読切小説
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魔女と男08








 持っていた矢は全て撃ち切った。
 オドと体力を搾り尽くした。

「はあ、はあ」

「んく。はあ」

 私とユーリスの乱れた呼吸が、夜風に混じって溶けていく。

「気は済んだか?」

 彼の声だけ、憎らしいほどけろっとしていた。

「はあ――まだまだ。その顔、一度も引っ叩いてない」

「っく――いい加減、諦めなさいよ」

 私はユーリスを睨みつけた。
 ユーリスも私を睨み返してきた。

 この顔。
 月夜の泉に映り込んだような私たち。
 違いは髪の色と長さくらい。
 
「絶対、嫌っ」

「負けず嫌いなんだからっ」

 そう。
 二人揃って負けず嫌い。
 そんな私たちが、集落から遠く離れたこの森に辿りつき、一〇数年今までなんとかやってきた。

「客観的に見れば、これは俺たちの負けでは無いのか?」

 無数の触手にがんじがらめに縛られて、首から下の動きを封じ込められた彼が言った。

「……違うの! まだ負けてないの!」

 その隣でやっぱり手足を封じられながらも、私はもがいて訴えた。

 私たちは敢え無く捕まってしまい、ユーリスのいる頂きにいた。

「大体あなたも! 人間の集落の時は七〇人を相手にしたのに、どうしてあっさり捕まったりしてるの!」

「そうは言っても俺の腕は二本だ。一対一が七〇回ならそこそこ戦えるが、一対七〇ではとても捌き切れない。
 活劇や絵物語ではないので、残念ながら限度というものがある」

「原因は思いっきりこけてたからでしょ! ちゃんと見てたんだから!」

 よりにも目の前で転んで、あっさり逆さまに宙吊りにされていた。
 触手の下にあって見えないけれど衣服も外套も泥まみれのままだろうし、顔も半分くらい泥で汚れていた。

「恥ずかしい限りだ」

 彼は私の言葉を肯定して大きく一つ頷いた。

 どうしてそんなに落ち着いていられるの。
 彼は今まで可笑しな事を言って私の気分を解しているだけなんじゃないか、と思っていたんだけど。
 ……何というか。
 本当は、どこか鈍いだけなんじゃないかな?

「ともあれ、負けは負けだ。時には敗北を認め、受け入れる事も強さだと思うが?」

 後、どうしてそんなに諦めがいいの。
 押し倒され慣れてるって言ってのは、本当なのかもしれない。

 そして、私は諦めが悪い。

「こ、これは――そう。ユーリスに近づく為にわざと捕まってるだけなの!」

「……呆れた。まだそんな事を言うの?」

 月が近い。
 風が強い。
 何より、目の前に私の半身がいる。

「幾らだって言うわよ。私の性格くらい判ってるでしょ?」

「ええ。もう嫌ってくらいにね」

「それはお互い様」

 こんな憎まれ口めいた言葉が、私たちの口から飛び出てくる。
 お互いに悪態をついているのに、なんだか胸が温かい。

「これほど沢山のオドを貯め込んでるのに、息を上げて。どこか具合が悪いの?」

「この身体は、動くだけで魔力を消耗するのよ。封印を解く為に消耗を抑えなければいけないのに、お構いなしに魔術を撃って来て」

「ユーリスの方こそ、魔術で追い回して。……昔から、あなたの方が魔術は繊細で上手」

「その魔術をかいくぐって弓を撃ってきたのは誰? ……私もね、シーリスの弓使いに憧れてたよ?」

 彼は顔を合わせれば言葉に血が通うと言ったけれど、それは本当。
 だって、ユーリスと別れてからは孤独しか感じられなかったのに。
 死にも等しいと離別だと思っていたのに。

 顔を合わせた途端にこんな口喧嘩だなんて。

「ずっと会いたかった」

「私も」

 全てが全て以前の通りとはいかないけれど。
 それでも私が知っているユーリスも目の前にいる。
 確かに、この子はここにいる。

 私たちはもう睨み合ってなどいない。
 懐かしい郷愁と親愛の眼差しを向け合っていた。

「確かに姉妹だな。二人ともそっくりだ」

 彼にそう言われた事がなんだか気恥ずかしくなって、私たちは揃って目を背けた。

「そ、そんな事言って。どうせ短気だとか手が早いとか、付け加えるんでしょ?」

「そ、そう。だってMBさんって、いつも余計な一言をこぼしたりするから」

 居心地の悪さを誤魔化す為に口走ったのが、内容まで似通ったものになってしまった。

「付け加える事は特にない。だが敢えて上げるとしたら」

「ううっ」

「あるじゃない……」

 首を竦めている私たちに、彼は言う。

「二人共互いを想い合っている」

 彼の言葉は、私が考えてるよりずっと真面目で真摯な言葉だった。

「二人は俺が見た中で誰よりも姉妹に見える」

「……」

「……」

 可笑しな事ばかり言う彼なのに、時々恐いほど辛辣で、泣きたくなるほど清廉で、底の知れない慈愛を覗かせる。
 私はいよいよ顔を上げられなくなってしまった。
 ユーリスも同じ心境なのか、口を噤んでしまう。
 びょうびょうと風の音ばかりが私たちの耳朶を打った。

「ええ話しだのう。ええ話しだのう!」
「美しい……姉妹愛っすね」
「……ふぅ。思わずムスコまで号泣してしまったな」

 風に巻き上げられて、そんな声が聞こえてきた気がした。

 黙り込んでいたユーリスが口を開く。

「そう……私はシーリスを愛してる。だから、こうしてここにいるのよ」

 固い決意を秘めた声で、きっぱりと言い切った。
 顔を上げると、何かの引き金を引いた様に、炯々とした眼差しで私たちを凝視していた。
 ユーリスの半身が沈んでいる表面が、泡立つようにうねった。

「綺麗にまとまらなかったか。雨降って地固まるならず、地盤が緩むといった所か」

 ふむと彼は私の隣で頷いた。

「ふむじゃないの! 何を呑気な――
 あなたたちが余計な事を言ったりするから!」

「えっ。俺たちのせいになるのか?」
「ほらお頭。やっぱり黙ってた方が良かったんすよ」
「正直すまんかった」

「お頭さんたちは黙ってて」

 ユーリスの強い口調の後、顔も知らない人間たちの言葉が途切れた。
 さっきまでの私の知るユーリスではない。
 飢え、追い詰められた狼のような獰猛さがにじみ出ていた。

「愛しているなら、どうしてこんな真似を……一体、何をするつもり?」

 愛する者から向けられる気迫に気圧されそうになりながら、私は負けまいと顎を引いてその視線を受け止めた。

「シーリスの願いを叶えるの。あなたはここで彼と結ばれる」

 ユーリスは硬く断言した。
 私は一瞬意味が判らず、彼女が動かした視線の先を追った。
 視線を向けた先には、触手に四肢を絡み取られてみの虫のような格好になった彼の姿があった。
 こんな状況に陥っていても、やはり彼は平然と澄ました顔をしていた。

 彼と、結ばれる?

 正面を向いていた彼が、ちらりと私を見た。
 その瞳の奥で何を考えているのかは判らなかったけれど、私の頭に血が昇って、顔が赤く火照っていくのが判った。

「ユーリス、あ、あ、あなた、一体何を考えてるの!?」

 柘榴石に似た黒い瞳をそれ以上見つめている事が出来ず、私はユーリスを怒鳴りつけた。
 
「シーリスの願いを叶えるの」

「ばっ、馬鹿な事言わないの! そんな――そんな事っ」

 言い募ろうとした私の身体がぐるりと反転して、ユーリスの顔が見えなくなった。
 背中から、あの川面のように流れ蠢く肉に押さえつけられた。

 うぐっ。
 気持ち悪い。

 背後でぐねぐねとのたうっているのが判る。
 この気持ちの悪いものがユーリスだと認めたくない。
 嫌悪感を堪えて悲鳴を乗り込んでいると、ずるずるとユーリスが私に回り込んできた。

「見て。シーリス」

 今までこの表面の奥に隠れていた下半身を露にしていた。

 腰から下に脚はない。
 ぐねぐねとのたうつ無数の触手が伸びている。
 白でも赤でもなく桃色に近かったけれど、けれどもそれは私の周囲で蠢いているものと同じ。

「これが今の私」

 左腕の肘から先は、さらにグロテスクだった。
 紫色の肉の塊がぶくりと大きく膨らんで、その先に私たちのような手はなかった。
 黄色い雌しべに似た細い触手がびっしりと詰まり、その先が丸い口の先から覗いていた。

「サキュバス化に耐えて耐えて耐えて耐え忍んで――それでも耐え切れなかった、エルフの末路」

 愛しさとおぞましさが同居したユーリスの姿に、私は言葉を失っていた。

「魔王の魔力に耐えようとしても、耐え切れない。対抗しようと手を尽くしても、逆効果になるだけ。それが判っていたから集落の古老たちも私を追放するしかなかった。
 サキュバス化してしまっても、せめて綺麗な身体のままでいられるようにって」

「……そんな。じゃあ」

 私がしていた事は、ただ裏目に出ただけ?
 ユーリスをここまで変貌させてしまったのは、私のせい?
 私は、知らない内に魔王の共犯者になってしまっていたの?

「勘違いしないで。私は恨んでなんていない。シーリスが私の為に手を尽くして、森の皆が助けようとしてくれていた事に変わりはないから。
 私も納得してここに封印された。その結果がこの身体なら、私は受け入れる……受け入れられるから」

 ユーリスは私を責めない。
 森も責めない。
 恨みも憎しみもなく、ただ寂しそうに笑うあの子の顔が、冷たく私の胸に突き刺さった。

「……今はまだ、私もシーリスの事を覚えていられる。こうして話していられる。
 けれどそれもサキュバス化してしまったらきっと忘れてしまう。
 判るの。身体の芯が溶けていく感じ。私はもうエルフに戻れないだけじゃない。私でもいられなくなってしまう。ただの醜くて好色なサキュバスになってしまう」

 ユーリスは原形を留めた右手で、私の身体に触れた。
 一抹の悲しみと、強い決意を秘めた瞳で私の顔を覗き込む。

「だから、シーリスだけは私と同じような姿にさせない。綺麗なこの姿を保ったまま、サキュバスになるの」

 ユーリスの手は腹から胸、肩と伝って頬に添えられた。

「彼の精を受けて、サキュバスになって、私の中でずっと過ごすの。今まで私を守ってくれていた分、私がシーリスに代わって守るから。
 だからもう、寂しくなんてないよ」

 ユーリスの言葉は甘美な響きを伴い、どこまでも私を誘惑する。
 弱くて迷って怯えてばかりの私に、早く楽になれと誘っている。

「わ、私はサキュバスになんて――」
 
「私、知ってるよ?」

 弱々しく被りを振って拒もうとする私に、ユーリスは小さな悪戯をする栗鼠のように微笑んだ。
 触手が蠢いて、沈んでいた私の右手が持ち上げられる。
 彼に結んでもらっていた包帯は解けて、その奥に隠していたものがさらけ出されていた。

 手の甲に浮かび上がった刻印。
 サキュバス化するエルフに現れる、世界に満ちる魔王の魔力が流れ込む経路。
 この証が刻まれた者は、やがてサキュバスになる事が運命付けられている。

「ほら。私と一緒」

 シーリスは異形と化した左腕を掲げて、サキュバスの刻印を見せた。
 私の手の甲に刻まれたものと同じものが、シーリスの紫色の肉の上にも刻み付けられていた。

「もう逃げられないの」

 知ってる。
 気がついたのは、彼に泉の中に投げ込まれた時。
 我に返って初めて目にしたのが、この刻印だった。

 濡れて解けた包帯の下で、魔王の魔力は音もなく私に忍び寄っていた。
 彼に見られたくなくて、泉の水に浸かったままこっそりと水面を漂っていた包帯で隠した。

「サキュバス化を耐えるのはとても苦しい。シーリスが彼の前で苦しんだように。あれにずっと耐え続けていかないといけない。
 幾ら拒んだ所で最後にはサキュバスになってしまうのに」

 あの時の記憶は、私の中に残っている。
 熱くて、狂おしくて、どこに求めていいかも判らない衝動を持て余し、訳も判らずに彼を襲った。
 はしたなく声を上げて気にも留めず、少しでも楽になりたい一心で、覚えたばかりの気持ちのいい感覚を求めた。

「それなら好きな人に犯されて、サキュバスになってしまった方がずっといい」

 ユーリスが私の前から一歩横に引いて、代わりに私の目の前には彼がいた。
 いつの間にか私と向かい合う形になっている。

「……」

 彼は無言のまま、ただじっと私を見つめていた。

「す――好きって私は、その」

「意地を張らないで。今まで数多くの人間たちが森に踏み込んで来たけれど、シーリスが心を許した人間は彼一人だけ。
 彼もシーリスを信じて危険を顧みない。二人なら、きっと幸せになれる」

 しどろもどろになって顔を背けようとしたが、ユーリスがそれをさせない。
 背後から私の顔を抱くように腕を回して、逃げられないように固定した。

「シーリス。素直になれないあなたに教えてあげるわ。
 彼を巻き込んだのは、一人に戻るのが恐かったから。離れたくなかったから」

「ち、違う……」

「違わない。ならどうして止めなかったの? 私の封印が解けているのかどうか、確かめるだけならあなた一人でも出来る。
 確かめてから、戻って彼を森の外へ逃がすなりなんなりすればいい。森を守るというのなら、それが正しい選択でしょ?」

「それは、刻印が出て、気が動転してたから――」

「そう。だから番人としてではなく、あなたの本心が表れた。不安で恐いから彼にすがった。そうでしょ?」

「……」

「食事を振る舞って彼を留めて、少しでも別れの時間を先延ばしにしたかった。そうでしょ?」

 長年共に過ごしたユーリス相手に誤魔化しは利かない。
 それは私も判っている。

「シーリスは彼を殺せなかった。あの時から、もう惹かれていたのよ」

 なのに、何故。
 まるで見ていたかのように話すのだろう。

 私の疑問に気づいたユーリスは、笑いながら私のお腹を指し示した。
 あの子の指の先には、あの泉の畔で目にしたおぞましいものが這いずっていた。
 不規則にうねっていたそれがめくれ上がった、その奥にある目玉を露にした。

「私はここから動く事は出来ないけれど、この目を通じてずっと森の様子を見ていた。
 シーリスが彼の為に果実を集める姿。パンを焼く姿。楽しく食事をする姿。全部見てたわ」

 見なければ良かった。
 それはぴょんと飛び跳ねて私の上から離れたけれど、おぞましい姿はしっかりと記憶に焼きついてしまった。

「彼の事も見ていた。シーリスが本能のままに襲い掛かっても、傷つけようとはしなかった。あなたを信じて疑いもせずにここまでやってきて、こうして捕まってしまっている。
 ねぇ、MBさん?」

 ユーリスは私の髪を愛おしそうに撫でながら、四肢の自由を奪った彼に話しかけた。

「シーリスを信じると決めた事に後悔はない」

 磔刑のような辱めを受けているというのに、彼は眉一つ動かさず即答した。

「期待に応えられなかったのは残念だが」

 さっきは彼を罵るような事を言ってしまったけれど。
 本当は、この場に来てくれただけでも充分。
 彼がいなければ、私は多分ユーリスと向き合う事は出来なかった。
 打ち明けた後も私から離れずに着いて来てくれて、彼までこんな目に遭わせてしまっている。

「すまない」

 謝るべきは彼ではなく私の方で。
 思えば私は彼への感謝が足りていなかった。

 怒りと憎悪に飲まれそうになっていた私に、身体を張って諭してくれて。
 誰も信じられなくなっていた私に、誰かを信じる大切さを説いてくれて。
 昂ぶるままに襲い掛かった私に、欲望に流されない強さで応えてくれて。

 私は、そんな彼の事が――

「MBさんは、シーリスの事が好き?」

 私の胸がどきりと大きく鼓動した。
 私が口に出来ない言葉を、ユーリスが呆気ないほど簡単に訊ねていた。

「好きだ」

 答えは飾りっけのない簡潔なもので、それはとても彼らしかった。

「……抱ける?」

「抱ける」

「な、な、な。二人とも、何を、言って」

 ろくに言葉にもならなくなった私に取り合わず、ユーリスはくすっと彼に笑った。

「良かった。本当は泉に放り投げるくらいうんざりしてるんじゃないかって思ってた」

 私がどこかおぼろげに感じていた不安まで、ユーリスは正確に掬い上げる。

「毒に侵されたのをいい事に抱くというのは、気が引ける」

「案外律儀なのね」

「敵の弱みをつけ込むのは平気なのだが、味方の弱みを突くのは苦手だ」

「折角奥手なシーリスをその気にさせてお膳立てしたのだから、遠慮しなくて良かったのに」

「甘いとは言われるが、これが俺なのだから仕方ない」

「お人好しさん」

「そうでもない」

 穏やかな会話を交わす二人に、私は羞恥心も忘れてなんだか不思議な気分になっていた。
 これと似た感覚を、私は知っている。
 人間たちの集落に出向いた時と、ついさっきユーリスと対峙した時。
 どんな状況に陥っても悲嘆も絶望もない彼といると、立ち向かう状況がなんでもない事のようにさえ思えてしまう。

 サキュバス化したユーリスに捕まり、この子からサキュバスになる事を迫られているというのに。
 私の手には、やがて魔王の眷属に連なる者としての証が刻み付けられてしまったというのに。
 少し森を散歩をしてユーリスに会いに来ただけ。
 そんな気分にさえ思えてしまった。

 私は改めて、彼を見た。
 黒い柘榴石の瞳も、私をじっと見つめ返してきた。

 相変わらず、その瞳の奥で何を考えているのかは判らないけれど。

「……判ったわ、ユーリス。私の負け」

 私を今も確かに信じてくれているのは判った。

『人を信じる事は難しい』

 それを認めていながら、

『当たり前だから』

 疑う事も知らないこの人を深く信じよう。
 
「私も、あなたが好き」

 私は胸に秘めていた本心を、自らの口で打ち明けた。

 来る日も来る日も自分の無力さを噛み締め、憎悪に囚われて躍起になっていた。
 ユーリスを奪った魔王を憎んで、いつしかその憎しみを森に踏み入る人間たちに向けて、姿の見えない何かを憎んだ。
 いずれにせよ私は、遠からず魔物に成り果てていただろう。

 それを、偶然訪れた彼がいともたやすく解きほぐしてしまった。
 私が今まで出来なかった事を平然とやってのけてしまった、この人を信じよう。
 彼は私が――私たちが思いもつかない方法で、この状況をひっくり返してしまうのかもしれない。

 それが私の妄想でしかなくて、例え破滅が待っているのだとしても。
 サキュバスに堕ちてしまうのだとしても。
 彼の手でそれが成されるのなら、それを受け入れよう。

 出会ってからたゆまず向けてくれた、この愚直なまでの信頼に、今度は私が応える番。

「あなたの手で、私を染めて…下さい」

 言葉尻は風に吹かれてかき消されてしまいそうな小声になってしまった。
 沈黙が続く。
 ひょっとして聞き取れなかったのかと不安になって、努めて下げていた視線をちらりと上げて彼の顔を見た。

「判った」

 それを待っていたかのように、彼は頷いた。
 多分、私が顔を上げるのを待っていたのだろう。
 私を抱き締めるユーリスの腕に、きゅっと力がこもるのが判った。

「良かったわね、シーリス。相思相愛で」

 月夜を背景に浮かんだユーリスのはにかみは、どこか寂しそうに見えた。



xxx  xxx



 身体についていた泥は、ユーリスの手で丹念に落とされた。
 触手も彼女の身体の一部なのだから、手には違いない。
 腰から這い上がってきた触手の塊がぬめぬめと全身を包んで、丸洗いされた。

 温かく心地良くはあったのだが、身体が濡れたので少し夜風が肌寒かった。
 ユーリスはめくれていた皮を閉じて、風除けをしてくれた。
 外皮がすっぽりと覆い隠す中、頭上の隙間から差し込む月明かりが俺たちを照らした。

「ありがとう」

「どう致しまして」

 くすくすと笑うユーリスの無邪気な笑みを、記憶に留めた。

 そして今、脚を触手の中に埋め込まれて棒立ちになった俺の前に、二人の少女がいる。
 シーリスとユーリス。
 新緑と月光の二つが目の前にあった。
 
 二人は俺の前で屈み、股間を覗き込んでいた。

 俺が身につけていた衣服はすでに脱がされている。
 ユーリスの数多に増えた手で、丁寧に脱がされた。
 まだ身体を上手く動かせないと言っていたが、移動に用いる脚としての役割を持った触手と、外皮の内側にある物とは勝手が違うのかもしれない。
 服を脱がす際は器用に動かし、悪戯をするようにぺろんと俺の尻を撫で上げたりもした。
 わざわざシーリスに見えないようにしていた辺り、事実悪戯だったのだろう。

「シーリス、これが男の人。あなたの中に入って一つに繋がるの」

「……」

 ユーリスは俺のペニスを人型の手で撫でたり傾けたりして弄りながら、隣にいる姉に説明していた。
 シーリスは耳まで真っ赤にしながら、多大な羞恥心と若干の好奇心が入り混じった表情で、ちらちらと盗み見ていた。 

 性に関してはサキュバス化が進んでいる為か、ユーリスの方が抵抗感が薄いようだ。

「ふふ、こんなに元気で逞しい。ほら、恥ずかしがらずにもっとしっかり見てあげて。触ってあげないと」

「……どうしてあなたまでいるのよ」

「あら。手伝ってあげてるのよ? 裸を見ただけで、どうしていいか判らないくせに。
 MBさんの大切な子種の源を蹴ったりして。ここはもっと優しく可愛がってあげないと駄目なのよ? シーリス一人に任せてると危なっかしくて見てられないわ」

 ユーリスはひょいと身を乗り出したかと思うと、俺の陰嚢に吸い付いた。
 吸い付いたまま首を振って、戯れるように引っ張り陰嚢の皺を伸ばす。

「ひもひいい?」

「興奮する」

 陰嚢を口に含んだままもごもごと訊ねるユーリスに、俺は頷いて答えた。
 睾丸を舌で転がしながら、上目遣いに見上げるユーリスの目が細まった。
 抵抗が薄いどころか積極的な妹の様子に、面食らっていたシーリスの表情が拗ねるように変わり唇を尖らせた。

「あの時の原因は、あなたじゃない」

 催淫効果のある紫色の煙にあてられて、暴れた結果と言えなくもない。
 どちらにせよ俺の睾丸はこうして無事だったので、俺の方に恨みはなかった。

「ぷあっ」

 ユーリスはたっぷりと唾液をまぶした俺の陰嚢から口を離して、心外だと言わんばかりに目を丸くした。
 右手で俺の陰嚢を優しく揉みしだきながら。

「シーリスの頭が堅過ぎるの。普段木々の間を跳び回って発散したりしているから、いざという時にどうしていいか判らなくなるのよ」

「う、うるさいわね。引っ叩かれたいの?」

「きゃあ恐い。すぐ頭に血が昇るんだから」

 大げさな悲鳴を上げて、ユーリスは俺の背後に回り込んだ。
 触手に脚を取られて睨むしか出来ないシーリスをくすくすと笑い、俺の耳元で囁く。

「……ねぇMBさん。乱暴なシーリスと、優しい私。どっちが好き?」

「両方」

 ユーリスが抱きついてくる背中が温かい。
 互いに諸肌なので体温が明確に伝わってくる。
 上半身の柔肌と、乳房の膨らみと、絡みつく下半身のぬめり。

「正直なのね、欲張りさん」

「困った事に」

 横から俺の顔を覗き込んで、ユーリスは袋のように膨らんだ左腕を股間に添えた。
 腕の先にある口から伸びてきた細かい触手の先で、すでに痛いほど硬く勃起している俺のペニスをくすぐって焦らした。

「ユーリスは悪戯好きだな」

「……当たり」

 俺の目の前で微笑むユーリスは、少女のようにいたいけで妖婦のように淫らだった。

「……」

 妹を睨んでいたはずのシーリスの視線の矛先が、いつの間にか俺に向けられていた。

「シーリスも魅力的だ」

「……取ってつけたみたいに聞こえる」

 シーリスはぷいっとそっぽを向いてしまった。
 機嫌を損ねてしまったようだ。

「あはっ。これ以上へそを曲げられると本当に手が出そうね。それにMBさんも待たせると悪いし。
 けど、その前に」

 ユーリスは俺の背後から離れると、人差し指を立てて唇に当て見せた。
 絡め取られていたシーリスの身体が、不意にぐいっと前へ押し出された。

「あっ」

 抱き留めたシーリスが息を呑む音が聞こえた。
 俺たちは互いに鼻がくっつきそうな距離で向かい合う。

「二人ともキスはまだでしょ? 順序は少し前後してしまったけど、して見せて」

「えっ」

「ああ。判った」

 悪戯っぽく笑うユーリスに頷いて、シーリスに向き直る。
 真っ赤に紅潮した慌てふためく顔が目の前にあった。

「ちょ、ちょっと待って私まだ心の準――」

 首を逸らして早口にまくし立てていたシーリスの唇を塞いだ。
 唇を押しつけるだけのキス。
 いきなり舌を入れたりしたらパニックを起こすのではないかと思い、彼女の唇の柔らかさを知るだけで留めた。

 唇を合わせたまま強張っているシーリスの背を軽く叩く。
 少しでも落ち着けるように髪と共に背中を撫でて、俺たちは長い時間キスをしていた。

 密着したシーリスの身体から、少しずつ力が抜けていくのが判った。

「はぁ……」

 唇を離すと、シーリスは消え入るようなため息を洩らした。
 緊張していた名残なのか、身体が小さく震えている。

「準備がまだって……言おうとしたのに」

 恨みがましい目で俺を見上げてきた。

「すまん」

「……馬鹿」

「知っている」

 額を当てて、顔を緑の髪の奥に隠してしまったシーリスを抱き締めた。

 不意に横から手が伸びてきたと思うと、ぐいと首をひねられ横を向かされた。
 目の前で銀色がはためいたかと思った時には、唇を奪われていた。

 先ほどの口付けとは違い、勢いよく唇を重ねてすぐに舌が入り込んできた。
 俺はそれに舌で応える。
 ユーリスのキスは貪欲で、音を立てて俺の唾液を吸い上げむさぼる。
 渇望した口付けだった。

「っぷは」

 濡れた俺の唇を吸ってじゅっと鳴らし、ユーリスが離れた。
 突然の事に呆然としていたシーリスを眺めて、彼女は不敵で挑発的な笑みを浮かべた。

 どう?

 とでも言いたそうなユーリスの眼差しに、シーリスは何故か俺の頬をつねった。

「痛い」

「……」

 シーリスは俺の訴えを黙殺し、怒ったような、恥らうような、悔しそうな、泣き出しそうな。
 なんとも言えない表情で俺を睨んでいる。
 彼女が何を言いたくて、どうして口に出来ないのか、判ったような気がした。

「やり直す」

「ん」

 二度目の口付けは、さっきよりももう少し熱を込めた。

 悪戯を成功させたユーリスが、俺たちの隣でくすくすと笑っていた。



「んっ、ん。ちゅ、んっ」

 シーリスが唇を尖らせ口づけする。

「はっ、あむ、んっ」

 ユーリスが舌を使って舐め上げる。

 二人は座り込んだ俺の股間の前で肩を寄せ合い、フェラチオをしていた。
 セックスをする前の準備だとユーリスが促して、こういう事になった。

「ほ、ほんとに……こういう事が必要なの?」

「勿論♪」

 ペニスを口にすると聞いて難色を示していたシーリスに、ユーリスは屈託のない笑顔で答えていた。
 必ずしも必要という訳ではないが、前戯・後戯が長い俺との趣味が合致したので黙っておいた。

 初めは反り返ったペニスを前にがちがちに緊張していたシーリスだったが、少しずつ慣れてきたようだ。
 蕾のように尖らせた唇を、先端の亀頭に何度も押し付けている。
 興奮してきているのか、顔の紅潮が首筋にまで広がっているのが見て取れた。

 ユーリスはたっぷりと唾液を乗せた舌で棹を舐めていた。
 柔らかく平たく包むように、尖らせた先で裏筋をくすぐる。
 躊躇いや迷いはなく、陰嚢を揉みこねる手つきはどこか楽しげでもあった。

「はっ、はあ……生臭い」

「男の人の匂いよ。直にこの匂いが好きになれるわ」

 眉を潜めて息継ぎをするシーリスに、ユーリスは俺の棹に絡んだ唾液をちゅっと吸い上げた。

 姉妹とはいえ、やはり性格や嗜好に差があるものなのだな。
 柔らかいシーリスの唇とねっとりと絡むユーリスの舌を感じながら、俺は二人の頭を撫でてそんな事を考えていた。
 二人の髪は触り心地が良かった。

「んっ、んはっ……ぴくぴくしてるの、んっ、判る」

「こっちも、はぁ、硬くなってて……んふ。脈打ってる」

 互いに俺のペニスの状態を伝え合いながら、口の動きも休めない。
 ペニスの敏感な場所を責めるシーリスは消極的で、小慣れた様子のユーリスは感度が低い場所ばかりを狙ってくる。
 もったいぶられる分だけ、こちらにも二人の様子が余裕を持って眺めらていられた。
 二人の異なる反応を同時に見れるのは、とても贅沢だと思った。

 余裕があったので、手を頭から背中へ。
 脇から胸元へと忍ばせた。
 柔らかい膨らみの先に見つけた硬い突起を摘んだ。

「んっ。んむっ、はっ」

「はっ……あはぁ……んっちゅ」

 いきなり乳首を摘んで目を白黒とさせるシーリス。
 驚いたのか恥ずかしいのか、肩を縮めて身体を硬くする。

 心地良さそうに蕩けた眼差しを向けてくるユーリス。
 逃れるどころか体重を乗せて、俺の手の中で乳房の形が変わる。

 二人とも身体にたっぷりと粘液が絡んでいて、すべり具合は抜群に良かった。
 足場にもなっている、ユーリスの身体から分泌されている粘液だ。
 泉の畔で観察したあの触手のものと同じなのだろう。
 手に絡みつくぬるぬるを利用して、俺は二人の胸を愛撫した。

 二人とも乳房の大きさに差は殆どないようだ。
 胸だけに特定した話ではなく、どちらも女性らしい身体つきへと成長していく間際の、少女の面影を残している。
 生まれつき高い魔力を持つエルフだから老化が抑えられているのか、それとも実際にまだ若いのか。
 抱いた疑問を胸に留めながら、柔らかい感触を手で楽しんだ。

「んっ……く、はっ――ん」

 シーリスは首をすくめたまま、肩をよじって身体をくねらせる。 
 強い刺激に弱いのか、声を堪えて俺の指から逃れる。
 彼女が顔を下げて出来た隙間を埋めるように、ユーリスがひょいと身を乗り出した。

「頂きまぁす」
 
 ぱくりと俺の亀頭を咥え込んだかと思うと、頭を左右に振る。
 亀頭が頬の裏側に擦れて、食べ物を口に溜め込んだリスのように顔の輪郭が変わる。
 今までにない激しい動きを見せた。

「ユーリス?」

「ぷ――っぽ、んぷ」

 俺の呼びかけに答えず、ユーリスは熱心に吸い上げる。
 口に含んだまま吸引して、頭の動きを横から縦に切り替えている。
 ユーリスは唾液と鈴口から溢れてくる粘液が混じり合った汁を、じゅるじゅると音を立てて吸い上げた。

 時折濡れた空気が抜ける下品な音に、隣のシーリスが眉を潜める。
 姉の視線に気がついているのかどうか。
 フェラチオの最中にサキュバスの本能が目覚めたように、ユーリスは貪欲に俺のペニスをしゃぶった。

 ごぽぐぽと激しく頭を上下に動かし、唇から咽喉の奥まで使っている。
 咥えられたまま吸われて、ユーリスの温かく柔らかい口がペニスを締めるように包み込む。
 唇を雁首に当てながら、舌先が的確に鈴口をほじくった。

 心地良さに身震いした。
 今まで焦れったいくらいだったのが嘘のように、腰に水位が下がっていくのを感じた。

「そろそろ出そうだ」

「んっ」

 俺の言葉にユーリスは上目遣いにちらりと眺め、左手を添えた。
 細く黄色い触手が俺のペニスの根元に絡み、きゅっと締めつける。
 せりあがろうとする衝動が押し留められる。

「ぷあっ……んふ。MBさん、もうちょっと我慢してね。
 ほらシーリス、逃げてないでこっちにおいでよ」

「べ、別に私は逃げてなんて……」

「じゃあ、ほら。MBさんのおちんちんにキスしてあげて」

 先端に吸い付き、舌先で俺の尿道口を弄りながら手招きをするユーリスに、シーリスは言い募るように顔を寄せた。
 心なし退がっていたシーリスがずいと距離を詰めて、少し迷ってから亀頭の裏側にちゅっとキスをした。
 それを見計らっていたのか、尿道ごと棹の根元を締め付けていた触手が解かれた。

 堪える暇もなく呆気なく射精した。
 堰き止められていた衝動が解放され、白濁が勢い良く二人の顔に降り注ぐ。

「きゃっ」

「……ん、凄い勢い」

 面食らって瞬きをしているシーリスと、恍惚とした表情のユーリス。
 俺は二人の顔にたっぷりと射精した。

「あはっ。たくさん……味も濃くって、おいし」

 ユーリスは顔についた精液を指で掬うと、何の躊躇いもなく口に含んだ。
 舌で口の周りの精液を舐め取る妹の姿とは対照的に、シーリスの方は目を丸くしたまま固まっていた。
 何が起こったのか良く判っていないのだろう。

「大丈夫か?」

 髪を撫でていると、ようやく我に返ったのか目の焦点が俺に合わせられた。

「えっと…な、なにこれ」

 顔についた精液を手で拭って、不思議そうに見つめている。
 性に関する知識に疎く、彼女の反応はあどけなかった。 

「精液」

 指から垂れるそれに鼻を寄せ、匂いを嗅いでいるシーリスの髪を撫でた。

「子種と言った方が伝わるか?」

「……ぅぐ」

 言い換えると、シーリスは小さく唸って黙り込んでしまった。
 顔を赤くしている辺り、伝わったようだ。

 シーリスに上手く伝えられて安堵していたその横合いから、ユーリスがにゅっと割り込んできた。

「シーリス、要らないなら私が貰うわよ」

「えっ、ちょっ。こ、こらユーリス!」

 姉の身体に抱きついて、顔についた精液を舐め取り始めた。

「な、何を、こら、離れて!」

「だーめ。勿体無いじゃない」

 文句と一緒に引き剥がそうと暴れるシーリスを、妹は自らの下半身と足場の触手も使ってあっさりと拘束してしまう。
 後は一方的にシーリスの顔を舐め回していた。

「ほら、シーリスも味わってみなよ。MBさんの精液。おいしいよ?」

 精液を舐め取ってそのまま口付けまでしている。
 口移しで精液を飲ませているようだ。

「んぐっ!? んっ、ぷはっ。うええっ……生臭い」

「それがいいのよ。シーリスも直に慣れるわ」

 眉を歪めて舌を出すシーリスに、綺麗に舐め取ってしまったユーリスは身体を起こしてくすくすと笑った。
 これも姉妹の仲睦まじい姿、と言えるのだろうか。
 兄弟姉妹はいないのでその感覚は判らないが、仲が良さそうには見える。
 気がした。

「お、覚えてなさい!」

「あら、いいけど。シーリスの方が覚えてられるかしら?」
 
 睨みつける姉に妹は余裕たっぷりに流し目を送る。
 悪戯っぽい笑みを浮かべるユーリスに、威勢の良かったシーリスの口元が小さく引きつった。

「……今度は何を企んでるのよ」

「人聞きが悪いわね。次はシーリスの番なだけよ。ねぇ、MBさん」

 姉を仰向けに触手で捕まえたまま、俺が解放される。

「私の番って……」

「シーリスは初心だから、たっぷり準備しないとね?」

 訝しげな姉の様子に取り合わず、ユーリスは俺の身体に抱きつきながら、触手の先でくすぐるようにシーリスの股間を一撫でした。
 美麗な眉をしかめて腰を逃がすシーリスに、くすくす笑いながら俺の耳元で囁く。

「MBさんの手でシーリスを脱がして、可愛がってあげて」

 今までシーリスが服を着たままでいたのには、そういう理由があったかららしい。

「そうか。判った」

 俺は頷いて、シーリスの元へ。
 向かい合う形で膝をつく。
 顔を合わせると、シーリスは途端に勢いを失い髪の奥に表情を隠そうとする。
 ああは言っていたが、いざとなると羞恥心が勝るのだろう。

「準備って…その、か、可愛がるって。一体何をする気なのよ……」

 髪の奥から、諦めの混じった声音で訊ねられた。

 シーリスが見たい。
 彼女の顔が見たい。

 これが欲望なのか、もっと別の何かなのかは判らない。
 俺はその感情のようなものに動かされて、シーリスの顔に手を伸ばした。
 頬に手の平を添えて、そっと新緑のベールを上げるようにして彼女の顔を覗いた。

「シーリスの献身に、奉仕を」

 赤く紅潮したまま、ちらちらと視線を動かしながら、照れ入った様子のシーリス。
 恥ずかしがる彼女の表情は、とても可愛い表情に見えた。

「男根に口を当てたりするのは、初めてだったのだろう?」

「……」

 俺の質問に答えず、シーリスはますます顔を背けてしまった。
 指が触れた尖った耳は熱くなっていて、怒ったような困惑したようなその表情が、可愛いらしいと思った。

「舐めてもらったのだから、お返しにこちらも舐める」

「……ど、どこを」

「女陰も」

 俺の言葉に、シーリスはぼっと火がついたように顔を赤くして目を剥いた。

「ほ、ほと、って」

「伝わったようで何より」

 俺は身体を沈めて、シーリスの締まった太腿の付け根に顔を寄せた。
 手で押してもいないのに、シーリスの脚がくいっと左右に開いた。
 シーリスが自ら開いたのではなく、彼女の脛から足先まで触手で包んでいるユーリスの仕業だろう。

「手伝ってくれてありがとう」

「どう致しまして」

 軽く頭を下げた俺に、ユーリスは俺たちの様子を眺めてくすくすと笑っている。
 軽快な彼女の笑い声に、シーリスのげんなりとしたため息が混じった。

「……なんだか、まんまと騙された気分になってきた」

「何が?」

 騙されたとは聞こえが悪い。
 今も不安が拭えていないのかと少し心配になって訊ねた。

 シーリスは逸らしがちにしていた視線を今度はしっかりと向けて、俺たちをじとりと睨みつけた。

「あなたたちが。どうして私に、その……」

 そこで言葉を区切って、言い難そうにもごもごと口ごもる。
 俺はその様子をじっと見つめて、いつの間にか俺の肩に顎を乗せているユーリスと共に言葉を待った。

「…私に、や、やらしい真似をする時だけ…どうしてそんなに息が合うの?」

 訊ね返されて、俺たちは顔を見合わせた。

「……そうか?」

 息が合うというより、快楽に対して一貫して肯定しているから、そのように見えるだけなのだと思う。
 ユーリスとこうして直接言葉を交わすのも、出会ってから鐘二つも過ぎていない。
 それ程気安く見えるのだろうか。

「私たち、相性いいのかも」

「その可能性は充分に考えられるな」

 背後から俺の首にしなだれかかるように抱きつくユーリスは、間違いなく気安いのだとは思うが。

「……二人とも出会ったばっかりのくせに」

「シーリスの双子の妹だけあって、良く似ている。他人という気がしない」

「ふふ。私もMBさんの事もずっと見てたから、なんだか知ってる気がしてね。
 シーリスが気を許したのだから悪い人ではないもの」

 ユーリスは俺の耳元から、気安い理由を述べた。
 森の様子やシーリスの周囲を観察していたのなら、知られていて然るべきだ。
 彼女も気を許してくれているのなら俺としては嬉しい限りだが、

「……」

 シーリスはどこか釈然といかないのか不満顔だ。
 そんな姉の様子をどこか楽しむように、ユーリスは言葉を続ける。

「私の身体を見ても平然としていたのは、彼だけだし。誘い込んだ人たちも、私を初めて見た時は驚いたわ。恐れ戦いて悲鳴を上げて、命乞いをする人もいた。
 挨拶をしてきたのはMBさんだけね」

「挨拶は大切だ」

「うん、そう……本当に、大切」

 胸元に回されたユーリスの手が、俺の身体を舐めるように撫でる。
 どういう表情を浮かべているのかは近すぎて判らず、ただ視界いっぱいに銀色の髪が見えた。

「……さあ、無駄話はここまでにして。シーリスの身体が冷えない内に、暖めてあげて」

「判った」

 ユーリスの身体がそっと離れる。
 密着していた体温に名残惜しさを覚えたものの、シーリスを捨て置く訳にもいかない。
 彼女から精一杯の奉仕を受けた。
 お返しがまだだ。

 俺はシーリスを覆う草花の服の、蔓草で留める結び目を解く。
 開き始めた花の花弁をそっと広げていくように、シーリスを少しずつ脱がしていく。
 白い素肌が俺の目の前に広がっていく度、花の香りが強くなっていった。

 少女の面影を残した乳房。
 よく締まった身体は決して筋肉質ではなく、脂肪が包んで柔らかな丸みを生んでいる。
 くびれの曲線を指でなぞり、シーリスの柔肌を目で見て触れて楽しむ。
 股間を覆う青々とした新芽の下着一枚を残し、シーリスの裸身が俺の目の前にさらけ出された。

「綺麗だ」

「……」

 シーリスは首を横いっぱいにひねって、硬く口と目を閉じている。
 恥ずかしくて堪らないようだ。
 手足が自由ならすぐに身体を隠して縮こまっていただろう。

 首筋まで赤くするシーリスの髪を撫でて、俺は胸元に顔を寄せた。

「花の香りがする」

 身につけている衣服のせいなのだろう。
 シーリスの体臭はまさしく花の香りで、若干木の匂いも嗅ぎ取れる。
 俺は鼻孔に広がる香りを楽しみながら、しっとりと汗ばんでいた乳房に口づけをした。

「ぁっ」

 シーリスの小さな声。
 驚きと羞恥心の混じったその声が聞きたくて、俺は何度も白い果実に口づけする。
 乳房に始まり、胸元、首筋。
 強い快感に弱いのは心得ていたので敏感な場所を避ける。

「…うっ、んっ…」

 シーリスは声を押し殺しながらも、時々可愛い声を聞かせてくれる。
 その声を頼りに俺は舌と唇で彼女の性感帯を探った。
 シーリスの横顔の輪郭に舌を這わせて登り、その長く尖った耳を軽く食んでみた。

「あっ――」

 シーリスの声が今までよりも高く響く。

「うっ、く――んんっ」

 唇を使って長い耳を捕まえ、その輪郭を舌で確かめながら裏側も舐める。
 シーリスは唇を噛んで身震いしながら耐えている。

「気持ちいいか?」

「――っ!」

 声を出す事に抵抗があるようで、俺が訊ねてもシーリスは口を閉ざしたまま逃れるように首を左右に振った。
 肉親の目の前だからなのか、それとも場所によるのか。
 もし俺と二人、ベッドの中だったなら違った反応を見せてくれたのか。

「すまない。意地悪な質問だったか」

「……」

 シーリスの様々な艶姿と声音を想像しながら、黙りこくる彼女の横顔にキスをした。

 改めて愛撫を始める。
 胸元から顔へと昇った分、今度は首筋を伝って下へ。

「ひんっ」

 桃色に色づいた乳首の先端を軽く吸ってから、下へ、下へ。
 わき腹からきゅっとへこんだ臍。
 口付けの後に舌先を尖らせてくすぐってみた。
 臍からくびれに流れて太腿へ。 
 腿の内側から膝の裏。
 花薫るシーリスの身体を丹念に丁寧に味わった。

「はっ、ふぅ。はっ、ふぅ――」

「シーリス。そろそろ舐める」

 身体が解れてきた頃合を見計らって、シーリスに伝えた。
 舌を滑らせる度、脂肪の奥にある筋肉がぎこちなく収縮していたのが、感触に慣れてきたのか硬さが抜けてきている。
 切れ切れに呼吸していたシーリスが眉根を寄せた。

「……も、もう散々舐めてるのに?」

 その疑問は間違ってはいない。

「これからが本番」

「ほ、本番……」

 すでに息を上げて随分疲労していたシーリスは、俺の言葉に息を飲んだ。

 刺激に弱く性感に慣れていないシーリスに、快楽の味を教えるだけ。
 不慣れさが不安材料になっている事は薄々感じていた。
 愛撫で小慣れさせた後、本格的に強い刺激を与えていくつもりだった。

「身体を楽にして受け入れればいいだけだ」

「……さらっと難しい事言わないでよ」

 あの羞恥心と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべて、シーリスは拗ねた子供のように唇を尖らせた。
 俺を睨む眼差しがどこか柔らかく感じるのは、若干の期待も込められているから。
 そんな都合のいい想像をしているのは、それが事実だとしたら俺も嬉しかったからだ。

「脱がすぞ?」

 伺いをたててしばらくの沈黙を待ち、

「……」

 やがて彼女は小さく一度頷いた。

 シーリスの瑞々しい若草色をした下着に手を伸ばし、股間と尻を覆う葉を繋いでいる結び目を解く。
 伸びた蔓草の紐を摘んで、汗のせいか肌に張り付いていた下着を剥がした。

 シーリスの隠されていた秘所が露わになった。
 彼女の髪が緑豊かな新緑の森なら、ここはようやく芽吹いたばかりの木の芽といったところか。
 薄い緑の産毛が少し生えて、やや上付きの女陰はぴたりと閉じていた。

 シーリスの処女地に口をつける。
 まずは挨拶代わりに硬く閉じた蕾に口づけをした。
 いきなり核心を突いたりしては、俺を引っ叩くという予約がぶん殴るに変わるかも知れない。
 慣れてはいるが痛いのが好きな訳ではなかった。

 キスを繰り返しながら、舌の腹に唾液を乗せて女陰を包むようにして舐め上げる。
 平たく広げた舌で舐め上げ、尖らせた舌先で性器の形を確認する。
 唾液で女陰がふやけてしまうくらい、たっぷりと愛撫を続けた。

「ん……ふっ、ん? ん、んんっ」

 キスをし、舌で唾液をまぶしていく間も、シーリスは声音を押し殺している。
 性器の周囲から伝わる感覚に眉を潜めて戸惑う彼女に、軽い愛撫で少しずつ馴染ませていく。
 白かった皮膚が充血し、徐々に熱が伝わっているのが判った。

「綺麗だ」

 色白な為か、赤みが差したシーリスの肌はとても美しかった。

「……へ、変な事言わないでよ」

 ため息と一緒に思わずこぼれた言葉に、首が折れてしまうのではないかというくらい顔を背けたシーリスが呟いた。

「何も変ではない」

 意図せずこぼれた俺の言葉も、シーリスの美しさも、こうして肌を重ねて性感を得る事も。
 きっとおかしな事ではないはずだ。

「いつまでもこうしていたい」

 時々引きつったように腿の付け根が震え、シーリスの表情から強張りが抜けていく様子は、見ている俺も楽しい。

「ば、ばかぁっ」

 シーリスは悪態をついたが、声に勢いはなかった。
 少しずつ性感に慣れてきている証なのだとすれば、俺も嬉しい。
 さらに心地良い快楽に浸れるよう、俺は今まで避けていたシーリスの陰核に舌を向けた。

 包皮の下で少し固くなり始めていた陰核を、尖らせた舌先でつついて刺激する。

「あっ、んっ」

 シーリスの声が今までより高くなるのを聞きながら、陰核をその周囲のぷっくりと膨らんだ柔らかな肉ごと口に含んだ。

「こ、これって、あの時――くぅっ!?」

 肩で息をするシーリスの言葉が終わる前に、たっぷりとまぶしておいた唾液を吸い上げた。
 じゅるじゅると下品なほどに音を立てて吸いながら、口の中に含んだ肉芽を舌先で転がす。
 シーリスの腰が浮き、今までにないほど激しく震えた。

「ん、んーっ、ひっ」

 シーリスが必死に声を洩らすまいと堪えているのが判る。
 俺は口を休める事無く、秘裂の溝を指で弄る。
 指がぬるりと滑るのは、俺の唾液の為だけではないのだろう。
 分泌され始めた愛液を絡めて、薄く開き始めた女陰を左右に押し広げる。

「んー、ふぅーっ」

 尿道口に膣口。
 温かで柔らかい肉の感触と共に、指で探った確かめる。
 その間もシーリスのもっとも敏感な場所を舌先で転がし、唇でついばみ、集中的に攻め続けた。

 幾らもしない内にシーリスの身体が縦に激しく痙攣した。
 泉の畔でも目にした反応に、彼女が絶頂した事を知った。

「――っは」

 胸に詰まっていた空気を吐き出し、痙攣の余韻を残すシーリスに俺は口を休めない。
 絶頂した直後もクンニを続けた。
 膨らんだ恥丘の肉を、その奥に埋もれている肉芽を、口をすぼめて吸い上げた。

「――! 〜〜〜っ!」

 シーリスはもう声にもなっていない。
 固く閉ざした口をあけて、いやいやするように首を振っている。
 潤んだ瞳を中空に向けて震える様子を、はしたないクンニをしながら見上げていた。

 シ―リスの感度の良さは抜群だった。
 強い刺激に弱いのはその体質もあるのだろう。
 感覚が集中している陰核を攻められると、言葉どころか声もろくに出なくなるようだ。

 それを確認した上で、俺は愛撫を休めなかった。
 柔らかい舌で慣らした後は、指を用いる。
 ぬめる指先で押して、摘んで、こねて、爪弾く。

「っ――っ!」

 シーリスが呼吸を乱して断続的に痙攣を繰り返している間、俺は開いた秘裂の肉の赤さを観察した。
 白い果実の奥に、赤い果肉。
 彼女が用意してくれた木苺の実を思い浮かべたが、あれよりももっと生々しく、甘美に見える。
 俺は誘われるように自然に顔を寄せ、淫猥な赤い果肉に口をつけた。

 シーリスという果実と、溢れだした蜜は甘い。
 という事はなかった。
 味は薄いが、少しだけしょっぱく感じられる。
 それでもどこか甘いように感じられるのは何故なのだろうか?

 メロンに生ハムを乗せるようなものなのかも知れない。
 気がした。

 そんな事を考えながら、女陰を唇で塞いで舌先を駆使する。
 膣口をなぞって狭く小さな尿道口をほじるようにまさぐる。

「はっ――ゃあっ」

 どこを探っているのかに気づいて、羞恥心が勝ってきたのか。
 かろうじて意志を羽織ったシーリスの声音に、俺は指の動きで応えた。
 折り曲げた指先で陰核の根元を掻き出しくすぐり続ける。

「っふ。や、だ――っ。〜〜〜!」

 シーリスの声は言葉にならないまま、空を仰いで痙攣した。
 俺は現時点で見つけたシーリスの一番の弱みをいじりながら、存分にさらけ出した果肉を味わった。

 色づいた身体はすでに汗だくで、愛液の分泌も活発になってきている。
 口の中で唾液と愛液を混ぜ合わせて、舌でたっぷりと塗りつけていく。
 啜り切れない分が顎を伝って垂れ落ちていた。

「やっ、め――あっ、ぁたま、しろ、っく」

 途切れ途切れの声が、かろうじて言葉の片鱗を覗かせている。
 後ろ手に腕を拘束され、脚を開いて座った格好のままシーリスが震え続けている。
 ユーリスに捕まっている彼女には、そのまま倒れ込む事も出来ずに不自由に身悶えるしかなかった。
 
 俺は涎と愛液まみれになった口を離し、ふやけて柔らかくなった恥丘をぴょこんと先端を覗かせた陰核ごと口に含んだ。
 ぶぢゅう、と激しく吸い上げる。

「ひあっ!?」

 シーリスの悲鳴が上擦り、嬌声と半々といった所だろうか。
 甘い声音を聞きながら、舌で陰核を転がし続ける。
 その間も何度も繰り返し啜った。

「あっ、あっ! あー…あ〜〜〜〜〜っ」

 とうとうシーリスの声から張りが失われてきた。
 余韻にも浸れない絶頂の波の連続で、表情がすっかり蕩けている。
 虚空を彷徨う細めた眼差しは潤んで、呆けたように開いた口端から涎の筋が伝っていくのが見えた。

 俺は音を立てて吸い付いていた果肉から口を離した。

「あっ――ぅ、んっ……」

 シーリスは弱々しく唸った後、力を失ったように倒れ込んだ。
 腕に絡み付いていたユーリスの拘束が解けて、彼女は曖昧に呆けた表情のまま小さく痙攣をしている。
 
「ふふ、見て。シーリスったら凄く幸せそうな顔して。なんだか見てる私までどきどきしてきちゃった」

 俺たちの様子を少し離れてじっと眺めていたユーリスが、寒気を覚えたように肩を抱いてぶるりと震えていた。
 彼女が周囲を囲ってくれているので、それなりの高さにあっても夜風で身体を冷やす事はない。
 足場にもなり俺たちを囲んでいる触手の丘は、人肌の温もりを保っていた。

 俺は胸元まで濡れたまま、唇を拭った。

「前戯が長いのは俺の趣味だ」

 余韻にどっぷりと浸ったまま放心しているシーリスの傍らに座り、その髪を撫でながら答えた。

「時間を掛けて、ゆっくりとあなたの色に染めてしまうのね」

「可能ならば。手間隙を惜しむつもりはない」

「……私がお願いしても?」

「全力を尽くすと誓おう」

「なんだかあべこべね。MBさんはシーリスの味方になってここに来たのに」

「俺は二人の味方だ」

 性に疎いシーリスも、性に聡いユーリスも、どちらの要望にも応える。

 俺の言葉をどう受け取ったのか、ユーリスはきょとんと俺を見つめたまま言葉を切った。
 俺に向けられる青く澄んだ瞳が、銀髪の奥に隠れた。

「泉で、有無を言わさず斬りかかって来た人の言葉とは思えないわよ」

「そうだな。躊躇わずに斬ったつもりだ」

 魔女殿の言葉に従い、エルフでも人間でもないユーリスの分身を斬った。

「だが俺は神ではない。過ちも起こせば判断を見誤る場合もある」

 泉の畔に現れたのが、本体ともいえるユーリスそのものでなくて良かった。
 使役しているものを斬って印象は悪くしただろうが、それで手遅れになってしまった訳ではない。
 姉妹は再会し、二人がお互いを想い合っている姿も見ることが出来た。

「すまなかった」

 己が軽率を戒め、謝罪して、そこからやり直す。
 やり直せない所にいるのだとしても、そう諦めてしまうにはまだ早い。
 俺は決して、ユーリスを嫌ってなどいないのだから。

 頭を下げた俺にユーリスは何かを言いかけて、差し出してきた手を途中で止めた。

「……」

 彼女の口は言葉を紡ぐ事無く閉じられ、手の指は俺に届く事無く引っ込んだ。

「ダメよ。MBさんは、シーリスの味方じゃないと」

 サキュバス化した左腕を押さえて胸に抱き、俯きがちに呟いた。
 
「水を差しちゃったね。後は、お願いね」

 半ば一方的に言い捨て、顔を背けたままユーリスの身体がずぶずぶと下へ沈んでいった。
 触手の海の中へと呑まれて消える。
 この場に俺とシーリスが残されたものの、無論逃すつもりはないらしく俺たちの足首には触手が枷のように絡み付いていた。

「ふむ」

 俺はユーリスの消えた場所を眺めて一つ唸った。

 完全なサキュバス化に至っていない為か、それとも元エルフの影響なのか、快楽と性欲の本能のみに支配されている訳ではない。
 見え見えの餌には食いつかないという事か。

 さて。
 周囲をこれ見よがしに漂い様子を窺う大魚に、餌としては咽喉を刺す針に気づかれずにどう食いつかせるか。
 出来る限り、平穏に収まる形で。
 それが問題だ。

 快楽の余韻に心地良さげにまどろむシーリスを見つめて、俺はその豊かな髪を撫で続けた。



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 暗い場所の中で、私は一人膝を抱える。
 大きく膨れ上がった魔力がそのまま形を成した、私の身体の中。
 一筋の光も差し込まないここで、私の半身は今も捕らえた人間たちの精を貪り続けていた。

 生命力を精に変え、それを魔力として蓄える。
 こちらから魔力を注ぎ込む事で、サキュバスの私に都合のいい魔力の糧として生かし続ける。
 都合のいい魔力の循環を繰り返す事で、私は魔物に成る。
 その事に何の疑問もない。
 なかったはず、なのに。

 私の胸に小さな棘が刺さっていた。

 どうして、これほど私は魔物に成りたいのだろう。
 どうして、サキュバスになりたいと思っていたのだろう。

 それをずっと考える。

 理由なんて簡単。
 逃げられなかったから。
 魔王の刻印が現れて以後、ずっと恐れ続けていた事。
 心のどこかで、決して逃れ切れないと諦めてもいた。
 集落を追放されて辿り着いたこの森で、シーリスが何とかサキュバス化を防ぐ手立てはないものかと駆け回っていた時も。
 私は、これが運命なんだとどこか他人事のように受け止めていた。

 だって、苦しいもの。
 信じてしまったら裏切られてしまうもの。
 裏切られたと思ったら、恨んでしまうもの。

 この森が好きだった。
 シーリスと共に過ごす日々が好きだった。
 そんな彼女らが手を尽くしているから、私は封印されていたはずなのに。

 どうして、私はここまで変わり果ててしまったのだろう。

「……っ」

 エルフである事を強く意識すればするほど、今の姿が辛く苦しい。
 楽になれるなんて嘘。
 私が楽になる時が来るとしたら、それは本当にサキュバスと化してしまった時。

 けど、私はエルフでいたい。
 ここで過ごした日々を忘れてしまいたくなんてない。
 集落を離れて一人当て所なくさすらって、サキュバスになるはずだった私。
 そんな私についてきてくれた姉がいる。
 シーリスの前では、私は妹でいたい。

 魔王の誘惑に耐え続ける辛くて苦しい日々だったけど、決してそれだけじゃなかった。
 私を支えてくれる誰かがいてくれた。

 エルフの身体と一緒に、その思い出まで手放そうとしている。

 あの人の精を浴びて味わった時に、確信した。
 彼の精を得れば私はサキュバスに成る。
 上質な精に、あの人がシーリスを愛撫している間、その背後で何度理性を無くして襲い掛かろうとしていた事か。

 それを辛うじて押し留めたのは、皮肉な事に二人の姿。
 丹念に愛撫するあの人と、快楽の坩堝に悶えるシーリス。
 私が捕らえ引き込んで、交わるように言った二人の様子だった。

 本能のままに、糧を得る為ただ精を搾り尽くすのではなく、愛し愛されて肌を重ねる。
 それが堪らなく羨ましくて、妬ましかった。
 エルフのまま愛されるシーリスに、私はいつしか嫉妬していた。
 私も、彼のように愛されてみたいと思ってしまっていた。

 でもダメ。
 私はもうこんな姿になってしまった。
 こんなに醜い化け物なんて、誰からも愛されない。
 楽になりたい一心でこの姿に成り果てて、それを後悔してなどいないはずだったのに。

「ぅく、うっ、うう」

 私は未練がましく、今もエルフに戻りたいと願い続けている。

 サキュバスの刻印が現れたシーリスに、あの人と交わるように言って、実際に力尽くでそう仕向けた。
 何故そんな事を考えたのか。

 決まってる。
 私ではもう普通に愛し合う事も出来ないから、その代りにシーリスが愛される姿が見たかった。
 私とシーリスは双子だから。
 シーリスが愛される姿を、誰よりも己のように感じ取れる。
 シーリスが可愛がられる姿に自分自身を投影して、彼をすぐさま奪い取りたいという欲望を慰めた。

 運命だと諦め悟ったつもりでいて、本当のところ、私は何も諦め切れてなんていなかった。

 もう見ていられなかった。
 欲望にも勝る苦しみに耐え切れなくなって、この場に引きこもった。
 シーリスが喘ぎ喜ぶ姿を見る事は、同時に私にはもう元に戻れないという現実も見せ付けられる。
 これ以上二人の姿を見ていれば――契りを結ぶ様子まで見ていたら。
 私の心はくしゃくしゃに潰れてしまいそうだ。

「ひっ、ひぐ、うっ、うううっ」

 何がいけなかったんだろう?
 何故こうなってしまったんだろう?
 封印を受けずに、もしも愛する誰かの手でサキュバスになっていたとしたら。
 これほど苦しくなかったのだろうか?

 判らない。
 判らない事が苦しくて、戻れない事が辛くて、私は暗闇の中で嗚咽しながら右手を伸ばした。

 そっと股の隙間に指を差し込む。
 泣きながら、快楽に流され自慰にふける。

「うく、う、うんっ、あっ。ひっ」

 エルフの形を残したこの右手。
 人の形をした、あの人と同じ手。
 シーリスにしていた様子を思い浮かべながら、彼に触られているのだと想像して慰める。
 想像と指の感触に、私の身体は簡単に震えた。

 私とシーリスは双子。
 双子で、同じものを見ていた。
 変わり者の人間だとしか思っていなかったけれど。

『俺は二人の味方だ』

 彼が口にした言葉が忘れられない。

 シーリスがサキュバス化してしまえば、彼は一生囚われたまま交わって過ごす事になるのに。
 彼は躊躇わずにシーリスを抱いている。
 信じる者の為には身を惜しまない彼の愚直なひたむきが、ただ眩しかった。

 もしもシーリスより先に私と出会っていれば。
 ううん、今からでも願いさえすれば。
 彼は私と一緒に堕ちてくれるのだろうか。

「はっ、ぅくっ、ひっ、っく」

 私は泣きながら自慰をして、嗚咽と喘ぎが半々の声を洩らした。

 誰かに愛されたかったのか、ただ道連れが欲しいだけなのか。
 それとも、シーリスと一緒で彼を愛してしまったのか。
 私には、もう判らない。

「っぅ、ううっ、ひぅっ、あっ、くぅ」

『ユーリス』

 ただ、頭の中で彼が名前を呼んでくれた時の事を思い出しながら、淫蕩な指先に酔って誤魔化した。 
 


xxx  xxx



 暴風に飲み込まれたまま空中に放り出され、いつまでも切り切りと舞い続けるような時間だった。

 意識を取り戻した今になっても、長かったのか短かったのかさえ判らない。
 ただ疲れ切った疲労感の中に、午睡に似た心地良さが残っていた。

 彼に大切でとても恥ずかしい箇所を舐められ、泉の畔で得た激しい感覚――あれが性感というものなんだろう――に絶え間なく襲われ、解放された今になっても身体の奥が火照っている。
 胸の昂ぶりが収まらず、そうさせているのは私に覆い被さっている彼の姿。
 汗と得体の知れない粘液にまみれた私の身体に、優しい口づけをしている。

「気がついたか?」

 その様子をぼんやりと見つめていると、彼は口付けを止めて視線を私に向けた。

「……ん」

 小さく頷いた私の頬に手の甲を当てて、じっと見つめてくる。
 黒い瞳は相変わらず何の揺ぎも無く、真意は覗けない。
 別にそれでも構わない。
 そう思うようになっていたのは、私が心地良い疲れの中にいたからだろうか。

 ぼんやりと考えていると、見えない場所で彼の指先が動くのが判った。
 私の性器を指先でなぞって、くちゅっと湿った音が聞こえた。

「んぅ」

 緩やかな性感に、私の鼻から甘く悩ましい吐息が洩れた。
 彼に触られているという恥ずかしさはあったけれど、あれだけの痴態と強烈な性感の後では余り気にならなかった。

「シーリスの身体も準備が整ったようだ」

 彼は性器に触れた指先を私に見せる。
 彼の指を濡らしているのは、私の身体から溢れた愛液なのだろう。
 とろりと糸を引く様子に、少し赤面してしまった。

「……じゃあ、その……」

 彼の言葉と自らの淫らな身体の変化に、胸がどきどきと高鳴っていた。
 煩いくらいの鼓動を聞き、彼の体温を感じながら、私はそっと彼に訊ねる。

「……す、するの?」

「する」

 躊躇いがちに訊ねた私とは対照的に、彼に全く迷いはなくきっぱりと頷いた。

「……そ、そう。ええと」

 あまりの揺ぎ無さに、私は彼を直視していられずに視線をふらふらと彷徨わせる。

「ユ、ユーリスは? いないの?」

 いつの間にか姿が見当たらなくなっている。

「ああ。中に隠れてしまった」

 見失った妹を探す私に、彼が答えてくれた。

「そ、そう」

 ほんの少しだけ安心。
 幾ら姉妹で双子だからといって、その。
 彼と契る様子まで隣でじっと見つめられていては。
 と、とても困る。

「姿が見えなくとも、逃がすつもりはないようだが」

「それはまあ、うん。あの子らしいわ」

「慎重な性格のようだな」

「……臆病なの。私と一緒」

「そうなのか?」

「うん。臆病だから、攻撃的になる。でも自分の領域からは出たがらない。変化が怖いの」

 ユーリスはその恐怖に、孤独なまま耐えてきた。
 サキュバス化という証拠を毎日見せ付けられながら、私はどれだけあの子の恐怖を察していたのか。
 どれだけ沢山の者たちに囲まれていても、誰からも理解して貰えなければ孤独でいるのと変わらない。

 私は自らの手の甲に浮かんだ刻印を見つめる。
 多分、私も今までユーリスを理解する事など出来ていなかった。
 同じ身の上になってから、ようやくそれに気づくだなんて。

 ユーリスを脅かしていたものをじっと凝視する。
 私の視線を、そっと添えられた彼の手が遮った。

「変わる事は確かに怖い」

 彼は意外にも肯定した。
 
「あなたにも、怖いものなんてあるんだ」

「当然だ。自分が何かを見失ってしまうのは充分に怖い」

「……私がサキュバスになったら、あなたまで変えてしまうのに?」

「それは怖くない」

「どうして?」

「一人ではないから」

 私の疑問に、やっぱり彼はすっきりとした答えを返した。

「サキュバスになったとしても、シーリスはシーリスだろう? 別人の誰かが成り代わる訳ではない」

「それはまあ、そう……なのかな?」

 サキュバスになった事がある訳ではないので判らないけれど、少なくともユーリスは私の知っているユーリスだった。

「シーリスがサキュバスになれば、俺に魔力を注ぐ。本能的に行うらしい。そして性交という形で魔力を供給する。
 半分人間で、半分インキュバスになるだけだ」

「……」

「そうなったとしても、その前に俺がシーリスをサキュバスに変えているのだから、公平というものだろう」

 こうしていざとなると躊躇ってしまうのは、私の心が弱いだろう。
 それも、あると思う。

 けど同じくらいに、彼を巻き込んでしまった後悔もあった。
 気にするなと言われてもどうしても拭いきれない罪悪感。
 彼はそれをなんでもない事なのだと軽く流してしまった。

 また見透かされてしまった。

 この黒い瞳に覗かれていると、心まで丸裸にされてしまっている気分になった。

「……そう」

 彼がどこまで私の心情を察しているのか判らない。
 深い意味があった訳ではないのかもしれない。
 けれどもし私が考えている通りなら――

 広い手にすっぽりと覆うように握られて、少し気が楽になったのも本当。

「この手でシーリスを染めてしまえるのなら、幸福だ」

 彼の口から出てきた言葉に思わず赤面してしまう。
 そうだ。
 私は彼にそんな願いを口にしてしまっていた。

「少なくとも、俺は」

 本気なのか冗談なのか判らない言葉を付け加えて、彼は私の手を握り締めた。

 彼はまるで樹だ。
 種から芽吹き、どの土地でどのように育っても文句もなく、枯れるまで生きる。
 雨の日も風の日もたゆまず成長し続ける、森の一部とよく似ていた。

 そんな親しみ深い印象が、私に残っていた最後の躊躇いを一枚、優しく捲りとっていった。

「……したい」

 私は彼の手に自らの手を重ねて、指を絡めて握る。

「このまま……あなたと契りたい」

「ああ」

 彼は私の手を握り返して、やはりいつものように簡単で飾り気のない言葉と共に頷いた。

 私たちは上下に抱き合ったまま、足を絡め取られた不自由な格好で姿勢を整える。

「こ、こう?」

 私は言われたままに腰を浮かせ、

「そう。これでいい」

 彼も身じろぎをして腰を曲げていた。

「当たっているのが判るか?」

「ん……ぅ、わ、判る」

 私の女陰の入り口に、驚くほど熱いものが触れている。
 考えるまでもなく彼のものだ。
 私が口づけをした、あの雄々しくそそり立ったもの。
 初めて目にした男性器は、色々と衝撃的だった。

 それが今、私の身体の中に入ってこようとしている。

「大丈夫か?」

「……ちょっと怖いけれど」

 予め彼から初めての場合について説明を受けている。
 痛いかもしれないという事に加えて、私自身あれが本当にはいるのだろうかという疑問もある。
 けれど、ここで止めてと言うつもりはなかった。

 小さく息を吸い込んで、私は目の前の黒い瞳を見つめ返した。

「きて」

「判った。肩の力を抜いて」

 無理な注文をつけられたけれど、出来る限り意向に沿ったつもり。
 ぐっと、下腹部を押される感覚があった。

「ぅく」

 固くて熱い彼のものが、私の中をぐりっとこじ開ける。

「ひっ、たっ。あっ」

 ずきんと一度強く痛み、それでも彼の動きは止まらない。
 ぐいぐいと奥を目指して入り込んでくる。
 私は彼と握り合う手に強く力を込め、痛みに耐えた。

 悲鳴混じり声を洩らす私に、彼は口付けで答えてくる。
 痛みから意識を逸らそうと、私の耳元を舐めている。
 硬い痛みと柔らかな快感が同時に訪れていた。

「ふっ、ひっ、ぃん。そこ、あっ、弱ぃ。ぃだっ」

「シーリス」

「やっ、めな、いでっ。こっ、のまま」

「判っている」

 切れ切れの言葉ごと、彼は私の口を吸った。
 ユーリスの後にしてくれた時よりも、ずっと激しい口付けだった。

「ん、んっ。んっちゅ、んっんっ」

 私も飢え渇いているように彼の口を吸い返した。
 彼の口を吸っていれば、この痛みがなくなるのだと信じて吸った。

 どれほど彼と口付けしていたのか。

「んっ、ぷ。はぁ」

 彼の唇から離れた時、痛みは随分引いていた。
 下腹部にごわごわとした感触がある。
 後、熱くて硬い。
 私を貫いた男根を、お腹の下に生々しく感じられた。

「……ちゃ、ちゃんと出来てる? 私、あなたと契れている?」

「ああ。良く頑張った」

 息を切らす私に、彼は労いの言葉と共に瞼に口づけをしてくる。
 唇で涙を拭ったみたい。
 少し涙がこぼれていた。

「痛かったから、泣いてた訳じゃないの」

「そうなのか?」

 お腹を無理にこじ開けられる痛みや、今も残る異物感。
 私が想像していた契りとは少し違ってはいたけれど、残念だと思いはしない。

「……うん。嬉しくもあったから」

 身体を覆う彼の温もり。
 肌が触れあい、その下の硬い筋肉まで判る。
 そして何より、私の手を握る手。
 無骨で、まめの出来たこの手に握り締められていると、とても安心した。

「あなたに染められてしまった」

 涙で滲んでしまった目を細めて、目の前にいる彼に微笑みかける。

「私、あなたに一目惚れしてしまっていたみたい」

 ユーリスが言っていた。
 出会った時からすでに惹かれていたと。

 その通り。
 だって目の前の温もりが、体内にまで入り込んでしまった熱が、これほど愛しくて堪らないもの。

「恋の始まりは突然に」

 私と深く繋がったまま、彼は詩を諳んじるように呟いた。

「弛まぬ愛で埋める事を誓おう」

「……はい。私も誓います」

 見守る者のいないこの場所で、私は彼と誓いのキスを交わした。
 こうして、私は彼と契りを結んだ。



 勿論、と言うべきなのか。
 それで終わりではなかった。

「そろそろ動くが、平気そうか?」

「ん……平気」

 私が落ち着くのを待っていたんだろう。
 彼は私の言葉を受けて、ゆっくりと動き始める。

「ぁ、く、うぅ」

 痛みで麻痺していた感覚が戻って、生々しい硬さと熱を持った彼の男根が私のお腹を掻き出していく。

「ふっ、うう、くぅっ」

 入り口の辺りまで来たところで、再びゆっくりと侵入してくる。
 前後の抽送。
 固く互いに手を握り合わせたまま、私の処女地が彼に慣らされていく。

 彼が前後に動くのは腰だけでなく、身体全体を滑らせるようにして私を覆う。
 彼の身体についたぬるぬるの粘液を塗りつけるように。
 その時に私の乳首も擦りつけて来る。

「んっ――あっ、お。男の人も、んっ。ここ、固くなるの、んっ」

 彼の胸板にある乳首も、硬く尖っていた。
 私の視線に気がついてか、動きを止めずに彼が答える。

「気持ちがいいと反応するのは同じだ」

 今までは慣れない刺激に翻弄されるばかりで、彼の様子を窺うなんて出来なかったけれど、初めての時のような狂おしさはない。
 下腹部の違和感と敏感な場所からの刺激とが混ざり合って、ちょうど良い具合に解れているのか。
 
「……でも、んっ…あなたは、顔色一つ…変わらないのね」

「そうでもない」

 全然そうは見えない表情で、彼はあっさりと否定した。

「俺は気持ちがいいと鼻が膨らむらしい」

「…ふっ、あっ…んっ」

 あれだけ我慢していた声を洩らしながら、私は彼の鼻に注目した。
 言われてみれば、普段と比べて確かに少し広がっているかもしれない。

「興奮している」

「んっ。ふっ」

 だから、全然そうは見えないの。

 けれど、彼の些細な変化を見つける事が出来るのは、少しだけ楽しいかもしれない。
 彼も私で気持ちが良くなっている。
 そんな当たり前の事が嬉しく感じられた。

「シーリスが気持ちのいい声を出している。それを聞くのも楽しい」

「……んくっ」

 顔を見つめながらそんな事を言われて、私は慌てて緩んでいた口元を引き締めた。

「ここで黙るのか」

「……っ」

「シーリスの中は狭くてきつい。締め付けられる」

 彼は握り締めた私の手をぐいと頭の上に上げて、私の額や頬、首筋に何度も口付けをしながら、そんな事を囁いてきた。

「引くときゅうときゅうと締め付けてきて、離れたくないと言っているようだ」

「……ばっ、ばかぁっ」

「この声が聞けるなら、馬鹿なのもまんざら悪くない」

「ほっ、本当に……ふぅんっ、ば、馬鹿になる、わよ」

「困らない程度に知恵を磨こう」

 ひくひくと鼻を動かしながら、彼は真顔で嘯いた。

 ゆったりとくつろぐような温かい契りを交わしながら、私たちは何度も口付けをした。
 鳥がついばむように軽やかに、栗鼠が木の実を齧るように真摯に、蜘蛛が啜るように貪欲に。
 口付けの変化に呼応するように、彼の動きも少しずつ速くなってくる。

 慣らされていると感じたのは本当。
 ごろごろとした異物感がなくなって、彼が動くだけで痛みよりも快感の方が勝っている。
 私の膣内は、受け入れた彼の男根にすっかり馴染んでしまっている。
 絡んだ愛液が滑らかに私の内側を擦って、背筋にぞくぞくとした寒気のようなものを感じた。

「やっ、はっ。何、これぇ」

 彼に乳首を擦られるのとも、女陰を舐められていたのとも違う。
 温かな一体感と、お腹の奥で高まる熱。
 私はいつの間にか自分から腰を動かして、膣内で蠢く彼の男根の硬さを感じ取ろうとしている。

「変、あっ、変なのに、こんな。腰、止まらなくて」

「シーリスはこちらの才能もあるようだ」

「…んっ、ふっ。そんな、才能、なんてっ」

「恥ずかしがる事はない。悪い事ではない」

 彼は動きに緩急をつけながら、身体を起こした。
 繋がり方が変わって、今まで届かなかった奥まで彼のものが届けられる。

「あっ、おっ。おく、にっ」

 腰から突き上げられ、私の背が反った。
 肉を叩く音に粘液が粘つく音が混じり、汗が散る。
 深く突き入れた後に、奥の行き止まりをぐいぐいとこねられる。

「あたっ、あっ。当たって、だめっ。それ、だめっ」

「シーリスが言う駄目は、判断が難しいな。もっとして欲しいとも聞こえる」

「ひっ、いっ、あっ。ば、ばか。ばかぁっ」

 慣れてきていたはずの性感に、私はまたもや翻弄され始めている。
 首を振っていやいやしながら悪態をつく私に、

「可愛いな」

 彼はそんな意地悪な言葉を返した。

「はっ、あっ、うぅん!」

 声を我慢なんて出来ない。
 咽喉から張り上げる声は隠しようもないほどに甘くて。
 彼はそんな私の昂ぶりを掻き立てる。

「シーリス」

 彼はぐっと身体を傾けて、私の耳元で名前を呼んだ。

「シーリスは、このままサキュバスになりたいのか?」

「ふっ、んぅ?」

 耳元でそっと囁かれた小声に、快楽の波に押し流されかけていた私の理知の欠片が辛うじて引っかかった。

「理由や原因はあるだろうが、それらを全て棚上げして。心からサキュバスになりたいと願っているのか?」

 理由や原因。
 私は手の甲に浮かんだ魔王の刻印を一瞥する。
 これが一度現れてしまっては、遅かれ早かれサキュバスに成ってしまう。
 これを目にした時から、私の心のどこかに諦めが訪れていた。

 けれど。
 もし願うなら。
 願ってもいいのだとしたら。

「……いや」

 私を抱き締めるこの人の温もり。
 サキュバス化したまま、一生を交わり続けて過ごせるのだとしても。
 快楽のみに支配されて過ごすなんて、安っぽい幸せなんて嫌。

「私、サキュバスになんて……なりたくない」

 記憶に残る森で過ごした日々。
 私がいて、ユーリスがいて、森の木々や動物たちと穏やかに過ごした思い出。

「もう、失いたくなんて、ない」

 切実に願う。
 私は穏やかだった時間を取り戻したくて、今日まで必死に駆けずり回ってきた。
 今となっては遠い彼方の落日に、彼を加えて過ごす事が出来ればどれほど幸せだろうか。

「そうか」

 希う私に、動きを緩めていた彼は私の手を胸元に当てる。
 彼の固い胸板に、全てを変えた刻印が刻まれた私の手が押し付けられた。

「なら、少し頑張ってみよう」

 え――

 私が言葉の意図を訊ねる前に、彼は突然発火したように激しく私を責め立てた。

「ひっあっ。やっ。ちょ、っと、まっ。おねがっ」

 はや、速い。
 そんなに速く、されると。

「まっ、とまっ、て。止め、あっ、あっあっ――」

 擦れる。
 擦れて突かれる。
 一番奥。
 奥を、ごつごつって。

 逞しい身体に組み伏せられて、幾ら押しても押しのけられない。
 身体に力が入らない。
 荒々しく犯されて、それなのに私の身体は悦んでしまっている。
 お腹の中から彼に焼かれて焦がされているよう。

「はっ、あっ。あっあっあ――っ!」

 もう、何も、考えられない。
 私は背骨を伝って昇ってきた火勢に固く目を閉じて、全身を強張らせた。

 瞼の裏で火花が散るのを見ながら、がりっと、指先が何かを引っかいた。

「あっ――〜〜〜〜〜〜ッ」

 跳ね橋のように背を反り返らせながら、必死に声を噛み殺した。
 あられもなく嬌声を晒すのだけは、辛うじて堪えた。
 代わりに頭の奥で何かが弾けて、身体が激しく痙攣した。

 私の裸身に、何かが降り注ぐのを感じた。

「――っぁ」

 痛いほど強張っていた全身の筋肉から、唐突に力が抜ける。
 そのまま背中から倒れ込んで、一拍遅れてどっと汗が噴き出した。

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 身体を焼かれるような熱さに、肺の中の空気まで焦がされていたよう。
 吸い込む空気が冷たくて気持ちいい。
 強烈だった火の熱さは、ぬるま湯に近い残り火になっていた。

「はっ、はっ、は――んくっ?」

 生唾を飲み込みからからに渇いた咽喉を湿らせて、私は身体に降りかかったものに気がついた。
 私の汗に濡れた腹に、白い液体が溜っていた。
 液体だけど汗や粘液と混じり合わずに、私の身体の震えに合わせてぷるぷると震えている。
 その様子は粘体のスライムを思わせた。

 ……これ。

 精液。
 子種。
 彼の男根に口付けをして、顔に降り注いだ液体。
 それが私のへそのくぼみにたっぷりと溜まっていた。

「……?」

 何故、彼の精液が私のお腹に溜まっているんだろう。
 身体の中に精液を注がれるものだと思っていたのに。

 私は後引く余韻に霞む視線を上げて、ぼんやりと彼を見上げた。

 彼は膝立ちの格好になって私を見つめている。
 直前で腰を引いたのか、濡れた男根が今は少しうなだれている。
 その先端から精子の糸を引かせながら、彼は私を指差した。

「それ」

 ……どれ?

 彼の指先を視線で追って、私の左手に行き着いた。
 彼の胸元に当てていた手で、何かを握り締めている。

 薄くて、平べったい、布のような物。

「……?」

 私は視線をゆるゆると彼に戻すと、彼の胸元に小さな傷が出来ている。
 多分、私が引っかいて出来た傷。
 爪の先ほどの小さな五つの擦り傷から少し血が垂れて、その下に今までなかったものがある事に気がついた。

 私の曖昧に蕩けた思考がそれを理解する前に、突然周囲が湧き立った。

 ――な、なに?

 風が草原を撫でるように、今まで私たちの足場になっていた触手が蠢いた。
 苦痛に悶えるように、歓喜するように、首をもたげてうねりだしたかと思うと、一斉に一点を目指して襲い掛かった。

 私が呆然と呆けている間に、あっという間に彼の全身に絡めとった。

「しっかりと握って」

 縛る、絡むなどといった生易しい形容ではとても間に合わない。
 数百、数千という蛇の群れがあたかも大河のごとく押し寄せて、彼の姿を一瞬で飲み込んでしまう。

「いろ」

 その言葉を最後に、彼は私の手を指差したまま触手の大波に飲み込まれた。 
 私の目の前に、突如巨木が生えたようだ。
 呆然と見上げていると、私の目に白んだ空が広がった。

 今まで閉じていた外皮が大きく開いていた。
 もう夜明けが近いのか、月は山の稜線の向こうに消えて、星々の輝きが薄れている。
 吹き付けてきた風の冷たさに、ぶるりと身体が震えた。

 その私の隣を、下半身の触手を蠢かせて音もなくユーリスが横切った。

「……ユ、ユーリス。これは、あなたの仕業なの?」

 私の言葉にユーリスは答えない。
 自らの触手で生み出した巨木を前に、感極まったようなため息をこぼした。

「ユーリス。あなた、自分が何をしているか――判ってるの? その中に、彼が飲み込まれたのよ?」

 あの中に飲み込まれて、呼吸は出来るのだろうか。
 激しく絡み付いて飲み込んでいく様子は、拘束するというよりも絞め殺してしまいそうな勢いだった。

 目に焼きついた光景を思い出して、全身に嫌な予感が走った。

「彼を、離して。離しなさいっ」

 私を絡め取っていた触手はもう離れていた。
 私の事などもう気にも留めていないのか、ユーリスも私の言葉を無視し続けている。

「ユーリス!」

 拘束が解けたなら大人しくしている理由もない。
 私はすばやく起き上がり、背中を向けるユーリスの後ろ姿に飛び掛った。

 羽交い絞めに組み付こうとした私の身体が、何かに横殴りに叩きつけられた。

「ぐっ」

 空中に放り出されて、ぬめる足場の上をごろごろと転がる。
 打たれたのはわき腹。
 鈍い痛みに顔をしかめるも、同時に私は幸運でもあった。

 殴り飛ばされる位置が悪ければ、そのまま足場のない空中に放り出されていたところだった。

 私は咳き込みながら顔を上げる。
 打ったのはユーリスの下半身でもある、触手の一本。
 大蛇のように太いそれを、振り向きざまに打ち付けられた。

 今まで一瞥も寄越してこなかったユーリスは、身体を起こす私を見ていた。
 憎い仇を見るような目で、鋭い敵意を隠しもせずにぶつけてきていた。

「うるさい」

 拒絶と憎悪。

「姉さんうるさい」
 
 凍えるほどの冷たい敵意を湛えて、私を睨みつけていた。

「誰にも渡さない。もう我慢なんてしない。そう、初めからこうしてしまえば良かった」

 ユーリスの口元が歪む。
 それは三日月のように、空に浮かんだ白い亀裂のような、愉悦の笑み。

「欲しいものを我慢して、耐えて、何もかも諦めてきた。あはっ。なんて馬鹿なんだろう。なんて馬鹿だったんだろう。
 こんなに簡単なのに。欲しいものは全部力づくで奪い取ればいい」

 目の色が違っている。
 愉悦とともに笑うユーリスは、どこか常軌を逸していた。

 夜が明ける頃にはもう完全にサキュバス――

 ユーリス自身も口にした言葉を思い出して、私の血が凍った気がした。

「集落での生活も、この森で暮らす事も、エルフでいる事さえ! 私は全て諦めてきた! けど、一度たりともそんな事を願ってなんていない!
 私はサキュバスになりたくなんてなかった! それなのに、何故!? 私と、私を追い出した集落の皆との違いは――シーリスとの差は、一体何なの!?」

 それは悲痛な叫び声。
 ユーリスが抱えていた苦痛そのもの。

「何もかも失って! 自分でもいられなくなって! もう失うものさえないのに! 私の手にはもう何も残っていないのに!
 それなのに、それなのに目の前であなたと彼の仲睦まじい姿を見ているだけで、私はそれでもずっと我慢しなければいけないの!?」

 ああ、そうか。

「彼は、私に挨拶してくれた。悲鳴を上げるでも、恐れるでもなく、私を見て、こんばんわって。ユーリスって。名前を呼んでくれたの。
 それが、どれだけ……嬉しかったか!」

 私はなんて鈍いんだろう。

 双子の姉妹として、同じものを見て過ごしてきた。
 同じ時間を過ごしてきた。
 こうして同じ結末さえ辿るはずだったのが、妹が先に辛く苦しい運命に足を踏み入れてしまった。

「ユーリス。あなたも……MBの事が好きだったんだ」

 彼を殺せなかった時から私が惹かれていたように。
 ユーリスも彼を見た時から惹かれていたんだ。

「……いらない」

 私が彼を名前で呼んだからか、ユーリスは再び険しい眼差しで睨みつけてきた。

「人間も、外の世界も……姉さんも。もういらない。全部いらない。
 欲しいのはたった一つ。たった一人だけ。それ以外は何も――」

 私を睨んで身構えるその姿は、飢えと渇きに苛まれた狼のようで、傷つき追い詰められた小鹿のようにも見えた。

「いらないいいぃぃぃっ!」

 ユーリスは小さな身体を折り曲げて、全身で拒絶の絶叫を発した。

「いらんのなら貰うぞ」

 この場にいる誰のものでもない声を耳元で聞いて、私は誰かに背中をぐいと引っ張られた。



 !?

 ぐるんと目の前の景色が回転していた。

 何が起こったのか判らず悲鳴すら飲み込んで、ただ私は回転するに任せる。
 急に視界を埋め尽くした地面に這い蹲るようにして着地するだけで精一杯だった。

 目が回っている。
 頭がくらくらとする。
 私は頭を振って今も続く眩暈を追い出していると、からからと笑い声が聞こえた。

「ほう。不意に転移陣を潜っても無様に転んだりはせんか。やるではないか」

「だ、誰っ?」

 さっき聞いた声だ。
 それよりも、ここはどこだろう。
 木々が生えているから森の中なのだと判る。
 魔王の魔力の影響が及んでいない、よく見知った清らかな森の中だ。

 その森の中に、忽然と初めて見る誰かがいた。
 子供ほどの背丈しかなく、見た目も子供そのもの。
 愛らしい顔にふてぶてしい笑みを浮かべた、黒尽くめの少女。
 鍔が広く先の尖った帽子と、すっぽりと身体を覆った外套には、滑稽な絵柄の口が描かれていた。

「誰何するのは良いが、ほれ。その前に自分の格好をどうにかせよ。柔肌が見られるぞ?」

 少女はけらけらと意地悪に笑いながら私に何かを投げて寄越した。
 受け取って、それが私が見につけていた服である事に気がついた。
 そうだ。
 私は彼に脱がされたままだ。

 けど、この少女はどうやって私の衣服を?
 それに、誰に見られるの?

 きょとんと目を丸くした私に、少女はにやにや笑いながら指差した。
 私は警戒も忘れて指を差されるままにそちらへ視線を巡らせた。

 少女が指を向けている方向に、

「ぐえっ、うえっぷ! 誰だ畜生! ちんこ当たってるぞ馬鹿野郎!」 
「ちんこ吸われるのはいいっすけど、吸うのは勘弁っす!」
「ふぅ……触手プレイの後が男体盛りとはこれ如何に」

 何やらこんもりとした山が出来ていた。

 人間の男たちだ。
 多分、財宝の噂に誘われて森に踏み入って、そのままユーリスに捕まっていた人間たちだろう。
 数一〇名にもなる人間の男たちは全員が全裸で、折り重なって山となっていた。

 呆然とその様子を眺める私と、混乱して悲鳴を上げていた人間の男たち数人と目が合った。

「げえっ!?」
「エルフ!?」
「どう見ても全裸です本当に有り難うございます!」

 色めき立つ人間たちを前にして、私の口元が引きつった。

【ア ヒンド レグ アルケス!】

 次の瞬間、私は巨大なヘラジカの力を借り、その雄々しい後ろ足で人間の男たちを蹴飛ばしていた。
 山が崩れてばらばらと散らばる人間たち。
 その様子を、さも面白そうに少女がげらげらと笑った。

「森を侵した者の末路は、断チンの刑と相場が決まっている。そら、ムスコの命惜しくば逃げろ逃げろ!
 相手はエルフだぞ!? 全員容赦なく粗チンと泣き別れだ! カリ首揃えて森の前に並べられるぞ!?」

「ひ、ひいいぃっ!」
「想像しただけで玉が! 玉が縮む!」
「言われなくてもすたこらさっさだぜぇぇ!」

 転がっていた人間たちはやおらがばりと起き上がると、一も二もなく森の外を目指して逃げ去っていった。

「ははは、見よ! ちんこぶらぶらさせながら逃げておるわ! 玉は縮み上がってはいても、棹は揺れると申すか!
 愉快愉快!」

「……」

 その背中を指を差して、少女は腹を抱えて笑う。
 何と言うか。
 仮にも女性だというのに、あるまじき下品さに面食らっていた。

「見られた所で柔肌に変わりはないが、価値は減るものだ。男にとっても有り難味というものが減るからの。
 素気無く焦らして男をその気にさせるのが、女の身に生まれた醍醐味というもの。その気になった男が必死に口説いてくるのを見るのが、何よりの娯楽というものよ」

 笑いの余韻を残しながら、少女は見た目にそぐわない厳めしい口調で呟き、うむと一人で頷いている。
 今の所エルフである私を恐れる素振りも、敵意らしきものも感じ取れない。
 彼女が見たままの少女でない事は、薄々感じ取れた。

「……あなた、何者?」

「我輩は魔女である。故あって名はない。好きに呼べ」

 彼女――黒ずくめの魔女は、私の誰何に意外にもあっさりと答えた。

 魔女。
 魔王の系譜に組するもの。
 人間の道を逸れて魔王を崇め、永遠を手にした者たち。
 つまり――

「敵になりたいのか?」

 その一言で、私の心臓は鷲掴みにされた。

「わしは、自分で言うのもあれだが、強いぞ?」

 ふいと笑いの消えた赤い瞳に覗きこまれた瞬間、私は金縛りに合っていた。
 魔女は何もしていない。
 呪文を口ずさんだ訳でもなく、ただ今まで巧みに隠していたオドを発散しただけだ。
 それだけで判った。
 桁違いだ。

 こんな――

 対峙しているだけで冷たい汗が溢れてくる。
 膝が震えて今にも折れそうになる。
 目に見える程の魔力を露に、睨むでもなくただ見つめてくる瞳に、私は呼吸すら止められてしまいそうな錯覚を覚えた。

「と、まあ。出会い頭に威嚇というのも大人気ないの」

 魔女は漂わせていた魔力をふいと引っ込めて、視線を外した。

「――っはぁ」

 私は今の今まで忘れていた呼吸を思い出し、肺に溜まっていた空気を吐き出した。
 咽喉が強張ってしまい、少し咳き込んだ。

「そう身構えるな。別段、ぬしを煮て焼いてサバトの宴に捧げようなどというつもりはない。
 魔女ではあるが魔王に仕えている訳ではない。はぐれ魔女と言った所だ」

「……そ、それを、信じろと?」

「信じようが信じまいがどちらでも良い。ぬしが敵か味方でしか世界を分けれんとなれば、それに応えるまでよ。
 まあ、安心せい。わしも喧嘩で命までは取らんよ」

 物騒な言葉を吐いて、魔女はからからと笑った。
 私は辛うじて崩れ落ちるのを堪えながら、生きた心地がしなかった。

 目の前の小柄な魔女が垣間見せたオドは、それだけで森のマナに比肩する。
 それに加えて、私を前に無警戒に佇んでいながら、どこか底の知れない深みがあった。

「あ、あなたが、私を――あの人間たちも。ここに呼び寄せたの?」

「うむ。森を転移の陣で囲んでな。我ながら無駄に広げた分半日かかったわ」

 何でもないようにさらっと受け答えた魔女の言葉に、私は生唾を飲み込んだ。
 転移はかなり難しい高位術の部類。
 それを複数名――数一〇人規模の魔術陣を半日で完成させる。
 完全に規格外だ。

「お陰でミードが空だ。猿酒の一つも見つけておらねばもう少し雑にしておったかもな」

 戦慄する私に構わず、魔女は呑気に手にした水筒らしきものの中身を呷っていた。
 敵意の欠片もない態度と、私や人間たちをユーリスの元から遠ざけた意図が判らず、私は混乱するばかり。
 戸惑い、居心地の悪さから周囲を見回している内に、私はある事実に気がついた。

「彼は」

 この魔女があの場にいたものたちを呼び寄せたというのなら。
 何故ここにMBの姿がないのだろう?

「あの人は、どこにっ」

 先走った感情が様々な思考を置き去りにしていた。
 私はあろう事か、目の前の魔女に掴みかかるようにして鋭く詰問していた。

「MBか」

 魔女の言葉に我に返る。
 我に返って自分の行動に気がついたけれど、だからと言って引き下がれない。
 魔女は彼の事を知っていた。

 疑問がさらに一つ増えて、何から聞けばいいのか迷う私の手に、魔女が小さな手の平を乗せてきた。

「刻印が出たか」

 相手は得体の知れない、魔王に連なる魔女だというのに。
 その手は柔らかく温かだった。

「握ったまま離すなよ? 手離せばぬしも魔王の眷属だ」

「えっ」

 握ったもの。
 彼にもそう言われたもの。
 魔王の刻印が浮かび上がった、私の手の中にあるもの。

 彼は一体、私に何を持たせたのだろう。

【絡めよ】【留めよ】【閉じよ】

 魔女は私の手を柔らかく包んだまま、どこの言葉ともつかない聞き取れない声を発した。
 不意に、手の中で握り締めていたものの感触がなくなっていく。
 私の指の隙間からこぼれだしたそれは、文字だった。

 読み取れないのでエルフ文字ではなく、おそらく人間の文字でもない。
 それ自体が魔力を持った魔術文字。
 魔術文字が溢れたかと思うと、ひとりでに浮かんで複雑に絡み合い、まるで編み物のように私の手の甲へと染み込んでいった。

「封じの護符だ。所有者をMBからぬしに書き換えた。もう手を開いてよろしい」

「……」

 魔術の作用はほんの数秒で終わった。
 魔女が手を引っ込めて、私は自らの甲をまじまじと見入っていた。

 何もない。
 視線の先にあるのは、特別な変化などない自分の手。
 浮かんでいた刻印さえ跡形もなく消え去っていた。

「封じただけだ。解呪した訳ではない。わしでも魔王の呪いを解けるほど魔術に長けておる訳ではない。
 わしとしても、呪いを解くより呪う方が得意分野だからな。
 魔王の呪いは秀逸だが、乙女の柔肌に見境なく跡を残すのだけは頂けんな。そういうものは、似合う者とそうでない者とがおる。
 結果的に刻印が似合うサキュバスの一丁上がりだが、その過程にも拘らんとな」

 冗談めかした言葉を聞きながら、私はそれでも信じられずに呆気に取られていた。
 昨日まであった通りの私の手。
 それが元通りになって目の前にある。
 逃げられない運命と諦めと共にあったはずが、本当に呆気なく消えてなくなってしまっていた。

 いや、消えた訳ではないらしいけど。

「な、何故」

 刻印は消えて、さらなる疑問が残った。

「何故、見ず知らずのあなたが、私にこんな真似を」

「何故も糞もあるか阿呆」

 私の疑念に、魔女の返事は見も蓋もなかった。

「ぬしがそれを持っていたという事は、MBが持たせたのであろう。MBはぬしをエルフのままでいさせたいのだろうよ。わしはMBの趣味に付き合った。
 単純な話だ」

「……」

 凝りでも解すように肩を回して、魔女は私の刻印を封じた理由を述べた。
 私は開いた口が塞がらなかった。

「古今東西、願いを叶えるのは神の仕事ではない。魔王とその系譜の特権だ」

 魔女はどこかしてやったりというしたり顔で、にやりと笑った。
 しかしその表情はすぐさま苦いものに変わった。

「それにしてもあやつめ。わしが魔術で編んだ特別製の護符をいとも簡単に剥がしおって。
 素手か。素手なのか。ダース単位の呪いを何食わぬ顔でぺりっと剥がすのか。
 魔術の魔の字も判っておらんくせに。気に食わん」

 腕を組んでぶつぶつと愚痴るように何やら呟いた。
 何やら不穏な単語が混じっている気がしたが、それはひとまず脇に置いた。
 これ以上疑問を抱え込んでしまっては、頭の中で独楽鼠が延々と回り続けていそうだ。

 とにかく、今は一つずつでも疑問を解きほぐしていかないと。

「あ、あなたは、MBの知り合い、なの?」

「何の因果か知らんがな。お陰であの阿呆を連れて世界旅行だ。飲まねばやっておれんよ」

 不機嫌そうに水筒をぐびぐびと呷る。
 中身は酒なのだろう。

「MBは、今どこに?」

「それならば、ほれ。あそこだ」

 魔女は器用な事に水筒を咥えたまま喋り、くいっと顎で指し示した。

「あそこって――」

 私は視線を上げて、

「……」

 言葉を失った。

 忽然と、森の奥から巨人が姿を見せていた。
 森の木々をあっさりと超えて、天を突くほどの巨大な女。
 巨人の顔は、私の知っている顔だった。

 ……ユーリス?

「ほう。また随分と野放図に育ったものだな」

 呆然と見上げる私の隣で、魔女は――やはり水筒を加えたまま――帽子の鍔を上げて感心するように眺めていた。

「いくら育ち盛りと言えど程があろう。なぁ?」

「……」

 話しかけられているのは判ったけれど、まともに答える事すら出来ない。
 遠目にそれとは判り難いが、あの姿は全て蠢く触手で造り上げたものだ。
 川獺の毛が滑らかに見えるのと同じ理屈なのだろう。

 あれだけのオドを、この短時間でどこから集めているのか。
 ユーリスは人間たちの精を糧に魔力を集めていた。
 その人間たちはもういない。

 では、誰の精を搾ってあれほどのオドを溜め込んでるの?

 巨大なユーリスの像は白んだ空を仰いだ後、ゆっくりと身体を前に倒す。
 森の切れ目から、ユーリスとは別の何かが高くそそり立っていく。
 塔のようにそびえるそれは、私にも見覚えがある形だった。

 そ、その。
 ええと――

「うむ。なんと立派な事であろう。確かにあそこまで育てば、それに見合った大きさが必要だな。並みのモノでは挿入感も楽しめん」

「……」

「何だその目は。あれはどう見てもちんこであろう」

 私が口に出来ないことを、魔女はばっさりと切って捨てるように言い放った。

「……そ、それは。そうなのかも、知れないけど」

「鴨も雁もあるか。ペニス。一物。てぃんてぃん。おお天にまします神にも届けよわが男根! 天使たちよ目を剥き驚きその逞しさに打ち震えよ!
 有体に言ってちんこだ」

「……はぁ」

 この魔女に恥らいや羞恥心を問うのは、魚に空の飛び方を教えるようなものなのかもしれない。
 ため息をつく私に、魔女は大げさに小さな肩を竦めた。

「初心なねんねでもあるまいに。今更ちんこの一つ二つで言葉を失ってどうする。エルフは揃いも揃って頭が硬いから困る。
 挿入・即・ひぎぃで済まぬ逸品ではあるが、ちんこはどこまでいってもちんこだ。
 ところで、ちんぽと言った方が卑猥さが上がると思わんか?」

「あなたとっ、一緒にしてもらうのはっ、困るっ」

「ほう。惜しげもなく肌を晒した挙句、男の匂いをぷんぷんと漂わせておきながら、わしとは違うと申すか」

「ぐっ」

 私は驚きの連続で、すっかり後回しにしていた事に気がついた。
 投げて渡された衣服は、魔女に掴みかかった時点で地面に取り落としていた。

 魔女はにやにやと厭らしく笑いながら、私の裸体をじろじろと無遠慮に眺めてくる。
 私は舐め回されるようにな視線から逃れ、慌てて落ちていた衣服を拾い上げて前を隠した。

「……うむ。実にエロいな!」

「あ、あ、あなた、女性でしょう!?」

「エロの価値は男女共通だ。だが生憎わしは女を侍らす趣味はない。よって見て楽しむのだ。
 何、エロが好きでも誰も咎めんよ」

「……」

 この魔女には実力だけでなく、口でも敵わない。
 私はもうこの事に関して何も言う気力が湧かずに、なるべく魔女の視線から逃れて衣服を身につけた。

 精液がべったりと服についてしまったけれど、非常時という事で目を瞑った。

「……むぅ、これは中々。事後のままに敢えて服を着るというのも、実にエロい」

「そ、それはもういいの!」

 ああ、もう。
 どうして私の周りにはこういう者しかいないの?
 彼といい、ユーリスといい。
 私は振り回されてばかりで、本当に独楽鼠みたい。 

「今は、あの子を――MBをどうにかしないと! あなたなら出来るんでしょ?!」

「やろうと思えばな」

「なら、すぐに!」

 ユーリスはあれだけのオドを蓄えている。
 搾り取っているのは、彼からだ。
 あれだけのオドを搾り取られたら、本当に死んでしまう!

「断る」

 しかし、魔女は私の訴えをあっさりと退けた。

「そんなっ、どうして!」

「どうしても何もあるかたわけ。何とかしたいなら自分でやれ。自ら動け。自ら考えよ。自ら手を汚せ。
 自らの願いというのはそういうものだろうが。他人に叶えて貰って何が願いだ」

「あなた……MBの知り合いなんでしょ?!」

「如何にも」

「なら、このまま黙って見ているのが彼の願いなの!?」

「知るか。あの阿呆が何を願っているかなど。本当の所判るものかよ」

「願いを叶えるのは、あなたたちの特権なのでしょう?! 生きたいと願うのは当たり前じゃない!」

「如何にも。では問うが、わしが手を出して良いのか?」

 魔女は視線を一度ユーリスの巨像へと向けた後、改めて赤い瞳で私を見上げてきた。

「わしは引き算しかせん。と言うより、それしか出来ぬ。MBか、あの育ち盛りのサキュバス。どちらかを選べと言う。
 わしなら見ず知らずのサキュバスよりも、どうしようもない奴ではあるが、あの阿呆を選ぶ。
 ぬしはどちらを選ぶ?」

「っ」

 私は魔女の質問に答えられなかった。
 勢いに任せて食って掛かったのは私の方なのに、答えられずに黙り込んでしまった。

「サキュバスを殺せば万々歳。全てが丸く収まった大団円。それほど単純な話でもなかろう。
 少なくとも、ぬしはそう思ってはおらん。だから選べん。甘ったれで困る」

「……」

「しょげるな。ぬしの事ではない。あの阿呆だ」

 ……。

「え?」

 顔を上げた私の目に留まったのは、不機嫌そうに眉をしかめた幼い横顔。
 その様子は人知を超えた魔女というよりも、年上の姉が父母に代わって年下の妹弟を叱る直前の様子に映った。

「あやつに選べと言えば、どう答えると思う?」

 ちらりと一瞥した魔女は、そんな事を訊ねてきた。

「――あ」

 脳裏にはたと記憶が甦る。
 ユーリスが同じ質問を彼に向けていた。
 彼は何食わぬ顔で即答している。

「両方」

 私とユーリス、どちらも好きだと平然と答えた。

「ふん。まだ可愛い方だ。わしには全てと答えおった。抜け抜けと即答でな。
 なーにが困った事に、だ。全てを選んで嬉しいのはあやつだけだろうに。本当に困っているのかと訊ね返してやりたい所だが、どうせ嬉し過ぎて困るとかそういう感じの答えが返って来るぞ。
 全く、一体誰に似てああまで欲張りになったのか」

 そう。
 私に欲張りになればいいなんて言っておきながら、一番欲張りなのは彼だ。
 出会ったばかりのユーリスと、私の目の前で、しかも姉妹だって知っていたのに。
 淫らな真似をして見せるユーリスに、興奮するだなんて。
 あんなに淫らで濃厚な口づけまでして!
 まんまと乗せられて!
 こっちの気も知らないで平然と!

「……」

 記憶を振り返るに、私の中で何かどす黒いものが芽生えている気がした。
 いつの間にか握り締めていた拳が震えている。

 これって怒りかしら?

「かはは。良い面構えになったな。その面を見るに、あやつが何をしておったのか想像に容易い」

「そうですか」

 自分でも驚くほど穏やかな声音が出てきた。
 笑みすら浮かべることが出来た。

 はは、凄い。
 ここまで冷静に怒るのは初めてね。

 微笑む私に、魔女もにやにやと笑っている。

「第一、あの程度でどうにかなる訳がなかろうよ。あやつがシワシワに枯れてミイラになっている姿など、想像出来るか?
 平然とつやつやになって帰って来て、朝日が眩しいなどとのたまうぞ」

「そうですね。簡単に想像出来て、返って可笑しいですね。ふふふ」

「くけけけけけ」

「うふふふふふ」

 私は魔女と声を出し合って笑い合った。

 そうか。
 うん。
 妙な心配なんて無用なんだ。
 だって、人間の集落に堂々と乗り込んで、平然と帰ってくるような彼だもの。

 この際、一度痛い目に遭えばいい。

 でないといつまで経っても欲張りで強引で、欲望に忠実なままにすぐ鼻を膨らませたりしてる。
 そういえば、ユーリスと一緒にしている時も、彼の鼻は膨らんでいなかったっけ?
 今気がついたんだけど、興奮していると鼻が膨らむって誰が教えてくれたのでしょうね?

 直接問い質そう。

「私、ちょっと用事を思い出したので行って来ますね」

「うむ、行って来い。ついでにのほほんと惚けた男の横っ面を、一つ二つ張り倒してやれ」

 木々に飛び移る為に腰を屈めた私に、魔女は自らの頬をぺちぺちと叩いて愉快そうにけしかけた。
 私は微笑んで返す。

「もう予約してありますから」

「大変結構!」

 同行者の許可も得た。
 彼が心を入れ替えるほど熱い一発を見舞おう。
 まだ、私の中で具体的にどうするのかが決まった訳ではない。

 けれど。

『なら、少し頑張ってみよう』

 彼は言葉の通り、あそこで頑張っているのだろう。

 ならば行くべきだ。
 私の手助けは、必要ないのかもしれない。
 けど、必要かどうかで決めるものじゃない。
 必要とされた時、すぐに駆けつけられる場所にいたい。

 それが、私の願い。

「そうそう」

 心を決めた私に、魔女がふと付け加えるように訊ねた。

「MBは、ぬしにとって何者か?」

 彼。
 私は、彼をどう思っているのか。
 そんなの、決まっている。

「かけがえのないフリエンド」

 そう。
 この一言で片がつく。
 信じられ、信じて、契り。
 そして、今も信じている。

 その言葉を口にすると、先ほどまであった静かな怒りが引っ込んでしまっていた。
 ……少しは残っていたけれど。

 魔女はそんな私を見つめた。

「顔を合わせた時に言ってやれ。喜ぶあやつの顔が見れるぞ」

「――うん」
 
 今まで見た中で誰よりも優しいその笑みに、私は強く頷いた。








09/11/14 13:24更新 / 紺菜

■作者メッセージ
なんかシーリス編だったはずが双子編になりました。
もちっと続きます。

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