連載小説
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交合
 覚悟に茹だった頭とは裏腹に思考は冷静そのものだった。湯船につかった彼女を残し、おれは風呂場を後にする。
 適当なフェイスタオルで頭の水気をふき取りながら、台所の棚からボウルを取り出して、冷凍庫から氷をかき出して水と一緒に入れる。その氷水に冷蔵庫の中の缶ビールを浸けられるだけ浸けた。一気に冷やすにはこうしてからグルグルと回すのがいちばん早いのだ、手が冷えるのを我慢して3分ほど繰り返す。その間、風呂場から彼女の鼻歌が聞こえてきて、落ち着かない気分を作業に没頭して誤魔化した。
 次にベッドとその周りを片付ける。散らばっていた衣類を片付け、邪魔なタオルケットは畳んで下の収納棚に仕舞い、無造作に伸びていた充電用のケーブルは巻き取って部屋の端に避けた。消臭スプレーをベッドに吹きかけ、万が一にと用意していたコンドームを取り出したあたりで何とも滑稽なことをしている気分になったが、目的が定まった以上、思いつく限りのことはすべてしなければ気が済まなかった。自分なりの完璧な空間を準備することで緊張感を隠そうとしているのかもしれない。
 そうして気の済むまで動いていたとき、不意に、風呂場のドアが開く音がした。
「タオルをくれ」
 廊下に差しだされた手にそれらを渡す。ワシワシと拭い取る音を聞きながら、おれはバクバクと弾む心臓を落ち着けようと何度も深呼吸した。上ずりそうな声をどうにか抑えながら発言する。
「着替えは、ここに置いときます」
「ああ」
 バスローブなんて上等なものはないので、大きめのTシャツと短パンを見繕った。下着は、などと野暮なことは考えない。
 おれは、彼女を、抱くのだ。どうせ脱がすのだから、そんなものは後で考えればいい。
 考えながらしかし、そのバカげた夢のような決意を嘲笑う自分が居ることも否定できなかった。この年まで童貞を貫いてきた男一匹、絶世の美女を前に致すことなど出来るだろうか。心配ないさとばかりに屹立する息子だけが頼りだった。緊張しすぎて勃起しない、なんて辛い事態だけは避けられそうである。
 やがて拭き終わった彼女は着替えを手に取り、そのまま部屋に出てきた。まだ熱のこもった体は蒸気が残り、頬がほんのりと赤らんでいる。裸のままだがこちらを気にする素振りもなく、無造作にTシャツを頭から被った。脱いだときの儀式めいた仕草はまるで感じさせない生活感あふれる様子で、すっと袖を通して裾を伸ばす。大きなTシャツは、彼女の体にゆるくフィットするだけでなく、そのラインをほとんど覆い隠してしまった。どこかしら強調される彼女の豊かな胸の膨らみから引き締まった腰のラインは、今はTシャツの広いシルエットに紛れて見えない。
 裾は尻を覆うあたりまで届き、いわゆるところの彼Tと化していた。メンズものを女性が着た時の全身ダボっと感である。世のカップルが味わっているであろうそれを大いに味わい、おれは心の底から感動した。彼女も着心地に満足したのか短パンを穿く様子はない。感動したまま、彼女に冷やしておいた缶ビールを差しだす。
「良ければどうぞ」
「おお、気が利く」
 彼女は目を輝かせて受け取ると、手早くプルタブを引き上げてグイっと一飲みに呷った。プハァッと気持ちよさそうに息を吐く。
「やはりビールは風呂上りが至高だ、褒めてつかわす」
「光栄の至り」
 冗談めかして応えるが、無邪気に喜ぶ彼女の顔を見て飛び上がるほど嬉しかった。良かれと思って備えたもてなしが刺さるのは格別である。
「それ、お前も飲むといい」
「あ、いえ、おれは大丈夫です。そんな強くないので」
「そうか。では遠慮なく」
 彼女はあっという間に冷やしておいた分を飲み干してしまった。風呂上がりで紅潮しているものの、その顔色は一切変わらない。これまでで6缶以上、つまり10合分であるからして、とんでもないうわばみである。そも、おれの家に来るまでも飲んでいたかも知れないと考えるとさらに凄まじい。
 おれが酒に強くない、というのは嘘だ。そこそこ飲む方だし、だから部屋に缶ビールが段ボールで置いてあるわけなのだが、あまり飲みたくない理由があった。いわゆる、酔い過ぎると男は射精しづらくなる……遅漏になるというアレだ。この後のことを考えると無闇に飲むのは躊躇われた。
 空き缶を手早く片付けて部屋に戻ると、彼女は大の字でベッドに寝転んでいた。その目ははっきりと開かれていて眠そうではないが、付けっぱなしのテレビに意識は向いていなかった。
 リモコンを手に取り、電源を落とす。
 途端、部屋に沈黙が落ちた。
 時刻は午前1時を回るところだ。
「あの……」
 声をかけると、彼女は首だけでこちらを向いた。
 意を決して話す。
「あなたは、何者なんですか?」
「さてな。招いたのはお前だ」
 そうだ。そうなのだが、それがおかしい。
 おれは部屋の掃除をしながら、ひとり部屋で動き回るうちに落ち着いてきた頭から浮かんだ違和感を口にする。
「普通、初対面でいきなり冷蔵庫を漁ったり、食事したり、風呂に入ったりはしませんよね」
「口吸いも、な」
 おどけるように言うと、心底楽しそうに言う。
「普通とはなんだ? 私には私の作法がある、とやかく言われる謂われはない」
「ベッドに寝転がるのだって、いくらなんでも非常識だとは思いませんか?」
 にぃっと口元を歪ませた彼女は、ピラピラとTシャツの裾をはためかせた。一切の下着を身に着けていない白い素肌が、たっぷりとした下乳から見えてはいけない秘所まで一切が露わになる。
「これも私の作法だ」
 挑発的に、胸元を引っ張って、重力に負けたたわわな輪郭を主張した。薄い布地の向こう、小さな突起の存在が分かるほどに。
 興奮が、制御できない域まで立ち昇ってくる。
「名前を教えてください」
「名前がわかっても、私のことがわかるわけではない」
「なんでここに来たのか、本当のところを教えてくださいよ」
「ここに来たのは気まぐれ。理由なぞいるか?」
「どうして、おれの家なんですか?」
「今ここにいる、それで十分だろう」
「こんなこと、普通じゃ考えられませんし……」
 ぐ、っと唾を飲み込んだ。ひどく喉が渇いている。興奮と緊張で、どもりそうになる。
「怖くは、ないんですか?」
「怖い? なにがだ?」
 むしろ楽しい、と言いたげな顔だった。喜色満面とはこのことだろう。
「普通なら、すぐにでも追い出すべきなんですよ」
「追い出すかどうかはお前が決めること」
 だが、と続ける。
「ここにいる私をどう思う?」
「正直、理解ができません。でも不思議と、嫌な気持ちはしません」
「それが答えだ。理由なんていらない、そういうものもある」
 すとん、と腑に落ちる言葉だった。
 理由なんていらない。
 そうだ。
 直感で動くべきときもあるのだ。
 おれは欲望を素直に口にした。

「あなたを抱きたい」

「うむ。来い」

 開かれた身体に、迷いなく飛び込んだ。


 ○


 ベッドに横たわりがてら、下から彼女に重なるようにしてTシャツと肌の間に両手を差し入れる。彼女は心得たように両腕を持ち上げて、おれの手と一緒にめくれ上がるシャツを身をよじって脱いだ。その腕を上げた姿勢のまま、妖しげな瞳をおれに向けてくる。
 一糸まとわぬ姿の彼女は、身の毛もよだつほどにゾッとする美しさを備えていた。さながら絵画のモチーフのようだ。
「良い顔だ……お前は欲望を我慢するな……♥」
 優しげな目で悪魔のような、堕落に誘う言葉を呟く。それがひどく似合っていて、おれは芯から震えた。
 抱くと決めた女は人間じゃないかも知れない。
 そんな予感が頭を過ぎるが、知ったことではないとそれを払い除けた。口元を寄せて、彼女の紅色の唇を味わう。
「んっ♥」
 唇が触れたとき、体に電流が走るような感覚が広がった。風呂上がりの冷えたビールをたっぷり味わった彼女の口元は僅かに冷えていたが人肌の温もりも備えていて、瞬く間に引き込まれていく。
 おれは彼女の舌を口全体で味わったことがある。だが今の心地よさはまるで初めての体験のようで、自分の中で抑え込んでいた何かが解き放たれるような気がした。
 彼女はじっとおれの目を見つめたまま、ただ静かにこちらの行動を観察している。それはおれの次の動きを待っているように見えた。その静かな受け入れ方に気圧されるが、同時に、彼女の無言の期待も感じ取れる。
 彼女がおれに何を求めているのか、正直なところ分からない。分からないが、その期待こそがおれを駆り立てた。
 自分から舌を差し入れ、彼女を求めるようにそれを暴れさせた。突き出した舌を絡め、ねっとりと表面を舐め回し、唇を密着させながら彼女の舌ともつれ合わせる。ピチャピチャと唾液の音が跳ね、やがてじゅぱじゅぱと水音が口腔内で反響する。互いの唾液を混ぜ合わせる音ばかりを響いたころ、やがて彼女の喉が、こくんと上下した。唾液を飲み込んだのだ。液で溢れて気道が塞がりかけた身体の自然な反射だったのだろうがしかし、おれはそれが、許容のように思えて嬉しくなってしまった。
 涎が口端から零れるのも構わず、透明な糸を引きながらむちゅ、ぷちゅ、と唇を重ねあう。おれは心地良い弾力の虜となってむしゃぶりつき、唇に吸い付き、ぬらりと舌を這わせる。
 ふと思いつき、おれは唾がまとわりついた舌を出し、彼女の口にそれをぬらりと流しこんだ。
 彼女は嬉しげに頬を緩め、舌を出して唾液を受ける。すぐに飲み干しては喉を鳴らし、餌を欲しがり親鳥に口を差し出す雛のように次を求めて口を開く。おれはそこに舌をぴったりと重ねて唾液を送る。甘たるくすら感じられる舌先を味わいながら、ぬちぬちと唾液を絡ませる。
 どれだけ深く、長い口付けを交わしても飽きたらない。唇も舌もふやけてしまいそうなほどだ。彼女が唾液を啜る音を聞くたびに体温が高まり、額にふつふつと汗が浮く。
 淫らな水音が引っ切り無しに響いてから少しして。彼女の呼吸が少しだけ早まったのを感じると、おれはさらに大胆になる。手を彼女の背中に回し、その柔肌をぎゅっと抱きしめると、彼女がわずかに震えるのが分かった。重なった胸板の奥で互いの鼓動がドクドクと早鐘を打っている。
「熱い……♥」
 しんみりと呟く。おれは彼女の肌を冷たく感じているから彼女の方は当然逆なのだろうが、その言葉は肌の触れ合いによる熱移動を指したのではなくて、おれが彼女の下腹に肉棒を押し付けているせいだろう。つたない知識ではあるが、前戯においては互いの性器を意識させ合うのが大事という話だ。ご挨拶は先に済ませておかなくてはと下着を脱いで表に出していた。
 それでも彼女は動かない。こちらの行動を待っているんだろう。そう考えると、俺の心臓は一層激しく鼓動し始めた。
 ぐい、と円を描くように腰をひねればさらに剛直は食いこむ。えげつないほど張り詰めた肉傘が柔らかな下腹部を突き、こぽりとあふれ出た先走りが卑猥な跡を肌に残した。おれはそこまで意識していなかったが、あとあと彼女に指摘された。それはちょうど子宮の位置で、彼女はそのマーキング行為にひどく興奮したという。だがこの時の彼女は静かに身を委ねており、涎に塗れた口元をペロリと舌で拭い取って、じっとおれの行動を見守っていた。
 動きが鈍くなりそうなほどの緊張がおれを支配する。震える手を彼女の腰に回し、身体を引き寄せると、その感触に少しだけ安心する反面、心臓はさらに激しく打ち始めた。
 腰を引き、彼女の股に息子を向ける。ぬちゅっとした感触でついに、陰茎と陰唇が密着したのを理解した。こぷこぷと漏れ出る愛液と先走り汁がたっぷりと混ぜ合わされ、交尾への欲求はもはや最高潮である。おれは胸ポケットに忍ばせておいたスキンを取り出そうとして──その手が彼女に抑え込まれた。
「いらん」
 短く、決然とした口調で彼女は言った。
 ずっと受け身でいた彼女の、ようやくの能動的な行動である。だがそれは受け入れがたい提案だった。
「いやさすがに、」
「いらん。三度は言わんぞ」
 その瞳はまるで夜の湖のように静かで、底知れぬ深さを持っている。彼女の視線が全身を覆い、まるで心の奥底まで見透かしているかのようだ。その瞳の奥には、無限の昏さと妖しさが広がっている。それはまるで無言の指示のように感じられた。その深い眼差しに圧倒され、おれも腹を括った。
 つぷりと、膣口を竿先で探り当てる。腰の位置を維持しながら、彼女の身体をしっかりと抱きすくめた。
「責任は、とりますから」
「ああ……────っん♥」
 ぞぶりと。ゆっくりと腰を沈めると膣口が割り開かれ、内の熱と柔らかさを十分に感じさせた。指で味わったときよりもさらに深く、抵抗感を突き破り、肉を掻き分けて奥へ奥へと飲み込ませていく。膣穴がきゅうきゅうと狂おしい締め付けを垣間見せ、まるで精を搾ろうとするかのように先走り汁を貪欲に啜った。
「ぁ、ふあ……っ♥ ぃん゛っ……♥」
 甘く低く抑えた嬌声。思わず、といった風情で漏れ出たそれに、おれは脳を焼かれるほど興奮した。澄まし顔の美人が、おれの腕の中でよがり、顔を蕩けさせている。多幸的な征服感に頭がどうにかなりそうだ。
 ぞくん、ぞくんと背筋が痺れて震え上がる。この先の快楽への期待か、未知の感覚への恐れか。だがおれは勢いに任せて着実に腰を進めた。膣の肉ひだはこなれていて、柔らかい締め付けと心地良い火照りに苛まれる。亀頭がぎゅっと押し包まれ、カリ首の溝に滑りこむように柔肉が絡み付き、おれはぐっと歯を食いしばって堪えた。
 どこまでも深くおれを迎え入れてくれそうだった蜜壺はしかし、確かな引っ掛かりで肉棒を押し止めてきた。最奥を守護するかのように座したそれは、まさか。
 ハッとしたおれの顔を見てか、彼女は心外とばかりに眉を上げた。
「なんだ、処女が意外か」
「あ、いや、すみません」
「ありがとうだろう、そこは」
 カラカラと笑う。お礼はさすがに自惚れが過ぎる気もしたが、事ここに至って、ここまでおれを受け入れてくれている彼女に告げるべき言葉として適切とも思う。
 少しだけ息を整えて。
「ありがとうございます」
「ん」
 頷く彼女に合わせ、おれは腰に力を込めて押し込んだ。ぶつりと粘膜が千切れる感覚のあと、激烈な快感が襲い掛かってくる。
「ぁ゛っ♥」
 低音のうめき声とともに、膣内はぐねぐねとうねり、瑞々しい肉ひだがぴったりとチンポに吸い付いた。表面に浮き立った血管の筋にまで合わせてぴたりと合わさり、うねうねと柔肉が絡みつく。火照った膣壁に隙間もないほど包まれ扱かれる快楽は凄まじく、おれも呻き声を抑えることができなかった。
「う──ぐッ」
 意識が白く染まるほどの快楽。ぎゅっと持ち上がった陰嚢から子種が次々に汲み上げられ、いきり立った剛直を上り詰める。パンパンに膨らんだ亀頭で快感が溜まり、でゅくッと脈打ちと共に塊が詰まっていった。竿先はずっぷりと子宮口を押しつぶし、おれは腰を回してぐりぐりと、柔らかな子宮口をこね回す。これは半ば無意識の行動で、彼女の奥におれという存在を刻み込む、本能的な仕草であった。
「出るっっっ!!」
 瞬間、ちゅっ♥、と子宮口に吸い付かれ――男根が飛沫をあげて、びゅるるっ、と濃厚な子種を搾り出した。
 どくっ―――どくんッッッ、びゅぐっ!
「ィクっ……♥」
 彼女は幸せそうに表情を緩めながら、深い絶頂に耽溺する。女としての幸福を味わうかのような緩み切った顔を晒していた。おれはその顔を間近に見られる幸福に触れながら肩で息をする。
 文字通り、腰が抜けるほどの快感。射精量も去ることながら、脳髄が痺れて動けなくなるほどの絶頂はこれまで味わったことがない。膣肉がひとりでにきゅうきゅうと剛直を締め上げ、甘美な肉悦に苛まれながらも、おれは動けずにいた。
 だが何故か、射精を終えた後も肉竿の緊張は緩む様子は無く、彼女の子宮口をずっぷりと塞いでいた。
「まだ、出るだろう……♥」
 蕩けた眼差しで囁くように言う。
 普通は射精に鈍った感度を呼び覚ますように、例えばピストン刺激を経てからの2回戦になるのだろうが、おれの陰茎はなぜか射精寸前の怒張を維持していた。というのも、彼女の膣内は歓喜に震える動きがいまだに続いていて、蠱惑的な歓待と締め付けで揉み込みが止まらないのだ。女性器の味わいを一切知らないおれに飽きることのない刺激を与え続けてきて、2度目の吐精は間近であった。彼女もそれを予感しているのだろう。
 だがおれは、それでは満足できなかった。何もせずにただ精を零すだけのでくの坊で終わる気など毛頭ない。
 正常位の姿勢。屈強なピストンを脳裏に浮かべながら、懸命に腰を引く。ぞりぞりと、名残惜しそうに縋りついてくる膣肉の味わいに腰が震えてまるで思い通りにいかない。どれだけ引いたのかも分からないまま、十分なタメができているかも分からないまま、ただただ夢中で、腰を前に突きだした。
 ぱぁんっ……!
「ほっ──♥」
 肉と肉がぶつかり合う音とともに、彼女の口から息が漏れた。
 鈴口と子宮口をみっちりと密着させ、ぐりぐりとこね回しながら射精する。
 びゅぐるっ、どぴゅっ、びゅぷっ、ぶびゅっ!
 瑞々しい膣のうねりに誘い出されるがまま、肉棒が脈打つたびに噴出する濃密な精液。精子の奔流は止めどなく、10や20の脈動では一向に収まることがない。射精は長く続き、子宮はそれをぐびぐびと呑み下した。やがて放精が終わった後も、子宮口は鈴口にちゅうちゅうと口付け、残り汁を余すところなく啜り上げている。
 はぁ、はぁ、と2人して息を漏らした。吐息まで重なりあうような距離。どちらともなく唇を差し出し、すぐに貪り合うように口付けを交わした。ねっとりと舌を舐め交わし、上気した肌も醒めやらぬまま舌を絡め合う。唇をむちゅむちゅと密着させ、吸い付きながらゆっくり離す。唾液の糸を引きながら、絶頂の余韻に蕩けた彼女が、熱に浮かされたように告げてきた。
「三擦り半で終わる気じゃないよな♥」
「当然……!」
 骨が入っているのではないかと思うほど、おれの剛直はその硬度を維持していた。彼女の手がおれの背中に回り、静かな力で引き寄せられる。呼吸が重なり、熱が伝わり合う中、半ば意地のような心地でおれは腰を引いた。
 3度目の射精の後も、まだ終わっていないことを告げるように、彼女の瞳は何度もおれに問いかける。夜はまだ長いのだと、その瞳は語っていた。
 そしておれたちはまた、次の交わりへと身を投じる。
 何度も。
 何度も。
 何度も。


 ○


 草木も眠る丑三つ時。
 時刻が午前2時を回ったところで、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。チャイムが鳴ってから時間を確認して驚いたのだが、彼女とのセックスはあまりに濃密で濃縮された体験過ぎて、たったの1時間しか経っていないことに驚く。
 騎乗位の姿勢で繋がりながらおれの乳首を旨そうに啜っていた彼女は、プハァ、口を離して腰を持ち上げた。じゅぷ、と汁を零して呆気なく繋がりが途切れる。
「出てくれるか」
「え?」
 意外な提案で思わず聞き返す。彼女は二度は言わんとばかりに頭を振って、ベッドにゴロリと寝転んでしまった。
 仕方がないので、おれは勃起したままの愚息をどうにか服に押し込み、バタバタと玄関へ向かう。出ろと言われた以上は外に何が居ようと開ける気ではいたのだが、半ばクセのようにドアスコープを覗き込んだ。
 果たしておれの目に飛び込んできたのは、タイトなパンツスーツに身を包んだ、とんでもなく豊満な女性が二人、まるで鏡写しのように並んで立っている場景だった。思わず息を呑む。
 彼女たちの黒髪はどちらもポニーテールにまとめられ、肩から背中にかけてしなやかに揺れている。スーツはその体にぴったりとフィットし、女性的な曲線美を際立たせていた。肩を張り、自信に満ちた姿勢で立つその様子はこちらに強烈な威圧感を与える。
 片方の女性はメガネをかけており、そのレンズの奥で鋭い目がこちらをじっと見据えている。メガネが彼女の表情をさらにクールな印象を添え、知的な雰囲気を醸し出している。
 一方、もう片方の女性はメガネをかけておらず、その目はまるで獲物を狙う鷹のように鋭く光っていた。
 二人の視線は共に冷たく、何かを見透かすかのように鋭く、強い意志を感じさせる。
 スーツのジャケットは細いウエストを際立たせ、タイトなパンツが足元まで続いて、彼女たちの均整のとれた長身を強調している。彼女たちの唇がわずかに動き、何かを語りかけようとしているように見えたが、ドア越しではその声は届かない。ただ、メガネの女性の冷ややかな顔と、もう一人の女性の挑発的な視線が、こちらの心を揺さぶり続けていた。ドアを開けるべきか、それともこのまま立ち尽くすべきか、その選択が迫ってくる。
 いや、おれは開けるしかないのだ。
 なぜなら彼女がそれを望んでいるから。
 意を決して、ノブを捻ってドアを開けた。すると二人の女性たちはほぼ同時に、

「「お邪魔して申し訳ございません」」

 言いながら深々と頭を下げてきた。その行動に少し驚きながら、おれはその場に立ち尽くす。ついさっきまでの冷たい視線とは裏腹に頭を下げる彼女たちの態度には礼儀正しさがあり、予想外のギャップに戸惑っていた。
 メガネの女性が一歩前に出て、顔を上げると目元に柔らかな微笑みを浮かべた。その笑みは微かに好意的で、だがどこか計算されたもののようにも感じられる。
「急にお邪魔して本当に申し訳ございません。実は、お願いしたいことがあって参りました」
 女は低い声で言った。その声には緊張感と期待が混じっていて、何か重要な話をしに来たことが伺える。
 だが時間が時間だ。非常識にもほどがある。唖然と固まるおれに、もう1人の女性も顔を上げて口を開いた。
「そうなんすよ。少しだけお時間いただけませんか?」
 その声にもどこか意志の強さが感じられた。彼女の目はまっすぐこちらを見つめ、その視線で隠された何かを探ろうとしているようだった。ポニーテールが肩に揺れ、黒髪が光を反射しているのが妙に印象的だ。
「お願いしたいこと?」
 おれは反射的に聞き返す。自分でも驚くが、声は少しも震えていなかった。
 何故かビキビキと、股間の膨らみがその硬度を増していく。それは2人の表情と声音から、どこか"媚びた"ニュアンスを感じ取ったからだ。
 はたして答え合わせのように、2人の女性はおれの盛り上がった下半身を凝視して、ゴクリと唾を飲み込む。そうして互いに目を合わせてから再びこちらに向き直る。
 どうやらただの訪問者ではないようだ。
 彼女たちが何を求めているのか、その真意を知るためにはこの場で話を聞くわけにはいかないと直感した。
「もちろん、どうぞ」
 おれは言いながら、部屋の中に彼女たちを招いた。
 女2人が部屋の中に入ってくると、その視線は自然とベッドの上に横たわる女性に集まった。
 彼女は花魁のような華麗な和装に身を包み、その姿は時代を超えた優雅な幻想と化していた。黒に紫を差し入れたインナーカラーの色が白に紫へと変化している。
 豪華な着物の襟元や袖口には繊細な刺繍が施され、豊かな色彩が光を受けてほのかに輝いている。着物の裾がふんわりと広がり、その下に隠された曲線が一層引き立てられていた。
 特に目を引くのは、彼女の左胸に刻まれた華の刺青だ。美しい華の意匠が着物の生地の下でひときわ鮮やかに浮かび上がり、彼女の肌に深い意味を持たせている。刺青の華やかさが彼女の優雅さを引き立て、一層神秘的な魅力を生んでいた。まるでこの部屋の主であるかのような威厳が感じられる。
 メガネの女性とその隣の女性は、つまらない1Kの部屋と豪奢な和装の女性の組み合わせに欠片も驚く様子はなく、腰を折って深々とお辞儀した。その動作には大きな敬意と礼儀が込められている。
「姐さん、お忙しいところ失礼いたします。蒼角、馳せ参じました」
「ウチからもお詫び申し上げます。朱角、馳せ参じました」
「うん」
 彼女は静かに頷き、懐から煙管を取り出した。火をつけることもなく、その先端からゆったりと煙が吐き出される。煙は冗談のように暗く真っ黒で、彼女の周囲を妖しく彩った。。
 さながら現実とは思えない夢のような光景に、しかしおれは何故か落ち着いてそれらを眺めている。彼女と交わりながら得体の知れない何かが、おれのなかで芽吹くのを確かに感じていたのだ。それがまるで靄を払ったかのように形を帯びていく予感がした。
 欲望が、とめどなく溢れてくる。
 今ここには3人もの女がいるのだから。
 スゥっと彼女の目が、彼女たちからおれへと向けられた。

「こいつらと、あと100人ほど。お前が女にしてやれ」

 とりあえずはな、と、彼女は愉快そうに目元を歪ませる。
 それは夢の始まりを告げる合図だった。
24/08/23 18:27更新 / カイワレ大根
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