読切小説
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インマーネット
「来ちゃった」
 語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声を出して、目の前の淫魔は微笑んだ。
 頭から青紫色の角が、オウム貝のように生えている。夜に映える銀のロングヘア。四肢はぴっちりとラバーに覆われており、月の光を浴びてぬらぬらと妖しい光を放っている。右手で自分の左手首を握っているため、乳房が両腕に挟まれ、谷間の部分に穴が空いた真っ赤なビキニから溢れんばかりになっている。下半身もお揃いのビキニで、布面積は限界ギリギリ、真ん中に一本、食い込みによる筋が見えている。
 俺のすぐ左、部屋の窓枠に腰掛けている彼女。足を組みかえると、声と同じくらい甘い香りが漂ってきた。
 上から下まで、視線を這わしている事実に気付き、俺は慌てて目を背けた。
「んふっ」
 彼女の含み笑い。嬉しそうな色を含んだそれは、俺の左の鼓膜をジンジンと痺れさせた。
 姿を見せて、こちらを見下ろし、一度笑っただけなのに。俺の股間はすでにかつてないほどパンパンになってしまっていた。
「え、あ、いや……」
 思っていることを口にしようとするのだが、緊張と興奮により、言葉にならない。
――あなた、誰なんですか?
 さっきからずっと、この言葉が頭の中を駆け巡っていた。俺には、こんな美人で、空を飛び、頭のてっぺんからつま先まで性的で、頭がクラクラするほどいい匂いを放つ知り合いはいない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね」
 彼女はそう言って、にっこりと微笑んだ。
「ルイーナよ。よろしくね、迫真水泳部員さん」
「えっ」
 随分と珍しい名前ね、と言う彼女の声を聞き、思わず声を上げた。その名前は、俺がTw○tterで使用しているアカウント名だったからだ。
 彼女が、俺の目の前にあるPCの画面を指差す。彼女の人差し指はスラリと長く、今すぐ手の甲にキスをして、忠誠を誓いたくなってしまう耐え難い魅力を秘めていた。
 画面は、彼女が来る直前まで見ていた、Tw○tterのつぶやき一覧が表示されていた。彼女の指差す先には、俺が書いたつぶやきがあった。
――YJ_DDDN/迫真水泳部員:誕生日。今年も童貞のまま迎えてしまった。 20**年8月*日
「だめよ、こんなことを軽々しく書いちゃあ」
 彼女の右手のひらが、いつの間にか眼前に迫っていた。直後、浮遊感に襲われる。空気の弾を全身に浴びたように、柔らかい圧力を受けて、俺の体はPCデスクの側のベッドに吹き飛ばされていた。
 低反発のマットレスが、痛みを与えることなく俺の体を受け止める。
「つぶやきはね、世界中に配信されるんだから……」
 彼女が、優雅な足取りで、側に近寄ってくる。PCの画面だけが明かりとなっている部屋の中、彼女の瞳はギラギラと輝いて見えた。肉食獣を思わせる目。
「悪いお姉さんに、襲われちゃうわよ」
――それはあなたのことでは……?
 そう思ったが、さすがに口に出すのは憚られた。何をされるのか分かったものではない。
 さらに一歩、二歩、ベッドに近付いてくる。彼女の太ももから、にちにちという粘ついた音がかすかに聞こえてきた。
「本当、ここに来るまで、ライバルに先を越されるんじゃないかって、ヒヤヒヤしてたんだから……」
 鼻息を荒くして、彼女は言う。その言葉には、先ほどまでの余裕が感じられなかった。
「はぁ、はぁ……」
 ついに、彼女の体が、仰向けの俺に覆いかぶさった。息が眼前に迫り、荒い息が顔にかかる。
「悪い虫がつかないように、しっかり私の匂いつけておかないと」
――んっ!?
 目を閉じた彼女の顔が視界を覆うと同時に、俺の唇は柔らかな熱に包まれた。
――これ、まさか、キス……!?
 そう思ったときには、すでにそれの虜になってしまっていた。
――柔らかくて、あったかくて、安心する……
「んん、ふぅぅ……あぁぁ……」
 唇同士の隙間から、何とも間抜けな声が漏れてしまう。
「んふっ」
 彼女が微笑み、唇を離した。俺のファーストキス。それはほんの数秒で終わってしまった。触れ合うだけの、何とも寂しいものだった。
「キス、気持ちよかったのね。そんなに切なげな顔しちゃって……」
 ちろり、と彼女は舌で下唇をなめた。
「もっと、したい?」
 悩む暇すら惜しい、俺は何度もうなずいた。もっとしたい。もっとこの女性とキスしたい。食べられてもいい、殺されてもいい、終わった後にヤクザが来て落とし前をつけさせられてもいい。あまりにも現実感が薄く、夢としか思えない現状だ。それならば、後悔しないように、とにかく目の前の淫魔と行けるところまで行ってみようと思った。
「あは、素直になっちゃって。そういうの、好きよ」
 うんうんと、満足そうに彼女がうなずいた。
「それじゃあ、あーんして。ほら、あー……んっ」
 彼女が大きく口を開けた。言われた通りに、口を開ける。
「れるっ」
 ぞくり、と背筋に悪寒めいた感覚が走った。反対に、口内は熱さすら感じるほどの熱に満たされていた。
「れるれる、じゅるぅ」
 にぃ、と彼女の目が細くなった。
――これ、もしかして、舌……!?
 自分の下の歯と舌の間に入り込んだ熱。幾ばくかの時間が経ってようやく、それが彼女の舌であることが分かった。熱はくるくると口内を回った。俺の舌を中心に、彼女の舌が、ワルツのように回る。
――何なんだよこれ……キスなのに、全身が、ゾクゾクって……
 弄くられているのは口内だけなのに、俺の全身が、歓喜と興奮で震えていた。思わず、もっと刺激されたいと舌が外へと伸びる。
「んっ、ずずずぅっ」
 それを待っていたかのように、彼女は俺の舌を唇で挟んで、大きな音を鳴らしながら啜った。
「んぇぁ、ぐぅぅ……」
 魂ごと吸い取られるような感覚だった。快楽を伝える神経が、彼女の口内で外気に晒されたような、むき出しの快感。ガクガクと全身を痙攣させ、俺は無意識の内に、すがるように彼女の体を抱きしめていた。
「じゅぅじゅぅ、ん、いいこいいこぉ」
 彼女が、抱きしめ返してくれた。片手は俺の頭をなで、反対側が背中に回る。外側から内側への力が働き、より彼女と密着できるように思えた。形を変えつつ、弾力のある乳房が、俺の胸を押し返す。
 頭がぼんやりとしてくる。視界が白く染まる。そんな中でなお、彼女の顔だけは、はっきりと見えていた。頬を染め、瞳を潤ませて……
「んっ、ずずっ……ちゅぽっ……準備、できたみたいね」
 鼻から息が抜けるように声を出して、淫魔は唇を離した。その際も、俺の舌を吸引することを止めなかった。ジンジンとした甘い痺れが、まだ舌先に残っている。
「じゅんび……」
 今の状態で、一単語でもきちんと発音できたのが奇跡と言ってもよかった。何しろ、外から伝えられてくる刺激が強い分、自分の脳が舌に送る命令がほぼゼロに等しかったのだから。
「うん、そうよ。私たちが一つになる準備」
――ああ、やっぱり、俺……この女性とするのか。
 現在の俺は、魂だけが体から抜けていて、天井から自分の姿を見ているような気分だった。中国の思想の魂と魄、魂は死して天に還り、魄は対して地に戻る。
「それじゃあ、ズボン、脱がすね。よいしょ……はぁぁ……」
 彼女が俺のズボンを下着ごと下ろすと、嬉しそうに深呼吸をした。
「いい匂い。むせ返るような、精の香り……すごく、溜まってたのね」
 うっとりと頬を染めて言う。
 恥ずかしくなり、思わず目をそらしてしまう。確かに、彼女の言う通り、最近オナニーをしていなかった。昨日まで熱を出しており、とてもそんな気分になれなかったのだ。
「私のために、いぃーっぱい、残しておいてくれたのね」
 嬉しそうに微笑みながら、彼女は俺の顔中にキスの雨を降らす。
「はぁぁ、私たち、赤い糸で結ばれてたのね。一緒になるのは、運命で決められていたのね」
 股間を中心に、ぞくぞくとした快感が走った。
――うわっ、股間同士が、こすれて……!
 俺と彼女の性器は、彼女のビキニ一枚を隔てて密着していた。にちにちと音を立て、ねっとりとした感触と、火傷しそうなほどに熱い感覚が伝わってくる。
「それじゃあ、入れるね」
 腰をひねり、ビキニの端に亀頭を引っ掛けた。
「えいっ」
 腰を戻すと、もはや意味を為していないほどに液体まみれだったビキニがずれ、粘膜同士が直接触れ合った。
「じゃあ、セックス、しようね」
 彼女はためらわなかった。己の欲望に従い、迷うことなく腰を下ろす。
「うわ、あぁ……」
 間抜けにも、喉からそのまま搾り出したかのような声を出してしまった。
 まずは、熱を感じた。布越しとは違う、直接包み込むような熱。次は、全てを受け止めてくれるぬめり。とろとろの液体が詰まった袋に突っ込んでいるかのような感覚を覚えた。そして、圧迫感。混沌と秩序が入り混じった、予測不可能な圧迫と収縮で、俺のペニスを飽きさせることなくもみほぐしている。
「んっ」
 腰が下りていく途中、妙な抵抗を感じた。それからペニスが解放されたとき、彼女が片目を閉じ、眉をわずかにひそめた。
――おいおい、これって、まさか……
 童貞だったが、さすがに俺でもこれが何であるのか何となく理解していた。
――しかし、キスがあんなに上手で、しぐさひとつで男を欲情させる彼女が、そんなこと、あるはずが……
「あはぁ、何、そんな驚いた顔してるのよ……まさか、私が処女だったなんて、信じられない?」
 俺の疑問を察したのか、彼女がちろりと舌を出し微笑んだ。
「んっ、奥まで、入ったね……」
 彼女の尻が俺の体に触れ、腰が一番下まで下り切った。亀頭の先端に、キスをするように吸い付く感覚を受ける。
「ふふっ、やっぱり、私とあなたは、赤い糸でつながっていたのね。おまんことおちんちん、サイズがぴったり」
「ちょっと待って、ルイーナさん、処女って……」
「あ、やっと名前で呼んでくれたぁ」
「い、いや、そうじゃなくて……」
 すっと、彼女の笑みが消えた。きゅっと口を結び、まっすぐに俺の瞳を見つめてくる。
「私たちサキュバスにはね、絶対の掟があるの」
 ただならぬ雰囲気に、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「生まれたときから、こういうエッチなことの練習をするんだけど……処女は、夫にする人以外に捧げちゃ駄目」
 きゅっと、膣の肉が締まった。
「逆に言うとね……私たちは、処女を捧げた相手に、一生添い遂げ、絶対に裏切らない」
 そう言うと、彼女はそっと俺の耳元に口を近付けた。
「愛してる。だから、いっぱい出していいからね」
――びゅくっ、どく、どく、どく……
 言葉を返す前に、先に体が反応してしまった。彼女の言葉は魔法だった。一言で、男を虜にする。今までの人生の中で一番の幸福と快感に包まれながら、俺の理性はここでぷっつりと断絶してしまった。

「んっ!あぅっ!もっと、もっと突いてぇ!」
 だから、俺はもう考えるのを止めた。目の前の淫魔をむさぼることだけに集中する。
 体を起こし、彼女を押し倒し、正常位で腰を突く。一度射精をしたのに、俺のペニスは全く萎える気配がなかった。おかげで、より快楽を長く味わうことができる。
 動かせば動かすほど、俺は飽きるどころか、彼女の膣から味わう快楽の虜になっていた。
 ひだが一枚ごとに自在に動き、弱いところを優しく、しかし確かな圧力で引っかく。その外側に位置する筋肉は、ペニスを抜くときに強く締まり、抵抗ある快感を起こす。逆に、腰を突き出すときは緩み、最奥の壁まで止まることなく導く。奥まで到達すると、ご褒美とばかりに、子宮口がキスをしてくれるのだ。
「ぐっ、がぅ、ぐぅぅ」
 歯を食いしばり、喉を絞り上げるようにして、獣じみた声を上げ腰を前後させる。両手は彼女の腰を持ち、目線は彼女の顔に向けていた。
 彼女は涙をボロボロと流していた。しかし、それが苦痛のためではないと俺は分かっていた。苦しければ、こんなに目尻を下げない。痛ければ、こんなによだれを垂らさない。彼女の表情は、快楽によって緩み切っていた。それがたまらなく、俺の独占欲、所有欲、そしてプライドを刺激した。俺の動きによって、彼女は快楽を感じている。彼女を気持ちよくできるのは俺だけだ。ルイーナは俺のものだ。このまんこは俺だけのものだ。
「ぐっ、うぅ、ルイーナぁ!」
 彼女の名を呼ぶと、彼女は歓喜の叫びで応えてくれた。
「あぁ、あぁぁぁ!あなたぁ!」
――そうか、俺はまだ、ルイーナに名前を教えていなかった。
 こんな爛れた関係になっているのに、何一つ自分のことを教えていないのに気付き、思わず笑みを浮かべてしまった。
「ごめん、なさい。名前、俺の名前は、隆志……山下隆志」
 腰の速度を落としつつ、何とか自分の名前を口にする。腰の動きがそのままだと、口を開いた瞬間に力が抜け、射精し、自己紹介どころではなくなってしまうと思ったからだ。
 名を告げると、膣肉の圧力が、これまで以上に強くなった。
「たかしぃ……」
 とろとろに蕩け切った、まさに淫魔そのものの表情を浮かべ、ルイーナが笑う。
「もっとぉ、もっと動かしてぇ」
 ガムシロップのように甘い声を出しながら、ルイーナは腰をひねった。
「うっ、分かった、動かすからっ」
 ひだがカリをなぞったので、思わず背筋を震わせながら答える。
「うん、じゃあ、今度は後ろから突いてぇ」
 つながったまま、彼女は器用に体の上下を反転させた。四つんばいになり、ふりふりと腰を揺らしつつ、さらなるセックスをせがむ。
 腰を持ち直し、俺は彼女のまんこをむさぼった。
「ぐぅぅ、出る、出るぅ」
 しかし、味わおうにも、彼女の膣はあまりにも気持ちよすぎた。人間の女性を体験する前に、淫魔の膣を経験してしまったのだ。全く耐性がなく、すぐに限界を迎えてしまう。
「うん、いいよぉ、たかしぃ、奥、奥、奥にぃ」
 彼女も腰を上下に振りつつ、射精をねだる。
「ぐっ、ルイーナ、出すぞっ」
――びゅるる、びゅぅぅ……
 腹周りにしがみつきながら、二度目とは思えぬほどの、大量の精液を吐き出した。
「うぁ、あ、吸い取られる」
 待ちかねていたのか、膣が牛の乳搾りのように動き、水を吸い込む排水溝のような下品な音を立てながら精液を啜っていく。尿道口どころか、睾丸の中に残った精液すらも、一滴残らず持って行かれるような強烈な吸い込みだった。
「んぁぁ、ごちそうさまぁ……」
 彼女がそう言うと同時に、力が入らなくなった俺は、彼女の背中に倒れこんでしまった。双方汗だくで、びちゃりと音を立て、濡れた肌が触れ合う。しかし、それは不快ではなかった。
「ふぅぅ、おなかいっぱぁい」
 すりすりと自分の腹をなでながら、ルイーナは笑った。俺は彼女の体にしがみつき、うなじに鼻を寄せ大きく息を吸う。
「たかしぃ」
 甘く、ルイーナがささやいた。
「ずっと、一緒だからね。ずっと、ずぅっと……」
 顔をこちら側に向け、目を閉じる。一心同体となった今、彼女が何を求めているか、手に取るように分かった。
「俺もだよ。ずっと、一緒だ」
 そう言って、彼女の唇に口付けをした。

 ◆ ◆ ◆

「あーあ……」
 隆志の部屋のすぐ側、ベランダから数メートル離れた空中で、一人のサキュバスがため息をついた。彼女はルイーナより一足遅く、彼女が彼のつぶやきを読んで、文字通り飛んで来た頃には、すでに二人が交わっている最中であった。
 淫魔の掟では、一夫多妻は禁じられていない。しかし、このサキュバスには、他のサキュバスと争うように一人の男を愛することを、あまり良しとは考えていなかった。
「しょうがないなぁ」
 そう言って、彼女は胸の谷間からスマートフォンを取り出す。先月発売されたばかりの新型だ。
「あ!」
――Time_Vent/おーでぃーん:ちくしょー、エロいサキュバスに襲われてー。 20**年8月*日
「んふふ、待っててねー、私の旦那様ー!」
 サキュバスは先ほどまでのことをすっかり忘れ、闇夜の星を縫うように飛んだ。サキュバスの勘が示す先、西へ。
12/08/07 01:02更新 / 川村人志

■作者メッセージ
 何気なくつぶやいた一言が騒がれているのを見て、一本話が書けてしまった。人生何が起こるか分からない。

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