読切小説
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ドラグーンの三の戦記
 大陸北部に名を轟かせる貴族、ドラグーン家現当主の三男、ライリー=ドラグーンは生まれた瞬間から勇者の才能の片鱗を覗かせていた。
 竜の血を引くという伝説を持つこの一家は、生まれた男子は国で一番の占い師に未来を観てもらうという風習がある。
 ライリーを観た占い師は、椅子から転げ落ち、当主に抱かれた彼にひれ伏し床に頭を摩り付けたという。
「世界に名を轟かし、神の声を聞き世界を変遷するお方となるであろう」
 占い師は彼の未来を観ることが出来たことに、感激のあまり涙を流しつつそう語った。
 占い師の予言は当たった。彼は神の声を聞いたのだ。
 それはライリーが六歳のときであった。ドラグーン家が治めている都市が所属する国家は、主神教団の熱心な信仰国であった。よって、老若男女問わず朝は教会に行き、神に祈りを捧げ、戒律を重んじる。貴族であってもそれは変わらず、ライリーも物心が付いたときから熱心に教会へと祈りを捧げていた。
――ライリーよ。私の可愛い息子よ。
 その日も同じように、朝教会の聖堂で手を組み祈っていると、彼の頭の中に優しげな女性の声が響いた。
「あなたは……?」
 彼が目を開け、ひざまずいたまま視線を上部――ステンドグラス――に向けた。
――竜の子よ。あなたはこの世界に変革をもたらす人間です。
「えっあっ……」
 あまりの出来事に、彼は言葉を失った。そんな彼の様子を気にも留めず、声は続ける。
――あなたには、普通の人間と違う『力』が備わっています。私は、あなたに祝福を与えます。あなたの道に幸あらんことを。
 女性の声が止むと、ライリーの全身が光に包まれた。それは暖かく、貴族の世界にまみれ、まだ甘えたい盛りであるにもかかわらず愛を失っていた彼の心を大いに癒した。そして、幼いながら己の心に響いた声は、神のものであると理解した。
 それからの彼は、人生の全てを神に捧げたと言っても過言ではないだろう。
 この大陸では、神の声を聞いたものは『勇者』と呼ばれ、常人には得られない力を手に入れることができる。
 ライリーは十歳を迎える前から、一抱えもある岩を軽々と持ち上げ、剣を振れば剣先が見えないくらい速く、衝撃波で数メートル先の相手を吹き飛ばす。
 極めつけは十四の頃に神から授けられたという、竜の声である。
――あなたの奥底にある血の力を目覚めさせただけです。
 と神が言った竜の力。彼の咆哮は地を揺らし天に轟き、彼に敵対する全ての存在を恐怖に突き落とすという奇跡のような力であった。
 そして十五歳。この国では十五歳の誕生日に成人の儀式を行う。
 貴族である彼は、皇帝直々に成人の証である、祝福された剣を授けられた。
 ライリーがそれを手にした瞬間、ひとりでに鞘から剣が抜け、刀身が輝き、剣先がある一方向を指したという。
 彼は、それを見てすぐに剣の意図を理解した。
――この剣が指す方向に、魔がいる。
 この瞬間、彼は魔王を倒すという確固たる決心と野望を心に抱いたのである。

「これでっ、どうだっ!」
「あぐぅっ!効くぅっ!」
 男女の唸り声と、荒い息遣い。
「これ……でっ、トドメだっ!」
「ふぁっ、あぁぁぁ!」
 一際大きく声が上がり、しばしの沈黙が流れる。
「……ふぅー」
 先に沈黙を破ったのは男であった。満足感溢れるため息。男は全裸であった。
「どうしたの?今日のライリー、いつもより激しかった……」
 うっとりとした表情で、女がつぶやく。
「いや、急に昔のことを思い出したんだ。シエラと出会う前のことをね」
 男……かつての勇者ライリーが、妻の名を呼ぶ。
「そうだったの。ふふっ……あの頃のあなた、とっても可愛かったわね……」
 シエラが懐かしむように微笑み、尻尾と翼を揺らす。
 彼女は人間ではない。魔王夫婦の間に生まれた子供、リリムなのである。
「まあ、あのときの俺は若かったから……んっ!」
 彼も懐かしそうにしみじみと言葉を漏らしていたが、それは途中でさえぎられてしまった。
「あむっ、れるっ、れろぉ……」
 今日の分の精を出し切ってくたりと力を失った彼のペニスを、シエラが口に含んだからだ。
「くぅっ、そん、なっ……出したばかり……!」
「んちゅっ、じゅぅっ……ぬぽっ、いいじゃない。あなたはインキュバスなんだから……はむっ」
 にっこりと彼女は目を細め、もう一度彼の分身を口に頬張る。
「うっ、くぅっ……」
 彼はビクビクと小さく大きく何度も体を震わせる。
 彼はもう出ないと考えていたが、そこはインキュバスの悲しい性、彼女の口内の肉に揉み解されている内にすぐに硬さを取り戻していった。
「じゅるっ、ちゅっ、んふっ、やっぱりこのおちんちん素敵……」
 うっとりと頬を染め、彼女が声を漏らす。それは艶を持ち、彼の鼓膜をぞくぞくと震わせる。
 唇から亀頭が離れる。粘度の高い唾液が糸を引き、ほっこりと湯気が立つ。
 太陽が昇ったばかりの時刻。しんと冷えた空気が部屋の中に満ち、彼は寒さと共にとてつもない喪失感を受けた。
「あっ、あぁっ……」
 ペニスをピクン、ピクンと細かく震わせながら、彼が切なげにうめく。
「どうしたの?私の口、嫌じゃなかったの?」
 彼の切羽詰った表情を覗き込み、彼女が意地悪な言葉を囁く。
「くっ、あっあぁっ……ごめんっ」
 彼の搾り出すような声。
「はぁっ、あぁぁ……寒いんだ……シエラに触れたい……!どこかがシエラと触れてないとっ、寒くて、さびしいんだ……」
 目を潤ませ、上ずった声を出す。
――ゾクッ……
 甘えるような彼の表情に、彼女の心はきゅっと絞られたような感覚を受けた。彼女の庇護欲が急速に膨れ上がる。
 彼女はたまらず、彼にぎゅっと抱きついた。
「うん、私こそ、ごめんね……私も、ライリーと触れ合ってないと、寒くてさびしいから……」
 彼女が片腕で彼の震える体を抱き寄せ、もう片方の手を股間へと滑らせる。
「はぁうっ!」
 ビリリと電流のように駆け抜ける快楽により、彼が悲鳴を上げた。彼女の手が、優しく陰茎を包み込んだからだ。
 リリムは魔界の中でも特に高貴な身分であるため、手袋を着用していることが多い。それもシルクで出来た最高級品である。
 それは当然、彼女たちの身分を表すためだけのものではない。性的な行為に関しても重要な役割を果たす。
 しゅっしゅっと、乾いた音が響く。
「ふふっ、シルクでおちんちんこすられるの、素手とはまた違う気持ちよさでしょ?」
 彼女の言葉に、彼はこくこくとうなずく。彼の表情は緩み、完全に彼女の行為に身を任せている。
「うん、そうだね。ライリーはそうやって私にずっと甘えていればいいんだよ。もう、片意地張って使命に燃えなくてもいいんだよ……」
 彼女がそっと彼の耳に口を寄せ、甘く優しく囁く。
「ずっと勇者してて、疲れたもんね。でも、私がいるから大丈夫だよ」
 親指と人差し指で輪を作り、カリを中心に上下にこする。乾いた音が、彼の我慢汁が垂れて徐々に湿った音になっていく。
――にちっ、にちっ……
「もう、何も考えなくていいの。私がいるから。私が全力で愛してあげるから。あなたはそれを受け止めてくれるだけでいいんだよ」
 シルクの感触と湿った感覚が、彼を快感の頂へと急速に登らせた。彼の息が荒くなり、時折声帯を震わせ声となり漏れる。
「私も、大好きなあなたの愛、それに精液も、全部受け止めてあげるから」
 そう囁くと、彼女は耳元から口を離し、彼の唇に触れた。
 彼は愛する妻と接吻をしながら、シルクの手袋に白濁を放出した。
「んくっ!ん……!んん……」
 ぞくっぞくっと二度三度、射精と同時に体をひくつかせると、全身の筋肉が弛緩して射精後特有のふわふわとした余韻にどっぷりとひたった。
 肩の力が抜け、両腕がだらりと彼女の背中から落ちたのを感じ、シエラは愛しげに彼の唇を吸った。舌は絡めず、唇だけを触れ合わせるキス。彼女が接吻を一つ落とすたびに、彼のまぶたが下りていく。
 五度目のキスで、彼は完全に瞳を閉じた。そしてすぐに、寝息が聞こえる。
――そうだね。徹夜で愛してくれたもんね。お疲れ様。
 柔らかく微笑み、彼女は夢の世界に落ちた夫の頭を優しくなでた。

「気に入った。お前はこれから私の夫だ」
 ゆらゆらと尻尾と翼をゆらめかせ、眼前の魔物が不敵に笑う。
「ぐっ、くぅっ!」
 男はうめき声を発することしかできない。最後の切り札、竜の声も全く彼女には通用しなかった。
――もう、なす術がない……!
 膝ががくりと地に落ち、己の未熟さを噛み締める。
 そんな彼を、彼女は優しく両腕で包み込んだ。
「何も恐れることはない。私の元にたどり着いた。それで十分じゃないか」
「何を……!」
 ぎりりと歯を食いしばり、彼が彼女の顔をにらみつける。
「お前は何を言っているんだっ!勝てなきゃ!お前に勝てなきゃ意味がないじゃないか!俺は!」
――そう、俺は、魔王を倒すためにここまで来たのに……!
 彼の頬を涙が伝う。悔しさが溢れ、それが涙となって落ちたのだ。
「お前の悔しさはよく分かる。だがな……」
 彼女は彼の目尻、そして頬をなで、涙をふき取る。水分がシルクの手袋に吸収され、あらわになったのは赤くはれた少年の顔。
「お前は十分、仕事をしたんだぞ?」
 ふわりと彼のそばに着地し、膝を地に付け、彼と目線の高さを合わせた。
「魔物は男を捕まえたら、どうするか知っているか?」
 不意の問いかけに、彼は口を閉じるのを忘れてしまう。
「ん?どうした?知らないのか?」
「もちろん、知っている……」
 消え入りそうな声で男が語る。
「お前たち魔物は、人間を捕らえ、肉を食べるんだ!血をすすり、悲鳴を聞き、それを糧とする畜生だ!」
「ぶっぶー」
 彼女が唇を尖らせた。
「なっ……」
「はずれ、はずれ、大はずれだ。正解は……」
 くいっと彼のあごを人差し指で持ち上げる。そしてすぐさま、彼女が彼の唇に吸い付いた。
「んっ、んっ、んんーっ!」
 しばしの間、唇をふさぎ、その後離した。
「正解はこれだ。魔物は、気に入った男と夫婦になるんだ。どうだ?素敵だと思わないか?毎日私がお前を愛してあげるんだぞ?」
「愛、して……」
 彼女の言葉で、彼は自分の心がぐらりと大きく揺さぶられるのを感じた。
 彼は生まれたときから、満足な愛を受けずに育った。崩れそうな心を支えたのは、神の声だった。
――しかし……
 確かに神は声をかけてくれた。力も授けてくださった。しかし、彼に姿を見せることはなく、触れてくれることも、抱きしめてくれることもなかった。
――だが、目の前の魔物はどうだ。
 自分を気遣ってくれて、抱きしめ、その上接吻までしてくれた。そして何も恥ずかしがることなく、愛してくれると言った。
 それに気付いた瞬間、彼は彼女と一生を添い遂げることを誓った。
「うん、そうだ。嬉しいよ。それに、お前の行動は勇者としても無駄ではないんだ」
「え?」
 彼が思わず問い返す。
「魔物は、夫を見つけると仕事なんかどうでもよくなるんだ。それは、魔王の娘である私も一緒。だから、もう正直、魔界の平和とか、教団のこととか、どうでもいいんだ……」
 そう言って、彼女はそっと彼の耳元に口を寄せる。
「お前は自分の体で、私という魔物を、一生使い物にならなくしてしまったのさ。勇者さま……」

「この笑みは……」
 すやすやと眠る夫を見て、妻が微笑む。
「あのときの夢を見てるな……ふあぁ」
 彼の幸せそうな寝顔を見ているうちに、彼女も眠気が頂点に達した。
「ああ、やっぱり徹夜はきつい……」
――寝てしまおう。
 直後、彼女の意識は遠のき、彼の体に折り重なるように倒れこんだ。
 鳥が鳴き、木漏れ日が部屋の中に差し掛かる時刻、魔界の住人たちは夢の世界へと旅立つ。
11/12/22 02:05更新 / 川村人志

■作者メッセージ
元アルカですが、改名しました。
理由は、同じ名前を使っている作家さんがいることと、某漫画のキャラと名前がモロかぶりしてしまったせいです。
これからはこの名前で頑張ります。

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