連載小説
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魔女狩りの村 その1
「と、そこで俺は男の方に言ってやったわけよ。『ここは人間様のための店だ。テメェみてぇな魔物の手先は天の光に焼かれちまいな』ってな!」
「きゃー! おじ様かっこいい! 勇気ある人って大好き!」
「だっはっは! もう20年以上前の話だがな!」
 揺れる荷馬車の天幕の中、髭面の大男が膝を叩いて豪快に笑った。
 彼と話しているのは16歳くらいの金髪長髪の村娘。そして彼女の陰に隠れるようにして、俯いて押し黙っている11歳くらいの少女。年上の少女と同じ髪色、髪質をしている。おそらくは姉妹だろう。
 ランプのオレンジ色の光に照らされた天幕の中には、各地の名産品が商人独特の収納術でもって詰め込めれている。三人が腰を下ろしているのは、その貨物に囲まれた小さな空間。恐らく旅の途中で怪我人がでた時などに、収容する為のスペースだろう。馬車が揺れるたび、うず高く積まれた貨物達がガタガタと音を立て、圧迫感が尋常ではない。妹らしき少女はその圧力に負けてしまったらしく、喉からぐぅ、と苦しそうな呻きを上げた。
「あら、どうしちゃったの? エミリーちゃん。ごめんなさい、この子ちょっと人見知りで……」
「はっはっは! 妹ちゃんにはちょいと刺激の強い話だったかな? よしよし、じゃあ次はもっと平和な話を……」
「えー! あたしー、もっとおじ様のかっこいい武勇伝が聞きたーい!」
 姉らしき少女が媚びるような猫なで声でそう言ったのと同時に、馬車が大きくガタンと揺れた。
 天幕を割って、若い男が顔を覗かせる。
「親方、大変です! 車輪が泥に取られて……」
「ああん!? バカヤロウ、何やってんだ!」
 髭面の大男が若者に怒鳴りちらし、少女達にすぐ戻ってくるからといって、天幕の外へ出る。
 天幕の中には、二人の少女だけになった。
 と、妹らしき方、エミリーと呼ばれた彼女の影から何やら黒い蔦のようなものがにょきりと生えてきて、そして、姉の尻をばちんと叩く。
「いってぇ!?」
 先ほどの妙に甲高い猫なで声とは違う、むしろ若干ハスキーな声で、姉と思われていた少女が悲鳴を上げた。
「なにすんすか姉御!」
「なにすんすか、じゃありませんわ! 気味の悪い猫なで声出して! 貴女は猫じゃなくて鼠でしょうが!」
 どこから響いたのか、姿の見えない第三者の声と共に影の蔦がしゅるりと伸びて、年上の少女の金髪を弾き飛ばす。その下から短く切り揃えられた銀髪と、まんまるの鼠の耳が現れる。人間ではない。鼠の魔物、ラージマウスである。
「ちょ!? ここではホント不味いっすよ! 誰かに見られたらどうすんすか!?」
 ラージマウスは落ちてきたウィッグを華麗にキャッチし、慌てて再装着する。
「アタイだって、あんなおっさんの謎の自慢話なんて聞きたくないですよ。でも、馬車に同乗せてもらってる身なわけですから、多少は相手を立てないとですね……」
「その発想が気に入らないんですの」
 エミリーの影がにわかに泡立ち、そこからずるりと這い出るように、一匹の魔物が姿を現した。幼い容姿、人よりも獣に近い手足、尻尾、そして髪と同化するように生えている猫の耳。ファミリアである。
「なんだか強者に尻尾を振ってるみたいで。サラ、あなたラージマウスだとおもってたんですけど、もしかしてラージドッグでしたの?」
「ラージドッグって! それ言ったら姉御こそファミリアでしょ!」
「なっ! ファミリアを何だと思ってますの!?」
 かしましく言い合いを続ける二人の影で、完全に存在を忘れられたエミリーが「もうやだぁ……」と呟いて、自分の髪をぐいと引っ張る。
 金髪がずるりと地に落ちて、その下から栗色の癖毛が現れた。女顔ではあるが、こうして見ると間違いなく男児である。
 彼の名はエミール・シェルドン。サバトとの取引が明るみに出て失脚し、家名を剥奪された貴族、シェルドン家の元令息。只今絶賛指名手配中の、少年没落貴族である。

 ☆

 何故、彼が女装をしているのか。多少時間を戻して、語らねばなるまい。
 潜伏先の街にて、魔女狩りの情報を入手したエミール少年一行は、魔女が捕まったという村に向かうため、同じ方向に向かうという商隊に同行させてもらうことになった。
 息を切らせて待ち合わせの街門に到着したエミール少年が、商隊は何処かときょろきょろしていると、突然、何者かに片腕を捕まれ、建物と建物の間の細い隙間に引きずり込まれた。
 前の街でサラに誘拐されかけた記憶が思い出され、焦りで息を詰まらせたエミール少年であったが、そのまま倒れ込んだ自分を抱きとめてくれたのは、他ならぬサラであった。街中なので、当然いつものように人間に変装している。
 安堵感から、ほっと息を吐く。
 だが、なんだか妙な話である。「サラに誘拐されたことを思い出して焦ったけれど、誘拐犯はサラだったので安心した」少年は小さく口ずさんだが、状況をいまいち上手く言葉にできない。少年は腕を組んで首を捻り、何度も状況を説明にしようと試みる。
 少年が俯いて一人うんうんと唸っていると、サラが彼の鼻先にずいと何かを押し付けてきた。
 女物の服であった。サラが今も着用している、緑と白を基調としたディアンドルと同じようなデザインで、一回り小さい。
「ボス、これに着替えてください」
 少年はぎょっとして彼女の顔を見る。冗談かと思ったが、その目は真剣そのものだ。
「商売人ってのは顔が広いですからね。念のためです。流石に性別まで変えれば、そうそうバレはしないでしょう」
 当然彼も抵抗したが、あろうことか教育係兼護衛であるミーファがサラの提案をあっさり認めてしまった。
 結局、時間も押しているということで、彼の変身は二人掛かりで極めて迅速に実行された。
 ちなみに、彼の女装はその容貌と声変わり前の高い声音が合間って、異常な完成度の高さを見せている。

 ☆

 暫くすると、また馬車が大きく揺れ、荷台が少しだけ前に進んだ。外から歓声が聞こえる。
「やばっ、早く戻って姉御! ボスもウィッグ直して!」
 三人は慌てて身なりを整える。
 元の格好に戻ると同時に、天幕を割って髭面の大男が荷台の中に戻っきた。
 馬車が、ゆっくりと動き出す。
「待たせて悪かったな、お嬢ちゃん達」
 大男はどっかりと腰を下ろし「さて、どこまで話したっけか?」と言って、また不毛な自分語りを始めた。

 ☆

 その後、揺れる密室で延々と大男の話を聴き続け、エミール少年の精神が限界に近づいた頃、ゆっくりと馬車が停まった。
 分厚い天幕を割って、さっきの若い男が顔を出す。
「親方、そろそろ飯にいたしやしょう」
 大男は、おう、と威勢良く返事をすると、少年達(視覚的には少女達である)の方を振り返り、
「それじゃ、お嬢ちゃん達。少し待っててな。今から美味い飯を用意するからよ!」
と言って表に出て行った。

 大男の捲った天幕の端が、ぱさりと音を立てて落ちた瞬間、エミール少年は深い溜息をついた。ミーファも影から飛び出して、猫が伸びをするように、ぐーっと背伸びをする。
「ああ、まったく話の長い殿方でしたわね。坊っちゃま、ご気分は大丈夫ですか?」
 エミール少年は青い顔をして口元を押さえている。どうやら乗り物酔いらしい。
 ミーファは、エミール少年の背をさすり始めた。
「まあ、難はありますが良い方のようで良かったですわ。このご時世、身元も分からない人間二人を何も聞かずに乗せてくれる方なんて、なかなかいませんわよ。しかも、無償で食事まで用意してくれるなんて……」
 ごふっ、と人がむせるような音がした。
 ミーファとエミール少年が音の発生源を見ると、こちらに背を向けて座り込んだサラが、ゴホゴホと咳払いをしている。
「え? あぁ……いやー、ここら辺埃っぽくて駄目ですね! 実はアタイ喘息持ちでね……それだけです!」
 二人の視線に気がついたサラが妙に明るい声音で取り繕うように言った。
 そして、また二人に背を向け、ゴソゴソと自分の背嚢を漁る。
「ちょっと待ちなさいサラ。あなた、何で荷造りをしてますの?」
 その問いかけに、サラがびくりと背を跳ねさせる。
「え、あ、そりゃ、アタイにとっちゃこれが全財産ですからね? 確認は頻繁にしますよ。ボスも荷物確認したらどうですか?」
 ミーファの足元から影の蔦がするすると伸びていき、サラの腰、背中、肩を伝って、ゆっくりと首に巻きついた。
 そして、余った蔦の先端が、サラの顎を捉え、ぐいっと引っ張る。
 顔の向けられた先には、いつの間にここまで接近したのか、ミーファの、張り付いたような笑みの、その鼻先があった。
「どうしたのかと聞いていますの」
 蔦に、ぐぐっと力が入る。サラが焦った様子で目線を泳がせる。ミーファの顔を見て、エミール少年に視線を向けたのち、またミーファの顔を見て、観念したように口を開いた。
「わかりましたよ! 説明するんで、ちょっとこっちに……」
 そう言って、ミーファと二人で少年に背を向けるようにして、こそこそと何かを話しはじめる。
 突然、「はぁ!?」とミーファが大声を上げた。
「ちょっ、姉御っ、声、声!」
「荷馬車に乗せてもらうかわりに、夜の相手をする約束をしたですって!? し、しかも、ぼぼぼ坊っちゃま含めて!? あなた、頭おかしいんじゃないですの!?」
 流石のエミール少年も吹き出した。嘔吐感はどこかに消え去り、かわりに目眩がやってきた。成る程、そのための女装だったのか。
 突然、外から声が掛けられた。
「おーい、どうした、大丈夫かー?」
 ミーファの声が漏れたのだろう。幸い声の主が三人目の乗客であることはばれていないようだが、野太い声は間違いなく少年たちに向けられている。
 三人は口をつぐんで、凍りついたように動きを止めた。
 サラが、目配せをして、明るい声音で返事をした。
「大丈夫でーす! エミリーがお腹減ったって煩いものだから、つい声を出しちゃったの!」
「はっはっは! そりゃー、良いことだ! すぐに出来るから、しっかり腹空かせて待っててな!」
 少年は、ごくり、と息を飲んだ。
 だが、それ以上は外からの呼びかけは無かった。そこそこの規模の商隊だ。恐らく食事の準備だけでも結構な大仕事なのだろう。
 三人は音を立てぬようにして、一箇所に集まってしゃがみこんだ。
 ミーファが声を潜めて「これからどうするつもりですの!」と、サラに食って掛かった。エミール少年は言葉も見つからず、懇願するような目でサラとミーファを交互に見比べている。
「アタイだって、あんなおっさんの相手をするつもりはありませんよ!」
 サラが弁明するように、声を潜めながらではあるが力強く言った。
「仕方なかったんですよ! タダ乗りさせてくれる馬車なんて、余計に怖いですし! ……とにかく、食事の準備で手が塞がってるなら好都合です。外も暗くなってきたみたいですし、今が逃走のチャンスですよ!」
 ミーファが何かを言おうと口を開いたが、既に異様な手際の良さで逃走の準備を整え始めているサラを見て、頭を抱えて深い溜息を吐いた。
15/07/21 01:20更新 / 万事休ス
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■作者メッセージ
サラとミーファの掛け合いは書いててすごく楽しいです。
その2に続く。

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