「こんなん分かるかぁーっ！」

　思わず全力で叫んでしまう。
　ロープを張って井戸を下りた先、そこにあった隠し扉。
　……いや、私は底の方に何かあるのかなって思ったのよ。そしたらアラン、井戸の真ん中やや上辺りで壁をつつーって、そしたら壁がすすーって。
　なんで！　そんなの！　見て！　分かるのよ！　おかしいでしょ！？

「此処を造ったのは余程慎重な質の魔物だったのでしょうね」

　そっちじゃねえ！　いやそっちもだけど！
　……まあ、とりあえず気を取り直して中を覗くと、巨大な螺旋階段がかなり下まで続いているようであった。壁や階段その物がほんのりと発光しており光源には困らないようになっている。いやまあ私、光源無くても割と平気なんだけどさ。

「……深くない？」

　これ、地上に建てたらめっちゃ巨大な塔になるぞ。

「それだけ危険な、あるいは重要な物が在る、または在った、もしくは在る事になる予定だった、そんな所でしょうか」

　まあそりゃそうなんだろうけど、相変わらず予断を許さない物言いだ。アランならもっと正確に予想出来てそうな気がするんだけど、それはさすがに気のせいだろうか。

「それで、どうします？　本当に進むんですか？　この先はいい加減、引き返せるか微妙になってくると思いますが」

　この大きさの階段だと登り降りするだけでも時間が掛かる。その上実質一本道だ。もし何かから逃げなければならなくなった時、この地形は相当な負担になるだろう。
　……まあそれは、普通に歩いて行けば、という事でもあるのだが。

「うーん……よし、近道をしよう！」

「近道？」

「アラン、ちょいこっち来て」

「はい」

「それでこう、ぎゅっと私に抱き付いて」

「……はい？」

　そこで戸惑うな。ええい面倒臭い。私は自分の方からアランに抱き付く。……細っ！　めっちゃ細っ！　これ私より細いぞ、ええいチクショウ肉を食え肉を！　あとなんか右腕のとこだけゴツゴツしてる。何か仕込んであるな、油断のならない奴。

「あの、フォリーさん？」

「こういう時に言う言葉っていうと、やっぱりアレだよね」

「いえ、その前に何をする気なのか説明を」

　これだけ大きな螺旋階段になると、当然中央が吹き抜けている訳であって。

「私は飛べる！」

　アランを抱き締めたまま、中央の空洞に向かって飛び込む。
　そんな時でもアランは無表情のままであったが、不思議とその顔は呆れているかのように見えた。



　心中じゃないよ？

「ですから、事前に説明をですね」

　無表情で小言を言うアラン。
　いや、仕方がないのです。私はまあ、種族柄翼が有るので飛べるのだけど、それを耳飾りで誤魔化している都合上上手く説明が出来なかったのです。飛行魔法が使えるとでも言えば良かったのかもしれないけれど、それだとまんま嘘になっちゃうから嫌だったし……まあ、魔物が翼で飛ぶのも厳密には魔術に分類されるそうだから、ある意味嘘ではないかもだけど。そういう訳で、仕方がなかった訳なのです。別に、私がアランをドッキリさせたかったとか、そういう訳ではなかったのです。面倒だとは思ったけど。

「まあまあ。ほら、あっちに扉があるよ」

　落ちたというか下りたというか、まあ翼で軟着陸した先はちょっとした広間みたいな空間だった。ただ、壁や床がうっすらと光っている以外は、その扉と上への階段だけしか無い。あくまで通路の一環なのだろう。それがどれだけ続くのかは分からないが、とにかく先に進まなくては。

「全く。……ああ、居ますね」

　あっさりと、扉を見てアランが言った。

「…………居る？」

「人間じゃありませんね、この大きさは。ダークマター、とも違うようですが、クラーケンよりは近いでしょうか」

　言うまでもなく、私には扉しか見えない。酷く無機質な、銀色の四角い扉。飾り気の無い、単なる金属製の板だ。取っ手が無ければ扉とすら思わなかったかもしれない。

「巻き込まれているのが、ざっと二十人といった所ですか。まあこの場合、人という表現で良いのかは怪しいですが」

「ああもう！　分かるように言ってよ！　居るのね！？　この先に！　この扉の向こう側に！」

「いえ、厳密には……いや、そうですね。見て頂いた方が早いかもしれません」

　そう言ってアランは、扉の取っ手に左手を掛ける。

「周囲の物には触れないようにして下さい。姿隠しにも限度が有りますから」

　そして静かに、扉を開けた。
　……意外な事に、と言うべきだろうか、次の部屋には誰も居なかった。
　居たのは、その次の部屋であった。

「なに、これ……」

　――無数の、黒い触手が、蠢いている。
　壁の一面、その上半分がガラス張りになっており、隣の部屋の様子が見えた。
　広さはちょっとした運動場くらいあるだろうか。その地面を覆い尽くし、それでもなお足りないと、絡まり塊を作りながら――その塊から、何かの手や、誰かの脚を突き出しながら、無数の触手がうねっている。

「触手の森、でしたか。魔界には似たような場所が在ると、そう聞いた事がありますね」

　アランは、平然とした物だった。
　確かに、アランが言うような場所は魔界にもある。
　だけど、これは――

「もっとも、これは生き物ではないようですが。魔物の魔力、或いは闇の魔力。そう呼ばれる力を寄り集めて作った触手。そういった力の精霊とされるダークマターや、もしくはそれに近い、超高位の魔物が使う物でしたか」

　そうだ。つまりこれは――魔物の使う、力なのだ。
　この事件の元凶が、この触手、この状況なのだというのならば、それはつまり。
　――犯人は、魔物だった。そういう事に、なるはずなのだ。

「…………はず……なの……に……」

　触手に埋もれた部屋、その中央。そこに、触手を生み出している存在が居た。
　宙吊りにされて、そこに、居た。

「……なによ……あれ…………？」

　それは、一言で言うなら――異形だった。
　基本的には、銀色をした人型だ。そこまでは良い。髪や目はおろか、肌まで銀色をしているけど、その程度なら別に良い。両腕が無く、そこから代わりのように無数の触手を生やしているのも、この際だから良いとしよう。
　ただそれは、左右で違った形をしていた。人間の男女をそれぞれ左右に引き裂き、男性の左半分と、女性の右半分をくっつけでもしたかのような姿。
　……そう、左半分が、男なのだ。
　男性器すら、生えている。言うまでもなく、そんな魔物なんて、存在するはずがないのに。

「ゴーレムの一種でしょう」

　……本当に、憎らしいくらいに、アランは平然とした物だった。

「素材はミスリルでしょうかね。魔力に馴染み易い金属の筈なのですが、どうも馴染み切れていないようです」

「……馴染む？」

「ええ。現在の魔物はいわゆる淫魔、サキュバス種の影響を全ての種族が受けている、という事は御存知でしょうが、あのゴーレムは単純に言ってそれが不完全なように見えます」

「それは、つまり……男の体から、女の体になろうとしている、その途中、っていう事なの？」

「おそらくは。ただ、魔力への耐性が高過ぎるのでしょうね。加えてこの場所も、魔力の通りが非常に悪い。だからまあ」

　そう言って、アランは触手の塊、人型の手足が突き出る何かを手で示した。

「ああやって、魔力を生み出させているのではないでしょうか」

「………………うん？」

「魔物の、もしくは魔物化させた女性を男性と交わらせ、魔力を生み出させた上で自分が吸い上げる。そうする事で、より淫魔化の促進を図っているのでは、という事です」

「…………え、アレ、中でセックスしているの！？」

　言われてよく見てみれば、手足はわずかに動いているようであった。なにぶん触手自体が動いているので、本当によく見ないと分からないけど。

「多分に推測は入っていますが。しかしまあ、行方不明者、正確には此処に囚われた人達に関してはですが、その生存は取り敢えず確認出来たと、そう言っても差し支えは無いと思います」

　そうしてアランは、少し考えるようにして口を開く。

「帰りますか？」

「帰らない！」

「何故ですか？」

　間髪を容れない、返しだった。

「な、なぜって……」

「彼等、彼女等の生存は確認出来ました。また当面上は生命活動に支障が無いだろうと考えられます。それに、魔物が他者を強制的に交わらせる、という事はそう珍しくも無いでしょう？」

　ぐぅと、言葉に詰まる。成程、それは確かによくある事だ。魔物の事をよく知らない一般人ならともかく、多少なりとも知識がある者はそんな事にわざわざ首を突っ込まない。第一にして、そうなってはもう手遅れなのだから。
　……でも。

「でも……これは、違う。これは止めなきゃダメなヤツだって、そう思う」

「何故ですか？」

「……魔物が、他の人に、その……セックスを無理矢理させるのは、お節介でやってるのよ」

「大きな御世話という奴ですね」

「まあ私も、そこまでやるのはどうかと思うけど……でも、そうしないと進まない、どころか悪い方向に行っちゃうようなカップルも多いんだって」

「それは別れるべくして別れただけなのでは？」

「いやまぁ……ともかく、魔物がそういう事を無理矢理するのは相手のためを思ってなのよ！　でも、アレは違うでしょう？」

　アランの推測通りならば、あの魔物にとって周囲の男女は自分の目的を果たすための手段であり、道具でしかない。ならばそれは、純然たる被害者だ。救わなければ、いけない相手だ。

「だから、帰らない。助ける」

「……まあ、御志は御立派だと思いますが」

　アランが件の魔物、男女が混ざり合ったゴーレムを見る。

「勝てますか？　強いと思いますよ、アレ。これ以上は目を盗んで、ともいかないでしょうし、戦力外ですよ、私」

　……オマケに、人質を取られているような物なんだよなぁ。
　正直、勝てるかどうか、ちょっと不安。

「負けると捕まってあの仲間に入れられるでしょうし」

「………………」

「魔物の性質を考えると、無駄を出さない為にも私との組み合わせで性行為を強要されると思いますよ」

「………………………………ｺﾞｸﾘ」

　……はっ！？　か、身体が！？　というかむしろ本能が！？

「フォリーさん？　緊張しているようなのでしたら矢張り――」

「いやいやいや！　大丈夫！　むしろこう、気が楽になったくらいだから！」

　ヤバいなぁ。
　思っていた以上に絆されてるなぁ。

「まぁ、やるからには勝つよ！　負けて失う物は特に無いけど！　処女くらいだけど！」

　むしろ得る気がするな！　色んな物を！

「色々と責任が取れませんから、くれぐれも負ける事の無いよう御願いします」

　甲斐性無いなぁ。
　でもまぁ、ここで自分だけ逃げようとしない辺り、なんだかんだで付き合い良いよね。
　……ヤバいなぁ、絆されてるなぁ。

「んじゃまあ、負けないように、まずはアレだね」

「アレ？」

「作戦会議、しましょうよ」

　言って、アランの肩に手を掛ける。

「隠し球、色々あるんでしょ？」

　出してけ、全部。手の内晒せや。
　お前の事を、私に教えろ。

■作者メッセージ


なんちゃってステータス紹介

名称：フォリー
種族：？
性別：女
身体能力：B＋
近接戦闘：A−
総合戦闘：A−
保有魔力：B−
魔術適性：C＋
魔法適性：C−
属性適性：火C＋　水C−　風C−　土C＋
魅了強度：B

E 魔界銀の長剣(B＋)
　魔界銀製のショートソード。物質を傷付けず魔力だけを斬る事が出来る魔物御用達の一品。
　これはその中でも流通する物としては最高峰の逸品。というか名工のオーダーメイド。
　その斬れ味足るやダークマターの球体も溶かしバターのように斬り裂ける程。やめたげてよお！
　売ると捨て値で屋敷が買える。

E 魔造竜革の軽鎧(B＋)
　フェイクドラゴンソフトレザーアーマー。ドラゴンレザーのフェイクレザーで作ったソフトレザーアーマー。ややこしい。
　魔法により竜の皮革を再現した物で本物と遜色が無い、というか並の本物を凌駕する性能を誇る逸品。
　その防御力はオーガのフルスイングが直撃しても胸揺れ発生で済んでしまう程。なにそれこわい。
　売ると捨て値で屋敷が買える。

E 幻惑の耳飾(A)
　装着した者の姿を認識出来なくさせる魔法の耳飾り。その上で認識出来ていないという事すら認識をさせない極悪な品。
　その性能足るや製作者が全裸にこれ一つで魔王城を一周しても誰からも突っ込みが入らなかったという程である。なにやってんだ。
　理論上魔王夫妻でようやく違和感を覚えるかどうかという逸品。実験時は部屋で盛っていたので残念ながら未検証。色々と酷い話である。
　売ると捨て値で城が買える。

E 正義マフラー(E＋)
　赤いマフラー。ぶっちゃけるとただのぬのきれ。ただし布自体の品質は良い。
　これといった効果は無いが、風に棚引くと格好良い。フォリー的には童顔を隠す効果とちょっとした自己暗示の効果が有る。
　売ると捨て値でお菓子とか買える。