淫魔お試し
思い返す。
――雪乃はいつから、俺をあんな瞳で見るようになったのだろう。
小学生の頃を思い出す。俺と彼女は家が隣同士で、朝の集団登校は同じ班に属していた。班内で同学年は二人だけだったため、自然と毎日仲良くしゃべりながら登校していた記憶がある。
だが、それは低学年まで。三年、四年になるにつれ、小学生特有の異性と一緒にいることの恥ずかしさに目覚める。やがて、俺たちの朝は横並びから縦並びになり、口を利くことはなくなった。
中学生の頃を思い出す。俺は運動部に所属し、毎日朝の練習のために、その他の生徒よりも何時間も早く起き、登校していた。雪乃は文化部で放課後にしか活動がないこともあり、顔を合わせるのすら稀になった。
あの頃の俺は、自分で考え直しても確信できるくらい、異性にモテていた。一週間に一回は告白を受けていたし、女子生徒が俺を目を輝かせて見つめていることに慣れきっていた。
だが、それも二年生まで。三年生になったとき、入部した新入生が話題と俺のポジションを無慈悲に奪っていった。俺は盤石だったはずのレギュラーから落ち、挫折を味わった。そのときに理解した。彼女たちは『レギュラー』の俺を見ていただけであって、俺自身を見ていなかったのだと。
思い出した。雪乃の視線に気付いたのは、あの頃だった。他の異性が俺を見なくなったのに、彼女だけが俺を見続けていたのだ。あのときは、自分を突き放した俺を心の中で嘲笑っているのか、と考えていた。
「れるっ……んっちゅぅ……ああ、りゅうくん……」
彼女が、竜己という俺の名を、仲が良かった頃と同じあだ名で呼ぶ。
あのときの彼女の瞳は、今こうやって俺の唇を奪い、頬を染め、それでもまぶたを閉じず俺の目を見つめているときと、全く同じであった。底が見えず、吸い込まれるようだ。以前テレビで見たベリーズ・バリアリーフのブルーホールを思い起こさせた。
「りゅうくん、好きだよ、大好きだよ……」
今まで告白してきたどの女よりも、情熱的で、直接的に愛を伝えてくる。だが、俺の心は燃えることがなく、今もこうやって過去を思い返し、分析するばかり。
中学のときまでの俺だったら、その言葉を受け入れられただろう。自分は異性に好かれるという自覚も自信もあったし、告白されるという行為自体が、ごくありふれた日常であったからだ。
しかし、今はどうだ。挫折をした後の俺はどうだ。部活を辞め、何も考えることなく中学生を終え、何となく受けた高校に入学し、友人もできず、かといって学校をやめる決心もつかず、出席日数ギリギリを渡り歩き、後は家に籠る。他人にとっては、いてもいなくてもどちらでもいい存在。そんな俺に、なぜ彼女はこうも好意を寄せるのか。理由が分からなかった。
「ずっとずっと、好きだった。れるっ、ずぅっと、りゅうくんとこうしたかった」
――今の俺は、あの頃とは全然違う。
そう叫びたかった。しかし、何故か声は出ない。彼女に舌を吸われ、その痺れが取れないのだ。
今の姿を見て、彼女はまだ俺を好きと言えるのはなぜだ。運動をやめ、ストレスを発散するには暴食をするしかない俺は、かつての頃よりも劇的に体重が増えてしまっている。もう肥満といっていい体型になってしまっている。
「ちゅっ、ちゅっ……ううん、りゅうくんは何も変わってないよ。姿しか見ていない、肩書しか見ていない他の女とは違う。私は、ずっと、どんなことがあっても、りゅうくんだけ見てたから、中身が、魂が、何も変わってないのが分かるから」
俺の心を見透かしたかのように、彼女が言う。そういえば、彼女は何度も、俺の言いたいことを、口にする前に理解していた。
「分かるよ。私はりゅうくんのこと、何でも知ってる」
俺の体を抱きしめた。甘いミルクのような香りと、暖かな体温に包まれる。
「ふぅ……りゅうくんの体、あったかい」
息を大きく吐き出し、喉を鳴らしながら、彼女は俺の顔に頬ずりする。
「うふっ、りゅうくんの頬、ざらざらぞりぞりするね」
そう言いながらも、彼女の声色は嬉しそうだ。
「すまん。もう何日も髭を剃ってないから」
彼女が顔を離し、また相対するように彼女が視線を向ける。
「ううん、気にしなくてもいいよ。今のりゅうくん、ワイルドで素敵」
頬を染め、うっとりとつぶやく。まっすぐな眼差しで見つめられ、こちらの顔まで赤くなってしまう。
――それにしても……。
先ほどまではファーストキスの衝撃でまともに彼女の顔を見られなかったが、今はある程度冷静に彼女の表情を眺めることができる。
――雪乃って、こんなに美人だったか?
黒い髪。手入れをきちんと行っているのか、癖がなく艶めいており、背中まで届くロング。
雪という字にふさわしく、色白できめ細やかな肌。化粧には詳しくないが、高校生にも関わらず、すっぴんではなかろうか。
目はぱっちりと大きい。夜の闇のように濁っていることを除いては、きれいな瞳をしている。
鼻筋がまっすぐと整っている。唇は興奮で薄く色付いている。
確かに、小学生の頃から、顔立ちは整っていたように思う。男子が他愛もなく話す、どの女子が好きかという話題でも、彼女の名前は何度も挙がっていた。決まって、毎日一緒に登校する俺がからかわれるハメになっていたのだが。
それ以降の彼女は、よく覚えていないことに気付く。しっかりと彼女の顔を見るのは、五年ぶりくらいかもしれない。
「久しぶりに、ちゃんと私を見てくれたね」
表情をとろけさせ、彼女が笑う。恥じらいを含んだ先ほどとは異なり、明らかに欲情を含んだ笑み。
「りゅうくんに振り向いて欲しくて、私は願ったの」
唐突につぶやく。
「『神様、いいえ、悪魔でもいい。りゅうくんと一緒にさせてください』って、毎日毎日願ってた」
そうしたら……と彼女が言うと、まっすぐに俺の瞳を見つめていた彼女の黒目に、変化が起こった。漆黒の中に、燃え上がる火のような赤が加わり始めたのだ。それは徐々に黒を侵食し、ついには完全に混ざり合う。血のような赤褐色に変化した。
その後、めりめりと木が割けるような音がする。彼女の頭から、二本の山羊と羊を合わせたような角が生え、腰からは二枚の黒光りする翼と長細い一本の尻尾が伸びた。
それはまるで、ファンタジー世界に存在するような。
「サキュバス」
完全に変身を終えた彼女が言った。
「サキュバスになっちゃった」
ぞくりと、俺の背筋に痺れるような快感が流れる。彼女の声が耳を伝い、神経をくすぐる刺激。
「りゅうくんも知ってるでしょ?最近現れ始めた魔物のこと」
うなずく。数年前から現れるようになった、女性型のモンスター、魔物娘。異世界から来るものばかりだと思っていたのだが。
「お姉さまが、私の願いを聞き入れてくださったの。大好きな人を絶対に離さない、魔の体」
彼女の両手が、俺の頬と顎を撫でる。
「りゅうくんのために、私は人間を辞めたんだよ。どう、信じてくれた?私がりゅうくんのこと、大大大好きなこと」
魔物化は不可逆だと聞いたことがある。一度魔物娘になってしまったら、二度と人間には戻れない。愛する者を失ったら、生きていけない。魔物娘になるためには、それだけの覚悟が必要なのだ。
――まさか、本当に、そこまで俺のことを?
さすがに魔物化する瞬間を見てしまったため、彼女の俺への愛を信じざるを得なかった。ゆっくりと一度うなずく。すると、彼女はほっと顔を緩ませ、にっこりとほほ笑んだ。
「よかった。信じてくれたんだね……。じゃあ……」
「ちょっと待った」
いそいそと服を脱ぐ彼女を制す。彼女がこれから何をしようとしているのかは分かる。魔物娘にとって、性交が愛情表現であり、同時に食事でもあることを知っているから。
「何?私の愛をもっと教えようと……」
不安そうな目で、こちらを見る。
「確かに、お前が俺のことを好きなのは信じた。だけど、だからといってそれを受けるかどうかは別問題だ」
一瞬、彼女の動きが止まる。だがすぐに、不安に満ちた表情は消え去り、元のとろけた笑顔に戻った。
「なあんだ、そんなことね」
ふふっと声を漏らし笑う。
「じゃあ、一回お試ししてみない?私の愛を一回味わってみて、それから受け取るかどうか決めればいいんだよ」
俺が彼女の言葉を理解している間に、彼女はすでに服を全て脱ぎ終わっていた。
「お試し……?」
彼女の裸体から目をそらし、何とかそれだけを口にする。
「うん。りゅうくんは動かなくていいからね。これはお試しだから、私が全部してあげる。一回頭をすっきりさせて、それから私の愛を受け取るかどうか決めてね」
肩を押さえつけられ、そのまま背後のベッドへ倒された。意外と彼女の力が強いことに驚く。
ごそごそと腰回りをまさぐられ、すぐに下半身が外気にさらされる感触を覚えた。ズボンを下着と一緒に脱がされたのだろう。
「うわぁ……大きい」
嬉しそうな彼女の声が聞こえる。キスされたときから、痛いほど俺の陰茎は勃起していたのだ。恥ずかしさに顔を赤らめる。
「それじゃあ、入れちゃうね……ねえ、りゅうくん」
名前を呼ばれ、つい反射的に視線を彼女の方へ戻してしまう。
横になる俺の体に、彼女が騎手のようにまたがる。
――きれいだ。
彼女の裸を見て、素直にそう思った。
顔と同じく、雪のように白くシミひとつない肌。胸は大きすぎず、しかし存在感をしっかりとあらわしている。思わず撫でたくなる、柔らかな曲線を描いた尻。そして、胸と尻の美しさを強調する腰のくびれ。魔物である証である翼、尻尾と合わさり、彼女の体は神聖な宗教画から抜け出したような美しさを放っていた。
「りゅうくんの童貞、私にちょうだい?」
代わりに……と彼女は続ける。
「私の初めて、あげるから」
返事をしようとする口は、代わりにうめき声を放った。
「あっ、あぁぁぁ……」
淫魔の柔らかい膣肉が亀頭を温かく包み込み、ぬめりを伴って熱が下ったからだった。一度、わずかな抵抗があったが、それ以外はすんなりと熱はペニスの根元に達した。
「ふっうぅぅ……あー……」
俺の視界の中で、彼女の表情はこれ以上ないほどにとろけていった。まぶたを軽く下ろし、赤褐色の瞳は濁り、頬を染め、舌をだらしなく伸ばし、唾液を垂らす。
「あぁー……しゅきぃ、りゅうくん、しゅきぃ……」
彼女が腰を持ち上げる。肉がきゅっと締まり、柔らかなブラシで撫でられているような感覚を覚える。ぞくっぞくっと何度も全身が震えるほどの快感に襲われる。
「あぁうんっ」
重力に任せて、腰が落ちる。ぞりぞりとした強い刺激の後、ぱちんと俺と彼女の肉がぶつかる音がする。
「くぁっ、ぐっうぅ……」
俺は歯を食いしばり、快感に耐えることしかできなかった。彼女の言葉がなくとも、俺は何もできなかっただろう。
――何だよこれ……セックスってこんなに気持ちいいのかよ……。
知識としては知っていたが、実際に味わうのは初めてだ。未知の快楽に、俺の心は、すでに彼女の愛を受け入れる方へ完全に傾いていた。
それから何度も、雪乃は腰を上下させた。その間に、膣は俺のものに合うように形を変え、腰を下ろすと亀頭の先端に柔らかな抵抗を覚えるようになった。知識としては持っている、おそらくこれは子宮口。
「んぁっ、あー……りゅうくんのおちんちん、ぷくぅってなったぁ」
嬉しそうに、彼女が炎天下のアイスクリームのような声を上げる。
「もうすぐ、びゅー♥するんだねっ。だいしゅきなりゅうくんのせーえき、いっぱいわらひのおまんこにびゅーっ♥なんだねっ」
腰の動きが小さくなり、最奥をこつこつと叩くような上下運動に変わった。
「ここだよっ。あかちゃんのおへやに、たまたまのなかみっ、ぜんぶびゅーびゅーしちゃおうねっ♥」
ぎゅっぎゅっと小刻みに膣肉が締まり、裏筋やカリの奥、性感帯が集まる気持ちいいところが重点的に責められる。
「あぁっ、ちょっと待てっ、出るっ、出るって!」
ペニスから届くあまりにも早いギブアップ宣言に、俺は戸惑いの声を上げた。
「うんっ、うんっ!いいよぉ、せーえきちょうらぁいっ」
一際強く、きつく、肉壺が締まった。同時に、脳が焼き切れるかのような感覚と共に、音が耳に届きそうなほど勢いよく、精液が彼女の子宮に注がれる。
「きたぁ……ざーめんびゅーっきたぁ……」
嬉しそうに微笑み、彼女は舌足らずになりながら声を漏らす。
俺の腰が、意思に判して何度も跳ね、気持ちよくしてくれた淫魔に感謝の証を注ぐ。
――何で、こんなにたくさん……!?
異常だった。いくら気持ちいいからといっても、こんな、十秒も二十秒も射精が止まらないなんてこと、ありえない。
「サキュバスだからだよぉ」
上目づかいで、彼女がこちらの瞳を覗く。
「サキュバスとえっちするとぉ……精液とぷとぷ、なかなか止まらないんだよぉ?」
口の端を持ち上げ、意地悪そうに笑う。
「ねえ、りゅうくん」
「はい」
彼女の笑みと言葉から、何やら嫌な予感がする。
「私とのえっち、とっても気持ちよかったよね?」
「はい」
それは疑いようもない事実だ。素直にうなずく。
「淫魔とのえっち、とーっても気持ちよかったよね?」
「はい」
『淫魔』という言葉を強調され、不安になりつつも、それも事実である。またもうなずく。
「もう、人間とのえっちでは満足できなくなっちゃったね」
「あ」
その言葉を聞いて、俺は気付いた。彼女はそもそも、俺に選択権を与えるつもりはなかったのだ。
「でも、大丈夫だよ。私がずっとそばにいるから」
彼女が体を倒し、俺に抱き付く。ミルクの香り、そして彼女の汗の香り。しっとりとしていて、体温はさらに高まっていた。
「りゅうくん、好き。好き。好き。……大好き」
耳元で、淫魔がささやく。
「んんっ、また出たね……」
間髪入れずに、二度目の射精が始まり、俺は二度と、この淫魔とは離れられないのだと確信した。そして、離さないと心に誓った。
――雪乃はいつから、俺をあんな瞳で見るようになったのだろう。
小学生の頃を思い出す。俺と彼女は家が隣同士で、朝の集団登校は同じ班に属していた。班内で同学年は二人だけだったため、自然と毎日仲良くしゃべりながら登校していた記憶がある。
だが、それは低学年まで。三年、四年になるにつれ、小学生特有の異性と一緒にいることの恥ずかしさに目覚める。やがて、俺たちの朝は横並びから縦並びになり、口を利くことはなくなった。
中学生の頃を思い出す。俺は運動部に所属し、毎日朝の練習のために、その他の生徒よりも何時間も早く起き、登校していた。雪乃は文化部で放課後にしか活動がないこともあり、顔を合わせるのすら稀になった。
あの頃の俺は、自分で考え直しても確信できるくらい、異性にモテていた。一週間に一回は告白を受けていたし、女子生徒が俺を目を輝かせて見つめていることに慣れきっていた。
だが、それも二年生まで。三年生になったとき、入部した新入生が話題と俺のポジションを無慈悲に奪っていった。俺は盤石だったはずのレギュラーから落ち、挫折を味わった。そのときに理解した。彼女たちは『レギュラー』の俺を見ていただけであって、俺自身を見ていなかったのだと。
思い出した。雪乃の視線に気付いたのは、あの頃だった。他の異性が俺を見なくなったのに、彼女だけが俺を見続けていたのだ。あのときは、自分を突き放した俺を心の中で嘲笑っているのか、と考えていた。
「れるっ……んっちゅぅ……ああ、りゅうくん……」
彼女が、竜己という俺の名を、仲が良かった頃と同じあだ名で呼ぶ。
あのときの彼女の瞳は、今こうやって俺の唇を奪い、頬を染め、それでもまぶたを閉じず俺の目を見つめているときと、全く同じであった。底が見えず、吸い込まれるようだ。以前テレビで見たベリーズ・バリアリーフのブルーホールを思い起こさせた。
「りゅうくん、好きだよ、大好きだよ……」
今まで告白してきたどの女よりも、情熱的で、直接的に愛を伝えてくる。だが、俺の心は燃えることがなく、今もこうやって過去を思い返し、分析するばかり。
中学のときまでの俺だったら、その言葉を受け入れられただろう。自分は異性に好かれるという自覚も自信もあったし、告白されるという行為自体が、ごくありふれた日常であったからだ。
しかし、今はどうだ。挫折をした後の俺はどうだ。部活を辞め、何も考えることなく中学生を終え、何となく受けた高校に入学し、友人もできず、かといって学校をやめる決心もつかず、出席日数ギリギリを渡り歩き、後は家に籠る。他人にとっては、いてもいなくてもどちらでもいい存在。そんな俺に、なぜ彼女はこうも好意を寄せるのか。理由が分からなかった。
「ずっとずっと、好きだった。れるっ、ずぅっと、りゅうくんとこうしたかった」
――今の俺は、あの頃とは全然違う。
そう叫びたかった。しかし、何故か声は出ない。彼女に舌を吸われ、その痺れが取れないのだ。
今の姿を見て、彼女はまだ俺を好きと言えるのはなぜだ。運動をやめ、ストレスを発散するには暴食をするしかない俺は、かつての頃よりも劇的に体重が増えてしまっている。もう肥満といっていい体型になってしまっている。
「ちゅっ、ちゅっ……ううん、りゅうくんは何も変わってないよ。姿しか見ていない、肩書しか見ていない他の女とは違う。私は、ずっと、どんなことがあっても、りゅうくんだけ見てたから、中身が、魂が、何も変わってないのが分かるから」
俺の心を見透かしたかのように、彼女が言う。そういえば、彼女は何度も、俺の言いたいことを、口にする前に理解していた。
「分かるよ。私はりゅうくんのこと、何でも知ってる」
俺の体を抱きしめた。甘いミルクのような香りと、暖かな体温に包まれる。
「ふぅ……りゅうくんの体、あったかい」
息を大きく吐き出し、喉を鳴らしながら、彼女は俺の顔に頬ずりする。
「うふっ、りゅうくんの頬、ざらざらぞりぞりするね」
そう言いながらも、彼女の声色は嬉しそうだ。
「すまん。もう何日も髭を剃ってないから」
彼女が顔を離し、また相対するように彼女が視線を向ける。
「ううん、気にしなくてもいいよ。今のりゅうくん、ワイルドで素敵」
頬を染め、うっとりとつぶやく。まっすぐな眼差しで見つめられ、こちらの顔まで赤くなってしまう。
――それにしても……。
先ほどまではファーストキスの衝撃でまともに彼女の顔を見られなかったが、今はある程度冷静に彼女の表情を眺めることができる。
――雪乃って、こんなに美人だったか?
黒い髪。手入れをきちんと行っているのか、癖がなく艶めいており、背中まで届くロング。
雪という字にふさわしく、色白できめ細やかな肌。化粧には詳しくないが、高校生にも関わらず、すっぴんではなかろうか。
目はぱっちりと大きい。夜の闇のように濁っていることを除いては、きれいな瞳をしている。
鼻筋がまっすぐと整っている。唇は興奮で薄く色付いている。
確かに、小学生の頃から、顔立ちは整っていたように思う。男子が他愛もなく話す、どの女子が好きかという話題でも、彼女の名前は何度も挙がっていた。決まって、毎日一緒に登校する俺がからかわれるハメになっていたのだが。
それ以降の彼女は、よく覚えていないことに気付く。しっかりと彼女の顔を見るのは、五年ぶりくらいかもしれない。
「久しぶりに、ちゃんと私を見てくれたね」
表情をとろけさせ、彼女が笑う。恥じらいを含んだ先ほどとは異なり、明らかに欲情を含んだ笑み。
「りゅうくんに振り向いて欲しくて、私は願ったの」
唐突につぶやく。
「『神様、いいえ、悪魔でもいい。りゅうくんと一緒にさせてください』って、毎日毎日願ってた」
そうしたら……と彼女が言うと、まっすぐに俺の瞳を見つめていた彼女の黒目に、変化が起こった。漆黒の中に、燃え上がる火のような赤が加わり始めたのだ。それは徐々に黒を侵食し、ついには完全に混ざり合う。血のような赤褐色に変化した。
その後、めりめりと木が割けるような音がする。彼女の頭から、二本の山羊と羊を合わせたような角が生え、腰からは二枚の黒光りする翼と長細い一本の尻尾が伸びた。
それはまるで、ファンタジー世界に存在するような。
「サキュバス」
完全に変身を終えた彼女が言った。
「サキュバスになっちゃった」
ぞくりと、俺の背筋に痺れるような快感が流れる。彼女の声が耳を伝い、神経をくすぐる刺激。
「りゅうくんも知ってるでしょ?最近現れ始めた魔物のこと」
うなずく。数年前から現れるようになった、女性型のモンスター、魔物娘。異世界から来るものばかりだと思っていたのだが。
「お姉さまが、私の願いを聞き入れてくださったの。大好きな人を絶対に離さない、魔の体」
彼女の両手が、俺の頬と顎を撫でる。
「りゅうくんのために、私は人間を辞めたんだよ。どう、信じてくれた?私がりゅうくんのこと、大大大好きなこと」
魔物化は不可逆だと聞いたことがある。一度魔物娘になってしまったら、二度と人間には戻れない。愛する者を失ったら、生きていけない。魔物娘になるためには、それだけの覚悟が必要なのだ。
――まさか、本当に、そこまで俺のことを?
さすがに魔物化する瞬間を見てしまったため、彼女の俺への愛を信じざるを得なかった。ゆっくりと一度うなずく。すると、彼女はほっと顔を緩ませ、にっこりとほほ笑んだ。
「よかった。信じてくれたんだね……。じゃあ……」
「ちょっと待った」
いそいそと服を脱ぐ彼女を制す。彼女がこれから何をしようとしているのかは分かる。魔物娘にとって、性交が愛情表現であり、同時に食事でもあることを知っているから。
「何?私の愛をもっと教えようと……」
不安そうな目で、こちらを見る。
「確かに、お前が俺のことを好きなのは信じた。だけど、だからといってそれを受けるかどうかは別問題だ」
一瞬、彼女の動きが止まる。だがすぐに、不安に満ちた表情は消え去り、元のとろけた笑顔に戻った。
「なあんだ、そんなことね」
ふふっと声を漏らし笑う。
「じゃあ、一回お試ししてみない?私の愛を一回味わってみて、それから受け取るかどうか決めればいいんだよ」
俺が彼女の言葉を理解している間に、彼女はすでに服を全て脱ぎ終わっていた。
「お試し……?」
彼女の裸体から目をそらし、何とかそれだけを口にする。
「うん。りゅうくんは動かなくていいからね。これはお試しだから、私が全部してあげる。一回頭をすっきりさせて、それから私の愛を受け取るかどうか決めてね」
肩を押さえつけられ、そのまま背後のベッドへ倒された。意外と彼女の力が強いことに驚く。
ごそごそと腰回りをまさぐられ、すぐに下半身が外気にさらされる感触を覚えた。ズボンを下着と一緒に脱がされたのだろう。
「うわぁ……大きい」
嬉しそうな彼女の声が聞こえる。キスされたときから、痛いほど俺の陰茎は勃起していたのだ。恥ずかしさに顔を赤らめる。
「それじゃあ、入れちゃうね……ねえ、りゅうくん」
名前を呼ばれ、つい反射的に視線を彼女の方へ戻してしまう。
横になる俺の体に、彼女が騎手のようにまたがる。
――きれいだ。
彼女の裸を見て、素直にそう思った。
顔と同じく、雪のように白くシミひとつない肌。胸は大きすぎず、しかし存在感をしっかりとあらわしている。思わず撫でたくなる、柔らかな曲線を描いた尻。そして、胸と尻の美しさを強調する腰のくびれ。魔物である証である翼、尻尾と合わさり、彼女の体は神聖な宗教画から抜け出したような美しさを放っていた。
「りゅうくんの童貞、私にちょうだい?」
代わりに……と彼女は続ける。
「私の初めて、あげるから」
返事をしようとする口は、代わりにうめき声を放った。
「あっ、あぁぁぁ……」
淫魔の柔らかい膣肉が亀頭を温かく包み込み、ぬめりを伴って熱が下ったからだった。一度、わずかな抵抗があったが、それ以外はすんなりと熱はペニスの根元に達した。
「ふっうぅぅ……あー……」
俺の視界の中で、彼女の表情はこれ以上ないほどにとろけていった。まぶたを軽く下ろし、赤褐色の瞳は濁り、頬を染め、舌をだらしなく伸ばし、唾液を垂らす。
「あぁー……しゅきぃ、りゅうくん、しゅきぃ……」
彼女が腰を持ち上げる。肉がきゅっと締まり、柔らかなブラシで撫でられているような感覚を覚える。ぞくっぞくっと何度も全身が震えるほどの快感に襲われる。
「あぁうんっ」
重力に任せて、腰が落ちる。ぞりぞりとした強い刺激の後、ぱちんと俺と彼女の肉がぶつかる音がする。
「くぁっ、ぐっうぅ……」
俺は歯を食いしばり、快感に耐えることしかできなかった。彼女の言葉がなくとも、俺は何もできなかっただろう。
――何だよこれ……セックスってこんなに気持ちいいのかよ……。
知識としては知っていたが、実際に味わうのは初めてだ。未知の快楽に、俺の心は、すでに彼女の愛を受け入れる方へ完全に傾いていた。
それから何度も、雪乃は腰を上下させた。その間に、膣は俺のものに合うように形を変え、腰を下ろすと亀頭の先端に柔らかな抵抗を覚えるようになった。知識としては持っている、おそらくこれは子宮口。
「んぁっ、あー……りゅうくんのおちんちん、ぷくぅってなったぁ」
嬉しそうに、彼女が炎天下のアイスクリームのような声を上げる。
「もうすぐ、びゅー♥するんだねっ。だいしゅきなりゅうくんのせーえき、いっぱいわらひのおまんこにびゅーっ♥なんだねっ」
腰の動きが小さくなり、最奥をこつこつと叩くような上下運動に変わった。
「ここだよっ。あかちゃんのおへやに、たまたまのなかみっ、ぜんぶびゅーびゅーしちゃおうねっ♥」
ぎゅっぎゅっと小刻みに膣肉が締まり、裏筋やカリの奥、性感帯が集まる気持ちいいところが重点的に責められる。
「あぁっ、ちょっと待てっ、出るっ、出るって!」
ペニスから届くあまりにも早いギブアップ宣言に、俺は戸惑いの声を上げた。
「うんっ、うんっ!いいよぉ、せーえきちょうらぁいっ」
一際強く、きつく、肉壺が締まった。同時に、脳が焼き切れるかのような感覚と共に、音が耳に届きそうなほど勢いよく、精液が彼女の子宮に注がれる。
「きたぁ……ざーめんびゅーっきたぁ……」
嬉しそうに微笑み、彼女は舌足らずになりながら声を漏らす。
俺の腰が、意思に判して何度も跳ね、気持ちよくしてくれた淫魔に感謝の証を注ぐ。
――何で、こんなにたくさん……!?
異常だった。いくら気持ちいいからといっても、こんな、十秒も二十秒も射精が止まらないなんてこと、ありえない。
「サキュバスだからだよぉ」
上目づかいで、彼女がこちらの瞳を覗く。
「サキュバスとえっちするとぉ……精液とぷとぷ、なかなか止まらないんだよぉ?」
口の端を持ち上げ、意地悪そうに笑う。
「ねえ、りゅうくん」
「はい」
彼女の笑みと言葉から、何やら嫌な予感がする。
「私とのえっち、とっても気持ちよかったよね?」
「はい」
それは疑いようもない事実だ。素直にうなずく。
「淫魔とのえっち、とーっても気持ちよかったよね?」
「はい」
『淫魔』という言葉を強調され、不安になりつつも、それも事実である。またもうなずく。
「もう、人間とのえっちでは満足できなくなっちゃったね」
「あ」
その言葉を聞いて、俺は気付いた。彼女はそもそも、俺に選択権を与えるつもりはなかったのだ。
「でも、大丈夫だよ。私がずっとそばにいるから」
彼女が体を倒し、俺に抱き付く。ミルクの香り、そして彼女の汗の香り。しっとりとしていて、体温はさらに高まっていた。
「りゅうくん、好き。好き。好き。……大好き」
耳元で、淫魔がささやく。
「んんっ、また出たね……」
間髪入れずに、二度目の射精が始まり、俺は二度と、この淫魔とは離れられないのだと確信した。そして、離さないと心に誓った。
13/05/11 18:59更新 / 川村人志