読切小説
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ひとりぼっちふたり
もう、何日この街をさまよっているのだろうか。
いかに私が魔物といえども、さすがにこれだけの間飲まず喰わずだと、命に関わる。
だが、帰るわけにはいかない。今帰ったら、血も吸えない未熟者と罵られるだけだ。
冷笑嘲笑失笑をしているあいつらの顔が目に浮かぶ。
――やはり、人間上がりの汚らわしいお前は、腕も未熟なのですわね!
――吸血鬼が人間一人襲えないなんて、恥ずかしくないのかしら!
空腹のせいで、あいつらの声の幻まで聞こえ始めた。そろそろ危険か……
あの家は……うぅ、ここも入り口ににんにくが。
この街にはにんにくが多すぎる。臭いが充満して、頭が痛い。
石造りの街……同じ色ばかりで、方向感覚を失う。
あの家はどうだ……あ、にんにくがかかってない!
お願いだ、もしこの家の住人に追い出されたら……私は……

地平線に太陽が半分隠され、空は橙色、街の影が濃くなる時間。
蝋燭の灯りが灯る、薄暗い石造りの家の中に、一人の少年がいた。
――よし、今日も美味しそうなご飯ができたな!
目の前に並べられた料理を見て、彼は自画自賛をした。
机の上には、今しがた完成したばかりの料理が並べられている。
「それじゃあ、いただきま……」
椅子にきちんと座り、手を合わせた瞬間、家の扉がノックされた。
――こんな時間に誰だろう?
少年は考えるが、心当たりがない。そもそもこの街の住人で、彼の家に訪れる人間はいないはずである。
もしかしたら、風の音を聞き間違えたのかもしれない……と考えたが、更に二度扉を叩かれた事により否定された。
少年は恐る恐る、玄関に近づいた。
とんとん……とんとん……
一定のリズムで、扉が叩かれ続ける。しかし、回を追うごとに、弱弱しくなっていく。
そして、どさりと何かが倒れる音が聞こえた後、ノックがぴたりと鳴らなくなった。
彼はゆっくりと扉を引き開けた。
扉の目の前に、人が倒れていた。
年は彼より一つか二つ上であろう、少女であった。
真紅の外套に身を包み、髪は肩までの長さで艶のある黒、頭には金色の髪飾りを付けていた。
外套には赤や緑の宝石が散りばめられており、髪飾りには大きなダイヤモンドが付けられていた。
こんな貧しい、石造りの街にはとても似合わない外見。
彼は最初、彼女が死んでいるのかと思った。彼女の肌は、生きている人間ではあり得ないほど、白く透き通っていた。
しかし、彼女は彼の視線に気付くと、びくりと指を動かした。
「だ、大丈夫ですか!?」
彼は彼女に駆け寄ると、体を抱き起こし、仰向けにした。
「あ……」
彼は思わず息を呑んだ。彼女の顔は、宗教画に描かれた聖人のように、美しく整った顔をしていた。
絹のようにきめ細やかな肌。整った鼻筋。まつげは結露したかのように、水分を湛え湿っている。
彼女の顔に見惚れていると、「ぐぅー」と腹の鳴る音がした。
薄く目を開けた彼女が呟いた。
「おなか……すいた……」

「むしゃむしゃ、はぐはぐ……うむ、このパンなかなかうまいぞ。こんなもっちりとしたパン初めてだぞ」
少女は、左手に持ったパンをそのまま口へ持っていき、乱暴に噛み千切る。
向かいの席に座る少年は、そんな様子を頬杖をつき笑顔で眺めている。
「はふはふ……じゃがいもは火がしっかり通っていて柔らかく、ソーセージは肉がぎゅっと詰まっていて歯ごたえ抜群だな」
熱々スープの具を木のスプーンで掬い、ふーふーと息を吹きかけながら頬張る。
「ごくごく……ぷはっ。このぶどう酒、どろどろで味が濃くて……私好みだな」
木のカップになみなみと注がれたぶどう酒を、一気に飲み干す。
「もぐもぐ……ごくり。ふぅ、食った食った……ごちそうさま」
そして彼女は、十分も経たずに全て平らげてしまった。
椅子の背もたれに体重を預け、おなかをぽんぽんと叩く。
今まで黙って見つめていた少年が口を開いた。
「美味しそうに食べてもらえて何よりです。ラミカさん」
ラミカと呼ばれた少女は、少年の方に目を向けた。
「おぬしの料理、中々美味かったぞ。まあ、空腹は最高のスパイスと言うからな」
おなかをさすりながら呟く。
「それにしても……全部平らげた後に言うのはなんだが、おぬしの夕飯を全部食べてしまって、よかったのか?」
「大丈夫ですよ。さすがに一回食事を抜いただけでは、人間は死にませんから」
少年は笑った。
「そうか。何かすまんな。急にこんな風に押しかけてしまって」
「いや、いいんですよ。話し相手ができて、嬉しいです」
彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そういえば、私の命の恩人なのに、名前を聞いてなかったな」
ラミカは身を乗り出して尋ねた。
「僕の名前ですか?クルスっていいます」
「クルス、か……」
そう言うと、彼女は蝋燭の明かりに照らされた、薄暗い部屋の中を見渡した。
「それにしても……誰もいないな。一人暮らしなのか?親とかはいないのか?」
「ああ、親は僕が小さいときに戦争で死にました。その後親族に引き取られて……流れに流れて、今はこの街で一人暮らしです」
ははは……と笑いながら、また彼は頬を掻いた。
「そうか……」
ぽつりと彼女は呟いた。
「そういえば、ラミカさんは、何であんなところで倒れてたんですか?」
今度は、クルスが問い返す。
「それは……」
そう言って彼女が語った話は、彼にとっては奇妙以外の何者でもなかった。
住んでいる城から、ご飯を求めてやって来たこの街は、川に囲まれていて、入るのに苦労した。
どの家の扉にも、にんにくがかかっていて入るどころか、近づくことすらできない。
道を歩く人間を見つけたが、そいつが驚いて落とした豆を数えていたら、逃げられてしまった。
聞けば聞くほど、頭の上に疑問符が浮かぶ話であった。
だが、不可思議な単語の中に、彼にとって心当たりのあるものがいくつかあった。
――川を渡れない……
――にんにくが苦手……
――豆を数える……もしかして……
「何か、吸血鬼みたいですね」
彼がそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「え、その通りなのだが……それがどうした?」
二人の間に沈黙が流れる。
「もしかしておぬし……知らずに私を家に入れたのか?」
「あ、はい……」
頬を掻きながら、クルスは答えた。
「私達吸血鬼は、この街だと有名人なんだがなぁ……まさか、知らない人間が居たとは……」
「すいません。その、僕、この街の人とあまり接しないですから……」
彼はうつむきながら答えた。
「どの街も、新参者には冷たいですからね」
「そういうものなのか。それにしても、私が魔物だと知っても、おぬしは驚かないのだな」
ラミカは、彼の頭頂部をまじまじと見つめながら呟く。
「うーん……確かに僕も魔物は怖いですけど……何でですかねぇ。何故かラミカさんは話してて安心するというか……とても人間を襲う感じがしないというか……よく分からないですけど」
「ははは、何だそれは。それじゃあ私は魔物失格じゃないか」
――確かに魔物失格だな、私は。
彼女は城での生活を思い返した。
彼女は生まれたときから吸血鬼だったわけではない。元は人間であったが、別の吸血鬼に襲われて、吸血鬼にさせられた。
彼女が住む、魔界に聳え立つ城。そこには、彼女以外にも多くの吸血鬼が住んでいる。
プライドが高く、血筋や生まれを大事にする彼女達にとって、元人間のラミカは疎まれる存在であった。
仲間から軽蔑の眼差しを向けられ、人間には恐れられる。彼女には居場所がなかった。
だから、城を飛び出し、この街にやってきた。人間の血を吸えば……男をインキュバスにして、城に持ち帰れば……
少しは仲間と認めてもらえるだろう。そう思った。しかし、人間の吸血鬼対策は予想以上に厳重だった。血を吸うどころか、近づくことすらできない。
「私とおぬしが、似たもの同士だからかもしれんな」
ぽつりと呟いた。
「え、どういう意味ですか?」
「ああ、いや、何でもない。……そういえば、せっかくご馳走してくれたから、何かお礼をしないといけないな」
そう言いながら、彼女は舌なめずりをした。
「お礼ですか?いいですよ別に……そんな大したことしてないですから」
彼は手を振って断ろうとした。しかし、彼女が外套を脱ぎ、ドレスの上着を脱ぎ捨てたのを見て、言葉を詰まらせてしまう。
「え、な、何やってるんですか!」
上半身が下着だけになったのを見て、たまらずにクルスは叫んでしまった。両手で目を覆い、首を横に振る。
「何って、お礼だよ。それも、魔物式のとっても気持ちのいいお礼だ。おぬしは何もしなくていいぞ。私に身を任せるだけでよい」
そう言うと、ラミカはそっと彼の右手をとり、自分の口元まで寄せた。
手を取られたクルスは、思わず目を開き、彼女の顔を覗き込んでしまう。
「素直になるおまじない」
彼女がつぶやくと、彼女の両目が一瞬、きらりと紅く輝いた。
次の瞬間、彼はぺたりと床にしゃがみこんでしまう。
「え、あ、あれ?力が……入らない……」
それと同時に、彼の思考は溶かされ、視界が薄ぼんやりとしてきた。
自分の目の前にすりガラスがあるような、そんな錯覚。
しかし、そんなモザイクの世界で唯一、ラミカだけが鮮明に浮かび上がってくる。
「何も、取って喰おうというわけじゃないんだ。お前のペニスをな……」
ラミカは握っていた右手の人差し指を、自分の口内に招き入れた。
「こうやって……ちゅぷっ……舌で舐め上げて……」
指の腹を舌でゆっくり舐め上げる。
「絡ませて……ぬろぉ……頬の肉で締め付けて……じゅぽっ、ちゅぽっ……」
渦を描くように舌を指にまとわりつかせ、頬をすぼめて指を前後させる。
「射精したら、その間ずっと尿道を舌先で突いてあげるぞ……」
指と爪の間を、舌先でつんつんと叩いた。
「あ……あぁ……」
濃厚な指先への愛撫に、彼の全身はぞくぞくと鳥肌を立たせ、歓喜の声が漏れた。
「おぬしは私の命の恩人だからな……やさしくやさしく、極上の快楽を味わわせてやるぞ……どうだ?私に、お礼をさせてはくれないか……」
愛おしそうに彼の右手に頬ずりし、何度も何度も指先へキスをした。
「もちろん、上の口でお礼をしたら……」
ラミカが、残った左手だけで器用にスカートを下ろし、下着の股間部分を横にずらした。
「ごくり……」
クルスが生唾を飲み込む音がする。初めて見る女性器。ぴったりと閉じられた穴はすでに湿っており、ふっくらとした肉がそれを囲んでいる。
口付けをしていた彼の人差し指を、その穴に招き入れた。
「あ……すごいぃ……」
彼の口から声が漏れた。
「気持ちいいか?フェラチオでたっぷり射精させたら、今度はこっちの穴でいっぱい締めてあげるからな。こうやって、きゅっ……きゅっ……」
彼女の声に合わせて、彼の人差し指が優しく膣肉で締め付けられた。
締めると同時に、肉が上下に蠢き、指全体をしごきあげる。
「あぁ、あっ……」
全身の力が抜け、柔らかくなっているクルスの体。その中で、股間だけはこれ以上ないほどふくらみ、硬くなっていた。
クルスは、くわえ込まれている人差し指の先から、何度も何度も射精する感覚を覚えた。
――指だけでこんなに気持ちいいのに……こんなところに僕のおちんちんが入ったら……
「どうだ?悪い話ではないと思うのだが……私の精一杯のお礼、受け取ってはくれないか?」
「は、はいぃ……」
力なくかくんかくんと、彼の頭がゆっくり上下に動いた。彼にとっては、それが精一杯だった。
「ふふっ……ありがとう。約束通り、気持ちよくしてやるからな」
彼女は彼の背中とひざ裏に腕を回し、軽々と持ち上げた。
そして、ベッドに優しく寝かせる。
光を失った彼の目が、彼女をじっと見つめる。彼の頬は真っ赤に染まり、息は荒く漏れる。
彼女はその顔を見て、彼に対してただの命の恩人以上の感情を感じた。
「そうだ、フェラチオの前に……」
彼女の顔が、彼の顔に近づいた。彼の荒い息が、彼女の顔に容赦なく当たる。
「とっても素直でいい顔になったな。可愛いぞ……んっ」
自分の唇を、彼の唇に重ねた。二人はゆっくりとまぶたを閉じる。二人の長く湿ったまつげが、キスの感触に震える。
視界が閉ざされ、触覚と聴覚に意識が集中する。
「ふぁむ……ちゅっ……そういえば、おぬし、キスは初めてか?」
ラミカがつぶやくと、彼は恥ずかしそうにこくりとうなずいた。それを見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、すぐにしゃぶってあげようと思ったが……せっかくのファーストキスだ。もうちょっとしてあげよう……ほら、舌を突き出してごらん」
思考力が低下しているクルスは、言われるままに舌を突き出した。
「うん、いい子だ。……ちゅるっ、ちゅぅちゅぅ……」
彼女は突き出された舌を唇ではさみ、ちゅうちゅうと吸い出した。吸うと同時に、彼の舌先を彼女の舌が嘗め回す。
彼女の舌技に、彼の体は時折震える。
「ちゅぼっ、気持ちいいか。駄目だったら、いつでも言ってくれていいからな」
そう言いながら、彼女の手は彼の下半身に伸び、器用に丸裸にした。
彼女の指が、そっと彼のペニスの先をなぞる。
「あぅっ」
彼の背筋が反り返った。その拍子に、二人の唇が離れる。
「ふむ……待ちきれないみたいだな。こんなに粘っこい汁を出しおって……」
呆れ半分、嬉しさ半分といった声色だ。
「じゃあ、お待ちかねの……」
彼女の唇が、彼の顎、胸、鳩尾、腹と、キスしながら下がっていく。
「んはぁ……すごく濃い匂いがするぞ……こんなに興奮させおって……れろ……」
裏筋と尿道口を舐め上げ、我慢汁を掬い取る。
「あぁうぅ……」
ひくっとペニスが震えた。
「私を助けてくれて、ありがとう……ちゅっ」
亀頭にキスをした。
「おぬしのご飯、美味しかったぞ……ちゅっ」
もう一度キス。
「私のお礼、受け取ってくれて嬉しいぞ……ちゅっ」
さらにキス。
この後も、彼女は彼に感謝の言葉を述べながら、何度も何度もキスをした。
この上なく優しい刺激。しかし、彼にとってはそれだけで限界であった。
「ふむ……玉がせりあがってきて。もう限界だな」
そう言って、彼女はそそり立った陰茎を、自分の口に含んだ。
そして、口内をすぼめて思い切り吸引する。
「あ、あ、あぁぁぁぁ……」
喉奥から搾り出されたような声を上げて、クルスはよがった。
「じゅぅぅぅぅぅ……はむっ、じゅるるるるる……」
「あ、あぁ、んんん!」
腰を勢いよく突き出すと、間欠泉のように精液が放出された。
「んぶっ、こく、ごく、ごく……」
彼女は喉奥でそれを受け止めながら、尿道口を舌先でちろちろと舐めて刺激する。
それが与える快楽で、射精の勢いがさらに強くなった。
びゅるっ、びゅっ、ぴゅっ、ぴゅる……ぴゅるっ……
「こく、こく、こく……ちゅぽんっ。ぷはっ、すごいぞ。こんなに濃いのが出て……私のお礼、そんなに良かったのか。嬉しいぞ」
彼女はもう一度亀頭に口付けた。
射精したばかりの敏感な肉棒が、力なくぴくりと震えた。
「あ、ちょっと精液がこぼれてしまったな。今きれいにしてやるからな」
尿道口やへそに残った精液を、舌で丁寧に舐め取っていく。
「ラミカさぁん……すごく、エッチな顔してる……」
彼女が美味しそうに精液を口に入れていく顔を見て、彼の興奮が再び高ぶり始めた。
「んっ、ふふっ。若いな。もうこんなに硬くして……可愛いぞ……ちゅっ、ちゅっ」
気に入ったのか、再び何度も何度もペニスにキスをする。
「ちゅっ……ああ、すごい、可愛いよ……ちゅっ……ああ、すまん、つい夢中になってしまって」
彼が切なそうな顔をしたので、彼女は慌ててキスの嵐を止めた。
「そうだな。早く私の膣内に入りたくて仕方がないんだな。ちょっと待っててくれ」
彼女は一度立ち上がると、するりと下着を脱いだ。
彼の目に、彼女のすらりとした両脚が目に映る。陶器のように白く、絹のようにきめ細かな肌。無駄な肉が一切なく、今すぐに抱きつきたくなるようなきれいな脚だった。
「ほら、ここに、おぬしのを入れるからな」
人差し指と中指で、自らの女性器を押し開く。
くゎぱぁ……と粘り気のある愛液を滴らせながら、きれいな桃色の空洞が外気にさらされた。
「あぁぁ……あぁ……」
目を血走らせながら、クルスはその卑猥な穴を凝視する。
「ふふっ、そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃないか……」
そう笑いながら、少しずつ腰を下ろした。
少しずつ、少しずつ……
そして、ついに女性器と亀頭が触れ合う位置まで腰が下ろされた。
「もうちょっとで、入っちゃうな……それじゃあ、入れるぞ?」
左手で、ペニスの根元を握りながら言った。
彼は少ない力を振り絞って、何度もかくかくとうなずく。
「ふふっ、もう我慢できないんだな……」
ひくひくと蠢く淫靡な穴に、亀頭から少しずつ挿入された。
「硬くて、すんなり入っていくぞ……んんっ、奥まで、入ったな……きゃっ!?」
ペニスが膣の最奥まで収まった瞬間、彼は勢いよく射精した。
「あぁ、子宮口に、おぬしの精液がぁ……いっぱいぃ……」
子宮口を強烈な圧力で刺激され、彼女の体を電流のように快楽が駆け巡った。
「はぁ……はぁ……ふぅ。まったく、駄目じゃないか。まだ入れただけだぞ?約束しておいた締め付けができなかったではないか」
彼はごめんなさいとつぶやきながら、目に涙を浮かべた。
「あ、いや……その、悪いと言っているわけではないんだ。正直、ここまで気持ちよくなってくれたのは……嬉しいというか、女冥利に尽きるというか……と、とにかく、もう二回もイったから、次はもっと気持ちよくしてあげられるな」
彼女は彼の唇に顔を寄せ、ついばむようなキスを繰り返した。
「ちゅっ、ちゅっ……じゃあ、締めてあげるからな。きゅっ、きゅっ……」
彼女の声に合わせて、膣肉がやんわりとペニスを締め付ける。
締めると同時に肉が上下に動き、カリを、亀頭を、裏筋を、肉ひだが優しくこすり上げる。
「あうっ、うぅっ」
一度締めるごとに、彼はびくりと体を震わせ、顔を仰け反らせ快楽にあえいだ。
彼女の目の前に、彼の白い首筋が映る。
――ごくり……美味しそうな首筋……
彼女は無意識の内に彼の首元に口を寄せ、犬歯を静脈に刺し込んだ。
彼の体が一際大きく震えた。痛みではなく、快楽のためである。
吸血鬼の牙に噛み付かれると、蚊が血を吸うときにまず麻酔を送るがごとく、牙から快楽を与える特殊な魔力が注がれる。
それはすぐに全身に広がり、極上の快楽と、えもいわれぬ幸福感に脳内が満たされるのである。
その快楽に押され、彼のペニスからは再び大量の精液が放出された。
精液は彼女の締め付けに合わせて、ポンプ内の水のように、子宮へくみ上げられていく。
同時に首筋からは血液を吸われる。
上下同時吸引により、彼は許容量を軽く超える快楽を与えられ、脳内はショートし、意識を失った。

鳥のさえずる音が響く。
ラミカは、気だるい感覚とともに目を覚ました。
――彼が気絶した後、そのまま眠ってしまったのか。
彼女の目の前には、石造りの天井。薄汚れたその色は、彼女の気を滅入らせる。
背中には、心地の良いベッドマットの感触。
「すぅ……すぅ……」
左側で、寝息が聞こえた。彼女はそちらへ目を移す。
彼女に寄り添うようにして、クルスが眠っていた。昨夜激しく抱き合ったとはいえ、知り合って間もない男女としては近すぎる距離である。
しかし、シングルベッドなので仕方がない。
しばし彼の寝顔を眺めていると、彼のまぶたがゆっくりと開いた。
「おはよう」
ラミカが彼に声をかける。
「あぁ、おはようございます……」
彼はのっそりと上半身を起こした。掛け布団がずりさがり、彼の細身の裸体が彼女の目に入る。
「あれ?」
彼女はそんな彼の上半身を見て、違和感を覚えた。
「あっ!裸じゃないですか!恥ずかしいなぁ……」
彼はそういいながらベッドからおり、近くにあったパンツをはいた。
そして、その足で窓をふさいでいた木板を両手で引き開けた。
「ああ、今日もいい天気……あぁ!」
彼は悲鳴を上げ、勢いよく尻餅をついた。
「な、なに、これ!?皮膚が、敏感にっ!あひゃぁう!」
彼は両手で自分の肩を抱きながら、ぶるぶると震えた。
そのとき、ラミカは先ほど感じた違和感の正体に気づいた。
彼の肌は、不健康な白から、小麦色に変色していたのだ。
彼女は頭を抱えた。
昨夜、大量の血液と精液を同時に吸ったせいで、彼の精力は空っぽになり、代わりに彼女の魔力が勢いよく充填されたのである。
彼は、一晩でインキュバスになったのだ。
彼女は腹をくくり、彼に事の次第を包み隠さず説明した。
吸血鬼に精力を吸い尽くされ、吸血鬼の魔力を注入された人間は、魔物になってしまう。
それが女性だったら吸血鬼に、男性だったらインキュバスに。
吸血鬼に魔物化された人間は、吸血鬼と同じ特徴を持つ。
流れる川を渡れない。にんにくの臭いを嗅ぐと理性を失う。細かい物は数えずにはいられない。そして、日光を浴びるとそこの性感が何倍にも跳ね上がる。
クルスは彼女の説明を、こくこくとうなずきながら聞いた。
「えっ、そうなんですか」
説明が終わった後、彼は一度驚いた。しかし、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「なぜ笑っておるんだ。おぬしは私のせいで、人間じゃなくなったんだぞ。私を憎みこそすれ、喜ぶことはないだろう」
「いいえ」
彼は首を左右に振った。
「恨みませんよ。だって、僕はラミカさんと同じ存在になったんでしょ?僕はとっても嬉しいですよ」
そう言って、彼は再び微笑んだ。
どきっ。ラミカの心臓が高鳴った。
まぶしさすら感じる彼の笑顔に、彼女の心は見事に射抜かれた。
インキュバス化した彼の体から迸る、むせ返るほどの性臭の影響も大きいであろうが。
「な、なあ、クルス」
彼女はつぶやいた。
「はい?」
彼が答える。
「その、おぬしをインキュバスにしてしまったのは私の責任であって……だから……だから、私の……部屋に、魔界に、一緒に住まないか。私のせいだから、その責任を……い、一生かけて、返したいんだ……」
彼女は、顔や耳を真っ赤にして、うつむきながら言った。
「え……」
彼はしばらく口を開けっ放しのまま固まった。
しかし、彼女の発言の意図、自分に対するプロポーズであると分かると、彼はにっこりと微笑んで答えた。
「はい、ぜひ!」

「ラ、ラミカぁ……この服、全身が締め付けられてるみたいで落ち着かないよ」
「しょうがないだろ。吸血鬼達はプライドが高くて、だらしないことを嫌うんだ。それなりの格好をしていかないとな」
魔界に聳え立つ吸血鬼の城。
そこの長い長い廊下を、クルスとラミカの二人が歩いていた。
ラミカは漆黒のドレスを着て、頭にはピジョンブラッドが付けられた髪飾りを挿している。
クルスは、着慣れないタキシードを身につけ、おぼつかない足取りで、彼女の後を追っていた。
床には真紅の絨毯が敷かれ、二人の足音はすべて吸収されていく。
しばらく歩くと、彼らは大きな扉の前にたどり着いた。
「ほら、身だしなみは大丈夫か?ああ!蝶ネクタイがゆがんでるぞ。まったく、しょうがないやつだなぁ」
彼の首元に彼女の両手が伸び、優しく蝶ネクタイのゆがみを調えた。
「よっ……と、よし、これで大丈夫だな」
彼女は満足げに微笑むと、扉に向けて右手のひらをかざした
「ビタンサン!」
合言葉を言うと、大きな音を立ててゆっくりと扉が開いた。
「うわぁ……」
クルスは感激の声を上げた。
扉の向こうはテラスであった。
天井は遥か彼方にあり、向こう側には壁がなかった。
代わりに大樹のような柱が数本立っており、その向こうは魔界の雄大な自然が広がっていた。
開放感と不安感を同時に感じる、不思議な情景であった。
テラスには三つの大きな円形テーブルが設置されており、その周りの椅子には、すでに何人かの女性が座っていた。
全員、黒を基調としたドレスを身にまとい、目は真紅に染まっていた。口の中からは、時折長くとがった犬歯が見え隠れする。吸血鬼である。
テラスにラミカとクルスが入ると同時に、彼女達が一斉に二人の方を見た。
「あぁら、できそこないのラミカがこりずに来ましたわぁ。ああ、もう、人間臭くってかなわないわ!」
そう言いながらも、彼女の方へ真っ先に近づく吸血鬼が一人。
「ローラ……」
ラミカが彼女の名をつぶやく。
「元人間の汚らしい血が、よくもまあ抜け抜けと、格式高い吸血鬼の城に居座れるものですわね。まったく、鬱陶しいったらありゃしない。私は何度も申しているでしょう?あんたにはこの城にいる資格はないのよ。さっさと荷物をまとめて出て行きなさいってね」
早口でそうまくし立てると、他の吸血鬼達はくすくすと笑い出した。
――そうそう、ローラの言う通り。
――人間の臭いがドレスに染みちゃうわ。
彼女達の目が、ラミカにそう語りかける。
今までの彼女は、ここでテラスから出て行くか、よくて一番隅の席に小さく座るだけだった。
しかし、今日は違った。
「だから何よ。私がここに来てはおかしいのかしら」
胸を張り、腰に手を当て、毅然とした態度でローラに食って掛かった。
彼女の真後ろにいるクルスの前で、恥ずかしい態度はとれないと思ったからである。
それに、今の彼女は一人ぼっちではない。背中に当たる彼の体温が、ラミカに勇気を与えた。
「なっ!何て無礼な態度!半人前の分際で、この純血のローラ様に口答えなど……」
ローラの言葉は途中で止まった。
彼女の背筋に、今までに感じた事のない、強烈な悪寒が走ったからである。
そして次の瞬間には、彼女の全身から冷や汗が噴出した。それは恐怖によるものであった。
足はがくがくと震え、唇は戦慄き、喉奥からひゅーひゅーとかすれた息が出る。
強大な魔力を持ち、向かうところ敵なしの純血吸血鬼を、そこまで恐怖させるものは何か?
ラミカの背後に、どす黒いオーラが満ちていた。
彼女の悪口を言われ、激怒したクルスから無意識に迸るオーラが、彼女を未曾有の恐怖に叩き落したのである。
「ラ、ラ、ラ、ラミカ……その、殿方、は……」
口をパクパクさせながら、ローラが尋ねた。
「え?ああ、彼はクルス。私の夫よ」
ローラの態度の豹変ぶりに戸惑ったが、ラミカはそれだけをつぶやいた。
「ラミカ、もう行こう」
クルスはラミカの手を引くと、テラスから出て行った。
テラスの扉が閉じ、彼らの気配が去った後。ローラは力なくその場にしゃがみこんだ。
他の吸血鬼達も、口をぽっかりと開けたまま、ただただ二人が出て行った扉を見つめていた。

「ちょっと、どうしたのよ急に?そんなに怖い顔しちゃって」
彼に手を引かれて廊下を歩きながら、彼女は言った。
彼は振り返らない。
「ごめん、ラミカの悪口を言われたら、いてもたってもいられなくなって」
彼の早足は止まらない。ずんずんと廊下を突き進んでいく。彼女は彼に歩調を合わせるだけで精一杯だった。
「大丈夫、私にはクルスがいるから」
彼の歩く早さが少し遅くなった。
「絶対に離れたりしないから」
さらに遅くなる。
「もう、ひとりぼっちじゃないから!」
彼の歩みが止まった。振り返り、彼女の顔を覗き込む。
「うん、もう、僕達はひとりぼっちじゃない」
ラミカの頭をそっと胸に抱き寄せると、彼女は大声を出して泣いた。
10/06/03 18:23更新 / 川村人志

■作者メッセージ
もっと気楽にさくっと書けるようになりたい。

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