幼馴染は蛇彼女
高校の教室は、この時期独特の空気に包まれていた。
木の床から陽炎が立ち上りそうなほどの熱気。期末試験が終わった事への安堵感と気だるさ。そして、もうすぐ始まる夏休みへの期待感。
七月下旬の高校生は、引き絞られた弓のように、エネルギーを溜め込んでいる状態である。
｢夏っていいよな！｣
昼休み。あまりの暑さに、自分の席で頬杖を付いてぼーっとしていた夏目葉月に、彼の前の席から友人の倉坂重明が身を乗り出し、元気よく声をかけた。
｢何だよいきなり……別によくねぇよ……暑いの嫌いなの知ってるだろ……｣
全身から汗をだらだらと流しながら、右手で顔を扇ぎつつ葉月は答えた。
｢おいおい、お前は分かってないなぁ。夏の良さを全く分かってない。ほら、あれを見てみろ！｣
そう言って、重明は振り向いて葉月の視線の先、一人の女子生徒を指差した。
海野奈美。葉月の幼馴染で、幼稚園に通っていた時からの腐れ縁である。
彼女は今友人と立ち話の真っ最中である。友人が面白い事を言っているのか、笑うたびにポニーテールが揺れている。
｢奈美がどうしたんだよ……｣
｢お前、ずっと一緒なのに、彼女の魅力が分からないのか？｣
信じられないとばかりに肩をすくめ、ため息をつく重明。
｢何だよその仕草……そもそも、あいつに魅力なんてあるか？可愛げがないし、貧乳だし、それに怒ると蛇みたいな目で睨んでくるぞ？お前は睨まれた事無いから分からないだろうけど、本当に怖いんだからな、あれ｣
｢ばかっ！そこじゃねぇよ！海野さんの一番の魅力はなぁ、足だよ足！｣
本人のすぐそばでそう熱論する重明を尻目に、葉月は彼女の足を見た。
――確かに、綺麗と言われれば綺麗かもしれないな。
物心付いたときからいつも見ているので見慣れたものでしかないが、客観的に見ればいい方なのだろうと彼は思った。
すらりと伸びる二本の足。明らかに校則違反である短いスカートのおかげで、それは惜しげもなく晒されている。
そして、学校指定のスリッパ(この学校は校内は上履きでなく、緑色のスリッパを履く)から覗く綺麗な裸足。
葉月は、今まで彼女が靴下を履いている姿を見た事が無い。
｢いいだろう？夏セーラーに海野さんのおみ足。冬の雪に溶け込む足もいいけど、やっぱり強烈な日差しの下でこそ映えると思うんだ。あんなにいい足を持っている女性なんか、学校中、いや日本中、いやいや世界中探してもいないと思うぞ！はぁ……何度見ても綺麗だわ……踏まれたい｣
まくし立てるように熱く語る重明を、葉月は無視した。
海野奈美は、その後もわいわい騒いでいる男二人を見ると、つかつかと彼らのほうへ近付いて行った。
蛇みたいな目で睨みつけながら……
｢あ、おい、噂をすれば……海野さんがこっち来たぞ！｣
先に気付いた重明が、葉月をつんつんと指で突きながら言った。
｢え？あ……｣
葉月が彼女を見た瞬間、体が硬直してしまった。彼女の目付き。幼馴染である彼は、彼女が今猛烈に怒っているのが分かったのである。
｢だぁれぇが……貧乳ですって……｣
｢うっ！｣
両手を腰に当て、前屈みで顔を葉月の目の前まで近付けて、奈美は声を荒げた。
鋭い眼光。この世のものとは思えないほどの恐怖の眼差しに、葉月は心底震え上がった。
彼は出会った頃から彼女に頭が上がらない。
――さっきの話聞いてたのかよぉ……
蛇に睨まれた蛙のように、彼は肩をすくめて縮こまった。
｢い、いやぁ……何の事だかさっぱりぃ……｣
彼はぼそぼそと小さな声で言い訳を付いた。
｢葉月。おばさんとの約束、覚えてる？｣
彼女の言うおばさんとは、葉月の母の事である。彼はびくりと震えた。彼にとって母は、もう一人の頭が上がらない人物である。
｢う、嘘をつかない……隠し事をしない……｣
｢そ・し・て！言い訳をしない！｣
彼女がそう叫ぶと、両手で拳骨を作り、彼の両こめかみを挟んでぐりぐりと回した。
｢いだだだだ！ごめんなさいごめんなさい！｣
｢あーあ、また痴話喧嘩だよ｣
二人のいつもの行動に重明はため息をついた。
｢ちょ、重明！見てないで、助けろよぉ！｣
放課後。勢いを失った太陽が橙色に輝き、学校中をノスタルジックな空気に染め上げている。
――しまったなぁ。弁当箱忘れちゃったよ。
学校の廊下を、葉月が教室に向かって走っていた。先生に見付からないように、足音を殺しながらひたひたと走る。
階段を上がり、校舎の角にある目的地に近付いた時、教室の中から声が漏れ聞こえた。
｢あっ……んっ……｣
彼の心臓の鼓動が高まり、動きが止まる。
｢んん……あふっ……｣
何かを押し殺すような、悩ましげな声。
――まさか、こんな所でカップルが！？
高三になった今でも童貞で、彼女が出来た事がない彼だったので、人一倍性に関する事に興味があった。
中の生徒にばれないように、そっと教室の扉を開け、片目で覗き込む。
教室の中には、一人しかいなかった。
それも、よく知った人物が。
――あれ、奈美のやつ、俺の机の前で、何してるん……
次の瞬間、彼の思考は停止した。そんな事を考える余裕が無くなってしまった。
｢あぅ……ふぅん……｣
葉月に背を向けている彼女、彼女は彼の机の角に、自らの股間を押し当てて腰を動かしていた。
｢はぅぅ……葉月ぃ……葉月ぃ……｣
一心不乱に腰を動かす彼女から漏れ出る言葉に、葉月は耳を疑った。
――何で、俺の机で、俺の名前を……
｢んっ、ふっ……葉月ぃ、好きぃ……｣
また、彼の思考が止まった。それと同時に、彼の肩から鞄が落ちた。
ドスン。
｢誰！？｣
素早く奈美が振り向いた。その目はいつも以上に鋭く、何故か黄色く輝いていた。
｢え、あ……忘れ物を取りに……｣
葉月はあたふたと手を動かしながら答えた。
｢な、何で……何であんたなのよ……｣
いつもなら怒って拳骨でぐりぐりするはずの彼女だが、今回は違った。
小さく首を横に振りながら、目に涙を溜めている。
頭に手を乗せて、彼女の拳骨から身を守っていた葉月は、いつもと違う彼女の様子に気付き、ゆっくりと手を下ろす。
そして、今度は自らの目を疑った。
親友の重明が世界一の足と豪語していた奈美の素足が無かった。
代わりに、藍色の鱗に覆われた巨大な蛇の下半身があった。
更に、ポニーテールの先端が数体の黒い蛇に変化していた。
｢奈美、その格好……｣
葉月がぽつりとつぶやくと、彼女は俯いて目を泳がせた。
｢……｣
葉月は奈美の話を、黙って聞いた。
彼女は人間ではなく、メドゥーサと呼ばれる半人半蛇の魔物である事。
普段は下半身と髪を人間の物に変化させ、人間界に溶け込んでいる事。
意外にも多くの魔物が人間に成り済まして社会に溶け込んでいる事。
｢そういえば、何で俺の机なんかで……｣
そして、ずっとずっと彼に想いを寄せていた事を、彼女は告白した。
｢でも、私、人間じゃないから……あんたの事、遠ざけようと思って……｣
｢……｣
赤面した彼女を見詰めたまま、彼はしばらく黙っていた。
｢……｣
｢……｣
彼女も彼を見詰め返す。想いを打ち明けた事と、昼とは違ったシチュエーションでの接近に、彼女の顔は茹蛸のように赤く染まっている。
｢……俺の母さんとの約束、覚えてるか｣
沈黙を破って漏れた彼の問いに、彼女は静かにうなずいた。
｢嘘をつかない……隠し事をしない……言い訳をしない……｣
｢奈美は今まで、俺に嘘をついて、俺に隠し事をしてきた｣
｢ご、ごめん……｣
しゅんと彼女はうな垂れる。
｢でも、今全部打ち明けてくれた。正直驚いたけど、嬉しかった。だから、俺ももう隠し事をしない｣
そう言って、彼は彼女の肩を優しくつかんだ。彼女の体がびくりと震える。
｢俺も、お前の事が好きだ。ずっとずっと好きだった｣
そう言って、彼は彼女の肩を引き寄せ、唇を奪った。
｢……っ！……ぁ！！｣
彼の突然の告白、そして大胆な行動に奈美の目は大きく開かれたが、すぐに蕩けた表情になり、キスに身を任せる。
唇同士が触れ合うだけの、軽いキス。だが、奈美は葉月の深い愛情を感じた。
｢ぷは……｣
ぎゅっと目をつぶっていた葉月が、彼女から離れる。
そっと目を開けると、そこには放心しきった彼女の顔があった。目の焦点が合っておらず、口はだらしなく開き、長く深く息を吐いている。
十数年想い続け、種族が違うからと完全に諦めていた恋。それが突然成就したという喜びで、彼女の思考は完全にショートしてしまったのだ。
｢今の奈美、すごく可愛い……｣
彼はそう言って、彼女の頬や額にキスの雨を降らせた。彼の唇が彼女の皮膚に触れるたび、彼女の口から快楽の吐息が漏れる。
｢俺、もう我慢できない……その……最後までしていいか？｣
葉月は息を荒げ、彼女に問う。たとえ断られたとしても止まらないであろう気迫を、彼女は感じた。
しかし、彼女に断る理由は一切ない。蕩けた顔で精一杯笑みを作り、小さくうなずいた。
返事を見るやいなや、彼は勢いよくズボンと下着を引き下ろした。最高潮に勃起したペニスが、快楽を求めてびくびくと脈打っている。
｢あ、おおきい……｣
視線を興奮し切った肉棒に移し、奈美は驚きと嬉しさの混じった声を上げる。
｢興奮、してるんだ……私を見て、興奮、してくれたんだ……｣
再び視線を彼の瞳に戻し、小さく微笑む。
それを見て、彼は照れて顔を赤く染める。
｢だって、さっきから下半身丸見えだし……｣
そう言って、彼は彼女の股間部、人間の上半身と蛇の下半身の境目辺りを見詰めた。
そこには、エイの性器を思わせる、ぷっくりと膨らんだ秘丘があった。そこはすでに男を受け入れるサイン、愛液で湿っていた。
｢お前も、準備万端なんだな……じゃあ、挿入れるぞ｣
彼は彼女の返事も聞かず、ペニスを挿入した。
彼女の膣内はきつく、ペニスを拒むように蠢く。
｢くっ、締め付けが……｣
彼は呻きながら、更に腰に力を入れて、前に突き出す。
｢あうっ！｣
彼女が小さく叫んだ。それと同時に、彼女のヴァギナから血が滴り落ちる。
｢え、あっ……奈美、お前｣
｢うん、うん……葉月のためにぃ……ずっと取って置いてあげたんだからぁ……ぐすっ｣
彼女は大粒の涙をぽろぽろと流す。
｢あ、ごめん、痛かったのか？すぐ抜くから！｣
それを見て、彼は慌てて腰を引こうとする。しかし、蛇の尻尾を彼の下半身に巻き付け、それを阻止する。
｢違うの、違うの！葉月と一緒になれて、嬉しくて……嬉しくてぇ……！｣
処女膜が破られた直後にも関わらず、涙の下の表情はすでに快楽に染まりきっていた。
｢そんな事言われたら、俺もう我慢できない……！｣
｢うん……うん……！動いて！葉月の好きなように、私を滅茶苦茶にして……！｣
葉月は言われた通りに激しく腰を動かした。童貞であったので、テクニックは全然ないが、それを激しさと愛の力でカバーする動き。
｢んっ、ふっ、あぅっ、葉月ぃ……好き、好き、大好き！｣
尻尾の締め付けを強くし、彼の体の届く範囲全てにキスの雨を降らせる。
｢俺も……俺も好きだ、愛してる！｣
葉月は彼女の体をぎゅっと抱きしめ、片手をセーラー服の中に潜り込ませた。
｢え！？葉月、はぢゅき、わらしの胸、ちっちゃくてきらいなんらないの！？｣
彼の胸への愛撫に、彼女は驚いて言う。全身を駆け巡る快楽に、彼女の舌が上手く動かないようだ。
｢嫌いなんて言ってない……俺は奈美の全部が好きだ｣
そう言いながら、下着に手を滑り込ませ、優しく胸を揉み解す。
｢もぅ、馬鹿ぁ……でも、それ気持ちいぃ……｣
｢ああ、分かってる。胸を揉むたびに、あそこがきゅんきゅん締め付けてくるっからなっ｣
彼女の膣肉は、早くも彼のペニスにフィットするようになってきた。
彼のペニスが当たる位置に性感帯が集中するようになり、より大きな快楽を得られるように変化。
彼のペニスの性感帯、カリや裏筋が当たる部分の肉ひだが発達し、より大きな快楽を与えられるように変化。
｢わらひ……もうらめ……いっひゃぅ……｣
奈美が彼の胸に埋めていた顔を上げる。あまりの快楽に目に涙を溜め、その瞳は虚ろ。無意識の内に口の端から涎を垂らし、開かれた口からは桃色の舌が見え隠れしていた。
物心付く前から一緒だった葉月ですら見た事の無い、魔物娘本来の淫乱な表情。一目見ただけで、一気に射精感が限界まで上り詰めてしまった。
｢ぐぅ、俺も、イく……｣
｢うん、うん……！いっひょに、いっひょにいこ！？｣
｢うっ、ぐっ、出るっ！｣
葉月が一声叫ぶと同時に、奈美の膣の最奥に勢いよく精液が放たれた。
｢せーえきぃ……せーえききてりゅぅ……｣
子宮を叩かれる甘い衝撃に、彼女は力無く喘いで絶頂した。
｢ふぅ……｣
葉月がため息を一つついた。一仕事終わった後のような、充実感に満ちた吐息。
行為を終えた二人は、ここが学校であった事を急に思い出し、急いで脱ぎ散らかしていた服を着なおした。
｢ちょっと、待っててね｣
スカートを履いた奈美がそう言うと、｢むぅっ｣と一声気合を入れた。すると、めりめりという不思議な音を立て、下半身の蛇の部分が二股に分かれ、短くなり、質感、色共に人間そっくりに変形した。
｢うわ、すごいなそれ｣
葉月が素直に感嘆する。
｢ふふっ、家族以外に見せるのは、葉月が初めてよ｣
そう言って彼女が微笑む。
｢私ね、人間の姿でいるのが嫌になってたんだ｣
ぽつりとつぶやく。
｢学校に行くとね、男子はみんな、私の足ばかり見るんだ。この足は偽者なのに。みんな、作り物の部分しか見てくれない。だから、もう人間の世界からおさらばしようと、いつも思ってたんだ｣
｢でも、それが出来なかった。葉月がいたから。葉月の事を考えると、どうしても踏ん切りがつかなかった｣
くるりと彼の方を振り向く。
｢それも、今日で終わり！葉月に見られて、本当に良かった……色々吹っ切れたし。本当、今まで何でこんな事で悩んでたんだろ｣
ふふっと微笑み、葉月の体にしな垂れかかった。
｢もう、離しちゃやだよ。離れちゃやだよ｣
そう言って、彼女はぎゅっと彼の体にしがみついた。
｢うん、約束する。もう絶対、奈美を離さない｣
｢あ、そう言えば、何で葉月はこんな時間に教室に来たの？｣
｢すっかり忘れてた……弁当箱を忘れたんだよ｣
彼は自分の机の横から、弁当箱を引っ張り出す。
｢なるほどね。じゃあ、この弁当箱に感謝しなきゃね……そうだ！｣
彼女がぽんと手を叩いた。
｢明日から、毎日葉月のお弁当、作ってあげる！こう見えて、私結構料理得意なんだからね！｣
翌日の昼休み、教室は異様な空気に包まれていた。
ざわ……ざわ……
教室の一角が、野次馬の生徒に取り囲まれている。
その中心には、葉月と奈美、そして巻き込まれてしまった重明。
原因は数分前に遡る。
｢おーい、葉月ぃ！一緒に飯食おうぜー！｣
いつものように、重明が彼の傍に椅子と弁当箱を持ってやって来た。
しかし、葉月の机の上には、いつもあるはずの弁当が無い。
｢あれ、葉月、弁当忘れたのか？購買に行くか？｣
重明がそう言うが、彼は煮え切らない返答を返して動こうとしない。心なしか、彼は照れている気がする。
――何だこいつ……？
そう疑問に思っていると、重明の隣に、椅子を持った奈美がやって来た。
さも当然のように、葉月の机のすぐ隣にどっかりと座る彼女。
｢はい、お弁当｣
彼女は彼の机の上に、自分のとは別の弁当箱を置いたのだ。
｢あ、ああ、ありがとう……｣
葉月は、それを恥ずかしそうに受け取った。
｢え、ええ！？どういう事？｣
重明が叫ぶと、それに気付いた周りの生徒達が、彼ら三人をいっせいに取り囲み始めた。
そして、現在に至る。
ざわ……ざわ……
｢ねぇ……葉月、私のお弁当、美味しい？｣
両手で頬杖をつき、うっとりとした眼差しで葉月を見詰める奈美。
｢美味いんだが……スクランブルエッグに玉子焼き、ゆで卵に目玉焼きハンバーグ、その上玉子かけご飯って……｣
｢だって、卵好きだもん｣
｢ああ、そうか、そういえばお前蛇……｣
そう言いかけた所で彼の言葉が止まった。彼女が例の睨みをしたからだ。
｢ご、ごめん……｣
しゅんと彼はうな垂れる。
｢ねえ、昨日の約束、覚えてる？｣
頬を染め、蕩けた笑顔で彼女はつぶやく。
｢あ、ああ……｣
｢言ってみて？｣
｢ここで？｣
｢うん、言って……｣
今度は彼女の瞳が潤みだした。これ以上拒んでいると、発情しきった彼女に何をされるか分からない。
｢お、俺は……一生奈美を……離さ、ない……｣
次の瞬間、周りの野次馬が一斉に歓声を上げた。
｢えぇー！？いつの間にそんな仲にぃ！？｣
｢昨日まで全然そんな素振りなかったのに！｣
｢何だよそれー！お前リア充かよ！もげろー！｣
｢許せねぇなぁ、許せねぇよ……｣
｢屋上に行こうぜ、久しぶりに、キレちまったよ……｣
｢きゃー！二人ともおめでとう！｣
女子からは祝福の声、男子からは嫉妬の声。
｢ちぇっ、俺も海野さんの事、狙ってたのにな。でもまあ、めでたいね！｣
そんな中、重明だけは素直に喜んだ。
｢うん、約束だからね｣
奈美が小声でそう言うと、彼の体を抱き寄せ、思い切り唇を奪った。
その時、ポニーテールが一匹の蛇になり、彼に嬉しそうに頬ずりをしたのは、二人だけの秘密である。
木の床から陽炎が立ち上りそうなほどの熱気。期末試験が終わった事への安堵感と気だるさ。そして、もうすぐ始まる夏休みへの期待感。
七月下旬の高校生は、引き絞られた弓のように、エネルギーを溜め込んでいる状態である。
｢夏っていいよな！｣
昼休み。あまりの暑さに、自分の席で頬杖を付いてぼーっとしていた夏目葉月に、彼の前の席から友人の倉坂重明が身を乗り出し、元気よく声をかけた。
｢何だよいきなり……別によくねぇよ……暑いの嫌いなの知ってるだろ……｣
全身から汗をだらだらと流しながら、右手で顔を扇ぎつつ葉月は答えた。
｢おいおい、お前は分かってないなぁ。夏の良さを全く分かってない。ほら、あれを見てみろ！｣
そう言って、重明は振り向いて葉月の視線の先、一人の女子生徒を指差した。
海野奈美。葉月の幼馴染で、幼稚園に通っていた時からの腐れ縁である。
彼女は今友人と立ち話の真っ最中である。友人が面白い事を言っているのか、笑うたびにポニーテールが揺れている。
｢奈美がどうしたんだよ……｣
｢お前、ずっと一緒なのに、彼女の魅力が分からないのか？｣
信じられないとばかりに肩をすくめ、ため息をつく重明。
｢何だよその仕草……そもそも、あいつに魅力なんてあるか？可愛げがないし、貧乳だし、それに怒ると蛇みたいな目で睨んでくるぞ？お前は睨まれた事無いから分からないだろうけど、本当に怖いんだからな、あれ｣
｢ばかっ！そこじゃねぇよ！海野さんの一番の魅力はなぁ、足だよ足！｣
本人のすぐそばでそう熱論する重明を尻目に、葉月は彼女の足を見た。
――確かに、綺麗と言われれば綺麗かもしれないな。
物心付いたときからいつも見ているので見慣れたものでしかないが、客観的に見ればいい方なのだろうと彼は思った。
すらりと伸びる二本の足。明らかに校則違反である短いスカートのおかげで、それは惜しげもなく晒されている。
そして、学校指定のスリッパ(この学校は校内は上履きでなく、緑色のスリッパを履く)から覗く綺麗な裸足。
葉月は、今まで彼女が靴下を履いている姿を見た事が無い。
｢いいだろう？夏セーラーに海野さんのおみ足。冬の雪に溶け込む足もいいけど、やっぱり強烈な日差しの下でこそ映えると思うんだ。あんなにいい足を持っている女性なんか、学校中、いや日本中、いやいや世界中探してもいないと思うぞ！はぁ……何度見ても綺麗だわ……踏まれたい｣
まくし立てるように熱く語る重明を、葉月は無視した。
海野奈美は、その後もわいわい騒いでいる男二人を見ると、つかつかと彼らのほうへ近付いて行った。
蛇みたいな目で睨みつけながら……
｢あ、おい、噂をすれば……海野さんがこっち来たぞ！｣
先に気付いた重明が、葉月をつんつんと指で突きながら言った。
｢え？あ……｣
葉月が彼女を見た瞬間、体が硬直してしまった。彼女の目付き。幼馴染である彼は、彼女が今猛烈に怒っているのが分かったのである。
｢だぁれぇが……貧乳ですって……｣
｢うっ！｣
両手を腰に当て、前屈みで顔を葉月の目の前まで近付けて、奈美は声を荒げた。
鋭い眼光。この世のものとは思えないほどの恐怖の眼差しに、葉月は心底震え上がった。
彼は出会った頃から彼女に頭が上がらない。
――さっきの話聞いてたのかよぉ……
蛇に睨まれた蛙のように、彼は肩をすくめて縮こまった。
｢い、いやぁ……何の事だかさっぱりぃ……｣
彼はぼそぼそと小さな声で言い訳を付いた。
｢葉月。おばさんとの約束、覚えてる？｣
彼女の言うおばさんとは、葉月の母の事である。彼はびくりと震えた。彼にとって母は、もう一人の頭が上がらない人物である。
｢う、嘘をつかない……隠し事をしない……｣
｢そ・し・て！言い訳をしない！｣
彼女がそう叫ぶと、両手で拳骨を作り、彼の両こめかみを挟んでぐりぐりと回した。
｢いだだだだ！ごめんなさいごめんなさい！｣
｢あーあ、また痴話喧嘩だよ｣
二人のいつもの行動に重明はため息をついた。
｢ちょ、重明！見てないで、助けろよぉ！｣
放課後。勢いを失った太陽が橙色に輝き、学校中をノスタルジックな空気に染め上げている。
――しまったなぁ。弁当箱忘れちゃったよ。
学校の廊下を、葉月が教室に向かって走っていた。先生に見付からないように、足音を殺しながらひたひたと走る。
階段を上がり、校舎の角にある目的地に近付いた時、教室の中から声が漏れ聞こえた。
｢あっ……んっ……｣
彼の心臓の鼓動が高まり、動きが止まる。
｢んん……あふっ……｣
何かを押し殺すような、悩ましげな声。
――まさか、こんな所でカップルが！？
高三になった今でも童貞で、彼女が出来た事がない彼だったので、人一倍性に関する事に興味があった。
中の生徒にばれないように、そっと教室の扉を開け、片目で覗き込む。
教室の中には、一人しかいなかった。
それも、よく知った人物が。
――あれ、奈美のやつ、俺の机の前で、何してるん……
次の瞬間、彼の思考は停止した。そんな事を考える余裕が無くなってしまった。
｢あぅ……ふぅん……｣
葉月に背を向けている彼女、彼女は彼の机の角に、自らの股間を押し当てて腰を動かしていた。
｢はぅぅ……葉月ぃ……葉月ぃ……｣
一心不乱に腰を動かす彼女から漏れ出る言葉に、葉月は耳を疑った。
――何で、俺の机で、俺の名前を……
｢んっ、ふっ……葉月ぃ、好きぃ……｣
また、彼の思考が止まった。それと同時に、彼の肩から鞄が落ちた。
ドスン。
｢誰！？｣
素早く奈美が振り向いた。その目はいつも以上に鋭く、何故か黄色く輝いていた。
｢え、あ……忘れ物を取りに……｣
葉月はあたふたと手を動かしながら答えた。
｢な、何で……何であんたなのよ……｣
いつもなら怒って拳骨でぐりぐりするはずの彼女だが、今回は違った。
小さく首を横に振りながら、目に涙を溜めている。
頭に手を乗せて、彼女の拳骨から身を守っていた葉月は、いつもと違う彼女の様子に気付き、ゆっくりと手を下ろす。
そして、今度は自らの目を疑った。
親友の重明が世界一の足と豪語していた奈美の素足が無かった。
代わりに、藍色の鱗に覆われた巨大な蛇の下半身があった。
更に、ポニーテールの先端が数体の黒い蛇に変化していた。
｢奈美、その格好……｣
葉月がぽつりとつぶやくと、彼女は俯いて目を泳がせた。
｢……｣
葉月は奈美の話を、黙って聞いた。
彼女は人間ではなく、メドゥーサと呼ばれる半人半蛇の魔物である事。
普段は下半身と髪を人間の物に変化させ、人間界に溶け込んでいる事。
意外にも多くの魔物が人間に成り済まして社会に溶け込んでいる事。
｢そういえば、何で俺の机なんかで……｣
そして、ずっとずっと彼に想いを寄せていた事を、彼女は告白した。
｢でも、私、人間じゃないから……あんたの事、遠ざけようと思って……｣
｢……｣
赤面した彼女を見詰めたまま、彼はしばらく黙っていた。
｢……｣
｢……｣
彼女も彼を見詰め返す。想いを打ち明けた事と、昼とは違ったシチュエーションでの接近に、彼女の顔は茹蛸のように赤く染まっている。
｢……俺の母さんとの約束、覚えてるか｣
沈黙を破って漏れた彼の問いに、彼女は静かにうなずいた。
｢嘘をつかない……隠し事をしない……言い訳をしない……｣
｢奈美は今まで、俺に嘘をついて、俺に隠し事をしてきた｣
｢ご、ごめん……｣
しゅんと彼女はうな垂れる。
｢でも、今全部打ち明けてくれた。正直驚いたけど、嬉しかった。だから、俺ももう隠し事をしない｣
そう言って、彼は彼女の肩を優しくつかんだ。彼女の体がびくりと震える。
｢俺も、お前の事が好きだ。ずっとずっと好きだった｣
そう言って、彼は彼女の肩を引き寄せ、唇を奪った。
｢……っ！……ぁ！！｣
彼の突然の告白、そして大胆な行動に奈美の目は大きく開かれたが、すぐに蕩けた表情になり、キスに身を任せる。
唇同士が触れ合うだけの、軽いキス。だが、奈美は葉月の深い愛情を感じた。
｢ぷは……｣
ぎゅっと目をつぶっていた葉月が、彼女から離れる。
そっと目を開けると、そこには放心しきった彼女の顔があった。目の焦点が合っておらず、口はだらしなく開き、長く深く息を吐いている。
十数年想い続け、種族が違うからと完全に諦めていた恋。それが突然成就したという喜びで、彼女の思考は完全にショートしてしまったのだ。
｢今の奈美、すごく可愛い……｣
彼はそう言って、彼女の頬や額にキスの雨を降らせた。彼の唇が彼女の皮膚に触れるたび、彼女の口から快楽の吐息が漏れる。
｢俺、もう我慢できない……その……最後までしていいか？｣
葉月は息を荒げ、彼女に問う。たとえ断られたとしても止まらないであろう気迫を、彼女は感じた。
しかし、彼女に断る理由は一切ない。蕩けた顔で精一杯笑みを作り、小さくうなずいた。
返事を見るやいなや、彼は勢いよくズボンと下着を引き下ろした。最高潮に勃起したペニスが、快楽を求めてびくびくと脈打っている。
｢あ、おおきい……｣
視線を興奮し切った肉棒に移し、奈美は驚きと嬉しさの混じった声を上げる。
｢興奮、してるんだ……私を見て、興奮、してくれたんだ……｣
再び視線を彼の瞳に戻し、小さく微笑む。
それを見て、彼は照れて顔を赤く染める。
｢だって、さっきから下半身丸見えだし……｣
そう言って、彼は彼女の股間部、人間の上半身と蛇の下半身の境目辺りを見詰めた。
そこには、エイの性器を思わせる、ぷっくりと膨らんだ秘丘があった。そこはすでに男を受け入れるサイン、愛液で湿っていた。
｢お前も、準備万端なんだな……じゃあ、挿入れるぞ｣
彼は彼女の返事も聞かず、ペニスを挿入した。
彼女の膣内はきつく、ペニスを拒むように蠢く。
｢くっ、締め付けが……｣
彼は呻きながら、更に腰に力を入れて、前に突き出す。
｢あうっ！｣
彼女が小さく叫んだ。それと同時に、彼女のヴァギナから血が滴り落ちる。
｢え、あっ……奈美、お前｣
｢うん、うん……葉月のためにぃ……ずっと取って置いてあげたんだからぁ……ぐすっ｣
彼女は大粒の涙をぽろぽろと流す。
｢あ、ごめん、痛かったのか？すぐ抜くから！｣
それを見て、彼は慌てて腰を引こうとする。しかし、蛇の尻尾を彼の下半身に巻き付け、それを阻止する。
｢違うの、違うの！葉月と一緒になれて、嬉しくて……嬉しくてぇ……！｣
処女膜が破られた直後にも関わらず、涙の下の表情はすでに快楽に染まりきっていた。
｢そんな事言われたら、俺もう我慢できない……！｣
｢うん……うん……！動いて！葉月の好きなように、私を滅茶苦茶にして……！｣
葉月は言われた通りに激しく腰を動かした。童貞であったので、テクニックは全然ないが、それを激しさと愛の力でカバーする動き。
｢んっ、ふっ、あぅっ、葉月ぃ……好き、好き、大好き！｣
尻尾の締め付けを強くし、彼の体の届く範囲全てにキスの雨を降らせる。
｢俺も……俺も好きだ、愛してる！｣
葉月は彼女の体をぎゅっと抱きしめ、片手をセーラー服の中に潜り込ませた。
｢え！？葉月、はぢゅき、わらしの胸、ちっちゃくてきらいなんらないの！？｣
彼の胸への愛撫に、彼女は驚いて言う。全身を駆け巡る快楽に、彼女の舌が上手く動かないようだ。
｢嫌いなんて言ってない……俺は奈美の全部が好きだ｣
そう言いながら、下着に手を滑り込ませ、優しく胸を揉み解す。
｢もぅ、馬鹿ぁ……でも、それ気持ちいぃ……｣
｢ああ、分かってる。胸を揉むたびに、あそこがきゅんきゅん締め付けてくるっからなっ｣
彼女の膣肉は、早くも彼のペニスにフィットするようになってきた。
彼のペニスが当たる位置に性感帯が集中するようになり、より大きな快楽を得られるように変化。
彼のペニスの性感帯、カリや裏筋が当たる部分の肉ひだが発達し、より大きな快楽を与えられるように変化。
｢わらひ……もうらめ……いっひゃぅ……｣
奈美が彼の胸に埋めていた顔を上げる。あまりの快楽に目に涙を溜め、その瞳は虚ろ。無意識の内に口の端から涎を垂らし、開かれた口からは桃色の舌が見え隠れしていた。
物心付く前から一緒だった葉月ですら見た事の無い、魔物娘本来の淫乱な表情。一目見ただけで、一気に射精感が限界まで上り詰めてしまった。
｢ぐぅ、俺も、イく……｣
｢うん、うん……！いっひょに、いっひょにいこ！？｣
｢うっ、ぐっ、出るっ！｣
葉月が一声叫ぶと同時に、奈美の膣の最奥に勢いよく精液が放たれた。
｢せーえきぃ……せーえききてりゅぅ……｣
子宮を叩かれる甘い衝撃に、彼女は力無く喘いで絶頂した。
｢ふぅ……｣
葉月がため息を一つついた。一仕事終わった後のような、充実感に満ちた吐息。
行為を終えた二人は、ここが学校であった事を急に思い出し、急いで脱ぎ散らかしていた服を着なおした。
｢ちょっと、待っててね｣
スカートを履いた奈美がそう言うと、｢むぅっ｣と一声気合を入れた。すると、めりめりという不思議な音を立て、下半身の蛇の部分が二股に分かれ、短くなり、質感、色共に人間そっくりに変形した。
｢うわ、すごいなそれ｣
葉月が素直に感嘆する。
｢ふふっ、家族以外に見せるのは、葉月が初めてよ｣
そう言って彼女が微笑む。
｢私ね、人間の姿でいるのが嫌になってたんだ｣
ぽつりとつぶやく。
｢学校に行くとね、男子はみんな、私の足ばかり見るんだ。この足は偽者なのに。みんな、作り物の部分しか見てくれない。だから、もう人間の世界からおさらばしようと、いつも思ってたんだ｣
｢でも、それが出来なかった。葉月がいたから。葉月の事を考えると、どうしても踏ん切りがつかなかった｣
くるりと彼の方を振り向く。
｢それも、今日で終わり！葉月に見られて、本当に良かった……色々吹っ切れたし。本当、今まで何でこんな事で悩んでたんだろ｣
ふふっと微笑み、葉月の体にしな垂れかかった。
｢もう、離しちゃやだよ。離れちゃやだよ｣
そう言って、彼女はぎゅっと彼の体にしがみついた。
｢うん、約束する。もう絶対、奈美を離さない｣
｢あ、そう言えば、何で葉月はこんな時間に教室に来たの？｣
｢すっかり忘れてた……弁当箱を忘れたんだよ｣
彼は自分の机の横から、弁当箱を引っ張り出す。
｢なるほどね。じゃあ、この弁当箱に感謝しなきゃね……そうだ！｣
彼女がぽんと手を叩いた。
｢明日から、毎日葉月のお弁当、作ってあげる！こう見えて、私結構料理得意なんだからね！｣
翌日の昼休み、教室は異様な空気に包まれていた。
ざわ……ざわ……
教室の一角が、野次馬の生徒に取り囲まれている。
その中心には、葉月と奈美、そして巻き込まれてしまった重明。
原因は数分前に遡る。
｢おーい、葉月ぃ！一緒に飯食おうぜー！｣
いつものように、重明が彼の傍に椅子と弁当箱を持ってやって来た。
しかし、葉月の机の上には、いつもあるはずの弁当が無い。
｢あれ、葉月、弁当忘れたのか？購買に行くか？｣
重明がそう言うが、彼は煮え切らない返答を返して動こうとしない。心なしか、彼は照れている気がする。
――何だこいつ……？
そう疑問に思っていると、重明の隣に、椅子を持った奈美がやって来た。
さも当然のように、葉月の机のすぐ隣にどっかりと座る彼女。
｢はい、お弁当｣
彼女は彼の机の上に、自分のとは別の弁当箱を置いたのだ。
｢あ、ああ、ありがとう……｣
葉月は、それを恥ずかしそうに受け取った。
｢え、ええ！？どういう事？｣
重明が叫ぶと、それに気付いた周りの生徒達が、彼ら三人をいっせいに取り囲み始めた。
そして、現在に至る。
ざわ……ざわ……
｢ねぇ……葉月、私のお弁当、美味しい？｣
両手で頬杖をつき、うっとりとした眼差しで葉月を見詰める奈美。
｢美味いんだが……スクランブルエッグに玉子焼き、ゆで卵に目玉焼きハンバーグ、その上玉子かけご飯って……｣
｢だって、卵好きだもん｣
｢ああ、そうか、そういえばお前蛇……｣
そう言いかけた所で彼の言葉が止まった。彼女が例の睨みをしたからだ。
｢ご、ごめん……｣
しゅんと彼はうな垂れる。
｢ねえ、昨日の約束、覚えてる？｣
頬を染め、蕩けた笑顔で彼女はつぶやく。
｢あ、ああ……｣
｢言ってみて？｣
｢ここで？｣
｢うん、言って……｣
今度は彼女の瞳が潤みだした。これ以上拒んでいると、発情しきった彼女に何をされるか分からない。
｢お、俺は……一生奈美を……離さ、ない……｣
次の瞬間、周りの野次馬が一斉に歓声を上げた。
｢えぇー！？いつの間にそんな仲にぃ！？｣
｢昨日まで全然そんな素振りなかったのに！｣
｢何だよそれー！お前リア充かよ！もげろー！｣
｢許せねぇなぁ、許せねぇよ……｣
｢屋上に行こうぜ、久しぶりに、キレちまったよ……｣
｢きゃー！二人ともおめでとう！｣
女子からは祝福の声、男子からは嫉妬の声。
｢ちぇっ、俺も海野さんの事、狙ってたのにな。でもまあ、めでたいね！｣
そんな中、重明だけは素直に喜んだ。
｢うん、約束だからね｣
奈美が小声でそう言うと、彼の体を抱き寄せ、思い切り唇を奪った。
その時、ポニーテールが一匹の蛇になり、彼に嬉しそうに頬ずりをしたのは、二人だけの秘密である。
10/08/25 02:51更新 / 川村人志