その5(完)
「あらあらあら、随分派手にやったわねぇ」
ベッドから下り、床に放られていた下着を履いた時、僕の背後から声が掛かった。
艶のある、女性にしては少し低めの声質。振り向くまでもない、カレルに助力して僕を堕落させた女教師だ。名前は確かフォーリオ。先ほど出会った時はもう少し硬質な雰囲気があったが、こちらが彼女の素なのだろう。
いや、先ほどと言っても、もうかなりの時間が経過していた。窓から差す光は陽光から月明かりに変わっている。こんな時間まで学園にいるのは初めてのことだ。
そういえば、と若干鈍くなった頭を巡らせる。カレルの家の迎えはどうしたのだったか。女性のみで構成された、騎士レベルの近衛兵たち。それに、僕の住む学生寮も門限が危ない。今、何時だろう……とぼんやり思ったところで、焦りはまるで湧いてこなかった。
もう、ここから発つのだから。
「ねえ、いったいどれくらいヤッたの?」
くすくすとした含み笑いで、フォーリオが尋ねる。
僕は返事をするのも億劫で、気だるい動きで服を纏っていく。問いへの答えは持ってないのだから仕方ないだろう。正確には、8回目あたりでカレルが気絶したあたりから、記憶が飛び飛びなのだ。彼女が気をやってすぐに僕も意識を失いかけたのだが、何故かすぐさま復活した彼女に無理やり覚醒させられた。そうして互いに意識を失わせたり、呼び戻したりしているうちに、ベッドが使い物にならなくなって、そのまま保健室内を動き回った。
机に彼女を押し付けた時は、完全に僕のペースだった。ガツガツと奥の奥を抉るたび、彼女は悲鳴のような嬌声をあげていたし、そのまま果てた時には茫然自失。けれど椅子に腰かけた僕に跨ってきたときは、完全に彼女のペースだった。暴れ馬を乗りこなすような身のこなしで、ろくな抵抗も出来ずに絞り出されたように思う。
そう言えば、何気なくロッカーを開けた時は驚いた。中にはみっちりとゲル状の何かが蠢いていて、そこにマリベル養護教諭の姿があったのだ。首から下をすっぽりと覆われた彼女は興奮に頬を赤らめながら退場していった。あの様子からして、僕らが保健室に行く前から仕込まれていたのだろう。
数十回もの行為に及んだにも関わらず身体は普段通り、むしろ好調ですらあったが、精神的に疲れていた。いくら魔に染まったとはいえ、刺激の連続は脳に負担を掛ける。
「雄の匂いがすっごい……くらくらしちゃうわ」
カツカツと足音を鳴らし、陶然とした声でつぶやくフォーリオ。もはや教師としての態度は微塵もなかった。
「あら、シーツびちゃびちゃじゃないの。床も所々水浸しだし……。彼女がおしっこ漏らすほどヤリ尽くしたのね、流石だわ」
ギシリとベッドに腰掛ける音がした。
フォーリオの言う通り、汗やら液やら何やらを吸い尽くしたシーツは水たまりを作るほどにタプタプだ。その、マトモな頭なら近づくのも躊躇われる場所に、濡れるのも厭わず腰かけるとは。
少し驚いて、思わず目を向ける。
フォーリオの格好は先ほどと同じだった。教員が纏うローブをすっぽりと被り、頭に学士帽をのせている。だが、先ほどまで性行為に耽溺していた僕には分かってしまう。
隠しようもない女の匂いが、彼女の全身から漂っていた。そしてその強大な魔力も、魔に通じた僕にはしっかりと感じられる。
なるほど。これほどの力なら学園に潜り込むのもわけないだろう。国で有数の魔法学園とはいえ、フォーリオほどの魔物が扱う隠ぺい術を見破れる使い手はいない。それこそ、同族でなければ。
「目的はなんだ」
思わず疑問を口に出してしまった。関わるには厄介な奴だと分かりきっているのに。
フォーリオは、仰向けに寝ているカレルの顔を優しく撫でながら流し目を送ってきた。その蠱惑的な瞳に思わず股間が反応する。まて、流石に自重しなさい。
「カレルから聞いてない? 私たちは、人間の幸福を願っているのよ」
からかうように目を細めた。
はぐらかされたような気もするが、いや、それが彼女たちの根源なのだろう。魔物そのものになった今、身体に巡るサキュバスの魔力がどういうものか、聞かされるまでもなく理解できた。
だが、僕が聞きたかったのはそっちの話ではない。
「カレルを焚き付けたのは何故だ。それだけの力があるなら、こんな回りくどい手を使わなくたって、」
僕が言い切る前に、フォーリオはすっと指を突きつけて遮った。分かってないわねと言わんばかりだが、そこに嘲りはない。
「頭でっかちに考え過ぎよ。まあ、らしいけどね。嫌いじゃないわ」
くふっと八重歯を見せて笑ったフォーリオに悪寒を感じ、思わず目を逸らした。
「私はシチュエーションを大事にしたいの」
意識の間隙を縫って、彼女は断言する。
「女が男を堕とすのか、男が女を堕とすのか。受けと攻めの噛み合わせはシンプルながら深いわ。より幸福なのはどちらかを考えて、最適なプランを提示する。……私は堕落までの経過を重視したいだけ」
フォーリオがカレルの赤い髪に手を差し入れると、激しい行為を重ねたせいで跳ねていた髪が、本来の艶を取り戻した。ゆっくりと、母が子を寝かしつけるように撫でつけていく。
「言ってみれば娯楽よね。でも悠久の時を生きる私たちには大事なことよ」
カレルの髪を整え終えると、フォーリオは立ち上がりながらローブを脱ぎ捨てた。同時に魔力が瞬間的に高まり、隠ぺい魔術が解かれる。
覆われたカーテンがはぎ取られ、彼女の、視るものを惹きつけてやまない肢体が露わになった。半ば予想できていたことだが、彼女本来の姿は人間など比べものにならないほどに美しかった。いや、人間を魅了する以上、その美貌は人の理解の枠を越えることは決してない。だからこれは、美を磨きぬいたものだけが到達できる領域なのだろう。
帽子に押し込まれていた黒髪は鮮やかな白色に変わり、ローブの下でさえ存在を主張していたバストはひと房でも両手に収まらないほど、引き締まったウェストから押しあがるヒップはぷりんと上向いていた。というか、尻がほとんど丸出しとかどういう格好だそれは。水着でももっと布地があるぞ。もはやそれは下着……いや、下着かも怪しい。
「……普段から、そんな恰好してたのか?」
「そうよ? あ、その顔面白いわ。癖になりそう❤」
痴女だ。紛う事なき痴女がいる。
カレルが師事したくらいだし、もう少し高尚な人柄かと思ったが、この人はあれだ。アブノーマルな方面に突き抜けてるだけだ。実力の伴った変態は、こうも質の悪いものなのか……。
「ま、ここももう飽きたし、そろそろお暇しようかしら。最後にいい仕事できてよかった」
そう言って身を屈め、フォーリオはカレルの額にキスをした。赤子に贈るような、優しげなサイン。
「貴女は、貴女の願うカタチになるわ。願いなさい、きっと彼が叶えてくれる」
文献で伝わる凶悪な魔物と、僕が自ら収集した悦楽に堕ちきった魔物と、どちらのイメージとも結びつかない。もっと人間に近しい何かを幻視せずにはいられなかった。
「アナタもね。それだけの力をあげたんだから、ちゃんとカレルを守るのよ?」
いつの間に移動したのか、フォーリオの顔が僕の眼前にあった。少し背伸びして、僕の額にも同じようにキスを贈る。避ける間もなかった。
「またね♪」
去り際はあっさりしたもので、煙のように掻き消える。。
「だめぇ……それ……わたしの……」
にゃむにゃむと寝言を呟くカレルを眺めた。
彼女を守る。
わざわざ言われるまでもない、彼女は僕のものなのだから。
「ずっと勝ちたかった、お前よりも凄いんだと証明したかった」
思い返してみても、子供のような願望だ。
頭では馬鹿馬鹿しいと理解していたけど、抑えても抑えても消えることはなく、いつも僕を悩ませた。カレルの才能や立場に嫉妬していたのではない。決して覆らないもの気にして、足を止めそうになってしまう自分が情けなかった。
それを解放できたのは、彼女が大胆な一歩を踏み込んでくれたおかげだ。魔物の助力を得たのは彼女自身の都合だろうけれど、僕からすれば何だって構わない。彼女の方から、僕に会いに来てくれた。それだけで胸がいっぱいになる。
支配欲と庇護欲と、それともしかしたら、ひとかけらの愛情でもって、僕は彼女を抱き締めた。
……せっかく身に着けた衣服が水浸しになる。
ああ、だからあいつはローブを脱いでったのか……。
○
それから数日後。
僕とカレルは、国から山3つほど越えた、とある山村の宿に泊まっていた。
あの保健室での情事のあと、眠ったままのカレルを背負って外に出た僕は、変わり果てた学校を目にした。
誰もかれもが交わり、愛し合い、艶声と水音が至るところから聞こえてくる。夜だと思った月明かりは、魔界に変じた校内が、夕陽を歪めて映していた為らしい。正確に言えば、あれは夕方だったのだ。
サキュバスに変じた女生徒に乗りかかられた男子生徒や、保健室の教師を取り込んでいたスライムが女子生徒とまぐわう姿などが散見するなか、僕らは校庭に出る。するとそこには、教師とカレルの家の近衛兵たちが奮戦していた。
彼らは疲弊しながらも果敢に戦っている。すでに戦闘も放棄している味方もいる中、実に見上げた精神力だ。撤退していないのは、目的があるからに違いない。例えば……僕の背で眠るカレルの回収、とか。
「皆さん、探し物は彼女ですか?」
変わり果てた姿の彼女を彼らに見せた時、彼らは一様に戦意を喪失した。期待された新星の落ちぶれた姿に絶望、といったところか。
悪いことしたとは思うが、叶わない希望に縋るのは時間の無駄遣い。生は有限なのだから、無益な時間を過ごすのは人間の生きざまに反するだろう。僕の対応は良心的とすら言える。
そうして、堂々と学校から退場した僕は、その足でカレルの自宅に向かった。
多少骨は折れたが、フォーリオから授かった力を使えば、屋敷のひとつを落すくらいわけない。カレルの肉親へのご挨拶も済ませ、旅費もせしめた僕らは、そのまま国を後にした。
簡単ではあるが、これがあの後の顛末だ。
あれだけの障害を難なく乗り越えられた僕の力は既に失われてしまっている。元はフォーリオの魔力だったものだが、カレルが「気に入らない」と言って奪ってきたのだ。自分の男が、他人の魔力を纏わせているのが納得いかなかったらしい。魔力がカレルに渡った結果、彼女の髪はひと房が白く染まり、僕の身体にはカレルの魔力が宿ることとなった。
そんなこんなで、イチャコラしながら旅を続けて、ようやく宿に落ち着いている。一応目的地は決まっているが、のんびりと進むつもりだ。なにせ、カレルには――。
「ねえ」
彼女の声で、物思いから呼び戻された。椅子に背を預けていた僕は、声の方へ体を向ける。
窓際に腰かけ、穏やかな風に髪を靡かせていたカレルは、旅装の上着を捲ってお腹を出していた。おい、いくら人間の姿になってるとはいえ、そんなあられもない格好を外に曝すんじゃない。
「いま、動いたよ」
お腹に手を当てる表情は優しげで、どこか懐かしい雰囲気がした。
そういう顔もするんだな、と僕は意外そうな顔をしていたらしい。彼女はくすりと笑う。
「なに? まさか、信じてなかったの?」
「あ、いや。そうじゃない」
あれだけの数をこなしたのだ。出来てない方がおかしい。でも正直に答える気にならず、僕は誤魔化すように言った。
「そんな数日で分かるものか。いまは豆粒より小さいだろう」
「ホントだって。私じゃない魔力の感じがするもの」
捲り上げた服を正し、カレルは僕の背後にきて首に腕を回した。
あの時、カレルがあんな手を使ってまで僕を魔物に仕立て上げたのは、子供が欲しかった為、だったそうだ。
聞くところによれば、魔物と人間では子宝に恵まれる可能性が低くなってしまうらしい。それは男がインキュバスになった場合でもそう変化はないそうなのだ。生物的な遺伝子の優位性などが原因らしいが、カレルはこれを知って、フォーリオに相談した。ならば、逆にしてみてはどうかとアドバイスを受け、ああいう形に落ち着いたそうな。
……付き合ってもいない男との子供が欲しいとは、型破りなお嬢様は怖ろしい。それを後押しした魔物も相当だろう。
手籠めにしたつもりだったが、捕まえられたのは僕の方だった。試合に勝って勝負に負けた気分だ。まあ、試合にも勝てなかった僕からすれば、かなりの前進なのだけれど。
僕の肩に頭を乗せたカレルは、手元の地図に目を落とす。
「レスカティエに着いたら、次はどこに行こっか?」
「さあな。お腹の子供と相談するといい」
「ぶーっ。イジワル禁止。私はエデルくんと決めたいの!」
くしくしと頬に髪を押し付けて、まるで猫のようだ。もともとスキンシップが多い奴だったが、ここ最近は特に顕著である。
「……でも、さ。頑張れば、子供と早く会えるかも」
そう言って、肩に回した腕を下げて僕の衣服に手を突っ込んできた。
魔物娘が身重になった場合、子供に魔力を与えるために発情の周期が短くなるとは言うけれど、それにしたって今朝もこなしておいてこれでは、幾らなんでも節操がなさ過ぎる。おかげで当初予定した行程の半分もこなせてない。旅費も無限ではないのだから、早く腰を落ち着かせたいのだが。
ただ理性ではそう思っても、僕の中に渦巻く彼女の魔力がそれを許してくれない。カレルが発情すれば、僕も我慢できなくなる。これもマッチポンプってやつだろうか。
「時間だ。無駄金を出すのは看過できない、出発するぞ」
手首を握って引きはがせば、カレルはおもちゃを取り上げられた子供のように気落ちする。
その耳元で囁いてやった。
「外で、存分に可愛がってやる」
それだけで顔を真っ赤にして俯く。サキュバスに変じてから、彼女の耳は特別な性感帯と化していた。曰く「慣れてない」そうだが、ならば慣らしてやるのがパートナーの務めであろう。
荷物を整理し、彼女と手をつないで部屋を出る。階段は決して広くなかったが、2人で寄り添い下りて行った。
以前の僕は、自らを磨き上げる為の努力を惜しまない人間だった。でも、それは他を犠牲にして一心にそれだけを目指す、ひどく危ういものだったように思う。自分より上の存在を目の敵にしていたように、心の余裕が無かった。あのままでは、いつかどこかで破綻していたかもしれない。あるいは、別の形で魔に堕ちていたやも。あり得なかった可能性に囚われることは愚かだが、戒める意味では間違ってない。
僕はカレルに救われた。彼女もまた、僕を必要としてくれた。
これを堕落と呼ぶのなら、それもいい。
彼女と共にいられるこの時間は何にも代えられないのだから。
「なあ。カレル」
「んー?」
「君は何で、僕を?」
思いの丈は何度も聞いていた。けれど理由を聞いたことはない。必要とは思えなかったせいだが、何となく知りたくなった。
「えーとね……始めは、変わった子がいるなぁって感じだったの。本ばっか読んでるし、友達いないんだなーって」
「おい」
「あはは。でも、すっごく真剣だったよね。それなのに真面目じゃないんだなって思った時、ちょっと面白いと思ったんだ。ほら、大抵の授業は誰よりも熱心に取り組んでるのに、興味ないことはスパーって切っちゃって。魔導書の写本とか、先生に食って掛かってたでしょ?」
「あれはチョイスした書物がおかしい。授業で取り上げるならもっと中身の詰まったやつをだな……」
「んふふ♪ で、なんか一生懸命だな、可愛いなって思って、それからずっと見てたんだよね」
「ん? 写本の授業あたりだと? ……そんな前から見てたのか」
「うん。観察自体はちょこちょこしてたよ。やっぱ、家に期待されてる娘としては、次席の子がどういうのか気になってたし」
順位を意識していたのは僕だけではなかったらしい。
「でも、期待されてるって結構窮屈でさ。学校でお気楽に過ごして、少しずつ発散してたんだ」
思わずカレルに目をやれば、まだ数回しか見たことない、どこか冷めた目をしていた。
「それでかな。誰かに言われたからじゃなくて、純粋に自分を高めようとしてるエデルくんが気になったの。何を考えてるんだろうって、知りたくて」
その顔は一瞬だけで、いつもの笑顔に戻る。でも、彼女と深く付き合った僕は、そこに混じる空虚さを感じた。握る手に力が入る。
「気が付いたら、エデルくんのローブを盗んでた」
「は?」
手の力が抜けた。
「そしたらすっごいいい匂いで、堪らなくなって。そのまま盛り上がってたらフォーリオ先生に見つかっちゃんだ」
てへへとはにかむカレル。僕は返す言葉もなく、茫然とするほかない。
変態の衝動は、教師に養われるでもなく、カレルの中に培われていたようだ。正直知りたくなかった。
「それで、隠し立ても出来なくって先生に相談したら、色々ぶっちゃけてくれたんだよ。あとはエデルの知っての通り、かな?」
「……ひとつだけ教えろ」
「なあに?」
「僕の私物が度々新品になっていたのは、お前の仕業だったのか?」
主に衣類が。ルームメイトのものと取り違えたのかと思っていたのだが……。
「ご馳走さまでした♪」
もう、返す言葉もなかった。
そしてそれすら許容できてしまえる僕の精神をも、認めざるを得ない。
堕落とは斯くあるものか。
ベッドから下り、床に放られていた下着を履いた時、僕の背後から声が掛かった。
艶のある、女性にしては少し低めの声質。振り向くまでもない、カレルに助力して僕を堕落させた女教師だ。名前は確かフォーリオ。先ほど出会った時はもう少し硬質な雰囲気があったが、こちらが彼女の素なのだろう。
いや、先ほどと言っても、もうかなりの時間が経過していた。窓から差す光は陽光から月明かりに変わっている。こんな時間まで学園にいるのは初めてのことだ。
そういえば、と若干鈍くなった頭を巡らせる。カレルの家の迎えはどうしたのだったか。女性のみで構成された、騎士レベルの近衛兵たち。それに、僕の住む学生寮も門限が危ない。今、何時だろう……とぼんやり思ったところで、焦りはまるで湧いてこなかった。
もう、ここから発つのだから。
「ねえ、いったいどれくらいヤッたの?」
くすくすとした含み笑いで、フォーリオが尋ねる。
僕は返事をするのも億劫で、気だるい動きで服を纏っていく。問いへの答えは持ってないのだから仕方ないだろう。正確には、8回目あたりでカレルが気絶したあたりから、記憶が飛び飛びなのだ。彼女が気をやってすぐに僕も意識を失いかけたのだが、何故かすぐさま復活した彼女に無理やり覚醒させられた。そうして互いに意識を失わせたり、呼び戻したりしているうちに、ベッドが使い物にならなくなって、そのまま保健室内を動き回った。
机に彼女を押し付けた時は、完全に僕のペースだった。ガツガツと奥の奥を抉るたび、彼女は悲鳴のような嬌声をあげていたし、そのまま果てた時には茫然自失。けれど椅子に腰かけた僕に跨ってきたときは、完全に彼女のペースだった。暴れ馬を乗りこなすような身のこなしで、ろくな抵抗も出来ずに絞り出されたように思う。
そう言えば、何気なくロッカーを開けた時は驚いた。中にはみっちりとゲル状の何かが蠢いていて、そこにマリベル養護教諭の姿があったのだ。首から下をすっぽりと覆われた彼女は興奮に頬を赤らめながら退場していった。あの様子からして、僕らが保健室に行く前から仕込まれていたのだろう。
数十回もの行為に及んだにも関わらず身体は普段通り、むしろ好調ですらあったが、精神的に疲れていた。いくら魔に染まったとはいえ、刺激の連続は脳に負担を掛ける。
「雄の匂いがすっごい……くらくらしちゃうわ」
カツカツと足音を鳴らし、陶然とした声でつぶやくフォーリオ。もはや教師としての態度は微塵もなかった。
「あら、シーツびちゃびちゃじゃないの。床も所々水浸しだし……。彼女がおしっこ漏らすほどヤリ尽くしたのね、流石だわ」
ギシリとベッドに腰掛ける音がした。
フォーリオの言う通り、汗やら液やら何やらを吸い尽くしたシーツは水たまりを作るほどにタプタプだ。その、マトモな頭なら近づくのも躊躇われる場所に、濡れるのも厭わず腰かけるとは。
少し驚いて、思わず目を向ける。
フォーリオの格好は先ほどと同じだった。教員が纏うローブをすっぽりと被り、頭に学士帽をのせている。だが、先ほどまで性行為に耽溺していた僕には分かってしまう。
隠しようもない女の匂いが、彼女の全身から漂っていた。そしてその強大な魔力も、魔に通じた僕にはしっかりと感じられる。
なるほど。これほどの力なら学園に潜り込むのもわけないだろう。国で有数の魔法学園とはいえ、フォーリオほどの魔物が扱う隠ぺい術を見破れる使い手はいない。それこそ、同族でなければ。
「目的はなんだ」
思わず疑問を口に出してしまった。関わるには厄介な奴だと分かりきっているのに。
フォーリオは、仰向けに寝ているカレルの顔を優しく撫でながら流し目を送ってきた。その蠱惑的な瞳に思わず股間が反応する。まて、流石に自重しなさい。
「カレルから聞いてない? 私たちは、人間の幸福を願っているのよ」
からかうように目を細めた。
はぐらかされたような気もするが、いや、それが彼女たちの根源なのだろう。魔物そのものになった今、身体に巡るサキュバスの魔力がどういうものか、聞かされるまでもなく理解できた。
だが、僕が聞きたかったのはそっちの話ではない。
「カレルを焚き付けたのは何故だ。それだけの力があるなら、こんな回りくどい手を使わなくたって、」
僕が言い切る前に、フォーリオはすっと指を突きつけて遮った。分かってないわねと言わんばかりだが、そこに嘲りはない。
「頭でっかちに考え過ぎよ。まあ、らしいけどね。嫌いじゃないわ」
くふっと八重歯を見せて笑ったフォーリオに悪寒を感じ、思わず目を逸らした。
「私はシチュエーションを大事にしたいの」
意識の間隙を縫って、彼女は断言する。
「女が男を堕とすのか、男が女を堕とすのか。受けと攻めの噛み合わせはシンプルながら深いわ。より幸福なのはどちらかを考えて、最適なプランを提示する。……私は堕落までの経過を重視したいだけ」
フォーリオがカレルの赤い髪に手を差し入れると、激しい行為を重ねたせいで跳ねていた髪が、本来の艶を取り戻した。ゆっくりと、母が子を寝かしつけるように撫でつけていく。
「言ってみれば娯楽よね。でも悠久の時を生きる私たちには大事なことよ」
カレルの髪を整え終えると、フォーリオは立ち上がりながらローブを脱ぎ捨てた。同時に魔力が瞬間的に高まり、隠ぺい魔術が解かれる。
覆われたカーテンがはぎ取られ、彼女の、視るものを惹きつけてやまない肢体が露わになった。半ば予想できていたことだが、彼女本来の姿は人間など比べものにならないほどに美しかった。いや、人間を魅了する以上、その美貌は人の理解の枠を越えることは決してない。だからこれは、美を磨きぬいたものだけが到達できる領域なのだろう。
帽子に押し込まれていた黒髪は鮮やかな白色に変わり、ローブの下でさえ存在を主張していたバストはひと房でも両手に収まらないほど、引き締まったウェストから押しあがるヒップはぷりんと上向いていた。というか、尻がほとんど丸出しとかどういう格好だそれは。水着でももっと布地があるぞ。もはやそれは下着……いや、下着かも怪しい。
「……普段から、そんな恰好してたのか?」
「そうよ? あ、その顔面白いわ。癖になりそう❤」
痴女だ。紛う事なき痴女がいる。
カレルが師事したくらいだし、もう少し高尚な人柄かと思ったが、この人はあれだ。アブノーマルな方面に突き抜けてるだけだ。実力の伴った変態は、こうも質の悪いものなのか……。
「ま、ここももう飽きたし、そろそろお暇しようかしら。最後にいい仕事できてよかった」
そう言って身を屈め、フォーリオはカレルの額にキスをした。赤子に贈るような、優しげなサイン。
「貴女は、貴女の願うカタチになるわ。願いなさい、きっと彼が叶えてくれる」
文献で伝わる凶悪な魔物と、僕が自ら収集した悦楽に堕ちきった魔物と、どちらのイメージとも結びつかない。もっと人間に近しい何かを幻視せずにはいられなかった。
「アナタもね。それだけの力をあげたんだから、ちゃんとカレルを守るのよ?」
いつの間に移動したのか、フォーリオの顔が僕の眼前にあった。少し背伸びして、僕の額にも同じようにキスを贈る。避ける間もなかった。
「またね♪」
去り際はあっさりしたもので、煙のように掻き消える。。
「だめぇ……それ……わたしの……」
にゃむにゃむと寝言を呟くカレルを眺めた。
彼女を守る。
わざわざ言われるまでもない、彼女は僕のものなのだから。
「ずっと勝ちたかった、お前よりも凄いんだと証明したかった」
思い返してみても、子供のような願望だ。
頭では馬鹿馬鹿しいと理解していたけど、抑えても抑えても消えることはなく、いつも僕を悩ませた。カレルの才能や立場に嫉妬していたのではない。決して覆らないもの気にして、足を止めそうになってしまう自分が情けなかった。
それを解放できたのは、彼女が大胆な一歩を踏み込んでくれたおかげだ。魔物の助力を得たのは彼女自身の都合だろうけれど、僕からすれば何だって構わない。彼女の方から、僕に会いに来てくれた。それだけで胸がいっぱいになる。
支配欲と庇護欲と、それともしかしたら、ひとかけらの愛情でもって、僕は彼女を抱き締めた。
……せっかく身に着けた衣服が水浸しになる。
ああ、だからあいつはローブを脱いでったのか……。
○
それから数日後。
僕とカレルは、国から山3つほど越えた、とある山村の宿に泊まっていた。
あの保健室での情事のあと、眠ったままのカレルを背負って外に出た僕は、変わり果てた学校を目にした。
誰もかれもが交わり、愛し合い、艶声と水音が至るところから聞こえてくる。夜だと思った月明かりは、魔界に変じた校内が、夕陽を歪めて映していた為らしい。正確に言えば、あれは夕方だったのだ。
サキュバスに変じた女生徒に乗りかかられた男子生徒や、保健室の教師を取り込んでいたスライムが女子生徒とまぐわう姿などが散見するなか、僕らは校庭に出る。するとそこには、教師とカレルの家の近衛兵たちが奮戦していた。
彼らは疲弊しながらも果敢に戦っている。すでに戦闘も放棄している味方もいる中、実に見上げた精神力だ。撤退していないのは、目的があるからに違いない。例えば……僕の背で眠るカレルの回収、とか。
「皆さん、探し物は彼女ですか?」
変わり果てた姿の彼女を彼らに見せた時、彼らは一様に戦意を喪失した。期待された新星の落ちぶれた姿に絶望、といったところか。
悪いことしたとは思うが、叶わない希望に縋るのは時間の無駄遣い。生は有限なのだから、無益な時間を過ごすのは人間の生きざまに反するだろう。僕の対応は良心的とすら言える。
そうして、堂々と学校から退場した僕は、その足でカレルの自宅に向かった。
多少骨は折れたが、フォーリオから授かった力を使えば、屋敷のひとつを落すくらいわけない。カレルの肉親へのご挨拶も済ませ、旅費もせしめた僕らは、そのまま国を後にした。
簡単ではあるが、これがあの後の顛末だ。
あれだけの障害を難なく乗り越えられた僕の力は既に失われてしまっている。元はフォーリオの魔力だったものだが、カレルが「気に入らない」と言って奪ってきたのだ。自分の男が、他人の魔力を纏わせているのが納得いかなかったらしい。魔力がカレルに渡った結果、彼女の髪はひと房が白く染まり、僕の身体にはカレルの魔力が宿ることとなった。
そんなこんなで、イチャコラしながら旅を続けて、ようやく宿に落ち着いている。一応目的地は決まっているが、のんびりと進むつもりだ。なにせ、カレルには――。
「ねえ」
彼女の声で、物思いから呼び戻された。椅子に背を預けていた僕は、声の方へ体を向ける。
窓際に腰かけ、穏やかな風に髪を靡かせていたカレルは、旅装の上着を捲ってお腹を出していた。おい、いくら人間の姿になってるとはいえ、そんなあられもない格好を外に曝すんじゃない。
「いま、動いたよ」
お腹に手を当てる表情は優しげで、どこか懐かしい雰囲気がした。
そういう顔もするんだな、と僕は意外そうな顔をしていたらしい。彼女はくすりと笑う。
「なに? まさか、信じてなかったの?」
「あ、いや。そうじゃない」
あれだけの数をこなしたのだ。出来てない方がおかしい。でも正直に答える気にならず、僕は誤魔化すように言った。
「そんな数日で分かるものか。いまは豆粒より小さいだろう」
「ホントだって。私じゃない魔力の感じがするもの」
捲り上げた服を正し、カレルは僕の背後にきて首に腕を回した。
あの時、カレルがあんな手を使ってまで僕を魔物に仕立て上げたのは、子供が欲しかった為、だったそうだ。
聞くところによれば、魔物と人間では子宝に恵まれる可能性が低くなってしまうらしい。それは男がインキュバスになった場合でもそう変化はないそうなのだ。生物的な遺伝子の優位性などが原因らしいが、カレルはこれを知って、フォーリオに相談した。ならば、逆にしてみてはどうかとアドバイスを受け、ああいう形に落ち着いたそうな。
……付き合ってもいない男との子供が欲しいとは、型破りなお嬢様は怖ろしい。それを後押しした魔物も相当だろう。
手籠めにしたつもりだったが、捕まえられたのは僕の方だった。試合に勝って勝負に負けた気分だ。まあ、試合にも勝てなかった僕からすれば、かなりの前進なのだけれど。
僕の肩に頭を乗せたカレルは、手元の地図に目を落とす。
「レスカティエに着いたら、次はどこに行こっか?」
「さあな。お腹の子供と相談するといい」
「ぶーっ。イジワル禁止。私はエデルくんと決めたいの!」
くしくしと頬に髪を押し付けて、まるで猫のようだ。もともとスキンシップが多い奴だったが、ここ最近は特に顕著である。
「……でも、さ。頑張れば、子供と早く会えるかも」
そう言って、肩に回した腕を下げて僕の衣服に手を突っ込んできた。
魔物娘が身重になった場合、子供に魔力を与えるために発情の周期が短くなるとは言うけれど、それにしたって今朝もこなしておいてこれでは、幾らなんでも節操がなさ過ぎる。おかげで当初予定した行程の半分もこなせてない。旅費も無限ではないのだから、早く腰を落ち着かせたいのだが。
ただ理性ではそう思っても、僕の中に渦巻く彼女の魔力がそれを許してくれない。カレルが発情すれば、僕も我慢できなくなる。これもマッチポンプってやつだろうか。
「時間だ。無駄金を出すのは看過できない、出発するぞ」
手首を握って引きはがせば、カレルはおもちゃを取り上げられた子供のように気落ちする。
その耳元で囁いてやった。
「外で、存分に可愛がってやる」
それだけで顔を真っ赤にして俯く。サキュバスに変じてから、彼女の耳は特別な性感帯と化していた。曰く「慣れてない」そうだが、ならば慣らしてやるのがパートナーの務めであろう。
荷物を整理し、彼女と手をつないで部屋を出る。階段は決して広くなかったが、2人で寄り添い下りて行った。
以前の僕は、自らを磨き上げる為の努力を惜しまない人間だった。でも、それは他を犠牲にして一心にそれだけを目指す、ひどく危ういものだったように思う。自分より上の存在を目の敵にしていたように、心の余裕が無かった。あのままでは、いつかどこかで破綻していたかもしれない。あるいは、別の形で魔に堕ちていたやも。あり得なかった可能性に囚われることは愚かだが、戒める意味では間違ってない。
僕はカレルに救われた。彼女もまた、僕を必要としてくれた。
これを堕落と呼ぶのなら、それもいい。
彼女と共にいられるこの時間は何にも代えられないのだから。
「なあ。カレル」
「んー?」
「君は何で、僕を?」
思いの丈は何度も聞いていた。けれど理由を聞いたことはない。必要とは思えなかったせいだが、何となく知りたくなった。
「えーとね……始めは、変わった子がいるなぁって感じだったの。本ばっか読んでるし、友達いないんだなーって」
「おい」
「あはは。でも、すっごく真剣だったよね。それなのに真面目じゃないんだなって思った時、ちょっと面白いと思ったんだ。ほら、大抵の授業は誰よりも熱心に取り組んでるのに、興味ないことはスパーって切っちゃって。魔導書の写本とか、先生に食って掛かってたでしょ?」
「あれはチョイスした書物がおかしい。授業で取り上げるならもっと中身の詰まったやつをだな……」
「んふふ♪ で、なんか一生懸命だな、可愛いなって思って、それからずっと見てたんだよね」
「ん? 写本の授業あたりだと? ……そんな前から見てたのか」
「うん。観察自体はちょこちょこしてたよ。やっぱ、家に期待されてる娘としては、次席の子がどういうのか気になってたし」
順位を意識していたのは僕だけではなかったらしい。
「でも、期待されてるって結構窮屈でさ。学校でお気楽に過ごして、少しずつ発散してたんだ」
思わずカレルに目をやれば、まだ数回しか見たことない、どこか冷めた目をしていた。
「それでかな。誰かに言われたからじゃなくて、純粋に自分を高めようとしてるエデルくんが気になったの。何を考えてるんだろうって、知りたくて」
その顔は一瞬だけで、いつもの笑顔に戻る。でも、彼女と深く付き合った僕は、そこに混じる空虚さを感じた。握る手に力が入る。
「気が付いたら、エデルくんのローブを盗んでた」
「は?」
手の力が抜けた。
「そしたらすっごいいい匂いで、堪らなくなって。そのまま盛り上がってたらフォーリオ先生に見つかっちゃんだ」
てへへとはにかむカレル。僕は返す言葉もなく、茫然とするほかない。
変態の衝動は、教師に養われるでもなく、カレルの中に培われていたようだ。正直知りたくなかった。
「それで、隠し立ても出来なくって先生に相談したら、色々ぶっちゃけてくれたんだよ。あとはエデルの知っての通り、かな?」
「……ひとつだけ教えろ」
「なあに?」
「僕の私物が度々新品になっていたのは、お前の仕業だったのか?」
主に衣類が。ルームメイトのものと取り違えたのかと思っていたのだが……。
「ご馳走さまでした♪」
もう、返す言葉もなかった。
そしてそれすら許容できてしまえる僕の精神をも、認めざるを得ない。
堕落とは斯くあるものか。
16/08/15 11:41更新 / カイワレ大根
戻る
次へ