目隠れ奴隷娘
「ロレント・サイラス様ですね?お待ちしておりました。」
サンタララ……教団が教える天使の名を冠した教会都市。その地下で、司教であるロレントを出迎えたのは、美しい女だった。
執事服で男装したその女は、恐ろしいほど、顔が整っていた。ロレントがかつて、堕落しきった枢機卿の家で見たハーレム……裸体をさらし、屋敷を闊歩していた女たちよりも、美しい女だった。
「さあ、こちらへどうぞ」
右手を彼の前方へと向け、奥へ進むよう促す。彼女の頭からは山羊を思わせる角が生え、燕尾とスラックスの間から、一対の黒い翼と、艶めいた尻尾が生えている。
「驚かれました?私がこの姿……正体をさらして出迎えること」
ロレントの右前を歩きながら、彼女がほほ笑む。
「ここに来られるお客様は皆、警戒心がお強いですから……。ここは教義に反するものをあぶりだすための囮で、私が実は教団兵なのではないかと」
確かに、と彼は思った。彼女のこの姿を見るまでは、彼女の言う通りの疑いを持っていたのだ。
「だから、この姿は、お客様への信頼を示す証なのです。心置きなく、取引を楽しんでいただくための」
チリンと、彼女の尻尾に取り付けられた鈴が鳴る。
「ふふっ、ああ、これですか」
ロレントの視線に気付いた彼女がほほ笑む。
「この鈴は、お守りみたいなものです。この鈴が鳴っている間は、教団兵のような、邪な心を持つ者を遠ざけることができるのですよ」
「ハッ」
彼女の言葉に、彼は自嘲気味の声を上げた。
――邪な考えか……。だったら、私は何だ?
ここに踏み入れた瞬間から、自分は引き返せない狂気に陥っているのだと、彼は最後の人間性を自覚した。
「申し遅れました。私、この市場の管理を仰せつかっております、ベルディオールと申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
振り返り、ベルディオールは恭しくお辞儀をした。
「ふっ、ベルディオールか」
教団が教える、悪魔の名だ。教会の真下での大胆不敵さに、彼は鼻で笑った。
「では、参りましょう……ようこそ、奴隷市場へ」
彼女が奥の扉を押し開くと、濃厚な香の香りと、たいまつの橙の光が二人を包んだ。
◆ ◆ ◆
ロレントが奴隷市場の存在を知ったのは、教団施設内にある、図書室であった。
そこには、大陸中から集められた書物が収められ、司教以上の地位を持つ者ならば、いつでも利用することができる。
彼は、この空間が好きだった。他の司教は、枢機卿に気に入られるために彼らの元に入りびたり、枢機卿たちは、政争に忙しい。そういった争いごとが苦手な彼にとって、一人きりになれる唯一の場所が、この図書室だった。
彼はいつしか、妄想の中で邪な心を育ませる。
きっかけは、片隅に忘れられたかのように収められていた、一冊の本だった。
『魔物娘図鑑』かつて禁制本の取り締まり時に没収され、奇跡的に燃やされることなく残されたそれは、存在自体が忘れられ、彼の手に取られるまで、じっとここに眠っていた。
彼はそれを読んだとき、初めて神の言葉を聞いたときと同じ衝撃を受けた。人体と魔物を掛け合わせたかのような、異形の者たちの姿。しかし、彼女たちにはその異形が似合っていた。そして、彼女たちの淫らな習性……男の精液をすすり、快楽と愛を与える。彼はいつしか、ページの向こうの彼女たちの虜になり、この本を読みながら妄想に浸ることが日課となっていた。
ある日、彼がいつものように図鑑のページをめくっていると、その間に一枚の紙が挟まっているのを見つけた。そこはサキュバスについて書かれたページで、昨日読んだときにはなかったことを覚えている。
――私の行動を見られている……?まさか、ここで破戒的な妄想をしていることも……?
恐れと疑念を抱いたまま、紙を広げると、そこにはこう書かれていた。
『あなたの妄想を現実にする方法……魔物娘を性奴隷として飼ってみませんか?地下一階、南三号口、午前二時』
魔物娘、性奴隷……。疑いの心が、すぐに欲情によって塗りつぶされた。
◆ ◆ ◆
「最近、新しい奴隷を入手しまして……」
扉をくぐり、ベルディオールが歩く。ロレントは、彼女について行く。
「あの図鑑が書かれた後に発見されたため、載っていない種族なのですよ」
扉の先は、通路が人一人分広くなっており、左右には等間隔に、鉄の扉がならんでいる。扉には窓がなく、中の様子をうかがい知ることはできない。代わりに、扉にはプレートが貼られている。
『レミー(サキュバス)』『ヘレナ(メデューサ)』『ブルーネ(アルラウネ)』……中にいる奴隷の名前と、種族。扉一つに名前は一つだから、一人一部屋を与えられていることになる。
「こちらです」
ベルディオールの足が止まった。右手で目の前の扉を指し示す。
『エミーリア(バジリスク)』と扉に書かれていた。
――バジリスク……?
確かに、彼が目にしたことのない種族名だった。
「ラミア属ですから、きっと、気に入ると思いますよ」
なぜそれを知っているのか、という彼の言葉は、扉が鳴らす悲鳴のような音でかき消された。
言われなければ、ロレントは今自分のいる部屋が、奴隷にあてがわれたものだと思うことができなかった。
広さはこの街の宿屋のスイートルームほどあり、一人で住むには広すぎるくらいだ。
左手にはベッドが置かれている。ラミア属用の特製なのだろう、強固な金属フレームで形作られ、通常の二倍程度の長さだ。
右手には桐の箪笥と化粧台。蛇と林檎の彫刻が施されており、高級品であることをうかがわせる。
床はワインレッドの絨毯で敷き詰められており、足に心地よい弾力を与える。
そして、部屋の中央に、彼女がいた。
黒いローブをまとっているため、詳しい姿は分からない。しかし、その裾から漏れ出る蛇体から、ラミア属であることは分かる。
「ほう……」
ロレントが感嘆の声を上げた。その鱗は、夕闇の先……夜の帳の直前の紫色をしていた。艶めかしく、魔力燈の光を跳ね返す。
「エミーリア、ローブを脱いで、お客様に姿をお見せなさい」
ベルディオールが彼女に向かって言う。先ほどのロレントへのものとは違い、無感情だ。
言葉なく、目の前の奴隷はゆっくりとした仕草で、肩からローブを滑り落とした。。
「仮面……?」
蛇の下半身、羽毛が生えた尻尾、鶏を思わせる鱗を持った手……。そういった特徴をかき消すほど目立っていたのは、彼女がつけていた仮面だった。鱗と同じ紫の下地に、金で大きな一つ目の意匠が施されている。その中央、瞳孔にあたる部分に、赤黒く輝くルビーがはめ込まれていた。
「ええ、バジリスクには、特殊な能力……邪眼を持っておりますので……、こうやって、力を抑えなければならないのです」
「えっ」
ロレントが、とまどいの声を上げる。身の危険を感じたからだ。
「心配には及びません」
彼の不安を感じ取り、ベルディオールが穏やかな口調で告げる。
「この邪眼は、仮面を付けている間は害を及ぼしません。加えて、バジリスクの性質、そして、私の調教により、自分では絶対に仮面を外すことはありません。ご主人様しか外すことができないのです」
彼女のほほ笑み。そこからは、先ほどまでの明るさが抜けている。淫魔の本性が見える、妖しげな笑顔。
「そ、そうか……それならば、安心だ」
彼女の笑顔から溢れる雰囲気に気圧され、ロレントは冷や汗をかいた。
「しかし……」
彼の心に、疑問が浮かぶ。
「なぜわざわざ、そんな機能を……?」
主人の手でしか外せないと、彼女は言った。では、主人の手で外す必要が生まれるということだ。そうでなければ、永久に外せないようにすればいい。
「理由は、二つあります」
ベルディオールが、ピンと指を二本立てた。
「一つ目は、衛生のためです。いくら代謝が遅い魔物娘であっても、汗はかきますし、垢も出ます。奴隷を長持ちさせるためには、マメなメンテナンスが必要なんです。ですから、定期的に仮面を外して、顔を洗ってやる必要があるのです」
「それを、主人がやるのか?」
それでは、立場が逆転しているのではないか?彼は訝しんだ。
「ええ。しっかり顔を固定してください。そうしないと、彼女は無意識の内に、愛しいご主人様を見てしまいますので」
そう言われ、彼の言葉の続きは飲み込まれた。
「もう一つは……」
中指を曲げ、一本、人差し指を立てる。
「彼女の邪眼は、とても気持ちいいのですよ……」
ペロリと、舌なめずり。
「今まで、何名か、バジリスクを買われたお客様がおりましたが……、皆、最後はその毒の虜になるのです」
ごくり、彼の喉が鳴る。
「彼女の毒は、命を取りません。しかし、精に毒を満たし、それをご主人様の体が、早く吐き出せと命令していまうのです。当然、射精と言うのは、考えることすら悪、と上が言うほどに心地の良いものですから……ふふっ」
お客様も、すぐに病みつきになりますよ、と言い、言葉を締めくくった。
「さて、では商談に移りましょうか」
ギラリと、彼女の目が輝く。油断なき商人の目だ。
「エミーリア、口を開けなさい」
ベルディオールの黒手袋が、エミーリアの顎に触れる。命令を受けた彼女は、ゆっくりと、口を開いた。ロレントに見せつけるよう、顎を上げる。
「あらあら、はしたない……こんなに粘ついた唾液を溜めちゃって……」
ご覧ください、と、ベルディオールがエミーリアの口内を示す。
「彼女の一番の売りは、何と言ってもこの口です」
エミーリアの口内は、すでに準備が完了していた。粘度が濃い、奉仕のための唾液で満たされていた。呼吸に合わせ、長い舌がうごめく。
「あら、粗相を……どうかお許しください、お客様」
唇の端から一筋、唾液が漏れた。長く糸を引き、絨毯に吸収される。
「い、いや、いいんだ……」
彼は、奴隷の口内から視線を外せなかった。
――あの口に、自分の欲望を入れたら、どんなに心地よいのだろう……。
視界を奪われた状態で、奉仕を強要する。妄想の中だけで終わるだろうと思っていた淫らな行為が、にわかに現実になろうとしている。背徳感に彼の脳は焼き切れそうだった。
「舌をお見せなさい」
んあぁ……と、喉から音を出しつつ、エミーリアは舌を口の外へ伸ばした。唾液をまとってぬめるその舌は、先端が二股に分かれ、顎の先まで届くほどの長さだった。
「特に、舌技が絶品でございます。このように……」
トントンと、ベルディオールがエミーリアの顎を二度叩く。すると、舌先の二股が、別々の方向に動き始めた。広がるように左右へ。上下、下上、ハサミのようにぱくぱくと開閉。
「ラミア属を買われたお客様は皆、この舌技の虜になるのですよ。毎日毎日、奴隷をひざまずかせ、口奉仕をさせるのです……」
ロレントの背筋に、寒気にも似た欲情が這い上がる。ごくりと、唾液が喉を鳴らす。
「いくらだ?」
一言。彼はその一言を言うのがやっとだった。一刻も早く、この奴隷の奉仕を受けたい。はやる気持ちを抑えられない。
「ありがとうございます。この奴隷は……」
安くはない値段だ。しかし、彼に払えないほどではなかった。彼は即決した。
「ありがとうございます。それではこちらに」
ベルディオールが、彼をエミーリアの前に来るよう促す。
「契約の儀式を行います。では、ロレント様、エミーリアのお買い上げ、ありがとうございます」
彼女のお辞儀に、つられて彼もお辞儀を返す。
「彼女は、私の調教により、どこに出しても恥ずかしくない性奴隷でございます。一生をかけ、主人に仕え、奉仕することを約束いたします」
――これから、毎日、いつでも、この奴隷を使うことができる。
その事実を改めて思い知り、彼の目にギラリと欲情の光が灯る。
「ロレント様はあの本をお読みですからご存知でしょうが、魔物娘は、男性の精の味を一度知ると、もうその人物の精でしか生きていけなくなります」
彼女の言葉が続く。
「ですので、この奴隷が自分のものであることを分からせるため、ロレント様の精の味を、エミーリアに教える必要があります」
指を……。彼女の言葉の通り、ロレントは、右手の人差し指を、エミーリアの口の前に差し出した。
「特に、バジリスクという種族は、男性の匂いと熱に敏感なため、こうやって、マーキングすることで、立場を分からせることができます」
エミーリアが、顔を上げる。彼の指の先端が、鼻先に当たる。彼女の頬は、すでに上気しきっていた。
すんすんと、鼻を鳴らし、エミーリアは彼の指を嗅ぐ。
「はぁぁ……」
熱い吐息。湿気を多く含んだそれは、彼の指先に、熱さと、直後の寒さを与える。
二度、三度……、彼女は深い呼吸を繰り返した。
「次は、味を教えてあげてください」
ベルディオールが言う。だらしなく開いたエミーリアの口の中に、ロレントは人差し指を入れた。
「あむちゅっ♥」
「うぅっ!」
エミーリアが口をすぼめるのと、ロレントがうめくのは同時だった。
口がすぼまると同時に、舌が彼の指先に襲い掛かったのだ。舌の表面で包み込むように、上面がくるりと回る。そのまま、長い舌のすべてを使って、ぞりぞりと指の平を摩擦する。大きく舌を喉奥まで引っ込めると、二つの舌先が、爪と指の間をちろちろとくすぐった。
「あぁっ、あっ……あぁぁ……」
これまでの人生の中で、他人と性的な接触をしたことがなかったロレントにとって、それはあまりにも激しすぎる刺激だった。
まるで、自分の指先が男性器であるかのように脳が勘違いし、全身の力が抜けるほどの快感を味わうこととなった。
「んぽぁ……」
指が解放される。唾液が糸となって、指と口内をつなぐ。
「さて、これで儀式は……あら」
「あは、は……すみません。力が、入らなくて……」
恥ずかしそうに笑う彼を見て、ベルディオールも笑みを返す。
「いえ、大丈夫です。よくあることですので」
彼女の視線が、彼の股間に注がれる。魔物である彼女は、彼の男性器が怒張し、早く精液を放出したいと願っていることを見逃さない。
「でしたら、ここで早速、奴隷を使ってみませんか?」
ロレントは、ベルディオールからこの奴隷部屋の使い方の説明を受けた。
「はやる気持ちは分かりますが、これはお客様とこの店、双方のために必要なことですので」
申し訳なさそうに、彼女は言った。
今までエミーリアが住んでいたこの部屋は、引き続き彼女の自室となること。
「できる限り、お客様の自室には奴隷を入れないでください。特にロレント様は司教ですので……」
彼らが住む教団の宿舎は、魔物が発する魔力に敏感に反応するからだ。
「奴隷を使いたい場合は、この鍵をお使いください」
彼女が、小さな鍵を取り出した。真鍮色で、特に目立った特徴のないものだ。
「これで壁を叩けば、そこにこの部屋につながる扉が現れます。……ご安心を、この鍵からは、一切の魔力が漏れませんので、怪しまれる心配はありません」
彼の目が、驚きで見開かれる。彼には魔法に対する知識があったためだ。彼女の話によれば、この小さな鍵に、空間操作、隠匿、物質変容、魔力封印……超高難度魔法が付与されていることになる。これほどのマジックアイテムは、ヘタすれば家一軒を買えるほどの高級品だ。
「では、これで説明を終わらせていただきます。もし分からないことがございましたら、化粧台の引き出しの中に、説明書を入れておりますので、そちらをご参照ください」
ベルディオールが、扉に手をかけた。
「これからの生活に、幸福がありますように」
最後のほほ笑み。そこからは、最初の営業の義務も、途中の妖しさもなく、まるで、母が子供を見つめるときのような、優しさに満ちていた。
「はぁーっ、はぁーっ……」
ロレントは、荒い呼吸を抑えられないでいた。
――今から、この奴隷を、好きにできる。
今まで、神の教えに従い、欲望を押さえつけて生きていたため、自覚することのなかった本性、女を屈服させたいという黒い欲望に、彼は驚きながらも身を任せていた。ここにはもう自分たち二人しかおらず、ここで起こったことは絶対に露呈することはない。理性でブレーキする必要がないからだ。
「さっきの舌技で、私のものを奉仕するんだ」
ラミア用の巨大ベッドに腰を下ろす。下着を下ろし、怒張して天を指す男性器を彼女の眼前にさらす。
指と同じく、すんすんと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。彼女の頬が赤らみ、無表情だった口元に笑顔があふれる。
「んはぁぁ……♥」
だらしなく、奴隷の口が開いた。舌先をこぼし、大きく息を吐く。毒をまとった甘い香りが、彼の鼻にまで届く。
「そうだ、そのまま」
舌先が、皮をかぶった亀頭に触れた。皮でできた穴に、ねじ込まれる。
「ううぅっ!」
穴を通り抜け、二人の粘膜同士が触れ合ったとき、彼は悲鳴を上げた。
ねじ入れられた舌先の二股が、裏筋を挟む。それをとっかかりとして、舌が少しずつ、皮の中へと滑り込んでいく。
「あっ、あっ、あっ……」
舌先が左右に広がり、カリを下から上へとなぞる。舌がさらに中へ入り、それと共に皮がむき下ろされていく。
「れろっ、れぇろぉ……はぷちゅっ♥」
「うぁっ、あぁっ、あー……」
限界は、彼が思っている以上に早く訪れた。
暖かな口内に包まれ、夢が現実になったという幸福で、脳がスパークする。
「んふーっ、んふーっ♥」
自分の唾液よりも、さらに粘度の高い精液を放たれ、彼女は歓喜の深呼吸をする。この部屋に身請けされてから数か月。待ちに待った、愛する主人の精。匂いをマーキングされてから、欲しくて欲しくて、はしたなく股間を濡らし待っていた精。隷属する幸せを、彼女は噛み締めていた。
射精の脈動が続く。その間、彼女はずっと、亀頭から口を離さず、精液を受け止め続けた。
「ちゅぅぅ……」
唇をすぼめ、精液が漏れださないよう、彼女は口を離す。
「あぁ……」
喉から声を漏らしながら、彼女は彼の視界に見えるよう、口を開いた。ベルディオールに教えられた、口内射精されたときの作法だ。
――そんな、こんな、量……。
口いっぱいに満たされる精液を見て、彼は驚きを隠せなかった。彼は今まで、自発的に射精したことがなかったからだ。夢精では、こんなに大量の精液を放つことはない。
「あむっ……ごくっ、ごくっ……」
口を閉じ、喉を大きく鳴らした。奴隷が、主人の精を嚥下している。その様を、彼は獣欲と支配欲に満ちた目で見つめた。
「ごくり……んあぁ」
もう一度、口を開く。そこにはもう、白濁は一切残っていなかった。
「あむっ」
まだ硬さを残している陰茎に、口を寄せる。そのまま、彼女は亀頭の先端に吸い付いた。
「うっ」
彼の腰が、気持ちよさで無意識に浮かぶ。
「ちゅぅっ、れるっ……ちゅっちゅっ……」
射精が終わっても、尿道に残った精液はしばらくの間漏れだす。それをこぼさないように、再度の口づけと吸引。
「はぁぁ……」
射精時の強烈な吸引と違い、今回はなるべく刺激を与えないよう、優しいものだった。自然に漏れ出る以上の要求はしない。ご褒美をくれた陰茎を労わる口づけ。
「んっ、ずぞぞ……ごくっ……はぁぁ……♥」
最後の一滴を飲み込み、エミーリアは熱く吐息を放った。頬に手を当て、幸せを噛み締めた表情だ。
対するロレントは、息も絶え絶えで、全身の力が抜けてしまっていた。
「はぁ……はぁ……うくっ!?」
彼の休息は、長く続かなかった。エミーリアの舌が、また亀頭にからまったからだ。
「れろろぉ、れるんっ……ちゅぅぅ……」
二度三度、舌でなぞると、唇がついばむようにキスをする。
ロレントの奴隷生活、初日は、勃起しなくなるまでに五度、奴隷の口内に精液を放った。
◆ ◆ ◆
奴隷を買ってから、ロレントの生活は、さながら夢と現実が逆転してしまったかのようであった。
「新しき人生に、神の導きとご加護があらんことを」
この日は、新生児に対する初めての祝福を二件こなし、新築の家に対するお祈り・お祓いを一件実施した。彼が受け持つ地区は新しく開拓された土地であるため、日に何軒も渡り歩き、祈りをささげなければならない。
その間、彼はまるで自身の動きを遠くから眺めているような、現実感のなさを覚えていた。
仕事にミスはない。何年もこなしてきた仕事であり、体に染みついているからだ。しかし、だからこそ、夢の中にいるような感覚を強く自覚してしまい、戸惑いと、疲労がたまってしまう。
「あっ……はぁぁっ……また、出すぞ」
彼にとって、仕事が終わり、奴隷に口で奉仕してもらう時間こそが、唯一の現実となっていた。
この日、三度目の射精。エミーリアは、嫌がることなく、むしろ嬉しそうに、吐き出された精液を飲み干す。
「ごくっ、ぐびっ……ふぁぁ♥……ちゅぷっ、ちゅるるっ……」
最後の一滴まで飲み干し、歓喜のため息。次の瞬間には、口奉仕を再開する。
奴隷と主人の間に、会話はない。奴隷はそもそも、言葉を紡ぐことができるのかすら、主人には分からない。彼は、彼女が意味のある単語を口にした瞬間を、聞いたことがない。
彼にとって、それは問題とはならなかった。彼女は、奴隷なのだ。それも、淫らな奉仕をすることのみが仕事の、性奴隷。顔を合わせた瞬間から、彼女が頬を赤らめ、だらしなく口を開き、朝が来るまで股間に顔をうずめていても、まったく問題はない。それが彼女の仕事であり、生きるための手段なのだから。
「ああ、いいよ……エミーリア、気持ち、いいよ……」
射精後すぐの彼女の頭を、優しくなでる。
「ふふっ、あむっ、れるっ、ちゅっ」
すると、彼女は嬉しそうに鼻を鳴らし、射精直後の陰茎を、優しく舌でなで回す。
言葉がない代わりに、彼らはスキンシップでの会話を発展させた。これならば、彼女の仕事を邪魔することなく、意思を伝えあうことができる。
彼が頭をなでる仕草は、浅い刺激で長く楽しみたいという意味だ。
「れるっ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……」
舌が亀頭から離れ、陰嚢へと降りる。その中にある睾丸に吸い付くように、美味しい精液を出してくれる部分へ、感謝の愛撫。
「はぁむっ、ちゅぅぅ……」
右に吸い付いた後は、左の陰嚢を唇で甘噛み。隙間から舌を出し、ちろちろと小さく舐める。
ひくひくと、陰茎が脈動し、彼女に寂しさを伝える。
「えぇろぉ……ちろっ、ちろっ」
彼女はすぐに気付き、舌を長く伸ばし、先の二股で尿道のふくらみを挟むように舐め上げる。そのまま、裏筋の左右を細かく上下。
「うっ、うくっ……」
彼は、彼女の頭から手を離し、顎を指先でくすぐる。喉奥で射精したい、の合図だ。
「はあぁ……むっ。んぐんぐ」
大きく口を開き、一気に喉奥まで。亀頭が鼻腔と口腔がつながる壁に当たり、喉奥の肉と合わせ、全方向から締めあげられる。彼は、特にこの刺激で射精することを好んだ。
「あぁぁ……」
包まれる安心感を、喉の奥から漏らす声で表す。すぐに、彼は射精した。
「んふぅぅ……♥ごくり、ぐびり……」
彼の声と同じような、ゆっくりとした脈動だった。のろのろと管を通り、精液が放たれる。一度出るたびに、喉奥を搾り、彼女は主人の精をいただく。彼は、精飲時のこの搾りが好きなのだ。
四度目の射精。ロレントは、性に対する知識に疎いため、気付かない。普通の人間は、毎日四度も五度も射精して、平気ではいられない。彼は気付かない。すでに人間としての道を踏み外し、新たな存在に変わりつつあることに。
◆ ◆ ◆
「ちょっと待った」
エミーリアを買ってから一週間。一日の務めを終え、奴隷部屋に入室したロレントは、嬉しそうに飛び込んでくる彼女を制した。
一転、彼女は寂しそうな表情を浮かべる。
「慌てるな、今日はまず、お前の顔を綺麗にしないとな」
「えーと、まずは、布を手に巻いて……」
傍らにベルディオールが残した冊子を置き、それを読みながら作業を進める。バジリスクの邪眼は猛毒であるため、細心の注意を払わなければならない。
左手に、洗顔用の布を巻く。浄化の魔法が付与されており、なでるだけで汚れを落とすことができる。
「次に、布を巻いていない手の指を奴隷にしゃぶらせる……」
「あむっ♥」
眼前に差し出された指を、彼女が嬉しそうに含む。これは、仮面を外す際に必ず実施しなければならない動作である。仮面を外されたバジリスクは、本能的に主人の顔を見ようとする。それを防ぐために、背中の後ろに立ち、指をしゃぶらせることで、指に意識を逸らすのだ。
「そして……左手で、仮面の留め具に触れる……」
エミーリアの仮面は、購入時の儀式により、ロレント以外には外せないようになっている。どんな生物も、魔力を放っており、固体によって周波数が異なる。その周波数が鍵となり、契約者のものによってのみ、解錠することができる。
カチャリと音を立て、仮面は床へ落ちる。その音は、絨毯で吸収され、二人の耳には届かなかった。もし届いていたにしても、少なくとも、ロレントの聴覚は、受け取ることができなかっただろう。
彼は、大きなミスを犯した。顔を拭くための布は、説明書と同じく、化粧台の引き出しの中にしまわれていた。彼は、初めての作業が失敗なく実行できるかどうか、確かめる手段が欲しかった。作業は彼の目に届かない場所で行う必要がある。よって、彼の目に届くよう、助けが必要だった。彼は、エミーリアを、化粧台の鑑の前に置いていたのだ。
「あっ……」
鏡の中のエミーリアと、鏡の外のロレントの目が合った。
「綺麗だ……」
思わず、彼の口から声が漏れた。
彼女の瞳は、彼の家に代々伝わる、家宝を思い出させた。彼の家は紫を重んじる。家と教会を守るという意味が込められた、大きなアメジストがあしらわれた、金の盾。彼女には、それが二つ眠っているかのようであった。その奥には、黒い筋が刻まれた光彩。漆黒の瞳孔。
美しさへの感嘆の次に彼を襲ったのは、全身を駆け巡る甘い痺れ。眼窩の奥から広がり、血流のように、細く幾重にも渡って、頭頂、四肢の先端にまで、余すことなく伝わる。
その次は、目の前の奴隷への恋慕。胸を締め付けるような恋心。生まれたときから、司教、果ては枢機卿になるべく育てられた彼が、今までに味わったことのない感覚。
最後は、それらをすべて塗りつぶす欲情。目の前の牝を、貪り、白濁で汚したいという獣の本能。
「あむんっ!?」
彼は、彼女の体を無理矢理自分の方へ向けさせ、唇を貪った。舌を割り入れ、彼女の舌を探す。
「あー♥」
彼女はすぐに、全身の力を抜き、舌を差し出した。彼はそれを自分の口内まで誘い出し、唇で吸い付く。
「んじゅるっ、れるるっ」
「じゅるるっ……ぶはっ、じゅぅぅ!」
ロレントは我を忘れ、彼女の唾液を啜る。忘れた頃に呼吸をするが、すぐにまた口づけに戻る。
「ちゅぅ、んっ、んっ、んっ」
生地を押し上げるように勃起した陰茎が、彼女の蛇体をこする。今日、彼はまだ、ここに来てから一度も射精していない。数十回もの射精が、この部屋に来たら勃起するという条件反射を刻んでいた。
「はぁーっ、はぁーっ!」
唇を離し、彼が荒く呼吸する。獣の咆哮のようで、知らない者が聞いたら、恐怖を覚えるだろう。しかし、目の前の奴隷には、その声は自分への最大の賛辞であるこということを知っていた。自分の存在に欲情し、性交をしたい。膣の一番奥に男性器を置き、睾丸が空になるまで射精したい。エミーリアは、それが嬉しくて、主人のことが愛しくてたまらなかった。
くぱっ……、粘液の音。エミーリアが、上半身と下半身の境目、まだ誰の物も知らぬ女性器を、指で押し広げた。
上目づかいに、彼の瞳を見つめる。彼の全身に、さらに毒が回る。精が毒性を帯び、体が早く吐き出せと促す。
粘液が触れ合う音が鳴る。たまらず股間をさらけ出したロレントが、前後に揺れ催促する彼女の膣の口に、亀頭を触れさせた。
「あ……あ……あー……」
腰を突き出すと、彼は言葉を忘れたように音を吐き出す。
激しい衝動を、柔らかく受け止める、優しい圧力だった。暖かく、粘り気があり、マッサージのように揉みこむ。
「あっ、あぁぁ……あぐっ!」
様子が変わったのは、小さな抵抗を突破した直後だった。エミーリアの処女を散らし、名実ともに、彼女がロレントの牝になった瞬間、膣の肉壁が大きく脈打ち、うねり、主人の入室を熱烈に歓迎した。
「あーっ、あ゛ー……」
突然の様変わりに、彼は一瞬たりとも耐えることができなかった。喉から濁った音を絞り出し、睾丸が持ち上がる。一日溜めた精液を、子宮口から直に放った。
「んぁ……あはぁ……♥」
子宮で受け止める初めての精。パチンパチンと、脳のすべてが電気で満たされたかのような、激しい快感に、エミーリアは舌を垂らし、唾液を舌先から滴らせながら悦んだ。
「あぁむっ……」
彼女が顔を近付け、口づけをする。二度目の射精。
「ちゅっ……♥れるんっ……♥」
腕が、彼の背中に回る。三度目の射精。
「じゅるるっ……♥んんっ……♥」
蛇体が、彼の下半身に巻き付く。四度目の射精。
二人の体が、ゆっくりと倒れる。五度目の射精。
彼の防衛本能が、早くすべての精液を吐き出せと急かした。
「あんっ!あんっ!あんっ♥」
足は蛇体に締められ、上半身は腕と唇に拘束され、彼はひたすらに、腰を動かすことしかできなかった。今の彼には、それで十分だった。
「んあぁ……♥」
上から腰を落とし、ゆっくりと持ち上げ、膣肉で陰茎をこする。時折、びくびくと全身を震わせ、精液を吐き出す。瞳が相対し、また全身に毒が回る。腰を落とす。持ち上げる。痙攣、弛緩、射精、毒……。
狂乱の性交は、彼が疲れ果て、気絶するまで、夜通し続けられた。
◆ ◆ ◆
翌朝。名残惜しく奴隷部屋を後にし、身支度を整える。今日は月に一度の、教会議会であるためだ。サンタララは教会が実権を握っており、全枢機卿・司教が集まるこの議会によって、都市が運営される。
儀礼用の制服に着替え、自室を出ると、周りの雰囲気が変わっていることに気付いた。
――いつもより、空気が清涼な気がする。
彼にとって、この都市は、教義としきたり、勢力争いに縛られた、住みにくい場所であった。しかし、今日は違う。深呼吸をして、少しでもここの空気で肺を満たしたいと思えるほどであった。
「おはようございます、サイラス司教」
宿舎の向かいの部屋に住む、エメンツ司教があいさつする。緩んだ顔を慌てて引き締め、ロレントはあいさつを返した。
「何か、いいことでもありましたか?ずいぶんと晴れやかな顔をなさっている」
エメンツ司教は、他人の感情の機微に敏感な男だ。ロレントは当たり障りのない言い訳を使い、何とかごまかした。
二人はありきたりな世間話をし、議会に到着する。彼らが最後だったようだ。二人が議会に入った瞬間、扉が閉ざされ、辺りは静寂に包まれる。
「えー、議会を始める。まずは宣誓を……」
議長である枢機卿の一人が開会の宣言をし、議論を公平に行い、議会を円滑に進めることを宣誓する。
「ありがとう。それでは、今回はまず、メルヴォーレ国との国交について……本日は、メルヴォーレ国外務担当官がお見えになっているので、登壇願いたいと思う」
議会がざわつく。メルヴォーレ国は、サンタララの隣国で、魔物の手に堕ち、魔界と化したため、現在国交が断絶しているはずである。
――今更、なぜ?
ロレントの疑問は、外交官の姿を目にした瞬間に氷解した。
「ご紹介に預かりました、メルヴォーレ国外交担当官ベルディオールと申します。……皆さま、お久しぶりですね」
彼女は、自分の正体を隠すつもりがまったくなかった。山羊のような角、黒い尻尾、一対の翼、すべてをさらけだしていた。
ロレントの堕落によって、議会は完全に、ベルディオール、そしてメルヴォーレの手中に収まった。
この日、サンタララは、魔物の手に堕ちた。
サンタララ……教団が教える天使の名を冠した教会都市。その地下で、司教であるロレントを出迎えたのは、美しい女だった。
執事服で男装したその女は、恐ろしいほど、顔が整っていた。ロレントがかつて、堕落しきった枢機卿の家で見たハーレム……裸体をさらし、屋敷を闊歩していた女たちよりも、美しい女だった。
「さあ、こちらへどうぞ」
右手を彼の前方へと向け、奥へ進むよう促す。彼女の頭からは山羊を思わせる角が生え、燕尾とスラックスの間から、一対の黒い翼と、艶めいた尻尾が生えている。
「驚かれました?私がこの姿……正体をさらして出迎えること」
ロレントの右前を歩きながら、彼女がほほ笑む。
「ここに来られるお客様は皆、警戒心がお強いですから……。ここは教義に反するものをあぶりだすための囮で、私が実は教団兵なのではないかと」
確かに、と彼は思った。彼女のこの姿を見るまでは、彼女の言う通りの疑いを持っていたのだ。
「だから、この姿は、お客様への信頼を示す証なのです。心置きなく、取引を楽しんでいただくための」
チリンと、彼女の尻尾に取り付けられた鈴が鳴る。
「ふふっ、ああ、これですか」
ロレントの視線に気付いた彼女がほほ笑む。
「この鈴は、お守りみたいなものです。この鈴が鳴っている間は、教団兵のような、邪な心を持つ者を遠ざけることができるのですよ」
「ハッ」
彼女の言葉に、彼は自嘲気味の声を上げた。
――邪な考えか……。だったら、私は何だ?
ここに踏み入れた瞬間から、自分は引き返せない狂気に陥っているのだと、彼は最後の人間性を自覚した。
「申し遅れました。私、この市場の管理を仰せつかっております、ベルディオールと申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
振り返り、ベルディオールは恭しくお辞儀をした。
「ふっ、ベルディオールか」
教団が教える、悪魔の名だ。教会の真下での大胆不敵さに、彼は鼻で笑った。
「では、参りましょう……ようこそ、奴隷市場へ」
彼女が奥の扉を押し開くと、濃厚な香の香りと、たいまつの橙の光が二人を包んだ。
◆ ◆ ◆
ロレントが奴隷市場の存在を知ったのは、教団施設内にある、図書室であった。
そこには、大陸中から集められた書物が収められ、司教以上の地位を持つ者ならば、いつでも利用することができる。
彼は、この空間が好きだった。他の司教は、枢機卿に気に入られるために彼らの元に入りびたり、枢機卿たちは、政争に忙しい。そういった争いごとが苦手な彼にとって、一人きりになれる唯一の場所が、この図書室だった。
彼はいつしか、妄想の中で邪な心を育ませる。
きっかけは、片隅に忘れられたかのように収められていた、一冊の本だった。
『魔物娘図鑑』かつて禁制本の取り締まり時に没収され、奇跡的に燃やされることなく残されたそれは、存在自体が忘れられ、彼の手に取られるまで、じっとここに眠っていた。
彼はそれを読んだとき、初めて神の言葉を聞いたときと同じ衝撃を受けた。人体と魔物を掛け合わせたかのような、異形の者たちの姿。しかし、彼女たちにはその異形が似合っていた。そして、彼女たちの淫らな習性……男の精液をすすり、快楽と愛を与える。彼はいつしか、ページの向こうの彼女たちの虜になり、この本を読みながら妄想に浸ることが日課となっていた。
ある日、彼がいつものように図鑑のページをめくっていると、その間に一枚の紙が挟まっているのを見つけた。そこはサキュバスについて書かれたページで、昨日読んだときにはなかったことを覚えている。
――私の行動を見られている……?まさか、ここで破戒的な妄想をしていることも……?
恐れと疑念を抱いたまま、紙を広げると、そこにはこう書かれていた。
『あなたの妄想を現実にする方法……魔物娘を性奴隷として飼ってみませんか?地下一階、南三号口、午前二時』
魔物娘、性奴隷……。疑いの心が、すぐに欲情によって塗りつぶされた。
◆ ◆ ◆
「最近、新しい奴隷を入手しまして……」
扉をくぐり、ベルディオールが歩く。ロレントは、彼女について行く。
「あの図鑑が書かれた後に発見されたため、載っていない種族なのですよ」
扉の先は、通路が人一人分広くなっており、左右には等間隔に、鉄の扉がならんでいる。扉には窓がなく、中の様子をうかがい知ることはできない。代わりに、扉にはプレートが貼られている。
『レミー(サキュバス)』『ヘレナ(メデューサ)』『ブルーネ(アルラウネ)』……中にいる奴隷の名前と、種族。扉一つに名前は一つだから、一人一部屋を与えられていることになる。
「こちらです」
ベルディオールの足が止まった。右手で目の前の扉を指し示す。
『エミーリア(バジリスク)』と扉に書かれていた。
――バジリスク……?
確かに、彼が目にしたことのない種族名だった。
「ラミア属ですから、きっと、気に入ると思いますよ」
なぜそれを知っているのか、という彼の言葉は、扉が鳴らす悲鳴のような音でかき消された。
言われなければ、ロレントは今自分のいる部屋が、奴隷にあてがわれたものだと思うことができなかった。
広さはこの街の宿屋のスイートルームほどあり、一人で住むには広すぎるくらいだ。
左手にはベッドが置かれている。ラミア属用の特製なのだろう、強固な金属フレームで形作られ、通常の二倍程度の長さだ。
右手には桐の箪笥と化粧台。蛇と林檎の彫刻が施されており、高級品であることをうかがわせる。
床はワインレッドの絨毯で敷き詰められており、足に心地よい弾力を与える。
そして、部屋の中央に、彼女がいた。
黒いローブをまとっているため、詳しい姿は分からない。しかし、その裾から漏れ出る蛇体から、ラミア属であることは分かる。
「ほう……」
ロレントが感嘆の声を上げた。その鱗は、夕闇の先……夜の帳の直前の紫色をしていた。艶めかしく、魔力燈の光を跳ね返す。
「エミーリア、ローブを脱いで、お客様に姿をお見せなさい」
ベルディオールが彼女に向かって言う。先ほどのロレントへのものとは違い、無感情だ。
言葉なく、目の前の奴隷はゆっくりとした仕草で、肩からローブを滑り落とした。。
「仮面……?」
蛇の下半身、羽毛が生えた尻尾、鶏を思わせる鱗を持った手……。そういった特徴をかき消すほど目立っていたのは、彼女がつけていた仮面だった。鱗と同じ紫の下地に、金で大きな一つ目の意匠が施されている。その中央、瞳孔にあたる部分に、赤黒く輝くルビーがはめ込まれていた。
「ええ、バジリスクには、特殊な能力……邪眼を持っておりますので……、こうやって、力を抑えなければならないのです」
「えっ」
ロレントが、とまどいの声を上げる。身の危険を感じたからだ。
「心配には及びません」
彼の不安を感じ取り、ベルディオールが穏やかな口調で告げる。
「この邪眼は、仮面を付けている間は害を及ぼしません。加えて、バジリスクの性質、そして、私の調教により、自分では絶対に仮面を外すことはありません。ご主人様しか外すことができないのです」
彼女のほほ笑み。そこからは、先ほどまでの明るさが抜けている。淫魔の本性が見える、妖しげな笑顔。
「そ、そうか……それならば、安心だ」
彼女の笑顔から溢れる雰囲気に気圧され、ロレントは冷や汗をかいた。
「しかし……」
彼の心に、疑問が浮かぶ。
「なぜわざわざ、そんな機能を……?」
主人の手でしか外せないと、彼女は言った。では、主人の手で外す必要が生まれるということだ。そうでなければ、永久に外せないようにすればいい。
「理由は、二つあります」
ベルディオールが、ピンと指を二本立てた。
「一つ目は、衛生のためです。いくら代謝が遅い魔物娘であっても、汗はかきますし、垢も出ます。奴隷を長持ちさせるためには、マメなメンテナンスが必要なんです。ですから、定期的に仮面を外して、顔を洗ってやる必要があるのです」
「それを、主人がやるのか?」
それでは、立場が逆転しているのではないか?彼は訝しんだ。
「ええ。しっかり顔を固定してください。そうしないと、彼女は無意識の内に、愛しいご主人様を見てしまいますので」
そう言われ、彼の言葉の続きは飲み込まれた。
「もう一つは……」
中指を曲げ、一本、人差し指を立てる。
「彼女の邪眼は、とても気持ちいいのですよ……」
ペロリと、舌なめずり。
「今まで、何名か、バジリスクを買われたお客様がおりましたが……、皆、最後はその毒の虜になるのです」
ごくり、彼の喉が鳴る。
「彼女の毒は、命を取りません。しかし、精に毒を満たし、それをご主人様の体が、早く吐き出せと命令していまうのです。当然、射精と言うのは、考えることすら悪、と上が言うほどに心地の良いものですから……ふふっ」
お客様も、すぐに病みつきになりますよ、と言い、言葉を締めくくった。
「さて、では商談に移りましょうか」
ギラリと、彼女の目が輝く。油断なき商人の目だ。
「エミーリア、口を開けなさい」
ベルディオールの黒手袋が、エミーリアの顎に触れる。命令を受けた彼女は、ゆっくりと、口を開いた。ロレントに見せつけるよう、顎を上げる。
「あらあら、はしたない……こんなに粘ついた唾液を溜めちゃって……」
ご覧ください、と、ベルディオールがエミーリアの口内を示す。
「彼女の一番の売りは、何と言ってもこの口です」
エミーリアの口内は、すでに準備が完了していた。粘度が濃い、奉仕のための唾液で満たされていた。呼吸に合わせ、長い舌がうごめく。
「あら、粗相を……どうかお許しください、お客様」
唇の端から一筋、唾液が漏れた。長く糸を引き、絨毯に吸収される。
「い、いや、いいんだ……」
彼は、奴隷の口内から視線を外せなかった。
――あの口に、自分の欲望を入れたら、どんなに心地よいのだろう……。
視界を奪われた状態で、奉仕を強要する。妄想の中だけで終わるだろうと思っていた淫らな行為が、にわかに現実になろうとしている。背徳感に彼の脳は焼き切れそうだった。
「舌をお見せなさい」
んあぁ……と、喉から音を出しつつ、エミーリアは舌を口の外へ伸ばした。唾液をまとってぬめるその舌は、先端が二股に分かれ、顎の先まで届くほどの長さだった。
「特に、舌技が絶品でございます。このように……」
トントンと、ベルディオールがエミーリアの顎を二度叩く。すると、舌先の二股が、別々の方向に動き始めた。広がるように左右へ。上下、下上、ハサミのようにぱくぱくと開閉。
「ラミア属を買われたお客様は皆、この舌技の虜になるのですよ。毎日毎日、奴隷をひざまずかせ、口奉仕をさせるのです……」
ロレントの背筋に、寒気にも似た欲情が這い上がる。ごくりと、唾液が喉を鳴らす。
「いくらだ?」
一言。彼はその一言を言うのがやっとだった。一刻も早く、この奴隷の奉仕を受けたい。はやる気持ちを抑えられない。
「ありがとうございます。この奴隷は……」
安くはない値段だ。しかし、彼に払えないほどではなかった。彼は即決した。
「ありがとうございます。それではこちらに」
ベルディオールが、彼をエミーリアの前に来るよう促す。
「契約の儀式を行います。では、ロレント様、エミーリアのお買い上げ、ありがとうございます」
彼女のお辞儀に、つられて彼もお辞儀を返す。
「彼女は、私の調教により、どこに出しても恥ずかしくない性奴隷でございます。一生をかけ、主人に仕え、奉仕することを約束いたします」
――これから、毎日、いつでも、この奴隷を使うことができる。
その事実を改めて思い知り、彼の目にギラリと欲情の光が灯る。
「ロレント様はあの本をお読みですからご存知でしょうが、魔物娘は、男性の精の味を一度知ると、もうその人物の精でしか生きていけなくなります」
彼女の言葉が続く。
「ですので、この奴隷が自分のものであることを分からせるため、ロレント様の精の味を、エミーリアに教える必要があります」
指を……。彼女の言葉の通り、ロレントは、右手の人差し指を、エミーリアの口の前に差し出した。
「特に、バジリスクという種族は、男性の匂いと熱に敏感なため、こうやって、マーキングすることで、立場を分からせることができます」
エミーリアが、顔を上げる。彼の指の先端が、鼻先に当たる。彼女の頬は、すでに上気しきっていた。
すんすんと、鼻を鳴らし、エミーリアは彼の指を嗅ぐ。
「はぁぁ……」
熱い吐息。湿気を多く含んだそれは、彼の指先に、熱さと、直後の寒さを与える。
二度、三度……、彼女は深い呼吸を繰り返した。
「次は、味を教えてあげてください」
ベルディオールが言う。だらしなく開いたエミーリアの口の中に、ロレントは人差し指を入れた。
「あむちゅっ♥」
「うぅっ!」
エミーリアが口をすぼめるのと、ロレントがうめくのは同時だった。
口がすぼまると同時に、舌が彼の指先に襲い掛かったのだ。舌の表面で包み込むように、上面がくるりと回る。そのまま、長い舌のすべてを使って、ぞりぞりと指の平を摩擦する。大きく舌を喉奥まで引っ込めると、二つの舌先が、爪と指の間をちろちろとくすぐった。
「あぁっ、あっ……あぁぁ……」
これまでの人生の中で、他人と性的な接触をしたことがなかったロレントにとって、それはあまりにも激しすぎる刺激だった。
まるで、自分の指先が男性器であるかのように脳が勘違いし、全身の力が抜けるほどの快感を味わうこととなった。
「んぽぁ……」
指が解放される。唾液が糸となって、指と口内をつなぐ。
「さて、これで儀式は……あら」
「あは、は……すみません。力が、入らなくて……」
恥ずかしそうに笑う彼を見て、ベルディオールも笑みを返す。
「いえ、大丈夫です。よくあることですので」
彼女の視線が、彼の股間に注がれる。魔物である彼女は、彼の男性器が怒張し、早く精液を放出したいと願っていることを見逃さない。
「でしたら、ここで早速、奴隷を使ってみませんか?」
ロレントは、ベルディオールからこの奴隷部屋の使い方の説明を受けた。
「はやる気持ちは分かりますが、これはお客様とこの店、双方のために必要なことですので」
申し訳なさそうに、彼女は言った。
今までエミーリアが住んでいたこの部屋は、引き続き彼女の自室となること。
「できる限り、お客様の自室には奴隷を入れないでください。特にロレント様は司教ですので……」
彼らが住む教団の宿舎は、魔物が発する魔力に敏感に反応するからだ。
「奴隷を使いたい場合は、この鍵をお使いください」
彼女が、小さな鍵を取り出した。真鍮色で、特に目立った特徴のないものだ。
「これで壁を叩けば、そこにこの部屋につながる扉が現れます。……ご安心を、この鍵からは、一切の魔力が漏れませんので、怪しまれる心配はありません」
彼の目が、驚きで見開かれる。彼には魔法に対する知識があったためだ。彼女の話によれば、この小さな鍵に、空間操作、隠匿、物質変容、魔力封印……超高難度魔法が付与されていることになる。これほどのマジックアイテムは、ヘタすれば家一軒を買えるほどの高級品だ。
「では、これで説明を終わらせていただきます。もし分からないことがございましたら、化粧台の引き出しの中に、説明書を入れておりますので、そちらをご参照ください」
ベルディオールが、扉に手をかけた。
「これからの生活に、幸福がありますように」
最後のほほ笑み。そこからは、最初の営業の義務も、途中の妖しさもなく、まるで、母が子供を見つめるときのような、優しさに満ちていた。
「はぁーっ、はぁーっ……」
ロレントは、荒い呼吸を抑えられないでいた。
――今から、この奴隷を、好きにできる。
今まで、神の教えに従い、欲望を押さえつけて生きていたため、自覚することのなかった本性、女を屈服させたいという黒い欲望に、彼は驚きながらも身を任せていた。ここにはもう自分たち二人しかおらず、ここで起こったことは絶対に露呈することはない。理性でブレーキする必要がないからだ。
「さっきの舌技で、私のものを奉仕するんだ」
ラミア用の巨大ベッドに腰を下ろす。下着を下ろし、怒張して天を指す男性器を彼女の眼前にさらす。
指と同じく、すんすんと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。彼女の頬が赤らみ、無表情だった口元に笑顔があふれる。
「んはぁぁ……♥」
だらしなく、奴隷の口が開いた。舌先をこぼし、大きく息を吐く。毒をまとった甘い香りが、彼の鼻にまで届く。
「そうだ、そのまま」
舌先が、皮をかぶった亀頭に触れた。皮でできた穴に、ねじ込まれる。
「ううぅっ!」
穴を通り抜け、二人の粘膜同士が触れ合ったとき、彼は悲鳴を上げた。
ねじ入れられた舌先の二股が、裏筋を挟む。それをとっかかりとして、舌が少しずつ、皮の中へと滑り込んでいく。
「あっ、あっ、あっ……」
舌先が左右に広がり、カリを下から上へとなぞる。舌がさらに中へ入り、それと共に皮がむき下ろされていく。
「れろっ、れぇろぉ……はぷちゅっ♥」
「うぁっ、あぁっ、あー……」
限界は、彼が思っている以上に早く訪れた。
暖かな口内に包まれ、夢が現実になったという幸福で、脳がスパークする。
「んふーっ、んふーっ♥」
自分の唾液よりも、さらに粘度の高い精液を放たれ、彼女は歓喜の深呼吸をする。この部屋に身請けされてから数か月。待ちに待った、愛する主人の精。匂いをマーキングされてから、欲しくて欲しくて、はしたなく股間を濡らし待っていた精。隷属する幸せを、彼女は噛み締めていた。
射精の脈動が続く。その間、彼女はずっと、亀頭から口を離さず、精液を受け止め続けた。
「ちゅぅぅ……」
唇をすぼめ、精液が漏れださないよう、彼女は口を離す。
「あぁ……」
喉から声を漏らしながら、彼女は彼の視界に見えるよう、口を開いた。ベルディオールに教えられた、口内射精されたときの作法だ。
――そんな、こんな、量……。
口いっぱいに満たされる精液を見て、彼は驚きを隠せなかった。彼は今まで、自発的に射精したことがなかったからだ。夢精では、こんなに大量の精液を放つことはない。
「あむっ……ごくっ、ごくっ……」
口を閉じ、喉を大きく鳴らした。奴隷が、主人の精を嚥下している。その様を、彼は獣欲と支配欲に満ちた目で見つめた。
「ごくり……んあぁ」
もう一度、口を開く。そこにはもう、白濁は一切残っていなかった。
「あむっ」
まだ硬さを残している陰茎に、口を寄せる。そのまま、彼女は亀頭の先端に吸い付いた。
「うっ」
彼の腰が、気持ちよさで無意識に浮かぶ。
「ちゅぅっ、れるっ……ちゅっちゅっ……」
射精が終わっても、尿道に残った精液はしばらくの間漏れだす。それをこぼさないように、再度の口づけと吸引。
「はぁぁ……」
射精時の強烈な吸引と違い、今回はなるべく刺激を与えないよう、優しいものだった。自然に漏れ出る以上の要求はしない。ご褒美をくれた陰茎を労わる口づけ。
「んっ、ずぞぞ……ごくっ……はぁぁ……♥」
最後の一滴を飲み込み、エミーリアは熱く吐息を放った。頬に手を当て、幸せを噛み締めた表情だ。
対するロレントは、息も絶え絶えで、全身の力が抜けてしまっていた。
「はぁ……はぁ……うくっ!?」
彼の休息は、長く続かなかった。エミーリアの舌が、また亀頭にからまったからだ。
「れろろぉ、れるんっ……ちゅぅぅ……」
二度三度、舌でなぞると、唇がついばむようにキスをする。
ロレントの奴隷生活、初日は、勃起しなくなるまでに五度、奴隷の口内に精液を放った。
◆ ◆ ◆
奴隷を買ってから、ロレントの生活は、さながら夢と現実が逆転してしまったかのようであった。
「新しき人生に、神の導きとご加護があらんことを」
この日は、新生児に対する初めての祝福を二件こなし、新築の家に対するお祈り・お祓いを一件実施した。彼が受け持つ地区は新しく開拓された土地であるため、日に何軒も渡り歩き、祈りをささげなければならない。
その間、彼はまるで自身の動きを遠くから眺めているような、現実感のなさを覚えていた。
仕事にミスはない。何年もこなしてきた仕事であり、体に染みついているからだ。しかし、だからこそ、夢の中にいるような感覚を強く自覚してしまい、戸惑いと、疲労がたまってしまう。
「あっ……はぁぁっ……また、出すぞ」
彼にとって、仕事が終わり、奴隷に口で奉仕してもらう時間こそが、唯一の現実となっていた。
この日、三度目の射精。エミーリアは、嫌がることなく、むしろ嬉しそうに、吐き出された精液を飲み干す。
「ごくっ、ぐびっ……ふぁぁ♥……ちゅぷっ、ちゅるるっ……」
最後の一滴まで飲み干し、歓喜のため息。次の瞬間には、口奉仕を再開する。
奴隷と主人の間に、会話はない。奴隷はそもそも、言葉を紡ぐことができるのかすら、主人には分からない。彼は、彼女が意味のある単語を口にした瞬間を、聞いたことがない。
彼にとって、それは問題とはならなかった。彼女は、奴隷なのだ。それも、淫らな奉仕をすることのみが仕事の、性奴隷。顔を合わせた瞬間から、彼女が頬を赤らめ、だらしなく口を開き、朝が来るまで股間に顔をうずめていても、まったく問題はない。それが彼女の仕事であり、生きるための手段なのだから。
「ああ、いいよ……エミーリア、気持ち、いいよ……」
射精後すぐの彼女の頭を、優しくなでる。
「ふふっ、あむっ、れるっ、ちゅっ」
すると、彼女は嬉しそうに鼻を鳴らし、射精直後の陰茎を、優しく舌でなで回す。
言葉がない代わりに、彼らはスキンシップでの会話を発展させた。これならば、彼女の仕事を邪魔することなく、意思を伝えあうことができる。
彼が頭をなでる仕草は、浅い刺激で長く楽しみたいという意味だ。
「れるっ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……」
舌が亀頭から離れ、陰嚢へと降りる。その中にある睾丸に吸い付くように、美味しい精液を出してくれる部分へ、感謝の愛撫。
「はぁむっ、ちゅぅぅ……」
右に吸い付いた後は、左の陰嚢を唇で甘噛み。隙間から舌を出し、ちろちろと小さく舐める。
ひくひくと、陰茎が脈動し、彼女に寂しさを伝える。
「えぇろぉ……ちろっ、ちろっ」
彼女はすぐに気付き、舌を長く伸ばし、先の二股で尿道のふくらみを挟むように舐め上げる。そのまま、裏筋の左右を細かく上下。
「うっ、うくっ……」
彼は、彼女の頭から手を離し、顎を指先でくすぐる。喉奥で射精したい、の合図だ。
「はあぁ……むっ。んぐんぐ」
大きく口を開き、一気に喉奥まで。亀頭が鼻腔と口腔がつながる壁に当たり、喉奥の肉と合わせ、全方向から締めあげられる。彼は、特にこの刺激で射精することを好んだ。
「あぁぁ……」
包まれる安心感を、喉の奥から漏らす声で表す。すぐに、彼は射精した。
「んふぅぅ……♥ごくり、ぐびり……」
彼の声と同じような、ゆっくりとした脈動だった。のろのろと管を通り、精液が放たれる。一度出るたびに、喉奥を搾り、彼女は主人の精をいただく。彼は、精飲時のこの搾りが好きなのだ。
四度目の射精。ロレントは、性に対する知識に疎いため、気付かない。普通の人間は、毎日四度も五度も射精して、平気ではいられない。彼は気付かない。すでに人間としての道を踏み外し、新たな存在に変わりつつあることに。
◆ ◆ ◆
「ちょっと待った」
エミーリアを買ってから一週間。一日の務めを終え、奴隷部屋に入室したロレントは、嬉しそうに飛び込んでくる彼女を制した。
一転、彼女は寂しそうな表情を浮かべる。
「慌てるな、今日はまず、お前の顔を綺麗にしないとな」
「えーと、まずは、布を手に巻いて……」
傍らにベルディオールが残した冊子を置き、それを読みながら作業を進める。バジリスクの邪眼は猛毒であるため、細心の注意を払わなければならない。
左手に、洗顔用の布を巻く。浄化の魔法が付与されており、なでるだけで汚れを落とすことができる。
「次に、布を巻いていない手の指を奴隷にしゃぶらせる……」
「あむっ♥」
眼前に差し出された指を、彼女が嬉しそうに含む。これは、仮面を外す際に必ず実施しなければならない動作である。仮面を外されたバジリスクは、本能的に主人の顔を見ようとする。それを防ぐために、背中の後ろに立ち、指をしゃぶらせることで、指に意識を逸らすのだ。
「そして……左手で、仮面の留め具に触れる……」
エミーリアの仮面は、購入時の儀式により、ロレント以外には外せないようになっている。どんな生物も、魔力を放っており、固体によって周波数が異なる。その周波数が鍵となり、契約者のものによってのみ、解錠することができる。
カチャリと音を立て、仮面は床へ落ちる。その音は、絨毯で吸収され、二人の耳には届かなかった。もし届いていたにしても、少なくとも、ロレントの聴覚は、受け取ることができなかっただろう。
彼は、大きなミスを犯した。顔を拭くための布は、説明書と同じく、化粧台の引き出しの中にしまわれていた。彼は、初めての作業が失敗なく実行できるかどうか、確かめる手段が欲しかった。作業は彼の目に届かない場所で行う必要がある。よって、彼の目に届くよう、助けが必要だった。彼は、エミーリアを、化粧台の鑑の前に置いていたのだ。
「あっ……」
鏡の中のエミーリアと、鏡の外のロレントの目が合った。
「綺麗だ……」
思わず、彼の口から声が漏れた。
彼女の瞳は、彼の家に代々伝わる、家宝を思い出させた。彼の家は紫を重んじる。家と教会を守るという意味が込められた、大きなアメジストがあしらわれた、金の盾。彼女には、それが二つ眠っているかのようであった。その奥には、黒い筋が刻まれた光彩。漆黒の瞳孔。
美しさへの感嘆の次に彼を襲ったのは、全身を駆け巡る甘い痺れ。眼窩の奥から広がり、血流のように、細く幾重にも渡って、頭頂、四肢の先端にまで、余すことなく伝わる。
その次は、目の前の奴隷への恋慕。胸を締め付けるような恋心。生まれたときから、司教、果ては枢機卿になるべく育てられた彼が、今までに味わったことのない感覚。
最後は、それらをすべて塗りつぶす欲情。目の前の牝を、貪り、白濁で汚したいという獣の本能。
「あむんっ!?」
彼は、彼女の体を無理矢理自分の方へ向けさせ、唇を貪った。舌を割り入れ、彼女の舌を探す。
「あー♥」
彼女はすぐに、全身の力を抜き、舌を差し出した。彼はそれを自分の口内まで誘い出し、唇で吸い付く。
「んじゅるっ、れるるっ」
「じゅるるっ……ぶはっ、じゅぅぅ!」
ロレントは我を忘れ、彼女の唾液を啜る。忘れた頃に呼吸をするが、すぐにまた口づけに戻る。
「ちゅぅ、んっ、んっ、んっ」
生地を押し上げるように勃起した陰茎が、彼女の蛇体をこする。今日、彼はまだ、ここに来てから一度も射精していない。数十回もの射精が、この部屋に来たら勃起するという条件反射を刻んでいた。
「はぁーっ、はぁーっ!」
唇を離し、彼が荒く呼吸する。獣の咆哮のようで、知らない者が聞いたら、恐怖を覚えるだろう。しかし、目の前の奴隷には、その声は自分への最大の賛辞であるこということを知っていた。自分の存在に欲情し、性交をしたい。膣の一番奥に男性器を置き、睾丸が空になるまで射精したい。エミーリアは、それが嬉しくて、主人のことが愛しくてたまらなかった。
くぱっ……、粘液の音。エミーリアが、上半身と下半身の境目、まだ誰の物も知らぬ女性器を、指で押し広げた。
上目づかいに、彼の瞳を見つめる。彼の全身に、さらに毒が回る。精が毒性を帯び、体が早く吐き出せと促す。
粘液が触れ合う音が鳴る。たまらず股間をさらけ出したロレントが、前後に揺れ催促する彼女の膣の口に、亀頭を触れさせた。
「あ……あ……あー……」
腰を突き出すと、彼は言葉を忘れたように音を吐き出す。
激しい衝動を、柔らかく受け止める、優しい圧力だった。暖かく、粘り気があり、マッサージのように揉みこむ。
「あっ、あぁぁ……あぐっ!」
様子が変わったのは、小さな抵抗を突破した直後だった。エミーリアの処女を散らし、名実ともに、彼女がロレントの牝になった瞬間、膣の肉壁が大きく脈打ち、うねり、主人の入室を熱烈に歓迎した。
「あーっ、あ゛ー……」
突然の様変わりに、彼は一瞬たりとも耐えることができなかった。喉から濁った音を絞り出し、睾丸が持ち上がる。一日溜めた精液を、子宮口から直に放った。
「んぁ……あはぁ……♥」
子宮で受け止める初めての精。パチンパチンと、脳のすべてが電気で満たされたかのような、激しい快感に、エミーリアは舌を垂らし、唾液を舌先から滴らせながら悦んだ。
「あぁむっ……」
彼女が顔を近付け、口づけをする。二度目の射精。
「ちゅっ……♥れるんっ……♥」
腕が、彼の背中に回る。三度目の射精。
「じゅるるっ……♥んんっ……♥」
蛇体が、彼の下半身に巻き付く。四度目の射精。
二人の体が、ゆっくりと倒れる。五度目の射精。
彼の防衛本能が、早くすべての精液を吐き出せと急かした。
「あんっ!あんっ!あんっ♥」
足は蛇体に締められ、上半身は腕と唇に拘束され、彼はひたすらに、腰を動かすことしかできなかった。今の彼には、それで十分だった。
「んあぁ……♥」
上から腰を落とし、ゆっくりと持ち上げ、膣肉で陰茎をこする。時折、びくびくと全身を震わせ、精液を吐き出す。瞳が相対し、また全身に毒が回る。腰を落とす。持ち上げる。痙攣、弛緩、射精、毒……。
狂乱の性交は、彼が疲れ果て、気絶するまで、夜通し続けられた。
◆ ◆ ◆
翌朝。名残惜しく奴隷部屋を後にし、身支度を整える。今日は月に一度の、教会議会であるためだ。サンタララは教会が実権を握っており、全枢機卿・司教が集まるこの議会によって、都市が運営される。
儀礼用の制服に着替え、自室を出ると、周りの雰囲気が変わっていることに気付いた。
――いつもより、空気が清涼な気がする。
彼にとって、この都市は、教義としきたり、勢力争いに縛られた、住みにくい場所であった。しかし、今日は違う。深呼吸をして、少しでもここの空気で肺を満たしたいと思えるほどであった。
「おはようございます、サイラス司教」
宿舎の向かいの部屋に住む、エメンツ司教があいさつする。緩んだ顔を慌てて引き締め、ロレントはあいさつを返した。
「何か、いいことでもありましたか?ずいぶんと晴れやかな顔をなさっている」
エメンツ司教は、他人の感情の機微に敏感な男だ。ロレントは当たり障りのない言い訳を使い、何とかごまかした。
二人はありきたりな世間話をし、議会に到着する。彼らが最後だったようだ。二人が議会に入った瞬間、扉が閉ざされ、辺りは静寂に包まれる。
「えー、議会を始める。まずは宣誓を……」
議長である枢機卿の一人が開会の宣言をし、議論を公平に行い、議会を円滑に進めることを宣誓する。
「ありがとう。それでは、今回はまず、メルヴォーレ国との国交について……本日は、メルヴォーレ国外務担当官がお見えになっているので、登壇願いたいと思う」
議会がざわつく。メルヴォーレ国は、サンタララの隣国で、魔物の手に堕ち、魔界と化したため、現在国交が断絶しているはずである。
――今更、なぜ?
ロレントの疑問は、外交官の姿を目にした瞬間に氷解した。
「ご紹介に預かりました、メルヴォーレ国外交担当官ベルディオールと申します。……皆さま、お久しぶりですね」
彼女は、自分の正体を隠すつもりがまったくなかった。山羊のような角、黒い尻尾、一対の翼、すべてをさらけだしていた。
ロレントの堕落によって、議会は完全に、ベルディオール、そしてメルヴォーレの手中に収まった。
この日、サンタララは、魔物の手に堕ちた。
16/03/15 22:49更新 / 川村人志