読切小説
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前の忍法帖
「暗殺」
 上司である中忍からこの言葉を聞いた瞬間、梅花の体を流れるクノイチの血が、緊張と歓喜で静かに滾った。
「相手は熱中藩藩主の地熱水力(ちねつ すいりき)」
 ジパング南方の暖かい地域には、熱前、熱中、熱後という三つの藩がある。
「熱前、熱後は、はるか昔、我々クノイチが誕生する頃から、魔物娘に協力していただいておる」
 しかし、それら親魔物である藩に挟まれる形となっているにも関わらず、熱中藩は頑なに反魔物の立場を覆さないでいた。
「梅花、お前の任務は、水力の召抱えとして熱中城に入り込み、彼を暗殺することである」
「召抱え、ですか」
 つまり、藩主の信頼を得て、堂々と側にいられる立場になれということである。
「近々、熱中城で御前試合がある」
 ここでようやく、梅花はなぜ自分が暗殺任務に選ばれたのか察しがついた。
 外の者たちは、彼女たちを『忍者』『クノイチ』とまとめて呼ぶが、実際はそう易々とひとくくりにできるものではない。
 忍者らしく潜伏、潜入などを専門にする者もいるし、今梅花の目の前にいる中忍のように自分は任務に入らず、的確に指示を送る者もいる。そして、梅花のように、忍法よりも剣術に重きを置くクノイチも存在するのだ。
「御前試合に勝ち残り、水力の信頼を勝ち得なければ、この任務を成功させることができない。分かったな?」
「はっ!」
 額を床にすりつけると、梅花は跳躍。彼女の真後ろに開かれていた窓から、夜の街へと消えていった。

 地熱水力は、優れた剣術を見るのが好きである。
 彼はかねてから剣術振興に力を入れており、道場はジパング随一の数を誇っている。
 そんな彼の唯一と言ってもいい楽しみが、御前試合である。半年に一度開かれるこの試合には、藩の中でも選りすぐりの精鋭たちが、藩主の御眼鏡に適おうと腕を振るうのである。
 参加者はまず、試合会場である城の中庭の入り口で、台帳に名前を書く。
 黒大津訓家。雪見大伏。能見砲台……いずれも藩内では名の知らぬものはいないほどの有名人ばかりである。
 しかし、そんな剣豪たちにまぎれて一人、誰も素性を知らない者が現れた。
 他の者は御前試合にふさわしい筋骨隆々の者ばかりだが、彼は剣を満足に振ることすら信じられないほど、細い体つきをしていた。
 花山梅ノ丈。彼は台帳にそう記した。

 御前試合は予選と本戦に分けられた。優勝した者は藩主のお抱え侍になれるというだけあって、参加者が多かったためである。
 予選は、力を試すものと、技を試すもの二つ用意された。両方で合格しないと、本戦に進むことはできない。
 まずは力の試練。筒状に丸められた湿った畳を縦に五つ積んだものを、一番下まで刀で切り落とすことができれば合格である。
 現在では居合いの披露で使われるものであるが、元々は人間の胴体の代わりとして使われたものである。濡れた畳を斬る感触が、人間を斬ったときに似ていることから用いられるようになった。そして、刀の切れ味を調べる指標として『胴切り』というものがある。これは斬首された罪人の死体を積み上げ、一度に何人まで斬れるかを見ることによって、切れ味を調べる方法である。二つ斬れれば二つ胴、三つ斬れれば三つ胴。史実としては、七つ胴が最高である。
 選手には己の刀ではなく、藩が用意した刀で試し切りをしてもらう。これは各々が持つ刀の性能による不平等を廃すためである。配られる刀はどれも切れ味がほぼ同じであり、そのため純粋に己の腕と力によってのみ、優劣をつけることができる。
 やはり力でもって五つ胴を達成するのは至難の業であった。初め百人はいたであろう参加者が、力の試練によって一気に十五人に激減した。合格者は名だたる剣豪ばかりであったが、その中に一人、箸すら満足に持てなさそうな優男がいたため、審査員たちは動揺を隠せなかった。花山梅ノ丈である。
 予選の二つ目は、技の試練。術師が念力で飛ばす蜜柑を、地面に落ちるまでに十個中何個両断できるかを競うものである。合格点は決められていないが、上位何人かが本戦に選ばれることとなっている。
 術師と蜜柑という組み合わせは、元をたどれば平安時代の安倍晴明までさかのぼることができる。好敵手であった芦屋道満との御前試合。最終種目である、箱の中身の透視のとき、道満はあらかじめ中身が蜜柑十五個であるという情報を得ていた。しかし清明が出した回答は鼠十五匹。箱を開けると、確かに鼠が十五匹飛び出してきた。清明は道満のイカサマに気付いており、術を用いて蜜柑を鼠に変えたのである。
 上記の伝説はこちらの世界の話であり、この物語の世界とは異なるのだが、この藩で一番主流の流派が古くから、念力の訓練として蜜柑を用いている。
 速さを変え、軌道を変え、地を這う蛇がそのまま宙に浮くがごとく飛んでくる蜜柑を、十個全て切り伏せたのは二人だけであった。
 一人は松葉葛志。もう一人は花山梅ノ丈。二人の剣裁きは対照的であった。
 松葉は力の試練で、固定された畳束の下に置いたまな板まで両断するほどの力の持ち主であったが、技巧にも優れていた。彼の得意技は上段に構えた太刀を一気に振り下ろすというもので、刀の届く範囲に入ったものは、たとえ空を飛ぶ蝿であっても両断するという男である。そのため、どんなものであっても、彼に向かって飛んでくるという大前提が変わらない以上、彼は適切なときに適切な場所に刀を振り下ろすだけでよいのだ。
 対する花山は、開始早々にまぶたを下ろして視界を閉ざしてしまった。審査員、術師、さらには奥の座敷から眺めていた地熱水力すらも、驚きの声を上げた。そして、それはすぐに感嘆のものに変わった。
 彼は、飛来する蜜柑を全て、軽々と両断してしまったのだ。それも端を少し切るというような中途半端なものではなく、中央を綺麗に切り落としたのである。動きはとても小さかった。最低限の動きと力だけで、易々と試練を終えてしまったのである。
「や、やめ!」
 試練終了の号令が上がると、彼はまぶたを開き奥座敷に一礼し、結果を聞くことなく待機場へと戻ってしまった。
 これは試練後、審査員が得点の勘定に下りたときに気付いたことだが、彼が斬った蜜柑は全て房と房の間に刃が入っており、果汁は一滴も中庭の白砂を汚してはいなかった。

 本戦に選ばれたのは、技の試練で満点だった松葉と花山の二名であった。
 太陽が中天から少し西へ降りてきた頃。夏の日差しが最も強い時刻、本戦が行われた。
 一方は座敷。藩主かつ審査委員長の地熱水力が、少年のように目を輝かせ見守っている。残りの三方は戦の陣に使われる白い布に覆われていた。そんな中庭には、剣術の達人を一目見ようと、熱中城お勤めの武士たちが大勢観覧に訪れた。それらの中央に、一足一刃の間合いで、二人が相対する。二人の手には木刀。水力はどちらかといえば、殺し合いとしての剣術よりも、武道としての剣術を好んでいたため、真剣での試合を良しとしなかった。
――真剣で殺し合って、せっかくの武芸者が減るのはもったいない。
 彼は試合の結果次第によっては、勝った者のみならず、負けた者も城勤めにする。強い剣客を集めたいという、現代のコレクターに似た心境を持っているのだ。
 蝉の声が不意に止まったとき、審査員による試合開始の号令が響いた。しかし、二人は動かない。
 松葉は得意の上段の構え。花山は正眼の構え。
 まるで彫り物を置いたがごとく、二人は微動だにしなかった。蝉の声と、雲と、時折流れるそよ風、そして己の皮膚を流れる汗によって、周りの者は時間を感じることができた。
 そのまま、半刻が過ぎた。我慢強い武士であっても、さすがにこれだけ長い間動きがないと、徐々に苛立ちを覚えるものだ。咳払いや衣擦れの音が多くなってきた。しかし、藩主である水力だけは、以前興味を薄れさせることなく二人の動向をうかがっていた。
――松葉が動かないのは分かる。
 彼の剣術は、いわゆる後の先を制するために特化したものである。自分の前方、刀の届く範囲に絶対的な攻撃の空間を作り出し、ひたすら相手がそこに飛び込むのを待つ。入るまで待つ、入れば斬る。実に単純であり、一対一の試合においては究極の剣術である。
――だが花山はどうだ。
 水力は、密かに花山に注目していた。妖術のごとき剣捌きに魅了されていたと言ってもいいだろう。力の試練で一瞬だけ見せた、鬼のごとき覇気。技の試練で見せた、水のような刀の流れ。彼はそれらを見逃さなかった。それでいて、彼は何かを見落としていると考えていた。
――あいつ、まだ奥の手を隠しているとしか思えない。
 底が見えない剣術。藩主は全てが見透かされても尚勝てる剣術を持つ松葉に、花山がどう対処するかが知りたくて仕方がなかった。
 よって、花山の異変に最初に気付いたのが彼であっても何ら不思議ではない。
「あれは……」
 水力が思わずつぶやいたとき、護衛として側についていた小姓は彼の視線を追った。そこは花山の木刀の先。かすかにだが、それが揺らめいている。初めそれは、長時間同じ姿勢をしていたことによる痙攣だと思っていた。しかし、揺れが次第に大きくなるにつれ、それが花山が意図的に行っている動作だということに気付いた。
 ゆらりゆらり。8の字を描いていたと思ったら、次の瞬間には波打ち、またすぐに円を描く。その動きは、空を飛ぶ蝿を思わせた。
 周りの者が皆、固唾を呑んで彼の剣先に意識を集中させる中、動揺を隠せない者が一人いた。彼の対戦相手、松葉である。
――おお、何だ、これは……
 8の字を描いたとき、剣が二本に増えたように見えた。波打ったときは三本に見えた。円を描いて四本に見えた。五本、六本、七本、八本。どんどん増えていった。
 直射日光に長時間当てられて、幻覚が見えるようになったのだろうか。とも思ったが、何度瞬きしても、何度気合を入れなおしても、剣は一本に戻らなかった。そして今まで一本目を追従するに過ぎなかった幻たちが、主を離れ自在に動き始めた。
 ぶうんぶうんと音が鳴り、細かく、時に大きく、唸り、角ばり、踊り、揺らめき……最終的には十本の木刀が自在に音を立て動いて見えた。
 しばしうろたえた松葉であったが、すぐに気を引き締めた。
――二本に増えようが十本に増えようがそれが何だ。結局は、俺を倒すためにあいつはこちらへ来ざるを得ないのだ。それを叩けばいいだけではないか。
 水面でいくら暴れても、水中に潜らなければ水鳥は魚を得られない。そう考え、彼は気持ちを落ち着けた。
 だが、そんな彼をあざ笑うかのように、花山の動きは次の段階へ移った。
「なっ」
 松葉が思わず声を漏らしてしまった。剣に合わせ、持ち主である花山までもが数を増やしたのだ。
 初めは、焦点が合わずにボケてしまった映写機のように、輪郭がぶれるだけであった。しかし、徐々に振り幅が大きくなり、剣の動きに合わせ、十人の花山の姿が踊るように上下左右に揺れ始めた。
 次の瞬間、十人の花山が同時に松葉の方へと跳びかかってきたのである。いや、それは跳ぶというよりも、舞い踊る剣に引っ張られているかのようであった。重力や足の運びを全て無視するように、高く跳ね、あるいは右向き左向きに弧を描き、彼の体目掛けて斬りかかって来たのだ。
――ぐっ、これは……!
 彼の剣術は一対一専用の道場剣術である。複数人を相手にすることは想定の外。
 しかし、花山の動きを見て、松葉は瞬時に策を練り上げる。
――十人の相手の軌道。線が見える。初めはとまどったが……。
 彼らの動きを線で表すと、それら全てが自分の胴体で交わると理解した。つまり、一歩体を引けば、花山の幻はまた一体になる。
――そこに剣を打ち下ろせば、十人いようと百人いようと同じこと!
 松葉が一歩体を後ろに移すと、果たせるかな、散開していた花山たちが重なり、一人であるのと同じになった。そこですかさず松葉の一閃。
 だが、渾身の振り下ろしが相手を打ち据えることはなかった。木刀は幻の中で空を切り、地面に叩きつけられたのだ。中庭の白砂が宙を舞う。
「ああっ!」
 観客は驚きと困惑の声を上げた。何故松葉は突然後ろに下がり、何もない空間に木刀を振り下ろしたのか。そう思うのと、本物の花山が松葉に斬りかかるのは同時であった。
 花山は、九体の己の幻に合わせ、本物の姿さえも相手に向かわせたのだ。姿だけを飛ばし、実体はその場に残す。もはや人間業ではない。
「忍法色衣」
 松葉の首を強かに打ち払う瞬間、花山梅ノ丈……クノイチ梅花は、誰にも聞こえないほどのかすかな声でそうつぶやいた。

――ここまでは予定通り。
 梅花は花山梅ノ丈の顔のまま、布団の上で正座をしていた。白い寝巻きを身にまとい、主である地熱水力を待つ。
 彼女が男性に変装して御前試合に参加したのには理由がある。熱中藩藩主、地熱水力は男色家として有名であった。『女子よりも締まりが良い』と常日頃から周囲に漏らしており、彼が反魔物の立場を取るのも、行き過ぎた性的な意味での男性至上主義によるものである。先ほどまで城内で行われていた花山の歓迎会でも、彼の花山を見る目は、飢えた獣を思わせるものであった。
 男にそういった目で見られるのは、魔物娘の本能として喜ばしいことである。しかし、それが強い男だからという理由なのが、梅花にとっては面白くなかった。
――男とまぐわうのは女が自然であろう。その上、精を搾り出すことにかけては魔物娘に敵うものなど存在しない!
 クノイチ、いや魔物娘としての自尊心が、彼女の心を滾らせていた。
 そのとき、忍びの鍛えられた耳がかすかな足音を捉えた。梅花に限らず、忍びの里で修行を行った者の基本的な能力として、足音のわずかな音色の違いでその主のおおよその見当をつけることができる。面と向かって会話した者ならば、個人の特定も可能だ。
――間違いない、これは地熱水力のものだ。
 高ぶっていた感情を抑え、居住まいを正す。膝の前に手を付き頭を下げてすぐに、彼の前方のふすまがかすかな音を立てて開かれた。
「ふむ、待たせたか」
 酒が残っているせいか、威厳のある低い声がわずかにかすれていた。
「いえ」
 梅花は短く答える。
「苦しゅうない、面を上げよ」
 主の許しを受けると、彼女はゆっくりと上半身を起こした。
「ほう」
 水力が感嘆のため息を漏らした。
 酒のせいなのか、はたまた緊張のせいなのか、紅潮した頬。剣術家とは思えないほどきめ細やかな肌にはうっすらと汗が浮かび、余計に艶が増して見える。上目遣いで彼を見つめる瞳は潤み、行灯の揺らめく光を受け艶かしく明滅する。長いまつ毛は、まぶたのほんのわずかな揺れにさえ大げさに応え、細かく上下する。ゆったりと羽織っているせいで、寝巻きの胸元からは、鎖骨がまっさらな肌に山を作っているのが見える。そして、薄い布一枚に包まれた、まだ誰にも汚されていない体。
 彼は大きく喉を鳴らした。少年から大人への境目。その年代特有の、中性的な色気が彼のもとへ匂い立つようであった。
 彼の欲情を感じ、梅花が薄く妖しく微笑む。
「藩主さま。私の剣術の秘密、お教えいたします」
 先ほどまでの宴会で、彼は何度も御前試合での謎の剣術の正体を尋ねていた。梅花は、毎度それを上手くはぐらかし、追求を避けていた。生まれたときから藩主になることを運命付けられていた彼にとって、他人に拒否されるということは今まで経験したことがないものである。しかし、彼は怒りはしなかった。何者にも代えがたい剣術の持ち主を手中に収めたという満足感と、花山に感じた性的欲求が作用したためである。
 秘密を教える。魅力的な言葉を聞いて嬉しそうに表情を緩めた水力が、驚きで目を見開いた。梅花の手が、彼の着物の帯に伸びたからだ。
「これ、お前、何を……」
 彼が言い終わる前に、彼女は器用に彼の帯を解き放っていた。着物が肌蹴落ち、ふんどしをまとうのみとなった。
「何をって、藩主さまは私とこのようなことをなさりたかったのでしょう?」
「ま、まあ、そうであるが……」
 主がうろたえる。先ほどまでと、梅花――彼はいまだ花山梅ノ丈だと思っているが――の態度が全く違うのだ。宴会の席での彼は、酒を飲みなれていないのかすぐに口数が少なくなり、伏目がちな大人しい性格であった。しかし今はどうか。男の帯を解き、その上ふんどしまで緩め、うっとりとした目をして露出させた陰茎を見つめる。
――まるで、一流の陰間ではないか。
「このままでは、私の中へ入るときに痛うございます。ですので」
 艶かしく曲線を描く両手指が幹に触れると、梅花は大きく口を開けた。
「まずはこちらで。あむ……」
「おおうっ」
 水力が、彫りの深い厳つい顔をゆがませた。梅花の小さな口が亀頭を含み、唇がぴったりと雁首を包む。
「んじゅぷっ、れるっ、れるっ……藩主さま、どうぞ、お座りになってくださいませ」
 彼女は舌を絡ませつつ、ゆったりと頭を前後させる。口から亀頭を離すとき、先端に口付けをするのを忘れない。こういった細かい仕草が、相手の心を溶かす決め手となる。忍びの里での修行の成果だ。
 クノイチは忍びとしての技術以上に、魔物娘としての性技の鍛錬を忘れない。まだ見ぬ暗殺対象のために、男を喜ばせるあらゆる技術、知識を仕込まれるのだ。講師はすでに暗殺任務を終えている先輩クノイチであるため、体験談や実技を交え細かく確実に指導することが可能なのである。講師による公開性交によって、教え子たちは心の中に暗殺任務への憧れと、日々の任務に対するやる気を高めるのだ。
 暗殺対象が、柔らかな布団の上に腰を下ろす。それを確かめた梅花は、柔らかく微笑み、口淫を再開した。
「れるれる。全体的に、湿らせていきます……んっ、じゅるる」
 水力は、最近下の悩みを抱えていた。お気に入りの小姓を抱いているとき、勃起の力が衰えていると感じたのだ。全盛期の頃より、角度も硬さも遠く及ばない。だが、梅花の口淫により、彼のものは若かりし頃をすっかり取り戻していた。
――おお、これは……私もまだまだやれるではないか!
 彼の心が躍った。しかし、お気に入りの男を手に入れて若さを取り戻したというわけではない。彼は魔物娘の性技の高さを知らなかったのだ。それも、生まれたときから、男を陥落させるためだけに生きてきたような、クノイチを相手にすることなど、初めてだ。病床に伏して死が目前に迫っている老人さえも勃起させる彼女たちの技術の高さを、彼は全く理解していなかったのである。
「ううっ」
 彼は声を漏らした。快楽の急激な高まりにこらえが効かず、果ててしまいそうになったのだ。梅花は巧みに責めを緩め、射精を許さなかった。
「藩主さま、まだいけません。口で漏らすのもよろしいですが、その前に……」
 口を少しすぼめ、名残惜しそうに含んでいた陰茎を離す。彼女は身を起こし、寝巻きの細い帯を解いた。自然に前面が開かれ、剣士とは思えない細い体を晒す。
「もう、我慢が効きません。藩主さまの、ここに……」
 膝立ちの状態で、ゆっくりと股を開いた。片手に自らの陰嚢を乗せ、持ち上げる。そこには、誰にも汚されていない薄く色づいた菊門がひくついていた。
 梅花は剣術関係の忍法を得意としていたが、もう一つ得意な分野があった。それは、男性への変装である。声はもちろん、仕草や骨格まで、中性的でありながら、見る人全てに男と思わせる変装をすることが可能であった。その究極とも言うべき忍法が、この『忍法玉おろし』である。
 両乳房の脂肪を体内に吸収し、それを股間まで下ろす。そして陰茎と睾丸を作り、さらに膣口をふさぐというものである。この擬似陰茎を用いて性交をすることはできないが、見た目も感触も、本物と区別がつかない。脂肪操作術を使えば、擬似陰茎を勃起させることも可能である。
 今、擬似陰茎は小さくも重力に反し反り返っていた。水力は、これを見た瞬間、完全に抑えが効かなくなってしまった。
「梅ノ丈……!」
 肩を乱暴につかみ、押し倒そうとしたが、ひたと彼の胸につけられた梅花の手のひらによって、その動きはいとも簡単に抑えられてしまった。
「お待ちください。藩主さま、横になられてください」
「む……」
 不機嫌そうに主が声を漏らすが、梅花が言葉を続けた。
「藩主さまは、先ほどまであんなにお酒を召し上がられていたではないですか。それに、全て私がして差し上げます。あなた様は楽にしてください」
 潤んだ瞳で見つめると、彼は急にしおらしくなった。そして、一瞬ながらも自分が理性を失ってしまったことに恥を覚えて赤面した。
「そうです。私に身を委ねて……」
 そっと胸を押し、逆に梅花が水力を優しく押し倒す。彼女の手には、彼の心臓の鼓動が伝わっていた。早く激しく脈打っている。彼はいつも相手を抱くときは、自分が覆いかぶさり後ろから犯していた。どこか野獣を思わせる険しい顔に似合った体位を好んでいるのだ。よって、責められる側に立たされるのは初めてである。
「力を抜いてください」
 主は彼女の言葉に驚くほど素直に従った。彼は彼女の声を聞くと、言うことに従わなければいけないような、そんな気になってしまうのだ。御前試合で見せた色衣は、極限まで鍛え上げられた催眠術の一種であると考えられる。揺れる剣先が残像として残り、それが無言の念力により脳内に深く刻まれる。数瞬前の映像が視覚に残り続け、それが剣先だけでなく、根元さらには持ち主にまで影響を強めていく。
 今彼女は、声を用いて催眠術を行っている。彼は彼女の頼みを断ることができない精神状態にさせられているのだ。
「では、失礼します」
 片方の手は水力の胸に置いたまま、反対は寝巻きの中央をつかむ。左右に広げられた生地が真ん中に寄せられ、体がまた隠れてしまう。それを、彼はどことなく残念そうな眼差しで見つめていた。
「申し訳ありません。その、初めてなもので……恥ずかしいのです」
 目を伏せ、梅花は頬を赤らめつつ言った。そのいじらしい態度が、彼の心をさらに滾らせた。
 彼女の腰が下がる。だが、そそり立って挿入を待つ陰茎の真上にあるのは、肛門ではなかった。そこと陰嚢の間、会陰……俗に蟻の門渡りと呼ばれる場所である。生物学上、男性は女性の突然変異種であると言われており、男性器は女性器が変化したものだという。例えば、陰茎は陰核が肥大化したものであり、陰嚢は小陰唇が膨らんだものである。そして、膣が塞がった跡が会陰となる。
 玉おろしによって塞がれた部分を解除すると、にちりと粘り気のある音を立てて、薄桃色の膣口が露出した。
 わざと恥らって体を隠したのは、相手に忍法を悟られないためである。
――そのまま肛門でするのもいいけど……この任務は魔物娘の良さを分からせるのが目的だ。男と同じ場所を使っては面白くない。
 任務中の忍びは私情を殺すのが鉄則だが、梅花の中ではいまだ魔物娘のプライドを傷つけている目の前の相手に対する負の感情がくすぶっていた。
 腰がさらに降り、粘膜同士が触れ合う音がする。何かに気付いたらしく、水力がはっとまぶたを大きく開いたが、梅花はかまわず腰を降ろしきった。
「ぐおお……」
 にわかに駆け上がる快感に、水力が声を漏らす。
「うっ、くぅぅぅんっ!」
 梅花が、天井を仰ぎ歓喜の叫びを上げた。修行で処女膜はとうの昔に破れており、破瓜の痛みはない。しかし、たとえ膜が残っていようとも、魔物娘である彼女には痛みはなかったであろう。挿入した瞬間、梅花は今自分が花山梅ノ丈であることを完全に忘れてしまっていた。声色を変えることを怠り、女の声に戻ってしまっていたのだ。
「なっ、何奴っ!」
 異変を察知した水力が起き上がろうとした。しかし、何とか理性を取り戻した梅花が、額を指で押さえつけて動きを制する。
「しーっ、ダメではないですか、藩主さま」
 かつて一流の剣士として名を馳せていた水力を、指一本で止める。人間業ではない。この瞬間、彼は彼女の正体を理解した。
「まさか、お前、魔物……」
「はい」
 女の声のまま言うと、彼女の姿が音を立てて変化を始めた。
 髷が消え、髪の毛が肩まで伸びる。花山の面影を残しつつ、体つきや顔に丸みが帯び、女性的になる。彼の陰毛の上で確かな存在感を放っていた男性器は消え失せ、代わりに胸が膨らみ乳房が現れた。そして、家鳴りのような音を発しつつ、頭から手裏剣を思わせる黒い一対の角と、細く長い黒の尻尾が生える。
「お、お前は、し、忍び……」
 出会え!という部下を呼ぶ声は、一本の人差し指だけで封じられた。ぴんと立てられた彼女のそれが、額を離れ、縦に彼の唇を押さえる。さながら、うるさい子供を叱るような状態だ。それだけで、彼の声帯は機能を失ってしまった。声を発することはできず、荒い息が漏れるのみである。
「そうです。忍びです。クノイチです。偉い人から、藩主さまに女の気持ちよさを教えてあげろと言われたものですから」
 自然と、彼女の口角が意地悪く釣り上がる。それと同時に、奥まで陰茎をくわえ込んでいた腰を、ゆっくりと上げる。
「くあぁ……」
 柔らかく包み込むひだの多い膣肉が、敏感な部分を優しくこする。力が抜けるような、甘えたくなるような快楽に、水力はだらしのない声を上げた。
「えいっ」
 亀頭辺りまで上げた腰を、今度は一気に落とす。重力にしたがって自由落下した後、二人の肉がぶつかった。肉を締めつつだったため、抜くときとは打って変わって、強烈な処女膣の感触を彼は味わうことになった。
「んくぅぅ!」
 より強く密着したせいで、梅花にも痺れるような快感が襲ってきた。目を強く閉じ、鼻から抜けるように喘ぐ。
「はぁぁ、どうです?藩主さまぁ、女の体もとっても、気持ちいいでしょう?」
 もう一度、と彼女がつぶやくと、腰を上げ、力を抜いて落下するを繰り返した。
「ふぅぅ、男と交わるために作られた、くぅっ、器官なんですからぁ……あんっ、男のなんかよりっ、はぅっ、絶対ぃ、気持ちいいんですよぉ……?」
 ここぞとばかりに、彼女は女の体を駆使する。里で学んだ知識を総動員して、人間ならば動かせないはずの肉ひだの一枚一枚すらも、くわえ込んでいる男性を愛するために自在に動かす。抜くときは穴をすぼめ、吸引刺激を与える。入れるときは逆に穴を緩め、一番奥、子宮口と男性器の先端が接吻するかのように密着させる。
「ぐぐぐ……」
 水力は、歯を食いしばって耐えていた。魔物は男よりも気持ちいいという彼女の言葉。それが彼の頭の中を反芻していた。自在にうねりとろけて締まって、彼は御前試合の花山の剣先を思い出した。8の字、波打ち、円、四角、∞……。
――そうか、あいつの、いや、こいつの……剣の極意、それは……女の、腰……。
 豁然大悟。忍法色衣の極意を悟ったのと、彼の人生で一番の射精は同時であった。
 射精の瞬間、彼は宵闇の中に鮮やかな光を見た。それは白であり、桃であり、青であり、緑であった。降り注ぐ日光。咲き乱れる梅。抜けるような青空。芽吹く新緑。その中に、一人の女性が浮かんだ。全裸の上に羽衣をまとい、光の粒子が周囲に漂っていた。肌は染みひとつなく、透き通るような白。唇と乳首、そしてかすかに見える膣は薄桃に染まり、髪と瞳は新月の空のように真っ黒であった。そして、顔は。
「梅花……」
 彼の脳内に、直接声が注がれた。それは彼を組み敷き、精液を搾り取るクノイチ……顔の正体と同じであった。
「梅花、梅花、梅花!」
 桃源郷が霞のように消え失せ、後には彼女の姿だけがのこった。服は寝巻きに戻り、見慣れた天井が見える。
「はい、藩主さま」
 名を呼ばれたクノイチは、嬉しそうに微笑み、顔を近付けた。

「はっ、はっ、はぁぁっ!」
 肉のぶつかる音が部屋中に響く。
「くぁっ、はぁぁっ、あうぅんっ!もっと、もっと突いて、激しくぅ!」
 地熱水力は深く考えることを止めた。今、自分は世界で一番気持ちいい女と交わっている。だったら貪った方が得ではないかと、梅花を押し倒し四つん這いにさせた。そしてすかさず挿入。
「藩主さまぁ、藩主さまぁ!」
 乱れ肌蹴、彼女の寝巻きは肩からずり落ち、腰の辺りにまとわりついているのみである。それが布団に落ちないように巻かれた尻尾は、そのまま彼の腰を固く結んでいた。彼も彼女を離すまいと、腰を強く握り締める。
「梅花、梅花!お前のここは、まさに蜜壷と呼ぶにふさわしいな!ぐっ……こんなに濡れおって!」
「はいぃ!藩主さまのが硬くて太くて、気持ちいいんですぅ!またっ、果ててしまいます……!」
 言った直後、彼女は敷布団を両手で強く握り締め、歯を食いしばって果てた。上半身はべたりと布団に乗せ、尻だけを突き出している格好である。
「ふっ、うぅぅ、うぅっ……あ゛ぁぁ……」
 ぎりぎりと音を立てた後、彼女の口はだらしなく開かれた。舌が垂れ、唾液が糸を引きながら滴り落ちる。瞳の焦点はぼけ、瞳孔が大きく開かれていた。
「くおぉ、締め付けが……」
 長く深く続く彼女の絶頂により、膣肉が何度も収縮と弛緩を繰り返した。牛の乳搾りに似た絶妙な握り加減により、水力もだらしなく濡れきった膣の最奥、子宮の中へ直接大量の精液を流し込んだ。

「瑪瑙さま」
 梅花に暗殺任務を指示した中忍、瑪瑙(めのう)は、忍びの里お抱えの飛脚から手紙を受け取った。里の外の者に取られても読めないように、里独自の忍び文字と呼ばれる暗号で内容は書かれていた。
「梅雨の候、いかがお過ごしでしょうか。私が暗殺任務を遂行してから半年が過ぎました。あれから藩主さま、そして熱中藩は魔物を受け入れる立場に移られました。今では多くの魔物娘たちが移民として訪れるようになりました。特に武芸を好むリザードマンやサラマンダー、そしてデュラハンといった方々が遠く大陸から来るようになり、今まで以上に道場に活気が満ちております。近々開かれる御前試合では、そういった方たちも大勢出場するという話を聞き、嬉しい反面、藩主さまが他の娘に目移りをするのではないかと要らぬ心配をしております」
――ふむ、便りがないのは元気な証拠というが、まさにその通りであったな。
 彼女が熱中藩に潜入して一週間後に、任務成功を知らせる短い手紙は届いていた。しかし、梅花の詳しい様子を知らせる便りがなかったため、直属の上司である瑪瑙は彼女を密かに心配していたのだ。
「藩主さまに抱いていただいたあの日から、私たちは毎日のように交わりを続けております。朝夕かまわずおおっぴらにしているせいか、最近家老さまやお勤めの方たちの視線がなにやら鋭くなっていますが、それがまたいい塩梅に気持ちよく。話がそれてしまいました。今も藩主さまに後ろから突かれながら」
 瑪瑙はため息を付き、手紙を畳んだ。これ以降はもはや字が判別つかないほど乱れていたからである。そして、彼女の腹の奥……子宮が熱を帯びてうずくのを感じた。
――いかん、部下の痴態を想像したら、私まで……
 いてもたってもいられなくなり、彼女はすっくと立ち上がると、いそいそと自分の夫が待つ寝室へと歩いていった。
12/03/07 01:29更新 / 川村人志

■作者メッセージ
前半部を書けたので満足。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33