今日はここでさよなら
放課後の教室は、橙と黒、昼と夜、生と死……相反する二つが同居する空間である。此岸と彼岸が交わる場所、まさに今命が尽きようとする太陽は、まるで煉獄を照らす炎のようであった。
部活動も終わり、誰もいないはずの教室。しかし、そこには人影がひとつ。
輪島美朗（わじま よしろう）は、自分の席――左から二番目の列の最後方――に座り、視線を左に向けていた。一番窓際の机。その上には、花瓶が置かれ、溢れんばかりの花束が植えられていた。
「くっ……」
端正な顔が小さくゆがむ。彼は頬を上気させ、目線を自分の真下に移した。机の下、そこにはもぞもぞと動く影があった。
「れるっ。んふっ、よーちゃん、今の気持ちよかったんだ」
彼の制服のズボンと下着が、足元まで下ろされていた。露出する陰茎を、嬉しそうに舐める一人の女性の姿があった。彼女は、この教室から人がいなくなってから一時間、ずっとこうしていたのだ。まったりとした口淫をしながら、彼の体温を感じているかのようであった。
「うん……ゾクッとした」
彼が照れ笑いを浮かべる。
「やっぱりよーちゃんって、ここ弱いよね。れるぅ……」
彼女は彼の弱点である裏筋をねっとりと舐め、妖しく微笑んだ。
「うっ、くぁっ……千世、そこばかりだと、すぐ、出る……！」
たまらなくなった彼は、自分に快楽を与えている者の名を呼ぶ。
彼女の名は、岸田千世（きしだ ちよ）。花瓶が置いてある席の元の主である。
肩から羽織るだけの、筒のような布一枚という服装。肌は、血が通っているとはとても思えないほど白く、クリオネのようにうっすらと透けて、後ろにあるものを覗くことができた。彼女は人間ではない。ゴーストと呼ばれる魔物の一種である。
「ちゅっ、ちゅぅっ……恥ずかしがらなくてもいいんだよ？気持ちよかったら、どんどん出していいんだから」
裏筋にキス。尿道口にキス。彼女は何度も、目の前の愛しいペニスに口付けを浴びせた。
「ほら、口の中に美味しいの、いっぱい出して？」
彼女は、舌を伸ばしつつ、亀頭全体を口に含んだ。同時に吸引。
「あっ、あぁ……」
情けない声を漏らしながら、彼はとくとくと口内に精を吐き出した。彼女は舌を上手に波打たせ、一滴も外に漏らすことなく喉に通した。
「んっ、んくっ……ごくっ、ごくぅ……んー、ちゅぽっ」
唇をみっちりと押し付けつつ、口内のものを解放した。摩擦と柔らかい圧力によって、少し硬さを失った肉棒全体が引っ張られて伸びる。
「くあっ、はぁっ」
それがまた刺激となって、ぴりりと彼の体に快楽が走った。
「あはっ、すっごくとろけた顔してるね。可愛い」
精を飲んだ影響か、彼女の顔色がほんの少しだけよくなったように見える。体は透けなくなり、しっかりと彼女の存在を確かめることができる。印刷紙のように真っ白だった肌は、ほんのりと血色を取り戻した。
可愛いと称されることは、女性にとっては褒め言葉であっても、男性にとっては複雑な気分にさせるものだ。彼は、さっき以上に頬を染めて、彼女から視線をそらした。
「あっ、ひょっとして、すねてるの？」
彼の気分を害したことに気付いた彼女が、フォローを入れる。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……よーちゃんは可愛くて、かっこよくて、私の一番だーいすきな人だよ？世界で一番愛してるんだから！」
だから……と彼女の表情に哀しみが浮かんだ。
「死んでも死に切れなかったんだよ？」
美朗の脳裏に、あの日の出来事がよみがえる。彼女が死んだ日のことを。
放課後、彼は決意を秘め、彼女の前に立った。
『体育館裏に来て欲しい』……しかし、彼はその言葉を口に出すことができなかった。彼は彼女を呼び止めることができなかった。
彼は今も、それを後悔している。
――もし、あのとき、勇気を出して呼び出していれば……
「もう、何そんな泣きそうな顔してるのよ」
一瞬の哀しみをすぐに消して、彼女が笑顔で問いかける。しかし、彼は答えない。後悔の渦にさいなまれ、そこから思考が抜け出せずにいたから。
「まだ、あのこと後悔してるの？」
彼の視線が彼女の顔に戻る。
「私は、よーちゃんのこと、悪く思ってないよ？だって……」
彼女の体がふわりと浮かび、机をすり抜ける。彼女の顔が彼のものと同じ高さになり、両腕で彼を包み込むように優しく抱きしめた。
「だって、今こうやって、一緒にいられるんだもん！」
闇がわずかに深くなる。彼女の顔は、その闇を吹き払うかのような、太陽みたいな笑顔であった。
「あ、ああ……」
全てを許す、眩しすぎる笑顔。目を大きく開き、彼は何度もまばたきするしかできなかった。直後、視線がちらりと黒板上の時計に向く。
「あ……もう時間がない？」
彼の小さな仕草に目ざとく気付いた彼女が、心配そうに声をかける。
彼は小さく首を振った。
「まだ大丈夫。外がちょっと暗くなったから、もう時間なのかと思ったけど」
そう言って、ふっと彼が微笑んだ。
「あー、そうだね。最近陽が落ちるの、早くなってきたね」
彼女がちらりと、横目で外を眺めた。
「それだったら、早くやらないとね」
抱きついた腕を離し、彼女が彼の額に自分のものを近付けた。そして二人同時に目を閉じる。しばしの沈黙。
「ふぅ」
先にまぶたを上げたのは千世だった。すると、彼女がまとっていた薄い布が、うねうねと波を立て始めた。ぶかぶかだったそれはぴったりと彼女の肌に貼り付き、分厚くなり、でこぼこと表面が変化し、質感が変わり、色が染まった。
「いいよ」
彼女がささやくと、彼がゆっくりとまぶたを開けた。彼の視界に入るのは、この学校のセーラー服を身に着けた、肌の色以外は生前と全く変わらない彼女の姿。
「ふふっ、今日のよーちゃんは王道でいきたいんだね」
妖精のように柔らかく浮かび、くるりと回ってスカートをひるがえす。彼女は毎日、こうして彼の額から、その日一番彼が好む服装に着替える。昨日はスクール水着、一昨日はチアガールと、最近はセーラー服を選ぶことがなかった。
「うん、あの日を思い出しちゃったからさ……」
彼が哀しげに微笑んだ。それを見て、彼女が頬をふくらませる。
「もう、だから気にしてないって言ったのにー」
ほら、とつぶやき、するするとスカートのすそをたくし上げる。
「暗くなっちゃう前に、今日の私、しっかり目に焼き付けてね」
可愛らしい、水色の下着があらわになる。彼女が生前お気に入りだったものである。ゴーストが身につける服装は、本人の思い入れの強いものが反映されるらしい。彼女がつける下着は毎回これであった。
「うん……」
ごくりと喉を鳴らし、彼の顔に汗が伝う。
夏休み明けてまだ一ヶ月ほどだ。暑さが名残惜しそうに残り、まだまだ汗ばむほどである。
「焼き付いた？」
彼女が問いかけると、彼はしばらく押し黙った。舐めるように、机の上に座る彼女の、頭のてっぺんから足先まで、何度も視線を往復させた。幾分か時が経ち、ようやく彼が小さくうなずいた。
「うん、焼き付いた……」
その瞬間、計っていたかのように、光センサー式の街灯が灯った。二人は、せっかくの秘め事を他人に邪魔されないように、教室の明かりは付けない。闇が深まり、ついに二人の姿はモノクロのように、暗い部分と明るい部分の区別しかつかないようになった。
「じゃあ、しようね」
スカートを上げたまま、彼女が机の上にごろりと寝転がる。机は人間の体を支えるには小さすぎる。彼女の腰から上は机の上からはみ出していたが、魔力によってまるでそこに机が続いているかのように、彼女の全身は垂れ下がることなく横たわっていた。
「あ、ああ……」
彼の息が荒くなる。両手が、彼女のスカートの下、パンティとスカートの上部の境目、素肌が露出しているくびれ部分をつかんだ。
「んっ、くすぐったい。そんながっしりつかんじゃってぇ……」
嬉しそうに笑った。
「両手がふさがってたら、どうやって私のパンツ脱がすの？」
彼女の言葉を聞いているのか聞いていないのか、彼は荒い息を抑えることなく、彼女のパンティのクロッチ部分に、硬さを取り戻した陰茎を押し付けた。
ぐりぐりと動かすことにより、亀頭に引っかかったパンティが少しずつ横にずれていく。
「なるほど、そういうことね。がんばれー、もう少しだよー」
「ふぅ、ふぅ……」
愛液で濡れていたそれは、湿った音を立ててはがれた。真っ白でまっさらな女性器が外気にさらされる。
「すごい、がんばった、ねっ！」
言い切る前に、彼女の肉穴を剛直が貫いた。
「はぁ、あぁんっ、いきなりぃ、すごいぃ！」
彼は最初から容赦をしなかった。ぱちんぱちんと勢いよく腰を打ちつけ、大きく体を前後させる。
「はっ、はぁっ、ぐぅ、くっ……」
腰を引くたびに、ひだが追いすがるようにペニス全体に密着する。腰を押すたびに、嬉しそうに膣肉が緩み、奥へ奥へと誘い込む。彼女の魔物娘としての本能が、無意識の内に愛する者を求めてうごめくのである。
「よぉ……ちゃぁん……ふぅぅ、きょう、あんっ、いつもよりぃ、はげしいよぉ……」
とまどいの声に、彼は耳を傾けない。それどころか、顔を真っ赤に染める彼女を見て、さらに鼻息を荒くする始末である。
「そ、そんなっ、奥、おきゅぅ、ごつごつ叩いたら……はぅっ、うぅぅ、いくっ、いくぅ……」
背筋を反らし、彼女は盛大に絶頂した。両足が彼の腰に回り、さらに奥へと押し込む。
「ぐぅっ！」
駄目押しの刺激。彼は一声うめき、子宮へ直接精液を注入した。受け入れるためにぽっかりとひらいた子宮口が、まるで液体を飲み込む喉のように、ひくひくと開いたり閉じたりした。
「はぁ、はぁ……」
興奮と疲れによる、二つの吐息が混ざり合う。
「はぁぁ……もう、そんなに乱暴にしなくてもいいのに……」
もっと、ゆっくりしたかったなぁ、と彼女がぼやく。それを、彼は口をつぐんだまま見つめていた。
「あれ、よーちゃん、よーちゃーん……きゃっ！」
彼女の視界がぐるりと反転した。彼が彼女をうつぶせにしたからだ。
「ちょ、ちょっとぉ！あうぅ！」
彼女の腹の下に回った腕が、ぎゅっと彼女を抱きしめる。彼は間髪入れることなく、彼女を立ちバックで犯し始めた。
そして、彼は彼女の言葉を聞くことなく、さらに三度、彼女の膣内に精液を放った。
太陽が地平線の向こうへ沈み、辺りはすっかりと闇に閉ざされている。それを切り裂くように、まばらに灯る街灯が立っている。
二人は手をつなぎ、夜道を歩いていた。しかし、横に並ぶことはしない。彼が右手をそっと後ろに伸ばし、彼女は優しく左手でにぎる。
「今日のよーちゃん、ちょっと怖かった」
むくれっ面で彼女がぼやく。彼女は彼の下校の間、ずっとそんな調子であった。
「ごめん……」
さすがにやりすぎたと思い、彼はしゅんとうなだれて歩く。その歩幅は、いつもより小さい。
「早く千世と一緒に部屋に帰りたいからさ……うん、何も言わずにして、本当ごめん」
彼の言葉を聞き、彼女の頬がすっとしぼんだ。
「なーんだ、そんなことか」
「え？」
彼が問う。彼女はふふっと笑った。
「私、そんなこと気にしてないのに。たしかに、早くよーちゃんの部屋に行ってエッチしたいなーとは思ってるけどね。でも、それでせっかくの放課後エッチ、ただ腰を動かしてハイ終わりなんて、嫌だもん」
そのとき、彼女の手が、するりと彼の手から抜け出した。
「あ、今日はここまでだね」
彼女の声のトーンが下がった。
「ああ」
彼も同じくつぶやく。
――今日は、二十メートルくらいか。
視線を上げ、今日の『成果』を数える。
――いつもより、距離が長いな。
「じゃあ、また明日ね」
彼女が彼の背中に声をかける。彼は振り返らない。
『死者と歩いているときに振り返ったら、二度と会えなくなっちゃうんだよ？』
生前読書好きだった彼女が、かつてそう言ったのである。彼も、うっすらとそんな伝説を、ギリシャ神話だか日本神話だかで聞いた覚えがあった。振り返ったせいで、冥界に戻された死者の話。
だが、彼は知っていた。千世は、泣いている顔を見られたくないのだと。そして、美朗も、自分の今にも泣きそうな顔を、彼女に見られたくはなかった。
二人は今日も笑顔でさよならがしたかったのだ。
彼女は学校で死に、学校に縛られた。
――あとどれくらい精をもらえば、彼女は解放されるのだろう。
彼女に精を放つたびに、彼女は学校から離れられる。学校から一キロメートル。彼の家まで五百メートル。
部活動も終わり、誰もいないはずの教室。しかし、そこには人影がひとつ。
輪島美朗（わじま よしろう）は、自分の席――左から二番目の列の最後方――に座り、視線を左に向けていた。一番窓際の机。その上には、花瓶が置かれ、溢れんばかりの花束が植えられていた。
「くっ……」
端正な顔が小さくゆがむ。彼は頬を上気させ、目線を自分の真下に移した。机の下、そこにはもぞもぞと動く影があった。
「れるっ。んふっ、よーちゃん、今の気持ちよかったんだ」
彼の制服のズボンと下着が、足元まで下ろされていた。露出する陰茎を、嬉しそうに舐める一人の女性の姿があった。彼女は、この教室から人がいなくなってから一時間、ずっとこうしていたのだ。まったりとした口淫をしながら、彼の体温を感じているかのようであった。
「うん……ゾクッとした」
彼が照れ笑いを浮かべる。
「やっぱりよーちゃんって、ここ弱いよね。れるぅ……」
彼女は彼の弱点である裏筋をねっとりと舐め、妖しく微笑んだ。
「うっ、くぁっ……千世、そこばかりだと、すぐ、出る……！」
たまらなくなった彼は、自分に快楽を与えている者の名を呼ぶ。
彼女の名は、岸田千世（きしだ ちよ）。花瓶が置いてある席の元の主である。
肩から羽織るだけの、筒のような布一枚という服装。肌は、血が通っているとはとても思えないほど白く、クリオネのようにうっすらと透けて、後ろにあるものを覗くことができた。彼女は人間ではない。ゴーストと呼ばれる魔物の一種である。
「ちゅっ、ちゅぅっ……恥ずかしがらなくてもいいんだよ？気持ちよかったら、どんどん出していいんだから」
裏筋にキス。尿道口にキス。彼女は何度も、目の前の愛しいペニスに口付けを浴びせた。
「ほら、口の中に美味しいの、いっぱい出して？」
彼女は、舌を伸ばしつつ、亀頭全体を口に含んだ。同時に吸引。
「あっ、あぁ……」
情けない声を漏らしながら、彼はとくとくと口内に精を吐き出した。彼女は舌を上手に波打たせ、一滴も外に漏らすことなく喉に通した。
「んっ、んくっ……ごくっ、ごくぅ……んー、ちゅぽっ」
唇をみっちりと押し付けつつ、口内のものを解放した。摩擦と柔らかい圧力によって、少し硬さを失った肉棒全体が引っ張られて伸びる。
「くあっ、はぁっ」
それがまた刺激となって、ぴりりと彼の体に快楽が走った。
「あはっ、すっごくとろけた顔してるね。可愛い」
精を飲んだ影響か、彼女の顔色がほんの少しだけよくなったように見える。体は透けなくなり、しっかりと彼女の存在を確かめることができる。印刷紙のように真っ白だった肌は、ほんのりと血色を取り戻した。
可愛いと称されることは、女性にとっては褒め言葉であっても、男性にとっては複雑な気分にさせるものだ。彼は、さっき以上に頬を染めて、彼女から視線をそらした。
「あっ、ひょっとして、すねてるの？」
彼の気分を害したことに気付いた彼女が、フォローを入れる。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……よーちゃんは可愛くて、かっこよくて、私の一番だーいすきな人だよ？世界で一番愛してるんだから！」
だから……と彼女の表情に哀しみが浮かんだ。
「死んでも死に切れなかったんだよ？」
美朗の脳裏に、あの日の出来事がよみがえる。彼女が死んだ日のことを。
放課後、彼は決意を秘め、彼女の前に立った。
『体育館裏に来て欲しい』……しかし、彼はその言葉を口に出すことができなかった。彼は彼女を呼び止めることができなかった。
彼は今も、それを後悔している。
――もし、あのとき、勇気を出して呼び出していれば……
「もう、何そんな泣きそうな顔してるのよ」
一瞬の哀しみをすぐに消して、彼女が笑顔で問いかける。しかし、彼は答えない。後悔の渦にさいなまれ、そこから思考が抜け出せずにいたから。
「まだ、あのこと後悔してるの？」
彼の視線が彼女の顔に戻る。
「私は、よーちゃんのこと、悪く思ってないよ？だって……」
彼女の体がふわりと浮かび、机をすり抜ける。彼女の顔が彼のものと同じ高さになり、両腕で彼を包み込むように優しく抱きしめた。
「だって、今こうやって、一緒にいられるんだもん！」
闇がわずかに深くなる。彼女の顔は、その闇を吹き払うかのような、太陽みたいな笑顔であった。
「あ、ああ……」
全てを許す、眩しすぎる笑顔。目を大きく開き、彼は何度もまばたきするしかできなかった。直後、視線がちらりと黒板上の時計に向く。
「あ……もう時間がない？」
彼の小さな仕草に目ざとく気付いた彼女が、心配そうに声をかける。
彼は小さく首を振った。
「まだ大丈夫。外がちょっと暗くなったから、もう時間なのかと思ったけど」
そう言って、ふっと彼が微笑んだ。
「あー、そうだね。最近陽が落ちるの、早くなってきたね」
彼女がちらりと、横目で外を眺めた。
「それだったら、早くやらないとね」
抱きついた腕を離し、彼女が彼の額に自分のものを近付けた。そして二人同時に目を閉じる。しばしの沈黙。
「ふぅ」
先にまぶたを上げたのは千世だった。すると、彼女がまとっていた薄い布が、うねうねと波を立て始めた。ぶかぶかだったそれはぴったりと彼女の肌に貼り付き、分厚くなり、でこぼこと表面が変化し、質感が変わり、色が染まった。
「いいよ」
彼女がささやくと、彼がゆっくりとまぶたを開けた。彼の視界に入るのは、この学校のセーラー服を身に着けた、肌の色以外は生前と全く変わらない彼女の姿。
「ふふっ、今日のよーちゃんは王道でいきたいんだね」
妖精のように柔らかく浮かび、くるりと回ってスカートをひるがえす。彼女は毎日、こうして彼の額から、その日一番彼が好む服装に着替える。昨日はスクール水着、一昨日はチアガールと、最近はセーラー服を選ぶことがなかった。
「うん、あの日を思い出しちゃったからさ……」
彼が哀しげに微笑んだ。それを見て、彼女が頬をふくらませる。
「もう、だから気にしてないって言ったのにー」
ほら、とつぶやき、するするとスカートのすそをたくし上げる。
「暗くなっちゃう前に、今日の私、しっかり目に焼き付けてね」
可愛らしい、水色の下着があらわになる。彼女が生前お気に入りだったものである。ゴーストが身につける服装は、本人の思い入れの強いものが反映されるらしい。彼女がつける下着は毎回これであった。
「うん……」
ごくりと喉を鳴らし、彼の顔に汗が伝う。
夏休み明けてまだ一ヶ月ほどだ。暑さが名残惜しそうに残り、まだまだ汗ばむほどである。
「焼き付いた？」
彼女が問いかけると、彼はしばらく押し黙った。舐めるように、机の上に座る彼女の、頭のてっぺんから足先まで、何度も視線を往復させた。幾分か時が経ち、ようやく彼が小さくうなずいた。
「うん、焼き付いた……」
その瞬間、計っていたかのように、光センサー式の街灯が灯った。二人は、せっかくの秘め事を他人に邪魔されないように、教室の明かりは付けない。闇が深まり、ついに二人の姿はモノクロのように、暗い部分と明るい部分の区別しかつかないようになった。
「じゃあ、しようね」
スカートを上げたまま、彼女が机の上にごろりと寝転がる。机は人間の体を支えるには小さすぎる。彼女の腰から上は机の上からはみ出していたが、魔力によってまるでそこに机が続いているかのように、彼女の全身は垂れ下がることなく横たわっていた。
「あ、ああ……」
彼の息が荒くなる。両手が、彼女のスカートの下、パンティとスカートの上部の境目、素肌が露出しているくびれ部分をつかんだ。
「んっ、くすぐったい。そんながっしりつかんじゃってぇ……」
嬉しそうに笑った。
「両手がふさがってたら、どうやって私のパンツ脱がすの？」
彼女の言葉を聞いているのか聞いていないのか、彼は荒い息を抑えることなく、彼女のパンティのクロッチ部分に、硬さを取り戻した陰茎を押し付けた。
ぐりぐりと動かすことにより、亀頭に引っかかったパンティが少しずつ横にずれていく。
「なるほど、そういうことね。がんばれー、もう少しだよー」
「ふぅ、ふぅ……」
愛液で濡れていたそれは、湿った音を立ててはがれた。真っ白でまっさらな女性器が外気にさらされる。
「すごい、がんばった、ねっ！」
言い切る前に、彼女の肉穴を剛直が貫いた。
「はぁ、あぁんっ、いきなりぃ、すごいぃ！」
彼は最初から容赦をしなかった。ぱちんぱちんと勢いよく腰を打ちつけ、大きく体を前後させる。
「はっ、はぁっ、ぐぅ、くっ……」
腰を引くたびに、ひだが追いすがるようにペニス全体に密着する。腰を押すたびに、嬉しそうに膣肉が緩み、奥へ奥へと誘い込む。彼女の魔物娘としての本能が、無意識の内に愛する者を求めてうごめくのである。
「よぉ……ちゃぁん……ふぅぅ、きょう、あんっ、いつもよりぃ、はげしいよぉ……」
とまどいの声に、彼は耳を傾けない。それどころか、顔を真っ赤に染める彼女を見て、さらに鼻息を荒くする始末である。
「そ、そんなっ、奥、おきゅぅ、ごつごつ叩いたら……はぅっ、うぅぅ、いくっ、いくぅ……」
背筋を反らし、彼女は盛大に絶頂した。両足が彼の腰に回り、さらに奥へと押し込む。
「ぐぅっ！」
駄目押しの刺激。彼は一声うめき、子宮へ直接精液を注入した。受け入れるためにぽっかりとひらいた子宮口が、まるで液体を飲み込む喉のように、ひくひくと開いたり閉じたりした。
「はぁ、はぁ……」
興奮と疲れによる、二つの吐息が混ざり合う。
「はぁぁ……もう、そんなに乱暴にしなくてもいいのに……」
もっと、ゆっくりしたかったなぁ、と彼女がぼやく。それを、彼は口をつぐんだまま見つめていた。
「あれ、よーちゃん、よーちゃーん……きゃっ！」
彼女の視界がぐるりと反転した。彼が彼女をうつぶせにしたからだ。
「ちょ、ちょっとぉ！あうぅ！」
彼女の腹の下に回った腕が、ぎゅっと彼女を抱きしめる。彼は間髪入れることなく、彼女を立ちバックで犯し始めた。
そして、彼は彼女の言葉を聞くことなく、さらに三度、彼女の膣内に精液を放った。
太陽が地平線の向こうへ沈み、辺りはすっかりと闇に閉ざされている。それを切り裂くように、まばらに灯る街灯が立っている。
二人は手をつなぎ、夜道を歩いていた。しかし、横に並ぶことはしない。彼が右手をそっと後ろに伸ばし、彼女は優しく左手でにぎる。
「今日のよーちゃん、ちょっと怖かった」
むくれっ面で彼女がぼやく。彼女は彼の下校の間、ずっとそんな調子であった。
「ごめん……」
さすがにやりすぎたと思い、彼はしゅんとうなだれて歩く。その歩幅は、いつもより小さい。
「早く千世と一緒に部屋に帰りたいからさ……うん、何も言わずにして、本当ごめん」
彼の言葉を聞き、彼女の頬がすっとしぼんだ。
「なーんだ、そんなことか」
「え？」
彼が問う。彼女はふふっと笑った。
「私、そんなこと気にしてないのに。たしかに、早くよーちゃんの部屋に行ってエッチしたいなーとは思ってるけどね。でも、それでせっかくの放課後エッチ、ただ腰を動かしてハイ終わりなんて、嫌だもん」
そのとき、彼女の手が、するりと彼の手から抜け出した。
「あ、今日はここまでだね」
彼女の声のトーンが下がった。
「ああ」
彼も同じくつぶやく。
――今日は、二十メートルくらいか。
視線を上げ、今日の『成果』を数える。
――いつもより、距離が長いな。
「じゃあ、また明日ね」
彼女が彼の背中に声をかける。彼は振り返らない。
『死者と歩いているときに振り返ったら、二度と会えなくなっちゃうんだよ？』
生前読書好きだった彼女が、かつてそう言ったのである。彼も、うっすらとそんな伝説を、ギリシャ神話だか日本神話だかで聞いた覚えがあった。振り返ったせいで、冥界に戻された死者の話。
だが、彼は知っていた。千世は、泣いている顔を見られたくないのだと。そして、美朗も、自分の今にも泣きそうな顔を、彼女に見られたくはなかった。
二人は今日も笑顔でさよならがしたかったのだ。
彼女は学校で死に、学校に縛られた。
――あとどれくらい精をもらえば、彼女は解放されるのだろう。
彼女に精を放つたびに、彼女は学校から離れられる。学校から一キロメートル。彼の家まで五百メートル。
12/01/10 22:19更新 / 川村人志