その9
「人は見た目が9割」という言葉がある。
視覚を重要視するという人間の思考に基づいた言葉だそうだが、何とまあ賛否の分かれる主張だろうか。人が人を認識する要素は外見だけに留まらないというのに、この言葉はそれを軽視している。
これを「いや10割だ」と言いきって暴言にする人もいれば、「人は中身」と耳触りの良い感じに訂正する人もいるだろう。価値観の話に絶対の答えなんてものはなく、極端を走る主張はいつだって平行線だ。
この言葉をテーマに議論した場合、大抵は内と外の比重にシフトしていく。外面の反対は内面だからある意味で順当。これらに並び得る第三要素は俺では思い浮かばないし、見た目と性格のどちらを選ぶかって話は分かり易くて受け入れ易い。自分ならどこまで許容できるかという、個人の価値観に踏み込んだ話にもなり得るだろう。下世話な話題だと自覚しつつもやめられない、スナック菓子じみた手軽さがある。
どちらかと言えば、俺は見た目派だ。美女も美少女も美熟女も好きだ。年齢に拘りはなく、イケると思えばそれでいい。
もっとも。
これは相手がいない、いわば俺の中で完結した環境に根付いた結論である。
手と手が触れ合うような、生身を相手にした場合はまるで想定されてない。経験が乏しい俺は想像で補うしかないので、どうせなら美人がいいな程度の願望はあって然るべきだろう。
いちおう断わっておくと、異性との付き合いが皆無だったわけじゃない。俺なりに、これと思った機会は逃さないよう努めてきたつもりだし、人並みには身綺麗にしてるつもりだ。結果的に機会が乏しかっただけで別に苦手意識があるわけでは……なんの言い訳だこれ。
だが、今。
行き着くところまで踏み込んだ今、改めて俺は、俺の価値観と向き合わざるを得なかった。
俺は「カワイイならすべて良し」と言い切れる人間だろうか。
外見が十分すぎるほど可愛いなら、その中身など気にも留めない人間だろうか。
たとえ彼女が。別人だったとしても。
「んっはぁ♥」
ばぢゅん
「うぐッ!?」
衝撃。明滅。視界が弾ける。
猛烈な快感に意識が現実に引き戻された。
下腹部を打ちすえられた感覚が先にやってきて、知覚すると同時、桃色の激震が股間から脳天までを一気にぶち抜く。逸物はいきり立ち、窮屈さに抗議するようにびくびくと痙攣した。初体験を乗り越えた今だから分かる、これは射精してる感覚だ。自分でする時と違って満遍なくぎゅうぎゅうに締めつけられているから分からなかった。
ただ、吐精による解放感は皆無。むしろ次弾に備えて勢いを溜めるように、出し切る傍からむず痒い感じが奥底に引っ込んでいく。装着した魔道具のせいか過剰興奮のせいか知らないが、睾丸に泥沼がふつふつと留まっているようで、実にもどかしい。その焦りで視界は狭まり、腹上の女に意識が集中する。
「はぁっはぁーっ♥」
汗みずくで息も絶え絶え。その女の子は、しどけない開脚ポーズでこちらを見下ろしていた。
ロデオマシーンに跨るかのように広がった太ももはみっちりと、隙間なく俺の腰を締め付けていたが、今は小休憩のせいか余裕がある。運動の名残か興奮の表れか、ムチムチと張り詰めた肉幹から僅かに骨盤の隆起が覗く鼠径部にかけて、つつと玉水が滑っていく。
そこから視線を上げていけば、ツンと小生意気に持ち上がった乳房が威圧するような膨らみで、そのさらに上から、挑発的に笑み歪む目が俺を捉えている。
「んふっ♥ いっかいめぇ♥」
真っ赤な唇をチロりと舌がなぞる。額に髪が纏わりついているのが妙に色っぽく、しっとりと汗ばんだ素肌の曲線にぴったりと貼り付いたベビードールはえも言えぬ扇情さだ。パンツをズラして挿入という着エロじみた合体には言葉もない。あまりにエロ過ぎて、どこを見ても射精しそうだ。その湯だった肉体を滅茶苦茶に抱きよせてかぶりついて、あまさず味わいたくなる。
彼女の表情は虎かライオンか。いやさ女豹で間違いないだろう。肉食獣を彷彿とさせる野性味あふれる仕草が、女である前に"雌"であると主張してくる。
けれど、傍若無人にふるまう獣ではない。思うがまま動きながらも俺の調子に神経を張り巡らせているのがはっきり伝わってきた。
無論、気遣いの類ではなく。
雄を弄ぶ女王の目である。
――元お姫様の好奇心旺盛後輩女子系匂いフェチ
ふと、篠宮さんの言葉が頭に浮かぶ。
冗談みたいな単語の羅列の中に紛れ込んだ"お姫様"という文言。彼女が本当にそうだというのなら、その手の術も習っていたのかも知れない。こちらを跨ぎ、見下す姿が随分と様になっていて、さも当然であるかのように収まりが良い。
ひと呼吸を置く間にもスンスンと鼻を鳴らす様は犬のようで、かつて俺も、彼女を犬のようだと思った。だが、この傍若無人ぶりを見れば、むしろ猫ではあるまいかと思い直す。
「んしょ……っと」
かき抱くように左腕を胴に巻きつけ、豊かな乳房を強調する。血色よく桃色に染まった果肉は、ぞくぞくと震える身体に合わせてぷるんと揺れる。その頂は薄い布越しにツンと膨らんでおり、内に溜めた性欲を象徴していた。
双眸はまっすぐ俺に向けられている。それなのに瞳の焦点が怪しいのは、中心を貫く肉竿に神経を集中させているからだろう。膣内はキツく狭まり、俺の体液を啜るようにうねり蠢いている。
この動きはさながらチューニングだ。たしか、風呂場でも似たようなことをされた覚えがある。弦を鳴らして音を確かめるように、一番具合がいい状態を探っているのだ。
人間ではあり得ない行為、だろう恐らくは。少なくとも"相手に合わせて具合を変える"なんて、処女の芸当ではない。事実、膣内の締め付けや肉壁の弾力が、刻一刻と変わっていく。
恐ろしいのは、彼女はこれを無意識に行っているであろうこと。
「ん、なんか……」
彼女も自分を襲う感覚に違和感を覚えたのか、怪訝そうに眉をひそめた。
体力を消耗してる感じはまるでなく、交わる度にひたすら快感上限値が更新されていく。尽きるごと達するごとに、湯水のように"ヤる気"が湧いて出てくるのだ。俺も一度味わったとはいえ、まだこの感覚には慣れない。
だから、思わず立ち止まりたくなるのだ。今のように、身体の具合を確かめながら。
いったい自分は、どうなってしまうのかと。
「おっ♥ これ♥」
ただ。
俺のことを気にして、変化する自分を不安そうに思っていたであろう風呂場での「あの子」に対して。「この子」は真逆だ。
変わっていく自分を恐れない。深みに嵌まっていくのをとにかく面白がっている。
無邪気な顔に浮かんだサディスティックな瞳がその証拠。彼女は自分の変化を、まるで恐れていなかった
「きたっ♥ かもぉ♥」
ひどく緩慢な抽送が再開される。襞のひとつひとつでこそげるように、ぞわぞわと背筋をひりつかせる動き。快感に震える脚と腕を器用に駆使して、抜くようで抜かず、入口から咀嚼するように、モグモグと、ゆぅっくり呑み込んでいく。
狭い濡れ穴を押し広げる感覚に脳は揺さぶられ、搾精器官とも呼ぶべき、雄を昂らせることに特化された臓器に翻弄されるがまま。肉体的快感は言わずもがな、自分の股ぐらの凶器を雌に突き立てているというヴィジュアルは、精神的にも俺を追い詰めていった。全身で抱きついてきていたさっきのとは違って、"眺める"余裕があるせいだ。
「んんんんっ♥! は、んぁ♥!」
奥深まで突き込んだところで、接地面を擦るようにヌチヌチと腰が揺すられた。毛ひとつ無いつるりとした恥丘が俺の茂みをぞリぞリと撫ぜ、最奥では、蜜口と亀頭がゴム越しに熱烈なキスを交わす。
やがてまた、逆再生のように同じ動きが繰り返される。
「ふぁっ♥ ぁあん♥」
身体の芯から煮え立つ性動を直火にかけるような、見る者を惹きつけて止まない動きだった。僅かに開いた口元から、思わずという風情で漏れ出る呼気が堪らない。
未だ成長しきってはいない身体ながらも、子作りするには充分に仕上がっている肢体。成熟と未熟の良いトコ取りをした彼女は、こちらを挑発するように、両手を頭の後ろで組んで見せた。いつでも来いとばかりに。隙を晒して。
その表情のエロさたるや。
「あっはァ♥」
しゃにむにかぶりつきたくなるような、実に淫猥な笑み。
吊り上がった口角の端から涎を垂れ流すまま拭おうともしない、行為に没頭する雌の顔。
少なくとも、今まさに処女を失った女の顔ではない。かといって、経験豊富な女の顔でもない。
愉快痛快。ハチャメチャで滅茶苦茶で楽しくて仕方がないという、おもちゃを手に入れて飛び跳ねる子供の顔だ。
その無邪気な顔と行為とのギャップがまた、たまらなく股間に響く。
「おちんぽ、ぷっくり膨らんできたねぇ。私、まだ1回しかイってないよ?」
煽る言葉はまるきり子供。だのに、雄のツボを心得すぎている。
「もうイっちゃって、いいのぉ?♥」
「――っぐ……ぅ……ッ!」
これ見よがしな煽りに応じる余裕はない。
だが、俺も翻弄されるばかりではなかった。初の性交から得た経験は着実に蓄積されている。
現に、彼女の膣内が先ほどとは一変していることも、陰茎からの痺れが魔道具で誤魔化された射精から来るものとも分かっていた。彼女の"イく"瞬間も分かっていたし、魔力と呼ぶのであろう形容しがたい感覚も掴みつつある。魔道具を通して彼女から奪い取った魔力は陰嚢にぐんぐん溜まり、放たれる時をジッと待ち構えていた。盛り上がっていく性感と比例して、どんどん耐性がついていくのも分かる。その気になれば、逆に組み敷いてやることだってできそうだ。
けれど俺はほとんど一方的にやられていた。
理由は明白。
俺からは動いていないからだ。
「びんびんおっ勃たせてるくせに。そういう趣味ぃ? ほら――タンタンっしちゃうぞぉッ!♥」
「うぁああっ!?」
言いながら突然、暴力的なまでに勢い良く尻が振り下ろされる。
ずっと我慢していた声が、ついに漏れてしまった。
限界まで引き絞った欲望が弓のように放たれた。ビリビリと電撃のような刺激が下半身を襲い、あまりの快楽に目が限界まで見開かれる。射精感のない射精、形容しがたい感覚だ。何度経験しても慣れるものじゃない。
何せ、より凶悪な発射の為に力を溜め続けている証なのだ。先ほどよりも耐性が付いている分だけ、"1発目"より更に大変なことになっている。
上から叩きつけられている筈なのに、もはや下からこみ上げてくる感覚のが優っていた。改めて、とんでもない状態に晒されていると戦慄する。かつての性感すらおぼろげだ。
「っうぃひ♥ こ、れ、やばぁ♥」
びくびくと肩を震わせる彼女もまた、2度目の絶頂を迎えていた。
けれど腰は絶え間なく上下して、ワンツーサンシーと、蜜が吹き出るのも構わずにパンパンと音を上げて振り下ろしては持ち上がる。結合部の向こう、おっぴろげた両脚の合間から、豊かな尻肉が揺れるのまで見えた。
俺の視線を惹きつけて止まなかったあのケツが、一切の遠慮なく振るわれているのだ。俺の太股でパチンパチンと小気味よく弾ける圧倒的質量。
「――ぅぁあ"っッ!!」
感無量とはこのことを言うのだろう、知らず目に涙が浮かび、堪え切れない衝動が喉から漏れ出る。
肉体的にも精神的にも、感激しない筈がなかった。たちまちの内に次の発射まで駆け上っていく。
叫びたい。腹の底から叫んでしまいたい。欲望の赴くままに、目の前の雌をむしゃぶりつくしてしまいたい。
だができない。なぜか。
『ふふ。この子は筋が良いの。もうこんなにいやらしくなって……♥』
絡みつくような吐息で篠宮さんが囁く。
俺を罠に嵌めたことなど悪びれもせず、むしろ誇らしげにほほ笑んでいた。
何でもない親切そうな顔で悪逆を為す。悪魔としてこれ以上の在り方はないだろう。
得体の知れない恐怖に凍える俺を、彼女は愛おしそうに撫でさすってくる。
『さっき、"優しくする"なんて言ったわよねぇ。この子が未経験だからそんなことを言ったの? この子が好きに動けるように、自分は我慢しようって?
それが本当なら、ひと言申し付けたいわぁ。でも……』
ちがうでしょ、と。にんまりと口角が吊り上がる。不気味に微笑む様は、ひと際貫禄があった。
『あなたは欲望に身を委ねるのが怖いだけ。ひと晩に別な女を抱くなんて……ふふ♥ ましてや処女に生出しセックスなんて♥
1人を孕ませたらみんな孕ませるのとおんなじよ? その、ぎちぎちに溜めた中身をぜーんぶ注ぎ込んで、たったひとつでも当たっちゃったら……ママが4人♥ 大当たり♥』
ねちゃ、と犬歯の先から玉糸が滴り落ちる。歯の形は人間とそう変わらない筈なのにやけに鋭く見えるのは、俺の認識のせいだろうか。
『でも違う。あなたは"そんなこと"なんて気にしてない。
……溺れるのが、怖いんでしょ?』
「――ッ!?」
図星だった。
俺は、思いもよらない事態に足が竦んでいる。それは社会的責任だとか、倫理観だとか、そういう"些細な"ことではなくて。
もっと根幹。
俺の欲の形が歪むことだ。
確かに俺は、"カオルたち"を受け入れると決めた。だがそれは、篠宮さんの言う四重人格という言葉をこちら側の意味で捉えていたからだ。例えカオルが何人いようとそれはカオルでしかないだろうと。俺が抱くのはカオル以外の誰でもないのだと。
その認識は間違っていた。
蓋を開けてみれば多重人格者などでは決してない。まったくの別人が4人、ひとつの身体をシェアしていたのだ。
顔も体格も同じ。けれど触れてみれば、それが見せかけだけだとはっきり分かる。
表情も仕草も体臭も肌触りも果ては"具合"まで――全部、違う。多重人格とはまるで異なる、言わば4つ子だ。
例えるなら。
一卵性双生児の双子の片割れを好きになったとして、もう片方も好きになるかという話。これを「好き」と即答できる奴がいたら、そいつは顔しか見てない軽薄野郎ということになりはしまいか。
いや。俺にもその傾向はある。認めよう。見た目に惹かれて始まる恋愛だって十分ありだ。
だが、セックスまで受け入れてしまったら、もうそれは好き嫌いのレベルではない。気持ちよければ万事OKのゲス野郎ではないか。ましてや4人をいっぺんに囲むなど。
それは最早、心の侵害に他ならない。
魂の堕落。
悪魔は俺に、そこまで堕ちろと言っている。
順序や過程など飛ばして、肉欲に従えと。
(ああ、ちくしょう……!)
俺はすでに、戻れないところまで堕ちている。知らずとも、俺は俺の知るカオルではない子を抱いたのだ。それを悔やむ気はない。むしろ……。
ただ、「どうせ戻れないのなら」と打算じみた結論を出そうとする自分に反吐が出る。お前の思いはそれほどに軽いのかと。
わからない。自分で自分がわからない。
だが、今の俺に何ができるというのか。
文字通り男の急所を押さえ込まれたこの状況で、自分から望んで仕掛けたこの状況で、何を。
俺の精神は、快楽に浸かりきった肉体に引き寄せられるようにして、淫蕩な行為に染まりつつあった。恋だの愛だの、精神的な快楽の一切が肉体的快楽に呑み込まれていく。その蹂躙は心地よく、ドロリとした甘やかな倦怠感を呼び起こした。
目の前のご馳走を平らげる、衝動的な欲求は簡単には収まらない。思春期のそれとは比にならない、圧倒的質量をともなった欲望の塊だ。倫理や常識など知ったことではない、「美味しそう」という理由だけで事足りる。極上の獲物を前にして我慢すること自体があり得ない。
それでも俺は一線を越えずにいた。幸か不幸か、篠宮さんが掛けてくれたおまじないは俺の平静さを保つのだ。身体と精神がまさしく乖離している。これに関してだけは嘘はないのだ。
さきほどまで俺は、出会ったばかりの女の子と身体を重ねることも、欲に溺れて廃人になることも悪くないと考えていた。それは事実。
だがそうなった時、"彼女たち"はどうなるのだ。俺の肥大化した性欲をぶつける相手。その相手は出会って間もない処女ではないか。
だからいいんじゃないか。
ちがう。ちがう。
いいわけがない。
「んひ♥ ふ、ぁあ♥ ぃひッ、ぃいいぃぅ♥」
たっぷりと水分を含んだ器に棒を突き込むたび、ぢゃぷんと水が漏れ出る。挿した分だけ、それこそ湯船から溢れるように女壺から水が滴り零れ、俺と彼女の肌を濡らした。
いつの間にか、余裕ぶって頭の後ろに組んでいた彼女の手は既に解かれ、倒れようとする身体をどうにか支えていた。腰はもはや彼女の意思を離れてしまったようで、くんくんと誘うようにこちらへ向けて振り乱されており、膝は生まれたての小鹿のように震えている。
サディスティックに細められていた彼女の瞳は、制御できない肉欲に緩みきっていた。
もう脚に力が入らないのか、上から叩きつける動きではなく、お腹側の膣壁を肉竿で浅く擦るかのような動きに変化している。亀頭をこねて圧す、くぬくぬとした弾力が心地よく、さながら"かゆい"ところを掻くかのような仕草が、自然体で快楽を求めているようでグッとくる。
『まだなの……? ねぇ……♥』
待ちきれないと媚びた声。篠宮さんの声か、彼女の声か、もはや分からない。
ぱっかりと両脚を開いた姿のはしたなさもそうだが、女陰に挿入れていると、目に入れてはっきり自覚するだけでこんなに変わるのかという新鮮な驚きがある。
肉棒をぐっぽり咥えこんだ結合部のエロさといったらないし、目に入るソレらと自分の感覚が一致しているというのが堪らない。心なしか、彼女のヘソの下あたりがぽっこりしてるように錯覚してしまう。
俺はただ寝ころんでいるだけだ。俺を煽って肢体を見せびらかしていた彼女は、今や余裕など見る影もなく乱れに乱れている。リンボーダンスのように上体を逸らし胸を弾ませ、堪え切れない情動に顔をだらしなく崩して。
俺に余裕などないが、どちらが優位かは明らかだ。こちらが"おっ勃たせて"いるだけでこの様ならば。
ごくりと、生唾を飲み下す。
(ここで俺が動いたら……)
風呂場では、俺の方から突き始めた途端に情勢が一変した。あの子は、自らを繕っていた衣服を脱ぎ捨てたかのように、いっそう淫らに変貌した。俺があの子を変えたのだ。あの子を淫蕩に浸らせたのは、この俺だ。
この子を染められる。俺だけが。
(っ!? ダメ、だ……!)
飛び込んでしまったら戻れない。"彼女"が"彼女"じゃないと分かっているのに求めてしまったら、愉しんでしまったら、もう言い訳すらできない。なにか大事なものを失ってしまう気がする。
ただ俺は、彼女と、幸せに――、
(――ああ)
そうだ。躊躇いの根源はそこだ。
あの時、曖昧な記憶の中で抱いた彼女への思い。
突き放してしまった言葉。
あの日が作られたものだったとしても、あの思いは本物で、告げた言葉は真実。だが、それがすべてじゃない。
理解した今、伝えるべき相手は明らかで。
彼女に会いたい。
彼女に、俺の正直な思いを伝えたい。
北上厚志はそこからだ。「この身勝手野郎」と誹られようが譲れない。理性が危うい今だからこそ、ここで堕ちるわけにはいかない。肉欲だけで彼女たちを求めるわけにはいかない。
見下げ果てた最低な結論だという自覚はある。ヤることやっておいて今更なんのつもりかと。だが……これだけはどうか。
迷いを飲み込んで、俺に跨る彼女を見つめた。
涙に滲んだ瞳が俺を捉える。
『なんで動かないの?』
目尻に涙を溜めながら無言の問い掛け。彼女はもう、俺の態度、その違和感に気づいている。
胸がずきりと痛む。どれだけ自分が愚かしいかを突き付けられている気分だ。彼女はこれほどまっすぐに俺を見てくれているというのに、俺はまるで別の場所を見ているのだから。
この行為においてもそうだ。
これまでに、彼女が求めてやまない俺の精液はただの一滴も漏れてはいない。出たと思った時には、ゴム内で滞留して引っ込み、代わりに魔力を弾き飛ばして誤魔化している。この子も、風呂場での行為と同じ道を辿っているのだろう。あの子と同じ、勝ち目のない勝負に囚われている。
彼女たちの認識下では、自分の限界に近づくほど、俺はその半歩先を進んでいるのだ。互いの具合を確かめながらの行為の中で、それは埋めずにはいられない差である。
だから足並みを揃えたいと考える。
だから無理を通して進んでしまう。
追いついたと思った時には俺の姿は掻き消えて、自分の壁に激突するのだ。前を走る俺の姿が釣り餌だと気づいた頃には、もう戻れないところまで達しているという罠。
絶対に勝てないチキンレース。篠宮さんの仕掛けに抜かりはない。
びくびくと、彼女の下半身が無意識的に痙攣する。一度達してしまえば、その後はなし崩しだ。高ぶった火照りは簡単には治まらない。
俺は、カオルに近付く為にこの魔道具の使用を決めた。彼女がこうなってしまうことを分かった上で。
それは何故か。人では魔物に敵わないと聞いたからだ。彼女たちを堕とすにはこれが最適最短であるという甘言に乗って、誘われるがままに篠宮さんの手を取ってしまった。俺は対等に、いやさカオルよりも優位に立ちたかったのだ。女の子に主導権を握られてしまったら恥ずかしいという安いプライドである。
しかし今、俺は彼女の優しさに甘えている。彼女は、俺を罵ることだって許される筈なのに。なのに彼女は悲しそうな顔で……微笑んでくれた。そこにあるのは許容か。諦観か。
ズキリと、また胸が痛む。
心に誓え。責任を取るんだ。ぜったいに。
ヤケクソめいた衝動のまま、彼女を見つめ返す。
彼女に会う。そのあとで、君たちと、
「うん。それがいいよ」
誰かの呟き。確かめる間もなく、俺は行動を起こした。
「――いく、ぞ……!」
「へっ……――ッ!?」
返事は待たなかった。
まず一度、下半身で"しなり"をつくって腰に勢いを込める、と同時、ありったけのバネで突き上げる。お互いの身体が宙に浮かび上がりかけるのを、彼女の太ももをぐっと引き下ろして無理くり抑え込む。ミシミシときしむ音はベッドの脚か、食いしばった俺の歯か。薄いゴム越しにギンギンに張った肉傘は内壁をこそげ取るようにして、ごりゅごりゅッと、柔い膣壁を抉り擦った。
そうして膣奥までをいっぱいに埋め尽くすと、図らずも、劣情を溜めこんでいた彼女の情動は急激に膨張し――、
どびゅっ びゅぐ びぶゅるっ ぶびゅっ ぼびゅぅ
「――ほお"♥♥♥」
胎の爆発と合わさり、破裂する。
不意打ちじみた爆発に、彼女は鈍い、獣じみた嬌声をあげた。全身を貫く衝撃に、思わず漏れ出た悲鳴といった様子。しかし彼女は堪えるかのように上体をぎゅっと強張らせ、俺の胸板に手をつき、お辞儀をするみたいに首を倒して耐える。
俺も同様に、耐えた。まさかひと突きで決壊してしまうとは、想像以上に気持ちが良すぎる。気を抜けば性の濁流にもっていかれる。無意識的に腰が動き、がくがくと、身体が芯から震えているのを感じた。
「ぅ"、ご、かぁ♥」
すまん、どうしようもない。
心の中で謝りながら、溺れる者が藁を掴むかのように、彼女の腰をぎゅっと掴んで押し付け、下がってきた子宮口を押し戻すようにぐちゅぐちゅと揺り動かす。まったくの無意識のことであり、本能的に種付けを敢行せんという具合。
「あ゛ぃ!?♥」
まったくの予想外に予想外が重なった様子で、彼女が悲鳴を上げる。バネが弾けたように上体をのけ反らせ、飛び出た舌は必死に空気を求めるように踊った。
「っ――――!!♥♥♥」
だが、持ち直す。
必死で抑えているのだろう。唇を内側に丸め込んで、にらみつけるみたいに細まった目で俺を睨みつける。だが、それでも収まらないくぐもった声で喉を鳴らし、雄に媚びるように悩まし気な吐息を漏らす。下半身は電気を流されたみたいに何度も何度も痙攣し、引き結んだ口の端からつつと涎を垂らし、目の焦点を次第に霞ませていく。意識が徐々に、快楽へと沈んでいくのが如実に表れていた。
やがて瞳の輝きが薄れた頃、彼女は覆いかぶさるように倒れこんだ。
「ぐっ!?」
柔らかな肢体であっても勢いがあればかなりの威力。思わず息が漏れる。それに加えて、
「ぉぉっ……!?」
脱力した風とは真逆に、膣が痛いぐらいにキツく締まる。一滴も零さないとばかりにみっちりと詰めてくるのもそうだが、尿道からも吸い上げんと、ぐにゅぐにゅと根元から先端までを順に絞りってくる動きだ。捕食、搾精、どちらの表現も当てはまるだろう。ここだけ別の意識が働いているかのよう。腰もゆるゆると無意識に揺れ動き、雄が萎えることを許さない。
俺も対抗するように、あるいは助長するように、彼女の腰つきに合わせて、腰から尻へ添え直した手をグニグニと動かした。なんて柔らかさとハリ。これだけで達してしまえそうだ。
「ぉう……」
すべて絞り出されたと思えた時、ようやく動きが止まる。それでも名残惜しむように先っぽに吸い付かれる感覚があった。
やはりゴム内に留まった感じはまるでない。今度も最奥に注ぎ込んでしまったのだろう。魔道具とやらに物理法則を当てはめるのはナンセンスだろうが、本来なら避妊具として機能すべきものだろうに。作為的過ぎて言葉もない。まあ、片棒を担いでるのは俺だが。
達成感と罪悪感のない交ぜな心境で、何とはなしに彼女を抱き直す。と、手の触れたその感触に違和感を覚えた。やけに硬い。
「……っ、」
間近から発せられた声。俺の胸板に額を当てていた彼女が顔を動かしてこちらを見つめていた。目は法悦を極めた証であろう涙で滲んでいて、可憐とは裏腹な色っぽさに思わず息を飲む。まさしく精根尽き果てた感のある気だるげな表情がやたらめったらエロい。だが俺はそれ以上に、彼女のなりを見て、今日何度目になるか分からない驚愕に身を震わせた。思わず腕を離す。
獣毛と鱗、牙に爪、角で蹄。
人体フォルムを残しながらも、五体すべてに人外パーツをあしらった異形の怪物が、俺に跨っていた。
■◇■
「……おどろいた。今のは、だいぶ」
上気した頬を浮かべながら、怪物美人が口を開く。俺はと言えば、青肌悪魔の篠宮さん以上のインパクトに、開いた口を塞げずにいた。
なにせ、脚から腕から頭から、映画撮影の特殊メイクかよと言わんばかりの人外パレードである。腕にいたっては獣と竜の剥製みたいなゴッツい頭がグワっと据えてあるし、爬虫類のぬるりしたテカりだとか、獣毛のゴワっとした立ち上がりだとか、生々しさが際立っている。
あらゆる生物が渾然一体になったというか、違和感に違和感を塗り重ねて突き抜けたようなデザインは、まさしくキマイラ――合成獣にふさわしい出で立ちと言えるだろう。
正直言って怖い。左手の鱗爪も、右手の獣爪も、かろうじて俺を避けてはいるけども、マットレスに突き立っているんですけど?
「みんなやられちゃった。わたしが残ってるのは、君が望んだから?」
「へ?」
みんな、というのは他の人格のことだろうか。これがカオル本来の姿ということであれば、今の彼女は誰になるのだろうか。
俺が望んだ、という言葉を理解する前に、彼女の髪色に目が留まった。
淡い紫の髪。銀白のメッシュ。
「あ」
思わず声が出る。
もはや懐かしい。ピンク髪の彼女を初見として、その次の日に出会ったのが彼女だ。俺が求めた彼女。俺が突き放した彼女。
意を決して、彼女を呼んだ。
「カオル」
彼女はそう名乗った。偽名だと付け加えていたけれど、俺にとってはそれが真実。呼称など、当人同士で通じ合えばそれでいい。
思うに、信頼関係なんてそんなものだ。絶対などない、常に相対によって作られる。
「……ん」
照れくさそうに、カオルは頷いた。
うむ。可愛い。
むくむくと、言わずにはいられない衝動が沸き起こる。
言おう。言うぞ。
緊張で乾いた喉を誤魔化すように唾を呑み込むと、カオルは何か察してくれたのか、俺にじっと視線を向けてくる。
「なんかすげえ色々あって、頭が混乱してるんだけどさ」
「うん」
「異世界とか、魔物とか。スケールでかすぎて頭がついていかないんだけどさ」
「うん」
「きみじゃないと分かってて、抱いちゃったりしたけどさ」
「……うん」
言い訳を述べながら舌の具合を確かめる。適当を言い過ぎてる気もするが、今は捨て置け。
震えてるし、噛みそうだ。裸だし、なんかチンコ挿入ったままだし。
ただ今を逃せば、一生後悔しそうなので、言う。
「好きです。付き合ってください」
万感の思いを込めて。
白々しいと、形ばかりのものだと、分かっててもなお。
俺は彼女に、自分の想いを伝える。
「はい」
彼女の返事には、満開の笑顔が添えられていた。
視覚を重要視するという人間の思考に基づいた言葉だそうだが、何とまあ賛否の分かれる主張だろうか。人が人を認識する要素は外見だけに留まらないというのに、この言葉はそれを軽視している。
これを「いや10割だ」と言いきって暴言にする人もいれば、「人は中身」と耳触りの良い感じに訂正する人もいるだろう。価値観の話に絶対の答えなんてものはなく、極端を走る主張はいつだって平行線だ。
この言葉をテーマに議論した場合、大抵は内と外の比重にシフトしていく。外面の反対は内面だからある意味で順当。これらに並び得る第三要素は俺では思い浮かばないし、見た目と性格のどちらを選ぶかって話は分かり易くて受け入れ易い。自分ならどこまで許容できるかという、個人の価値観に踏み込んだ話にもなり得るだろう。下世話な話題だと自覚しつつもやめられない、スナック菓子じみた手軽さがある。
どちらかと言えば、俺は見た目派だ。美女も美少女も美熟女も好きだ。年齢に拘りはなく、イケると思えばそれでいい。
もっとも。
これは相手がいない、いわば俺の中で完結した環境に根付いた結論である。
手と手が触れ合うような、生身を相手にした場合はまるで想定されてない。経験が乏しい俺は想像で補うしかないので、どうせなら美人がいいな程度の願望はあって然るべきだろう。
いちおう断わっておくと、異性との付き合いが皆無だったわけじゃない。俺なりに、これと思った機会は逃さないよう努めてきたつもりだし、人並みには身綺麗にしてるつもりだ。結果的に機会が乏しかっただけで別に苦手意識があるわけでは……なんの言い訳だこれ。
だが、今。
行き着くところまで踏み込んだ今、改めて俺は、俺の価値観と向き合わざるを得なかった。
俺は「カワイイならすべて良し」と言い切れる人間だろうか。
外見が十分すぎるほど可愛いなら、その中身など気にも留めない人間だろうか。
たとえ彼女が。別人だったとしても。
「んっはぁ♥」
ばぢゅん
「うぐッ!?」
衝撃。明滅。視界が弾ける。
猛烈な快感に意識が現実に引き戻された。
下腹部を打ちすえられた感覚が先にやってきて、知覚すると同時、桃色の激震が股間から脳天までを一気にぶち抜く。逸物はいきり立ち、窮屈さに抗議するようにびくびくと痙攣した。初体験を乗り越えた今だから分かる、これは射精してる感覚だ。自分でする時と違って満遍なくぎゅうぎゅうに締めつけられているから分からなかった。
ただ、吐精による解放感は皆無。むしろ次弾に備えて勢いを溜めるように、出し切る傍からむず痒い感じが奥底に引っ込んでいく。装着した魔道具のせいか過剰興奮のせいか知らないが、睾丸に泥沼がふつふつと留まっているようで、実にもどかしい。その焦りで視界は狭まり、腹上の女に意識が集中する。
「はぁっはぁーっ♥」
汗みずくで息も絶え絶え。その女の子は、しどけない開脚ポーズでこちらを見下ろしていた。
ロデオマシーンに跨るかのように広がった太ももはみっちりと、隙間なく俺の腰を締め付けていたが、今は小休憩のせいか余裕がある。運動の名残か興奮の表れか、ムチムチと張り詰めた肉幹から僅かに骨盤の隆起が覗く鼠径部にかけて、つつと玉水が滑っていく。
そこから視線を上げていけば、ツンと小生意気に持ち上がった乳房が威圧するような膨らみで、そのさらに上から、挑発的に笑み歪む目が俺を捉えている。
「んふっ♥ いっかいめぇ♥」
真っ赤な唇をチロりと舌がなぞる。額に髪が纏わりついているのが妙に色っぽく、しっとりと汗ばんだ素肌の曲線にぴったりと貼り付いたベビードールはえも言えぬ扇情さだ。パンツをズラして挿入という着エロじみた合体には言葉もない。あまりにエロ過ぎて、どこを見ても射精しそうだ。その湯だった肉体を滅茶苦茶に抱きよせてかぶりついて、あまさず味わいたくなる。
彼女の表情は虎かライオンか。いやさ女豹で間違いないだろう。肉食獣を彷彿とさせる野性味あふれる仕草が、女である前に"雌"であると主張してくる。
けれど、傍若無人にふるまう獣ではない。思うがまま動きながらも俺の調子に神経を張り巡らせているのがはっきり伝わってきた。
無論、気遣いの類ではなく。
雄を弄ぶ女王の目である。
――元お姫様の好奇心旺盛後輩女子系匂いフェチ
ふと、篠宮さんの言葉が頭に浮かぶ。
冗談みたいな単語の羅列の中に紛れ込んだ"お姫様"という文言。彼女が本当にそうだというのなら、その手の術も習っていたのかも知れない。こちらを跨ぎ、見下す姿が随分と様になっていて、さも当然であるかのように収まりが良い。
ひと呼吸を置く間にもスンスンと鼻を鳴らす様は犬のようで、かつて俺も、彼女を犬のようだと思った。だが、この傍若無人ぶりを見れば、むしろ猫ではあるまいかと思い直す。
「んしょ……っと」
かき抱くように左腕を胴に巻きつけ、豊かな乳房を強調する。血色よく桃色に染まった果肉は、ぞくぞくと震える身体に合わせてぷるんと揺れる。その頂は薄い布越しにツンと膨らんでおり、内に溜めた性欲を象徴していた。
双眸はまっすぐ俺に向けられている。それなのに瞳の焦点が怪しいのは、中心を貫く肉竿に神経を集中させているからだろう。膣内はキツく狭まり、俺の体液を啜るようにうねり蠢いている。
この動きはさながらチューニングだ。たしか、風呂場でも似たようなことをされた覚えがある。弦を鳴らして音を確かめるように、一番具合がいい状態を探っているのだ。
人間ではあり得ない行為、だろう恐らくは。少なくとも"相手に合わせて具合を変える"なんて、処女の芸当ではない。事実、膣内の締め付けや肉壁の弾力が、刻一刻と変わっていく。
恐ろしいのは、彼女はこれを無意識に行っているであろうこと。
「ん、なんか……」
彼女も自分を襲う感覚に違和感を覚えたのか、怪訝そうに眉をひそめた。
体力を消耗してる感じはまるでなく、交わる度にひたすら快感上限値が更新されていく。尽きるごと達するごとに、湯水のように"ヤる気"が湧いて出てくるのだ。俺も一度味わったとはいえ、まだこの感覚には慣れない。
だから、思わず立ち止まりたくなるのだ。今のように、身体の具合を確かめながら。
いったい自分は、どうなってしまうのかと。
「おっ♥ これ♥」
ただ。
俺のことを気にして、変化する自分を不安そうに思っていたであろう風呂場での「あの子」に対して。「この子」は真逆だ。
変わっていく自分を恐れない。深みに嵌まっていくのをとにかく面白がっている。
無邪気な顔に浮かんだサディスティックな瞳がその証拠。彼女は自分の変化を、まるで恐れていなかった
「きたっ♥ かもぉ♥」
ひどく緩慢な抽送が再開される。襞のひとつひとつでこそげるように、ぞわぞわと背筋をひりつかせる動き。快感に震える脚と腕を器用に駆使して、抜くようで抜かず、入口から咀嚼するように、モグモグと、ゆぅっくり呑み込んでいく。
狭い濡れ穴を押し広げる感覚に脳は揺さぶられ、搾精器官とも呼ぶべき、雄を昂らせることに特化された臓器に翻弄されるがまま。肉体的快感は言わずもがな、自分の股ぐらの凶器を雌に突き立てているというヴィジュアルは、精神的にも俺を追い詰めていった。全身で抱きついてきていたさっきのとは違って、"眺める"余裕があるせいだ。
「んんんんっ♥! は、んぁ♥!」
奥深まで突き込んだところで、接地面を擦るようにヌチヌチと腰が揺すられた。毛ひとつ無いつるりとした恥丘が俺の茂みをぞリぞリと撫ぜ、最奥では、蜜口と亀頭がゴム越しに熱烈なキスを交わす。
やがてまた、逆再生のように同じ動きが繰り返される。
「ふぁっ♥ ぁあん♥」
身体の芯から煮え立つ性動を直火にかけるような、見る者を惹きつけて止まない動きだった。僅かに開いた口元から、思わずという風情で漏れ出る呼気が堪らない。
未だ成長しきってはいない身体ながらも、子作りするには充分に仕上がっている肢体。成熟と未熟の良いトコ取りをした彼女は、こちらを挑発するように、両手を頭の後ろで組んで見せた。いつでも来いとばかりに。隙を晒して。
その表情のエロさたるや。
「あっはァ♥」
しゃにむにかぶりつきたくなるような、実に淫猥な笑み。
吊り上がった口角の端から涎を垂れ流すまま拭おうともしない、行為に没頭する雌の顔。
少なくとも、今まさに処女を失った女の顔ではない。かといって、経験豊富な女の顔でもない。
愉快痛快。ハチャメチャで滅茶苦茶で楽しくて仕方がないという、おもちゃを手に入れて飛び跳ねる子供の顔だ。
その無邪気な顔と行為とのギャップがまた、たまらなく股間に響く。
「おちんぽ、ぷっくり膨らんできたねぇ。私、まだ1回しかイってないよ?」
煽る言葉はまるきり子供。だのに、雄のツボを心得すぎている。
「もうイっちゃって、いいのぉ?♥」
「――っぐ……ぅ……ッ!」
これ見よがしな煽りに応じる余裕はない。
だが、俺も翻弄されるばかりではなかった。初の性交から得た経験は着実に蓄積されている。
現に、彼女の膣内が先ほどとは一変していることも、陰茎からの痺れが魔道具で誤魔化された射精から来るものとも分かっていた。彼女の"イく"瞬間も分かっていたし、魔力と呼ぶのであろう形容しがたい感覚も掴みつつある。魔道具を通して彼女から奪い取った魔力は陰嚢にぐんぐん溜まり、放たれる時をジッと待ち構えていた。盛り上がっていく性感と比例して、どんどん耐性がついていくのも分かる。その気になれば、逆に組み敷いてやることだってできそうだ。
けれど俺はほとんど一方的にやられていた。
理由は明白。
俺からは動いていないからだ。
「びんびんおっ勃たせてるくせに。そういう趣味ぃ? ほら――タンタンっしちゃうぞぉッ!♥」
「うぁああっ!?」
言いながら突然、暴力的なまでに勢い良く尻が振り下ろされる。
ずっと我慢していた声が、ついに漏れてしまった。
限界まで引き絞った欲望が弓のように放たれた。ビリビリと電撃のような刺激が下半身を襲い、あまりの快楽に目が限界まで見開かれる。射精感のない射精、形容しがたい感覚だ。何度経験しても慣れるものじゃない。
何せ、より凶悪な発射の為に力を溜め続けている証なのだ。先ほどよりも耐性が付いている分だけ、"1発目"より更に大変なことになっている。
上から叩きつけられている筈なのに、もはや下からこみ上げてくる感覚のが優っていた。改めて、とんでもない状態に晒されていると戦慄する。かつての性感すらおぼろげだ。
「っうぃひ♥ こ、れ、やばぁ♥」
びくびくと肩を震わせる彼女もまた、2度目の絶頂を迎えていた。
けれど腰は絶え間なく上下して、ワンツーサンシーと、蜜が吹き出るのも構わずにパンパンと音を上げて振り下ろしては持ち上がる。結合部の向こう、おっぴろげた両脚の合間から、豊かな尻肉が揺れるのまで見えた。
俺の視線を惹きつけて止まなかったあのケツが、一切の遠慮なく振るわれているのだ。俺の太股でパチンパチンと小気味よく弾ける圧倒的質量。
「――ぅぁあ"っッ!!」
感無量とはこのことを言うのだろう、知らず目に涙が浮かび、堪え切れない衝動が喉から漏れ出る。
肉体的にも精神的にも、感激しない筈がなかった。たちまちの内に次の発射まで駆け上っていく。
叫びたい。腹の底から叫んでしまいたい。欲望の赴くままに、目の前の雌をむしゃぶりつくしてしまいたい。
だができない。なぜか。
『ふふ。この子は筋が良いの。もうこんなにいやらしくなって……♥』
絡みつくような吐息で篠宮さんが囁く。
俺を罠に嵌めたことなど悪びれもせず、むしろ誇らしげにほほ笑んでいた。
何でもない親切そうな顔で悪逆を為す。悪魔としてこれ以上の在り方はないだろう。
得体の知れない恐怖に凍える俺を、彼女は愛おしそうに撫でさすってくる。
『さっき、"優しくする"なんて言ったわよねぇ。この子が未経験だからそんなことを言ったの? この子が好きに動けるように、自分は我慢しようって?
それが本当なら、ひと言申し付けたいわぁ。でも……』
ちがうでしょ、と。にんまりと口角が吊り上がる。不気味に微笑む様は、ひと際貫禄があった。
『あなたは欲望に身を委ねるのが怖いだけ。ひと晩に別な女を抱くなんて……ふふ♥ ましてや処女に生出しセックスなんて♥
1人を孕ませたらみんな孕ませるのとおんなじよ? その、ぎちぎちに溜めた中身をぜーんぶ注ぎ込んで、たったひとつでも当たっちゃったら……ママが4人♥ 大当たり♥』
ねちゃ、と犬歯の先から玉糸が滴り落ちる。歯の形は人間とそう変わらない筈なのにやけに鋭く見えるのは、俺の認識のせいだろうか。
『でも違う。あなたは"そんなこと"なんて気にしてない。
……溺れるのが、怖いんでしょ?』
「――ッ!?」
図星だった。
俺は、思いもよらない事態に足が竦んでいる。それは社会的責任だとか、倫理観だとか、そういう"些細な"ことではなくて。
もっと根幹。
俺の欲の形が歪むことだ。
確かに俺は、"カオルたち"を受け入れると決めた。だがそれは、篠宮さんの言う四重人格という言葉をこちら側の意味で捉えていたからだ。例えカオルが何人いようとそれはカオルでしかないだろうと。俺が抱くのはカオル以外の誰でもないのだと。
その認識は間違っていた。
蓋を開けてみれば多重人格者などでは決してない。まったくの別人が4人、ひとつの身体をシェアしていたのだ。
顔も体格も同じ。けれど触れてみれば、それが見せかけだけだとはっきり分かる。
表情も仕草も体臭も肌触りも果ては"具合"まで――全部、違う。多重人格とはまるで異なる、言わば4つ子だ。
例えるなら。
一卵性双生児の双子の片割れを好きになったとして、もう片方も好きになるかという話。これを「好き」と即答できる奴がいたら、そいつは顔しか見てない軽薄野郎ということになりはしまいか。
いや。俺にもその傾向はある。認めよう。見た目に惹かれて始まる恋愛だって十分ありだ。
だが、セックスまで受け入れてしまったら、もうそれは好き嫌いのレベルではない。気持ちよければ万事OKのゲス野郎ではないか。ましてや4人をいっぺんに囲むなど。
それは最早、心の侵害に他ならない。
魂の堕落。
悪魔は俺に、そこまで堕ちろと言っている。
順序や過程など飛ばして、肉欲に従えと。
(ああ、ちくしょう……!)
俺はすでに、戻れないところまで堕ちている。知らずとも、俺は俺の知るカオルではない子を抱いたのだ。それを悔やむ気はない。むしろ……。
ただ、「どうせ戻れないのなら」と打算じみた結論を出そうとする自分に反吐が出る。お前の思いはそれほどに軽いのかと。
わからない。自分で自分がわからない。
だが、今の俺に何ができるというのか。
文字通り男の急所を押さえ込まれたこの状況で、自分から望んで仕掛けたこの状況で、何を。
俺の精神は、快楽に浸かりきった肉体に引き寄せられるようにして、淫蕩な行為に染まりつつあった。恋だの愛だの、精神的な快楽の一切が肉体的快楽に呑み込まれていく。その蹂躙は心地よく、ドロリとした甘やかな倦怠感を呼び起こした。
目の前のご馳走を平らげる、衝動的な欲求は簡単には収まらない。思春期のそれとは比にならない、圧倒的質量をともなった欲望の塊だ。倫理や常識など知ったことではない、「美味しそう」という理由だけで事足りる。極上の獲物を前にして我慢すること自体があり得ない。
それでも俺は一線を越えずにいた。幸か不幸か、篠宮さんが掛けてくれたおまじないは俺の平静さを保つのだ。身体と精神がまさしく乖離している。これに関してだけは嘘はないのだ。
さきほどまで俺は、出会ったばかりの女の子と身体を重ねることも、欲に溺れて廃人になることも悪くないと考えていた。それは事実。
だがそうなった時、"彼女たち"はどうなるのだ。俺の肥大化した性欲をぶつける相手。その相手は出会って間もない処女ではないか。
だからいいんじゃないか。
ちがう。ちがう。
いいわけがない。
「んひ♥ ふ、ぁあ♥ ぃひッ、ぃいいぃぅ♥」
たっぷりと水分を含んだ器に棒を突き込むたび、ぢゃぷんと水が漏れ出る。挿した分だけ、それこそ湯船から溢れるように女壺から水が滴り零れ、俺と彼女の肌を濡らした。
いつの間にか、余裕ぶって頭の後ろに組んでいた彼女の手は既に解かれ、倒れようとする身体をどうにか支えていた。腰はもはや彼女の意思を離れてしまったようで、くんくんと誘うようにこちらへ向けて振り乱されており、膝は生まれたての小鹿のように震えている。
サディスティックに細められていた彼女の瞳は、制御できない肉欲に緩みきっていた。
もう脚に力が入らないのか、上から叩きつける動きではなく、お腹側の膣壁を肉竿で浅く擦るかのような動きに変化している。亀頭をこねて圧す、くぬくぬとした弾力が心地よく、さながら"かゆい"ところを掻くかのような仕草が、自然体で快楽を求めているようでグッとくる。
『まだなの……? ねぇ……♥』
待ちきれないと媚びた声。篠宮さんの声か、彼女の声か、もはや分からない。
ぱっかりと両脚を開いた姿のはしたなさもそうだが、女陰に挿入れていると、目に入れてはっきり自覚するだけでこんなに変わるのかという新鮮な驚きがある。
肉棒をぐっぽり咥えこんだ結合部のエロさといったらないし、目に入るソレらと自分の感覚が一致しているというのが堪らない。心なしか、彼女のヘソの下あたりがぽっこりしてるように錯覚してしまう。
俺はただ寝ころんでいるだけだ。俺を煽って肢体を見せびらかしていた彼女は、今や余裕など見る影もなく乱れに乱れている。リンボーダンスのように上体を逸らし胸を弾ませ、堪え切れない情動に顔をだらしなく崩して。
俺に余裕などないが、どちらが優位かは明らかだ。こちらが"おっ勃たせて"いるだけでこの様ならば。
ごくりと、生唾を飲み下す。
(ここで俺が動いたら……)
風呂場では、俺の方から突き始めた途端に情勢が一変した。あの子は、自らを繕っていた衣服を脱ぎ捨てたかのように、いっそう淫らに変貌した。俺があの子を変えたのだ。あの子を淫蕩に浸らせたのは、この俺だ。
この子を染められる。俺だけが。
(っ!? ダメ、だ……!)
飛び込んでしまったら戻れない。"彼女"が"彼女"じゃないと分かっているのに求めてしまったら、愉しんでしまったら、もう言い訳すらできない。なにか大事なものを失ってしまう気がする。
ただ俺は、彼女と、幸せに――、
(――ああ)
そうだ。躊躇いの根源はそこだ。
あの時、曖昧な記憶の中で抱いた彼女への思い。
突き放してしまった言葉。
あの日が作られたものだったとしても、あの思いは本物で、告げた言葉は真実。だが、それがすべてじゃない。
理解した今、伝えるべき相手は明らかで。
彼女に会いたい。
彼女に、俺の正直な思いを伝えたい。
北上厚志はそこからだ。「この身勝手野郎」と誹られようが譲れない。理性が危うい今だからこそ、ここで堕ちるわけにはいかない。肉欲だけで彼女たちを求めるわけにはいかない。
見下げ果てた最低な結論だという自覚はある。ヤることやっておいて今更なんのつもりかと。だが……これだけはどうか。
迷いを飲み込んで、俺に跨る彼女を見つめた。
涙に滲んだ瞳が俺を捉える。
『なんで動かないの?』
目尻に涙を溜めながら無言の問い掛け。彼女はもう、俺の態度、その違和感に気づいている。
胸がずきりと痛む。どれだけ自分が愚かしいかを突き付けられている気分だ。彼女はこれほどまっすぐに俺を見てくれているというのに、俺はまるで別の場所を見ているのだから。
この行為においてもそうだ。
これまでに、彼女が求めてやまない俺の精液はただの一滴も漏れてはいない。出たと思った時には、ゴム内で滞留して引っ込み、代わりに魔力を弾き飛ばして誤魔化している。この子も、風呂場での行為と同じ道を辿っているのだろう。あの子と同じ、勝ち目のない勝負に囚われている。
彼女たちの認識下では、自分の限界に近づくほど、俺はその半歩先を進んでいるのだ。互いの具合を確かめながらの行為の中で、それは埋めずにはいられない差である。
だから足並みを揃えたいと考える。
だから無理を通して進んでしまう。
追いついたと思った時には俺の姿は掻き消えて、自分の壁に激突するのだ。前を走る俺の姿が釣り餌だと気づいた頃には、もう戻れないところまで達しているという罠。
絶対に勝てないチキンレース。篠宮さんの仕掛けに抜かりはない。
びくびくと、彼女の下半身が無意識的に痙攣する。一度達してしまえば、その後はなし崩しだ。高ぶった火照りは簡単には治まらない。
俺は、カオルに近付く為にこの魔道具の使用を決めた。彼女がこうなってしまうことを分かった上で。
それは何故か。人では魔物に敵わないと聞いたからだ。彼女たちを堕とすにはこれが最適最短であるという甘言に乗って、誘われるがままに篠宮さんの手を取ってしまった。俺は対等に、いやさカオルよりも優位に立ちたかったのだ。女の子に主導権を握られてしまったら恥ずかしいという安いプライドである。
しかし今、俺は彼女の優しさに甘えている。彼女は、俺を罵ることだって許される筈なのに。なのに彼女は悲しそうな顔で……微笑んでくれた。そこにあるのは許容か。諦観か。
ズキリと、また胸が痛む。
心に誓え。責任を取るんだ。ぜったいに。
ヤケクソめいた衝動のまま、彼女を見つめ返す。
彼女に会う。そのあとで、君たちと、
「うん。それがいいよ」
誰かの呟き。確かめる間もなく、俺は行動を起こした。
「――いく、ぞ……!」
「へっ……――ッ!?」
返事は待たなかった。
まず一度、下半身で"しなり"をつくって腰に勢いを込める、と同時、ありったけのバネで突き上げる。お互いの身体が宙に浮かび上がりかけるのを、彼女の太ももをぐっと引き下ろして無理くり抑え込む。ミシミシときしむ音はベッドの脚か、食いしばった俺の歯か。薄いゴム越しにギンギンに張った肉傘は内壁をこそげ取るようにして、ごりゅごりゅッと、柔い膣壁を抉り擦った。
そうして膣奥までをいっぱいに埋め尽くすと、図らずも、劣情を溜めこんでいた彼女の情動は急激に膨張し――、
どびゅっ びゅぐ びぶゅるっ ぶびゅっ ぼびゅぅ
「――ほお"♥♥♥」
胎の爆発と合わさり、破裂する。
不意打ちじみた爆発に、彼女は鈍い、獣じみた嬌声をあげた。全身を貫く衝撃に、思わず漏れ出た悲鳴といった様子。しかし彼女は堪えるかのように上体をぎゅっと強張らせ、俺の胸板に手をつき、お辞儀をするみたいに首を倒して耐える。
俺も同様に、耐えた。まさかひと突きで決壊してしまうとは、想像以上に気持ちが良すぎる。気を抜けば性の濁流にもっていかれる。無意識的に腰が動き、がくがくと、身体が芯から震えているのを感じた。
「ぅ"、ご、かぁ♥」
すまん、どうしようもない。
心の中で謝りながら、溺れる者が藁を掴むかのように、彼女の腰をぎゅっと掴んで押し付け、下がってきた子宮口を押し戻すようにぐちゅぐちゅと揺り動かす。まったくの無意識のことであり、本能的に種付けを敢行せんという具合。
「あ゛ぃ!?♥」
まったくの予想外に予想外が重なった様子で、彼女が悲鳴を上げる。バネが弾けたように上体をのけ反らせ、飛び出た舌は必死に空気を求めるように踊った。
「っ――――!!♥♥♥」
だが、持ち直す。
必死で抑えているのだろう。唇を内側に丸め込んで、にらみつけるみたいに細まった目で俺を睨みつける。だが、それでも収まらないくぐもった声で喉を鳴らし、雄に媚びるように悩まし気な吐息を漏らす。下半身は電気を流されたみたいに何度も何度も痙攣し、引き結んだ口の端からつつと涎を垂らし、目の焦点を次第に霞ませていく。意識が徐々に、快楽へと沈んでいくのが如実に表れていた。
やがて瞳の輝きが薄れた頃、彼女は覆いかぶさるように倒れこんだ。
「ぐっ!?」
柔らかな肢体であっても勢いがあればかなりの威力。思わず息が漏れる。それに加えて、
「ぉぉっ……!?」
脱力した風とは真逆に、膣が痛いぐらいにキツく締まる。一滴も零さないとばかりにみっちりと詰めてくるのもそうだが、尿道からも吸い上げんと、ぐにゅぐにゅと根元から先端までを順に絞りってくる動きだ。捕食、搾精、どちらの表現も当てはまるだろう。ここだけ別の意識が働いているかのよう。腰もゆるゆると無意識に揺れ動き、雄が萎えることを許さない。
俺も対抗するように、あるいは助長するように、彼女の腰つきに合わせて、腰から尻へ添え直した手をグニグニと動かした。なんて柔らかさとハリ。これだけで達してしまえそうだ。
「ぉう……」
すべて絞り出されたと思えた時、ようやく動きが止まる。それでも名残惜しむように先っぽに吸い付かれる感覚があった。
やはりゴム内に留まった感じはまるでない。今度も最奥に注ぎ込んでしまったのだろう。魔道具とやらに物理法則を当てはめるのはナンセンスだろうが、本来なら避妊具として機能すべきものだろうに。作為的過ぎて言葉もない。まあ、片棒を担いでるのは俺だが。
達成感と罪悪感のない交ぜな心境で、何とはなしに彼女を抱き直す。と、手の触れたその感触に違和感を覚えた。やけに硬い。
「……っ、」
間近から発せられた声。俺の胸板に額を当てていた彼女が顔を動かしてこちらを見つめていた。目は法悦を極めた証であろう涙で滲んでいて、可憐とは裏腹な色っぽさに思わず息を飲む。まさしく精根尽き果てた感のある気だるげな表情がやたらめったらエロい。だが俺はそれ以上に、彼女のなりを見て、今日何度目になるか分からない驚愕に身を震わせた。思わず腕を離す。
獣毛と鱗、牙に爪、角で蹄。
人体フォルムを残しながらも、五体すべてに人外パーツをあしらった異形の怪物が、俺に跨っていた。
■◇■
「……おどろいた。今のは、だいぶ」
上気した頬を浮かべながら、怪物美人が口を開く。俺はと言えば、青肌悪魔の篠宮さん以上のインパクトに、開いた口を塞げずにいた。
なにせ、脚から腕から頭から、映画撮影の特殊メイクかよと言わんばかりの人外パレードである。腕にいたっては獣と竜の剥製みたいなゴッツい頭がグワっと据えてあるし、爬虫類のぬるりしたテカりだとか、獣毛のゴワっとした立ち上がりだとか、生々しさが際立っている。
あらゆる生物が渾然一体になったというか、違和感に違和感を塗り重ねて突き抜けたようなデザインは、まさしくキマイラ――合成獣にふさわしい出で立ちと言えるだろう。
正直言って怖い。左手の鱗爪も、右手の獣爪も、かろうじて俺を避けてはいるけども、マットレスに突き立っているんですけど?
「みんなやられちゃった。わたしが残ってるのは、君が望んだから?」
「へ?」
みんな、というのは他の人格のことだろうか。これがカオル本来の姿ということであれば、今の彼女は誰になるのだろうか。
俺が望んだ、という言葉を理解する前に、彼女の髪色に目が留まった。
淡い紫の髪。銀白のメッシュ。
「あ」
思わず声が出る。
もはや懐かしい。ピンク髪の彼女を初見として、その次の日に出会ったのが彼女だ。俺が求めた彼女。俺が突き放した彼女。
意を決して、彼女を呼んだ。
「カオル」
彼女はそう名乗った。偽名だと付け加えていたけれど、俺にとってはそれが真実。呼称など、当人同士で通じ合えばそれでいい。
思うに、信頼関係なんてそんなものだ。絶対などない、常に相対によって作られる。
「……ん」
照れくさそうに、カオルは頷いた。
うむ。可愛い。
むくむくと、言わずにはいられない衝動が沸き起こる。
言おう。言うぞ。
緊張で乾いた喉を誤魔化すように唾を呑み込むと、カオルは何か察してくれたのか、俺にじっと視線を向けてくる。
「なんかすげえ色々あって、頭が混乱してるんだけどさ」
「うん」
「異世界とか、魔物とか。スケールでかすぎて頭がついていかないんだけどさ」
「うん」
「きみじゃないと分かってて、抱いちゃったりしたけどさ」
「……うん」
言い訳を述べながら舌の具合を確かめる。適当を言い過ぎてる気もするが、今は捨て置け。
震えてるし、噛みそうだ。裸だし、なんかチンコ挿入ったままだし。
ただ今を逃せば、一生後悔しそうなので、言う。
「好きです。付き合ってください」
万感の思いを込めて。
白々しいと、形ばかりのものだと、分かっててもなお。
俺は彼女に、自分の想いを伝える。
「はい」
彼女の返事には、満開の笑顔が添えられていた。
18/03/27 13:30更新 / カイワレ大根
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