知らなかったか? ゲイザーちゃんからは逃げられない
きーん、こーん、かーん、こーん。
きりーつ、れー、ちゃくせーき。
本鈴が鳴り、終礼も済んだ。学生ならば誰もが待ち侘びる、煩わしい授業から解放される自由の時間。
ある者はカラオケやショッピングに繰り出し青春を謳歌し、ある者は勉強の本番はこれからだとばかり続けて塾に向かう。だが過半数の人間はやっぱり部活だろう。俺もご多分に漏れず自らが所属する文芸部を目指し、部活棟の廊下を歩いていた。
「なんだか最近、身体が重いな・・・・・・」
充分な睡眠はとっているはずなのに、肩に鉛がのしかかっているみたいだ。正直放課後までは、今日は休んで帰ろうと思っていた。なのにいつの間にか、自分でも知らぬ間に俺は早足で部室へ向かっていた。
ざわざわと胸騒ぎがした。動悸のような・・・・・・いや、違う、これは、例えるなら、高鳴りのような――?
気付いたときには目の前に部室のドアがあった。俺は引き戸に手をかけて、いつも通り・・・・・・――?
「なんだ、これ・・・・・・?」
自分でもはっきりわかるくらい、俺の指が震えていた。恐怖する小動物のように。まるで扉を開けることを、肉体が拒否しているように。
「馬鹿馬鹿しい」
さっきから動悸だの指の震えだのと。この歳で更年期障害など、笑い話にもならない。俺は一蹴すると、ことさら元気を込めて部室のドアを開いた。
「あ、センパイ。こんにちは・・・・・・」
「ああ、土留木・・・・・・。先に来てたのか」
部屋の中では俺の後輩――つまり俺以外の唯一の文芸部員が椅子にちんまりと座って文庫本を読んでいた。普段と同じように後輩の挨拶は消え入りそうな小ささで、俺に振る手も向ける笑顔もぎくしゃくとしていて控えめだった。
彼女は土留木見晴(どどめき・みはる)という。
一年生で、いつもびくびくおどおどしていてたぶん友達はいない。典型的な自分のお洒落に頓着しないタイプだ。特にぼっさぼさのクセっ毛は前にも後ろにも伸び放題で、両目に至ってはほとんど覆い隠されている。目が悪くならないのか気が気でない。
「センパイ、どうしたんですか? そんなところに突っ立って・・・・・・」
「あ・・・・・・? あ、ああ、すまなかった。いま入るよ・・・・・・――?」
――と、敷居をまたごうとした俺の脚から急激に力が抜け落ちた。膝裏を押されたようにたまらず姿勢を崩し、踏みとどまった。それと同時に頭の奥から、じわじわと疼痛のようなものが滲んできた。
「う、ぅ・・・・・・?」
明らかに異常だと、さすがに自分でもわかった。原因はわからない。心当たりなど全くない。だが間違いなかった。
部室に近づくたびに、俺の身体が悲鳴をあげている。
「センパイ・・・・・・」
マズイ、急に立ち眩んだ俺を見て心配したのか、土留木が椅子から離れて俺へと歩み寄ってくる。
(え・・・・・・、マズイ・・・・・・? 何がだ・・・・・・?)
自分で自分の思考に混乱する。わけがわからないが、とにかく体調が悪いのは確かだ。
俺はどうにか立ち上がると、やんわりと土留木に辞去の意を告げる。
「ごめん、土留木。来て早々だが、俺は早退――」
「センパイ、すきま風が寒いんで、早く入って閉めてください」
「――ああ、わかった」
自分でも驚くほど淀みない動きで、俺は自然な流れで室内に歩み入るとぴしゃりと扉を閉めた。まるでそうするのが、当然の義務のように。
(・・・・・・!? ・・・・・・・・・・・・ッ!?)
当惑する俺の意思を置き去りに、俺の指が勝手に動いた。まるで何度もこなした作業のように、俺の手が内側からの施錠を完遂した。
そしてその瞬間、俺はすべてを――思い出した。
「あ・・・・・・、あ――――」
この部屋で行われた、すべての出来事。
馬鹿な。どうして今まで忘れていたのだろうか。あれほど肝に銘じたのに。二度と近寄らないと誓ったのに。まるで捕食者の口へ飛びこむ間抜けな蝿じゃあないか。のこのこと俺はここへまた来てしまった。
「くすくす・・・・・・、暗示はしっかり効いてるようですね。そう・・・・・・、この場所で起こったことは・・・・・・、なにひとつ、ここを一歩でも出てしまえば・・・・・・、センパイは――」
油の切れたブリキ人形のように、俺は振り返る。
笑みをこぼして立ち尽くす『それ』は確かに俺の知る土留木だった。だが、俺の知っている後輩では――断じてなかった。
土留木が鬱陶しそうに前髪をかきあげた。そこには人間ではありえない異常に鋭い犬歯に、食虫花のように粘っこく歪んだくちびる、そして、
「――思い出すことは、絶対にない」
嗜虐的な光をたたえた巨大な一つ目が、嬉しそうに俺を見据えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「××君ってさ、文芸部なんだよね?」
昼休みにパンをかじっていると、ふいに前の席の女生徒から声をかけられた。
クラスメイトの須々木(すすき)さんだ。いつも誰にでも明るくて、周囲を賑やかにしてくれるタイプの、ひとことで言えば学年のアイドルだ。その須々木さんが、あろうことか俺の机にひじをついてにこやかに語りかけてきてくれた。
ち、近い・・・・・・。俺の鼻先と、20pも離れていない。
「ねえ、何か面白い本とか紹介してくんない? 文芸部なら色々読んでるんでしょう?」
耳にかかった茶髪をかき上げると、ふわりとフローラルな香りが俺の鼻腔をくすぐった。グロスが塗られた唇が綺麗に微笑むのを間近で見てしまって、何とはなしに俺はどぎまぎした。
更には何と言っても困ったのは胸元だった。距離が近すぎて着崩した須々木さんの制服のせいで、膨らみの谷間が見えるか見えないかのヒジョ〜にギリギリの線を行ったり来たりしている。
刺激が強すぎる。俺の目線はダメだダメだと自省しながらも、どうしてもそのシュレディンガーの稜線に釘付けになってしまう。だがそれを――いったい誰が責められようか。
「ちょっと聞いてる? あたしってふだん本とか全然読まないからサ、さらーっと気楽に読める、なんかお勧めとかないかなあ」
「う、うーん・・・・・・、そうだね、俺が最近読んだのだと・・・・・・、だと・・・・・・・・・・・・――――?」
・・・・・・・・・・・・あれ?
そこに至ってようやく俺は、とてつもない違和感に気がついた。部室にはそれこそ山のような蔵書がある。なのに俺は――この数週間、それらをひとつとして手に取った覚えがない。
「あれ? あれ? あれ・・・・・・!?」
俺は頭を抱えてかきむしった。背すじを嫌な汗が伝う。何故言われるまで気付かなかった? 妙だとも思わなかった?
どうして? どうして――?
毎日通っている部室の、その中で何が行われているか――俺は完全に思い出せなかった。
「××君、なんか苦しそうだけど・・・・・・。どうしたの、大丈夫・・・・・・?」
須々木さんが変なものでも見るような目を俺に向けてきたが、それどころではなかった。
俺はこの謎を解き明かすべく確固とした気持ちで、授業が済んだらいの一番に部室に急ごうと決意するのであった――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
放課後。
「ウあああぁっっぁぁああぁァアアアアアあっぁっっっっぁああぁああぁ!??」
「じゅちゅっ、くちゅ、む、んぷ、あん、むぁ、くちゅぷ、ぬ、んく・・・・・・、んふふ♪ センパイったら、上からも下からも・・・・・・、ヨダレ垂らして気持ち良さそう♪」
どうして俺はここに来てしまったんだ!
あれほど二度と関わっちゃいけないと、何度も心に誓ったのに!
「ど、どぇ、き・・・・・・、も、もうむひ・・・・・・、もう解放し、て・・・・・・ッ、ぅぁぁああッ!」
「ん〜、ここですふぁ? んふふ、わはってまふよぉ・・・・・・、ここをれろぉぉぉっへさへるのぉ、センパイたまんないんでふよねぇ・・・・・・♪」
土留木が俺の男根に舌を這わすたび、俺の喉からは面白いように嬌声が奏でられた。まるで俺の身体が土留木専用のフルートかなにかになったみたいだった。
何十回目かのフェラチオで、土留木は俺よりも俺のペニスについて知り尽くしていた。もはやどういう強度、どういう速度、どういう順序で責め立てれば、俺がどういう反応で悶えるか――まるで手慣れた手際で獲物を追い立てる熟練の猟師のように、全部わかっているのだ。
「ほして最後にぃ、こほしてカリをクルクル〜って舌でなぞってあへればぁ・・・・・・、ほら、もう我慢でひない♪」
「い・・・・・・ッ、ぐぅぅぅぅううううッ?!」
為す術もなく、一秒の抵抗もできず俺は土留木の口の中に吐精した。
「んむぅぅぅッ♪ んぐ、ごく、ず、ちゅむ、ずずずぞぞぞぞぞッ!」
だがそれで終わりではない。射精が始まるといつだって土留木は、まるで俺の体液を一滴残らず絞り出さんと吸引の勢いを増す。強力すぎるバキュームに俺は歯の根を合わすことさえできず、みっともなく舌を出して喘ぐことしかできない。
「ぷ・・・・・・、はぁッ♪ ごちそうさま、です・・・・・・、センパイ。ああ・・・・・・、センパイのザーメン・・・・・・、何度飲んでも美味しすぎ・・・・・・♪」
恍惚で上気した表情で、土留木が俺のペニスからようやく口を離した。それはどんな最高級のフルコースにも勝る贅を凝らしたご馳走――不気味なほど大きい土留木の単眼が、言外にそう語っていた。
「こ、の・・・・・・ッ、化け物め・・・・・・!」
倦怠感で力が入らない心を奮わせて、俺は精一杯の強がりを吠えた。もし叶うならばこの場で暴れ出したかったが、それはできない。何故なら――
「化け物とは、随分な言い草ですね」
「ふん、化け物でなくて何だ。人の記憶を簡単に弄るし、その気味の悪い一つ目もそうだ。そして何より――う、うわわっ」
俺の身体が空中に浮き上がった。いや、正確には――俺の四肢に絡まった、十本の触手で持ち上げられたのだ。
触手をまるで手足のように操りながら、土留木が獣のように獰猛な笑みをたたえる。
「センパイったら、この期に及んでぜぇんぜん自分の立場ってもんをわかってないんですねぇ。うふふ、いいですよぉ・・・・・・。その物分かりの悪いところ、大好きです・・・・・・♪」
晒し者のように全裸の格好で宙空で磔にされて、羞恥で頬が染まる。
だが俺はこんな輩に屈しない。屈してたまるか――!
「確かに私は、化け物かもしれませんねぇ。けど知ってます? ゲイザーって凄い魔物だから、記憶を弄る以外にも色々できるんですよ。そのひとつに、この触手が記録した映像を――」
触手の内の一本がぬらりと俺の眼前に躍り出た。先端に付属した瞳のような器官が、俺を眺めて目を細める。まるで――嘲笑っているようだった。
「その映像を――その辺の人間の網膜に強制的に流しこむこともできます」
「や、やめろ・・・・・・!」
突如訪れた社会的生命の危機に、思わず頭に血がのぼる。
「誰に見せましょうか。そう例えば――あのススキとかいう名前の女とか?」
昇っていた血が、さぁっと退いていく音が聞こえた。
「きっと幻滅するでしょうねぇ。立派な男が後輩に捕まって、フェラでみっともないアヘ顔晒しちゃって♪ 無理矢理見せられてキモいキモいって拒否されても、センパイは平気な顔してられますかねぇ?」
「な、んで・・・・・・、お前が須々木さんのこと・・・・・・?」
青ざめてからからになった声で、土留木に問う。すると土留木は哄笑を止めて――さっきまでが嘘のように、一切の感情が顔面から失せた。
「知っているに決まってるじゃないですか。センパイのことならなんでも知ってます。朝起きたら第一に歯を磨くことも、靴は必ず左から履くことも、シャーペンは細い方が好きなことも、火曜日の五時間目の生物は絶対居眠りすることも、お風呂はかけ湯を三回しないと気がすまないことも、寝る前はオナニーする習慣のことも、全部全部ゼンブゼンブ知っています。――もっとも、最後は最近出来ないでしょう?」
「あ、あ・・・・・・!」
寒気を感じる――なんてもんじゃない。拘束されているのも忘れて手足はぶるぶると震え、歯の根ががちがちと鳴った。
「あの人間の女に言い寄られて・・・・・・、えらく楽しそうでしたねぇ? 私が毎日こぉんなに愛し抜いてあげてるのに。イケない人・・・・・・――あら?」
なにかを察した土留木の視線が、ますます嗜虐的な色を増す。
「センパイったら、なぁんでチンポおっ立ててるんですかぁ? 自覚あります? センパイはいま、彼女に浮気を責められてるんですよ。それとももしかして・・・・・・公開レイプされるの想像して、興奮しちゃったんですか? うわぁ、センパイったら変態♪」
「だ・・・・・・ッ、誰が――」
さすがに腹に据えかねた。無様な格好で吊し上げられつつも、それでも俺は精神だけは毅然と目の前の怪物に立ち向かう。
「誰が、興奮なんか・・・・・・ッ! ど、どうせ――そうだ、どうせこれもお前の仕業なんだろ。お前が勃起しろって、催眠をかけたんだ!」
そうだ、そうに違いない。だから――俺は悪くない!
「本当に? 本当に――そう思いますか? ふふっ、ざ〜んねん、私がかけた暗示は、部屋を出たら記憶を失う・・・・・・それだけですよぉ。それ以外は全部、隠しきれないセンパイの性癖・・・・・・、センパイの・・・・・・、真実・・・・・・」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 信じない、信じないぞ!
俺は耳こそ塞げないが、土留木の言葉から心を閉ざした。けれどコップの上に蓋として紙を置いても注ぎこむ水は遮れないのと同じように、土留木の『毒』はするすると俺の鼓膜に滑りこむ。
「まあ・・・・・・、センパイが疑うかどうかは、どうでもいいです。すべてはセンパイのこの身体が・・・・・・ぺろっ、うふふ、訊くまでもなく知ってますからね。それより――そんなに言うなら、折角だからもう一つ暗示を追加しましょうか」
そう言って土留木が俺に単眼を向けてくる。
いけない――! 俺は反射的に目を閉じ、彼女の催眠術を防ごうとするが、
――かりっ。
「くぁぁぁぁぁぁっ!?」
いきなり襲いかかった強すぎる刺激に、思わず目を見開いた。
「どうしました? ここ、乳首ですよ? 男の子の、ち・く・び・・・・・・。んふふ・・・・・・♪ 爪で引っかかれただけでそんな反応しちゃって。もう立派な性感帯ですね・・・・・・、ほら、もっとあげます。ほら、ほら、ほら♪」
「うぁぁはあっひゃぁああああぁッ!? やめ、やぇやへやぇえへぇぇぇッ!」
懇願の視線が無意識に、土留木へと向けられる。
そしてそれが、はっきりと交差する――毒々しく朱く染まる、土留木のたったひとつの眼球に。
「あ――――」
『命令です。もしセンパイが私に・・・・・・、もし膣内出ししちゃったらぁ・・・・・・・・・・・・――――になります』
ずくり――と俺の『芯』になにかが刺さった感覚がした。俺の中の決定的ななにかが書き換えられる――恐怖と、戦慄と、そして――期待。
ふるふると声も出せず首を振る。せめて否定しなければ――と、心が悲鳴をあげている。だがそれはむしろ、獰猛な獣に餌を与えたに過ぎない。
土留木が、牙を剥き出しにして嗤って近づいてくる。
「いや、だ・・・・・・、許し、や、め・・・・・・ッ、ぅっぁぁぁぁああああッ!?」
「く、は・・・・・・ッ♪ すご、これ・・・・・・っ、まだ挿入れただけなのに感じすぎ・・・・・・ッ。センパイ専用のわたひのおまんこの中で・・・・・・、センパイのぶっといのが暴れてるぅ・・・・・・♪ きもちいい、きもちいい・・・・・・って、おちんぽが泣いて悦んじゃってますねぇ?」
みちみちみち――と一度食らいついたら死んでも離さないと言わんばかりの締めつけに、ご馳走を貪るように涎を垂らしながら絶えず粘着質に絡みつく膣肉。土留木という女そのものを象徴するかのような女性器に飲みこまれて、俺の中で理性が皮剥き器かなにかで一枚ずつ摺り下ろされていくかのように錯覚した。
しかしこれは――序章に過ぎない。悶絶している俺を尻目に、舌舐めずりしながら魔物が抽送を開始した。
「んふふ・・・・・・♪ こうしてゆぅぅっくり動くとぉ・・・・・・」
「んくぁぁぁあああああッ!?」
出す度に無数のつぶつぶが名残を惜しむように俺のペニスに抱きついてくる。
「――ひだひだの一本一本を感じ取れて、たまんないんですよねえ♪」
「あ・・・・・・ッ、ぃ、きひいいぃぃぃッ!」
反対に入れるときは待ち侘びた乙女のように苛烈な愛撫が襲いかかる。
「逆に速く動くとどうなるのかなっ、ふっ、んっ、んっんっんっんっ――」
「ま・・・・・・ッ、ぐ、かぁぁぁぁああああ・・・・・・?!」
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん――と土留木の尻たぶが叩かれる音がリズミカルに響く。打ちこんでいるのは俺なのに、巨大な釘が少しずつ少しずつ脳髄に沈みこむような衝撃だった。
「あが、ゆ、ふひ、あ、ひゃ、く・・・・・・、ごぇ、ごべん、む、ぃ、むり・・・・・・、ゆくひひぇ・・・・・・ッ!」
「うふふふっ♪ センパイったら何言ってるか・・・・・・、ぜぇんぜんわかんない。いいですよぉ・・・・・・、もっともっと、脳みそ蕩けてよがっちゃってください♪」
かろうじて意味のない懇願や謝罪を口にしようとするが、喉元を過ぎる前にもっと意味のない喘ぎ声に変換させられた。
臓器という臓器が液状化している気がした。脳が煮立って耳から湯気が出ているのじゃあないか。血液は一秒に三回くらい全身を循環しているに違いない。
吐き気を催す気持ち良さだった。
「もう・・・・・・、もう、やだぁぁぁッ! とへて、止まってくへ、おねがい、だ、どぉぇきィィィッ!!」
「・・・・・・? ・・・・・・ふくく、止める? 止めるですって? ええ、いいですよセンパイ。お安いご用です。そんなお願い、いくらでも聞いてあげますよ? だって――センパイ、本当に気付いてないんですか?」
土留木の単眼が愉悦に歪んだ。
「私はとっくに――腰を動かすのやめてますよ?」
「え・・・・・・・・・・・・っ?」
言われて初めて、土留木の下半身が静かになっているのを把握した。さっきまでの激しい貪欲さが、すっかりなりを潜めている。
だけど――だけど、快感は止まらない。抽送は続いている。土留木は動いてないのに。それは・・・・・・、それは――――
「さっきから勝手に、センパイが私の膣内でチンポ前後させてるだけです♪」
「あ・・・・・・、あ・・・・・・!」
俺は目の前が真っ暗になった。
腹に息をこめて停止しようとするが、そもそも力むことが出来なかった。脳からの命令を受け付けず、俺の下半身は別の生き物のように蠢き続ける。
するり――と四肢を硬く縛りつけていた触手の戒めが緩んだ。
「センパイはこれで自由です。これで――どこへなりとも逃げられますね?」
逃げる・・・・・・? そうだ、脱出だ。
この膣内から、この部屋から、この女から――離れて、助けを求めて、解放されるんだ。今なら出来る。今ならそれが・・・・・・、それが――
「あ、あ・・・・・・? なんで・・・・・・?」
意志とは裏腹に俺の手足は四本とも、がっしりと土留木に抱きついて彼女の身体を引き寄せた。その頑なさは、さっきまでの彼女の触手に勝るとも劣らない強度。
まるで今までがお預けを食らっていた犬だったとでも言うかのように。
「センパイ、あったかいです・・・・・・♪」
土留木が俺の胸に顔をうずめて囁く。きゅん――と俺の中でなにかが収縮する。
・・・・・・違う! これは暗示だ、暗示なんだ!
「あは・・・・・・、こうして近づくとセンパイの汗のにおい、いっぱいします・・・・・・。すん、すん・・・・・・、いい匂い・・・・・・♪」
「あ、か・・・・・・、どどめ、き・・・・・・、俺、もう・・・・・・ッ!」
俺の裡で波濤が荒れ狂っている。理性という名の堤防は決壊して、増水した欲望を止めるものは何処にもいない。あとはもう――暴発するのを待つしかない。
せめてもと俺は歯を食いしばり、目を思い切りつむって僅かでも耐えようと――
「駄目――――」
だがそれすら、土留木は許さない。俺の両頬をつかむと、まっすぐに彼女へと面と向かわせる。彼女の――朱い瞳へと――向かわせる――――
「目を逸らしちゃ駄目です、センパイ。センパイが誰にイかされるのか・・・・・・、センパイが誰のものなのか・・・・・・、しっかりその目に、心に、魂に――刻みこんで、絶頂してください」
「あ、あ、あ・・・・・・・・・・・・!」
逸らせない。逃げられない。吸いこまれる。飲みこまれる。釘付けになる。病みつきになる。俺は土留木に――、土留木の――、虜になる。
「センパイがイくときの顔、私にしっかりと見せてください♥」
「ぅぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!」
恍惚に揺れる一つ目に抱かれながら――かつて味わったことのない幸せを噛みしめながら、俺は白濁を吐き出し続けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「――――・・・・・・・・・・・・ゥ、ん・・・・・・、はッ!?」
いったいいつの間に眠っていたのか、意識を覚醒した俺は慌ててベッドから跳ね起きた。
うん、ベッド・・・・・・? ここは――
「俺の、家・・・・・・? あれ、俺、いつの間に・・・・・・」
確か今日は、いつも通り放課後に部活に行って、それから・・・・・・、それから――
「ぅ、あ・・・・・・ッ?」
おかしい、思い出せない! 部室についてから帰宅するまでの記憶が、すっぽり抜け落ちている。
手をつくとシーツが寝汗でぐっしょりだった。なにかとても、悪い夢を見ていた気がする。いや――本当に悪い夢か? わからない。覚えていない。それはとても怖くて、非現実的で、だけど、とても――――
「落ち着いてください、センパイ」
ほとんど錯乱で頭を掻き毟らんばかりの俺の手に、ふいに優しい声が重ねられる。
見ればベッドの脇に女の子が一人ちんまりと座っていた。長い黒髪が至るところぼさぼさで、特に前髪は目の部分をすっぽり隠してしまっているほど酷い。いつ見ても、目が悪くならないのか心配になる。
俺の後輩にして文芸部の唯一の部員、土留木見晴だった。
「あれ、どうして土留木が俺のウチに・・・・・・?」
「もう、センパイったら・・・・・・、びっくりしましたよ。お家まで運ぶの、苦労しましたよ・・・・・・」
いつも通り土留木はびくびくおどおどしていて、なにかに怯えるようにもじもじしながら喋った。
だが話を聞くとどうやら部活動中に俺がいきなり気絶したらしい。それはそれは、さぞ土留木に要らぬ迷惑と心労をかけただろう。
「そうか、それはすまなかったな・・・・・・。全然覚えてなくて、なんかごめんな」
「いえ、気にしないでください。でも無事に意識が戻ってほっとしました・・・・・・。本当に、よかった・・・・・・」
土留木が安堵のため息をついて、微笑を浮かべた。
そしてそれを見た瞬間――俺の中で『なにか』が疼いた。
(・・・・・・・・・・・・ッ!?)
「センパイ、どうかしました?」
「いっ、いや! べ、別に?」
なんだこの感覚は? 心臓と肺の奥が、きゅっと締めつけられるような――息苦しい、それでいて甘酸っぱい・・・・・・?
もしかして、恋だというのだろうか。
いやそれは――だって、それはおかしい。理屈に合わない。俺と土留木の接点なんて、部活くらいのものだ。その部活にしたって、俺には土留木と会話を交わした記憶なんて・・・・・・、記憶、が――
「それじゃあ、私はそろそろ帰りますね」
またも袋小路に陥りかけていた俺を脇目に、土留木がゆったりと席を辞した。
「お? お、おお・・・・・・、そうだな、もう遅いしな。ホントにありがとうな。それじゃ、また、明日・・・・・・」
「ええ、センパイ。また――明日。ふふふふ・・・・・・」
「・・・・・・?」
どこか含みのある笑みを残して、土留木が帰っていった。
ベッドから立つとやけに身体が軽かった。先日までのだるさが嘘のようだ。ひょっとして土留木が看病してくれたからだろうか――なんて、益体もないことを考えてしまう。
しかし、ふと――とある疑問が浮かんだ。
「それにしても――あいつの細腕だけで、どうやって俺の家まで運んだんだろう・・・・・・?」
記憶の齟齬に関する混乱は、いつの間にやら気にもかけなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「ねえ××君、あたしたちこれからカラオケに行くんだけど、××君も来ない?」
放課後、俺が一分一秒も惜しんで教科書をカバンにしまいこんでいたときだ。須々木さんが数人の友達を連れたってやってきた。
「悪いけど・・・・・・、文芸部があるから」
「えー、いいじゃん。運動部と違って腕が鈍るわけでもなし。たまにはサボっちゃおうよ〜」
誤解を恐れずに言えば、須々木さんは良いひとだ。
悪気なんてこれっぽっちも無いのはわかってるし、俺なんかを誘ってくれるのは素直に嬉しい。だけど、
「だけど――俺はきみと遊ぶわけにはいかないよ」
太陽が西に沈むことのように、当たり前のことだと思った。けど須々木さんはそうでもないらしく、怪訝な表情で首をかしげた。
だから俺ははっきりと『理由』を伝えてやった。
「だって・・・・・・、君には目がふたつもついているじゃあないか」
それは生まれつきで仕方のないことだから決してあなたの落ち度じゃないんだよ――そういうつもりの発言だったのだが・・・・・・、当の須々木さんはぎょっとして、腫れ物でも扱うかのようにそそくさと去っていった。
少し傷ついた。もしかしたら、ちょっと失礼な人なのかもしれない。
まるで俺が――頭のおかしい人みたいじゃないか。
「ま、いいや。それよりも・・・・・・部活部活」
気を取り直して、軽い足取りで部室棟へ向かう。楽しみすぎてスキップでも刻みたいくらいだ。
はて、そんなにやりがいのある活動だっただろうか? 座って本を読むだけなのに、いつからこんなに精を出すようになったのだろう。
「あ・・・・・・、センパイ。今からですか?」
疑念を抱いていたところに、ばったり土留木とかち合った。
「もしよかったら一緒に行きませんか?」
目的地はすぐそこだ。断る理由はない。
なんだか知らないが最近楽しみなんだという旨を、隣に並んで歩く土留木に語りながら階段をのぼった。
「ええ、私も毎日楽しみです。特に・・・・・・」
くすり――と含み笑いをした土留木の言葉は、最後まで俺の耳に届かなかった。
――部室に入った瞬間が、いちばんの楽しみです――
きりーつ、れー、ちゃくせーき。
本鈴が鳴り、終礼も済んだ。学生ならば誰もが待ち侘びる、煩わしい授業から解放される自由の時間。
ある者はカラオケやショッピングに繰り出し青春を謳歌し、ある者は勉強の本番はこれからだとばかり続けて塾に向かう。だが過半数の人間はやっぱり部活だろう。俺もご多分に漏れず自らが所属する文芸部を目指し、部活棟の廊下を歩いていた。
「なんだか最近、身体が重いな・・・・・・」
充分な睡眠はとっているはずなのに、肩に鉛がのしかかっているみたいだ。正直放課後までは、今日は休んで帰ろうと思っていた。なのにいつの間にか、自分でも知らぬ間に俺は早足で部室へ向かっていた。
ざわざわと胸騒ぎがした。動悸のような・・・・・・いや、違う、これは、例えるなら、高鳴りのような――?
気付いたときには目の前に部室のドアがあった。俺は引き戸に手をかけて、いつも通り・・・・・・――?
「なんだ、これ・・・・・・?」
自分でもはっきりわかるくらい、俺の指が震えていた。恐怖する小動物のように。まるで扉を開けることを、肉体が拒否しているように。
「馬鹿馬鹿しい」
さっきから動悸だの指の震えだのと。この歳で更年期障害など、笑い話にもならない。俺は一蹴すると、ことさら元気を込めて部室のドアを開いた。
「あ、センパイ。こんにちは・・・・・・」
「ああ、土留木・・・・・・。先に来てたのか」
部屋の中では俺の後輩――つまり俺以外の唯一の文芸部員が椅子にちんまりと座って文庫本を読んでいた。普段と同じように後輩の挨拶は消え入りそうな小ささで、俺に振る手も向ける笑顔もぎくしゃくとしていて控えめだった。
彼女は土留木見晴(どどめき・みはる)という。
一年生で、いつもびくびくおどおどしていてたぶん友達はいない。典型的な自分のお洒落に頓着しないタイプだ。特にぼっさぼさのクセっ毛は前にも後ろにも伸び放題で、両目に至ってはほとんど覆い隠されている。目が悪くならないのか気が気でない。
「センパイ、どうしたんですか? そんなところに突っ立って・・・・・・」
「あ・・・・・・? あ、ああ、すまなかった。いま入るよ・・・・・・――?」
――と、敷居をまたごうとした俺の脚から急激に力が抜け落ちた。膝裏を押されたようにたまらず姿勢を崩し、踏みとどまった。それと同時に頭の奥から、じわじわと疼痛のようなものが滲んできた。
「う、ぅ・・・・・・?」
明らかに異常だと、さすがに自分でもわかった。原因はわからない。心当たりなど全くない。だが間違いなかった。
部室に近づくたびに、俺の身体が悲鳴をあげている。
「センパイ・・・・・・」
マズイ、急に立ち眩んだ俺を見て心配したのか、土留木が椅子から離れて俺へと歩み寄ってくる。
(え・・・・・・、マズイ・・・・・・? 何がだ・・・・・・?)
自分で自分の思考に混乱する。わけがわからないが、とにかく体調が悪いのは確かだ。
俺はどうにか立ち上がると、やんわりと土留木に辞去の意を告げる。
「ごめん、土留木。来て早々だが、俺は早退――」
「センパイ、すきま風が寒いんで、早く入って閉めてください」
「――ああ、わかった」
自分でも驚くほど淀みない動きで、俺は自然な流れで室内に歩み入るとぴしゃりと扉を閉めた。まるでそうするのが、当然の義務のように。
(・・・・・・!? ・・・・・・・・・・・・ッ!?)
当惑する俺の意思を置き去りに、俺の指が勝手に動いた。まるで何度もこなした作業のように、俺の手が内側からの施錠を完遂した。
そしてその瞬間、俺はすべてを――思い出した。
「あ・・・・・・、あ――――」
この部屋で行われた、すべての出来事。
馬鹿な。どうして今まで忘れていたのだろうか。あれほど肝に銘じたのに。二度と近寄らないと誓ったのに。まるで捕食者の口へ飛びこむ間抜けな蝿じゃあないか。のこのこと俺はここへまた来てしまった。
「くすくす・・・・・・、暗示はしっかり効いてるようですね。そう・・・・・・、この場所で起こったことは・・・・・・、なにひとつ、ここを一歩でも出てしまえば・・・・・・、センパイは――」
油の切れたブリキ人形のように、俺は振り返る。
笑みをこぼして立ち尽くす『それ』は確かに俺の知る土留木だった。だが、俺の知っている後輩では――断じてなかった。
土留木が鬱陶しそうに前髪をかきあげた。そこには人間ではありえない異常に鋭い犬歯に、食虫花のように粘っこく歪んだくちびる、そして、
「――思い出すことは、絶対にない」
嗜虐的な光をたたえた巨大な一つ目が、嬉しそうに俺を見据えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「××君ってさ、文芸部なんだよね?」
昼休みにパンをかじっていると、ふいに前の席の女生徒から声をかけられた。
クラスメイトの須々木(すすき)さんだ。いつも誰にでも明るくて、周囲を賑やかにしてくれるタイプの、ひとことで言えば学年のアイドルだ。その須々木さんが、あろうことか俺の机にひじをついてにこやかに語りかけてきてくれた。
ち、近い・・・・・・。俺の鼻先と、20pも離れていない。
「ねえ、何か面白い本とか紹介してくんない? 文芸部なら色々読んでるんでしょう?」
耳にかかった茶髪をかき上げると、ふわりとフローラルな香りが俺の鼻腔をくすぐった。グロスが塗られた唇が綺麗に微笑むのを間近で見てしまって、何とはなしに俺はどぎまぎした。
更には何と言っても困ったのは胸元だった。距離が近すぎて着崩した須々木さんの制服のせいで、膨らみの谷間が見えるか見えないかのヒジョ〜にギリギリの線を行ったり来たりしている。
刺激が強すぎる。俺の目線はダメだダメだと自省しながらも、どうしてもそのシュレディンガーの稜線に釘付けになってしまう。だがそれを――いったい誰が責められようか。
「ちょっと聞いてる? あたしってふだん本とか全然読まないからサ、さらーっと気楽に読める、なんかお勧めとかないかなあ」
「う、うーん・・・・・・、そうだね、俺が最近読んだのだと・・・・・・、だと・・・・・・・・・・・・――――?」
・・・・・・・・・・・・あれ?
そこに至ってようやく俺は、とてつもない違和感に気がついた。部室にはそれこそ山のような蔵書がある。なのに俺は――この数週間、それらをひとつとして手に取った覚えがない。
「あれ? あれ? あれ・・・・・・!?」
俺は頭を抱えてかきむしった。背すじを嫌な汗が伝う。何故言われるまで気付かなかった? 妙だとも思わなかった?
どうして? どうして――?
毎日通っている部室の、その中で何が行われているか――俺は完全に思い出せなかった。
「××君、なんか苦しそうだけど・・・・・・。どうしたの、大丈夫・・・・・・?」
須々木さんが変なものでも見るような目を俺に向けてきたが、それどころではなかった。
俺はこの謎を解き明かすべく確固とした気持ちで、授業が済んだらいの一番に部室に急ごうと決意するのであった――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
放課後。
「ウあああぁっっぁぁああぁァアアアアアあっぁっっっっぁああぁああぁ!??」
「じゅちゅっ、くちゅ、む、んぷ、あん、むぁ、くちゅぷ、ぬ、んく・・・・・・、んふふ♪ センパイったら、上からも下からも・・・・・・、ヨダレ垂らして気持ち良さそう♪」
どうして俺はここに来てしまったんだ!
あれほど二度と関わっちゃいけないと、何度も心に誓ったのに!
「ど、どぇ、き・・・・・・、も、もうむひ・・・・・・、もう解放し、て・・・・・・ッ、ぅぁぁああッ!」
「ん〜、ここですふぁ? んふふ、わはってまふよぉ・・・・・・、ここをれろぉぉぉっへさへるのぉ、センパイたまんないんでふよねぇ・・・・・・♪」
土留木が俺の男根に舌を這わすたび、俺の喉からは面白いように嬌声が奏でられた。まるで俺の身体が土留木専用のフルートかなにかになったみたいだった。
何十回目かのフェラチオで、土留木は俺よりも俺のペニスについて知り尽くしていた。もはやどういう強度、どういう速度、どういう順序で責め立てれば、俺がどういう反応で悶えるか――まるで手慣れた手際で獲物を追い立てる熟練の猟師のように、全部わかっているのだ。
「ほして最後にぃ、こほしてカリをクルクル〜って舌でなぞってあへればぁ・・・・・・、ほら、もう我慢でひない♪」
「い・・・・・・ッ、ぐぅぅぅぅううううッ?!」
為す術もなく、一秒の抵抗もできず俺は土留木の口の中に吐精した。
「んむぅぅぅッ♪ んぐ、ごく、ず、ちゅむ、ずずずぞぞぞぞぞッ!」
だがそれで終わりではない。射精が始まるといつだって土留木は、まるで俺の体液を一滴残らず絞り出さんと吸引の勢いを増す。強力すぎるバキュームに俺は歯の根を合わすことさえできず、みっともなく舌を出して喘ぐことしかできない。
「ぷ・・・・・・、はぁッ♪ ごちそうさま、です・・・・・・、センパイ。ああ・・・・・・、センパイのザーメン・・・・・・、何度飲んでも美味しすぎ・・・・・・♪」
恍惚で上気した表情で、土留木が俺のペニスからようやく口を離した。それはどんな最高級のフルコースにも勝る贅を凝らしたご馳走――不気味なほど大きい土留木の単眼が、言外にそう語っていた。
「こ、の・・・・・・ッ、化け物め・・・・・・!」
倦怠感で力が入らない心を奮わせて、俺は精一杯の強がりを吠えた。もし叶うならばこの場で暴れ出したかったが、それはできない。何故なら――
「化け物とは、随分な言い草ですね」
「ふん、化け物でなくて何だ。人の記憶を簡単に弄るし、その気味の悪い一つ目もそうだ。そして何より――う、うわわっ」
俺の身体が空中に浮き上がった。いや、正確には――俺の四肢に絡まった、十本の触手で持ち上げられたのだ。
触手をまるで手足のように操りながら、土留木が獣のように獰猛な笑みをたたえる。
「センパイったら、この期に及んでぜぇんぜん自分の立場ってもんをわかってないんですねぇ。うふふ、いいですよぉ・・・・・・。その物分かりの悪いところ、大好きです・・・・・・♪」
晒し者のように全裸の格好で宙空で磔にされて、羞恥で頬が染まる。
だが俺はこんな輩に屈しない。屈してたまるか――!
「確かに私は、化け物かもしれませんねぇ。けど知ってます? ゲイザーって凄い魔物だから、記憶を弄る以外にも色々できるんですよ。そのひとつに、この触手が記録した映像を――」
触手の内の一本がぬらりと俺の眼前に躍り出た。先端に付属した瞳のような器官が、俺を眺めて目を細める。まるで――嘲笑っているようだった。
「その映像を――その辺の人間の網膜に強制的に流しこむこともできます」
「や、やめろ・・・・・・!」
突如訪れた社会的生命の危機に、思わず頭に血がのぼる。
「誰に見せましょうか。そう例えば――あのススキとかいう名前の女とか?」
昇っていた血が、さぁっと退いていく音が聞こえた。
「きっと幻滅するでしょうねぇ。立派な男が後輩に捕まって、フェラでみっともないアヘ顔晒しちゃって♪ 無理矢理見せられてキモいキモいって拒否されても、センパイは平気な顔してられますかねぇ?」
「な、んで・・・・・・、お前が須々木さんのこと・・・・・・?」
青ざめてからからになった声で、土留木に問う。すると土留木は哄笑を止めて――さっきまでが嘘のように、一切の感情が顔面から失せた。
「知っているに決まってるじゃないですか。センパイのことならなんでも知ってます。朝起きたら第一に歯を磨くことも、靴は必ず左から履くことも、シャーペンは細い方が好きなことも、火曜日の五時間目の生物は絶対居眠りすることも、お風呂はかけ湯を三回しないと気がすまないことも、寝る前はオナニーする習慣のことも、全部全部ゼンブゼンブ知っています。――もっとも、最後は最近出来ないでしょう?」
「あ、あ・・・・・・!」
寒気を感じる――なんてもんじゃない。拘束されているのも忘れて手足はぶるぶると震え、歯の根ががちがちと鳴った。
「あの人間の女に言い寄られて・・・・・・、えらく楽しそうでしたねぇ? 私が毎日こぉんなに愛し抜いてあげてるのに。イケない人・・・・・・――あら?」
なにかを察した土留木の視線が、ますます嗜虐的な色を増す。
「センパイったら、なぁんでチンポおっ立ててるんですかぁ? 自覚あります? センパイはいま、彼女に浮気を責められてるんですよ。それとももしかして・・・・・・公開レイプされるの想像して、興奮しちゃったんですか? うわぁ、センパイったら変態♪」
「だ・・・・・・ッ、誰が――」
さすがに腹に据えかねた。無様な格好で吊し上げられつつも、それでも俺は精神だけは毅然と目の前の怪物に立ち向かう。
「誰が、興奮なんか・・・・・・ッ! ど、どうせ――そうだ、どうせこれもお前の仕業なんだろ。お前が勃起しろって、催眠をかけたんだ!」
そうだ、そうに違いない。だから――俺は悪くない!
「本当に? 本当に――そう思いますか? ふふっ、ざ〜んねん、私がかけた暗示は、部屋を出たら記憶を失う・・・・・・それだけですよぉ。それ以外は全部、隠しきれないセンパイの性癖・・・・・・、センパイの・・・・・・、真実・・・・・・」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 信じない、信じないぞ!
俺は耳こそ塞げないが、土留木の言葉から心を閉ざした。けれどコップの上に蓋として紙を置いても注ぎこむ水は遮れないのと同じように、土留木の『毒』はするすると俺の鼓膜に滑りこむ。
「まあ・・・・・・、センパイが疑うかどうかは、どうでもいいです。すべてはセンパイのこの身体が・・・・・・ぺろっ、うふふ、訊くまでもなく知ってますからね。それより――そんなに言うなら、折角だからもう一つ暗示を追加しましょうか」
そう言って土留木が俺に単眼を向けてくる。
いけない――! 俺は反射的に目を閉じ、彼女の催眠術を防ごうとするが、
――かりっ。
「くぁぁぁぁぁぁっ!?」
いきなり襲いかかった強すぎる刺激に、思わず目を見開いた。
「どうしました? ここ、乳首ですよ? 男の子の、ち・く・び・・・・・・。んふふ・・・・・・♪ 爪で引っかかれただけでそんな反応しちゃって。もう立派な性感帯ですね・・・・・・、ほら、もっとあげます。ほら、ほら、ほら♪」
「うぁぁはあっひゃぁああああぁッ!? やめ、やぇやへやぇえへぇぇぇッ!」
懇願の視線が無意識に、土留木へと向けられる。
そしてそれが、はっきりと交差する――毒々しく朱く染まる、土留木のたったひとつの眼球に。
「あ――――」
『命令です。もしセンパイが私に・・・・・・、もし膣内出ししちゃったらぁ・・・・・・・・・・・・――――になります』
ずくり――と俺の『芯』になにかが刺さった感覚がした。俺の中の決定的ななにかが書き換えられる――恐怖と、戦慄と、そして――期待。
ふるふると声も出せず首を振る。せめて否定しなければ――と、心が悲鳴をあげている。だがそれはむしろ、獰猛な獣に餌を与えたに過ぎない。
土留木が、牙を剥き出しにして嗤って近づいてくる。
「いや、だ・・・・・・、許し、や、め・・・・・・ッ、ぅっぁぁぁぁああああッ!?」
「く、は・・・・・・ッ♪ すご、これ・・・・・・っ、まだ挿入れただけなのに感じすぎ・・・・・・ッ。センパイ専用のわたひのおまんこの中で・・・・・・、センパイのぶっといのが暴れてるぅ・・・・・・♪ きもちいい、きもちいい・・・・・・って、おちんぽが泣いて悦んじゃってますねぇ?」
みちみちみち――と一度食らいついたら死んでも離さないと言わんばかりの締めつけに、ご馳走を貪るように涎を垂らしながら絶えず粘着質に絡みつく膣肉。土留木という女そのものを象徴するかのような女性器に飲みこまれて、俺の中で理性が皮剥き器かなにかで一枚ずつ摺り下ろされていくかのように錯覚した。
しかしこれは――序章に過ぎない。悶絶している俺を尻目に、舌舐めずりしながら魔物が抽送を開始した。
「んふふ・・・・・・♪ こうしてゆぅぅっくり動くとぉ・・・・・・」
「んくぁぁぁあああああッ!?」
出す度に無数のつぶつぶが名残を惜しむように俺のペニスに抱きついてくる。
「――ひだひだの一本一本を感じ取れて、たまんないんですよねえ♪」
「あ・・・・・・ッ、ぃ、きひいいぃぃぃッ!」
反対に入れるときは待ち侘びた乙女のように苛烈な愛撫が襲いかかる。
「逆に速く動くとどうなるのかなっ、ふっ、んっ、んっんっんっんっ――」
「ま・・・・・・ッ、ぐ、かぁぁぁぁああああ・・・・・・?!」
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん――と土留木の尻たぶが叩かれる音がリズミカルに響く。打ちこんでいるのは俺なのに、巨大な釘が少しずつ少しずつ脳髄に沈みこむような衝撃だった。
「あが、ゆ、ふひ、あ、ひゃ、く・・・・・・、ごぇ、ごべん、む、ぃ、むり・・・・・・、ゆくひひぇ・・・・・・ッ!」
「うふふふっ♪ センパイったら何言ってるか・・・・・・、ぜぇんぜんわかんない。いいですよぉ・・・・・・、もっともっと、脳みそ蕩けてよがっちゃってください♪」
かろうじて意味のない懇願や謝罪を口にしようとするが、喉元を過ぎる前にもっと意味のない喘ぎ声に変換させられた。
臓器という臓器が液状化している気がした。脳が煮立って耳から湯気が出ているのじゃあないか。血液は一秒に三回くらい全身を循環しているに違いない。
吐き気を催す気持ち良さだった。
「もう・・・・・・、もう、やだぁぁぁッ! とへて、止まってくへ、おねがい、だ、どぉぇきィィィッ!!」
「・・・・・・? ・・・・・・ふくく、止める? 止めるですって? ええ、いいですよセンパイ。お安いご用です。そんなお願い、いくらでも聞いてあげますよ? だって――センパイ、本当に気付いてないんですか?」
土留木の単眼が愉悦に歪んだ。
「私はとっくに――腰を動かすのやめてますよ?」
「え・・・・・・・・・・・・っ?」
言われて初めて、土留木の下半身が静かになっているのを把握した。さっきまでの激しい貪欲さが、すっかりなりを潜めている。
だけど――だけど、快感は止まらない。抽送は続いている。土留木は動いてないのに。それは・・・・・・、それは――――
「さっきから勝手に、センパイが私の膣内でチンポ前後させてるだけです♪」
「あ・・・・・・、あ・・・・・・!」
俺は目の前が真っ暗になった。
腹に息をこめて停止しようとするが、そもそも力むことが出来なかった。脳からの命令を受け付けず、俺の下半身は別の生き物のように蠢き続ける。
するり――と四肢を硬く縛りつけていた触手の戒めが緩んだ。
「センパイはこれで自由です。これで――どこへなりとも逃げられますね?」
逃げる・・・・・・? そうだ、脱出だ。
この膣内から、この部屋から、この女から――離れて、助けを求めて、解放されるんだ。今なら出来る。今ならそれが・・・・・・、それが――
「あ、あ・・・・・・? なんで・・・・・・?」
意志とは裏腹に俺の手足は四本とも、がっしりと土留木に抱きついて彼女の身体を引き寄せた。その頑なさは、さっきまでの彼女の触手に勝るとも劣らない強度。
まるで今までがお預けを食らっていた犬だったとでも言うかのように。
「センパイ、あったかいです・・・・・・♪」
土留木が俺の胸に顔をうずめて囁く。きゅん――と俺の中でなにかが収縮する。
・・・・・・違う! これは暗示だ、暗示なんだ!
「あは・・・・・・、こうして近づくとセンパイの汗のにおい、いっぱいします・・・・・・。すん、すん・・・・・・、いい匂い・・・・・・♪」
「あ、か・・・・・・、どどめ、き・・・・・・、俺、もう・・・・・・ッ!」
俺の裡で波濤が荒れ狂っている。理性という名の堤防は決壊して、増水した欲望を止めるものは何処にもいない。あとはもう――暴発するのを待つしかない。
せめてもと俺は歯を食いしばり、目を思い切りつむって僅かでも耐えようと――
「駄目――――」
だがそれすら、土留木は許さない。俺の両頬をつかむと、まっすぐに彼女へと面と向かわせる。彼女の――朱い瞳へと――向かわせる――――
「目を逸らしちゃ駄目です、センパイ。センパイが誰にイかされるのか・・・・・・、センパイが誰のものなのか・・・・・・、しっかりその目に、心に、魂に――刻みこんで、絶頂してください」
「あ、あ、あ・・・・・・・・・・・・!」
逸らせない。逃げられない。吸いこまれる。飲みこまれる。釘付けになる。病みつきになる。俺は土留木に――、土留木の――、虜になる。
「センパイがイくときの顔、私にしっかりと見せてください♥」
「ぅぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!」
恍惚に揺れる一つ目に抱かれながら――かつて味わったことのない幸せを噛みしめながら、俺は白濁を吐き出し続けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「――――・・・・・・・・・・・・ゥ、ん・・・・・・、はッ!?」
いったいいつの間に眠っていたのか、意識を覚醒した俺は慌ててベッドから跳ね起きた。
うん、ベッド・・・・・・? ここは――
「俺の、家・・・・・・? あれ、俺、いつの間に・・・・・・」
確か今日は、いつも通り放課後に部活に行って、それから・・・・・・、それから――
「ぅ、あ・・・・・・ッ?」
おかしい、思い出せない! 部室についてから帰宅するまでの記憶が、すっぽり抜け落ちている。
手をつくとシーツが寝汗でぐっしょりだった。なにかとても、悪い夢を見ていた気がする。いや――本当に悪い夢か? わからない。覚えていない。それはとても怖くて、非現実的で、だけど、とても――――
「落ち着いてください、センパイ」
ほとんど錯乱で頭を掻き毟らんばかりの俺の手に、ふいに優しい声が重ねられる。
見ればベッドの脇に女の子が一人ちんまりと座っていた。長い黒髪が至るところぼさぼさで、特に前髪は目の部分をすっぽり隠してしまっているほど酷い。いつ見ても、目が悪くならないのか心配になる。
俺の後輩にして文芸部の唯一の部員、土留木見晴だった。
「あれ、どうして土留木が俺のウチに・・・・・・?」
「もう、センパイったら・・・・・・、びっくりしましたよ。お家まで運ぶの、苦労しましたよ・・・・・・」
いつも通り土留木はびくびくおどおどしていて、なにかに怯えるようにもじもじしながら喋った。
だが話を聞くとどうやら部活動中に俺がいきなり気絶したらしい。それはそれは、さぞ土留木に要らぬ迷惑と心労をかけただろう。
「そうか、それはすまなかったな・・・・・・。全然覚えてなくて、なんかごめんな」
「いえ、気にしないでください。でも無事に意識が戻ってほっとしました・・・・・・。本当に、よかった・・・・・・」
土留木が安堵のため息をついて、微笑を浮かべた。
そしてそれを見た瞬間――俺の中で『なにか』が疼いた。
(・・・・・・・・・・・・ッ!?)
「センパイ、どうかしました?」
「いっ、いや! べ、別に?」
なんだこの感覚は? 心臓と肺の奥が、きゅっと締めつけられるような――息苦しい、それでいて甘酸っぱい・・・・・・?
もしかして、恋だというのだろうか。
いやそれは――だって、それはおかしい。理屈に合わない。俺と土留木の接点なんて、部活くらいのものだ。その部活にしたって、俺には土留木と会話を交わした記憶なんて・・・・・・、記憶、が――
「それじゃあ、私はそろそろ帰りますね」
またも袋小路に陥りかけていた俺を脇目に、土留木がゆったりと席を辞した。
「お? お、おお・・・・・・、そうだな、もう遅いしな。ホントにありがとうな。それじゃ、また、明日・・・・・・」
「ええ、センパイ。また――明日。ふふふふ・・・・・・」
「・・・・・・?」
どこか含みのある笑みを残して、土留木が帰っていった。
ベッドから立つとやけに身体が軽かった。先日までのだるさが嘘のようだ。ひょっとして土留木が看病してくれたからだろうか――なんて、益体もないことを考えてしまう。
しかし、ふと――とある疑問が浮かんだ。
「それにしても――あいつの細腕だけで、どうやって俺の家まで運んだんだろう・・・・・・?」
記憶の齟齬に関する混乱は、いつの間にやら気にもかけなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「ねえ××君、あたしたちこれからカラオケに行くんだけど、××君も来ない?」
放課後、俺が一分一秒も惜しんで教科書をカバンにしまいこんでいたときだ。須々木さんが数人の友達を連れたってやってきた。
「悪いけど・・・・・・、文芸部があるから」
「えー、いいじゃん。運動部と違って腕が鈍るわけでもなし。たまにはサボっちゃおうよ〜」
誤解を恐れずに言えば、須々木さんは良いひとだ。
悪気なんてこれっぽっちも無いのはわかってるし、俺なんかを誘ってくれるのは素直に嬉しい。だけど、
「だけど――俺はきみと遊ぶわけにはいかないよ」
太陽が西に沈むことのように、当たり前のことだと思った。けど須々木さんはそうでもないらしく、怪訝な表情で首をかしげた。
だから俺ははっきりと『理由』を伝えてやった。
「だって・・・・・・、君には目がふたつもついているじゃあないか」
それは生まれつきで仕方のないことだから決してあなたの落ち度じゃないんだよ――そういうつもりの発言だったのだが・・・・・・、当の須々木さんはぎょっとして、腫れ物でも扱うかのようにそそくさと去っていった。
少し傷ついた。もしかしたら、ちょっと失礼な人なのかもしれない。
まるで俺が――頭のおかしい人みたいじゃないか。
「ま、いいや。それよりも・・・・・・部活部活」
気を取り直して、軽い足取りで部室棟へ向かう。楽しみすぎてスキップでも刻みたいくらいだ。
はて、そんなにやりがいのある活動だっただろうか? 座って本を読むだけなのに、いつからこんなに精を出すようになったのだろう。
「あ・・・・・・、センパイ。今からですか?」
疑念を抱いていたところに、ばったり土留木とかち合った。
「もしよかったら一緒に行きませんか?」
目的地はすぐそこだ。断る理由はない。
なんだか知らないが最近楽しみなんだという旨を、隣に並んで歩く土留木に語りながら階段をのぼった。
「ええ、私も毎日楽しみです。特に・・・・・・」
くすり――と含み笑いをした土留木の言葉は、最後まで俺の耳に届かなかった。
――部室に入った瞬間が、いちばんの楽しみです――
15/05/20 05:30更新 / メガカモネギ