読切小説
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百エロ語(ひゃくえろがたり)
 広い広い板の間は、異様な熱気に包まれていた。
 中央には、多くの蝋燭がひしめき合いながら立っており、燃え盛るそれらからは、むせ返る程の蝋の匂いが漂っていた。
 それらは一目見ただけでは本数を把握できないが、数えれば百本ある事が分かるだろう。
 蝋燭の周りには、十人の男が、車座になって蝋燭の炎を見詰めている。
 橙色の光は、男達の後ろに揺らめく影を作り、彼方の闇を際立たせる。
「じゃあ、俺から話すぞ」
 一人の男が声を上げた。返事はない。ただ、唾を飲み込む音や、息を吐き出す音が響くのみである。

一、ゾンビを真似た男
 今からどれ位前かは定かではない。
 大陸の西南にあるエリオ村で、ゾンビが大量発生した事がある。
 その直前に疫病が流行って、多くの人が死んだ上に、その村の墓場にサキュバスが住み着いたのが原因らしいのだが。
 サキュバスの魔力を吸い取った死体が、生ける屍となって復活してしまったわけだな。もちろん、当時はすでに新しい魔王が魔界に君臨していたわけだから、復活したのは女だけだがな。
 復活した彼女達を見た村人は、一目散に逃げるわけだ。
 しかし、ゾンビの数が多すぎた。たちまち村は彼女達に囲まれ……あとは想像の通りの酒池肉林だ。ゾンビ達は、男女の見境もなく村人を襲った。
 朝になり、ようやく彼女達は満足した。そして、村から伸びる唯一の道からふらふらと出て行った。村人達は、ようやく助かったと胸を撫で下ろした。
 しかし、その中で一人困っている男が居た。名前は仮に、ジョージとしておこうか。
 ジョージは村の住人じゃなく、隣村の人間だった。たまたまエリオ村に用事があって来ていた所を、ゾンビに襲われたわけだな。昨夜散々搾られたから、さっさと自分の家に帰って寝たかったんだ。
 だが、自分の村に帰るには、ゾンビ達が歩いている道を通らなければならない。普通に突っ切ろうとすると、彼女達にまた襲われてしまうだろう。回り道をしようにも、エリオ村は森に囲まれていたから、ハニービーとかホーネットとかに襲われる可能性が高い。
 ジョージは思案した。そして、妙案を思いついたわけだ。
 ゾンビは腐りかけの体を引きずるように歩く。だから、彼女達の歩き方を真似れば、奴等は自分を仲間だと認識して、襲ってこないのではないか。
 ちょうど彼は疲れ果てていたから、自然と彼女達のステップを真似ることが出来た。
 そして、彼の作戦は一応成功した。冷や汗をかきながら、ゾンビの群れの中を、彼女達のステップに合わせてずるずると足を引きずって歩いた。彼女達はそんな彼を一切疑わず、何もしてこなかったんだ。
 そうして、彼は無事にゾンビの群れを突っ切り、自分の家に帰る事が出来た。
 そして、彼はベッドに倒れこむと、ぐっすりと眠った。
だが、彼はすっかり忘れてたんだな。彼女達は彼の村に向けて歩いていたんだ。当然、精が抜け切って乾いた彼女達は、彼の村を襲い、ジョージは一日に二度も、ゾンビに美味しく頂かれちゃいました、と。

 話し終わった男は、一息の沈黙の後、目の前の蝋燭を一本吹き消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「ジョージマジ羨ましい」「エロい」「ゾンビ萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 そんな時、ゾンビ話を披露した男の右隣に座る男が声を上げた。
「これは、俺の叔父の話なんだけど……」

二、おおなめくじに追いかけられる
 俺の叔父もこの村に住んでいるんだが、ミクジ山にある岩塩を掘る仕事をしているんだ。
 これは、数年前の話なんだけど。
 叔父がいつもの様に朝早く起きて、ミクジ山に登っていると、後ろから物音がする。
 最初は獣が近付いていると思ったらしいんだが、どうやら違うと気づいた。何故なら、その音は妙に粘り気というか、湿り気を帯びていたらしいからだ。うぞうぞじゅるじゅるという音が、段々叔父の背中に迫ってくる。
 振り返ると、そこにはおおなめくじが一匹。
 彼女の息遣いは荒く、顔は真っ赤だった。だから、一目見ただけで彼女が発情している事が分かったらしい。
 叔父は独身だったから、別に襲われても怒る人はいないんだが、体力が無くなれば仕事が出来ない。
 だから、彼女から逃げたんだ。
 おおなめくじは動きがのろいから、簡単に振り切る事が出来ると思ったんだ。
 だが、そう簡単にはいかなかった。みんな知っての通り、ミクジ山は斜面が急だ。だから、山道はジグザグになっている。そうしないと角度が急すぎて登れないからな。
 しかし、おおなめくじにはそんな事関係がない。しっとりと湿り、粘液を常時滴らせてる、あの接地面の広い足は、どんな角度だろうと見事に吸着することが出来る。
 だから、叔父がせっせと大回りをしている間、彼女は最短距離で登ってきた。
 そして、岩塩を掘っている洞窟の入り口で、叔父は捕まった。あのねっとりとして、うぞうぞと蠢く彼女の足で、叔父の下半身は器用に丸裸にされた。
 まあ、ここまで来たら仕方がない、されるがままになるしかないな。と、半ば覚悟を決めたんだが。ふと、洞窟の壁にこびりついている岩塩が目に入った。
 ここで叔父は閃いたんだな。ナメクジは塩に弱い。だから、岩塩をかけてやれば、弱って退散してくれるんじゃないかとな。
 そして、余裕がなかった叔父は早速それを実行した。
 パラパラと、粉末状になった岩塩を降りかけてやる。すると、彼女はしおしおと小さくなっていった。
(この時、別の男が「塩かけてしおしおって駄洒落かよ」と言ったが、語り手は無視した)
 叔父はこれで助かると思ったんだな。しかし、その考えは甘かった。
 確かに彼女は小さくなったが、それは大きさという意味ではなかった。年齢的に小さくなったんだ。さっきまでは、二十代半ばを思わせる、豊満でグラマラスで色っぽいお姉さんの姿だったのだが、塩をかけられて、年齢一桁のロリっ娘になってしまったんだ。
 その時、叔父は理性を失った。不幸な事に、叔父はロリコンだったんだ。
気が付くと、色んな液まみれの彼女に抱きついて、ありったけの精を放出してしまっていたんだな。
 そして、二人はすぐに結婚をした。今では、叔父は毎日彼女に自慢の岩塩をかけては、昼夜問わずヤりまくっているらしい。終わり。

 語り手は、ため息をつくと、ふっと蝋燭の炎を消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「叔父マジ羨ましい」「ロリい」「おおなめくじ萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。

 さて、何故彼等はこんな所で、こんな話をしているのだろうか。
 百本の蝋燭を立て、一つ話を終えるごとに、一つずつ吹き消していく。
 これは私達の世界の百物語とそっくりの行動である。
 私達が知る百物語は、一つ怪談を語るごとに蝋燭の火を消し、全てが消えると恐ろしい出来事が起こるというものである。
 しかし、彼等が行っているのは少し違う。
 まず、話の種類が違う。彼等が語っているのは、魔物娘とのエッチな話である。
 そして、終わった後起きる出来事も違う。このエロ百物語は、蝋燭の炎が全て消えると、魔物娘(主にゴーストやナイトメア、稀にデュラハンやサキュバスなど)がどこからともなく現れて、参加者を魔界に連れ去ってしまうのだ。
 この会に参加しているのは、村の中でも指折りのもてない連中である。
 人間の女に見向きされないから、魔物娘にあんな事やこんな事をされたい!と思い、こんな珍妙な事を始めたのである。

 先程、おおなめくじの話をした人間の右隣の男が、気合を入れるかのように、長く息を吐いた。
「俺、小さい頃はジパングに住んでいたんだよ」

三、稲荷様の煙管
 ジパングはこの大陸とはだいぶ文化が違ってな。ここの人間が祀っている神様とは違う神様を祀っているんだよ。
 だから、教会もなくて、代わりに神社って呼ばれる建物があってな。
 そこに、一人の稲荷が居たんだ。
 名前はお揚(およう)だと、本人は言ってた。本名かどうかは知らない。
 稲荷ってのは、妖狐の仲間だな。だが、妖狐と違って、いきなり襲い掛かってくる事はない。
 事実、お揚さんは一度も俺に襲い掛かってきた事はなかった。襲われていたら、こんな会には参加しないからな。
(周りの男が、ぶーぶーと文句を垂れた。だが無視)
 俺はあの頃は友達が少なくて、いつもお揚さんが居る神社に行っていた。
 神社は長い長い石段の上にあったから、ほとんど人が来なかった。だから、大抵は彼女と二人きりでずっと話していた。彼女が唯一の話し相手だったな。とっても優しかった。
 俺は彼女の事が大好きだったんだけど、まあ、恋というよりは、憧れみたいなものだったな。そんな彼女だったが、俺には一つだけ気になる事があった。
 それは、彼女が吸っている煙管だ。喧嘩煙管っていって、全部金属で出来ているものだったんだけど、彼女はそれをいつも吸っていた。
 そこから漂ってくる煙は、変な臭いがした。生臭いというか。
 俺はその臭いがどうも苦手でな。それ以外は好きだったから、神社通いはやめなかったけど。
 臭いの正体は、長い間分からなかった。父とか近所のおじさんとかが吸っていたものとは、全然違ったからな。
 だが、ある日、臭いの正体に気づいた。
 十二、三歳の頃。朝目が覚めると、下着がぐっしょりと濡れていた。この歳になっておねしょかよ。と焦ったんだが、どうも違う。
 下着を濡らしていた物は、滑っていたんだな。そう、夢精だ。
 当時はわけが分からなくなって、両親に泣きながら聞いたんだが、彼等の答えは意外にも「おめでとう」だった。
 それから、村の大人達に色々と聞いて、それが何なのかを知ったわけだが……
 その時に、知ってしまったんだな。お揚さんの煙管から漂う臭いの正体が。それ、精液の臭いにそっくりだったんだよ。
 俺は本当の事が知りたくなって、神社に駆けつけた。彼女はいつも通り神社の神殿の前に座っていて、煙管を吸っていた。
 俺の顔を一目見るなり、「お前も大人になったか」と言ったんだな。
 その後、彼女から色々と過去の話を聞いたよ。昔、見境なく男を襲って、人間と仲が悪くなったらしい。反省した彼女は、人間から精を吸う代わりに、特殊な葉っぱを吸うことによってどうにか性欲を抑圧していたんだな。
 俺、あの時性交の事なんか全然知らなかったから、話を聞いた後、つい「僕が精をあげるよ!」と言ってしまった。
 彼女は、微笑んで「気持ちだけ受け取るよ」と言った。
 それからすぐ、父親の仕事の都合でこの大陸に越してきた。だから、それ以降お揚さんには会っていない。

 話が終わると、彼は大きく息を吸い、勢いよく目の前の蝋燭の炎を消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「お前マジ羨ましい」「甘酸っぱい」「稲荷様萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 語り手は、更に右隣に移る。
「これは、あくまでも噂なんだが……」

四、移動教会
 おまけに短いが、一応一話は一話という事で。
 この大陸中を駆け回る移動教会の話を知っているか。
 それは夜の間にしか現れない上に、出現する場所が一定じゃない。だから、移動教会と言われているんだ。見た目は結構豪華な教会で、その下にはこれまた大きな車輪が取り付けられている。これで夜の街を走るんだろうな。
 で、この教会。俺らとは違う神様を祀っているらしい。
 聞いたことないかな。堕落した神様の話。
 大昔、神族の一人が主神に反乱を起こして、天界から追放されたという話。 その、追放された神を崇めているらしいんだ、その教会は。
 で、一度移動教会に入ると、徹底的に教育され洗脳され調教され……
(「調教」という言葉に、周囲の有象無象はどよめいた。「エロい」「エロいな」)
 堕落した神の信者になってしまうという話さ。
 何しろ、伝道者がみんな魔物らしくてな。黒い修道女や黒い天使なんかが、体を使って教義を叩き込むらしい。男も女もメロメロになって、みんな彼女達の仲間になってしまう。
 そんな素敵な教会、今すぐにでも行きたいが、何しろ今どこにあるか分からないからな。どうしようもないな。

「はぁ、行きてぇ」とため息をつくと、蝋燭の炎を吹き消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「近隣住民マジ羨ましい」「堕落したい」「天使萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 語り手は右に移る。
「みんな知っている通り、今日ここに来るのは十一人だったはずだ」

五、つぼまじん出現
 そう、ボットの事だ。少し前までは仲間で親友だったが、今では憎いあんちくしょうだ。
 一昨日だったかな。あいつの家に遊びに行ったんだよ。あいつの家は、俺の家の隣だからな。用がなくても互いに行き来するくらい、俺等は仲が良かった。
 扉を開けてみるとどうだ。中から女の、それも小さな幼女の声が聞こえてくるではないか。
 ついに犯罪に手を染めやがったなあのロリコン!と思って、ずかずかと部屋に上がり込んだら。
 でっかい壷の中で、ボットと幼女がヤってやがった。
 幼女が嫌がってたら、警備兵に通報すればいいんだけどさ……彼女の方もまんざらでもないというか。むしろ、どう見てもあっちから誘ったとしか思えない位の乱れようだったな。糞ぅ……
 あいつ蜂蜜を売るのが仕事だからさ、家の中には蜂蜜を入れる壷がたくさん置いてあるんだよな。その壷に見事、つぼまじんちゃんがワープしてきたらしくてさ。
 あの幼女、蜂蜜でとろとろで、甘い香りがして、とっても美味しそうだった。性的な意味で。
 もう、悔しいやら悲しいやらで、その場で絶交してやったよ。
(同情の声が上がる)
 今でも、目を閉じると、あのつるぺた幼女が脳裏に浮かんでな。どうにも辛抱たまらないんだ。
 これで俺の話は終わりだ。

 小さく息を吐くと、目の前の蝋燭の一本を手に取り、火を消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「ボットマジ羨ましい」「舐め舐めしたい」「つぼまじんちゃん萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 語り部は、反時計回りに進んでいく。
「さっきヤイチがが話した、稲荷の話を聞いた時に思い出したんだが……」

六、マセた幼女
 俺は両親が早くに死んで、成人になるまで孤児院で暮らしていたんだ。
そこに居るのはみんな、両親が亡くなったり、捨てられたりした子ばかりでさ。
 境遇が似ているもんだから、すぐ仲良くなるんだな。
 目立った喧嘩はなかったし、いじめなんかも一切なかった。
 まあ、先生達の育て方がよかったってのもあるんだろうな。何かと後ろ向きになりがちな俺達を、親身になって励ましてくれた。
 でも、問題児が一人も居ないわけではなかった。
 フランシスという女の子なんだが。別に、ガキ大将というわけではない。陰湿に嫌いな子をいじめるわけでもない。
 彼女は、何日かごとに奇妙な行動をとっていた。
 彼女が男の先生の袖を引き、数秒見詰め合う。すると、先生は何かごにょごにょと言い訳を放って、彼女と一緒に誰も使っていない倉庫に入っていったんだ。
 誘う先生は毎回変わっていた。
 当時、俺は彼等が何をしているのか分からなかった。分からなかったが、気にはなっていた。
 ある日、彼女がドイル先生と倉庫に入っていった。彼は、一番彼女と倉庫に入る回数が多かったんだよな。
 俺はこっそりとその扉に耳を押し当ててみた。
 先生のうめく声と、彼女の泣いているような声が聞こえていた。
 その時は、彼女は何か良くない事をして、先生に怒られているんだと思ってた。
 だが、今思うと、フランシスは先生を倉庫に連れ出してセックスをしていたんだろうな。
 そして、その日二人が倉庫から出てくる事はなかった。そのまま行方不明になってしまったんだ。
 今思い返してみると、彼女は子供ながらに何か人間とは思えない、妙な艶かしさがあった。
 だから、あいつは魔物だったんじゃあないかと思っている。
 そして、ドイル先生は彼女に気に入られて、一緒に魔界に行っちゃったんじゃないか、そうも思った。
 こんな話、何で今の今まですっかり忘れてたんだろうな。

 一息つくと、彼は蝋燭の炎を一本、軽く吹き消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「先生マジ羨ましい」「またロリい」「フェアリー?萌え」
 と囁き合った。
 語り手は、「ああ、そうか、フェアリーだったのか。じゃあ魔界じゃなくて妖精の国だな」と呟いた。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 語り手はまた右に巡る。
「これは、ジパングに伝わる伝説らしいから、ヤイチは知っているかもしれない」

七、青柳村のすらいむ池
 ジパングにある青柳(あおやぎ)村には、すらいむ池と言われる池があるらしい。
 池といっても、庭にあるような小さなものじゃない。湖よりは小さいかな、という程度のもので、村の人間は、よくそこに舟を浮かべて釣りをしていたそうだ。
 だが、今では誰も入ろうとはしないらしい。何故か。
 昔、一人の村人がすらいむ池に舟を浮かべて釣りをしていた。もっとも、その時はまだすらいむ池とは呼ばれていなかったが。
 夏の日差しが照りつける中、彼は飽きもせずに釣竿と水面を見詰めていた。
彼の舟には、スライムが乗っていた。その村では、夏の暑さを和らげるため、スライムを飼っていたらしい。彼女達はひんやりしてるからな。
 冬は冬で、お湯を飲ませればしばらくぬくぬくらしいから、年中無駄がなかったわけだな。
 で、だ。ひんやりしたスライムを膝の上に乗せつつ、釣りをしていたのだが、ここで災難が起こる。
 突然池の上に竜巻が起こり、舟を巻き上げられて彼はたちまち池に落ちてしまった。
 突然の出来事に、わけも分からず溺れるばかり。
 着物は水を吸い、彼は徐々に水底へと沈んでいく。
 もう駄目か……と思った時、彼をつかむ者があった。彼のスライムだ。
 必死になって彼女に抱きつき、何とか水面まで上がることが出来た。しかし、舟はすでに木っ端微塵になっていて、池から出る事が出来なくなった。
 そして、更に不幸な事に、彼に抱きつかれたスライムが、発情してしまったんだな。
 彼の股間をやんわりと包むと、彼女はそのままうじゅうじゅと動かし始めた。
 彼はあまりの出来事に、すぐ射精してしまったんだな。これがいけなかった。
 更にご主人様の精液を貪ろうと、責めはどんどん激しくなる。耐え切れなくなって、また漏らす。更にスライムは元気になって、責めが強くなる。また漏らす。
 そんな事を繰り返すうちに、日が沈み始める頃。
 その頃には、池の水と主人の精液を吸い取ったスライムの体はすっかり肥大化して、池の水がそっくりそのままスライムになってしまったらしい。
 どうやら、彼が飼っていたスライムは、分裂する能力が欠陥していたみたいなんだな。
 まあ、そのおかげで、彼はぷよぷよするスライムの上を歩いて、なんとか生きて帰る事が出来たとさ。
 今はもうスライムもその男も居ないが、いまだにすらいむ池の水は、普通よりも粘り気が強くて、入ると股間を弄られている感触がするらしい。

 語り手は前傾姿勢になると、近くの蝋燭に息を吹きかけた。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「男マジ羨ましい」「ぬめりたい」「スライム萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 右隣へ語り手が移る。
「お前ら、淫夢を見る方法って知ってるか?」

八、淫夢を見る方法
 この村の北に、ケンローって都市があるだろ?あそこには、でっかい教会があってね。
 俺は数年前見に行った事があるんだが、中の壁一面に壁画が描かれていてさ。とにかく荘厳だったな。
 入り口から見て、右側に神族の絵、左側に悪魔の絵が描かれていて、さながら最終戦争の真っ只中に居るような錯覚を覚えた。
 それで、悪魔側の絵には、真っ黒なケンタウロスみたいな悪魔が描かれている。夢魔だ。
 その絵の夢魔の上半身は、醜悪な顔をした男なのだがな。
 今の魔物は女の子ばかりだからな。夢魔の上半身も当然可愛らしい女の子なんだろう。
 さて、どうやって呼び出すか、だが。
 まず、寝る前に体を清めておく。これは当然だな。女の子に会う前のエチケットだ。
 次に、馬の餌用の飼い葉をどっさり用意しておく。この上に寝るんだ。
 最後に、自分の頭のそばに、すりおろした人参を置いておく。これで、ぐっすり眠っている間に、夢魔ちゃんが夢に現れて、あんな事やこんな事をするわけだな。
 俺も昨日試した。
 だが、来なかった。残念だ。ただ、初恋の女の子が現れて、あまりの懐かしさと甘酸っぱさに、目を覚ましたら泣いてたよ、俺。

 話している最中に、その夢の内容を思い出したのか、彼は目を指でぬぐった。
 そして、か弱い吐息で炎を吹き消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「教会の絵見たい。羨ましい」「夢見たい」「ナイトメア萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 更に右へバトンタッチ。
「これは、親父の部屋に隠してあった、「大人の伝記」って名前の本に載ってた話だから、真偽は分からない」

九、最後の性戦
 一千年ほど昔の話。東の大陸にはリリトゥという国が存在した。
 そこの国王は代々大層優しい性格で、民に慕われていたそうだ。
 しかし、不幸な事にその国の真上に、魔界とつながる空間の切れ目が出来てしまった。
 切れ目はすぐに広がり、そこから大量のサキュバスが攻め込んできた。
 何十万ものサキュバスの軍勢に、恐れおののくリリトゥ国民。そして王。
露出狂が空を飛んでいるようなサキュバスの軍勢の中で、一際服の面積が小さい一体が、王の住む城の上に飛んできて宣言した。
 これからこの国は私達サキュバスの物だと。
 王様は非常に困った。彼は心優しかったから、国民が血を流すのを見たくはなかった。かといって、敵を殺すのも気が引ける。
 そこで、彼は突拍子もないことを思いついた。
 リリトゥの土地の所有権をどちらにするか。それを、セックス対決で決めようと提案したんだな。
 彼女達は淫魔だ。セックスに関してはあちらの方に分がある。しかし、彼女達は人間の精がご飯だ。だから、この呆れた提案にのってくれると信じてたんだな。
 彼女達は快諾した。元々、リリトゥを占拠したら、女は仲間に、男は性奴隷にするつもりだったから、手間が省けるし、男の数を減らさずに済むと思ったんだろうな。
 そして、サキュバス軍のリーダーの号令と共に、サキュバス軍は一気に街に降り立った。
 そして、村の男達とくんずほぐれつの乱交パーティーを開始した。
 リリトゥは大きな国で、人口も多かったが、それ以上にサキュバスの数が多かった。
 男一人に対し、サキュバスは二体三体で襲い掛かってくる。男達は彼女達の超絶的なテクニックにすぐに骨抜きにされてしまった。
 そして、サキュバスは気に入った男達を、自分の巣に持ち帰ってしまった。
 双方共、数は徐々に減っていき、ついに、城は数百体のサキュバスに取り囲まれてしまった。
 家臣達は慌てた。このままでは、我等の国は魔境になってしまう。
 ここで立ち上がったのが、国王だった。彼はただ一言、焦る家臣に言った「心配するでない」と。
 そして、単身で城の外に出て行ってしまったのさ。サキュバス達が待ち構えている場所へ……
 次の日、城前の余りの静けさに、心配になった家臣達が駆けつけると、そこにはただ一人、国王だけが立っていた。
 昨日あれ程威嚇していたサキュバス達は、皆地面に倒れ、歓喜の声を上げながら身悶えていた。国王の余りの精力に、メロメロになっていたんだな。
 そして、家臣達の目の前で、国王はサキュバス軍のリーダーを駅弁スタイルで犯していた。
 犯されている彼女は、空ろな表情で「ごめんなさい、もうしません」と連呼していたらしい。
 この国王、腕っ節は強くないが、精力は絶倫。国民を増やすために、三十人近い妻を娶り、子供は五百人以上いたそうだ。
 だから、彼が提案したこの性戦も、あながち無茶ではなかったわけだな。
 その後、リリトゥとサキュバス軍は和解。心優しい国王は、淫魔達を正式な国民として出迎えたとさ。

「親父の持ってるエロ本は、魔物娘関連ばかりだったな。何で人間のお袋と結婚したのやら」
 そう言うと、彼は軽く息を吐き、炎を消した。
 周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「国民羨ましい」「絶倫になりたい」「サキュバス萌え」
 と囁き合った。
 ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
 一人右へ、話し手は移る。これで一周目最終話。
「さっきのが遠い昔の話だったから、俺は反対に新しい話をするよ」

十、新種
 海にもビショップが居るって話さ。
 まあ、厳密には俺達が知っているビショップとは違うんだがな。
 俺等みたいなモテない童貞野郎にとっては、聖職者は性職者と読むし、伝道者が伝道するのは性教育と相場が決まっているもので。
 どうしてもエロい想像をしてしまうわな。
 まあ、当たってるんだがな。海にいるビショップということでシー・ビショップって呼ばれている彼女は、人間ではない。魔物なんだ。
 見た目は人魚とほぼ同じで、人間の上半身と魚の下半身を持っているんだな。
 で、片手に謎の石版を肌身離さず持っている。
 何でこんな目立つ格好の魔物が、今まで見つからなかったかというと、どうやら彼女達、数が少ない上に世界中の海を放浪する習性があるらしくてな。
 それに、人間の前に現れるのは、魔物との結婚式で進行係を務める時と、溺れて死に掛かっている時だけときたもんだ。
 前者は、教会から異端扱いされるから、俺等に情報は入ってこない。後者は、死に掛けた時の走馬灯扱いされるから、言っても信じてもらえない。
 あと特徴をしゃべっても、ちょっと変わった人魚としてしか認識されてなかったからな。今までちゃんと新種であると認められていなかった。
 海に行った時は、溺れたらどうだろうか。まあ、数が少ないから、助けられずに死ぬ可能性の方が高いがな。
 でもな、俺、実は彼女に助けられた事があるんだ。
 最近、新聞で新種発見という記事を読むまでは、人魚に助けられたと思っていたんだが。
 俺、小さい頃に家族と一緒に海に遊びにいってな。もう泳げる位の歳だったから、親は妹の方ばかり気にかけたんだ。
 そして、俺は親から何も言われないのをいい事に、沖の方まで泳いでいってしまったんだ。
 両親が慌てた頃には、すでに追いつけないほど海流に流されてしまっていた。
 俺は余り覚えてないんだがな。今でも夢に見る事がある。
 視界一面が真っ青でな。息苦しい。体が下に引っ張られている感覚がする。
視界の青が段々赤黒くなってくる。酸素不足で脳の機能が低下してきたんだろうな。
 で、もう駄目だ。と思った時、俺の目の前に上半身が人間で、下半身が魚のシルエットが浮かび上がってきた。
 と、同時に、一気にぐんと上に引き上げられる感覚がした。そして、一気に 空気が肺に入るんだ。水面から顔が出たんだな。
 ぷかぷか浮かびながら泣いていると、両親が呼んだ海岸警備兵が、血相を変えて叫びながらやって来た。
 俺は、それに安心して、気絶してしまった。
 シー・ビショップは、助けた男を魔力で助けて、水中でも生きられる体にしてくれるらしい。そして、彼女は助けた男を海に連れて行くんだと。
 あの時警備兵が来なかったら、彼女は俺を海に連れて行っていたかもしれないな。

「ベタすぎたな」
 と彼は言い、炎を吹き消した。
 一周終わった。そして、最初に話した男が、また話し始める。
 何時間経っただろうか。ついに、百話が終わろうとしていた。
「こうして力太郎は瓜子姫と永久に幸せに暮らしましたとさ」
 朝の日差しが窓から部屋を照らし、弱弱しく燃えている短い蝋燭を、最後の男は優しく吹き消した。
「これで、終わりか……」
「何か起こるのだろうか」
 ため息をついて体を弛緩させる男達。
「サキュバス、ゴースト、カモン!」
 一人はいまだにテンションが高い。
 バチン!
 突然大きな音が鳴ったかと思うと、部屋が真っ暗になった。
「何があった!」
 慌てふためく男達。柔らかく差し込んでいた日差しが途絶え、外は真夜中のように真っ暗になっていた。
 稲妻が走り、ゴロゴロと不穏な音が響く。
「あ、あれ!?」
 一人が窓の外を指差した。
 雷鳴轟き、稲光が照らす空。それを覆い隠すように、巨大な建物が建っていた。
「あんな所に、こんな建物あったか?」
「いや、この窓から見えるのは、だだっ広い原っぱだろ?何でこんな物が……」
 訝しげに見上げる男達。その中の一人が、何かに気づいたかのように驚きの声を上げた。
「あ、あれ、教会じゃないか!?」
 確かに、あの形、屋根の上に堂々と建っている神を崇める意匠。宗教画を模したステンドグラス。確かにあれは教会だった。
 そして、その入り口が開き、中から人型の者が出てきた。そいつは、男達に気づくと、ふわりと浮かんで飛んできた。
 羽が生え、尻尾がうねるシルエット。徐々に近づいてくると、その正体が分かるようになってきた。
 それは、修道女の服を着た女性だった。そして、とてつもなく美人だった。
「やったー!ダークプリーストだー!」「本物の移動教会だー!」「堕天使いるんじゃね!?」
 男達は狂喜乱舞した。
 驚いたのは彼女の方である。魔物を見た人間は、大体最初驚き恐怖するものなのだが。彼らはもろ手を挙げ、小躍りして喜んでいるではないか。
「いぃぃぃぃやっほぅぅぅぅぅ!!!」
 彼女が驚いている間に、彼らは窓を大きく開け、大騒ぎしながらその教会に入っていった。
 後には、ただ口を開けて呆けているダークプリースト一人だけが残った。
11/06/26 01:16更新 / 川村人志

■作者メッセージ
超短編十本は短編一本よりきついという事が分かりました。

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