縦ロール髪のハイエルフ
「「……エルフ?」」
やや冷えた鋭い目つきに細い体躯。それはエルフにありがちな特徴ではあるのだが。
色素薄めな金髪は房ごとに螺旋を巻き、服装にも森の民らしからぬ希少宝石の装飾が目立つ。
身体特徴は大多数がエルフと見るであろうそれなのだが、纏う雰囲気が完全に宮殿の中にいる存在……を目指してはいるが完全にそこに至っているわけでもないような、どこかちぐはぐな面もあってこれと断言しづらいのだ。
「ええ。ここはわたくし達の森のすぐ近くですわ。それを理解なさってまして?」
「え、ほんとにエルフなわけ?」
「そうですわ。だからこんな所で妙な騒ぎを起こすつもりなら……」
「ウソじゃなくて、リアルに森のエルフってこと?」
「なんであなたは話が一歩目から全く前に進みませんの!!?」
登場して早々に怒りが噴出してしまったエルフの娘だったが、キャルティはそんな事気にしない。
「いや、だってさぁ! ドリ髪でその口調なのがエルフのイメージと違うんだもん!」
「わたくしは気品を重んじて新しさも取り入れる主義ですの! 典型イメージで物を見ないで下さいませんこと!?」
「だが、お主のようなエルフは確かに初めて見る」
「貴方はリザードマンですわね? ……それにしては口調がイメージと違い妙なようですが」
「いやいやいやアタシ様に言った典型イメージで物を見るなって話どこ行ったのん!!?」
2人の時点でも十分に騒がしかったが、3人になるとさらに騒がしくなる。
それを相性がいいというのか悪いというのかは定かではないが、既に初対面とは思えないほどに遠慮の気持ちは薄れていた。
「まぁいいや、トレンド取り入れ系エルフとか気に入った!実にグッド! アタシ様はキャルティ。こっちのリザ武者がザクりんね」
「ザクラと申す。以後お見知りおきを」
「……わたくしはミラフィーテですわ。それであなた方はここで何をしていたんですの?」
「そうそう、ミラぴが来る少し前からの話になるんだけど……」
名前の呼ばれ方に一瞬意識が奪われそうになったミラフィーテだったが、とりあえずここまでの経緯を軽く把握。
そうすればすぐに何が重要かも理解した。今大事なのは、この岩の隙間の中に人間の男がいるという事だ。
「人間の殿方がこの隙間の中に……? 無理に入って中で苦しんだりしてませんの?」
「あ、ナイナイ。それはアタシ様が既に確認済み」
信じられない、という顔でミラフィーテはその隙間の中を覗き込む。
周囲の感じからして、この隙間の中がどこか別の出口に繋がっているとも考えにくい。
風は通らず、そうなると心配なのが酸素あたりだろうか。中の広さ次第では次第に影響が出るかもしれない。
「とりあえず、掟として森に近づいた人間は連れ帰って話を聞かなければなりませんわね」
さっさと外に引きずり出す。その目的自体は共通しているのだが、その先に同意できない者もいる。
「アタシ様が先に見つけたんだぞー!? 何横取りしようとしちゃってんのミラぴっぴ!」
「わたくしは掟に従うまでですわ。それに、別に貴方もまだ捕まえて自分のモノにしたわけではないのでしょう?」
「おーっと。オールアリアリルールなら最後は力と力の無法地帯なワケよ? やっちゃってくださいザクりん先生!」
「キャルティ殿、まずは人間を外に出すのが先であろう……?」
初対面同士で遠慮が無くなれば当然ともいえるが、欲同士がぶつかり話がなかなか進まない。
引きずり出した人間を自分の方へと連れ帰りたい者同士、無限に言い合いが続くかに思えた。
実際、しばらくの間は言い合いが続いたのだが、やがてザクラからの「とりあえず引っ張り出してから本人に選ばせれば良いのでは?」という提案に二人が同意し、どうにか話がまとまった。
「とりあえずさ、アタシ様はおっぱいつっかえちゃって入れなかったけど、ミラぴならいけるっしょ?」
「入るのは構いませんわ。今何かイラっとした気がしましたが」
「ってことで、いきばたでいいから突撃! がんばれミラぴっぴ!」
「静かにお待ちくださいません事!?」
面倒な会話を強引に切り上げるように言い捨て、しゃがんで岩の隙間に入ろうとするミラフィーテ。
やはり中は狭く入りにくそうだが、腰までしか入れなかったキャルティと違い、すぐに膝まで入り込んだ。
「お、いけそうじゃん!」
「中はどうなっているのであろうか?」
「ゴホッ! 暗くてよく分かりませんわ。あ、でもここからは広そうですわね。光を……ふわわっ!??」
指先に魔力を集めて光を灯そうとした時、その両手が何者かに捕まれた。
動揺の余り魔力が乱れ、光源魔法が不発に終わる。両手はすぐに地へと押し付けられ、拘束状態になるもその状態では抵抗が厳しい。
ただでさえ狭い岩の隙間の中、動くのはせいぜいまだ外にある両足くらいのものだ。
外にいる二人からは、その足先がびくりと跳ねて、その後バタバタと暴れ出したのが見えた。
「先程の二の舞となったか」
「んー」
二人は既に知っているので落ち着いたものだが、当の本人はパニックに近い。
「何ですのこれ!? ちょ……ちょっと!? 今わたくし何されてるんですの!??」
そうしてしばらくもがいていたが、そもそも不自然な体勢なのもあり十分な力も出せない。
手が自由になったところで、溺れかけて必死に陸に上がってきたかのように息を切らして上半身を引き抜いた。
「ミラぴ、指見てみ」
ミラフィーテはまだ半ば心ここにあらずな様子だったが、言われるまでもなく謎の感触をしばらく受け続けた手の指先を真っ先に確認していた。
狭い場所でもがいたことで髪も服も少し汚れてしまっていたが、だからこそ手入れされた指先が際立つ。
薄い橙色の下地に夕焼けと雲が全ての指に繋がるように描かれており、しばらく何の感想も持てずにそれを眺め続けていた。
「貴方……爪に珍しい装飾をしてるとは思っていたのですが、こういう事だったんですのね。何故言いませんでしたの?」
落ち着いてくると湧き上がってくるのは、この技術への感心とそれ以上の困惑。
本当なら岩の中にいる犯人にその感情をぶつけるべきところだったが、届かないので目の前の二人にぶつけてしまう。
とはいえ、感情が混ざりすぎてどういう言葉をぶつければいいのかも定まらない有様なのだが。
「いやミラぴ、なんで言わなかったって……言ったら信じた?」
「…………」
「信じないのが自然であろうな」
服についていた砂を払い落とし、ミラフィーテはその磨き上げられたばかりの指先で髪をいじる。
「で、何者ですの? ここに逃げ込んだ人間というのは。どうもただ者とは言い難いようですわね」
「知らなーい」
「今日知った身ゆえ、同じく。ここまで尖った者であれば有名人かもしれぬが、心当たりはあらぬ」
「それ、正解デス。一部でではありマスが、とても有名人なのデスよ」
三人で輪になって言葉を詰まらせていた所に投げかけられた、誰の物でもない幼い声。
急に誰かが話に入って来た事にも驚いたが、その声が上から聞こえた事が三人の不意をついた。
22/12/05 23:57更新 / マチ八
戻る
次へ