ココアがなくなったので

「ココアがない」
俺、もとい霧島淳也(きりさき・あつや)はそう呟いた。確かに呟いた。
「どったの、何かあったの?」
そう言って階段から降りてきたのはサキュバスであり、俺と14歳の時からの悪友兼親友のイスカ。フルネームはイスカ・シルフィ。
何故俺は日本名でこいつは英名なのかは、簡潔に言えばイスカが外国生まれの外国育ちだったから。ということだ。
ちなみに今は俺の経営している店から遠くも近くもない場所にあるアパート暮らし。

・・・それにしても、相変わらず何を考えてるか分からない。


「お前のせいでココアが終わった」
「私のせい?」
俺の若干怒りのこもった声に対して、イスカは首をかしげた。頭の上に「?」が浮かんでいるのが俺には見える。それも大量に。

「てか、何で店の消耗品を勝手に使うかな」
「あー、そういうこと」
なるほど合点がいった、とでも言いたげにイスカは左の掌に握った右手を載せる仕草をした。

「だったら買ってくるよ。ココア」
・・・ん?
「Pardon?」
「買ってくるよ、ココア」
俺もずいぶんと歳をとったな、まだ21だけど。空耳まで聞こえてくるようになるとは、まだ21だけど。
・・・とりあえず、もう一度聞こうか。
「すまん、もう一回言ってくれ」
「ココア買ってくるよ」
・・・マジか。こいつからこんな言葉が聞く時が来るとは。

「だって好きなんだもん、ココア」
さいですか。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


私、イスカ・シルフィは渡されたお金を持ってココアを売っている店を探していた。

「俺に好きなメーカーで頼むわ」
淳也はそう言っていた。漠然としすぎて、分かりません。

・・・淳也は何のメーカーが好きなんだっけ。
森○かな、それとも○治?・・・バ○ホ○○ンだったっけかな。
うーん・・・そういうことはお店についたら考えよう。
淳也の好きなメーカーなんかそこですぐ分かるだろうしね。

さぁて、急いでココアが売ってそうな店を探すかな!
どうせスーパーに売ってるよね。さっさと買って帰りますか!そして開けたてのココアを飲む!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


数十分したが、イスカは帰ってこない。

まぁ、当然だろう。俺は「好きなメーカー」とは言ったがその「好きなメーカー」が何かなのは言ってないからな。
普段から何も考えずにココアの入った袋をぶち開けるあいつには分からないだろうよ。


HAHAHA、いつも勝手に俺の店の物を食べて飲んでしている罰だよ。まぁ、ゆっくり探してくれたまえ。

・・・どうせ誰も来ないだろうからな、はぁ・・・。
来るはずないよな、こんなド田舎の目立たない店になんて。

・・・やべ、涙出てきた。
笑え、笑え俺。こんな時に客が来たらどうすんだ・・・


がちゃ。


「あのー、お店、あいてますか・・・?」
ドアが空いた音と同時に現れたのは、黒い装束を身に纏った女性だった。
この辺で黒装束なんて見かけないし、教会の人・・・というよりもダークプリーストか。

・・・。


ほら来た!来ちゃったよ!どうすんの!泣いてるとこ見られたちまったよ!どうすんの俺!


「・・・あのぉ」
「あ、あいてますよ!?はい!」
涙ぐんでいたところを見られた俺は自分でもわかるレベルでテンパっていた。どうした俺。落ち着け俺。

ほら、あそこで黒装束の女の人も困った表情・・・してねぇし。
「ふふっ、相変わらず面白いですね」
むしろ笑っていた。ああ、笑われた。初対面の人に笑われた。
恥ずかしいとかそういうレベルじゃない。初対面の人に面白い人認定されたんだぞ。これはもう、アレだ。恥ずかしさで死ねる。

・・・相変わらず?

「霧崎くん、元気で何よりですわ」
・・・どうやらこのダークプリーストは俺の知り合いらしい。

「とりあえず聞くが、どちら様で?」
「霧崎くんの元クラスメイトですわ」

え、俺聖職者(この場合性殖者?)に知り合いなどいませんが・・・。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ないし」
私は目を丸くして陳列棚を見つめていた。売ってない、ココアが売ってない!
あれ、ココアってこんなに大人気だったっけ?てかここ結構売り場広いはずだけど・・・?

「あーごめんよ、ココアはさっき売り切れたんだ」
何ですと!?普通なら何かしら売れ残ってるはずなのに・・・。仕方ない、とりあえず店を出よう。


しかし、手ぶらで帰ってきたら淳也の怒りは収まらないだろうなぁ。ココア飲めないし。・・・どうしよう。



・・・まずは淳也に連絡しよう。そいでどうするか聞こう。
まぁ、寂れた店だし、お客さんなんているわけないよね。


PLLLLLL。
PLLLLLL。



『あい、霧崎ですが』
「淳也!スーパーにはココア売ってなかったよ!」
『んなわけあるか』
「んなわけあるんだよ!」
『・・・専門店に行けよ』
『なんの話です?霧崎くん』

・・・ん?
「あれ、誰か来てるの?」
『ああ、元クラスメイトがな』
「なんだ、お客さんじゃないんだね」
『そうだよ、・・・専門店に行けば多分売ってるからさっさと買って帰って来いよ』
「はぁーい」

ぷつん。


・・・・・・・・・。

さて、専門店ってどこにあるんだろう?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あぁ、イスカさんですか。さっきの電話の相手」
「そうそう、イスカ」
寂れた誰もいない店の中、俺はダークプリーストの雨音悠里(あまね・ゆうり)と会話をしていた。
学校を卒業したあと、何故悠里は修道士になったか、そして堕したのかとか、俺の経営する店の話題とか。・・・悠里によるとこの店を知ってるのは協会でも悠里ぐらいしかいないらしい。隠れスポットとかそういうのではなく、単に目立たないだけ。
あぁ、なんならもっと宣伝しようか。そうすれば少しは人くるよな。

「なら大丈夫ですね」
「何が大丈夫なものか。店の商品勝手に食うし」
気づけば俺は悠里に愚痴をこぼしていた。会って久しいクラスメイトに愚痴ってしまうとは情けない、情けねぇよ俺。
「あぁ、そういえばこれを渡すの忘れてました」
悠里は肩から下げた小さいカバンからこれまた小さい袋を取り出した。
「なんだ、それ」
「媚薬です」

なんてモンを持ってきてるんだ!てかなんで媚薬!?

「冗談ですよ」

悠里は笑顔でそう言った。・・・その笑顔では冗談とは思えないが。
「ココアです」
あー、ココア。納得。

・・・、
コ コ ア ?
「ココア?」
「ココアです」


「いいのか?」
「もとよりそのつもりで持ってきました」
「マジでか?」
「本当ですよ」
悠里が俺に微笑みかける。
「ココアがないと聞いたので、教会にあったものを少しだけ拝借してきました♪」
・・・それっていいのだろうか。有難いけど、とても有難いけど。でもなんか引っかかるなぁ。いや、有難いけど、うん。

「どうぞ、ほんの少しですけど・・・」
「あ、どうも・・・」
そんな笑顔を向けられたら、断ることなんて出来るわけもない。少なくとも俺はそうだ。












「あら、もうこんな時間ですね」
店の時計を見て悠里は席を立つ。

「また来ても宜しいでしょうか?」
「え、あぁ、いつでもいいぞ。俺としても嬉しいしな」
「ありがとう御座います。時間のあるときにまたここに来ますね」
店を出るとき、悠里がまた俺に微笑みかけた。
俺も笑顔を彼女に向ける。
「それでは、教会に戻りますね」
「おう」

・・・。ココア、貰っちまったよ。それより、何で悠里が俺の店のココアがなくなったの知ってるのだろうか?まぁ、そんなことはどうでもいいか。

それにしても、いい匂いだな・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


結局見つからなかった・・・専門店なんて言われたってわからないよ・・・。
とりあえず一旦帰ろう。で、地図をもらってもう一回かな。

何でココア売ってなかったんだろう。
誰かが買い占めたのかな?

あ、見えてきた見えてきた。手ぶらだけど大丈夫だよね、きっと怒られるだろうけど。

「ただいま」
「おう」
案外反応があっさりしている。淳也は怒ってないみたいだね。
それどころか、みょーに機嫌がいいような。
「何かあったの?」
「ココアもらった」


・・・・・・・・・・・・・・・。
おいおい、冗談はよせよアツヤ。

「無駄足だったってことじゃん!」
「いや、お前が買いに行ってる間に元クラスメイトが来て、そいつから渡されたんだよ」
要は私が電話したときにいた女の人が渡したってことかな。でもどこかムカツク。結局無駄足だったってことじゃない。
「その専門店を探してた私に謝りなさいよ、淳也!」
「いやいや、何でだよ」
「足が痛いのよ!」
「飛べばいいだろ。普段そうしてるんだし」
「・・・その発想はあった」
実際はなかったけど。
「まぁ、ご苦労さん」
そう言うと、淳也は私の頭をぽんと軽く叩いた。そして、顔を私に近づける。

まさか、キス?!

いやいやいやいや!

「ま、待ってよ!どうしたの淳也!?」
「ご苦労さんって言ったんだよ」
「いや、それは分かるけど・・・」
やばいやばい、顔近い!おでこぶつかる!

ごつん。

淳也の頭突きがヒット。
痛いです。

「何するの!痛いじゃん!」
「お前の今日の動きとさっきの頭突きに免じて明日は店を休みにするよ。一緒にココア買いに行くぞ」
おでこを押さえながら言うと、淳也が私の問いとは全く関係ないことを返した。

・・・ってマジっすか。淳也と買い物っすか。



「それってデート?」
「買い物だよ」
「買い物かぁ」




ごすっ。


私は淳也の腹を思いっきり殴った。体重を乗せて、思いっきり。
拳は淳也の腹に見事クリーンヒット。やったね。

「ぐえっ」
「足が痛いと言ってるのにまだ歩かせるの!?」
「だ、だからお前は飛べと・・・」
「いいよ、貰ったココア全部飲むから!」
「おいこら」
「明日買いに行くんならいいでしょ?」
「それは俺が貰ったやつだから!お前の分ねぇから!」

淳也が必死にココアの入った小袋を取り返そうとする。腹を押さえながらなので今、足が痛い私でも十分回避できるわけで。

「ふふん、このココアは貰った♪」
「おい待てイスカ・・・、・・・お前のパンチ地味に効く・・・」
淳也はその場でうずくまってしまった。やりすぎたかな。
まぁ、私を足で使った罰ね。


さぁ、ココアでも飲んで休もっと。

二作目。
名前には特に意味はありません。その場の思いつきと言うかなんというかです・・・。


やはり拙作ですが、これで楽しんでいただけたら嬉しい限りです。

12/01/22 01:49 藪からスプーン

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