くすと言ったじゃないか! ありゃ嘘だったのか!?」
俺は肩を掴むマユの手を振りほどき、振り返りざまにがばっとマユを押し倒す。
そうだ、このまま挿れてしまおう! そう思い彼女の身体の上でもがくも、上手くいかない。
そうこうしているうちに、マユは私の手の中からするりと抜け出てしまった。
「旦那様は、そこまで私のことを思って下さっていたのですね……」
暗闇の中、マユの身体がふわりと天井に舞い上がる。夜目が聞かない俺には、彼女の姿が捉えられない。
「マユ! どこに行くんだ!」
「ご安心ください旦那様。マユはどこにも行きません」
天井の、隅の方から声がする。そして、上空を、何かが横切る気配。
「何をしてるんだ! マユ!」
「旦那様は今、私のことを押し倒そうと致しました。そこまで私との子供を望んでいて下さったなんて、感無量でございます」
今度は、先ほど声が聞こえてきた場所とは対角線上に当たる場所から声がする。
「そして、今までその気持ちに気が付けなかったこと、申し訳ございませんでした」
頭上を、マユの気配が行ったり来たりする。
ふわり、と何かが上から降ってきて、四肢に絡みつく。
鎧戸の隙間から漏れる僅かな月明かりに照らしてみると、それは薄緑色の繊維。天蚕糸のようだと思った。
「マユ……マユ! なんだこれは! 何をするつもりなんだ!」
マユが俺の目の前に降り立ち、俺の胸に寄りかかるようにすり寄ってくる。
「ご安心ください。私の紡いだ糸でございます。旦那様に害なすものではございません」
――むしろ、旦那様をお守りするためのものでございます――。
その声はいつも以上に穏やかで危険な母性に満ちていた。
「旦那様」
マユが俺の顔をじっと見つめる。
「旦那様がもし許して下さるのなら、私は、マユは、旦那様の妻になりたいと思います」
潤んだ瞳が微かな月明かりを反射し、キラキラと光る。だが俺は、正直返答に困っていた。嫌ではない。嫌な訳があるはずない。
だが、俺を見つめるその目の奥に、あの日、マユが家に来た日、恩を返させてくれと迫ってきた日に感じた物騒な気迫と同種のものを感じていた。
―もし断ればここで死んでやる―。そんな気迫。
だが、逃げ出すことはできない。逃げ出そうものなら、手足に掛かった糸が俺を絡め捕る。はぐらかすこともできない。つい先程「嫁に来てほしい」と軽々しく口に出したのは、他の誰でもない自分なのだ。
俺は、半ばマユの視線に操られるように、ゆっくりと頷いた。
マユの顔が、暗闇でもわかるくらいにパッと明るくなった。
「嬉しいっ!!」
マユその白く美しい翅をばっと開く。手に絡まっていた天蚕糸がぐっと引っ張られ、俺は座ったまま万歳をするような格好になる。
「ぐえっ!」
突然のことに変な声を上げてしまったが、喜びに包まれるマユの耳には届かない。
マユが座り込んだままバタバタと羽ばたく。彼女がこんなに激しく羽ばたいたことは今までなかった。空を飛ぶときも、もっと小さく静かに羽ばたいていた。これは、喜びの表現なのだろうか?
熟れた果実のような香りが、鼻を突いた。それは、彼女と肌を重ねるときに稀に感じるあの香り。
だが、今日の香りはいつもとは少し違う。圧倒的に濃い、むせ返るような芳香。一歩間違えれば悪臭と言われてしまいそうなほど強烈なそれを思いきり吸い込んでしまい、思わず咳込んだ。
突如、俺は眩暈に襲われた。視界の色彩が歪み、平衡感覚が狂う。
全身の筋肉が弛緩し、手に掛かる天蚕糸だけが、俺にどちらが上かを教えてくれる。
――。
徐々に感覚が元に戻る。
重力が下向きに働きはじめ、身体に力が入るようになる。
歪んでいた視界が正しく像を結び、目の前に微笑みを湛えるマユの顔が現れる。
「旦那様、ご気分はいかがですか?」
「マユ……、おれは、どのくらい……」
「ほんの十数秒でございます」
マユの指が俺の頬を撫でる。
その瞬間、耐え難いほどの熱を下半身に感じた。
見ると、男根が張り裂けそうなほどに膨張し、寝巻の上からでも分かるほどに脈動している。
下半身から発せられた熱は、すぐに体中に伝播し、頭に到達する。
俺は興奮というよりも、むしろ危機感から寝巻を下ろそうとするも、天蚕糸に腕を絡め捕られているせいで動けない。
「マユ! マユ! はやく、寝巻を!」
マユは、暴れる俺の耳に唇を寄せ、ふぅっと息を吹きかけた。
「ご安心ください、旦那様。すぐに楽にして差し上げます」
マユが、俺の耳たぶをガリッと噛む。
本来ならば痛みに悶えるところだっただろう。しかし、俺の体内を駆けたのは、飛び上るほどの快感であった。
だが、俺にそのことを疑問に思う余裕は無かった。俺の意識は、完全に下半身に鬱屈する欲望に支配されていたからだ。
これほど男根が張り詰め、今まさに爆発せんとしているのに、耳からの快感ではぐらかされた!
その事実が焦燥に変わり、俺は獣のように唸りながら何とか欲棒を自由にしようと腰を振り回す。
「そんなに焦らずとも、ちゃんと脱がして差し上げます♪」
マユが足の間に回り、するりと俺の寝巻を下す。
びんっ、音を立てるように、股間の雄が屹立した。その色は血のように赤黒く、浮き出た血管が別の生き物のように脈を打つ。俺もいい年だが、自分のモノがこんな状態になっいるのは、初めて見た。明らかに異常だ。
「まぁ、ご立派💛」
マユが嬉しそうに口元で手を合わせる。
そして腰を上げ、にじりにじりと俺の身体の上に登る。
俺は、心の中で歓声を上げていた。いよいよだ! いよいよだ!
マユがゆっくりと腰を下ろしていく。
鼓動が高まる。血圧が際限なく上がり、頭痛がしてくる。
そして遂に――。
マユの尻が、俺の腹の上に着地した。
「あ゛あ゛ぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
俺は声にならない悲鳴を上げ、暴れた。
ようやく! ようやくこの苦しみから解放されると思ったのに! 下半身を焦がす熱と雄としての衝動を! 放出できると思ったのに! 目の前にいるこの女を、孕ませられると思ったのに! 孕ませたい! この雌を孕ませたい!
だが俺がどれだけ暴れようとも、腹の上にいるこの女にはこの悲痛な思いは届かない! 寧ろ、がっちりと体を押さえ込まれてしまっている!
「旦那様、あまり暴れないでください。そんなに急かさずとも……」
マユの腰が、ずりずりと下がっていく。
腹の上を絹のように滑らかな体毛が撫でる。男根が、熱く湿りを帯びた女肉に包まれる。
「ちゃーんとお相手して差し上げます。マユは旦那様の妻なのですから」
ぬぷり、と蜜壺が男根を咥え込んだ。
「うぅ!」
狭い洞穴の中を、猛る雄器官が柔肉を掻き分けてずぷずぷと沈んでいく。
「んン!!」
マユが指を噛みながら仰け反る。幾何学模様の描かれた美しい翅を最大限に広げ、バタバタと羽ばたく。
熟れた果実のにおいが、ますます濃くなった。
知覚が刺激され、一瞬思考が元に戻る。そして俺は気が付いた。これは鱗粉だ。鱗粉のにおいだ!
モスマンの鱗粉には、性感を高め、妊娠の確立を上げる効果があると聞いたことがある。あと何かあったと思うが……だめだ、また思考に靄がかかってきた。思い出せない。
「旦那様、どうですか? マユの膣内は……?」
マユが、一層艶めかしい声で語りかけてくる。
「あぁ、あぁ……!」
快感で、上手く声が出せない。
マユが、嬉しそうにに口元を歪めた。
ああ、そうだ、いいじゃないか、彼女が喜んでさえいてくれれば。
「旦那様、旦那様!」
マユの腰を動かす速度が上がる。
ぬちゃぬちゃという、淫水の溶け合う淫らな音がその存在感を増す。
「……!」
蕩けるような快感が、腰を上り、男根を駆け上がる。
俺は、下半身をガクガクと跳ね踊らせ、それを絞り取らんとする最奥の雌器官に、雄のエキスをぶちまけた。
混だくする意識のなか、誰かが俺のほおに触る。
「旦那様。ありがとうございます。マユは、確かに子種を頂きました」
首元をくすぐる心地よい感しょくに、おれは自らほおをすりつけた。
おれに語りかけるこえのぬしが、うれしそうにクスクスとわらう。
「必ず、丈夫な赤ちゃんを産みますから――」
―どこかにいっちゃうの?―。
もはや、こえはでない。くちがうごいていたかもわからない。
ただ、めせんでかたりかけたのだろう。やさしいこえのぬしが、おれのあたまをだきしめてくれる。
「何処にも行きません。一生、尽くさせていただきます」
マユは昼間はよく働き、夜になると蕩ける様な雌の笑みと共に俺のベッドに潜り込んできた。
マユがよく働いてくれるので俺は今まで以上に寝室から出ることが少なくなり、一日中ベッドの上から動かない日も多くなった。そんな日でもマユは食事を寝室まで運んできてくれて、文句も言わず話し相手になってくれた。
俺は、少しでもマユが暮らしやすいようにと家中の窓の鎧戸を締め切り、日の光を遮断した。マユは少し心配そうにしていたが、どうせ部屋から出ない俺にはあまり関係のない話だった。
マユは、暗闇の中ではいつもより活動的になる。部屋の中でも宙を舞ったり、天井に逆さまにぶら下がったりする。後から本人に聞いたところ、モスマンの鋭敏な感覚器官にとって日光は強力なノイズのようなもので、それらが無いことで感覚器官をフルに動かせるようになるのだという。
春が終わり、夏になった。
商店からの金の受け取りは完了してしまったが、マユが山から食料を調達してきてくれるので、不安はなかった。
俺たちの日常は楽しく過ぎていった。
マユは、本当にいい子だ。俺にはもったいない程に。
だが、俺はかねてより、彼女に一つだけ不満があった。
彼女は毎夜、俺の相手をしてくれる。それは当然俺にとっても喜ばしいことではあるが、同時に魔物である彼女と交わるのは俺の義務であり、彼女の働きに対するある種の報酬であるとも考えていた。
……いや、交わるというのには語弊がある。なぜならば初めてマユが夜這いに来た日から今に至るまで、彼女は手での奉仕はするものの、それ以上のことはしなかったからだ。
そしてある晩、俺は遂にそのことを彼女に尋ねてみることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その日、マユはいつも通り俺を後ろから抱き込むようにして奉仕してくれていた。
マユの絹のように白い指が男根を這う。首筋から柔らかな乳房の感触と体毛のこそばゆい刺激が同時に伝わる。
「マユ、お願いがあるんだけど……」
「どうしました? 旦那様? お射精はまだ我慢ですよ?」
昼間は聞けない、少し厳しい口調が飛んでくる。細い指にグッと力が入り、男根を締め付ける。
「うっ……、いや、そうじゃなくて、なんでいつも手だけなんだ……?」
「手だけ、とは?」
「だから、何というか……あの、そろそろ、セックスとか……」
背後でマユの身体が硬直する気配を感じた。
身体の正面を弄繰り回していた手がしゅるりと肩に回り、俺の身体をぐっと前に押しのける。
「だ、旦那様、なんてお戯れを!」
マユの声が微かに震えている。肩に当たる手から、彼女の体温が急激に高くなったことがわかる。
「良いですか? セックスは、いけません。そんなことをしては、赤ちゃんが出来てしまいます。そういうのは、夫婦でやることです!」
「そんな! 俺はマユのことが好きだし、出来ればこのまま嫁に来て欲しいとも思ってるよ!?」
「な!?」
背後から、聞いたこともないような素っ頓狂な声が上がる。
マユは熱を帯びた額を俺の首筋に当て、フルフルと首を横に振った。二本の触覚が、頬を交互に柔らかく撫でる。
「いけません! いけません! 私は天涯孤独の身! そしてここは教団の影響下にある土地です! 今は何とか隠れ住んでいられていますが、いずれ私も見つかりましょう! そうなれば、私は旦那様の前から消えねばなりません! いずれ必ず別れが来ると分かっていて、旦那様の妻になることなどできません!」
この発言には、むしろ俺が驚いた。
今、マユは何と言ったか。俺の前から消えなばならぬと、いずれ必ず別れが来ると。そのような未来を俺は一切想定していなかったし、許容するつもりも無かった。
「別れって、そんなの来るわけないだろ! 家を締め切ってる限り教団には見つからないし、見つかったとしても二人で何処かに逃げればいい!」
ついつい語気が荒くなる。
それは……、とマユが口籠った。俺は畳みかけるように続けた。
「君は、俺に一生尽くすと言ったじゃないか! ありゃ嘘だったのか!?」
俺は肩を掴むマユの手を振りほどき、振り返りざまにがばっとマユを押し倒す。
そうだ、このまま挿れてしまおう! そう思い彼女の身体の上でもがくも、上手くいかない。
そうこうしているうちに、マユは私の手の中からするりと抜け出てしまった。
「旦那様は、そこまで私のことを思って下さっていたのですね……」
暗闇の中、マユの身体がふわりと天井に舞い上がる。夜目が聞かない俺には、彼女の姿が捉えられない。
「マユ! どこに行くんだ!」
「ご安心ください旦那様。マユはどこにも行きません」
天井の、隅の方から声がする。そして、上空を、何かが横切る気配。
「何をしてるんだ! マユ!」
「旦那様は今、私のことを押し倒そうと致しました。そこまで私との子供を望んでいて下さったなんて、感無量でございます」
今度は、先ほど声が聞こえてきた場所とは対角線上に当たる場所から声がする。
「そして、今までその気持ちに気が付けなかったこと、申し訳ございませんでした」
頭上を、マユの気配が行ったり来たりする。
ふわり、と何かが上から降ってきて、四肢に絡みつく。
鎧戸の隙間から漏れる僅かな月明かりに照らしてみると、それは薄緑色の繊維。天蚕糸のようだと思った。
「マユ……マユ! なんだこれは! 何をするつもりなんだ!」
マユが俺の目の前に降り立ち、俺の胸に寄りかかるようにすり寄ってくる。
「ご安心ください。私の紡いだ糸でございます。旦那様に害なすものではございません」
――むしろ、旦那様をお守りするためのものでございます――。
その声はいつも以上に穏やかで危険な母性に満ちていた。
「旦那様」
マユが俺の顔をじっと見つめる。
「旦那様がもし許して下さるのなら、私は、マユは、旦那様の妻になりたいと思います」
潤んだ瞳が微かな月明かりを反射し、キラキラと光る。だが俺は、正直返答に困っていた。嫌ではない。嫌な訳があるはずない。
だが、俺を見つめるその目の奥に、あの日、マユが家に来た日、恩を返させてくれと迫ってきた日に感じた物騒な気迫と同種のものを感じていた。
―もし断ればここで死んでやる―。そんな気迫。
だが、逃げ出すことはできない。逃げ出そうものなら、手足に掛かった糸が俺を絡め捕る。はぐらかすこともできない。つい先程「嫁に来てほしい」と軽々しく口に出したのは、他の誰でもない自分なのだ。
俺は、半ばマユの視線に操られるように、ゆっくりと頷いた。
マユの顔が、暗闇でもわかるくらいにパッと明るくなった。
「嬉しいっ!!」
マユその白く美しい翅をばっと開く。手に絡まっていた天蚕糸がぐっと引っ張られ、俺は座ったまま万歳をするような格好になる。
「ぐえっ!」
突然のことに変な声を上げてしまったが、喜びに包まれるマユの耳には届かない。
マユが座り込んだままバタバタと羽ばたく。彼女がこんなに激しく羽ばたいたことは今までなかった。空を飛ぶときも、もっと小さく静かに羽ばたいていた。これは、喜びの表現なのだろうか?
熟れた果実のような香りが、鼻を突いた。それは、彼女と肌を重ねるときに稀に感じるあの香り。
だが、今日の香りはいつもとは少し違う。圧倒的に濃い、むせ返るような芳香。一歩間違えれば悪臭と言われてしまいそうなほど強烈なそれを思いきり吸い込んでしまい、思わず咳込んだ。
突如、俺は眩暈に襲われた。視界の色彩が歪み、平衡感覚が狂う。
全身の筋肉が弛緩し、手に掛かる天蚕糸だけが、俺にどちらが上かを教えてくれる。
――。
徐々に感覚が元に戻る。
重力が下向きに働きはじめ、身体に力が入るようになる。
歪んでいた視界が正しく像を結び、目の前に微笑みを湛えるマユの顔が現れる。
「旦那様、ご気分はいかがですか?」
「マユ……、おれは、どのくらい……」
「ほんの十数秒でございます」
マユの指が俺の頬を撫でる。
その瞬間、耐え難いほどの熱を下半身に感じた。
見ると、男根が張り裂けそうなほどに膨張し、寝巻の上からでも分かるほどに脈動している。
下半身から発せられた熱は、すぐに体中に伝播し、頭に到達する。
俺は興奮というよりも、むしろ危機感から寝巻を下ろそうとするも、天蚕糸に腕を絡め捕られているせいで動けない。
「マユ! マユ! はやく、寝巻を!」
マユは、暴れる俺の耳に唇を寄せ、ふぅっと息を吹きかけた。
「ご安心ください、旦那様。すぐに楽にして差し上げます」
マユが、俺の耳たぶをガリッと噛む。
本来ならば痛みに悶えるところだっただろう。しかし、俺の体内を駆けたのは、飛び上るほどの快感であった。
だが、俺にそのことを疑問に思う余裕は無かった。俺の意識は、完全に下半身に鬱屈する欲望に支配されていたからだ。
これほど男根が張り詰め、今まさに爆発せんとしているのに、耳からの快感ではぐらかされた!
その事実が焦燥に変わり、俺は獣のように唸りながら何とか欲棒を自由にしようと腰を振り回す。
「そんなに焦らずとも、ちゃんと脱がして差し上げます♪」
マユが足の間に回り、するりと俺の寝巻を下す。
びんっ、音を立てるように、股間の雄が屹立した。その色は血のように赤黒く、浮き出た血管が別の生き物のように脈を打つ。俺もいい年だが、自分のモノがこんな状態になっいるのは、初めて見た。明らかに異常だ。
「まぁ、ご立派💛」
マユが嬉しそうに口元で手を合わせる。
そして腰を上げ、にじりにじりと俺の身体の上に登る。
俺は、心の中で歓声を上げていた。いよいよだ! いよいよだ!
マユがゆっくりと腰を下ろしていく。
鼓動が高まる。血圧が際限なく上がり、頭痛がしてくる。
そして遂に――。
マユの尻が、俺の腹の上に着地した。
「あ゛あ゛ぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
俺は声にならない悲鳴を上げ、暴れた。
ようやく! ようやくこの苦しみから解放されると思ったのに! 下半身を焦がす熱と雄としての衝動を! 放出できると思ったのに! 目の前にいるこの女を、孕ませられると思ったのに! 孕ませたい! この雌を孕ませたい!
だが俺がどれだけ暴れようとも、腹の上にいるこの女にはこの悲痛な思いは届かない! 寧ろ、がっちりと体を押さえ込まれてしまっている!
「旦那様、あまり暴れないでください。そんなに急かさずとも……」
マユの腰が、ずりずりと下がっていく。
腹の上を絹のように滑らかな体毛が撫でる。男根が、熱く湿りを帯びた女肉に包まれる。
「ちゃーんとお相手して差し上げます。マユは旦那様の妻なのですから」
ぬぷり、と蜜壺が男根を咥え込んだ。
「うぅ!」
狭い洞穴の中を、猛る雄器官が柔肉を掻き分けてずぷずぷと沈んでいく。
「んン!!」
マユが指を噛みながら仰け反る。幾何学模様の描かれた美しい翅を最大限に広げ、バタバタと羽ばたく。
熟れた果実のにおいが、ますます濃くなった。
知覚が刺激され、一瞬思考が元に戻る。そして俺は気が付いた。これは鱗粉だ。鱗粉のにおいだ!
モスマンの鱗粉には、性感を高め、妊娠の確立を上げる効果があると聞いたことがある。あと何かあったと思うが……だめだ、また思考に靄がかかってきた。思い出せない。
「旦那様、どうですか? マユの膣内は……?」
マユが、一層艶めかしい声で語りかけてくる。
「あぁ、あぁ……!」
快感で、上手く声が出せない。
マユが、嬉しそうにに口元を歪めた。
ああ、そうだ、いいじゃないか、彼女が喜んでさえいてくれれば。
「旦那様、旦那様!」
マユの腰を動かす速度が上がる。
ぬちゃぬちゃという、淫水の溶け合う淫らな音がその存在感を増す。
「……!」
蕩けるような快感が、腰を上り、男根を駆け上がる。
俺は、下半身をガクガクと跳ね踊らせ、それを絞り取らんとする最奥の雌器官に、雄のエキスをぶちまけた。
混だくする意識のなか、誰かが俺のほおに触る。
「旦那様。ありがとうございます。マユは、確かに子種を頂きました」
首元をくすぐる心地よい感しょくに、おれは自らほおをすりつけた。
おれに語りかけるこえのぬしが、うれしそうにクスクスとわらう。
「必ず、丈夫な赤ちゃんを産みますから――」
―どこかにいっちゃうの?―。
もはや、こえはでない。くちがうごいていたかもわからない。
ただ、めせんでかたりかけたのだろう。やさしいこえのぬしが、おれのあたまをだきしめてくれる。
「何処にも行きません。一生、尽くさせていただきます」
15/01/05 23:30更新 / 万事休ス
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