連載小説
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その4
 扉の向こうから発せられたその声に身体が硬直したのはカレルの方だった。行為に翻弄され、悦楽の海を漂っていた意識が瞬く間に戻ってくる。良家の子女として、一見奔放に見えながらもきっちりと礼儀作法の行き届いたカレルの精神は、このような状況に陥っていても完璧に機能した。
 その一方で、同じくらい実直に育ってきたエデルはと言えば、教師の声を耳にしても動きを止めることはなかった。煩わしそうに、ベッド脇のカーテンを引いて扉からの視界を遮る。
 信じられないものを見る目でエデルを見上げるカレルだったが、抗議する間もなく扉が開かれた。
「おや、マリベル先生は不在かね」
 メガネを掛けた、どこか横柄な態度を感じさせる実技の教師が保健室に足を踏み入れる。怪我をした生徒を見舞う姿勢は立派だが、今のカレルにはひどく間の悪いものに思えてならなかった。当のエデルに至ってはどうでもよさげである。教師の登場にも構うことなく、ちゅくちゅくと腰を回してカレルの中をかき回していた。
(ちょ、ちょっと!)
 焦って止めようとしたカレルだったが、下手に吐息をもらすわけにはいかなかった。教師がここに来ると言うことは、自分を呼びに来た可能性もあるのだ。気取られてはいけない。
 だが、声を抑えなくてはと意識すればするほど、より堪えがたい刺激がカレルを襲う。奥歯を噛み、口を手で塞いで、それこそ必死に息を殺した。
(……そんなに声を抑えたいなら)
 健気にも堪え忍ぼうとするカレルの姿に、エデルは嗜虐的な笑みを向ける。
(いい方法があるぞ)
 次の瞬間。
 でゅく!!!!!!!
 カレルの奥も奥。男の寵愛を受け入れる子壺に、エデルの剛直が襲いかかった。
 びゅッびゅッびゅッびゅッ
 どころか、その先から放たれたスペルマが、もう幾度も注がれて一杯になった器の中をいやらしくかき混ぜてくる。溢れて逆流するほどの量はしかし、生まれ変わりつつあったカレルの膣は余すことなく吸収しようと脈動した。ちうちうと肉棒を締め付けて液の一滴も通さず、閉ざされた空間で熱い激流がところ狭しと暴れ回る。
 もう、声をあげるあげないどころの話ではなかった。無意識のうちに足を回し、へこへこと迎え腰すら行ってしまうカレルに、沸き上がる情動を御する術などない。腹の底から歓喜の艶声を響かせる……筈だった。
「…………ッ!?」
 いくら息を吐き出しても声でない。確かに喉は震えているのに、熱い吐息が漏れ出るだけだ。
 エデルはあろうことか、カレルに発声阻害魔法を掛けたのである。ついさっき授業で取り上げたばかりだというのに、何とも淫美な活用法だった。
(そら! いくらでも叫ぶといい!)
 エデルはそれだけでなく、静音効果のある魔法陣を展開させていた。軋むベッドの騒音も、結合部の水音も、カレルが掻き毟るシーツの衣擦れも、カーテンの向こうに届くことはない。
 フォーリオの託した魔力には隠蔽の効果も含まれていた。こうなる事態を見越していたのだ。その慧眼に感服しつつ、エデルは巧みに魔力を操る。
「マリベル先生ならちょうど席を外してますよ」
 遠くに飛びそうになっているカレルの意識を寄り戻すため、刺激の強い箇所への攻撃は避け、エデルは女の肋骨をなぞるようにわき腹へ手を這わし、秘所への期待を煽るように太股を撫ですさる。
 絶妙な愛撫を繰り返しつつ、何でもない風に教師との会話を続けた。
「おお。声が戻ったのだね、ミスタ・クラヴィッツ」
「おかげさまで。授業を抜け出す羽目になって申し訳ありません」
「ああいや、気にすることはない。君の過失ではないからね、うん」
 そう、僕の腕で悶えてるこの女のせいだ。
 エデルは先ほど浴びた屈辱を思い返そうとするも、それは驚くほど些末なことに成り下がっていた。そんなこと、行為に含みをもたせるスパイス程度でしかない。耳を甘噛みし、熱い吐息を吹きかける。
「それで、次の講義には出られそうかね?」
 カーテン越しに教師が問いかけてくる。ベッドで休養しているほどなのだから、エデルが休息を欲していると考えたのだろう。その判断は正しい。この場において異常なのはエデルたちの方だ。
「申し訳ありませんが、もうしばらく休ませていただきます」
 カレルの回復を読んだエデルは、細い腕を掴んでパックから激しく突き抜いた。
 勢いに振り回され乳房が跳ね動く、覆えるものもない大口からは響かない嬌声が弾け出て、シーツを引っかけた爪先で踏ん張り腰の動きを合わせていく。今や、外向けの顔さえ快楽に塗りつぶされてしまったカレルであった。より深く、より熱心に、より淫らに、性衝動へのめり込んでいく。声や音が響かないと分かった今、歯止めを掛ける意味を見いだせないのだ。もはや彼女の世界にはエデルしかいない。視界が狭まり、膣の感覚ばかりが純化されていく。
(ーーあっ)
 そのとき、深奥で何かが弾けた。
「うむ、無理もあるまい。もうしばらく休みたまえ。教師には私から口添えしておこう」
「ええ、ありが、とう、ございます……っ」
 エデルは、突き込んでいた粘膜壁の感触が変化したのを感じた。精を放つ時の、逃さないとばかりに絡みつくのとはまるきり異なる。キツく入り口を締め付けて、より激しい発射を促すような……。
 変化はそれに留まらなかった。
「ッぐッ!?」
 思わず声が漏れ出る。
 カレルの蜜壺は突き込みに合わせ、部位ごとの収縮を逐一入れ替えていた。うねうねと波うち、入り口だけ固く狭めながらも吸い込むようにまとわりつく。そこだけ別の生き物のようだ。
(なん、だッ?!)
 吐精の予感が近づいた。
 たまらず抽挿を弱めようとも、カレルの方から積極的に打ち込んできて一向に退けない。音が鳴らないのを良いことに、その桃尻を強かに叩きつけてくる。掴んだ腕が逆に利用されていた。
「ん? どうかしたかね?」
「え、あ、なん、でもぉッ!?」
 声に気を取られて、ピストンが弱まった隙にぐりぐりと尻を押しつけられる。稼働域を確かめんばかりに上下左右、縦横無尽に動き回った。
(見つけた♪)
 カレル思考を読んだエデルの頭に、なまめかしい声音が響きわたる。思わず視線を落とせば、赤髪を振り乱した女が首だけで振り返り、誘う目でこちらを見上げていた。唇から紅い舌がちろりと覗く。
 あまりの豹変ぶりに呆気にとられたエデルの腕を外したカレルは、局部で繋がったまま尻を高々と持ち上げる。天頂を向いて雄々しくそそり立つ竿がぬるぬると引き抜かれていくが、ちょうどカリが入り口に差し掛かるところで急速落下した。
「ッッッうああッ!!」
 衝撃に備えていたエデルはしかし、堪えきれない。それほどに強烈な一撃だった。神経が丸ごと裏返るような刺激とともに、意思に反して飛び出した精を美味しそうに啜りとられる。しかも、間髪入れずに次々と叩き込まれた。
(それ♪ それ♪ それ♪)
 リズミカルに、かといって単調にならず、肉棒の硬度を試すが如く、何度も何度も振り下ろされる。敏感な箇所をねじ切ってくるような乱暴な責め。だが、痛みを感じないギリギリを押さえてる。
 テレキネスだ、とエデルは白みつつある頭で理解した。いつの間にかカレルは、魔法を扱えるまでの余裕を取り戻している。
(ああっ、これっ、すごいっ! とまんないっ!)
 きゅんきゅんと、絶頂を覚えて膣が痙攣しているにも関わらず、カレルは髪を振り乱して臀部を打ち据えた。またも上り詰めていく感覚に、しかしカレルの意識は取り残されずにしっかりとついていく。むしろエデルの方が限界に近づきつつあった。
「ど、どうした? ミスタ・クラヴィッツ」
 怪訝な声で訊ねてくる教師に応える余裕もない。ガクガクと腰を振り、壊れた蛇口のように精を吐き出している。
(あ、だいじょうぶ?)
 エデルの様子に気づいたカレルは動きを止め、括約筋をキツく締めあげた。一瞬の痛覚で我に返ったエデルは、忘我の心地でカレルを見下ろした。互いの視線が交差する。
(ねえ。私、なんだか調子が戻って来ちゃったみたい)
 挑戦的な目を肩越しに向けて。カレルは繋がったままの女陰をくぱぁっと割り開いた。締め付けられて苦しげだった竿の根本にゆとりが生じる。
(エデルくん。ぼさっとしてると、追い抜いちゃうよ?)
 その言葉を聞いた途端、エデルのスイッチが入った。かつての、人間の彼が持っていたスイッチだ。
「なにがあった? 大丈夫か?」
「……ああ、先生。足がつっただけですよ。驚かせてすみません」
「それは構わんが。……平気かね?」
 全くもって蚊帳の外である教師は、エデルの声音が、いつだったか講義で激昂していた時のように思えて不安になる。
 理知的で真面目なエデルは、一方で極度の負けず嫌いでも知られていた。今まで大きな問題こそ起こさなかったものの、今日の出来事で、ただでさえ負け込んでいたカレルに恥をかかされ、相当に憤っているに違いないと教師は考えたのだ。
 万が一にも、自分の行った演習が原因でカレルに、ひいてはマータ家に責が及んではいけない。
 それ故に、愚かにも2人揃って保健室に向かわせてしまったことに戦々恐々としていたのだが。
「ええ。全然、まったく、これっぽっちも平気です。子犬に噛まれたようなもんですよ、これは」
「そ、そうか」
 エデルの口調からして、怒りが再燃しているようだと判断した教師は、カレルの姿が部屋にないことをもう一度確認する。恐らくは事情を察した養護教諭、マリベルが彼女を連れていったのだろうとあたりを付けた。ならば、後はほとぼりが冷めるのを待つだけだ。
「あーうん。では、私は行くよ。養生したまえ、ミスタ・クラヴィッツ」
 カーテン越しにエデルの怒気を感じつつ、教師は逃げるように保健室を後にした。
「……さて」
 保健室に静寂が戻る。静音の魔法陣は展開したまま、エデルはカレルの発声阻害魔法を解除した。
「どうやら、条件が対等になったみたいだな」
 身を倒し、女体の背に覆い被さったエデルは、カレルの顎を掴んで自分の方を向かせた。彼を見つめる瞳は、碧でなく紅に染まっている。
「そうみたいね。自分が自分じゃないみたい。なんだかふわふわしてる」
 困ったようにはにかむカレルだったが、眼前にエデルの顔を捉え、れろりとその唇を舐めあげた。
「でも、今はどうでもいいや。もっともっと愛してくれる?」
「言われなくったって。壊れるくらい愛してやるよ」
「あっは♪ 出来るかなぁ、さっきはかなりやばそうだったくせにぃっひぃッ!?」
 語尾が上滑り、カレルは喉を反らす。言葉の途中でエデルが乳首を引っ張ったのだ。ピンポイントに乳首だけが摘まれ、ぎちぎちと、乳房が釣り鐘状に伸びる。
「なに言ってる。ここまでリードしてやったのは僕だぞ? これからは容赦しなくっていいってことだよなーーッ?!」
 エデルの口が、カレルの口で塞がれる。侵入してきた舌は先ほどよりも長く、しかし巧みに動いた。
 ひとしきり快感を交換し合った2人は、やがてどちらともなく手を離し、口を解放する。
 見つめ合い、にらみ合う両者。学校を代表する2人の優等生は、淫靡な対決に臨まんとしていた。
「勝負だカレル。今度こそ、完膚なきまでに君を負かす」
「じゃあ、先に気絶した方が負けね。勝った方はどうする?」
「何もいらない。僕は君に勝つことだけで満足だ」
「欲がないなぁ。ま、そゆとこも好きだけど」
「そりゃどう、もッ!」
「んんっ?」
 再び行為に没頭し始めたエデルは、カレルの身体に明確な変化が訪れていることにも気づかなかった。
 角が生え、耳は尖り、挙げ句の果てには尻尾が巻き付いても、毛ほども気に止めない。
 2人の世界は閉じていたのだ。目に映る相手が全てで、他のものは意識下に入らない。
 互いを食い合うウロボロスの如く、終わりのない愛交は続いた。
14/08/02 23:33更新 / カイワレ大根
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