梅雨柘榴
とある地方都市。こじんまりとただずんでいる繁華街から少し離れた場所に、どっしりと腰をすえたように、この県の名がついた国立大学が建っている。
その周りは、大学生向けのアパートや、学生向けの食堂、遊び場など、いわゆる学生街と呼ばれる地域で取り囲まれており、そこそこ賑わっていた。
そんな学生用住居の一つに、コーポバステトと呼ばれるアパートがある。
エジプト神話の猫頭の神の名前。大家が大の猫好きであることから名付けられた。
このアパート、大きな特徴として、「ペットは猫のみ可」というものがある。全ての部屋の玄関ドアに、猫用の扉が備え付けられていたり、ペット用の病院とペットショップが隣接していたり、まさに猫を飼う人のために作られたアパートである。
そんなコーポバステトの一室に、一人の男が暮らしていた。名は雪峰修（ゆきみね しゅう）。この町の中心にある大学に通う学生である。
今日は土曜日。授業の日々は過去に押しやり、出された課題も明日に持ち越せばいいという、彼にとっては一週間の中で最も羽を伸ばすことのできる曜日である。
そんな至福の土曜日であったが、彼は部屋の中でごろごろとしていた。
ベッドの上に転がり、読み飽きた本のページを惰性でめくる。
部屋に流れるBGMは、外でしとしとと降る雨の音。
梅雨真っ只中、この日も雨で、彼は外に出るのが億劫だった。
友人を誘うのも面倒になる、そんな天候であった。
惰眠を貪り、たまに起きては枕の横に積まれている本を読む。そしてまた眠る。
太陽は東から西へ飛んで行き、いつの間にか地平線の向こうへ沈む直前になってしまった。
そんな時刻、玄関扉からぱたんと軽い音が鳴った。
その直後、ぱたぱたと廊下を歩く足音が彼へ近付いてくる。
「おかえり」
ごろりと修が音のした方向へ寝返りを打つと、薄らぼんやりとした声でつぶやいた。
彼の視線の先には、黒猫が一匹。
「にゃあ」
挨拶を返すように、猫は一声鳴いた。
修に飼われているメス猫。
彼がまだ大学に入る前、実家に住んでいたころ、帰り道にダンボールの中に入れられた彼女を拾った。
捨て猫とは思えないほど毛並みが整えられており、黒曜石を思わせるような純粋な漆黒。彼は彼女のそんな浮世離れしたオーラに魅せられ、一目見ただけで気に入ってしまった。
その場で拾って帰り、渋る両親を説き伏せて飼うことになった。
彼は彼女に『ざくろ』という名を付けた。彼女が入ったダンボールが置かれていた場所が、ちょうどざくろの木の真下であったこと、そしてムラ一つない漆黒の毛並みを見て、黒の中の黒『the 黒』と彼が思ったからである。
その後大学に入学が決定し、下宿に引っ越すときに一緒に彼女を連れてきて今に至る。
ざくろの凛とした立ち姿。愛玩動物でありながら、肉食獣の遺伝子を持つことを思い出させる隙のない歩き方。自分のもとへと近付く彼女を見て、彼はますます彼女の格好良さ、可愛さに惚れ直すのであった。
ざくろはワンルームの中央に位置する机の下を潜り、フローリングを音もなく歩き、彼が寝転んでいるベッドのすぐそばまでたどり着いた。
すると、彼女のきれいな黒い毛がざわざわと音を立てて逆立った。
直後、袋を裏返すかのように皮膚が波打ち、黒毛の下から人間の肌が現れた。
体がぐんと大きくなり、膝と肘から上の胴体部がそれぞれ人間のものへと変化する。少女の顔に変化すると、頭の上にひょっこりと黒い猫耳が生えてきた。
本来ある尻尾のすぐ横から、もう一本瓜二つの黒い尻尾が、さながら芽吹きを早回しで撮ったかのように生える。
体の部分は一瞬裸体がさらされたかと思うと、すぐに黒と青の浴衣で覆われた。それは半そでで、下半身も太ももから上しか覆っていない露出度の高いものであった。
尻尾と猫耳、そして手足以外を人間の少女のものに変化させたざくろ。
「ただいま」
彼女は見た目通りの可愛らしい声で、修に帰宅の挨拶をした。
これが彼女の本来の姿。彼女は普通の猫ではなく、猫の特徴を持った魔物ネコマタなのである。
「もしかして、私が散歩に行っている間、ずっとごろごろしてたの？」
眉をひそめ、彼女が問う。
ざくろは猫らしく散歩が大好きであり、雨が降ろうが雪が降ろうが毎日外出している。そんな彼女にとって、一日中部屋の中でひきこもるのは理解できないのだ。
「息が詰まっちゃうよ？」
「一日や二日部屋から出なくたって、死にはしないさ」
対する修は悪びれもせず言い放つ。彼女とは反対に、彼はどちらかというと室内にこもっている方が好きなのだ。
「修って、積極性がないんだね。私と駆け落ちしたときは、あんなにイケイケで格好良くて素敵でマジ王子様だったのに……」
彼女はわざとらしくため息をつく。
「駆け落ちって……」
彼女は、彼が自分をこの下宿に連れ出したことを『結婚を渋る両親から逃げ出すための駆け落ち』と誤解している節がある。確かに、修の両親があまり彼女に接さなかったのも事実だし、彼が彼女のことが大好きで連れ出したのも本当のことである。
しかし、彼は当時彼女がネコマタであることを知らなかったのだ。彼女が彼に正体を明かしたのは、ここに引っ越してきた当日の夜のことである。
「新婚初夜……あの日の修はとっても情熱的に求めてくれたのに……」
自分の胸を抱きながら彼女が身悶える。
「いや、あれはっ……その、初めてだったから……」
身を起こし否定するが、すぐに赤面して彼はうつむいてしまった。『初夜』の獣のようなセックスを思い出してしまったからだ。
「でも、今は……」
つられるように、ざくろもうつむいてしまう。その場にしゃがみこみ、床に『の』の字を書く。
「私が『しよｖ』って言ってもすぐ寝ちゃうし……抱きついても離れようとするし……それに、私に『好き』って言ってくれないし……」
もじもじとしながらも、時折ちらりと彼の方を見上げるざくろ。
「むむむ……」
彼にとって心当たりがある事柄ばかりであった。彼は大学四回生。ちょうどこの時期から卒業研究が本格的になるのである。近頃は寝る間も惜しんでパソコンに向き合ったり、それでも足りないときは大学の研究室に泊り込んで、一晩中彼女を部屋に一人ぼっちにする日もあったのだ。
めっきり夜の営みがご無沙汰となっている。
「ひょっとして、もう、私のこと嫌いになった？私がいたら迷惑？やっぱり私って不幸な猫なの？」
ついに目を潤ませてしまった。がばりと顔を上げて、じっと彼を見つめる。
猫の毛並みと同じくらい漆黒の髪の毛、ブラックホールのように思える真っ黒の瞳。彼は雫を湛えたそれに吸い込まれそうになった。
「うん、その……ごめん。今日は、大丈夫だから……」
修は自分の体にかかっていたタオルケットを肌蹴させると、腕を差し出して彼女をベッドの上に招いた。
「うにゃぁ」
嬉しそうに喉を鳴らしつつ、笑顔で彼のそばにもぐりこんだ。そしてすかさず彼の体に抱きつき、顔を彼の胸にうずめる。
「すーっ、はーっ……修の香りがする」
とろりと表情をとろけさせ、ざくろは彼の香りを何度も吸い込んだ。
「それ、恥ずかしいんだけど」
困ったように彼が言う。彼女は彼に抱きつくと、毎回必ずこの動作を行うのだ。
「いいじゃん、私、この匂い大好きだし……それに、ずっと嗅げなくて寂しかったんだから」
そう言われると、彼は言い返せなくなる。ずっと彼女を放っておいたという負い目が、彼女の行動を制止する妨げとなる。
彼が言い返せないのが分かると、彼女は機嫌をよくして、わざとらしく大きな音を立てて呼吸をした。
そのまま、少しずつ彼女は顔を上へと移動させていく。
みぞおち辺りにあった鼻先が、鎖骨を通り、顎先に触れ、唇を突き、そして彼の鼻と触れ合った。
二人の視線が交わる。
「今日は、してくれるの？」
甘い息の香りが彼の鼻の奥をくすぐる。直接快楽を司る神経を刺激され、彼の視界にもやがかかる。
「最後まで、してくれる？」
再びの問い。
彼は小さくうなずくことしかできなかった。息だけでなく、体全体から漂う彼女の無意識の魅了魔力が、彼の抵抗する気持ち、そして声を出す気力を完全に埋まっていた。
「ちゅっ……んぅ……」
見えない力に引かれるように、二人はゆっくりと唇を触れ合わせた。
湿ったそれらが柔らかく形を変え、音を鳴らす。
「にち……ぬちゅ。んーれるっ」
ざくろが彼の口内に舌を入れた。歯の間に差し入れ、彼の舌を探す。
「んー……んっ、んふふ」
目当てのものを見つけ、彼女が笑みを漏らした。舌先同士がつんと触れ合うと、獲物を捕らえんとする肉食獣のように、すばやく絡ませた。
彼の胴体に腕を回し、ざくろはふかふかの手を彼の後頭部に乗せる。体に力をこめ、彼女は彼を仰向けにさせ、自らの体を彼のものへ覆いかぶせた。
「れるっ、今日は修の貴重な休みだから、私が上になって動くね」
唇を離し、ざくろが微笑む。
「そんなこと言って、毎回ざくろが上じゃないか」
彼が言うと、彼女はまた笑った。
「にゅふふ、それもそうだね」
そう言うと、彼女はまた彼の唇に覆いかぶさるようにして、キスを再開させた。
間髪いれずに舌を挿入させる。彼女の舌が、彼の舌をマッサージするかのようにもみほぐす。
彼の背筋が、快楽でぞくぞくと震えた。彼女の舌は猫らしくざらざらで、適度に柔らかな肉を刺激する。
「んちゅっ、それじゃあ、れるっ……脱いじゃおうね」
舌を自分の口内に戻し、彼女は小鳥がついばむようなキスを繰り返しながら、彼のシャツのボタンを外していった。
ボタンを全て外すと、シャツの布を両脇に広げ、彼の素肌を外気にさらす。
「あれ、けっこう汗ばんでるね」
肉球で彼の胸や腹をなでつつ、彼女が言う。
「しょうがないだろ、さっきまで寝てたんだから」
「それもそうだね。まあいいよ、これからもっと汗をかくんだし」
声を漏らしてざくろが笑う。
だが、すぐに笑みが消え、彼女は目を潤ませ頬を真っ赤に染めた。
「汗かいて、一緒にどろどろになろ。久しぶりだから、もう我慢できない。入れるよ」
彼女はそう言って上半身を起こし、彼の股間の上にまたがった。
そしてズボンを引き摺り下ろす。
さえぎるものがなくなり、修の男性のシンボルが力強くいきり立った。
しばらく彼女とセックスをしていなかったということは、その間彼は射精していなかったということである。
彼女のにおいを嗅いだだけで、彼のそれは痛いくらい勃起し、キスされただけで、先っぽから粘っこい液体を漏らしてしまった。
「私としていない間、ずっとぴゅっぴゅしてなかったんだね。ちゃんと、私のために、我慢してたんだね」
ごくりと大きく喉を鳴らし、彼女はまばたきせずに硬いイチモツを覗き込んでいた。しかし、しばらくすると本当に我慢ができなくなったのであろう、腰を浮かし、亀頭を自らの下の入り口に密着させた。
くち……と湿った音が鳴る。
「おちんぽさぁん、久しぶりぃ……今いい子いい子してあげるから……ねぇ！」
言い終わるや否や、重力に任せてざくろは一気に腰を沈めた。
「うにゃあん！」
ぞりぞりと膣肉をかき分ける感触に、歓喜の鳴き声を上げる。
「うっ、くぅっ！」
同じくして修も快楽にうめく。
「早速、動いてあげるにぇっ」
彼女は口をだらしなく開きながら、リズミカルに腰を上下させる。
「いっち、にぃっ、いっち、にぃっ、うんっ、にゃあっ、うんっ、にゃあっ」
もこもこの両手を彼の腹の上に置き、ぱつんぱつんと腰がぶつかる。
「ねえ、修ぅ……幸せ？今ぁ、しあわせぇ？」
彼の顔をうっとりと覗き込み、彼女が言う。彼は何度も小さくうめきながらも、こくこくとうなずく。
彼女が彼を抱くとき、必ず幸せかとたずねる。何故なら。
「にゃははぁ、嬉しいにゃぁ。今日もね、出かけたらぁ、みんな私の方を見て嫌な顔をするんにゃぁ……道を渡るだけでぇ……この世の終わりみたいな顔をするんだにゃぁ……黒猫はぁ、不幸にゃのかにゃぁ……」
彼女は黒いネコマタ。黒猫。一般的に、黒猫は不幸の象徴と言われる。
目の前で横切られると悪いことが起こる、そんなことも言われる。
「私、ただ散歩をしてるだけにゃ……何も悪いことしてにゃいのにぃ……」
快楽とは違う成分で、彼女の目が潤む。
黒猫は存在自体が不幸、そんな考えが、彼女の心を苦しめていた。
「でも、私は不幸じゃにゃいにゃっ、こうやってぇ……しゅぅのことしあわせにできてるっ」
目から涙をあふれさせながら、ざくろは輝くような笑顔を見せた。
それが、彼の心をより一層ときめかせる。
「にゃっ！」
彼女への愛しさ恋しさが、彼の無意識の行動につなげた。彼は両腕を彼女の背中に回し、思い切り抱き寄せた。
ぎゅっと強く抱きしめ、彼女の耳に自らの口を寄せる。
「俺は、世界一の、幸せ者だぞ……くっ、ざ、ざくろに出会えて、こうやって……一緒に気持ちよくなれてっ……！」
「私もぉ……幸せぇ……」
がくがくと二人は全身を震わせる。快楽が右肩上がりで上り詰め、限界が近づいてきた。
「これからも、ずっと一緒だっ、愛してるよ、ざくろ」
「……っ！にゃ……っ！」
彼の愛の言葉が最後のスイッチとなった。彼女の呼吸が無意識の内に止まり、口がだらしなく開き、まぶたがとろんと降り、唾液と涙と愛液をあふれさせながら絶頂を迎えた。
「にゃぁ……あっ……あ゛ー……」
ひくんひくんと小さく何度も震え、彼女の全身の力が抜けた。腕がだらりと横に置かれ、彼の体に全体重を預ける。
満足そうに体をだらけさせるざくろであったが、修は生殺しもいいところであった。体の力と共に膣肉の締め付けもなくなり、ペニスへの刺激がなくなってしまったのだ。
「ざくろ……ざくろ？」
名前を呼ぶが、全く返事がない。
目が虚ろになっており、全てを悟ったようなアルカイックスマイルを浮かべて失神していた。
ぺちぺちと頬を叩いても、それは崩れない。
――しょうがないな……
心の中で彼がつぶやく。
あまり手荒なことはしたくないが、久々に魔物の膣を味わっておいて、射精せずに終わらせるほど、彼の性欲は小さくないし、我慢強いわけでもない。
「ごめんな」
そう言いながら、彼はゆっくりと彼女の体から這い出し、彼女をうつぶせのまま寝かせる。そして彼は彼女の体の上に覆いかぶさった。
「すぐ出すから、我慢してくれ、よっ」
言うと同時に、彼女の尻をつかんだ彼は、ペニスを彼女のヴァギナに一気に挿し入れた。
ぬちっ……と、濃厚な愛液の音が鳴り響く。
ぽっかりと穴が開きっぱなしになっていたので、彼のものはすんなりと最奥まで突き入れられた。
しかし、亀頭がその最奥、子宮の入り口まで達すると、様相が一変する。
「うぐっ、あ゛ー……っ」
快楽の海に浸っていた彼女が此岸に戻ってきて、喉の奥から吐き出すような嬌声を上げる。すると、今までゆるゆるとだらしなく開いていた膣が、一気にぎゅっと締まった。
「くっ！この、刺激は……」
引き抜こうとした瞬間の強烈な締め付け。挿入時とは全く違う感覚に、一気に彼は限界寸前まで上り詰めてしまった。
あとは、射精するまで一心不乱に腰を前後させるのみ。
「はっ、はっ、はっ……」
「あっ、あぁっ、あ゛ぁーっ……」
獣のような声を上げながら、互いに気持ちのいい部分をこすり合う。
彼女の肉ひだはペニスの弱点をこりこりぞりぞりと刺激し、彼の肉棒はGスポットをとんとんこつこつと叩く。
二人の脳内は、絶頂と相手への愛情で満たされていった。
そして、限界線を突破する。
「ざくろぉ……一番奥に、出すっからなっ」
「にゃぁ……はぁ……らしてぇ、おくぅ、にゃかだしぃ……」
ざくろの二本の尻尾が、彼の腰をぐいと引き寄せ、尿道口と子宮口が勢いよくキスをした瞬間。
「うっ、くぁっ、ぐぅっ！」
「んにゃぁ……せぇえき出てるにゃぁ……」
膣道を通らず、直接子宮口に精液が注ぎ込まれた。どくどくと音を立て、何日もためにためた欲望の塊が、ここぞとばかりに一気に放出される。
「がはっ、はぁっ！はぁっ！」
睾丸を空っぽにするほどの長い射精。それが終わると、修の全身から力が抜け、彼女の背中の上に倒れこんでしまった。
「今日は、このまま寝ちゃう？つながったままで……ゆっくりおねんね……」
もみもみと自分の中に入った彼の一部を優しくもみほぐしながら、彼女は文字通りの猫なで声で言った。そしてごろりと横になる。
もっと彼女の膣肉を堪能したかった彼にとって、その提案はとても魅力的に思えた。
「そうだな、今日はずっと、こうしていようか」
そう言いながら彼が彼女の頭をなでる。
「うにゃあ」
気持ちよく目を細め、彼女は気持ちよさそうに一声鳴いた。
その周りは、大学生向けのアパートや、学生向けの食堂、遊び場など、いわゆる学生街と呼ばれる地域で取り囲まれており、そこそこ賑わっていた。
そんな学生用住居の一つに、コーポバステトと呼ばれるアパートがある。
エジプト神話の猫頭の神の名前。大家が大の猫好きであることから名付けられた。
このアパート、大きな特徴として、「ペットは猫のみ可」というものがある。全ての部屋の玄関ドアに、猫用の扉が備え付けられていたり、ペット用の病院とペットショップが隣接していたり、まさに猫を飼う人のために作られたアパートである。
そんなコーポバステトの一室に、一人の男が暮らしていた。名は雪峰修（ゆきみね しゅう）。この町の中心にある大学に通う学生である。
今日は土曜日。授業の日々は過去に押しやり、出された課題も明日に持ち越せばいいという、彼にとっては一週間の中で最も羽を伸ばすことのできる曜日である。
そんな至福の土曜日であったが、彼は部屋の中でごろごろとしていた。
ベッドの上に転がり、読み飽きた本のページを惰性でめくる。
部屋に流れるBGMは、外でしとしとと降る雨の音。
梅雨真っ只中、この日も雨で、彼は外に出るのが億劫だった。
友人を誘うのも面倒になる、そんな天候であった。
惰眠を貪り、たまに起きては枕の横に積まれている本を読む。そしてまた眠る。
太陽は東から西へ飛んで行き、いつの間にか地平線の向こうへ沈む直前になってしまった。
そんな時刻、玄関扉からぱたんと軽い音が鳴った。
その直後、ぱたぱたと廊下を歩く足音が彼へ近付いてくる。
「おかえり」
ごろりと修が音のした方向へ寝返りを打つと、薄らぼんやりとした声でつぶやいた。
彼の視線の先には、黒猫が一匹。
「にゃあ」
挨拶を返すように、猫は一声鳴いた。
修に飼われているメス猫。
彼がまだ大学に入る前、実家に住んでいたころ、帰り道にダンボールの中に入れられた彼女を拾った。
捨て猫とは思えないほど毛並みが整えられており、黒曜石を思わせるような純粋な漆黒。彼は彼女のそんな浮世離れしたオーラに魅せられ、一目見ただけで気に入ってしまった。
その場で拾って帰り、渋る両親を説き伏せて飼うことになった。
彼は彼女に『ざくろ』という名を付けた。彼女が入ったダンボールが置かれていた場所が、ちょうどざくろの木の真下であったこと、そしてムラ一つない漆黒の毛並みを見て、黒の中の黒『the 黒』と彼が思ったからである。
その後大学に入学が決定し、下宿に引っ越すときに一緒に彼女を連れてきて今に至る。
ざくろの凛とした立ち姿。愛玩動物でありながら、肉食獣の遺伝子を持つことを思い出させる隙のない歩き方。自分のもとへと近付く彼女を見て、彼はますます彼女の格好良さ、可愛さに惚れ直すのであった。
ざくろはワンルームの中央に位置する机の下を潜り、フローリングを音もなく歩き、彼が寝転んでいるベッドのすぐそばまでたどり着いた。
すると、彼女のきれいな黒い毛がざわざわと音を立てて逆立った。
直後、袋を裏返すかのように皮膚が波打ち、黒毛の下から人間の肌が現れた。
体がぐんと大きくなり、膝と肘から上の胴体部がそれぞれ人間のものへと変化する。少女の顔に変化すると、頭の上にひょっこりと黒い猫耳が生えてきた。
本来ある尻尾のすぐ横から、もう一本瓜二つの黒い尻尾が、さながら芽吹きを早回しで撮ったかのように生える。
体の部分は一瞬裸体がさらされたかと思うと、すぐに黒と青の浴衣で覆われた。それは半そでで、下半身も太ももから上しか覆っていない露出度の高いものであった。
尻尾と猫耳、そして手足以外を人間の少女のものに変化させたざくろ。
「ただいま」
彼女は見た目通りの可愛らしい声で、修に帰宅の挨拶をした。
これが彼女の本来の姿。彼女は普通の猫ではなく、猫の特徴を持った魔物ネコマタなのである。
「もしかして、私が散歩に行っている間、ずっとごろごろしてたの？」
眉をひそめ、彼女が問う。
ざくろは猫らしく散歩が大好きであり、雨が降ろうが雪が降ろうが毎日外出している。そんな彼女にとって、一日中部屋の中でひきこもるのは理解できないのだ。
「息が詰まっちゃうよ？」
「一日や二日部屋から出なくたって、死にはしないさ」
対する修は悪びれもせず言い放つ。彼女とは反対に、彼はどちらかというと室内にこもっている方が好きなのだ。
「修って、積極性がないんだね。私と駆け落ちしたときは、あんなにイケイケで格好良くて素敵でマジ王子様だったのに……」
彼女はわざとらしくため息をつく。
「駆け落ちって……」
彼女は、彼が自分をこの下宿に連れ出したことを『結婚を渋る両親から逃げ出すための駆け落ち』と誤解している節がある。確かに、修の両親があまり彼女に接さなかったのも事実だし、彼が彼女のことが大好きで連れ出したのも本当のことである。
しかし、彼は当時彼女がネコマタであることを知らなかったのだ。彼女が彼に正体を明かしたのは、ここに引っ越してきた当日の夜のことである。
「新婚初夜……あの日の修はとっても情熱的に求めてくれたのに……」
自分の胸を抱きながら彼女が身悶える。
「いや、あれはっ……その、初めてだったから……」
身を起こし否定するが、すぐに赤面して彼はうつむいてしまった。『初夜』の獣のようなセックスを思い出してしまったからだ。
「でも、今は……」
つられるように、ざくろもうつむいてしまう。その場にしゃがみこみ、床に『の』の字を書く。
「私が『しよｖ』って言ってもすぐ寝ちゃうし……抱きついても離れようとするし……それに、私に『好き』って言ってくれないし……」
もじもじとしながらも、時折ちらりと彼の方を見上げるざくろ。
「むむむ……」
彼にとって心当たりがある事柄ばかりであった。彼は大学四回生。ちょうどこの時期から卒業研究が本格的になるのである。近頃は寝る間も惜しんでパソコンに向き合ったり、それでも足りないときは大学の研究室に泊り込んで、一晩中彼女を部屋に一人ぼっちにする日もあったのだ。
めっきり夜の営みがご無沙汰となっている。
「ひょっとして、もう、私のこと嫌いになった？私がいたら迷惑？やっぱり私って不幸な猫なの？」
ついに目を潤ませてしまった。がばりと顔を上げて、じっと彼を見つめる。
猫の毛並みと同じくらい漆黒の髪の毛、ブラックホールのように思える真っ黒の瞳。彼は雫を湛えたそれに吸い込まれそうになった。
「うん、その……ごめん。今日は、大丈夫だから……」
修は自分の体にかかっていたタオルケットを肌蹴させると、腕を差し出して彼女をベッドの上に招いた。
「うにゃぁ」
嬉しそうに喉を鳴らしつつ、笑顔で彼のそばにもぐりこんだ。そしてすかさず彼の体に抱きつき、顔を彼の胸にうずめる。
「すーっ、はーっ……修の香りがする」
とろりと表情をとろけさせ、ざくろは彼の香りを何度も吸い込んだ。
「それ、恥ずかしいんだけど」
困ったように彼が言う。彼女は彼に抱きつくと、毎回必ずこの動作を行うのだ。
「いいじゃん、私、この匂い大好きだし……それに、ずっと嗅げなくて寂しかったんだから」
そう言われると、彼は言い返せなくなる。ずっと彼女を放っておいたという負い目が、彼女の行動を制止する妨げとなる。
彼が言い返せないのが分かると、彼女は機嫌をよくして、わざとらしく大きな音を立てて呼吸をした。
そのまま、少しずつ彼女は顔を上へと移動させていく。
みぞおち辺りにあった鼻先が、鎖骨を通り、顎先に触れ、唇を突き、そして彼の鼻と触れ合った。
二人の視線が交わる。
「今日は、してくれるの？」
甘い息の香りが彼の鼻の奥をくすぐる。直接快楽を司る神経を刺激され、彼の視界にもやがかかる。
「最後まで、してくれる？」
再びの問い。
彼は小さくうなずくことしかできなかった。息だけでなく、体全体から漂う彼女の無意識の魅了魔力が、彼の抵抗する気持ち、そして声を出す気力を完全に埋まっていた。
「ちゅっ……んぅ……」
見えない力に引かれるように、二人はゆっくりと唇を触れ合わせた。
湿ったそれらが柔らかく形を変え、音を鳴らす。
「にち……ぬちゅ。んーれるっ」
ざくろが彼の口内に舌を入れた。歯の間に差し入れ、彼の舌を探す。
「んー……んっ、んふふ」
目当てのものを見つけ、彼女が笑みを漏らした。舌先同士がつんと触れ合うと、獲物を捕らえんとする肉食獣のように、すばやく絡ませた。
彼の胴体に腕を回し、ざくろはふかふかの手を彼の後頭部に乗せる。体に力をこめ、彼女は彼を仰向けにさせ、自らの体を彼のものへ覆いかぶせた。
「れるっ、今日は修の貴重な休みだから、私が上になって動くね」
唇を離し、ざくろが微笑む。
「そんなこと言って、毎回ざくろが上じゃないか」
彼が言うと、彼女はまた笑った。
「にゅふふ、それもそうだね」
そう言うと、彼女はまた彼の唇に覆いかぶさるようにして、キスを再開させた。
間髪いれずに舌を挿入させる。彼女の舌が、彼の舌をマッサージするかのようにもみほぐす。
彼の背筋が、快楽でぞくぞくと震えた。彼女の舌は猫らしくざらざらで、適度に柔らかな肉を刺激する。
「んちゅっ、それじゃあ、れるっ……脱いじゃおうね」
舌を自分の口内に戻し、彼女は小鳥がついばむようなキスを繰り返しながら、彼のシャツのボタンを外していった。
ボタンを全て外すと、シャツの布を両脇に広げ、彼の素肌を外気にさらす。
「あれ、けっこう汗ばんでるね」
肉球で彼の胸や腹をなでつつ、彼女が言う。
「しょうがないだろ、さっきまで寝てたんだから」
「それもそうだね。まあいいよ、これからもっと汗をかくんだし」
声を漏らしてざくろが笑う。
だが、すぐに笑みが消え、彼女は目を潤ませ頬を真っ赤に染めた。
「汗かいて、一緒にどろどろになろ。久しぶりだから、もう我慢できない。入れるよ」
彼女はそう言って上半身を起こし、彼の股間の上にまたがった。
そしてズボンを引き摺り下ろす。
さえぎるものがなくなり、修の男性のシンボルが力強くいきり立った。
しばらく彼女とセックスをしていなかったということは、その間彼は射精していなかったということである。
彼女のにおいを嗅いだだけで、彼のそれは痛いくらい勃起し、キスされただけで、先っぽから粘っこい液体を漏らしてしまった。
「私としていない間、ずっとぴゅっぴゅしてなかったんだね。ちゃんと、私のために、我慢してたんだね」
ごくりと大きく喉を鳴らし、彼女はまばたきせずに硬いイチモツを覗き込んでいた。しかし、しばらくすると本当に我慢ができなくなったのであろう、腰を浮かし、亀頭を自らの下の入り口に密着させた。
くち……と湿った音が鳴る。
「おちんぽさぁん、久しぶりぃ……今いい子いい子してあげるから……ねぇ！」
言い終わるや否や、重力に任せてざくろは一気に腰を沈めた。
「うにゃあん！」
ぞりぞりと膣肉をかき分ける感触に、歓喜の鳴き声を上げる。
「うっ、くぅっ！」
同じくして修も快楽にうめく。
「早速、動いてあげるにぇっ」
彼女は口をだらしなく開きながら、リズミカルに腰を上下させる。
「いっち、にぃっ、いっち、にぃっ、うんっ、にゃあっ、うんっ、にゃあっ」
もこもこの両手を彼の腹の上に置き、ぱつんぱつんと腰がぶつかる。
「ねえ、修ぅ……幸せ？今ぁ、しあわせぇ？」
彼の顔をうっとりと覗き込み、彼女が言う。彼は何度も小さくうめきながらも、こくこくとうなずく。
彼女が彼を抱くとき、必ず幸せかとたずねる。何故なら。
「にゃははぁ、嬉しいにゃぁ。今日もね、出かけたらぁ、みんな私の方を見て嫌な顔をするんにゃぁ……道を渡るだけでぇ……この世の終わりみたいな顔をするんだにゃぁ……黒猫はぁ、不幸にゃのかにゃぁ……」
彼女は黒いネコマタ。黒猫。一般的に、黒猫は不幸の象徴と言われる。
目の前で横切られると悪いことが起こる、そんなことも言われる。
「私、ただ散歩をしてるだけにゃ……何も悪いことしてにゃいのにぃ……」
快楽とは違う成分で、彼女の目が潤む。
黒猫は存在自体が不幸、そんな考えが、彼女の心を苦しめていた。
「でも、私は不幸じゃにゃいにゃっ、こうやってぇ……しゅぅのことしあわせにできてるっ」
目から涙をあふれさせながら、ざくろは輝くような笑顔を見せた。
それが、彼の心をより一層ときめかせる。
「にゃっ！」
彼女への愛しさ恋しさが、彼の無意識の行動につなげた。彼は両腕を彼女の背中に回し、思い切り抱き寄せた。
ぎゅっと強く抱きしめ、彼女の耳に自らの口を寄せる。
「俺は、世界一の、幸せ者だぞ……くっ、ざ、ざくろに出会えて、こうやって……一緒に気持ちよくなれてっ……！」
「私もぉ……幸せぇ……」
がくがくと二人は全身を震わせる。快楽が右肩上がりで上り詰め、限界が近づいてきた。
「これからも、ずっと一緒だっ、愛してるよ、ざくろ」
「……っ！にゃ……っ！」
彼の愛の言葉が最後のスイッチとなった。彼女の呼吸が無意識の内に止まり、口がだらしなく開き、まぶたがとろんと降り、唾液と涙と愛液をあふれさせながら絶頂を迎えた。
「にゃぁ……あっ……あ゛ー……」
ひくんひくんと小さく何度も震え、彼女の全身の力が抜けた。腕がだらりと横に置かれ、彼の体に全体重を預ける。
満足そうに体をだらけさせるざくろであったが、修は生殺しもいいところであった。体の力と共に膣肉の締め付けもなくなり、ペニスへの刺激がなくなってしまったのだ。
「ざくろ……ざくろ？」
名前を呼ぶが、全く返事がない。
目が虚ろになっており、全てを悟ったようなアルカイックスマイルを浮かべて失神していた。
ぺちぺちと頬を叩いても、それは崩れない。
――しょうがないな……
心の中で彼がつぶやく。
あまり手荒なことはしたくないが、久々に魔物の膣を味わっておいて、射精せずに終わらせるほど、彼の性欲は小さくないし、我慢強いわけでもない。
「ごめんな」
そう言いながら、彼はゆっくりと彼女の体から這い出し、彼女をうつぶせのまま寝かせる。そして彼は彼女の体の上に覆いかぶさった。
「すぐ出すから、我慢してくれ、よっ」
言うと同時に、彼女の尻をつかんだ彼は、ペニスを彼女のヴァギナに一気に挿し入れた。
ぬちっ……と、濃厚な愛液の音が鳴り響く。
ぽっかりと穴が開きっぱなしになっていたので、彼のものはすんなりと最奥まで突き入れられた。
しかし、亀頭がその最奥、子宮の入り口まで達すると、様相が一変する。
「うぐっ、あ゛ー……っ」
快楽の海に浸っていた彼女が此岸に戻ってきて、喉の奥から吐き出すような嬌声を上げる。すると、今までゆるゆるとだらしなく開いていた膣が、一気にぎゅっと締まった。
「くっ！この、刺激は……」
引き抜こうとした瞬間の強烈な締め付け。挿入時とは全く違う感覚に、一気に彼は限界寸前まで上り詰めてしまった。
あとは、射精するまで一心不乱に腰を前後させるのみ。
「はっ、はっ、はっ……」
「あっ、あぁっ、あ゛ぁーっ……」
獣のような声を上げながら、互いに気持ちのいい部分をこすり合う。
彼女の肉ひだはペニスの弱点をこりこりぞりぞりと刺激し、彼の肉棒はGスポットをとんとんこつこつと叩く。
二人の脳内は、絶頂と相手への愛情で満たされていった。
そして、限界線を突破する。
「ざくろぉ……一番奥に、出すっからなっ」
「にゃぁ……はぁ……らしてぇ、おくぅ、にゃかだしぃ……」
ざくろの二本の尻尾が、彼の腰をぐいと引き寄せ、尿道口と子宮口が勢いよくキスをした瞬間。
「うっ、くぁっ、ぐぅっ！」
「んにゃぁ……せぇえき出てるにゃぁ……」
膣道を通らず、直接子宮口に精液が注ぎ込まれた。どくどくと音を立て、何日もためにためた欲望の塊が、ここぞとばかりに一気に放出される。
「がはっ、はぁっ！はぁっ！」
睾丸を空っぽにするほどの長い射精。それが終わると、修の全身から力が抜け、彼女の背中の上に倒れこんでしまった。
「今日は、このまま寝ちゃう？つながったままで……ゆっくりおねんね……」
もみもみと自分の中に入った彼の一部を優しくもみほぐしながら、彼女は文字通りの猫なで声で言った。そしてごろりと横になる。
もっと彼女の膣肉を堪能したかった彼にとって、その提案はとても魅力的に思えた。
「そうだな、今日はずっと、こうしていようか」
そう言いながら彼が彼女の頭をなでる。
「うにゃあ」
気持ちよく目を細め、彼女は気持ちよさそうに一声鳴いた。
11/06/26 00:42更新 / 川村人志