読切小説
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俺と彼女に対する彼女の告白
 とある夕刻、とある海岸にて。
 毛皮を着たセルキーと男が、西日を背に二人で語らいあっていた。
「あのさ、英祐」「あのさ、レイシス」
 二人同時に、話し出してしまう。英祐と呼ばれた男は微笑み、レイシスと呼ばれたセルキーは少し気恥ずかしさをのぞかせる面持ちになった。
「じゃあ、アタシから……」
「……ああ。どうしたんだ、レイシス?」
 レイシスが少し俯いてから、英祐に話を切り出した。英祐は、それをただ聞こうと、体制を整えている。
「あのさ……。アタシ、できた……みたい」
 確証がないのか、レイシスの語尾が尻すぼみになる。すると、英祐の瞳に動揺の色が浮かぶ。不確定ではあるものの、彼の頭の中では、素直に祝福したい気持ちと、すぐに聞かせてもらえなかった悔しさとがせめぎ合っていた。そのためか、彼の表情は複雑な面持ちに変わった。
「本当……なのか?」
 複雑な面持ちのまま、英祐は小声で返事をする。
「あの日から、来ないんだ。ずっと、ずぅっと……。だから、できたんじゃないかって……」
 英祐は葛藤を押しこめ、ただ、黙りこくっていてレイシスの話を聴いている。
「ごめん、ずっと言い出せなくて」
 俯いたまま話しているレイシスに対して、英祐は沈黙を貫きながら唇を噛んでいる。レイシスは少し、震え始めていた。
「何故、言いだせなかったんだ?」
 英祐の小声ながらも鋭い指摘に対して、涙が出るのをこらえているレイシス。英祐はそんな彼女を、責めるでも慰めるでもなくただじっと見つめている。
 そんなレイシスが、蚊の鳴くような声で切り出した。
「ママになるのが怖い。英祐から離れるのが怖い……」
「大丈夫。俺は娘ができたくらいで、君から離れはしないさ」
「それだけじゃない。ちゃんと、育てていけるかな?」
「それなら、俺も助ける。君一人に全部押し付けはしない」
「私の事、捨てない?」
「捨てない。君も、娘も。約束しよう」
「奥さん、エリスなんだろう? 迷惑してないかな?」
「エリス? 彼女には、俺から話すよ」
「……本当に? 彼女は、アタシのこと、邪魔に思わないのかな?」
「大丈夫。彼女はマーメイドだから、きっと祝福してくれるよ」
「……!」
 レイシスは顔をリンゴのように赤らめている。
「レイシス。心配するな。俺もエリスも、迷惑になんて思わない。むしろ、歓迎するくらいさ」
「う、うぅ……。うわーん、わんわん、うわーん!」
 レイシスは英祐の胸の中で、堰を切ったように泣いたのであった。
「レイシス。今日といわず、いつでも俺の胸で泣いていい。だから、心配しないで。心配しないでいいから」
 そんなレイシスを、英祐はただ優しく抱きしめていたのだった。いつまでも、いつまでも……

 数か月後、日が傾き始めた頃。
 マーメイドのエリスと双子の娘達を連れた英祐は、レイシスと例の海岸で再び会っていた。もっとも、双子の姉を抱えているエリスは人化の術で、足を人間のそれに変えているが。
 レイシスはいつもと違い、毛皮を脱いでいる。それだけ、警戒心を解いているのだろう。
「英祐。来てくれたのか」
「ああ。今日はエリスと娘も一緒だ」
「久しぶり、レイシス」
「ああ、久しぶり」
 まずは当たり障りのないあいさつ。レイシスもエリスも、柔らかな微笑を浮かべており、和やかな雰囲気となっている。
「それで、英祐とはどういう? あら、そのお腹……」
 エリスの質問に対し、レイシスは少し答えるのをためらい英祐の方をちらと見た。しかし、彼が静かにうなずくと、彼女は自身を持って答えた。
「これから、英祐の妻になる。そして、できたんだ。もちろん、英祐の」
「まあ……うふふ」
 エリスはレイシスを嫌悪するでも英祐を責めるでもなく、普通にレイシスと会話を楽しんでいたのだった。
「おっと、そろそろ時間が来たな。またな、レイシス」
「それじゃ、またね。レイママ」
「ママ!?」
 突如、英祐に抱かれた双子の妹が、レイシスのことをママと呼んだ。最初はおっかなびっくりのレイシスだが、すぐに彼女の表情が柔らかなものへと変わった。
 しかし、別れの時間がやってきた。何ともいえない名残惜しさが、彼女の胸を去来するようになった。
「待ってくれ、英祐」
 レイシスが、英祐を引き留める。
「……ありがとう」
「いや、俺は何もしてないよ」
 礼を言うレイシスに対して、微笑を浮かべながら返す英祐。二人の雰囲気はよくなっていたが、ここで終わりが来てしまった。
「英祐、何やってるんです?」
「パパ、早く帰ろう」
「ああ、エリス。今すぐ行くよ」
 英祐は急いでエリスと娘達のもとへと向かう。海岸を後にする三人を、レイシスはただ微笑を浮かべて見送った。
 どうやら、英祐の思惑は的中したようであり、エリス達と久々に会えたこと、それにエリスも自身のことを歓迎してくれていることにレイシスも胸をなでおろしていた。

 その後、レイシスは英祐のことが恋しくなり、彼ら一家が住む住宅へと引っ越した。彼らは膨らんでいくレイシスのお腹を見て、なんとも睦まじい笑顔を浮かべていたのだった。
13/06/04 20:51更新 / 緑の

■作者メッセージ
〜ちょっとした後日談〜
「ところで英祐。あの日、話そうとしたことは?」
「ああ、あれか。あの時から、君が急にデレたからさ」
「そっか……じゃあ、聞かなくてよかったかもな」

 毎度どうも、緑の姫君です。
 今回は「みかん右大臣」様のリクエストにより、セルキーのラブコメを書いてみました。身体を重ねている+既成事実作成済みということもあり、かなりデレ風味のセルキーさんとなりましたが、いかがでしょうか?

 と、ここまでお付き合いいただいた皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。誠にありがとうございました。

6/4 大きな矛盾点を発見したので、修正しました。

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