読切小説
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魔女と男03

 簀巻きになっていた。

 ?

 簀巻きになっていた。

「……」

 部屋の片隅でうずくまって眠っていたはずが、俺は簀巻きになって床の上に転がっていた。

 手首足首をしっかりと縛られ、さらに腕や脚をぐるぐる巻きにされてしまっている。
 この状況に、驚きはさほどでもなかった。

 俺の人生にとって、目覚めた時に簀巻きになっていたというのは良く起きる出来事だった。

 ままありすぎて、ままならない。

 床に伸びた自分の影を見つめて軽くため息をつくと、

「――ようやくお目覚めかい?」

 声が聞こえた。

 俺はごろりと床を転がる。
 転がろうとした。

「おっと」

 簀巻きにされた身体を踏みつけられて、動きを止められた。

 声に聞き覚えがあった。

「“枝折り”?」

 首だけひねって振り向くと、彼女の物と思われる髪の一部と角が、赤い炎に照らされているのが見えた。

「へっ。とんだニブチン野郎だなお前。寝てっとこふんじばってようやく目が覚めたのかよ。
 拍子抜けだぜ」

 踏みつけられたまま、靴のそこでごろごろと転がされる。
 簀巻き状態の手も足も出なさというものをよくよく理解していた俺は、“枝折り”に逆らわずにされるがままに任せた。

 前後に転がされていたおかげで、部屋の状況が観察出来た。

 部屋にいるのは俺と魔女殿、“枝折り”とゲッパドッパソッパの六人。
 就寝前に部屋の蝋燭の火を消した筈だが、再び灯され壁には松明が掲げられていた。
 彼女らは棍棒や斧やナイフなどの武器を身につけ、俺たちを案内した部屋に集まっていた。

「よっ」

 “枝折り”に軽く蹴り転がされ、ごろごろと転がった後壁に当たって止まった。

 俺は脚を上げて縛り目を確認する。
 独特の結び目はもやい結びと言う奴だろうか?
 がっちりと縛り上げているものの、見事に行動の自由だけを奪っておきながらも息苦しくも無い。
 素晴らしい簀巻き技術であると認めざるを得ない。

 簀巻き一つにしてもちょッしたコツと慣れが必要で、魔女殿にされるよりも随分念の入った簀巻き具合だった。

 思わず感心して頷いて、彼女らに転がって向き直った。

「おはよう」

 俺の言葉に、

「夜遅くにようこそ? 岩の歯亭へ」
「お泊りですか? お食事ですか? それともご休憩ですか?」
「シシシ?」

 子分の三人が答えた。

 内容に違いは無かったが、その怪訝な表情から言葉に込められた意味合いは異なるのだろう。
 そんな気がした。

 “枝折り”は目を丸くした後、肩を落としながら角の根元を指で掻いた。

「……お前、ちったぁ暴れるなり抵抗するなり叫ぶなりしてみようって思わねぇのか?」

 げんなりとした表情でそう促された。

 俺は彼女の言葉を吟味する。
 暴れ、抵抗し、叫ぶような状況なのか、よくよく考えた。

「……ミードだ。ミードを持ってくるのだ…濁っていようと澄んでいようと……構わん……」

 これは魔女殿の寝言だ。

 案内された部屋の苔生したベッドの上で、簀巻きになったまま今も夢の中で蜂蜜酒を呷っている。
 いびきも歯軋りも寝言も、とっくの昔に慣れた。

「……これは…美味い……なんと甘露なミードで……あろうか」

 高いびきと幸せそうな寝言を耳にして、小さく頷いた。

 “枝折り”が言うように振る舞う理由は、一切見当たらなかった。

「何故?」

 なので俺は彼女に訊ねた。

「何故って……大変だと思わねぇのかよ? 大変だーとか騒がねぇと、あちしらがつまんないじゃねぇか」

 つまらないのは良くない。

 なので努力してみる事にした。

「大変だー」

 彼女は楽しんでくれただろうか。

 じっと見つめていると、“枝折り”の顔が見る見る赤く湯だっていく。
 むにむにと歪んだ口元から八重歯が覗き、小さな肩をいからせた。

「お前、あちしを馬鹿にしてんな? ゴブリンだからってバカにしやがって。ちっくしょうこの人間野郎が!」

『あ、姉ビン! 落ち着くでゲス! ガッチンは良くないでゲス!』
『ぶちゅっとなるっス! 潰れたトマトっス! ミンチよりひでぇっス!』
「シシシ!」

 ごつごつとした棍棒を振り上げる“枝折り”に、子分たち三人がしがみついて必死に押し留めた。

 自らの身体の半分はあろうかという石の棍棒を軽々と振り上げ、大小の男たち三人掛かりでようやく押し留めている。
 同じゴブリン種で、しかも体躯的にも小柄でありながら、彼女が一番力持ちのようだ。

 魔界にサキュバスの魔王が誕生して以後、世界中の魔物たちは活発化した。
 魔王の持つ魔力が魔界からこの世界にも流れ込み、最もその影響を受けたのが女性だ。

 一般に、サキュバス化現象と呼ばれる。
 魔物の魔力や身体能力は以前とは比べ物にならない程向上し、快楽と性欲をつかさどるサキュバスの習性が刷り込まれる。
 性欲だけでなく、今まで魔物と呼ばれなかった人間に友好的な異種族たち、さらに人間に対しても及ぶ。
 現魔王の魔力はそれ程強力で、それ故に魔界に君臨しているのだ。  

 そのように、魔女殿から教えて貰った。

 “枝折り”が岩の歯亭の主人であるのは、そういった理由もあっての事なのかもしれない。

『うーがー! 離せこらー!』

『殺っちまったら化けて出そうで怖いでゲス!』
『お化け怖いっスよー!!』
「シシシー!」

 興奮した彼女が、棍棒と一緒に子分たちまでぐるぐると派手に振り回す姿を観察して、そう思った。

 子分を強引に振りほどいた事で少し落ち着いたのか、“枝折り”は俺を睨みつけて指を差した。

「と、とにかく。
 お前らの持ちもんはあちしら岩の歯団が丸ごと頂いちまったかんな!」

「岩の歯団?」

 岩の歯亭ではなかったのだろうか。
 “枝折り”は訊ね返した俺に腕を組んで頷いた。

「そっだ。あちしらはお前ら人間からお宝をぶんどる、ゴブリン盗賊団なのさ!」

「おお 勇者よ!」
「死んでしまうとは 他愛ない!」
「シシシ!」

 倒れていたゲッパとドッパとソッパが起き上がり、棍棒を小さな肩に背負った“枝折り”を中心にして、それぞれ武器を構

えた。
 ポージングと台詞と配置がそれぞれ決まっているようだ。

「格好いいな」

 俺は素直に感想を述べ、

「…なんだ…これは……ええい…店主を…呼べっ…」

 魔女殿はむにゃむにゃと寝言を言った。

 “枝折り”の唇がむずがゆそうにむにむにと歪んで、八重歯が覗いた。

「……お前、今の状況判ってんのか?」

 訊ねられたので答える。

「俺と魔女殿は簀巻きになっている。
 結び方への念の入れようと、ただ拘束するだけではない縛り具合。簀巻き常連者として言う。完璧だ。
 盗賊を本業としながらも、隠れ蓑として副業を行う。知的で効率的だ。
 何より本業の片手間にあの酒が出てくるのは素晴しい。
 そして岩の歯団の登場決めポーズ。僭越だがこれに意見を述べさせてもらう。

 ゲッパは身長の高さを誇張する為に最後尾に移った方が良い。
 ドッパはもう少し斜め前に出て、相手に体格を見せ付けるように。
 ソッパは手が背後の“枝折り”とやや被り気味に思える。
 それぞれの個性と持ち味を生かせば、位置取りを意識すればさらに映えるのでは?
 付け加えるなら、指先までしっかりと伸ばす。それだけでも印象深くなる」

 俺が感じた意見と、より詳細な感想を述べてみた。

「……」

 “枝折り”の口がぽかんと開きっぱなしになった。

『……姉ビン、あいつなんて言ったでゲス?』
『王国語は難しいっス。ちょびっとしか判らないっス』
「シシシ?」

 まん丸になった赤土色の瞳をしばらく俺に向けた後、微妙にぷるぷると震えていた子分たちの声で我に返った。

「ちょ、ちょっと待った! タイムだかんな!」

 俺に手の平を向けてそう言った。

「タイムか。判った」

 俺は彼女の提案を受け入れて頷いた。

 “枝折り”はポーズを決めたまま固まっていた子分たちに、手招きして呼び寄せると、車座になって顔を寄せ合い相談を始

めた。
 俺が今述べた言葉を、改めて彼らに説明をしていた。

『――って言ったんだ、あいつ』

『なんとゲス』
『その発想はなかったっス』
「シシシー」

 ぼそぼそと囁き合う彼女たちの様子を観察する。

『…だからな…あちしは…あいつの…』

『…いやでも…でゲス…』
『…これは……じゃねっす?』
「…シシ…シシシ…シシ」

 俺はタイム中だったので口を挟まなかった。

「ごっほん」

 やがて車座になっていた彼女らは俺と向き直り、“枝折り”が咳払いを一つした。
 タイムが終了したのだろうか。

『じゃ、じゃああんたら。準備はいっか?』

『へい姉ビンでゲス!』
『合点承知っス!』
「シシシ!」

 少し恥ずかしそうに背後を振り返る“枝折り”と、それに力強く頷いて答えるゲッパドッパソッパの三人。

 俺がじっと見つめていると、すうっと“枝折り”が深呼吸をした。

「ゴブリン盗賊団!」

『ノッポのゲッパ!』
『デヴのドッパ!』
「シシシ、シッシ!」

『姉ビンはこのあちし、“枝折り”のリコ!』

 それぞれにポージングを決めながら名乗りを上げていく。

『岩の歯団、ここに参上! シシシシ!』

 最後の決め台詞が見事に唱和した。

 それぞれの特徴と名乗りを簡潔に交え、格上の“枝折り”は短いながらもそれを強調。
 さらに全体の唱和では、歯を見せて笑う事で言葉を喋れないソッパに対しても配慮がなされている。
 俺が述べた意見は取り入れられ、“枝折り”を中心にそれぞれの個性が映える位置取り、ポージング。
 指先、爪の先までぴしっと伸びてメリハリがあった。

「ディ・モールト」

 彼女らに最大の賛辞を送る為、俺は床の上をのたうった。

 本当は惜しみない拍手を添えたい所であったが、簀巻きなのでそれは出来ない。
 拍手に代わるものとして、縛られたまま可能な限り跳ねて脚で床を叩いた。

『うあー。気持ちわりー』

『魚が岸に打ち上げられたみたいでゲス』
『人間とは思えない動きっス。ゴブリンのおらたちも引くっス』
「シババ」

 彼女たちは一様に、塩と砂糖を間違えた料理を口にしたような表情を浮かべて、俺から少し後ずさった。
 こちらの意図が上手く伝わらなかったようだ。

 異種族異文化コミュニケーションとは難しいものだ。
 改めてそう思った。 



 それはともかく。

「それで」

 一応聞いて置いた方がいいだろう。

「今からでもサービス料を払えば、縄を解いてくれるのか?」

「……んな訳あっか!」

 きょとんとした顔つきになっていた“枝折り”が、一拍の間を置いてから、顔面を真っ赤にして怒鳴りつけた。

 簀巻きは、サービスに含まれない。

「なるほど」

 俺は新たに得た知識を記憶に留めおいた。



xxx  xxx



 あ、頭痛くなってきた。

 あちしは拳で額をごつごつやりながら、あいつを見下ろした。
 あいつは今まで簀巻きにしてきた人間みたく暴れるでも喚くでもなく、床に転がしたまんまじっとあちしらを見つめている



 あちしは頭が痛いけど、こいつの頭ん中は傷んでる。
 撫で繰り回してから数日放って置いた、山葡萄でも詰まってんじゃねぇのか?
 こいつと話してっと、あちしの頭ん中まで傷んじまいそうだ。

 今までこいつをバカにしてきたけっど、こいつの頭はバカとかそういう意味じゃ済まないもんじゃねぇのか。
 はぐれもんの人間相手の商売だっけど、こういう客が来るとは思ってなかった。

 こいつじゃ、人間の群れからはぐれても納得だ。

『もういいや。あんたら、今回は脅かして楽しむは無しだ。ぶんどったもん持ってけ』

『へい姉ビンでゲス!』
『合点承知っス!』
「シシシ!」

 ベっと舌を出し、あちしは投げやりに子分たちに指示を出した。
 子分たちは頂いた金とか食いもんとかふんじばった時のまんま歯軋りしてるメスとか持って、部屋から出て行こうとする。

「リコ」

 む。

 あちしは急に名前を呼ばれて、じろりとあいつを睨みつけた。

「でいいのか? “枝折り”」

 あいつはあちしをじっと見つめてそんな事を訊ねてきた。

 こいつはずっとあちしを“枝折り”って呼んでたはずだ。
 どこであちしの名前を知ったんだ?

「なんだよ。そっだよ。あちしの名前はリコだ。なんか文句でもあっか!?」

「文句はない」

 あちしが棍棒を振りかぶって脅しても、あいつは平然としたまま眉をぴくりとも動かさねぇ。
 なんだか人間を相手してるとかより、ゾンビとかスケルトンとか、アンデッド系の相手してっみたいだ。

「そうか。リコか」

 どっかアンデッド系なあいつは、縛られたまま小さく頷いた。
 そして、あちしをまた見上げる。

「可愛い名前だ。似合っている」

「ぐげっ!」

 あちしはガマを踏んづけたみてぇな声を出して、部屋の壁まで一気に後ずさった。

「? どうした」

「どどどどどうしたって、おめえ一体ななななななに言って」

 可愛い?
 あちしが?
 ゴブリンなのに?
 人間なのに?

 思わず棍棒まで落っことして、ぴったりと壁に背中をくっつけたあちしをあいつはじっと見つめてくる。

 うっ。

 ぴかぴかになるまで磨いた黒曜石みてぇな目に見られて、あちしは目を伏せて視線から逃げた。
 顔がかっかと熱くなる。
 頭ん中ぐつぐつと煮立っちまったみてぇだ。
 あちしに厄介なまじないでもかけたんじゃねぇだろうな、こいつ。

「可愛い名前だと」

「んなこと言うな! あちしは“枝折り”だっぞ!? もっと、おっかないとかそういうこと言え!」
 
 あちしは床に転がったあいつに怒鳴った。

 縄でぐるぐる巻きにふんじばったってのに、なんであいつから逃げたりしてんだ?
 これじゃ、あべこべだ。
 頭ん中でラージマウスがぐるぐる走り回ってるみてぇだ。

『余裕たっぷりぷりんでゲスが、それも今のうちでゲス』
『そうっス。姉ビンの"枝折り"食らって今まで無事だった奴はいねぇっス』

 ゲッパとドッパは簀巻きになったあいつを盗み見ながら、気の毒そうにぼそぼそと話し合ってんのが聞こえた。

 そっだ。
 あちしは“枝折り”じゃなきゃいけね。
 子分たちの姉ビンでいる為だけじゃねぇ。
 岩の歯亭って店を構えてここで暮らすのだって。

 人間やドワ公、それに他の魔物だって。
 ジャイアントアントが巣作りしようとやってきたり、ラージマウスがあちしらのチーズ目当てに押しかけてきたり、ワーバ

ットがわんさと乗っ取りに来たことだってある。
 あちしが情け容赦のない岩の歯団の姉ビンで、“枝折り”だからこそ誰もここにちょっかいかけてこねぇ。

 壁に張り付いたまんま声が出ねぇあちしに、ソッパが肩を叩いた。

「シシシ?」

 いけね。
 あちしがしっかりしねぇと。

『な、なんでもね』

 首を傾げるソッパの手を払い、ぶんぶんと頭を振った。 
 あいつの言うことなんて頭から追い出して、あちしは“枝折り”らしくするんだ。

『さあ、あんたら。ぐずぐずしてねぇで、頂いたもん運んでさっさとそのメス剥いちまいな。
 あちしはこの野郎に“枝折り”してやっからな!』

『へい姉ビンでゲス!』
『合点承知っス!』
「シシシ」

 あちしは姉ビンらしく指示を出し、子分たちはえっほえっほと荷物を抱えて部屋から出て行く。

「やめておいた方がいい」

『んあ?』

 あいつはドッパが肩に担いだメスの簀巻きをちらりと見てから、あちしを見た。

「ひどく、後悔する事になる」

 手も足も出ねぇからって、あちしを脅してるつもりか?

 あちしは簀巻きになったあいつを踏みつけて、足の裏でころころと転がしてやった。

「へっ。こんなメスチビに何が出来ってんだ? 頭を剃ってザビエルみたくした後、草の煮汁で落書きしてやる」

「…はは…わしの為に…働くのだ……この愚民ども…が…」

 ドッパの肩の上でむにゃむにゃ言ってるチビを指差してから、踏んづけたあいつをころんと転がす。
 あいつは抵抗なんて一切としないから、されるがままだ。

「お前はお前の心配してろよ。あちしが“枝折り”で、か、かわいがってやっかんな」

 ちょい言葉に詰まっちまったけど、何とかいつもの体面を保つことが出来た。
 
『姉ビンの隠された鬼が目覚めたでゲス!』
『小鬼の中の小鬼っス!』
「シシシ!」
 
「“枝折り”がリコの名前でないなら、どういう意味だ?」

 聞いて来たあいつに、あちしは手をぎゅっと握り締め、かくんと倒して見せた。

「あちしを満足させられなかったら、お前の大事な枝を折ってやるって意味だ」

『ひぃぃぃ! これはまた血の雨が降るでゲス! ちんこからほとばしる血の雨でゲス!』
『魔性の名器っス! ちんこマッガールっス!』
「シシシ!」

 あちしは子分たちの言葉がむず痒く響くのを我慢しながら、“枝折り”の顔を保った。

 本当のことは、言えねぇんだ。
 子分たちにも。

 あちしがぐって握り締めた拳を、あいつはじっと見つめていた。



 子分たちがぶんどったお宝とメスを別の部屋に運んで、部屋の中にいるのはあちしとあいつだけ。
 交尾をする時は子分たちにも見せらんねぇし、子分たちもあちしに気ぃつかって覗いたりしねぇ。

 だからあちしは何の心配もいらずに、交尾に集中出来た。

 あちしはいつものようにふんじばった相手をベッドの上に乗っけて、縄を一部だけ解いた。
 交尾の為に、簀巻きにすっ時は手足をそれぞれ縛るって決めてる。
 ちょっと解いたくらいじゃ逃げられないように。

 あちしは腹の下にきてた緊張を、ごくりと生唾を飲み込んで誤魔化しながら、解いた縄を部屋の隅に投げ捨てた。
 
 よ、よし。
 今日こそは、ちゃんとすっぞ。

『大丈夫だ、大丈夫。今度こそ、ちゃんと出来る』

 口の中で呟きながら、あいつの股間を指先でつんつんとつついた。
 衣服越しに詳しい位置と状態を調べる。

 芯があるような、硬柔らかい感触。
 つついているうちに、あいつのモノがどこにあっか段々判ってきた。

「ど、どっだ。興奮してきたか」

 あちしは指でぐりぐりと股間を弄りながら、あいつの様子を窺う。
 あいつは顔色一つ変えずにあちしを見つめていた。

「痛い」

 う。
 ちっと肩に力入り過ぎたか?

「そんなこと言ったって、やめてなんかやんねぇからな?
 あちしは、お前を今からリョージョクしてやんだからな」

 あちしは余裕たっぷりに見えるよう、にやにや笑って股間を指先でねじる。
 さっきよりは力を抜いた。

 あいつの表情を見て、あちしがちゃんとやれてるかどうかを窺った。

「……」

 あいつは何も言わずにただじっと見てるだけだ。

『くそっ。なんか言えよ。上手く出来てっかどうかわっかんねぇじゃねぇか』

 あちしが“枝折り”してきた人間と比べて、全然反応を見せないあいつに毒づいた。

『すまない』

 あいつは全然すまないと思ってない面で頭を下げる。

『うっせぇな。すまないって思うんならちんちん勃てろよ』

『それならば助言を』

 助言?

 あちしが目を向けっと、あいつは股間をちらっと見てから小さく頷いた。

『勃起を促すのなら、指でつつくよりも手の平を使った方が効果的だろう。撫でてみてはどうだろう』

 む。
 そうだったのか。

『こっか?』

 あちしは早速あいつの言う通り、触り方を変えてみた。
 手の平を股間に当てて上下に擦ってみる。

『そう。ただ擦るだけでなく緩急をつけるといい。
 亀頭から陰茎に沿って上下に擦るだけではなく、陰嚢、腿、腰にかけて円く撫でてみるなどは。
 変化をつければメリハリが出る』

『こ、こうでいいのか?』

 あちしは寒い冬の日に腕を擦るようにしてたのを、言われた通りにもっとゆっくり撫でてみた。

『そう。その調子。上手いな』

『……へへっ』

 こいつは正直言って変ちくりんな人間だけっど、そう言われるとまんざら悪い気はしなかった。

 あちしはゆっくりとあいつの股間を撫でる。
 こんな風な手つきで誰かを撫でたりすんのに、覚えがあった。

 ゲッパとドッパが変なキノコ見っけて、毒キノコだって知らずに食っちまってげえげえやってた時。
 あの時、あいつらの背中擦ってた時みてぇだ。

 ほんと、食い意地張ってんだから。
 しょーがねー奴らだ。

 ソッパは毒キノコだって知ってたけど、喋れねぇから二人を止められなかった。
 そいつを気にしてるみたいだったから、あちしはソッパの頭を撫でてやった。

 あの時みてぇに撫でた。

 昔を思い出しながら、あちしはあいつの股間を撫で続ける。
 あいつが履いたズボンはすべすべで、触り心地もいい。
 撫でてる内に温もってきて、あいつの硬柔らかいままだったふにゃふにゃちんちんが、段々硬くなってきたのが判った。

 そうなっちまうとあっと言う間で、すぐにがちがちになっちまう。

『お。すっげぇ』

 今までだったらここまですんのだって随分苦労したってのに、あいつに言われた通りにやっただけで、拍子抜けすっほど簡

単にボッキした。

 よしよし。
 今日は調子いっぞ。

 ちんちんおっきくなったのが嬉しくなりながらも、あちしはにやにやとあいつを見た。

「へっ。人間の癖にだっらしねぇ。ゴブリンにちょこっと撫でられただけで、こんなに硬くすんのか」

「リコの手は気持ち良い」

 あちしのコトバゼメにも、あいつは相っ変わらず真顔のまま答えた。

「明確に説明は出来ないのだが、優しい手つきだった」

 そんなことを言った。

 相変わらず変な奴だなぁ、こいつ。
 ゴブリンのあちしが人間をバカにすっと、大抵怒り出すか悔しそうにすんのに。
 ドワ公なんて一発でブチ切れて、酒焼けん時より顔を真っ赤にして怒鳴りだす。

 なんでか知ってる。
 あちしらをバカにしてっからだ。
 だからあちしらにバカにされっと余計に腹を立てる。

 でもこいつはそういうとこがねぇ。
 じーっと見つめてきたり、あちしに変なこと言ったり、バッカじゃねぇのって思う時はある。
 やっぱこいつは人間だし、あちしとは違うんだって思う。

 けどいっこだけ。
 ソッパの流儀に流儀でもって返したこと。
 それだけは、まあ、子分たちの手前ああは言ったけど、悪い気はしなかった。

 ソッパはあちしらの中でもチビだし、何より喋れねぇ。
 人間だけでなく前の群れにいた時だって、良くバカにされてきた。

 そのソッパが流儀を見せたってのは、少なくともこいつはそういう目でソッパを見たりしてねぇってこと。
 ソッパは喋れねぇ分敏感だ。
 チビだけどあちしより年上だし、その分色々物を知ってるし機転だって利く。

 ゲッパもドッパも、ソッパのこと頼りにしてる。
 あちしだってそうだ。

 岩の歯団はケッソクがかてぇんだ。

 なんだかんだで長い付き合いになる子分たちを思い浮かべてると、

「リコ」

 あいつがあちしの名前を呼んだ。 

『んあ?』

 あいつはあちしをじっと見つめていた。

『優しい目つきをしている』

 う゛。

 やっぱりこいつは変な人間だ。
 そんな恥ずかしいこと、よりにもよってゴブリンのあちしに平然と言ってくる。

『う、うっせぇな。なんでもねぇよ。ちょっと考え事してただけだ』

 あちしは顔を逸らしながら、そんなことを言ってきたあいつの股間を少し強めにごしごしと擦った。
 もうズボンの上からでも形が判るくらい、あいつのちんちんは硬くなってた。

『そうか』

 あいつはやっぱり顔色一つ変えずに、こくんと小さく頷いた。

 ったく。
 人間にしちゃあだーいぶマシだけっど、恥ずかしいこととか平気で言うのは困ったもんだ。

 そ、その。
 あちしの名前が可愛いだとか。

 ……ほんとに困る。

 また頭がかっかとしてきそうになっちまったから、ぶんぶんと頭を振った。

 頭を振って落ち着いて、

「ん?」

 ふと気付いた。

 あちしはあいつの顔を見た。
 あいつもあちしの顔を見ていた。

「ちょっと変じゃねぇか?」

 なんかこう、今までのこいつとのやり取りでおかしかったことがあるような気がした。

 歯の隙間に小骨が詰まったみてぇにすっきりしないあちしに、

「……?
 いや。特に変なことはないと思うが」

 あいつは小首を傾げて言った。

「リコは俺を陵辱をする為に勃起させ、俺はリコの愛撫で勃起した。
 現時点においての進捗を述べるとこうだが、何かおかしい点があったか?」

「い、いや。それはおかしかねーんだけども」

 あちしも一緒になって小首を傾げて、何がおかしいのか考える。

 今んとこ上手くいってっし、今まで“枝折り”してきた事を考えっと上手く行き過ぎてるくれぇだ。
 だってのに、なんでこんなもやもやすんだ?

「性器の構造とこれまでのリコの経験を比較し、それが違和感になっているのかもしれないな。
 リコが人間を対象に陵辱してきたと仮定しても、やはりそれぞれ個人差というものがある。
 同一種族内であっても個体によって特徴があり、個性が出るのは人間もゴブリン種であっても同じだ。
 俺の勃起やペニスの手触りおかしいと言うのなら、直接目で見て確認してくれ」

 考え込むあちしに、こいつはやっぱり落ち着いたまま言った。
 あちしは腕を組んで訊く。

「……なあ、お前って頭がいいのかバカなのか。どっちだ?」

「頭が良いとは余り言われない。馬鹿だとは良く言われる。
 客観的に見て、俺は馬鹿なのだろうと断定している」

「まあ、あちしにしてみりゃどっちだっていんだけどさ。
 あちしの目から見ても、お前は変だ」

「それは良く言われる」

 そーだろうよ。
 ったく。

 だから人間の群れからはぐれちまってこんなとこまでのこのこやってくるようになったんだろうな。
 あちしらがゴブリンの群れからはぐれちまったみたいに。

 一番おかしいのは、そんなおかしな人間相手にあちしが襲ってることに思えてきて、段々もやもやが晴れていく。
 この変な奴を見てっと、そんな気持ちになった。

「続きはしないのか?」

 手が止まってたんで、変人があちしを見つめて言った。

「なんだ。あちしにして欲しいのか?」

 あちしはちょっと意地悪に笑って訊き返してやった。

 いつも交尾ん時は失敗しないようにって緊張しちまって、いっぱいいっぱいになっちまって余裕がなかったけど、今はそん

な気分になったりしない。
 かなり落ち着いてる。
 なんてっか、この変人相手にあちしばっかり慌てても仕方ないってか。
 胸のもやもやと一緒に、あちしの緊張も晴れちまったみてぇだった。

「リコの手は気持ち良い。
 気持ち良い事が好きか嫌いかと訊ねられたなら、俺は好きだと答える」

「そっか。あちしの手は気持ちいいか」

 人間からそんなこと言われたんだって初めてだ。
 上手く出来てるってことだ。

「じゃあ、今度は直に触ってやっからな」

「そうか。期待する」

 変人はこくりと頷いた。

 こいつ、結構乗せるのが上手い気がする。

「おう。期待しろ」

 けど、悪い気はしなかった。



 ということであいつのズボンをずり下ろした。

『おぉ〜』

 ベルトを外してぺろんと剥くと、ぼろんって出てくる。
 ズボンからはち切れそうなくらい、根元からしっかりとボッキしてた。

 というかでっけぇ。
 形は何度も見たんでそんなに違いはないけっど、やっぱ大きさとか長さとは別々だな。

 いつも焦っちまって良く見てなかったのもあったから、あちしはこの機会にちんちんをじっくりと観察してみた。

 溝みてえなオウトツがあって、亀の頭みてぇだ。
 そんな先っぽはちょい赤くて、太い幹の部分はこいつの肌の色と比べてちょっぴり黒い。
 芯みてぇな筋が縦に一本走ってて、青い血管が浮き上がってんのが見える。
 根元んとこにもじゃもじゃした毛が生えてて、髪と一緒でやっぱり黒い。
 ぶら下がったタマタマはくにゃくにゃしてて、皺だらけだった。

 今まで見た中でも、一番立派なちんちんだと思った。

『ちんちん剥き剥きしなくていんだな』

 たまーに、ボッキしてんのに皮をかむったままのちんちんの奴もいたりした。

 あちしが折角剥いてやろうとしたのに怒ったり泣いたりしたんで、結局面倒になって“枝折り”した。
 ちんちんの真ん中辺りで。
 クチャブチって感じに。 

『皮のあるなしはさっき言った通り個人差だ。ちなみに勃起時に亀頭部が露出しない事を包茎と言う』

『へぇ。そんな風に言うのか』

『真性包茎、カントン包茎、仮性包茎。
 包茎と一口に言っても、治療が必要な状態から性交になんら問題がない状態まで様々ある』 

『お前頭いいな。ちんちんついてっからか?』

『教えて貰っただけだ。知っているだけで、実際に見た事はない』

 それでも、知らないあちしよか知ってるこいつの方が頭がいいって事になる。

『酒の造り方も知らねぇのにな』

『リコは物知りだ。驚いた。教えて貰えて嬉しかった。
 だからリコが知らない事は俺が教える。知っている限りで答える』

 なんて言ったりして。
 バッカな奴だなぁ。
 あんなの当たり前のことで、意地悪で金貨一枚だって言ったのに、こいつは本当に金貨をあちしに渡したりして。
 意地悪したってことだって全然気付いてないなんてさ。

『やっぱりお前ってバカだな』

『やはり馬鹿なのか。良く言われるので薄々そうではないかと思っていたのだが』

 なんて真面目な顔で言って頷いたりして。

『バーカ』

 あちしはくすりと笑って、そんなバカで変人のちんちんを擦った。

 あったけぇな。

 ズボンの上から擦ってたから判ってたけど、直で触ると良く判った。
 こいつのちんちんは熱いくらいで、どくどく脈打ってるのが判る。

 それに、なんかすげぇ匂いがする。

 匂いの強さで言ったらチーズほどじゃない。
 比べたら匂いなんてないんじゃないかって思えるくらい薄い。
 けれど嗅いでると頭の奥がくらくらしてくるような不思議な気分になってくる。

 何となく、この不思議な気分を知ってる。
 今まで何度も襲っておきながら、いっつも上手くいかなくて結局“枝折り”しちまって。
 泡吹いて気絶した人間のオスを適当な場所に捨てた後は、いつも自棄酒を飲んだ。
 しこたま酒を飲んだ時の、あのくらくらとちっと似てる。

 けど、全然違う。

 あの時は情けなくって嫌な気分も一緒にあっけど、それがない。
 頭がかっかと火照る。
 胸がどくどくと跳ねる。
 角の根っこがむずむずする。

 今まで人間を襲って――ひょっとしたらそれよか前にだって、こんな気分になったことなんてないかも。
 これが、オスの匂いって奴なのかもしんない。

 擦ってるうちに先っぽからちょっとずつ透明な汁が出てきた。

「も、もっとさ。擦るばっかじゃなくて、触ったりしていっか?」

 いつの間にか、かじりつくように顔を寄せて凝視してたあちしに、あいつは頷いた。

「どうぞ」

『でも、触り方とか良く知らねんだ』

 あちしは、子分にだって言わないような弱気なことを口走ってた。

 なんでだろ。
 頭がぼーっとしちまってるからか?
 息も切れるし妙に暑い。

 こいつのちんちんから漂うオスの匂いで、そうなっちまったんだろうか。

 胸のどきどきが速くなるばっかのあちしと比べて、あいつは平然としたまんまだ。

『ルールが決まっている訳じゃない。リコが思うように触ってみればいい』

 そ、そっか。
 ルールとかないのか。

 じゃあ。

「さ、さささささ触っかんな! 痛かったらいいいい言えよ?」

 息が切れてどもっちまう。

「判った。どうぞ」

 あいつはそんなあちしをみても笑ったりせず、深く一度頷いた。

 よ、よし。
 触っぞ。

 あちしは一度大きく息を吸った。
 むわっと漂いだしたこいつのオスの匂いを間近で吸い込んで、その拍子に倒れちまいそうになった。

 今度こそ、ひょっとしたら。
 最後まで全部上手くいくかもしんない。

 あちしは眩暈がするほどのぼせちまいながら、あいつのちんちんを握った。

 うっかり“枝折り”しちまわないよう気をつけてにぎにぎする。

 硬いな。

 骨とかねぇはずなのにしっかりとした握り心地。
 斜めに傾けてみても、バネでも仕込んであるみてぇに元の位置に戻る。
 ちっとだけ遊んでから、あちしはちんちんを握ったまま上下に擦った。

「痛くねぇか?」

「痛くはない。今でも気持ち良いが、陰茎の部分だけでなく、先の亀頭も触れてくれるとさらに気持ちが良い」

『そか。判った』

 こいつは無表情で今一つ何考えてっか判んねぇけど、ちゃんと喋っからあちしもどうすりゃいいのか判る。
 喋れねぇけど、なんとなく何考えてっか判るソッパと逆だな。
 
 あちしはベッドに身を乗り出した格好で、言われた通りあいつのちんちんの先っちょも触った。

 指でつついたり、先っぽからとろとろ出てきてる汁を掬ってみたりして。
 そう言えばさっき手の平で触ってみればいいって教えられたのを思い出した。
 ズボン越しに撫で撫でしてる内にボッキしたことも一緒に思い出して、あちしはちんちんの先っちょに手の平を当てた。

 撫で撫でした。
 子分を褒めて頭を撫で撫でする時みてぇに。

 とろとろの汁が手の平に広がって、ぬるぬるした。
 そのぬるぬる加減がちょうど良くって、いっぱい撫で撫でしてやった。

 撫で撫ですればするほどオスの匂いが強くなって、どんどん暑くなる。
 茹だっちまいそうだ。
 まだ春だってのに、真夏になっちまったみてぇに蒸し蒸しと暑苦しくって、あちしはすっかり汗をかいていた。

 汗を何度も拭いながら、あちしはじっと見つめてくるあいつを見た。

 一人だけ涼しい顔しやがって。

「どっだ。気持ちいっか?」

「気持ち良い。リコは上手いな」

『う、う、うるさいな。いちいち名前で呼ぶな。なんか、くすぐってぇじゃねか』

『気に障ったのなら謝る。だが名前を呼びたい。本名だと言うのなら、“枝折り”よりもリコと呼びたいのだが。
 駄目か?』

『ダ……ダメじゃねぇけども』

『そうか。ありがとう、リコ』

「……やっぱりダメだ!」

「言質はすでに取ったので撤回はしない。今からダメだと言われても俺はリコと呼ぶ」

『ずりぃぞ!』

『ずるくはない。ずるいと言うのならリコの方だ。駄目じゃないと言っておいて駄目だと言う。
 それは意地悪だ』

「ゴブリンが意地悪で何か文句あっか!?」

「文句はないが、リコは可愛いと思う」

『くけっ!?』

『どうした? 絞められた鶏のような声を出して』

『うっさい、黙ってろ! 鶏みたくキュッと絞めっぞ!?』

『それは困る。黙る事にする』

 頭ん中がふわふわする。
 胸のどきどきが止まんねぇ。
 撫で撫でするたびぬちゃぬちゃ音がする。
 ちんちんの先っちょから出てくる滴も止まらなくって、手の平がすっかり濡れてた。

 あちしははあはあと息を切らして、一度ちんちんから手を離した。

 手の平がべったりと濡れてる。
 ちんちんから出てきたぬるぬるの汁。
 嗅ぐまでもなくオスの匂いがして、あちしの指から垂れて糸を引いてた。

 すっげぇ。
 あちしにもなんだか良くわかんねぇけど、とにかくすっげぇ。
 
 ぼんやりとあいつの汁まみれになっちまった自分の手をみて、くんくんと匂いを嗅いで、それだけで頭が痺れた。

 何でそうしようと思ったのか、あちしにも判らない。
 けど気がついた時には、あちしは舌を出して手の平を舐めていた。

 あいつのちんちんから出てきた汁を舐める。
 ぬるぬるしてて、塩っ気があって。
 思ってたより、結構美味い。

 知らなかった。
 こんな美味いもんがちんちんの先から出てくるなんて。

 味がしなくなるまで手を舐めて、あちしはあいつのちんちんを凝視していた。

 まだいっぱい出てくんのかな?

 汁で濡れたちんちんを見つめているうちに、ゴクリと咽喉が鳴っていた。

「一つお願いがある」

 身を乗り出してベッドに上がったあちしに、あいつが声をかけてきた。

 黙るんじゃなかったのかよ。

「……なんだ」

「腕の縄も解いて欲しい」

 あちしは身を乗り出した格好のまんま、じっと見つめてくるあいつを睨みつけた。

「い・や・だ」

『折角うまく行きそうだってのに、ここで解いたら逃げるに決まってっじゃねぇか』

 人間は嘘つきだ。
 ここで逃がしたら、仲間を引き連れて仕返しにやってくるに決まってる。
 きっちり痛い目に遭わせて、歯向かわないようにしてからじゃねぇと。

 あちしが暮らしていた前の群れは、人間たちにミナゴロシにされたんだ。
 群れから追い出されてしばらくのことだ。
 あちしが生まれ育った故郷は、人間に全部焼かれて灰になって。
 空っぽになった山の洞窟は、ドワ公どもに埋められちまった。

 ――人間は怖い――

 あちしの中にずっと根深く残ってるこのもやもや。
 そのもやもやが、さっきまであった酔っぱらったような気分を押し出して行った。

 悔しくて。
 悲しくて。
 憎くて。
 
 それでもあちしは前を向いて生きるんだ。
 残った子分たちを――家族を守る為に知恵を絞って、身体を張って立ってなくちゃいけねぇ。
 あちしは、あいつらの姉ビンなんだから。
 もう二度と、家族を失うのはご免なんだ。

 こいつは変な奴だけど、それでもやっぱり人間だ。
 ひょっとして、あちしを騙す為に変人の振りをしてんじゃないのか。

 胸のずっとずっと深い底にあるもやもやを込めて睨むあちしを、あいつはただ見つめてきた。
 ぴかぴかの黒曜石みてぇな目で、じっと。

『逃げたりしない』

 あいつは言った。

『リコに触れたい』

 どうして縄を解いて欲しいのか、その理由を説明した。

『リコに触れられたように、俺もリコに触れたい。そういう衝動がある。
 これがなんなのか、どうしてそう思うのか俺にも良く判らない。
 逃げない事を誓う。手首だけでいい。どうか、リコに触れさせて欲しい』

 ……。

 触れられる。
 人間を襲った時に、相手から触れられたことなんてない。
 抵抗されっと面倒だし、第一ゴブリンで人間相手の盗賊やってるあちしを触りたがる奴だなんていなかった。

 思い返す。
 こいつの手。
 金を払う時にちょびっとだけ触った手。
 人間にしちゃ手の皮は厚くて、ごつごつしてた。

 でっけえナイフを使って、半生の干し肉を差し出してきた、こいつの手。
 その手を、あちしは引っぱたいた。
 今は手首で合わせてふんじばってる。

 あいつは言葉を続ける。

『それでも信じられないなら仕方がない。このままでいい。
 縄を解いて欲しいというのは俺のお願いであって、命令ではない。最終的にどうするかはリコに任せる』

 ……。

 あちしはじっと睨みつけた。
 黙ったままこの変な人間を睨み続けた。
 どうすればいいのかを考え続けた。

『もし、逃げようとしたりしたらすぐ“枝折り”してやっかんな。ちんちんバッキバキにした後でガッチンしてやっからな。
 判ったな!?』

 脚をふんじばったまんまにしておけば、逃げたり出来ねぇ。
 逃げようとしたってすぐ捕まえられる。

 そういう計算だけじゃなく、もいっこ理由があった。

 この変な人間は、あちしをどういう風に触るんだろう。
 触られてみたい。

 そんなむずむずとした何かもあった。

『判った』

 怒鳴りつけたあちしに、あいつは頷いた。

『ありがとう』

 何があっても眉毛一本動かさねぇこいつの顔が、どっか嬉しそうに見えた。



 上半身を縛り付けてた縄を解いて、あいつが一番最初に触ってきたのはあちしの手だった。

 あちしの手をとって表にしたり裏返したりしながら何度もしつこいぐらいに触ってくる。

「な、なんだよ。あちしの手なんか触って面白いのかよ?」

「ああ。とても」

 ベッドの上で身体を起こして座ったあいつは、深く一度頷いて答えた。

 変な奴。
 やっぱりこいつは変な奴だ。

 でも。

「……お前の手、おっきいなぁ」

 あちしの手をすっぽりと覆ってしまう。
 身長じゃゲッパ、目方じゃドッパに負けっけど、こいつもそこそこでっかい。

『まあ、あちしがちいせぇってのもあんだけどさ』

『それはゴブリン種の女性と比べて? それとも人間の女性と比べた場合?』

 ぼやくあちしに、あいつは手をにぎにぎしながら訊いてきた。

『ゴブリンの中じゃあちしくらいで普通だ』

『なら比較対象を間違っているだけだ。気にする必要などない。
 俺は半分人間だが、その俺の目から見てもリコは充分魅力的だと思う。体格差など問題にならない』

『う、うぐぐ』

 こいつはしれっとこんなこと言ってくっから困る。
 なんてっか、恥ずい。

『それに、特に小柄な女性――幼体に対して欲求を抱くというのは、人間の間で広く認知された性癖だと聞き及んでいる。
 受け入れられているかどうかは別として』

「そ、それならあちしも知ってるぞ。ペド野郎っていうんだ」

 確かそういう風に言うんだ。
 前にそういうことしてて街を追い出されたって言う、人間の坊主が店に来たことがあった。
 あちしのことをヨウジョヨウジョってうるさかったから、ちんちんを右と左に一回ずつ“枝折り”した。
 子分たちにぼこぼこにさせて、身包み全部剥ぎ取って、簀巻きのまま川に流した。

 脂ぎってたから、ぷかぷか浮かんで流されていくのを見送ったことがあった。

「なるほど。リコは物知りだな」

『ま、まあな。あちしは岩の歯団の姉ビンだかんな』

 人間っても、色々なのがいるんだな。
 まあこいつも人間にゃ違いねっけど、それでも今まで見てきた人間たちとは違う。
 違う気がした。

「? ちょっと待て」

 あちしはこいつが言った言葉を振り返った。

「お前、人間じゃねぇのか?」

 今、半分人間だって言った。
 じゃあ残り半分はなんなんだ。

 あちしがじっと見上げると、あいつは手をにぎにぎすんのをやめてじっとあちしの目を見つめてきた。

 あちしらみたいに、角も牙も鍵爪もない。
 どうみたってこいつは人間だった。

 こいつは答える。

「俺の残り半分はカモ」

「カモ? カモって、あのカモか?」

 あちしが手をパタパタやって羽ばたく姿を真似すっと、あいつは頷いた。

「その説が有力候補だ。今の所」

 こいつは大真面目に頷いた。
 バカにしてんのかと思ったけど、今まで見てきた中で考えっと、やっぱり本気なんだろう。
 そんくらいはこいつのことが判るようになってたし、真面目に言ってんだって信じられると思った。

「……なんでよ?」

 どうしてカモ?

「リコがそう言った」

 あいつは答えた。

「いつ?」

「店に案内される前」

 あちしは思い返してみた。

 いや。
 確かに言ったけどさ。
 初めは岩の歯亭にのこのこやってきたカモだって。
 それをそのまま信じたのかこいつ。
 意味が違ってら。

『お前、ほんとに頭弱いんだな』

『心外だな。これでも日々知恵を磨いているつもりだ』

 いや。
 そりゃ、あちしが知らないことだって知ってるさ。
 そん時は頭いいなぁって思ったけどさ。
 知らないこを知ってても、ただ知ってるだけっつうか。
 なんて言うか、子供みてぇだ。
 ちんちんは大人だけどな。

 ちらりと視線を下げっと、あいつはまだボッキしたまんまだった。

 頭は子供で身体は大人か。
 性質わりーな、それ。

『つもりでも、磨けてなかったら意味ないだろ。もっと磨けよ。人一倍磨け。
 お前は、擦り切れるくらいでちょうどいい気がすんな』

『努力する』

 あいつは小さく頷いて、握ったあちしの手に顔を寄せた。

『うぁい?』 

 あいつはちゅうしやがった。
 あちしの手に。
 それもただちゅうをしただけじゃねぇ。
 あちしの手を舐めてる。

『そそそそそそんなことすんのか!?』

 飛び上がって驚くあちしの手を掴んだまま、あいつはしっかりと頷いた。

『当然。触れたいと言ったが、何も手だけで触れるとは言ってない』

『ずっりぃぞそれ!』

『俺はリコに気持ち良くして貰った。俺もリコを気持ち良くしたい。それはずるいのか?』

『うぐっ』

 真っ黒な瞳でじっと見つめられて、あちしは思わず唸っていた。 

 つか、気持ちいくさせたいって。
 いや、判る。
 あちしだってガキじゃないんだ。
 もう立派な大人の女なんだから、そういうことだって知ってる。
 そもそもそういう風になろうとして、今まで失敗して“枝折り”なんて言われるようになっちまったんだ。

 あちしが知らないことを知ってたみたいに、こいつはあちしよりも気持ちいいことに詳しいのか?
 リョージョクだなんて言っても、はっきり言ってあれからどうすりゃいいのかあちしには判らない。
 今だってそうだ。

 角の根元がむずむずとする。
 胸がばっくんばっくん言ってるのは、期待の所為か?
 あちしはこいつに気持ちいくされたいのか?

『リコ』

 名前を呼ばれる。
 “枝折り”なんて呼ばれるようになって、子分たちにもそう呼ばせて、一体どれくらい自分の名前を呼ばれなくなったんだ

ろう。

 あいつの手が伸びて、あちしのほっぺに触れる。
 ちんちんと一緒ででっかい。
 ごつごつとしてたけど柔らかいとこもある手だった。

 ゆっくりと顔が近づいてくる。
 何をされるかなんて考えるまでもない。
 嫌なら突き飛ばせばいい。
 片手でそうしたって、あちしの方が力が強いんだからこいつなんて軽く跳ね除けられる。

 けど、そうしなかったのは。

『エ、エム、ビー』

 あちしは――多分初めて――近づいてくるこいつを名前で呼んでみた。

 なんだか妙にくすぐったくて、恥ずかしいことを言われた時よりずっと恥ずかった。

『うん』

 あいつは小さく応えて、その時ゃもうあちしの目の前いっぱいになるまで近づいてきていた。

 あちしは押し退けなかった。

『ん……』

 あちしはあいつとちゅうをした。

 がちにがちに固まっちまったあちしの身体を、あいつはゆっくりと撫でた。
 背中を撫でられながら、あいつの唇の感触が伝わってくる。
 あいつの唾であちしの唇が濡れる。
 あちしはおっかなびっくり、合わせた唇を舐めてみた。
  
 あいつの口には、ちょびっとだけエールの味が残ってた。

 あいつは何度もあちしにちゅうをする。
 音を立ててちゅうちゅう吸ったかと思うと、唇を合わせたまま舌でぺろぺろと舐めてくる。
 その間もあちしの背中を撫でる。
 背中を撫でる手が登って来て、あちしの頭を撫でた。

 あちしの強張っていた身体から、ちょっとずつ力が抜けて柔らかくなっていった。

 あいつの手が顔を撫でると、首を伝って降りていく。

『んぐっ』

 あいつの手が胸に触れて、あちしは空気と唾を一緒に飲み込んだ。

『リコは石と土の匂いがする』

 ようやく口から離れたあいつは、そんなこと言ったりした。
 あちしの匂いとか嗅いでたのか。
 ちゅうをして胸まで揉みながら。

『だいぶ汗もかいている。しょっぱい』

 平然と、あちしのほっぺを舐めたりしやがった。

『う、うっせえな。あちしだって、水浴びくらい……』

 今まで自分の匂いなんて気にしたことなんてなかった。
 なのに今は妙にこっぱずかしくて、石だの土だの言ってくるこいつが妙に腹立たしい。

 少し腹は立つけど、あちしはそんなに怒ってない。
 それよりも、今すぐにでも水浴びすっとこからやり直したいなんて思っていた。

 もぞもぞと肩をすくめるあちしに、

『他意はない。リコの匂いは好きだ。味も』

 あいつは首筋に顔を寄せてきた。

『うひぇ!? こここここらあちしは今汗かいて』

『気にしない』

 あいつはほんとに気にせずお構い無しに、あちしの首筋にちゅうをした。

 う、うわわ。
 なんだこれ。
 ぞわぞわする。

 あいつはあちしにちゅうしたり肌を舐めながら、顔へ顔へと少しずつ上がってくる。
 顎、ほっぺ、それからあちしの尖った耳。

『気持ちいい?』

『く、くすぐってぇ。なんか、変な気分だ』

『くすぐったいのは性感の証拠だ。慣れれば段々気持ち良くなる』

 くすぐったいのを我慢して答えるあちしに、あいつはそう教えてくれた。

 くそう。
 あちしが思ってたよりずっとエロエロじゃねぇかこいつ。

 いつまでもやられっぱなしは悔しかったから、さっきみたくあいつのちんぽに触る。
 今度は両手で、茎の部分をにぎにぎしたり手の平で先っちょを撫で撫でしたり。
 あいつのちんちんの先から汁がどんどん出てきて、オスの匂いがまたあちしの頭をぽやーっとさせた。

『お前のちんちん、にちゃにちゃくちゅくちゅ言ってる。すげーエロい』

『気持ちいいからな。リコの顔がどんどん可愛くなっていく』

 あいつはまたこっぱずかしいことを言ったりしてきたけど、思ったより慌てたりしなかった。
 頭がぽやーってしてたからだと思う。

 胸を揉んでいたあいつの手が動いて、サラシ布をぐいとずらした。
 あちしのおっぱいがこぼれて、空気に当たってちょっとひんやりした。
 こぼれ出たおっぱいを、あいつは直に触ってふにふにと柔らかく揉んだ。

『んうっ!』

 声が出た。

『はうっ、あっ、んっ』

 今まで出した事もないような声が、あちしの口から出てくる。

 こいつの手、あったけぇ。
 気持ちいいし、なんだか落ち着く。

 汗で濡れたおっぱい揉まれてる内に、あいつの身体がぐいとのしかかってきた。
 あちしは身体に力が全然入らなくて、そのままベッドの上に転がっちまう。
 あいつはあちしの上に覆いかぶさるような格好で、あちしを見つめた。

『そ、そんなじっと見たりすんなよ……』

 目と鼻ん先まで来てじっと見つめてくるあいつの顔に、あちしは目のやっていく場に困りながら呟いた。

『それは出来ない』

 あいつは左右に首を振った。

『リコの姿を、目に焼き付けて置きたい』

 あいつは黒い瞳を指差した後、手の甲であちしの頬を撫でてきた。

 いつもと比べっと、なんもかんもあべこべだ。
 でも、ちょっと。
 安心出来るってか。

『……っ』

 勿論あちしはそんなこと言えやしねぇから、ぷいっとそっぽを向いた。



 ……。



 そっぽを向いた先に、誰かがいた。

 ふわふわの金髪にくりくりの赤い瞳。
 部屋の出入り口で壁に寄っかかって、グラス片手にあちしらを見ていた。

 あいつだ。
 口のついた真っ黒な帽子やら外套やらを身につけた、あいつ。
 こいつの――エムビーの連れの、やたらとムカつくチビのメス。
 あいつが、まるで空気に混じってたみたいに自然に、ちょこんと座っていやがった。

 ベッドの上で押し倒されちまってるあちしの姿で、ワインを一杯やりながら。

 あちしと目が合うと、顔を真っ赤にしたメスガキは身体をゆらゆらと揺らしながら言う。

「どうぞどうぞ。わしは壁の染みだとでも思い、気にせず続けると良い」

 顔が赤いのはすっかり出来上がっちまってるからで、にやにやと笑いながら勧めてきた。

『な』

 あちしの咽喉で言葉が詰まった。
 顔がかっかするなんてもんじゃなく、あちしの頭はぐつぐつと煮立っていた。

『ななななななっ』

「はい魔女殿。続けま」

『なんっだおめぇ! ガッチンして敷きもんにしちまうっぞぉーッ!?』

 あちしは身体を起こして――その最中、目の前にあったあいつの頭をごっちんと頭突きして――メスガキに叫んだ。 

 メスガキは口の形を丸っこくして唸る。

「おお。なんと素晴らしい曲線美。これほど見事なもんどり打つ様は、わしもこれまで生きて初めて目にするやもしれん」

「ありがとうございます。それは褒められているのですか?」

 メスガキはあちしが怒鳴りつけても涼しい顔で、まるで気にしちゃいなかった。
 手酌で満たしたワインをごぶごぶと呷りながら、ぶっ倒れたエムビーと呑気におしゃべりなんてしてやがる。
 あちしは指をもつれさせながらも、ずらされたサラシ布を戻した。

『おめぇ、簀巻きにしたはずだぞ!? ど、どうやって抜け出た! あちしの子分らは何やってやがんだ!?』

「しかしMBよ。ぬしは正直言って前戯が長い。これでは見ているわしがつまらん。
 小娘をぬしの一物でひいひい言わせる様が楽しいのではないか。さっさとずぶりといかんか。ずぶりと」

「魔女殿の肴でしているのではありません。ずぶりは形容としてどうかと思います」

『あちしの話聞いてんのかよ! それにおめぇが呑んでんの。あちしの店のワインじゃねぇか!
 銀貨四枚だかんな!?』

 怒鳴りつけるあちしをちらりと見ると、メスガキはワインを一気に流し込んでげっぷをした。

「そう威勢良くゴブゴブまくし立てても、わしにゴブリン語は判らん。王国語が話せるのなら王国語を使え」

 メスガキに言われて、あちしの頭ん中で何かがぴったりとはまった。
 全然関係なかったことだけっど、あの時咽喉まで来てて出てこなかったこと。

 あちしが喋ってるのはあちしらの言葉――ゴブリン語で、あいつらが使ってんのは王国語。
 騙されたり馬鹿にされたりしないようにって、人間の言葉を覚えたんだ。

 人間に話しかけっ時は王国語を使うけど、それでもやっぱりいっつも使ってっ訳じゃねぇからゴブリン語が出る。
 子分たちはあんま王国語がわかんねぇし。

「飲み物代が請求されています。無銭飲食は良くありません」

 あちしは目を丸くしたまんま、生意気なメスガキからベッドの上にいるエムビーに視線を移した。

 こいつは一度も言ってない。
 ゴブリン語が判らないから、王国語で喋れって。
 そんなこと一度も言わなかった。

 あいつは視線に気がついて、あちしを見つめ返してきた。

 人間がゴブリン語を使ったりするはずがなくって、あちしらが何言ってっか判るはずがない。
 だから愚痴とか悪態をつく時はゴブリン語だった。  

 エムビーをカモだと言った時もそうだ。
 あちしらが盗賊団だって正体をバラした時も。
 あちしはあの時に名乗ってた。
 がっちがちに緊張したあちしにものを教えた時も。
 あちしに触れたいって言った時も。

 エムビーは、あちしにゴブリン語で話しかけていた。

『……あちしらの言葉、判ってんのか』

 それでも信じられなくて訊いた。
 だって、あちしらの言葉を喋るだなんて。
 そんな人間今までに一人もいなかった。

 エムビーは頷いた。

「理解している」

 受け答えは王国語だったんで、あちしもそれに合わせる。

「な、なんで言わなかった? そ、それに、どうしてさっきまでゴブリン語使ってたのに、今は王国語なんだ?」

「聞かれなかったのが第一。
 俺自身、リコたちゴブリン種を初めて見るので、生の反応が見たくて黙っていたというのも少し。
 今、王国語を使って話しているのは、この場に魔女殿がいるからだ」

 エムビーは手であのメスガキを指した。

「俺たちだけがゴブリン語で盛り上がっては、言葉が判らない魔女殿に悪い気がする」

 それが理由?
 それって要するに、あのメスガキに寂しい思いをさせたくなかったって。
 つまりそういうことか?

 ぽかんとエムビーを眺めてっと、くつくつと笑う声が聞こえた。
 あのメスガキだ。

「躾が行き届いておるだろう? わしが一々言わんでも、そこまで考えて行動する」

「恐縮です」

「ただし今一つ融通が足らんのが難点だ。簀巻きにされたまま黙っている者があるか。大変だーではないわこの唐変朴が」

「努力しました」

「前向きに努力せよ。ぬしがどこに向かっておるのやら、たまに判らなくなる」

「過去の自分が見知らぬどこかへと辿り着くのが、成長なのではないですか?」

「一年に数度くらいの割合で、ぬしは真理を突いてくるの。今年はもう見込めんから、来年を期待しよう」

「さりげなく意地悪な事を言われている気がします。期待して下さい」

「ま、まま、待て待て待て!」

 すらすらと始まった二人の会話を、あちしは両手を振って押し留めた。

「わ、判った。エムビーがゴブリン語が判って話すのも出来るってこたぁ、あちしにも判った!」

 元々変な奴だとは思ってた。
 人間の中でも一等変なエムビーだから、ゴブリン語が判るんだと知ってもどっか納得出来た。
 騙されたって思いより、無理に王国語なんて使わなくても話が通じる。 
 そっちの方がちょびっと嬉しいなって思ったりしてる。

 けど、判らないことがまだあった。

「おめぇ、どうやってここに来た? ぐるぐるにふんじばっておいたはずだぞ?
 あちしの子分たちはどうした!?」

「ああ、それなら」

【捕らえよ】【委ねよ】【散れよ】

 メスガキは、あちしの耳でも何言ってか判らない変な声を出した。

 その途端。

『ゴブウゥゥゥゥ! ゴブゥゥゥゥゥ! ドッパのゴブリンオス穴ぬっとりきっつきつでゲスゥゥゥ!』

『ゴブウウゥゥ! 凄いっス! ゲッパのゴブリンキノコがおらのゴブリンオス穴を広げてんがわかるっスゥゥゥ!』 

 すげぇ声が聞こえてきた。

 聞き間違えるはずがねぇ。
 あちしの子分たちの声だ。
 ゲッパとドッパの今まで聞いたこともない声が、岩の歯亭中にわんわんと響いていた。

「水を差してはいかんと思ってな。消音の魔法をかけておいた。
 子分はとっくに本戦に突入しておると言うのに、親分がいつまで経ってもキャッキャウフフ止まりとは。不甲斐ない話だの

ぅ」

 魔法。
 ……魔女。
 こいつ、まじない師か!

「て、てっめぇ! あちしの子分に何しやがった!?」

「少しばかり魅了の呪いをな。性別の垣根を越えて仲良くなるようにしただけだ。
 一晩は果てる事無くまぐわり続け、朝を迎える頃には立派なホブゴブリンならぬホモゴブリンだ。
 ホモゴブリンだぞ、ホモゴブリン」

「上手い事を言ってやったという顔をしないで下さい。悪趣味です」

「何を言う。性別の垣根すら越えるのだぞ? これほど強い繋がりが生まれる行為はそうはない。
 血は水よりも濃く、穴兄弟は血よりもさらに濃いという事だ。挿しつ挿されつなかよしこよしだ。けけけ」

 メスガキは意地悪く笑った。
 あちしはその笑い声を耳にした瞬間かっと頭に血が昇って、ベッドから飛び出していた。

 床に落っこちてた棍棒を拾って、真っ直ぐメスガキに駆け寄る。

「リコ」

 背後であいつがあちしを呼び止めた。

『うるせぇ!』

 振り向かずにゴブリン語で叫び返して、あちしは棍棒を振り上げた。

 ガッチンしてやる。
 馬車に轢かれたカエルみたくぺちゃんこにしてやる。

 メスガキはあちしを眺めたまま逃げもせずに、指を立ててあちしに向けた。

【赤き舌よ】【腐れよ】【委ね散れ】

 聞いたことのないあの声を耳にして、あちしは棍棒を振り下ろした。

 ……れ?

 力いっぱいぶん殴った。
 そのはずだった。

 なのに、あちしの手から棍棒がなくなっていた。
 こう、目の前で形も残さずにとろけてなくなっちまった。

「ほれ、ぼんやりするな。痛いのが行くぞ?」

 目をぱちくりとするあちしの目の前で、あのメスガキが意地悪に笑っていた。

【気熱よ】【爛れよ】【還れ】

 メスガキの指先から何か黒いもんが飛んできて、それがあちしの肩に当たった。
 避ける暇なんてなかった。

『いってぇ!?』

 黒くて丸いもんが触れたと思った瞬間、あちしは飛び上がって悲鳴を上げていた。

 針を沢山ぷすぷすと刺した後、煮えた湯を流し込まれて、さらに岩塩を塗り込まれたような。
 とにかく痛かった。

『いてぇ、いてぇ! ちっくしょ、なんだ!? いってぇ!』

 何をされたか判んなくて、とにかくメスガキから少しでも離れる為に逃げた。

 黒いのがぶつかった肩を見ても、どうともなってない。
 傷もねぇし火傷してるわけでもねぇ。
 なのに痛ぇ。
 すっげぇいてぇ!

 じっとなんてしてられなくってあちしが走り回ってっと、

「リコ」 

 なんかにぶち当たった。

 あいつだった。
 変人のエムビー。
 走り回ってたあちしを、あいつは抱きかかえて止めていた。

「大丈夫。落ち着け。痛みはすぐに引く。怪我はしない。そういう魔法だ」

 あちしを抱き留めたあいつの腕は、思いの他力強かった。

「ん、んなこと言ったって、痛いもんはいた――
 あれ?」

 その力強さに驚きながらも肩の痛みを訴えようとして、ふと気付いた。

 ほんとだ。
 もう全然痛くねぇ。

 信じられずに肩をつついてみたけど、もう痛くもなんともなかった。

「魔弾に障害の呪いを込め、そこへさらに復元を仕込んだわしの特別製。痛みはするがそれだけだ。
 攻撃呪文に回復系を仕込むとは。おお、わしはなんと優しい魔女なのだろう」

「魔女殿。それは、傷さえ残さなければ何をしてもいいと言っている様に聞こえます」

「たわけ。痛みの伴わぬ躾など出来るものか。教育の前段階であるぞ?
 人間であろうが魔物であろうが、子供など獣と同じだ。きっちり躾けてやらねば智慧を磨くどころの話ではないわ」

「その割には、魔女殿はたまにトリガーハッピーだと思います。ストレス発散に使っている節が見受けられますが?
 俺の体験談からして」

「なんという事であろう。ぬしがわしをそのように見ておったとは。
 このわしを、覚えたばかりの魔法を犬猫に用い殺して喜ぶような魔法中毒者と一緒にするな。わしは甚く傷ついたぞ」

「申し訳ありません。失言でした」

「わしなら犬猫を魔獣に変えて、馬鹿な魔法中毒者を襲わせて見せる!
 ついでに馬鹿な魔法使いを世に送り出す馬鹿どもの首魁が蔓延る、アカデミックだなどという巣窟に星でも落として一掃す

るな!」

「なるほど。魔女殿は残忍な小悪党ではなく、爽快な大量破壊魔なのですね」

「スカッとするぞ?」

「弁償代で財布がスカスカになります」

 あちしは抱き締められたまんま、二人の会話を聞いてた。

 台無しだ。
 上手くいくと思ってたのに。
 途中まで上手く行ってたのに。

『ゴブウゥゥゥゥ! 出るでゲス! おらのゴブリンキノコから特濃ゴブリン汁が出るでゲスぅぅぅぅ!
 ドッパのほじくり返したゴブリンオス穴のほおおおおっ! 奥の奥に出すでグェスよぉぉぉぉぉ!』

『ブ、ブリィィィィ! ゲッパのゴブリンキノコがああぁっ! おらのゴブリンオス穴の中でえええっ!
 どっぷどぷのどぷりんこでえええぇっ! ゴブリンオス穴が孕みオスまんこっスんほおおおぉぉっ!?』

 何もかも、全部台無しになっちまった。

 あちしは子分の声を聞きながら、悔し涙にくれた。


09/10/22 02:27更新 / 紺菜

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