連載小説
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第五話 襲撃者現る
 ある日の平和な昼下がり。
 イーサンは自室で休んでおり、残りの面々が孤児院の玄関ホールで遊んでいた。エリンホームでは今日もゆったりとした時間が流れる……と思いきや、その平穏を破る出来事が。
 外の方から窓を割られる音が聞こえ、直後に男のものと思われる野太い悲鳴が聞こえた。
「ひっ!? うわああん!」
 侵入に失敗したとはいえ、襲撃者の存在が五人娘を不安に陥れる。特に幼いミリアは泣き叫び、スゥも慌てふためき、浮足立っていた。ノッコとメイセは殺気立つ一方で、ナーシャが幼い二人をなだめていた。
「窓からは無理か。こうなったら正面突破だ!」
「おう!」
 窓の向こうから男達の話し声が聞こえるとともに、玄関の方から扉を破ろうとする音が響く。その音が大きくなるにつれ、浮足立つ五人娘はさらにパニックに陥ってしまう。
 そして――ひときわ大きな音が鳴り響き、防衛線である扉が破壊されてしまう。破壊された扉の向こう側から現れたのは、ナイフやらカットラスやらで武装している男達。先頭に立っているのは金髪と痩躯、そして冷徹な眼差しが特徴的な男だった。
「聞いた通りだ、魔物のガキどもがいっぱいいるな」
「ぐへへ……俺はあいつを殺すぜぇ」
 男達は品定めするように、五人娘を見る。一方、五人娘のうち、ノッコ、ナーシャ、メイセの三人は敵意丸出しで男達を見つめる。その後ろに、ミリアとスゥが震えながら隠れていた。
「予定通り、魔物は皆殺しにするぞ。人間がいた場合は……聞いてねえな」
「ひぐっ!?」
 皆殺しという言葉を聞き、ミリアとスゥの震えがさらに激しくなる。ノッコ達三人は、ただただ男達を睨みつけるしかできない。
「このウォルヴィン盗賊団にかかれば、魔物のガキを殺すなんて訳もねえ。一人残らずぶっ殺してやる! そして戦利品をたんまり、いただくぜ! このウォルヴィンについて来い!」
「おー!」
 先頭に立つ頭目ウォルヴィンが指示を出すと、盗賊達は大声を上げて五人娘に走り寄った。五人娘は逃げようと試みたが、メイセがあっさりと捕まってしまった。
「さてと、お前からだ……!」
 振りかざされた刃を見て、メイセは死の恐怖におびえて目を瞑る。そして、容赦なく彼女に刃が振り下ろされた。しかし彼女に刃は届かず、甲高い金属音が鳴り響いた。
 三秒ほど静寂が支配した後、メイセが瞳を開くと、左腕に籠手を着けた丸腰のイーサンの姿が。彼はメイセと盗賊との間に割って入り、左腕ひとつで振り下ろされた刃を受け止めていた。
「おまえ……!?」
「イーサンだー! イーサンがきてくれたー!」
 メイセが叫ぶと、ミリアとスゥは歓声を上げ、メイセ当人とノッコ、そして盗賊達は驚愕の表情を浮かべている。ナーシャは落ち着きを取り戻し、黙然と微笑を浮かべていた。
「外の方があまりにも騒がしかったからな。駆けつけてみたら、敵襲か」
「驚いたな。人間のガキがいるとは。まあいい、魔物に味方するならてめえも殺してやる。やれ!」
 ウォルヴィンが指示を出すと、盗賊達は標的をイーサンに変え、一斉にかかる。そのイーサンはというと、その状況にもうろたえることなく、左手で刃を受け止めながら、空いた右手で目の前の盗賊に強烈なアッパーカットを浴びせた。盗賊はよろけながら後方に倒れてしまう。その瞬間、盗賊達の間にどよめきが広がった。
「さっきまでの余裕はどうした? 来るなら来い!」
 にらみを利かせるイーサン。盗賊達は得物を構えるも、及び腰になっている。
「ええい、一人増えたくらいで何ビビッてんだ! さっさとやっちまえ!」
 情けない姿をさらす部下に対し、ウォルヴィンは怒り心頭で命令を出す。イーサンの後ろでは、メイセとスゥが後退し、ナーシャがミリアとノッコに何か耳打ちをしていた。
「ナーシャ! ここは俺が抑える。みんなを連れて逃げるんだ」
 五人の中で先頭に位置するナーシャに対し、イーサンは促す。ナーシャは耳打ちを中断し、イーサンの声に聞き入るも、反論しようとする。だが――
「イーサン、作戦が……」
「早く!」
 イーサンに気圧されて、五人は振り返った。スゥはミリアの脚に掴まり、メイセはナーシャの背中に載せられる。五人はそのまま、エリンホームの奥へと逃げ出した。
「逃がすな、追え!」
 盗賊達が逃げた五人を追おうとするも、狭い廊下にイーサンが立ちふさがり、先に進ませない。
「ここから先は通さない!」
「てめえに何ができる!」
 一人ずつ相手にできる状況に持ち込んだイーサンに、盗賊達は一人ずつ向かっていく。一人目の振るうナイフを後ろに下がってかわし、がら空きの顎に右手でアッパーを叩きこむ。カットラスを振りかざした二人目に対し、イーサンは距離を詰め、得物を振り下ろされる前に腹に横蹴りを浴びせて吹っ飛ばした。三人目、四人目が同時に斬りかかってくるが、これも距離を詰めて腹に横蹴りを叩きこむ。三人目の後ろにいた四人目は、そのまま後方へとふっとばされてしまった。
 四人目の陰から五人目が現れる。イーサンは左手の籠手で難なく受ける。受けたまではよかったものの、盗賊も負けじと押し返し、膠着状態となった。
 しかし、戦局は突如一変する。赤いボールが背後からイーサンの視界に現れたかと思えば、そのまま盗賊の側頭部へと命中した。
「相手は一人だと思うなよ?」
 赤いボールを投げたのは、モップを持ったノッコ。彼女はイーサンの援軍に現れた。
「その声は……ノッコ!?」
「おまえ一人だとどうしても不安だからな。わたしが来てやっただけ、ありがたく思え」
 上から目線の物言いのノッコに対し、イーサンは微笑を浮かべていた。
「……上等だ。こいつらを、追い払うぞ!」
 盗賊達はまだ多数残っているうえ、疲労の色が見え始めているが、イーサンは奮起して盗賊へと立ち向かう。ある時は、イーサンが前に出て攻撃を受け止めた隙に、ノッコが彼の身体の後ろからモップを突き出して撃退する。またある時はイーサンが後ろへ転ばせ、ノッコがモップで斬りかかって撃退した。
 イーサンとノッコは順調に盗賊を倒していくが、盗賊達は倒しても倒しても起き上がってくる。あたかもゾンビのように。
「くそ、ラチが明かないな……」
 一方のイーサン、ノッコは肩で息をしている。両軍ともに満身創痍ではあるが、盗賊達は二十人に対して、エリンホーム側は二人。疲労の度合いも比べ物にならない。再び膠着状態が続いていた。
「おい、あれを持ってこい」
 ウォルヴィンの指示で、盗賊数名が満身創痍の身体を引きずって外に出る。イーサン達は盗賊達を止めることができず、ただ残りの盗賊を牽制するしかできない。
 兵士が持ってきたのは槍だった。ウォルヴィンは槍を取り上げ、イーサンの喉元に槍を突き付ける。
「こんなに狭い廊下では槍の一突きは避けられまい! おとなしく道を開けるか、この場で死ぬか。どちらか選ぶんだな!」
 ウォルヴィンの指摘通り、絶体絶命の状況に追い込まれたイーサン。しかし、ここで思わぬ出来事が……
「いてっ!」
 球状の物体がウォルヴィンの後頭部に直撃し、イーサンの足下に転がってきた。その物体は……何の変哲もないジャガイモ。
「じゃがいも……?」
 イーサンとノッコは足下を転がるジャガイモに釘付け。盗賊はここぞとばかりに大挙してイーサンを突破しようとした。
「なめた真似しやがって! 何者だ!」
「そこまでよ」
 注意を逸らされ、当然のごとくウォルヴィンが怒り叫ぶ。それに応えるように扉の向こうから凛としたアルトが響いた。
「エリン姉!」
 その声の主こそ、イーサン達が待ち望んでいた人物、エリンであった。
「まにあった……」
 そして、か細いソプラノとともに、何かが倒れる音が聞こえた。ハーピーのミリアが、息を切らして地面に倒れていた。
「エリン姉と一緒に、どうしてミリアが?」
「ナーシャの作戦だ。ミリアに姉さんを呼びに行かせて、おまえとわたしでここを抑える。時間を稼げば、勝てるってわけだ」
「私の留守を狙うなんて、いい度胸ね?」
 イーサンがノッコに作戦のあらましを聞いているそばで、微笑を浮かべているエリンが、怒りを帯びた口調で迫る。
「てめえが孤児院の親玉か。魔物ともども殺してやるよ! 全員でかかれ!」
「うおー!」
 盗賊達は全員、標的をエリンに変えて襲い掛かった。しかし、渾身の攻撃も軽くいなされ、一人、また一人とエリンに倒されていく。
「すげぇ……」
 難なく盗賊達を全員なぎ倒したエリンの圧倒的な強さに、イーサン達は息を呑む。一方のウォルヴィンは、平静を装ってはいるものの、手は怒りと恐怖に震えていた。
「てめえ……俺の部下をやりやがったな!」
 ウォルヴィンは槍を構え直し、エリンに向き直る。一方のエリンは眉一つ動かさずに指を鳴らす。すると、扉のあった場所に鉄格子が下り、扉は閉ざされてしまった。
「どういうつもりだか知らねえが、自分から逃げ道を絶ってくれるとは、ありがてえこった!」
 扉を背にしたエリンめがけ、ウォルヴィンはエリンに槍を力いっぱい突き出した。しかし、エリンはそれをものともせずに左にかわすと、槍が鉄格子をすり抜ける。
「なにっ!?」
「決まったわね」
 必死に槍を構え直そうとするウォルヴィンに対し、エリンはいつもの微笑を崩していない。そして彼女は左掌でウォルヴィンの側頭部に強烈な一撃を叩きこんだ。成す術なく転ばされたウォルヴィンに、彼女は追い討ちをかけるように迫る。
「さてと、この落とし前。どうつけてくれるのかしらねぇ?」
 邪悪な笑みを浮かべたエリン。その瞳は蛇のように細くなっていた。
「うわああああああ!」
 その後、エリンによりウォルヴィンが言葉にできないほどひどい制裁を受けた上で、レプティの領主に引き渡されたのは、言うまでもない……

「いてて……」
「大丈夫? 沁みない?」
 その夜。盗賊達と戦っていたイーサンとノッコは、エリンの治療を受けていた。エリンは手際のいい所作で、傷口に薬を染み込ませた布を当て、包帯を巻いていく。
「今回は私がいなかったからしょうがないけど、あまり無茶しちゃダメよ?」
「はーい……」
 二人の傷の手当てを終えると、エリンはおもむろに立ち上がる。
「さてと、ご飯にしましょ」
「ああ!」
 ご飯と聞いて、ノッコの顔が明るくなる。しかし、彼女とは対照的に、イーサンはどこか腑に落ちない顔をしていた。
「しかし、なんでエリンホームを襲ってきたんだ?」
「……こんなことしそうな女、一人だけ心当たりがあるわ」
 重苦しそうに語るエリン。彼女は瞳を蛇のように細め、イーサン越しに、遥か遠くを睨んでいた。豹変したエリンの様子に、イーサンは首を傾げるばかり。
「エミリア。この落とし前、きっちりつけさせてもらうわよ……」
「エミリア……?」
 聞いたことのない名前をつぶやくエリンに、イーサンは何かしらが入り混じった感情を抱えていた。

 数日後、シュヴァルツシルト領にて。
 女勇者は自身の従者から、襲撃失敗の報告を受けていた。しかし、女勇者は眉一つ動かさず、ただその報告を聞いていた。
「今回の襲撃は盗賊どもがあまりにも無能すぎて失敗に終わりましたが、あたくし、エミリア・アーデルハイト・シュヴァルツシルトが出るとなったらそうはいきませんわよ! 首を洗って待っていなさい! オーッホッホッホッホ!」
 誰に名乗るでもなく、女勇者ことエミリアは屋敷の中で叫び、高笑いを上げていた。
13/03/07 02:14更新 / 緑の
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■作者メッセージ
お久しぶりです、卒論やら就活やらにいろいろ決着をつけて帰ってまいりました。緑の姫君です。
私のSSを楽しみにお待ちいただいていた方には、長らく更新ができなかったことをお詫び申し上げます。

さて、エリンホーム初バトル。戦闘に限らず細かい描写が今一つわからない。でも「ぽくはなっている」とは信じたい。いかがでしたでしょうか?
そして……
エミリア「オーッホッホッホッホ! 全国のファンの皆様、こんばんは! エミリア・アーデルハイト・シュヴァルツシルト、とうとう『エリンホーム』本編にも登場しましたわ! あたくしの活躍、とくと目に焼き付けなさい! そして踏まれたい方は、あたくしの前にひざまずくのですわ!
それにしても緑の、あたくしを活躍させない気でいるつもりですわ! むきーっ!」

……と、うちのエミリアが失礼をいたしました。エミリアの本編での活躍に期待するとともに、「エミリアifルート」も合わせてお楽しみくださいませ。

長くなりましたが、ここで4話の感想返信。

>沈黙の天使様
 感想ありがとうございます。
 エミリアのフラグはともかく、日常生活パートはもう少し詰めて書けるよう、努めてまいります。

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