ベタベタ甘え蛇
メリアは、メドゥーサの習性、そして魔物娘の運命に逆らいたかった。
――人間と一緒に暮らすなんて、バカみたい。
毎日飽きもせずベタベタとする両親を見て、彼女は常にそんなことを考えていた。
両親は、彼女のことを精いっぱい、心の底から愛し育てた。だがそれが、彼女の反抗心をさらに強くした。
――魔物は、人間を襲う。人間を食べる。人間よりも強い。上位種。
小さい頃知った、旧魔王時代の物語。魔王がサキュバスでなかった時代の、殺伐とした歴史。彼女は、それこそが自然ではないかと考えていた。
だが、心の最後のタガは外すことができず、どうしても殺人、食人を行う勇気は持てなかった。
よって、彼女は現在の魔物娘の本能に抗うことにより、現在の魔王に抵抗しようと考えた。
「ちょっと、そこの男」
メリアの故郷から馬車で数時間。商業都市として栄えている街の繁華街で、彼女は一人の男を呼び止めた。
年は20に達していないくらいか、視線を周囲に巡らしながら歩いており、明らかに大きな街に慣れていないようだった。
薄茶色の短髪。さっぱりとした顔つきで、彼女は彼に嫌悪感を抱かなかった。
「え、あ、俺……?」
自分を指さし、男は答える。
「そうよ、そこのあんた」
蛇体をくねらせ、彼女は一気に男の眼前まで迫った。少女の甘い体臭が、彼の鼻腔をくすぐる。
「あのぉ……お知り合いでしたっけ?」
彼には魔物娘の知り合いがいなかったため、戸惑いつつ言葉を発する。
――うへぇ、間近で見るのは初めてだが、魔物娘ってのは、本当に、えげつないほど美人なんだなぁ……。
とは言っても、男としての本能が、目の前の美女を余すところなく観察させてしまう。
街灯の下、彼女の肌は雪のように輝く。燃え上がるような髪、毛先がまとまり、メドゥーサ特有の蛇たちを形作る。赤い鱗が艶めかしく光り、ルビーのような瞳が男を睨みつける。本体の瞳は緑。黒い濁りを伴って、縦に裂けた瞳孔が、外部から届く光の微妙な変化に合わせて息づく。鼻筋はまっすぐ伸び、歪みを見せない。唇は厚く、薄桃色に自然に色付いていた。
彼女の服は、蛇の鱗を模した、ぴったりと肌に張り付くものだった。手首から首、やや張りをなくしてスカート状に変化し、下半身まで隠していたが、体のラインははっきりと男の目に映った。メドゥーサは、あまり体が豊満に育たない。しかし、慎ましい美乳、あばらが浮きそうなのを、あと数ミリメートルで阻む皮下脂肪、腰のくびれ。少女特有の背徳感を孕んだ肢体は、彼の心を高ぶらせた。
「ふん、何鼻息荒くなってるのよ」
片眉を下げ、彼女が言う。
「まあいいわ。私を見て興奮するなら、合格ね」
「え、何が……」
いまだ事態を飲み込めない男が、首を傾げる。
「はぁ、あんたって、鈍感なのね」
そう言って、彼女は顎で彼の背後を示した。彼がそこへ視線を向けると、通りの斜め先、高くそびえるネオンの塊。不夜城のようなその建物には、『愛HOTEL魔宵蛾―マヨイガ―』と書かれていた。
「魔物娘が男を誘うなら、目的は一つに決まってるでしょ?」
――私は、父さん、母さん、そして魔王に逆らう。男と寝て、すぐに捨てる。
◆ ◆ ◆
翌日。
「うっ……」
男、ニコロは、首元から胸にかけての気持ちのいい触感と、股間から脳に駆けあがる快感で目を覚ました。
――そうか、昨日は結局、あのまま……。
昨晩の出来事を思い返しつつ、視線を下へと向ける。
「はぁぁ……ニコロぉ……好きぃ……」
メドゥーサが、頬をうっとりと染め、すりすりと彼の首元に頬ずりしている。
さらに下へ向けると、彼の男性器は勃起をやめず、それは目の前の女の膣に入ったままだった。
――あー……名前は……。
昨日知り合ったばかりで、つい数時間前まで濃厚に愛を育んでいた相手の名を思い出そうとする。
「メリア……」
「すりすり……はぅぅ?」
名を呼ばれたからか、メリアは動きを止め、うっすらとまぶたを開けた。彼の全身に巻き付いていた蛇身が、緩んだり締まったりする。
「や、やあ、おはよう」
彼は、作り笑いを浮かべる。
「んっ、おはよぉ♥」
彼女は蕩けた笑顔を返す。昨晩の不機嫌そうな表情からは、全く想像できない顔だ。
「それで、その、そろそろ……」
彼は今、彼女の体に覆いかぶさっている。彼女の体の両脇に置かれた腕に力を入れ、体を持ち上げようとした。
「チェックアウトの時間だから、ほら」
彼は顎で、壁掛けの時計を指し示す。あと30分で午前10時。チェックアウトの時間だ。
「だから、もう離れて準備しないと」
「やだっ」
蛇身が締まる。
同時に膣の筋肉がやんわりと締まり、彼の脳内に届く快感が強くなる。
「うっ、やだって……だからっ、くっ……もうチェックアウトだから」
「やーだ、ずっと一緒にいるのぉ……もっとえっちするのぉ……♥」
両腕に渾身の力を込め、彼は彼女を引きはがそうとする。しかし、魔物娘と人間の力の差は歴然としており、逆に蛇身の力だけで彼の体は最初以上に彼女と密着させられてしまった。
彼女の両腕が、彼の背中に回る。
「もう、逃げられないね♥」
「お、お前……!」
――話が違うじゃないかっ!
彼はそう叫びたくなった。彼女は昨晩、ホテルに向かっている最中も、ホテルの部屋に向かう廊下でも、それに部屋でシャワーを浴びる直前も、何度もこう言っていたのだ。
「今日一晩だけの仲だからね。朝になったらバイバイ。後腐れがなくて気楽でしょ?」
本体の二つも、髪の蛇10匹も、どこか冷めた瞳で彼を見つめていたのだ。
――それなのに……。
「お前さ、その……昨日と全然、性格が……」
「メリアって呼んで」
悲しそうな眼差しで、目に涙を浮かべ、彼女が言う。彼はぐっと言葉を詰まらせてしまう。
「うっ、ああ、メリア」
「はいっ♥」
今度は満面の笑顔。どきりと、彼の心臓が鼓動を強める。
「そのさ、昨日、あれだけ言ったじゃないか……。一晩だけの仲だって」
「やだやだっ!」
首を何度も左右に振り、腕と蛇身の力をさらに強める。
「ずっと一緒にいるもんっ!ずーっとずーっとえっちするもんっ!」
「はぁ……」
彼は溜息をつく。このままだと、いつまで経っても離れてくれないと判断したからだ。
「それにぃ……」
彼女の目が、にぃ……と細くなる。
「ニコロのおちんちん、ずぅーっとかちかちのままだよ?私の気持ちいいところ、こつこつ、こつこつって、叩いてる」
彼女は、彼の耳元に口を寄せてささやく。
「ほら、おまんこ肉をきゅっ♥きゅっ♥ってすると、ぴくんっ♥ぴくんっ♥っておちんちん震えちゃってる」
「うっ、ぐっ」
魅了の魔力にあふれたささやき声が、彼の脳髄を蕩かす。
「おちんちん、もっとえっちしたいよぅ、精液どぷどぷしたいよぅって言ってるよ?ほら、素直になろ?もっといっぱい、せっくすしよ?」
「うっ、うぅぅ……っ!」
昨晩まで童貞であった彼にとって、この言葉責めと刺激は、射精させるのに十分だった。
「あっ、美味しいの、いっぱい……」
睾丸が何度も持ち上がり、急ごしらえした精液が彼女へ注がれる。一番奥でずっとつながり合い、尿道口と子宮口がキスをしたままだったせいで、放たれた白濁は全て、直接彼女の子宮へ注がれた。
「ふっ、うっ、うぅっ!」
射精の快楽と気持ちのいい放出感で、彼の全身はぞくぞくと何度も小さく震えた。
そして、長い射精が終わると、全身が脱力し、彼女へ全体重を預ける形になった。
「んっ、いーっぱい、出た出た……よしよし」
満足気に息を吐き、彼女は彼の頭を愛おし気になでる。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
対する彼は、暴力的なまでに脳を刺激する魔物膣の気持ちよさに、大きく息を荒げるしかできなかった。
「んっ、そうだね……。昨日からずっといっぱい射精したもんね。もう限界だよね」
四肢を震わせ、生まれたての小鹿のように力を入れられない彼の様子を見て、彼女はつぶやく。
「そ、そうっ、だなっ……。だから、チェック……アウト……」
次の瞬間、彼の視界に入ってきたのは、天井の木目だった。
「ふふっ、ごろーんっ」
彼女が寝転がり、二人の上下が逆転したのだ。彼は下半身を蛇身に包まれ、上半身は彼女の柔らかな人間の体で包まれていた。なので筒状になっており、ほぼ抵抗なく転がされ気付かなかったのだ。
「ニコロ、とっても疲れてるみたいだから、今度は私が上ね」
「ちょっ……待って……っ!今は……」
何とか声を絞り出し、彼は彼女の動きを静止させようとする。しかし、精液を中出しされ、まだそれは彼女の満腹には程遠いのだ。人間の食事と一緒で、一度動き出した子宮は、満足するまでもっともっとと精液をせがむ。
「うん、知ってる。今は、まずいんだよね?」
彼女の問いに、彼はがくがくと何度もうなずく。
――そうだ、これ以上セックスしたら、おかしくなる。一晩だけで終わらなくなる。俺はメリアと一晩でサヨナラなんだ。だから、あれ……?
彼は気付いた。
――何で、俺は、メリアと一晩でサヨナラしないといけないんだろう。
「もっとえっちしたら、私のこと、大好きになっちゃうからだよね?」
――そうだ。
「分かるよ。昨日の私も、同じだったから。今、ニコロは私のことを好きになりかけてる。一日で終わらなくなってしまうって、焦ってる」
どろっと、彼女の瞳が情欲で濁った。
「でも、それって、とっても気持ちいいことなんだよ?」
すりすりと、彼女は自分の腹をなでる。
「私、何度も何度もニコロに中に出してもらって、分かったもん。他人を好きになるって、大好きな人と出会うって、とっても気持ちいいって」
彼女の顔に浮かんでいたのは、曇り一つない、満面の笑みだった。
「ニコロ、大好き♥」
「……」
彼はしばらく彼女の瞳を見つめ返していたが、顔を真っ赤にし、右に顔を倒してしまった。
「ニコロ、かわいい」
彼女の腰が、ゆっくりと上下する。粘り気のある音が、二人のつながっている部分から鳴る。
「ふっ、くっ、そういうことっ……言う、なよっ」
男は概して、『可愛い』という単語を言われることに、あまりいい感情を示さない。彼もそれに漏れず、赤面しつつ非難する。
「だってっ、んっ、本当に……かわいいんだもん」
ほらこっちを向いて、と彼女は彼の顎を指先でなでる。甘ったるい声が鼓膜をくすぐり、彼は無意識の内に彼女の声に従っていた。
「キス、しようね」
目を閉じ近付いてくる彼女の顔を、彼は拒まなかった。柔らかい部分同士が、触れ合う。
「ちゅっ、ちゅっ……」
小鳥が餌をついばむように、上下の唇で、彼女は彼のものを挟む。音を立て、何度か離す。その後、上同士、下同士が触れ、唾液に濡れた彼女の舌が、彼の口内へ侵入した。
――ファーストキス……。
昨晩、二人は口づけを交わさなかった。互いにとって、これが初めてのキスだった。
「れるっ、ちゅるるっ……んふっ」
二股に分かれた彼女の舌先が、彼の舌を捕えた。嬉しそうに笑い、彼女はそれを挟んでもみしだく。
「んっ、んっ、んんぅ……」
彼はそれだけで、彼女に屈服した。緩慢な動きで腕を持ち上げ、彼女の尻の上に手を乗せる。閉じたまぶたの裏で瞳が裏返り、ゆっくりとしたリズムで精液を漏らした。
「はぁ、あぁっ……また、でてる……ざーめん、とくん♥とくん♥って……」
彼の舌先を優しくしごきながら、彼女はうっとりとつぶやいた。
彼女は彼の射精が止まるまで、腰は止めなかった。最後の一滴まで搾り取るように、膣の筋肉を絶妙に締めたり緩めたりする。
何分経っただろうか。もう何も出なくなり、二人の下半身が、まるで一つに溶けあったかのように密着。ニコロとメリアは同じリズムで呼吸をし、鼓動をし、見つめ合っていた。
その時、部屋の扉がノックされる。
「あのー、お客様?」
若い女性の声。時刻は10時10分。チェックアウト時刻を過ぎ、ホテルの従業員が部屋の確認に来たのだ。
「あ、あの……すみません」
声を出したのはニコロだ。
「もう一泊、してもいいですか?お金はきちんとっ、うっ、お、おいっ、メリアっ……!」
今の一言で、彼の自分に対する気持ちを十分に理解した彼女は、歓喜の上下運動を始めた。
扉の外で、かすかに従業員のああ……という全てを理解した声が漏れた後。
「ええ、どうぞ、ごゆっくり」
そう言って、角と翼の生えた従業員は、懐から一枚のチラシを取り出すと、部屋の扉の隙間に差し込んだ。
――『魔宵蛾結婚式場のご案内』
「はは、は……」
外堀を完全に埋められた思いがし、彼はもう、目の前の蛇美女のこと以外は考えないことにした。
◆ ◆ ◆
「ちゅちゅっ、んっ……。ニコロって、どこに住んでるの?」
「へぇ、そうなのか。メリアのお父さんって、俺の親父と同い年なのか」
「うん、私も、魔界豚のソテー好き」
「俺の両親は、主神教の教えが嫌で、元いた街を飛び出して……」
「あ、意外と近くに住んでいたんだね、私たち」
二人は、追加の一泊をゆっくりとすごした。二人は横を向き見つめ合い、互いの指を絡め合わせ、性器同士をつなげたまま。キスをし、合間に互いのことを知り合う。二人は自分たちは結婚し、家庭を築くと確信していたが、互いのことを何も知らなかったのだ。
「それで、結婚式はどうするの?」
日が傾き、空が橙色に染まった頃、唇を離したメリアが言った。
「そうだな、場所は……あそこだな」
ちらりと、彼が扉の下を見る。
「……うん。そうだね」
にっこりとほほ笑み、彼女がうなずく。チラシには、純白の教会、黄金の鐘、薄桃色の花嫁、漆黒の花婿が写っており、花吹雪が舞っていた。
「それで、親族をみんな呼んで」
「村のみんなも呼ぶ!」
二人は結婚式のプランを話し合う。豪華なケーキ、色とりどりの花、教会の鐘の音……。
「でも、だったら、もう俺は街をブラブラできないなー」
彼がつぶやく。
「今まで何となく避けていたけど、ちゃんと働かないとな……」
結婚式を挙げるためには、当然資金がいる。二人はまだ未成年だ。十分な貯蓄がない。
だから……、と言って、彼は続けた。
「まずは、二人で一緒に暮らそう」
「うん、そうだね。パパとママに言って、私、ニコロの家に住む。一緒にニコロのお父さんとお母さん、手伝うよ」
彼の実家は雑貨屋を営んでいる。今まで彼は、身を固めるのが嫌でこの街をぶらついていたが、ついに放蕩人生は幕を下ろしそうだ。
「でも、その前に……」
彼女はそう言って、自分の体を彼の体とベッドのマットの間に滑り込ませた。
「もっと、いっぱいお互いのことを知ろうよ。特に、体のことを……♥」
瞳が情欲に光り、それを見て彼は喉を鳴らした。
「わ、分かった。じっくり味わい尽くすよ、メリアのこと……」
それから、と彼は一度息を吸う。
「メリア、愛してるよ」
「うん、私も、一生愛してる」
ゆっくりと二人は目を閉じ、その後、朝まで互いの体を貪った。
――人間と一緒に暮らすなんて、バカみたい。
毎日飽きもせずベタベタとする両親を見て、彼女は常にそんなことを考えていた。
両親は、彼女のことを精いっぱい、心の底から愛し育てた。だがそれが、彼女の反抗心をさらに強くした。
――魔物は、人間を襲う。人間を食べる。人間よりも強い。上位種。
小さい頃知った、旧魔王時代の物語。魔王がサキュバスでなかった時代の、殺伐とした歴史。彼女は、それこそが自然ではないかと考えていた。
だが、心の最後のタガは外すことができず、どうしても殺人、食人を行う勇気は持てなかった。
よって、彼女は現在の魔物娘の本能に抗うことにより、現在の魔王に抵抗しようと考えた。
「ちょっと、そこの男」
メリアの故郷から馬車で数時間。商業都市として栄えている街の繁華街で、彼女は一人の男を呼び止めた。
年は20に達していないくらいか、視線を周囲に巡らしながら歩いており、明らかに大きな街に慣れていないようだった。
薄茶色の短髪。さっぱりとした顔つきで、彼女は彼に嫌悪感を抱かなかった。
「え、あ、俺……?」
自分を指さし、男は答える。
「そうよ、そこのあんた」
蛇体をくねらせ、彼女は一気に男の眼前まで迫った。少女の甘い体臭が、彼の鼻腔をくすぐる。
「あのぉ……お知り合いでしたっけ?」
彼には魔物娘の知り合いがいなかったため、戸惑いつつ言葉を発する。
――うへぇ、間近で見るのは初めてだが、魔物娘ってのは、本当に、えげつないほど美人なんだなぁ……。
とは言っても、男としての本能が、目の前の美女を余すところなく観察させてしまう。
街灯の下、彼女の肌は雪のように輝く。燃え上がるような髪、毛先がまとまり、メドゥーサ特有の蛇たちを形作る。赤い鱗が艶めかしく光り、ルビーのような瞳が男を睨みつける。本体の瞳は緑。黒い濁りを伴って、縦に裂けた瞳孔が、外部から届く光の微妙な変化に合わせて息づく。鼻筋はまっすぐ伸び、歪みを見せない。唇は厚く、薄桃色に自然に色付いていた。
彼女の服は、蛇の鱗を模した、ぴったりと肌に張り付くものだった。手首から首、やや張りをなくしてスカート状に変化し、下半身まで隠していたが、体のラインははっきりと男の目に映った。メドゥーサは、あまり体が豊満に育たない。しかし、慎ましい美乳、あばらが浮きそうなのを、あと数ミリメートルで阻む皮下脂肪、腰のくびれ。少女特有の背徳感を孕んだ肢体は、彼の心を高ぶらせた。
「ふん、何鼻息荒くなってるのよ」
片眉を下げ、彼女が言う。
「まあいいわ。私を見て興奮するなら、合格ね」
「え、何が……」
いまだ事態を飲み込めない男が、首を傾げる。
「はぁ、あんたって、鈍感なのね」
そう言って、彼女は顎で彼の背後を示した。彼がそこへ視線を向けると、通りの斜め先、高くそびえるネオンの塊。不夜城のようなその建物には、『愛HOTEL魔宵蛾―マヨイガ―』と書かれていた。
「魔物娘が男を誘うなら、目的は一つに決まってるでしょ?」
――私は、父さん、母さん、そして魔王に逆らう。男と寝て、すぐに捨てる。
◆ ◆ ◆
翌日。
「うっ……」
男、ニコロは、首元から胸にかけての気持ちのいい触感と、股間から脳に駆けあがる快感で目を覚ました。
――そうか、昨日は結局、あのまま……。
昨晩の出来事を思い返しつつ、視線を下へと向ける。
「はぁぁ……ニコロぉ……好きぃ……」
メドゥーサが、頬をうっとりと染め、すりすりと彼の首元に頬ずりしている。
さらに下へ向けると、彼の男性器は勃起をやめず、それは目の前の女の膣に入ったままだった。
――あー……名前は……。
昨日知り合ったばかりで、つい数時間前まで濃厚に愛を育んでいた相手の名を思い出そうとする。
「メリア……」
「すりすり……はぅぅ?」
名を呼ばれたからか、メリアは動きを止め、うっすらとまぶたを開けた。彼の全身に巻き付いていた蛇身が、緩んだり締まったりする。
「や、やあ、おはよう」
彼は、作り笑いを浮かべる。
「んっ、おはよぉ♥」
彼女は蕩けた笑顔を返す。昨晩の不機嫌そうな表情からは、全く想像できない顔だ。
「それで、その、そろそろ……」
彼は今、彼女の体に覆いかぶさっている。彼女の体の両脇に置かれた腕に力を入れ、体を持ち上げようとした。
「チェックアウトの時間だから、ほら」
彼は顎で、壁掛けの時計を指し示す。あと30分で午前10時。チェックアウトの時間だ。
「だから、もう離れて準備しないと」
「やだっ」
蛇身が締まる。
同時に膣の筋肉がやんわりと締まり、彼の脳内に届く快感が強くなる。
「うっ、やだって……だからっ、くっ……もうチェックアウトだから」
「やーだ、ずっと一緒にいるのぉ……もっとえっちするのぉ……♥」
両腕に渾身の力を込め、彼は彼女を引きはがそうとする。しかし、魔物娘と人間の力の差は歴然としており、逆に蛇身の力だけで彼の体は最初以上に彼女と密着させられてしまった。
彼女の両腕が、彼の背中に回る。
「もう、逃げられないね♥」
「お、お前……!」
――話が違うじゃないかっ!
彼はそう叫びたくなった。彼女は昨晩、ホテルに向かっている最中も、ホテルの部屋に向かう廊下でも、それに部屋でシャワーを浴びる直前も、何度もこう言っていたのだ。
「今日一晩だけの仲だからね。朝になったらバイバイ。後腐れがなくて気楽でしょ?」
本体の二つも、髪の蛇10匹も、どこか冷めた瞳で彼を見つめていたのだ。
――それなのに……。
「お前さ、その……昨日と全然、性格が……」
「メリアって呼んで」
悲しそうな眼差しで、目に涙を浮かべ、彼女が言う。彼はぐっと言葉を詰まらせてしまう。
「うっ、ああ、メリア」
「はいっ♥」
今度は満面の笑顔。どきりと、彼の心臓が鼓動を強める。
「そのさ、昨日、あれだけ言ったじゃないか……。一晩だけの仲だって」
「やだやだっ!」
首を何度も左右に振り、腕と蛇身の力をさらに強める。
「ずっと一緒にいるもんっ!ずーっとずーっとえっちするもんっ!」
「はぁ……」
彼は溜息をつく。このままだと、いつまで経っても離れてくれないと判断したからだ。
「それにぃ……」
彼女の目が、にぃ……と細くなる。
「ニコロのおちんちん、ずぅーっとかちかちのままだよ?私の気持ちいいところ、こつこつ、こつこつって、叩いてる」
彼女は、彼の耳元に口を寄せてささやく。
「ほら、おまんこ肉をきゅっ♥きゅっ♥ってすると、ぴくんっ♥ぴくんっ♥っておちんちん震えちゃってる」
「うっ、ぐっ」
魅了の魔力にあふれたささやき声が、彼の脳髄を蕩かす。
「おちんちん、もっとえっちしたいよぅ、精液どぷどぷしたいよぅって言ってるよ?ほら、素直になろ?もっといっぱい、せっくすしよ?」
「うっ、うぅぅ……っ!」
昨晩まで童貞であった彼にとって、この言葉責めと刺激は、射精させるのに十分だった。
「あっ、美味しいの、いっぱい……」
睾丸が何度も持ち上がり、急ごしらえした精液が彼女へ注がれる。一番奥でずっとつながり合い、尿道口と子宮口がキスをしたままだったせいで、放たれた白濁は全て、直接彼女の子宮へ注がれた。
「ふっ、うっ、うぅっ!」
射精の快楽と気持ちのいい放出感で、彼の全身はぞくぞくと何度も小さく震えた。
そして、長い射精が終わると、全身が脱力し、彼女へ全体重を預ける形になった。
「んっ、いーっぱい、出た出た……よしよし」
満足気に息を吐き、彼女は彼の頭を愛おし気になでる。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
対する彼は、暴力的なまでに脳を刺激する魔物膣の気持ちよさに、大きく息を荒げるしかできなかった。
「んっ、そうだね……。昨日からずっといっぱい射精したもんね。もう限界だよね」
四肢を震わせ、生まれたての小鹿のように力を入れられない彼の様子を見て、彼女はつぶやく。
「そ、そうっ、だなっ……。だから、チェック……アウト……」
次の瞬間、彼の視界に入ってきたのは、天井の木目だった。
「ふふっ、ごろーんっ」
彼女が寝転がり、二人の上下が逆転したのだ。彼は下半身を蛇身に包まれ、上半身は彼女の柔らかな人間の体で包まれていた。なので筒状になっており、ほぼ抵抗なく転がされ気付かなかったのだ。
「ニコロ、とっても疲れてるみたいだから、今度は私が上ね」
「ちょっ……待って……っ!今は……」
何とか声を絞り出し、彼は彼女の動きを静止させようとする。しかし、精液を中出しされ、まだそれは彼女の満腹には程遠いのだ。人間の食事と一緒で、一度動き出した子宮は、満足するまでもっともっとと精液をせがむ。
「うん、知ってる。今は、まずいんだよね?」
彼女の問いに、彼はがくがくと何度もうなずく。
――そうだ、これ以上セックスしたら、おかしくなる。一晩だけで終わらなくなる。俺はメリアと一晩でサヨナラなんだ。だから、あれ……?
彼は気付いた。
――何で、俺は、メリアと一晩でサヨナラしないといけないんだろう。
「もっとえっちしたら、私のこと、大好きになっちゃうからだよね?」
――そうだ。
「分かるよ。昨日の私も、同じだったから。今、ニコロは私のことを好きになりかけてる。一日で終わらなくなってしまうって、焦ってる」
どろっと、彼女の瞳が情欲で濁った。
「でも、それって、とっても気持ちいいことなんだよ?」
すりすりと、彼女は自分の腹をなでる。
「私、何度も何度もニコロに中に出してもらって、分かったもん。他人を好きになるって、大好きな人と出会うって、とっても気持ちいいって」
彼女の顔に浮かんでいたのは、曇り一つない、満面の笑みだった。
「ニコロ、大好き♥」
「……」
彼はしばらく彼女の瞳を見つめ返していたが、顔を真っ赤にし、右に顔を倒してしまった。
「ニコロ、かわいい」
彼女の腰が、ゆっくりと上下する。粘り気のある音が、二人のつながっている部分から鳴る。
「ふっ、くっ、そういうことっ……言う、なよっ」
男は概して、『可愛い』という単語を言われることに、あまりいい感情を示さない。彼もそれに漏れず、赤面しつつ非難する。
「だってっ、んっ、本当に……かわいいんだもん」
ほらこっちを向いて、と彼女は彼の顎を指先でなでる。甘ったるい声が鼓膜をくすぐり、彼は無意識の内に彼女の声に従っていた。
「キス、しようね」
目を閉じ近付いてくる彼女の顔を、彼は拒まなかった。柔らかい部分同士が、触れ合う。
「ちゅっ、ちゅっ……」
小鳥が餌をついばむように、上下の唇で、彼女は彼のものを挟む。音を立て、何度か離す。その後、上同士、下同士が触れ、唾液に濡れた彼女の舌が、彼の口内へ侵入した。
――ファーストキス……。
昨晩、二人は口づけを交わさなかった。互いにとって、これが初めてのキスだった。
「れるっ、ちゅるるっ……んふっ」
二股に分かれた彼女の舌先が、彼の舌を捕えた。嬉しそうに笑い、彼女はそれを挟んでもみしだく。
「んっ、んっ、んんぅ……」
彼はそれだけで、彼女に屈服した。緩慢な動きで腕を持ち上げ、彼女の尻の上に手を乗せる。閉じたまぶたの裏で瞳が裏返り、ゆっくりとしたリズムで精液を漏らした。
「はぁ、あぁっ……また、でてる……ざーめん、とくん♥とくん♥って……」
彼の舌先を優しくしごきながら、彼女はうっとりとつぶやいた。
彼女は彼の射精が止まるまで、腰は止めなかった。最後の一滴まで搾り取るように、膣の筋肉を絶妙に締めたり緩めたりする。
何分経っただろうか。もう何も出なくなり、二人の下半身が、まるで一つに溶けあったかのように密着。ニコロとメリアは同じリズムで呼吸をし、鼓動をし、見つめ合っていた。
その時、部屋の扉がノックされる。
「あのー、お客様?」
若い女性の声。時刻は10時10分。チェックアウト時刻を過ぎ、ホテルの従業員が部屋の確認に来たのだ。
「あ、あの……すみません」
声を出したのはニコロだ。
「もう一泊、してもいいですか?お金はきちんとっ、うっ、お、おいっ、メリアっ……!」
今の一言で、彼の自分に対する気持ちを十分に理解した彼女は、歓喜の上下運動を始めた。
扉の外で、かすかに従業員のああ……という全てを理解した声が漏れた後。
「ええ、どうぞ、ごゆっくり」
そう言って、角と翼の生えた従業員は、懐から一枚のチラシを取り出すと、部屋の扉の隙間に差し込んだ。
――『魔宵蛾結婚式場のご案内』
「はは、は……」
外堀を完全に埋められた思いがし、彼はもう、目の前の蛇美女のこと以外は考えないことにした。
◆ ◆ ◆
「ちゅちゅっ、んっ……。ニコロって、どこに住んでるの?」
「へぇ、そうなのか。メリアのお父さんって、俺の親父と同い年なのか」
「うん、私も、魔界豚のソテー好き」
「俺の両親は、主神教の教えが嫌で、元いた街を飛び出して……」
「あ、意外と近くに住んでいたんだね、私たち」
二人は、追加の一泊をゆっくりとすごした。二人は横を向き見つめ合い、互いの指を絡め合わせ、性器同士をつなげたまま。キスをし、合間に互いのことを知り合う。二人は自分たちは結婚し、家庭を築くと確信していたが、互いのことを何も知らなかったのだ。
「それで、結婚式はどうするの?」
日が傾き、空が橙色に染まった頃、唇を離したメリアが言った。
「そうだな、場所は……あそこだな」
ちらりと、彼が扉の下を見る。
「……うん。そうだね」
にっこりとほほ笑み、彼女がうなずく。チラシには、純白の教会、黄金の鐘、薄桃色の花嫁、漆黒の花婿が写っており、花吹雪が舞っていた。
「それで、親族をみんな呼んで」
「村のみんなも呼ぶ!」
二人は結婚式のプランを話し合う。豪華なケーキ、色とりどりの花、教会の鐘の音……。
「でも、だったら、もう俺は街をブラブラできないなー」
彼がつぶやく。
「今まで何となく避けていたけど、ちゃんと働かないとな……」
結婚式を挙げるためには、当然資金がいる。二人はまだ未成年だ。十分な貯蓄がない。
だから……、と言って、彼は続けた。
「まずは、二人で一緒に暮らそう」
「うん、そうだね。パパとママに言って、私、ニコロの家に住む。一緒にニコロのお父さんとお母さん、手伝うよ」
彼の実家は雑貨屋を営んでいる。今まで彼は、身を固めるのが嫌でこの街をぶらついていたが、ついに放蕩人生は幕を下ろしそうだ。
「でも、その前に……」
彼女はそう言って、自分の体を彼の体とベッドのマットの間に滑り込ませた。
「もっと、いっぱいお互いのことを知ろうよ。特に、体のことを……♥」
瞳が情欲に光り、それを見て彼は喉を鳴らした。
「わ、分かった。じっくり味わい尽くすよ、メリアのこと……」
それから、と彼は一度息を吸う。
「メリア、愛してるよ」
「うん、私も、一生愛してる」
ゆっくりと二人は目を閉じ、その後、朝まで互いの体を貪った。
13/08/29 20:23更新 / 川村人志