没落少年貴族の冒険 その6
「あ゛ぁああああぁああああぁあああああああ!!!!」
アリーシャが絶叫しながらサラに襲い掛かる。
早い! 先程までの戦いでは、これほどの速度は見せていなかった。さらにその腕は激しい炎に包まれ、それを大きく振りかぶり、弾丸のごとくサラに殴り掛かる。
「ひぃ!?」
サラが頭を抱えてしゃがみこむ。
すると、大ぶりのパンチを盛大に空振ったアリーシャは、自分の勢いを制御できずにそのまま前方の廃墟の壁に激突し、それを突き破った。
天井が崩れ、派手な倒壊音と共に瓦礫がアリーシャを飲み込む。
サラも、ミーファも、エミール少年も、何が起こったのか分からずただただ呆然としていた。
と、突然瓦礫の山から火柱が上がったかと思うと、廃材を吹き飛ばして中からアリーシャが飛び出してきた。
「ズァああああああああああ!!!!」
上空から炎と共にサラを急襲するも、サラが悲鳴を上げて逃げ出したことで、またもその攻撃は不発に終わる。
アリーシャが殴りつけた地面が大きく陥没し、周囲から火柱が吹き上がった。
「があああああああああああ!!!!」
アリーシャは執拗にサラを狙うも、サラがちょこまかと逃げ回るせいで攻撃が当たらない。
サラがかわしているのではない。アリーシャが外しているのだ。
彼女の動きに、先程までの繊細さは一切ない。大振りで力任せの、大雑把なテレフォンパンチ。動きは早いが単調で、相手目がけて真っ直ぐに突っ込むばかりの姿はまさに猪武者といった感じである。
本当にこれが、先ほどまで自在に動く影の蔦を体捌きだけでかわしていた魔物と同一人物なのだろうか。
「うわぁ!」
度重なる連続攻撃に、ついにサラが体勢を崩す。
アリーシャはこれを見逃さず、地面でもがくサラに向けて両手を組んで振り上げる。拳どころかその体全体が、激しい炎に包まれる。
「サラ! 頭を上げるんじゃなくてよ!」
両手を上げたことで完全に無防備となったアリーシャの脇腹目がけて、編み込まれて人の胴体ほどの太さになった影の蔦が、しなる様に叩き込まれた。
脇腹の薄い皮膚の下には無防備な肋骨がある。即ち人体の急所。そこにもろに攻撃を食らったアリーシャは、メキメキという嫌な音と共に体を横にくの字に折り曲げ、自身の炎を纏い回転しながら吹き飛んだ。
そうして、なにやら煉瓦造りの倉庫の様な建物の壁を突き破り、その中に突っ込む。
すると、倉庫の中から激しい爆裂音が響き始める。
立ち込める煙の中から、炸裂音と共に色とりどりの無数の火の玉が、尾を引いて四方に噴出する。
「な、何が起きてるんですの!?」混乱のあまりヒステリックに叫ぶミーファに、命が助かったことが信じられないのか少し放心気味のサラが答える。
「あぁ、あれは、火薬庫、ですよ……。夏至祭で、来週使う、花火に、引火したんでしょう……」
そうして、鮮やかな爆発を見ながらぽつりと呟いた。「今年の夏至祭は花火なしかぁ……」
ふと、周囲が騒がしくなっていることに気が付く。
見れば、周囲の家々の窓に明かりが灯っている。中には窓から身を乗り出して爆発を見物している者もいる。
「しまった! 騒ぎを大きくし過ぎた!」
サラが跳ねるように立ち上がる。
「ボス、姉御、早くズラかりましょう! この騒ぎだ、すぐに衛兵が来る!」
ミーファは自分の足元を見て、影縫いが解けていることに気が付いた。
まだ宙に浮くだけの魔力が回復していないので、よたよたと慣れない二足歩行を試みる。
「どうしたんですか姉御急いで……って、姉御! 腕! 腕!」
動けないエミール少年を背負ったサラであるが、ここでようやくミーファの片腕がなくなっていることに気が付いたのか、慌てた様子で指摘する。
「黙りなさい! 腕は問題ないですわ! でも、飛ぶだけの魔力が残ってなくて……よ、ほっ」
片腕でバランスを取りながら、二足歩行を覚えたての子供のように頼りない足取りのミーファを見てじれったく思ったのか、サラが彼女をひょいと小脇に抱える。
「ちょっ、何するんですの!」
「暴れないでください……ってか姉御、体重軽っ!!」
そうして二人を抱えたサラは、手近な整備口から下水道へと潜り込んだ。
☆
地下に潜り、ミーファ、サラ、エミール少年の三人は、ようやく一息つくことができた。
「二人とも、見ました!? アタイ、クノイチを倒しましたよ! 裏社会で恐れぬ者などいない最強の刺客、クノイチを!」
ここにきて、自分の成したことを理解し始めたのか、サラが急にはしゃぎ始める。
はぁ、とミーファがため息をつく。
「馬鹿おっしゃい。向こうが魔力のコントロールを失ったのが原因ではないですの。相手の自滅ですよ自滅」
そうして、そっとサラの手をとる。
「やっぱり。貴女、相当魔力をため込んでますわね。道理で落ち着きがないと思ったんです。あのクノイチは、突然大量の魔力を流し込まれたせいで、精密な魔力コントロールが狂ったんでしょう。今回は良かったけれど、もっと魔力の扱いに長けた者が相手だったら、敵に塩を送ることになっていましたわよ?」
やれやれ、とひと通り呆れたのち、ミーファが何故か厳しい口調で問いただす。
「サラ、貴女、何故助けにきましたの?」
そう言って、サラをキッと睨む。
「貴女、下手をすれば死んでいましたのよ?」
サラはそれについてさも驚いた様子で返した。
「いやいやいや、何言ってんすか姉御!? 姉御ったら、まだアタイに掛けた『嘘が吐けない魔法』を解いてくれてないじゃないですか!」
えっ、とサラとエミール少年が小さく声を上げる。それを見て「なんすかその鳩が豆鉄砲食らったような顔は!」とサラがぷりぷりと怒り出す。
二人としては、てっきり彼女は友情とかそれに類するものを感じて助けに来てくれたものだと思っていたのだ。
だが冷静に考えずともそんなことはありえないだろう。共謀者であったとはいえ、魔法で脅して協力させていた間柄である。
「姉御ったら入口で『今だけ魔法を解く』とか言って本当にあの時しか魔法解いてくれないんですもん! 大変だったんですよ? 騒ぎの後にボスの件で色々詰問されたけど、言論制限の魔法のせいで全部ペラペラ喋っちゃって、何故か衛兵がパーティに踏み入ってきたこともアタイのせいになっちゃうし!」
怒りと共に訴えるサラに、ミーファが気まずそうに返す。
「あ、ああ、それは申し訳なかったですわね。では今魔法を解きますから、あなたも早く何処へでもお逃げになって……」
「何言ってんすか!?」
サラの気迫に、初めてミーファが押された。喉からひぃっと小さな悲鳴が漏れる。
「今更、この町で一人にする気ですか!? ごろつき連中にみつかったら、アタイはリンチの後に晒し首ですよ!」
「で、ではどうすれば……」
「勿論、これから先もお供させてもらいますよ!」
「「えぇ!?」」今度こそ、二人は驚愕の声を上げた。
一方サラは、この人たちは何をそんなに驚いてるんだ、といった顔をしている。
「え、駄目っすか?」
「駄目じゃないけど……」エミール少年が困惑の声を上げる。
「サラ、伝えていなかったですが、実はあたくし達の正体は……」ミーファがサラを諭そうと、少し困った様子で口を開く。
だが、彼女が言い終わる前に「お尋ね者のエミール・シェルドンでしょ?」とサラが割り込む。
驚くミーファとエミール少年を見て、サラはにんまりと笑うと、まだ上手く動けないエミール少年の頭を抱き寄せ、髪がぐしゃぐしゃになる程撫でまくる。
「ボスったら〜。こんなかわいい顔して、まさか国中で指名手配になるような大悪党だったなんて! マジでボスだったんですね!」
「ちょっ、違っ」サラの腕の中でもがくエミール少年。
「それは誤解でして」とミーファも何とか弁解しようと言葉を探す。
だがサラはケラケラと笑って返す。
「冗談ですよ。ごろつき連中に詰問されたときに散々聞かされましたからね。シェルドン家の罪状って魔物と繋がりがあったことなんでしょ? なら魔物のアタイには関係ないですよ」
ミーファもエミール少年も、怒涛の展開に言葉が出ない。だがサラはそんなことは無視して続ける。
「これから先も、お尋ね者として逃げ続けるんでしょ? 貴族のお坊ちゃまじゃあ、堅気じゃない奴らとの付き合い方なんて分からないだろうし、アタイがいれば色々便利だと思いますよ?」
ただし! と彼女は少し強めの口調で一度言葉を切った。
「ただし、もしお家の再興に成功したら、そん時はアタイを雇って下さい! メイドでも庭師でもなんでもしますよ! あ、住処はそっちで提供してくださいね?」
あっけらかんととんでもないことを言い放つサラに、ミーファとエミール少年は目を見合わせる。
まだ彼女の言論制限の魔法は解いていない。今の話は間違いなく、彼女の真意なのだろう。
彼女の言っていることはつまり、「家を再興してからの身分を保証してくれるなら、再興の手助けをしてもいい」ということだ。
これは二人にとっては願ってもない話であり、断る理由は当然なかった。
二人は同時に、こくりと頷く。
「やった!」
サラがぴょんぴょんと跳ねまわって喜ぶ。
「約束ですよ! 住処と、仕事です!」
☆
サラは、二人にこの街を脱出し、国境を越える方策を説明した。
その方法とは、汽車の貨物に紛れること。
シンプルな方法ではあるが、彼女曰く、この時期は夏至祭で必要な物資を隣国から買い入れるため、日の出前に時刻表にない貨物列車が走るのだという。
特段機密事項というわけではないが、わざわざ公表されているような話でもない。
他領地の貴族たちは知る由もないし、ゴロツキ程度では列車の運行を妨げることはできない。気がかりなのは衛兵であるが、彼等は先の火薬庫の火災で手一杯だろう。
エミール少年の回復を待ってから、三人は下水道を移動した。
駅周辺で地上に出て、人目を忍んで貨物車両に潜り込む。潜り込んだ車両には、丁度家畜用らしい藁がこんもりと積んであったので、三人はその中に潜り込んだ。
しばらくして、大きな汽笛と共に車体が動き始めた。ゴトンゴトンという揺れと共に、汽車はどんどん加速していく。
―――
――
―
車体側面にある搬入口の隙間から見える空が白み始めた頃、隙間から外を見ていたサラが「国境を越えました」と呟いた。
三人は、藁の山から飛び出した。
そして、飛び跳ねて喜び勇むでもなく、手を打ち合い互いの健闘を称えるでもなく……達成感と安心感から、疲れた笑いと共にその場に崩れ落ちた。
アリーシャが絶叫しながらサラに襲い掛かる。
早い! 先程までの戦いでは、これほどの速度は見せていなかった。さらにその腕は激しい炎に包まれ、それを大きく振りかぶり、弾丸のごとくサラに殴り掛かる。
「ひぃ!?」
サラが頭を抱えてしゃがみこむ。
すると、大ぶりのパンチを盛大に空振ったアリーシャは、自分の勢いを制御できずにそのまま前方の廃墟の壁に激突し、それを突き破った。
天井が崩れ、派手な倒壊音と共に瓦礫がアリーシャを飲み込む。
サラも、ミーファも、エミール少年も、何が起こったのか分からずただただ呆然としていた。
と、突然瓦礫の山から火柱が上がったかと思うと、廃材を吹き飛ばして中からアリーシャが飛び出してきた。
「ズァああああああああああ!!!!」
上空から炎と共にサラを急襲するも、サラが悲鳴を上げて逃げ出したことで、またもその攻撃は不発に終わる。
アリーシャが殴りつけた地面が大きく陥没し、周囲から火柱が吹き上がった。
「があああああああああああ!!!!」
アリーシャは執拗にサラを狙うも、サラがちょこまかと逃げ回るせいで攻撃が当たらない。
サラがかわしているのではない。アリーシャが外しているのだ。
彼女の動きに、先程までの繊細さは一切ない。大振りで力任せの、大雑把なテレフォンパンチ。動きは早いが単調で、相手目がけて真っ直ぐに突っ込むばかりの姿はまさに猪武者といった感じである。
本当にこれが、先ほどまで自在に動く影の蔦を体捌きだけでかわしていた魔物と同一人物なのだろうか。
「うわぁ!」
度重なる連続攻撃に、ついにサラが体勢を崩す。
アリーシャはこれを見逃さず、地面でもがくサラに向けて両手を組んで振り上げる。拳どころかその体全体が、激しい炎に包まれる。
「サラ! 頭を上げるんじゃなくてよ!」
両手を上げたことで完全に無防備となったアリーシャの脇腹目がけて、編み込まれて人の胴体ほどの太さになった影の蔦が、しなる様に叩き込まれた。
脇腹の薄い皮膚の下には無防備な肋骨がある。即ち人体の急所。そこにもろに攻撃を食らったアリーシャは、メキメキという嫌な音と共に体を横にくの字に折り曲げ、自身の炎を纏い回転しながら吹き飛んだ。
そうして、なにやら煉瓦造りの倉庫の様な建物の壁を突き破り、その中に突っ込む。
すると、倉庫の中から激しい爆裂音が響き始める。
立ち込める煙の中から、炸裂音と共に色とりどりの無数の火の玉が、尾を引いて四方に噴出する。
「な、何が起きてるんですの!?」混乱のあまりヒステリックに叫ぶミーファに、命が助かったことが信じられないのか少し放心気味のサラが答える。
「あぁ、あれは、火薬庫、ですよ……。夏至祭で、来週使う、花火に、引火したんでしょう……」
そうして、鮮やかな爆発を見ながらぽつりと呟いた。「今年の夏至祭は花火なしかぁ……」
ふと、周囲が騒がしくなっていることに気が付く。
見れば、周囲の家々の窓に明かりが灯っている。中には窓から身を乗り出して爆発を見物している者もいる。
「しまった! 騒ぎを大きくし過ぎた!」
サラが跳ねるように立ち上がる。
「ボス、姉御、早くズラかりましょう! この騒ぎだ、すぐに衛兵が来る!」
ミーファは自分の足元を見て、影縫いが解けていることに気が付いた。
まだ宙に浮くだけの魔力が回復していないので、よたよたと慣れない二足歩行を試みる。
「どうしたんですか姉御急いで……って、姉御! 腕! 腕!」
動けないエミール少年を背負ったサラであるが、ここでようやくミーファの片腕がなくなっていることに気が付いたのか、慌てた様子で指摘する。
「黙りなさい! 腕は問題ないですわ! でも、飛ぶだけの魔力が残ってなくて……よ、ほっ」
片腕でバランスを取りながら、二足歩行を覚えたての子供のように頼りない足取りのミーファを見てじれったく思ったのか、サラが彼女をひょいと小脇に抱える。
「ちょっ、何するんですの!」
「暴れないでください……ってか姉御、体重軽っ!!」
そうして二人を抱えたサラは、手近な整備口から下水道へと潜り込んだ。
☆
地下に潜り、ミーファ、サラ、エミール少年の三人は、ようやく一息つくことができた。
「二人とも、見ました!? アタイ、クノイチを倒しましたよ! 裏社会で恐れぬ者などいない最強の刺客、クノイチを!」
ここにきて、自分の成したことを理解し始めたのか、サラが急にはしゃぎ始める。
はぁ、とミーファがため息をつく。
「馬鹿おっしゃい。向こうが魔力のコントロールを失ったのが原因ではないですの。相手の自滅ですよ自滅」
そうして、そっとサラの手をとる。
「やっぱり。貴女、相当魔力をため込んでますわね。道理で落ち着きがないと思ったんです。あのクノイチは、突然大量の魔力を流し込まれたせいで、精密な魔力コントロールが狂ったんでしょう。今回は良かったけれど、もっと魔力の扱いに長けた者が相手だったら、敵に塩を送ることになっていましたわよ?」
やれやれ、とひと通り呆れたのち、ミーファが何故か厳しい口調で問いただす。
「サラ、貴女、何故助けにきましたの?」
そう言って、サラをキッと睨む。
「貴女、下手をすれば死んでいましたのよ?」
サラはそれについてさも驚いた様子で返した。
「いやいやいや、何言ってんすか姉御!? 姉御ったら、まだアタイに掛けた『嘘が吐けない魔法』を解いてくれてないじゃないですか!」
えっ、とサラとエミール少年が小さく声を上げる。それを見て「なんすかその鳩が豆鉄砲食らったような顔は!」とサラがぷりぷりと怒り出す。
二人としては、てっきり彼女は友情とかそれに類するものを感じて助けに来てくれたものだと思っていたのだ。
だが冷静に考えずともそんなことはありえないだろう。共謀者であったとはいえ、魔法で脅して協力させていた間柄である。
「姉御ったら入口で『今だけ魔法を解く』とか言って本当にあの時しか魔法解いてくれないんですもん! 大変だったんですよ? 騒ぎの後にボスの件で色々詰問されたけど、言論制限の魔法のせいで全部ペラペラ喋っちゃって、何故か衛兵がパーティに踏み入ってきたこともアタイのせいになっちゃうし!」
怒りと共に訴えるサラに、ミーファが気まずそうに返す。
「あ、ああ、それは申し訳なかったですわね。では今魔法を解きますから、あなたも早く何処へでもお逃げになって……」
「何言ってんすか!?」
サラの気迫に、初めてミーファが押された。喉からひぃっと小さな悲鳴が漏れる。
「今更、この町で一人にする気ですか!? ごろつき連中にみつかったら、アタイはリンチの後に晒し首ですよ!」
「で、ではどうすれば……」
「勿論、これから先もお供させてもらいますよ!」
「「えぇ!?」」今度こそ、二人は驚愕の声を上げた。
一方サラは、この人たちは何をそんなに驚いてるんだ、といった顔をしている。
「え、駄目っすか?」
「駄目じゃないけど……」エミール少年が困惑の声を上げる。
「サラ、伝えていなかったですが、実はあたくし達の正体は……」ミーファがサラを諭そうと、少し困った様子で口を開く。
だが、彼女が言い終わる前に「お尋ね者のエミール・シェルドンでしょ?」とサラが割り込む。
驚くミーファとエミール少年を見て、サラはにんまりと笑うと、まだ上手く動けないエミール少年の頭を抱き寄せ、髪がぐしゃぐしゃになる程撫でまくる。
「ボスったら〜。こんなかわいい顔して、まさか国中で指名手配になるような大悪党だったなんて! マジでボスだったんですね!」
「ちょっ、違っ」サラの腕の中でもがくエミール少年。
「それは誤解でして」とミーファも何とか弁解しようと言葉を探す。
だがサラはケラケラと笑って返す。
「冗談ですよ。ごろつき連中に詰問されたときに散々聞かされましたからね。シェルドン家の罪状って魔物と繋がりがあったことなんでしょ? なら魔物のアタイには関係ないですよ」
ミーファもエミール少年も、怒涛の展開に言葉が出ない。だがサラはそんなことは無視して続ける。
「これから先も、お尋ね者として逃げ続けるんでしょ? 貴族のお坊ちゃまじゃあ、堅気じゃない奴らとの付き合い方なんて分からないだろうし、アタイがいれば色々便利だと思いますよ?」
ただし! と彼女は少し強めの口調で一度言葉を切った。
「ただし、もしお家の再興に成功したら、そん時はアタイを雇って下さい! メイドでも庭師でもなんでもしますよ! あ、住処はそっちで提供してくださいね?」
あっけらかんととんでもないことを言い放つサラに、ミーファとエミール少年は目を見合わせる。
まだ彼女の言論制限の魔法は解いていない。今の話は間違いなく、彼女の真意なのだろう。
彼女の言っていることはつまり、「家を再興してからの身分を保証してくれるなら、再興の手助けをしてもいい」ということだ。
これは二人にとっては願ってもない話であり、断る理由は当然なかった。
二人は同時に、こくりと頷く。
「やった!」
サラがぴょんぴょんと跳ねまわって喜ぶ。
「約束ですよ! 住処と、仕事です!」
☆
サラは、二人にこの街を脱出し、国境を越える方策を説明した。
その方法とは、汽車の貨物に紛れること。
シンプルな方法ではあるが、彼女曰く、この時期は夏至祭で必要な物資を隣国から買い入れるため、日の出前に時刻表にない貨物列車が走るのだという。
特段機密事項というわけではないが、わざわざ公表されているような話でもない。
他領地の貴族たちは知る由もないし、ゴロツキ程度では列車の運行を妨げることはできない。気がかりなのは衛兵であるが、彼等は先の火薬庫の火災で手一杯だろう。
エミール少年の回復を待ってから、三人は下水道を移動した。
駅周辺で地上に出て、人目を忍んで貨物車両に潜り込む。潜り込んだ車両には、丁度家畜用らしい藁がこんもりと積んであったので、三人はその中に潜り込んだ。
しばらくして、大きな汽笛と共に車体が動き始めた。ゴトンゴトンという揺れと共に、汽車はどんどん加速していく。
―――
――
―
車体側面にある搬入口の隙間から見える空が白み始めた頃、隙間から外を見ていたサラが「国境を越えました」と呟いた。
三人は、藁の山から飛び出した。
そして、飛び跳ねて喜び勇むでもなく、手を打ち合い互いの健闘を称えるでもなく……達成感と安心感から、疲れた笑いと共にその場に崩れ落ちた。
15/03/21 01:34更新 / 万事休ス
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