Trick or……?
〜マーチヘアの場合〜
「F○ck or Sex!!」
「英語喋れてえらいね」
「はい!エロいです!今日は犯してくれないとイタズラしますって言う日なんですよね!テレビで見ました!」
「世界一狂った一択やめろ、そんなテレビがあってたまるか」
「狂うほど気持ちよくしてあげますけど痛くはしませんよ!テレビなんて無くても天井のシミ数えてるうちに終わりますから!」
「そのシミ付けたのお前だけどな」
「あ、あの時みたいに犯してくれるんですか!?今夜はイタズラするつもりだったけどそれはそれで……ぐふふ」
「今日はいつにも増してひどいなぁ」
「い、いつにも増してエロいなんて、褒めても孕ませてくれるまでおっぱいは出ませんからねっ!」
「言ってねぇよ」
「大丈夫です!すぐにイかせてあげますから!」
〜クリーピングコインの場合〜
「こんばんは!トリックオアトリート!」
「あら、来たわね坊や。ちゃんと用意してあるわよ」
「……!?そ、それはまさか!?」
「ふふ、どぉ?光がキラキラ反射して眼が眩んじゃいそうでしょ……?」
「こ、これが噂の……!」
「そうよ、これが私達クリーピングコインが作り出す、見る者の欲望を増幅させる魔力を持った特殊な金属。ある筋では高値で取引されることもある『魔界金』の硬貨──」
「ごくり……!」
「──のデザインを模した金貨チョコよ」
「……わぁ、金色の包装紙だぁ」
「ふふ、これが見破れないならあなたもまだまだね。はい、一枚どうぞ」
「……ちくしょう」
〜バロメッツの場合〜
「トリックオアトリートぉ……」
「なんかあったっけ……飴でいい?」
「うん……あなたはトリックオアトリートしないの……?」
「元々子供がやるもんだからねそれ……それに君、お菓子持ってないし」
「……持ってる……」
「え、そうなの?」
「私が入ってる果実……実はこれ、あまくておいしい……」
「それは知らなかった……そういえばその、キスした時とかもなんか甘い味がする気はしてたけど」
「私の唾液とか汗の甘さはこれ由来だから……食べて、いいよ?」
「……いただきます」
「ふふ、めしあがれ」
〜マーシャークの場合〜
「…………」
「なんだ、ソワソワして」
「い、いや」
「……そういえば今日はハロウィンとかいう祭りらしいな。帰りにメロウが喋ってるのを偶然聞いたよ」
「!!そ、そうなんだよ!」
「……もしかしてアタシのためになんか用意してるのか?」
「実はね!!うん!!君にピッタリなお菓子をね!!用意してるんだ!!」
「テンション大丈夫かお前……まぁ、用意してくれてるってんならもらうよ……えっと、とりっくおあとりーと、だっけ?」
「ふふふ、用意してあるよぉ、待ってねぇ」
「気色悪いな……と、なんだこれ。アイスか?この時期に」
「まぁ食べて見てよ」
「いただきま……ッッ!?なんだこれ!?かってぇ!!食えるかこんなもん!!」
「……食べられないの?」
「……あ?」
「これはこの世界で作られた、固さにおいては他の追随を許さないアイスなんだけど……まさか食べられないの?」
「…………」
「人間を超越した魔物娘が?その中でも特に強靭な顎を持つことで有名なマーシャークさんが?固すぎるからって理由で人間が魔力も使わず作ったアイスごときに敗北なさる?」
「……いや、でもこれは」
「カジッテクエヤ」
「やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!!!」
〜グリフォンの場合〜
「あ、鷲のねーちゃん!こんちは!」
「おぉ、少年か……ん?何やらいつもとは違う妙な格好をしているな」
「ねーちゃん知らねぇの?今日ハロウィンなんだぜ」
「あぁ、そういえばそんな時期だったか……道理で菓子屋で美味しそうなスイーツをよく見ると思ったわけだ」
「ねーちゃん食いしん坊だもんな」
「食いしん坊ではない。来るべき時に備え力を蓄えているだけだ」
「来るべき時って?」
「私の宝を狙う者が現れた時だ。宝物の守護者である我々グリフォンは宝を狙いやって来る、欲にまみれた賊と力を尽くし戦うため普段は力を抑え過ごしている」
「ふーん、そうなんだ……あ、そうだ、トリックオアトリート!」
「それは……確か菓子をあげないとイタズラされるんだったな……ふふ、生憎今は渡せる物が無い。少年には何度かイタズラをされているが、さて今日は何をされるんだ?」
「……いや、その手に提げてる紙袋は?」
「へ?」
「紙袋。近くの洋菓子屋の袋だよね」
「……ダ、ダメだぞ、これは。この時期限定で一日二十個しか販売されないスペシャルパンプキンブリュレなんだ。開店前から並んでやっと買える物なんだぞ、おいそれと渡すわけにはいかん」
「……トリックオアトリート」
「……そうか……クク……どうやら蓄えていた力を使う時が来たようだな……!!来い少年!!欲しければ力づくで奪ってみせるがいい!!ククク、フハハハハハ!!」
「……やっぱ食いしん坊だよなぁ」
〜ソルジャービートルの場合〜
「トリックオアトリート」
「お?」
「ハロウィン、とかいう日なんだろ、今日は」
「おぉ、よく知ってるね」
「いい加減こっちの暮らしにも慣れたからな……それで、何も無いならイタズラをさせてもらうが」
「イタズラも魅力的だけど残念ながら用意してあるんだ」
「ならさっさと出せ」
「はいどうぞ」
「…………」
「どうしたの?」
「……昆虫ゼリー、と書いてあるが」
「うん。最初はスイカにしようと思ったんだけどもう旬じゃないしね」
「……確かに私は昆虫種の魔物娘だ。しかしそれと同時に戦うことに特化した生態を持つ兵士でもあるんだぞ。そんな私にこんなものを寄越すのはどうなんだ」
「あ、器はこれね」
「おい、聞いているのか、なんだこのゼリーのカップがぴったり収まるようにくり貫かれた生木は」
「まぁまぁ、食わず嫌いせずに騙されたと思って食べてみなって」
「……そこまで言うなら……いただきます」
「どうぞ」
「んっ……ん?……ん、はむ、ん……う、旨いじゃないか」
「良かった、手作りした甲斐があったよ」
「は、はぁ!?手作りしたのか!?いやでもちゃんと袋にパッケージされてたぞ!?ゼリーもちゃんとカップに入って封してあったし!」
「ホームセンターで昆虫ゼリー買ってきて中身入れ換えてから、もう一回シールしたんだよ」
「なんでそんな手の込んだ真似を……」
「喜んでくれるかなって」
「……ひとつ言いたいことがある」
「なぁに?」
「……これ、上からシロッップかけていいか?」
「ご自由にどうぞ」
〜一反木綿の場合〜
「お前、今夜の仮装、なにするんだ?」
「オレは吸血鬼の仮装!お前は狼男だっけ」
「そうそう、んで……まだ来てないけどアイツは幽霊?だっけ」
「シーツ被るやつな……お、来た来……た……」
「や、やっほー」
「…………」
「……お前、いくら楽しみだからって気合い入りすぎだぞ。まだ昼前じゃん」
「始まるの暗くなってからだぞ……もう仮装してどうすんだよ」
「あの……これには事情があって……試しに被ってみたら、脱げなくなっちゃったんだ……」
「嘘つけ、んなことあるか」
「ほんとだってばぁ!嘘だと思うなら引っ張ってみてよ!」
「そこまで言うならやってみるか、いくぞ、せーの」
「ほっ、ん?取れねぇ……うぎぎぎぎ、おい!内側から引っ張ってんじゃねぇよ!」
「引っ張ってないってば!ほら!ハンズフリー!」
「うぐぐ……ふう、うーん、どうも本当みたいだな……息とか苦しくないのか?」
「それがね、全然苦しくなくて。むしろなんか安心するっていうか」
「不思議なもんだな……オレも入ってみていいか?」
「おい、大丈夫かよ」
「シーツの大きさ的には大丈夫だと思うけど……」
「じゃ、おじゃましまーす」
べしっ
「いてっ」
「えっ」
「…………」
「…………」
「ハンズフリー!ハンズフリー!」
「……今、勝手に動いたよな……」
「あぁ、風も無かったし……この布……生きてんじゃね……?」
「えぇ!?じゃあ僕どうなるの!?」
「……喰われる……?」
「うわーん!助けてよぉ!」
「んなこと言ったってどうしようも……!?」
「お、おい!なんか布が動き始めたぞ!」
「え、見れない!今僕どうなってるの!?」
「ぬ、布が膨らんで……!」
「…………」
「…………」
「なに!?黙らないで!怖い!」
「……なんか……すげぇ綺麗な女の人になったんだけど……知り合い?」
「えぇ!?何それ!?知らないよ!」
「手品……じゃねぇよな……?……あ、なんか口パクパクしてる」
「もしかして言葉は理解してるけど声が出せないのか……?お、頷いてる」
「ペンとノートあるし筆談するか」
「だ、大丈夫なんだよね……?」
「なんかいい人っぽいぞ、ちゃんとお辞儀したし……えーと、なになに?『驚かせてしまって申し訳ございません。私は一反木綿という妖怪です』……」
「い、一反木綿ってあのヒラヒラのやつだよね……」
「『私の中にいる彼が成人となるまで寝具としての役割を全うするつもりでおりましたが、異国の催しを今か今かと楽しみに準備するあまりにも可愛らしいお姿に己の中の獣欲を抑えることができず、今宵男女として交わることと決心致しました』」
「えっ」
「『今後とも私達夫婦と仲良くしていただきますようよろしくお願い申し上げます。最後になってしまいましたが先程は軽くとはいえ手を上げてしまい申し訳ありませんでした』……あぁ、別にいいっすよ」
「ちょ、なに仲良くなってんの、どういうことこれ」
「えーと、だからこの人がお前のお嫁さんになるってことだろ?」
「いや、まって、え?」
「今夜は欠席するってウチから伝えとくから安心しろ」
「お幸せに」
「順応性!!いや僕、お嫁さんの顔見えないんだけど!!聞いたことないよこんなの!!」
「どうしてお顔見せてあげないんですか?……『お化粧してないから恥ずかしい』、あーなるほど、やっぱ女の子はそういうもんなんですね」
「すっぴんでも綺麗ですよ」
「なに普通に会話してんの!?ねぇ!!」
「旦那様がオレ以外と喋るなー!って」
「言ってないよ!!……あ、あれ?身体が引きずられて、なにこれ」
「『我慢できないので帰ります』だって。じゃーなー」
「明日学校だしほどほどにしとけよー」
「ま、まって、うわああああああああああああ!!!!」
〜カマイタチの場合〜
「むにゃ……ん……あ、ふぁ……寝ちゃってたか……炬燵点けるとすぐ眠くなるなぁ……よし、ちょっと換気するか」
ガラガラッ
ビュウゥッ!
「うおっ、寒……すごい風だ……さむさむ、炬燵、こた……」
「あ、こんにちは!」
「…………」
「あ、あれ?こんにちは!」
「え、えーと?どなた?」
「あ、は、初めまして!今日はハロウィンなのでおにいさんにイタズラしに来ました!」
「え……え?そ、そう……なんだ……あの、お菓子あげればいいんだよね……炬燵にある蜜柑じゃだめ?」
「へ?あ、ありがとうございます……お菓子貰っちゃった、これじゃイタズラできません……もぐもぐ」
「渡しといてなんだけど蜜柑はお菓子なのか……?まぁ、その壺で何するつもりなのか知らないけど悪戯はしてもらわない方が助かるかな……ていうかどうやって入ってきたの」
「あ、窓からお邪魔させてもらいました!おねえちゃん達と一緒だったんですけどどこかではぐれちゃったみたいで……あの、寒いので少しここで暖まって行っても構いませんか?」
「いや、窓って網戸……あの……うん、もういいや……なんか温かいものでも飲む?」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて……もぐ」
「よいしょ、ちょっと待っててね、今ココアでも淹れてくるよ」
「あ、ありがとうございます、もぐもぐ」
「…………窓……鍵閉め忘れてたのかな……いやそもそもここ三日くらい開けてないよな……あの子はなんだ、新手の空き巣か……?侵入した家の炬燵で蜜柑食ってくつろぐタイプの」
ビュオオオォォォウウウウウゥ……!
「……さむっ、今日はやけに風が強いな……しかしどうすっか、あの子……流石にこの寒空を外に叩き出すのは気が引けるし……そういえば、姉とはぐれたとか言ってたな……警察に通報すれば保護してくれるかな……よし、できた……おまたせ、ホットココアだ……よ……」
「はぁっ、ふぅ、は、この、まくら、オトコのヒトの、におい、すご、はぁ、ふ、んんん」
「あ、おにいさん、ありがとうございます!ほら、おねえちゃん、おにいさん来たよ!挨拶しなきゃ!」
「はぁ、はぁ、あ……あ、ああぁ、オトコのヒトだ、はぁっ、はっ、は、ふぅーっ、ふぅ」
「…………もしもし、警察ですか、はい、今自分の部屋に変態ケモミミ娘が入り込んでるんですけど、はい、今すぐ来てください」
「ま、待ってください!おにいさん、誤解です!おねえちゃんはその、多分変態だとは思うんですけど怪しい人じゃありませんから!」
「え、そんなん関係ないっしょ、君は害がなさそうだから言わなかったけどれっきとした不法侵入だよ不法侵入!おい、何が目的だ!物か!?金か!?」
「ふへ、ふへへへへ、オトコ、オトコのヒト、におい、濃い、すごい、ふふふふ」
「じっとしろお前!もう逃げれないぞ!警察に通報したからな!」
「あわわわわわ」
ビュォオオオッ!!!
「警察だ!」
「なんだお前!?」
「あ、おねえちゃん」
「トリックオアトリート!!よし、この家に菓子は無いな!!ならイタズラさせてもらうぞ!!」
ヒュッ ビリィ!!
「うわ!服が!いや、蜜柑まだあったでしょ!」
「私が全部……食べちゃいました」
「は?お盆に蜜柑が入ってないやん、どうしてくれんのこれ」
「押し倒せ!縛るぞ!」
「は、はいっ」
「はぁっ、はぁ、オトコ、オトコ……ぐふふ」
「うわっくそ、どけぇこの!放せコラ!放せ!」
「暴れるな!刃が狂う!せいっ!」
「うあっ……!?なんだ、切れてな……い……!?」
「ふふふ、おねえちゃんに切られたトコロ、すっごく疼くでしょ?」
「ぐ、ぁ、身体がっ、あつ、ぅ……う、くそ、なんだこの腕力、お前ら、いったいっ……!?」
「やってみせろ、妹よ」
「オンナノコだから襲われても何とでもなると思ってたぁ?ざぁんねん、私たちね、実は人間じゃなくて魔物だからねぇ、ぐふふふ」
「魔物だと!?あ、あ、ぁ……お、おい、うぅっ」
「わぁ、男の人のおっぱいってこんな風になってるんですね……ふふ、ここにもしっかりお薬塗ってあげますね」
「ど、どこ触ってんだ、ぅ、お、男の乳首触って喜んでんじゃねぇよお前!」
「まだ状況が理解できていないようだな」
「ふふふふふ、そうだねぇ。諦めなよ、お兄さぁん……ふへへ」
「な、なんだと」
「……だって」
「「「三人に勝てるわけないだろ!!」」」
「ば、馬鹿野郎お前オレは勝つぞお前!!」
〜乙姫の場合〜
「よくぞ参った、愛しき人間達よ。妾は乙姫、この門の先に現れる豪華絢爛なる歓楽境『竜宮城』を統べる者じゃ。今宵の城は地上の『はろうぃん』なる催しに合わせた特別仕様となっておる。中の踊り子や給仕達もそれに合わせた装いに身を包んでおるから必見じゃ。子供達ははもちろん、大人も童心に帰ったつもりで心行くまで存分に楽しむがよいぞ」
「「「「「わああああああ!!!」」」」」
「「「すげー!!」」」
「驚いたな……まさに桃源郷だ」
「早く行こうぜ!」
「くふふ、みな楽しそうじゃのぅ……さて妾も舞いの準備でも……ん?」
「あ……!……っ」
「これ、そこの童よ、なにも隠れんでもよいであろう。妾はたしかにこの城の主たる存在であるが不必要に恐縮することはない。姿を見せよ」
「……こ、こんばんは……」
「うむ、今宵は良い夜じゃ……それは西方の魔術師の装いかの?随分と可愛らしい格好であるから娘子と見紛うところじゃったわ。して、妾に何か用かの?」
「あ、あの、と、トリックオアトリート!」
「……ほほう、この竜宮城に来て一番に妾に声をかけるとはなかなか見処のある童じゃ」
「……え、偉い方みたいだったので失礼かなって思ったんですけど、でも、お話したくて」
「うむうむ、それで良い。ここでは基本的に無礼講、殿方も婦人も、役人も乞食も、人も魔物も、みなが心の芯まで楽しむことを第一とする場なのじゃ。地上でどのような上下左右東西南北の柵があろうともこの海の中では関係無く、飲み、食い、踊り、疲れれば眠る。妾はこの竜宮城がそんな処となるよう常日頃から統治しておるのじゃ」
「……む、難しいことはわかりませんけど、みんなが楽しめるのは素敵、だと思います」
「そうであろう、そうであろう。やはり御主はなかなか見処のある男のようじゃのぅ」
「は、はい、ありがとうございます……あ、あのそれで、お菓子は……?」
「無いぞ」
「えっ」
「菓子、特にこの『はろうぃん』なる祭りでよく用いられる洋菓子と呼ばれるものはこの竜宮城には存在せぬ」
「ど、どうして」
「……陸からやって来た人間達は簡易的に海神の加護を与えられ呼吸が可能となることで勘違いしがちじゃが、ここは間違いなく水中じゃ。この意味がわかるかの?」
「え?い、いえ……」
「つまりそれは菓子の作製において重要な長時間高い温度の熱を通す作業が十分にできない、そして洋菓子を作るにあたり不可欠であるといってもいい材料である小麦粉が濡れてしまい地上のように使うことができないということなのじゃ。水質の悪化を防ぐために海水とその他の液体を分離できる技術は既に開発されておるから牛乳、牛酪はなんとか使用できる、砂糖もその技術の応用で砂糖水にすれば使えんこともない。卵も同じじゃ。しかし水に溶けぬ粉末であり、それでいて水分に触れれば変質して粘り気を持ち始める小麦粉だけはどうにも上手く保存、使用することが出来んのじゃ。熱においても水中で水の沸点を越える温度の熱を安全に与え続けるのが不可能に近い、という問題に直面しておる。その二つの問題を解決できるような竜宮菓子を開発しようとここ数十年、みなで奮闘しておるが恥ずかしいことに未だ目ぼしい成果は挙げられておらんのじゃ。地上から菓子を買ってくるという手段もないことにはないがどうせ封を開けばすぐに水が染みてふやけてしまうし、なによりせっかくの宴に出来合いの菓子を出すというのがつまらんしの」
「な、なるほど……え、じゃあ、どうしてこんなハロウィンのお祭りを……?」
「……菓子を持ってないと悪戯をされてしまうというからのぅ、ふふ」
「…………えっ、あ、あの、僕そんなつもりじゃ」
「くふふ……建物の中に入ることもせず、いの一番に妾に声をかけたということは……つまりそういうことなのじゃろう……?」
「あ、い、いや、ち、違うんです」
「ほれほれ、遠慮することはないぞ、もっと近う寄れ……さて、何処にどのような悪戯されてしまうのかのぅ。やはり胸が気になるか?それとも尻か?どちらも肉付きには自信があるぞよ?……それとも御主は脇や臍に興奮する好き者かの?はたまた出会ってまだ幾分も経っておらぬのにいきなり口や女陰を弄ぶつもりか?大胆な殿方は嫌いではないぞ?……くふふ、可愛らしい顔が真っ赤じゃ、愛い奴じゃのぅ……さぁ、妾の何処にナニをしたいのじゃ……答えてみよ……」
「あわ、わわ、あわわわわわ」
「ふむ……妾は特に気にせぬが、ここでは周りの目もあるからのぅ。そうじゃの、御主を妾の寝室に招待しようぞ。そうすれば御主も周囲を気にせず妾に溺れることができるはずじゃからの……楽しみじゃのぅ、くふ、くふふふふ!」
「え、あの、ちょ、ま、まって乙姫さま、あ──」
「あれぇ、姫様は?今夜は一番手で踊るって仰ってなかった?」
「あれ、そういえばいらっしゃらないね。もう宴始まっちゃうよ」
「みんなー、姫様今日は最後にするから先に始めといてってー」
「そうなの?姫様の後に踊るの比べられてヤだから別にいいけど」
「……でも急にどうして?体調が優れないとか?」
「なんか相手見つけたんだって。お部屋にかわいい男の子連れ込んでたよ」
「えぇー!?まだ宴始まってないんだよ!?ずるーい!!」
「……そりゃまた……手の早いことでいらっしゃる……」
「私達も負けてらんないよ!絶対今日こそ旦那様を見つけてやるんだから!行くよ!竜宮城舞踊隊・珊瑚組、ファイトォーッ……!」
「「「「「オォーッ!!」」」」」
〜ヴァンプモスキートの場合〜
「センパーイ」
「なんだよ」
「おやつください」
「なんで……あぁ、今日ハロウィンか。かわいい仮装したらくれてやるよ」
「してるじゃないですか」
「どこがだ。いつも通りじゃん」
「センパイ、私の本当の姿知ってますよね?つまり、今の人間に化けている状態は仮装していると言えるんですよ。私は常に仮装した状態で学校にいるんです。おーるうぇいず・はろうぃーんです」
「脳内カボチャ畑だなそりゃ。とんでもない屁理屈だけど……まぁいいや、なんかあったっけ、冷蔵庫ー……お、板チョコあった。これでいいか?」
「…………」
「……なんだその不満そうな顔は」
「……溶かしてセンパイの血混ぜてからもう一回固めてください」
「やだよ。なんでそんなサイコなことしなくちゃいけないんだ」
「じゃあ、要りません。直接センパイの血貰います」
「待て、朝も散々飲んだだろ。それならイタズラの方にしてくれ」
「……そんなこと言ったらセンパイの首筋とかにイタズラしちゃうかもしれませんよ」
「……なぁ」
「なんですか」
「……血液っておやつに入ると思うか?」
「……遠足に持っていくのも良いかもしれませんね、じゃ、いただきます」
「まってまってまって、っぁ──」
〜ブギーの場合〜
『大切な人と、今年も──クリスマスケーキ予約受付中、お早めに』
「いねーよそんな奴、舐めてんのかこのCM……ったく、まだ十一月にもなってないのに世間は忙しないな」
ピーン……ポーン……
「……誰だ、こんな時間に……宅配便か……?」
ガチャ
「…………」
「……どちらさま?」
「……トリックオア……トリート……」
「ん?……あぁ、そういえば近所でなんかやるってチラシ入ってたっけ。オレが子供のころはハロウィンのハの字もなかったのにここ数年で急に騒ぎ始めたよなぁ……それにしてももう暗いのに子供一人で出歩かせて親は何してんだまったく」
「お菓子……ないの……?」
「あぁ、ないない。無いから変な人に襲われる前にさっさと帰れ」
「……じゃあ、いたずらする……」
「まてまてまて、わかった。ちょっと待っとけ。探してくるから貰ったら帰れよ?」
「……さむい、いれて」
「はぁ?……ほら、これ着て玄関で待ってろ」
「……すぅ……ありがと」
バタン
「……はぁ、最近のガキはどうなってんだホント……あんなボロボロのぬいぐるみみたいな格好で見ず知らずの男の家に上がり込むって……警戒心無さ過ぎて危ういけどこの状況を誰かに見られたらオレも危ういからな。えっと、確かこの辺に……あった、チョコレート……うわ、これカカオましましのやつだ。あの子食えるかな……まぁいいや、これ渡して早く帰ってもらおう」
「……それ……チョコレート?」
「うわびっくりした、玄関で待ってろって言っただろ。ほら、これやるからさっさとお家に帰りな」
「……だめ、さむがってるから」
「寒がってたのはお前だろ、もういいなら上着返せ」
「ちがう。さむがっているのは、貴方。あなたの心が、さむいって、さみしいって言って、泣いてる」
「……何言ってんだ、早く帰ってくれ。迷惑だ」
「だめ。ハロウィンだけじゃない、クリスマスもバレンタインも、貴方はこんなイベントではしゃぐのは馬鹿馬鹿しいって思いながら、ずっと心のどこかでは誰かと一緒に盛り上がって騒いだりしたかった。でもずっと一人、貴方は不器用だから、上手く他の人と同じように楽しめなくて、そのうち、楽しむことも忘れちゃった、寂しい人」
「……うるさいぞ。いいからさっさと帰れって」
「いや、あなたを一人ぼっちにはしない」
「帰れって言って、んぐ!?おい、なにして、むぐ」
「……もうだいじょうぶだよ、これからはわたしが一緒だから。もうさみしくないよ。もしあなたが一人になって、さみしくて泣いちゃいそうになったら、こうやってわたしが抱きしめてあげるから」
「さみ、しく、なんか」
「泣いてもいいよ。あなたがすっきりするまで、わたしはここにいるから」
「……っ、うぅ、ぁ……なんなんだよ……お前……」
「泣き止んだら話してあげるから。いまはわたしにいっぱい甘えて」
「っ、くぅっ……くそ、あったけえなぁ……おまえ……」
「……ふふ、かわいい」
「……えーと、なに?つまりお前は人間じゃなくて魔物娘とかいうので夫探しをしていたと。その格好も生まれつきだと」
「うん。今日のおまつりのことはよく知らないけど、私みたいなのが人間にまぎれられるから、みんなえんりょなく利用してる」
「……いや、でもその歳で夫って……」
「……私たち、みんな長生きだから、見た目はあんまり関係ない……わたしもこう見えて、たぶんあなたより年上。なんならまほうで体の大きさも変えられる」
「え、そ、そうなのか……大人の大きさになれるなら、なんでまたそんな……なんというか、アンバランスな体型を」
「さっこんのじょうせいとりゅうこうをこうりょして……それより、そのチョコレート、もらっていい?」
「え?まぁ、いいけど……苦いぞ?」
「だいじょうぶ、わたしはあなたよりオトナだから。はむ……ぅ、に、にが……甘いもの、ないの?」
「言わんこっちゃない。うーん……今はあいにく無いなぁ……」
「……そうなの……」
「……そうだな、ケーキの予約でもしに行ってついでになんか買うか」
「っ!ケーキ!いつ食べられるの?」
「二月後くらいかな」
「……ふふふ、たのしみにしてるね」
〜ボギーの場合〜
「……あはは、今年もカモがいっぱいだぁ。毎年懲りずにバカみてぇに集まって騒ぎやがって、自分の貴重品も管理できない奴は財布盗られても文句言えないだろ……ここまでで既に四つ、今年はあと幾ら稼げるかなぁ。次のターゲットも慎重に選ばないと……しかしなんか今年はカボチャ被って踊ってる人がやけに多いな」
「どうしたんだい?坊や」
「うわ、びっくりした!……なんですか……?」
「いや、周りをじろじろ見渡していたから迷子かなにかかと思ってね、違うのかい?」
「そんなんじゃないっすけど……お姉さんの仮装、気合入ってますね」
「おや、来て早々に口説かれるとは、気合を入れてオシャレしてきた甲斐があったかな?」
「違いますよ……用が無いならオレもう行きますね」
「つれないねぇ。今日という日に私のような存在に遭った子供は何か言うのが礼儀というものじゃないかい?」
「子供って……そんな年じゃないっすよ」
「見たところ子供じゃないか。中学生か高校生くらいかな?背伸びしたいオトシゴロなのはわかるが、今日くらいは年相応にはしゃいでみたらどうだい?」
「はぁ……トリックオアトリート、これでいいっすか」
「おや、しまったな。私としたことが今日は菓子の類を持ってくるのを忘れてしまった」
「は?」
「あぁ、しまったしまった……たしか……お菓子を持っていないと何をされてしまうんだっけ?」
「い、いや、持ってないならいいっすから。じゃあ、オレやることあるんで」
「そういうわけにはいかないだろう。たとえこの国伝統の催しではない異国の祭りだとしても、過去から受け継がれたものがあって今の形になったんだ。坊やは慣習の体現である祭りにわざわざ来ておいてその慣習には従わないつもりかい?それとも……祭りを楽しむのとはなにか別の目的でここに来ている『悪い子』なのかな……?」
「な、なに言って……違いますよ!」
「そうかい?違うなら、何をすればいいかわかっているはずだね?」
「……あぁ、もう!イタズラすればいいんだろ!終わったらもう構ってくんなよ!」
「そうそう、それでいいんだよ」
「痴女かよコイツ……え、えーと……」
「さぁ、なにをしてくれるのかな?」
「っ……お、おりゃっ」
「ん……」
「う、わ……やらけ……」
「……いきなり太ももを鷲掴みにして揉みしだくとは、なかなかダイタンだねぇ」
「っ!も、もういいだろ!じゃあな!」
「おっと、そうはいかない」
「は、はぁ!?お、おい!離せよ!だ、だれか、むぐ!んんーっ!」
「君はもう女の子にイタズラしちゃった『悪い子』だからねぇ……このまま帰すわけにはいかないなぁ」
「ん、んむ!ぷは!お、お前がやれって言ったんだろうが!くそ、離せ!なんだこの馬鹿力!?」
「おや、そうだったかな……それじゃ、お祭りに乗じて財布をスって回るコソ泥、って言われる方がお好みかい?」
「なっ!?な、な、なんで……し、知らないぞ!そんなことは!」
「この期に及んでまだしらを切るつもりかな?じゃあ君が持っていたこれは何だろうね?」
「さ、財布……!?な、無い!いつの間に!?」
「財布が三つも四つも……中の身分証も君と一致するものは一つもない」
「……け、警察に突き出すつもりか……?」
「ん?……そうだねぇ、この財布は持ち主に返すつもりだけど君は……ククク、この国の司法に則って警察に突き出すのも一興だね。そうなれば君のお父さんやお母さん、通っているなら学校にも連絡されるかな。実名こそ公表されないだろうけど、この先の人生は随分大変になるだろうねぇ」
「そ、それだけはやめてくれ!お願いだ!」
「ふむ……クク、どうするかは君の誠意次第になるかもね」
「な、なんだ?何をすればいい?分け前ならやるから!」
「なに、お金は要らない。私の『演目』に『お客様』として少し付き合ってもらうだけだよ……ククク……アハ、アハハハハハハハハ!」
「ひっ!な、なんだ!?やめろ!!離せっ、離せよぉ!おい!どこ行くんだよ!?」
「さぁさぁ、お立合い!冬も深まる今宵の寒さを淫らな熱気に変貌させる、めくるめく性の曲芸達!一晩と言わず一週間でも一月でも、とくと堪能して貰おうか!」
「ま、まて、なにすんだおい!やめろって!だ、誰か助け──」
「シィー……演目中はお静かに……」
「ッ……!」
「……こんな楽しい夜に人様に迷惑をかける『悪い子』は……私が食べてしまわないとねぇ……?」
「──ぅ、う、うわあああああああああ!!!!!!!」
「F○ck or Sex!!」
「英語喋れてえらいね」
「はい!エロいです!今日は犯してくれないとイタズラしますって言う日なんですよね!テレビで見ました!」
「世界一狂った一択やめろ、そんなテレビがあってたまるか」
「狂うほど気持ちよくしてあげますけど痛くはしませんよ!テレビなんて無くても天井のシミ数えてるうちに終わりますから!」
「そのシミ付けたのお前だけどな」
「あ、あの時みたいに犯してくれるんですか!?今夜はイタズラするつもりだったけどそれはそれで……ぐふふ」
「今日はいつにも増してひどいなぁ」
「い、いつにも増してエロいなんて、褒めても孕ませてくれるまでおっぱいは出ませんからねっ!」
「言ってねぇよ」
「大丈夫です!すぐにイかせてあげますから!」
〜クリーピングコインの場合〜
「こんばんは!トリックオアトリート!」
「あら、来たわね坊や。ちゃんと用意してあるわよ」
「……!?そ、それはまさか!?」
「ふふ、どぉ?光がキラキラ反射して眼が眩んじゃいそうでしょ……?」
「こ、これが噂の……!」
「そうよ、これが私達クリーピングコインが作り出す、見る者の欲望を増幅させる魔力を持った特殊な金属。ある筋では高値で取引されることもある『魔界金』の硬貨──」
「ごくり……!」
「──のデザインを模した金貨チョコよ」
「……わぁ、金色の包装紙だぁ」
「ふふ、これが見破れないならあなたもまだまだね。はい、一枚どうぞ」
「……ちくしょう」
〜バロメッツの場合〜
「トリックオアトリートぉ……」
「なんかあったっけ……飴でいい?」
「うん……あなたはトリックオアトリートしないの……?」
「元々子供がやるもんだからねそれ……それに君、お菓子持ってないし」
「……持ってる……」
「え、そうなの?」
「私が入ってる果実……実はこれ、あまくておいしい……」
「それは知らなかった……そういえばその、キスした時とかもなんか甘い味がする気はしてたけど」
「私の唾液とか汗の甘さはこれ由来だから……食べて、いいよ?」
「……いただきます」
「ふふ、めしあがれ」
〜マーシャークの場合〜
「…………」
「なんだ、ソワソワして」
「い、いや」
「……そういえば今日はハロウィンとかいう祭りらしいな。帰りにメロウが喋ってるのを偶然聞いたよ」
「!!そ、そうなんだよ!」
「……もしかしてアタシのためになんか用意してるのか?」
「実はね!!うん!!君にピッタリなお菓子をね!!用意してるんだ!!」
「テンション大丈夫かお前……まぁ、用意してくれてるってんならもらうよ……えっと、とりっくおあとりーと、だっけ?」
「ふふふ、用意してあるよぉ、待ってねぇ」
「気色悪いな……と、なんだこれ。アイスか?この時期に」
「まぁ食べて見てよ」
「いただきま……ッッ!?なんだこれ!?かってぇ!!食えるかこんなもん!!」
「……食べられないの?」
「……あ?」
「これはこの世界で作られた、固さにおいては他の追随を許さないアイスなんだけど……まさか食べられないの?」
「…………」
「人間を超越した魔物娘が?その中でも特に強靭な顎を持つことで有名なマーシャークさんが?固すぎるからって理由で人間が魔力も使わず作ったアイスごときに敗北なさる?」
「……いや、でもこれは」
「カジッテクエヤ」
「やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!!!」
〜グリフォンの場合〜
「あ、鷲のねーちゃん!こんちは!」
「おぉ、少年か……ん?何やらいつもとは違う妙な格好をしているな」
「ねーちゃん知らねぇの?今日ハロウィンなんだぜ」
「あぁ、そういえばそんな時期だったか……道理で菓子屋で美味しそうなスイーツをよく見ると思ったわけだ」
「ねーちゃん食いしん坊だもんな」
「食いしん坊ではない。来るべき時に備え力を蓄えているだけだ」
「来るべき時って?」
「私の宝を狙う者が現れた時だ。宝物の守護者である我々グリフォンは宝を狙いやって来る、欲にまみれた賊と力を尽くし戦うため普段は力を抑え過ごしている」
「ふーん、そうなんだ……あ、そうだ、トリックオアトリート!」
「それは……確か菓子をあげないとイタズラされるんだったな……ふふ、生憎今は渡せる物が無い。少年には何度かイタズラをされているが、さて今日は何をされるんだ?」
「……いや、その手に提げてる紙袋は?」
「へ?」
「紙袋。近くの洋菓子屋の袋だよね」
「……ダ、ダメだぞ、これは。この時期限定で一日二十個しか販売されないスペシャルパンプキンブリュレなんだ。開店前から並んでやっと買える物なんだぞ、おいそれと渡すわけにはいかん」
「……トリックオアトリート」
「……そうか……クク……どうやら蓄えていた力を使う時が来たようだな……!!来い少年!!欲しければ力づくで奪ってみせるがいい!!ククク、フハハハハハ!!」
「……やっぱ食いしん坊だよなぁ」
〜ソルジャービートルの場合〜
「トリックオアトリート」
「お?」
「ハロウィン、とかいう日なんだろ、今日は」
「おぉ、よく知ってるね」
「いい加減こっちの暮らしにも慣れたからな……それで、何も無いならイタズラをさせてもらうが」
「イタズラも魅力的だけど残念ながら用意してあるんだ」
「ならさっさと出せ」
「はいどうぞ」
「…………」
「どうしたの?」
「……昆虫ゼリー、と書いてあるが」
「うん。最初はスイカにしようと思ったんだけどもう旬じゃないしね」
「……確かに私は昆虫種の魔物娘だ。しかしそれと同時に戦うことに特化した生態を持つ兵士でもあるんだぞ。そんな私にこんなものを寄越すのはどうなんだ」
「あ、器はこれね」
「おい、聞いているのか、なんだこのゼリーのカップがぴったり収まるようにくり貫かれた生木は」
「まぁまぁ、食わず嫌いせずに騙されたと思って食べてみなって」
「……そこまで言うなら……いただきます」
「どうぞ」
「んっ……ん?……ん、はむ、ん……う、旨いじゃないか」
「良かった、手作りした甲斐があったよ」
「は、はぁ!?手作りしたのか!?いやでもちゃんと袋にパッケージされてたぞ!?ゼリーもちゃんとカップに入って封してあったし!」
「ホームセンターで昆虫ゼリー買ってきて中身入れ換えてから、もう一回シールしたんだよ」
「なんでそんな手の込んだ真似を……」
「喜んでくれるかなって」
「……ひとつ言いたいことがある」
「なぁに?」
「……これ、上からシロッップかけていいか?」
「ご自由にどうぞ」
〜一反木綿の場合〜
「お前、今夜の仮装、なにするんだ?」
「オレは吸血鬼の仮装!お前は狼男だっけ」
「そうそう、んで……まだ来てないけどアイツは幽霊?だっけ」
「シーツ被るやつな……お、来た来……た……」
「や、やっほー」
「…………」
「……お前、いくら楽しみだからって気合い入りすぎだぞ。まだ昼前じゃん」
「始まるの暗くなってからだぞ……もう仮装してどうすんだよ」
「あの……これには事情があって……試しに被ってみたら、脱げなくなっちゃったんだ……」
「嘘つけ、んなことあるか」
「ほんとだってばぁ!嘘だと思うなら引っ張ってみてよ!」
「そこまで言うならやってみるか、いくぞ、せーの」
「ほっ、ん?取れねぇ……うぎぎぎぎ、おい!内側から引っ張ってんじゃねぇよ!」
「引っ張ってないってば!ほら!ハンズフリー!」
「うぐぐ……ふう、うーん、どうも本当みたいだな……息とか苦しくないのか?」
「それがね、全然苦しくなくて。むしろなんか安心するっていうか」
「不思議なもんだな……オレも入ってみていいか?」
「おい、大丈夫かよ」
「シーツの大きさ的には大丈夫だと思うけど……」
「じゃ、おじゃましまーす」
べしっ
「いてっ」
「えっ」
「…………」
「…………」
「ハンズフリー!ハンズフリー!」
「……今、勝手に動いたよな……」
「あぁ、風も無かったし……この布……生きてんじゃね……?」
「えぇ!?じゃあ僕どうなるの!?」
「……喰われる……?」
「うわーん!助けてよぉ!」
「んなこと言ったってどうしようも……!?」
「お、おい!なんか布が動き始めたぞ!」
「え、見れない!今僕どうなってるの!?」
「ぬ、布が膨らんで……!」
「…………」
「…………」
「なに!?黙らないで!怖い!」
「……なんか……すげぇ綺麗な女の人になったんだけど……知り合い?」
「えぇ!?何それ!?知らないよ!」
「手品……じゃねぇよな……?……あ、なんか口パクパクしてる」
「もしかして言葉は理解してるけど声が出せないのか……?お、頷いてる」
「ペンとノートあるし筆談するか」
「だ、大丈夫なんだよね……?」
「なんかいい人っぽいぞ、ちゃんとお辞儀したし……えーと、なになに?『驚かせてしまって申し訳ございません。私は一反木綿という妖怪です』……」
「い、一反木綿ってあのヒラヒラのやつだよね……」
「『私の中にいる彼が成人となるまで寝具としての役割を全うするつもりでおりましたが、異国の催しを今か今かと楽しみに準備するあまりにも可愛らしいお姿に己の中の獣欲を抑えることができず、今宵男女として交わることと決心致しました』」
「えっ」
「『今後とも私達夫婦と仲良くしていただきますようよろしくお願い申し上げます。最後になってしまいましたが先程は軽くとはいえ手を上げてしまい申し訳ありませんでした』……あぁ、別にいいっすよ」
「ちょ、なに仲良くなってんの、どういうことこれ」
「えーと、だからこの人がお前のお嫁さんになるってことだろ?」
「いや、まって、え?」
「今夜は欠席するってウチから伝えとくから安心しろ」
「お幸せに」
「順応性!!いや僕、お嫁さんの顔見えないんだけど!!聞いたことないよこんなの!!」
「どうしてお顔見せてあげないんですか?……『お化粧してないから恥ずかしい』、あーなるほど、やっぱ女の子はそういうもんなんですね」
「すっぴんでも綺麗ですよ」
「なに普通に会話してんの!?ねぇ!!」
「旦那様がオレ以外と喋るなー!って」
「言ってないよ!!……あ、あれ?身体が引きずられて、なにこれ」
「『我慢できないので帰ります』だって。じゃーなー」
「明日学校だしほどほどにしとけよー」
「ま、まって、うわああああああああああああ!!!!」
〜カマイタチの場合〜
「むにゃ……ん……あ、ふぁ……寝ちゃってたか……炬燵点けるとすぐ眠くなるなぁ……よし、ちょっと換気するか」
ガラガラッ
ビュウゥッ!
「うおっ、寒……すごい風だ……さむさむ、炬燵、こた……」
「あ、こんにちは!」
「…………」
「あ、あれ?こんにちは!」
「え、えーと?どなた?」
「あ、は、初めまして!今日はハロウィンなのでおにいさんにイタズラしに来ました!」
「え……え?そ、そう……なんだ……あの、お菓子あげればいいんだよね……炬燵にある蜜柑じゃだめ?」
「へ?あ、ありがとうございます……お菓子貰っちゃった、これじゃイタズラできません……もぐもぐ」
「渡しといてなんだけど蜜柑はお菓子なのか……?まぁ、その壺で何するつもりなのか知らないけど悪戯はしてもらわない方が助かるかな……ていうかどうやって入ってきたの」
「あ、窓からお邪魔させてもらいました!おねえちゃん達と一緒だったんですけどどこかではぐれちゃったみたいで……あの、寒いので少しここで暖まって行っても構いませんか?」
「いや、窓って網戸……あの……うん、もういいや……なんか温かいものでも飲む?」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて……もぐ」
「よいしょ、ちょっと待っててね、今ココアでも淹れてくるよ」
「あ、ありがとうございます、もぐもぐ」
「…………窓……鍵閉め忘れてたのかな……いやそもそもここ三日くらい開けてないよな……あの子はなんだ、新手の空き巣か……?侵入した家の炬燵で蜜柑食ってくつろぐタイプの」
ビュオオオォォォウウウウウゥ……!
「……さむっ、今日はやけに風が強いな……しかしどうすっか、あの子……流石にこの寒空を外に叩き出すのは気が引けるし……そういえば、姉とはぐれたとか言ってたな……警察に通報すれば保護してくれるかな……よし、できた……おまたせ、ホットココアだ……よ……」
「はぁっ、ふぅ、は、この、まくら、オトコのヒトの、におい、すご、はぁ、ふ、んんん」
「あ、おにいさん、ありがとうございます!ほら、おねえちゃん、おにいさん来たよ!挨拶しなきゃ!」
「はぁ、はぁ、あ……あ、ああぁ、オトコのヒトだ、はぁっ、はっ、は、ふぅーっ、ふぅ」
「…………もしもし、警察ですか、はい、今自分の部屋に変態ケモミミ娘が入り込んでるんですけど、はい、今すぐ来てください」
「ま、待ってください!おにいさん、誤解です!おねえちゃんはその、多分変態だとは思うんですけど怪しい人じゃありませんから!」
「え、そんなん関係ないっしょ、君は害がなさそうだから言わなかったけどれっきとした不法侵入だよ不法侵入!おい、何が目的だ!物か!?金か!?」
「ふへ、ふへへへへ、オトコ、オトコのヒト、におい、濃い、すごい、ふふふふ」
「じっとしろお前!もう逃げれないぞ!警察に通報したからな!」
「あわわわわわ」
ビュォオオオッ!!!
「警察だ!」
「なんだお前!?」
「あ、おねえちゃん」
「トリックオアトリート!!よし、この家に菓子は無いな!!ならイタズラさせてもらうぞ!!」
ヒュッ ビリィ!!
「うわ!服が!いや、蜜柑まだあったでしょ!」
「私が全部……食べちゃいました」
「は?お盆に蜜柑が入ってないやん、どうしてくれんのこれ」
「押し倒せ!縛るぞ!」
「は、はいっ」
「はぁっ、はぁ、オトコ、オトコ……ぐふふ」
「うわっくそ、どけぇこの!放せコラ!放せ!」
「暴れるな!刃が狂う!せいっ!」
「うあっ……!?なんだ、切れてな……い……!?」
「ふふふ、おねえちゃんに切られたトコロ、すっごく疼くでしょ?」
「ぐ、ぁ、身体がっ、あつ、ぅ……う、くそ、なんだこの腕力、お前ら、いったいっ……!?」
「やってみせろ、妹よ」
「オンナノコだから襲われても何とでもなると思ってたぁ?ざぁんねん、私たちね、実は人間じゃなくて魔物だからねぇ、ぐふふふ」
「魔物だと!?あ、あ、ぁ……お、おい、うぅっ」
「わぁ、男の人のおっぱいってこんな風になってるんですね……ふふ、ここにもしっかりお薬塗ってあげますね」
「ど、どこ触ってんだ、ぅ、お、男の乳首触って喜んでんじゃねぇよお前!」
「まだ状況が理解できていないようだな」
「ふふふふふ、そうだねぇ。諦めなよ、お兄さぁん……ふへへ」
「な、なんだと」
「……だって」
「「「三人に勝てるわけないだろ!!」」」
「ば、馬鹿野郎お前オレは勝つぞお前!!」
〜乙姫の場合〜
「よくぞ参った、愛しき人間達よ。妾は乙姫、この門の先に現れる豪華絢爛なる歓楽境『竜宮城』を統べる者じゃ。今宵の城は地上の『はろうぃん』なる催しに合わせた特別仕様となっておる。中の踊り子や給仕達もそれに合わせた装いに身を包んでおるから必見じゃ。子供達ははもちろん、大人も童心に帰ったつもりで心行くまで存分に楽しむがよいぞ」
「「「「「わああああああ!!!」」」」」
「「「すげー!!」」」
「驚いたな……まさに桃源郷だ」
「早く行こうぜ!」
「くふふ、みな楽しそうじゃのぅ……さて妾も舞いの準備でも……ん?」
「あ……!……っ」
「これ、そこの童よ、なにも隠れんでもよいであろう。妾はたしかにこの城の主たる存在であるが不必要に恐縮することはない。姿を見せよ」
「……こ、こんばんは……」
「うむ、今宵は良い夜じゃ……それは西方の魔術師の装いかの?随分と可愛らしい格好であるから娘子と見紛うところじゃったわ。して、妾に何か用かの?」
「あ、あの、と、トリックオアトリート!」
「……ほほう、この竜宮城に来て一番に妾に声をかけるとはなかなか見処のある童じゃ」
「……え、偉い方みたいだったので失礼かなって思ったんですけど、でも、お話したくて」
「うむうむ、それで良い。ここでは基本的に無礼講、殿方も婦人も、役人も乞食も、人も魔物も、みなが心の芯まで楽しむことを第一とする場なのじゃ。地上でどのような上下左右東西南北の柵があろうともこの海の中では関係無く、飲み、食い、踊り、疲れれば眠る。妾はこの竜宮城がそんな処となるよう常日頃から統治しておるのじゃ」
「……む、難しいことはわかりませんけど、みんなが楽しめるのは素敵、だと思います」
「そうであろう、そうであろう。やはり御主はなかなか見処のある男のようじゃのぅ」
「は、はい、ありがとうございます……あ、あのそれで、お菓子は……?」
「無いぞ」
「えっ」
「菓子、特にこの『はろうぃん』なる祭りでよく用いられる洋菓子と呼ばれるものはこの竜宮城には存在せぬ」
「ど、どうして」
「……陸からやって来た人間達は簡易的に海神の加護を与えられ呼吸が可能となることで勘違いしがちじゃが、ここは間違いなく水中じゃ。この意味がわかるかの?」
「え?い、いえ……」
「つまりそれは菓子の作製において重要な長時間高い温度の熱を通す作業が十分にできない、そして洋菓子を作るにあたり不可欠であるといってもいい材料である小麦粉が濡れてしまい地上のように使うことができないということなのじゃ。水質の悪化を防ぐために海水とその他の液体を分離できる技術は既に開発されておるから牛乳、牛酪はなんとか使用できる、砂糖もその技術の応用で砂糖水にすれば使えんこともない。卵も同じじゃ。しかし水に溶けぬ粉末であり、それでいて水分に触れれば変質して粘り気を持ち始める小麦粉だけはどうにも上手く保存、使用することが出来んのじゃ。熱においても水中で水の沸点を越える温度の熱を安全に与え続けるのが不可能に近い、という問題に直面しておる。その二つの問題を解決できるような竜宮菓子を開発しようとここ数十年、みなで奮闘しておるが恥ずかしいことに未だ目ぼしい成果は挙げられておらんのじゃ。地上から菓子を買ってくるという手段もないことにはないがどうせ封を開けばすぐに水が染みてふやけてしまうし、なによりせっかくの宴に出来合いの菓子を出すというのがつまらんしの」
「な、なるほど……え、じゃあ、どうしてこんなハロウィンのお祭りを……?」
「……菓子を持ってないと悪戯をされてしまうというからのぅ、ふふ」
「…………えっ、あ、あの、僕そんなつもりじゃ」
「くふふ……建物の中に入ることもせず、いの一番に妾に声をかけたということは……つまりそういうことなのじゃろう……?」
「あ、い、いや、ち、違うんです」
「ほれほれ、遠慮することはないぞ、もっと近う寄れ……さて、何処にどのような悪戯されてしまうのかのぅ。やはり胸が気になるか?それとも尻か?どちらも肉付きには自信があるぞよ?……それとも御主は脇や臍に興奮する好き者かの?はたまた出会ってまだ幾分も経っておらぬのにいきなり口や女陰を弄ぶつもりか?大胆な殿方は嫌いではないぞ?……くふふ、可愛らしい顔が真っ赤じゃ、愛い奴じゃのぅ……さぁ、妾の何処にナニをしたいのじゃ……答えてみよ……」
「あわ、わわ、あわわわわわ」
「ふむ……妾は特に気にせぬが、ここでは周りの目もあるからのぅ。そうじゃの、御主を妾の寝室に招待しようぞ。そうすれば御主も周囲を気にせず妾に溺れることができるはずじゃからの……楽しみじゃのぅ、くふ、くふふふふ!」
「え、あの、ちょ、ま、まって乙姫さま、あ──」
「あれぇ、姫様は?今夜は一番手で踊るって仰ってなかった?」
「あれ、そういえばいらっしゃらないね。もう宴始まっちゃうよ」
「みんなー、姫様今日は最後にするから先に始めといてってー」
「そうなの?姫様の後に踊るの比べられてヤだから別にいいけど」
「……でも急にどうして?体調が優れないとか?」
「なんか相手見つけたんだって。お部屋にかわいい男の子連れ込んでたよ」
「えぇー!?まだ宴始まってないんだよ!?ずるーい!!」
「……そりゃまた……手の早いことでいらっしゃる……」
「私達も負けてらんないよ!絶対今日こそ旦那様を見つけてやるんだから!行くよ!竜宮城舞踊隊・珊瑚組、ファイトォーッ……!」
「「「「「オォーッ!!」」」」」
〜ヴァンプモスキートの場合〜
「センパーイ」
「なんだよ」
「おやつください」
「なんで……あぁ、今日ハロウィンか。かわいい仮装したらくれてやるよ」
「してるじゃないですか」
「どこがだ。いつも通りじゃん」
「センパイ、私の本当の姿知ってますよね?つまり、今の人間に化けている状態は仮装していると言えるんですよ。私は常に仮装した状態で学校にいるんです。おーるうぇいず・はろうぃーんです」
「脳内カボチャ畑だなそりゃ。とんでもない屁理屈だけど……まぁいいや、なんかあったっけ、冷蔵庫ー……お、板チョコあった。これでいいか?」
「…………」
「……なんだその不満そうな顔は」
「……溶かしてセンパイの血混ぜてからもう一回固めてください」
「やだよ。なんでそんなサイコなことしなくちゃいけないんだ」
「じゃあ、要りません。直接センパイの血貰います」
「待て、朝も散々飲んだだろ。それならイタズラの方にしてくれ」
「……そんなこと言ったらセンパイの首筋とかにイタズラしちゃうかもしれませんよ」
「……なぁ」
「なんですか」
「……血液っておやつに入ると思うか?」
「……遠足に持っていくのも良いかもしれませんね、じゃ、いただきます」
「まってまってまって、っぁ──」
〜ブギーの場合〜
『大切な人と、今年も──クリスマスケーキ予約受付中、お早めに』
「いねーよそんな奴、舐めてんのかこのCM……ったく、まだ十一月にもなってないのに世間は忙しないな」
ピーン……ポーン……
「……誰だ、こんな時間に……宅配便か……?」
ガチャ
「…………」
「……どちらさま?」
「……トリックオア……トリート……」
「ん?……あぁ、そういえば近所でなんかやるってチラシ入ってたっけ。オレが子供のころはハロウィンのハの字もなかったのにここ数年で急に騒ぎ始めたよなぁ……それにしてももう暗いのに子供一人で出歩かせて親は何してんだまったく」
「お菓子……ないの……?」
「あぁ、ないない。無いから変な人に襲われる前にさっさと帰れ」
「……じゃあ、いたずらする……」
「まてまてまて、わかった。ちょっと待っとけ。探してくるから貰ったら帰れよ?」
「……さむい、いれて」
「はぁ?……ほら、これ着て玄関で待ってろ」
「……すぅ……ありがと」
バタン
「……はぁ、最近のガキはどうなってんだホント……あんなボロボロのぬいぐるみみたいな格好で見ず知らずの男の家に上がり込むって……警戒心無さ過ぎて危ういけどこの状況を誰かに見られたらオレも危ういからな。えっと、確かこの辺に……あった、チョコレート……うわ、これカカオましましのやつだ。あの子食えるかな……まぁいいや、これ渡して早く帰ってもらおう」
「……それ……チョコレート?」
「うわびっくりした、玄関で待ってろって言っただろ。ほら、これやるからさっさとお家に帰りな」
「……だめ、さむがってるから」
「寒がってたのはお前だろ、もういいなら上着返せ」
「ちがう。さむがっているのは、貴方。あなたの心が、さむいって、さみしいって言って、泣いてる」
「……何言ってんだ、早く帰ってくれ。迷惑だ」
「だめ。ハロウィンだけじゃない、クリスマスもバレンタインも、貴方はこんなイベントではしゃぐのは馬鹿馬鹿しいって思いながら、ずっと心のどこかでは誰かと一緒に盛り上がって騒いだりしたかった。でもずっと一人、貴方は不器用だから、上手く他の人と同じように楽しめなくて、そのうち、楽しむことも忘れちゃった、寂しい人」
「……うるさいぞ。いいからさっさと帰れって」
「いや、あなたを一人ぼっちにはしない」
「帰れって言って、んぐ!?おい、なにして、むぐ」
「……もうだいじょうぶだよ、これからはわたしが一緒だから。もうさみしくないよ。もしあなたが一人になって、さみしくて泣いちゃいそうになったら、こうやってわたしが抱きしめてあげるから」
「さみ、しく、なんか」
「泣いてもいいよ。あなたがすっきりするまで、わたしはここにいるから」
「……っ、うぅ、ぁ……なんなんだよ……お前……」
「泣き止んだら話してあげるから。いまはわたしにいっぱい甘えて」
「っ、くぅっ……くそ、あったけえなぁ……おまえ……」
「……ふふ、かわいい」
「……えーと、なに?つまりお前は人間じゃなくて魔物娘とかいうので夫探しをしていたと。その格好も生まれつきだと」
「うん。今日のおまつりのことはよく知らないけど、私みたいなのが人間にまぎれられるから、みんなえんりょなく利用してる」
「……いや、でもその歳で夫って……」
「……私たち、みんな長生きだから、見た目はあんまり関係ない……わたしもこう見えて、たぶんあなたより年上。なんならまほうで体の大きさも変えられる」
「え、そ、そうなのか……大人の大きさになれるなら、なんでまたそんな……なんというか、アンバランスな体型を」
「さっこんのじょうせいとりゅうこうをこうりょして……それより、そのチョコレート、もらっていい?」
「え?まぁ、いいけど……苦いぞ?」
「だいじょうぶ、わたしはあなたよりオトナだから。はむ……ぅ、に、にが……甘いもの、ないの?」
「言わんこっちゃない。うーん……今はあいにく無いなぁ……」
「……そうなの……」
「……そうだな、ケーキの予約でもしに行ってついでになんか買うか」
「っ!ケーキ!いつ食べられるの?」
「二月後くらいかな」
「……ふふふ、たのしみにしてるね」
〜ボギーの場合〜
「……あはは、今年もカモがいっぱいだぁ。毎年懲りずにバカみてぇに集まって騒ぎやがって、自分の貴重品も管理できない奴は財布盗られても文句言えないだろ……ここまでで既に四つ、今年はあと幾ら稼げるかなぁ。次のターゲットも慎重に選ばないと……しかしなんか今年はカボチャ被って踊ってる人がやけに多いな」
「どうしたんだい?坊や」
「うわ、びっくりした!……なんですか……?」
「いや、周りをじろじろ見渡していたから迷子かなにかかと思ってね、違うのかい?」
「そんなんじゃないっすけど……お姉さんの仮装、気合入ってますね」
「おや、来て早々に口説かれるとは、気合を入れてオシャレしてきた甲斐があったかな?」
「違いますよ……用が無いならオレもう行きますね」
「つれないねぇ。今日という日に私のような存在に遭った子供は何か言うのが礼儀というものじゃないかい?」
「子供って……そんな年じゃないっすよ」
「見たところ子供じゃないか。中学生か高校生くらいかな?背伸びしたいオトシゴロなのはわかるが、今日くらいは年相応にはしゃいでみたらどうだい?」
「はぁ……トリックオアトリート、これでいいっすか」
「おや、しまったな。私としたことが今日は菓子の類を持ってくるのを忘れてしまった」
「は?」
「あぁ、しまったしまった……たしか……お菓子を持っていないと何をされてしまうんだっけ?」
「い、いや、持ってないならいいっすから。じゃあ、オレやることあるんで」
「そういうわけにはいかないだろう。たとえこの国伝統の催しではない異国の祭りだとしても、過去から受け継がれたものがあって今の形になったんだ。坊やは慣習の体現である祭りにわざわざ来ておいてその慣習には従わないつもりかい?それとも……祭りを楽しむのとはなにか別の目的でここに来ている『悪い子』なのかな……?」
「な、なに言って……違いますよ!」
「そうかい?違うなら、何をすればいいかわかっているはずだね?」
「……あぁ、もう!イタズラすればいいんだろ!終わったらもう構ってくんなよ!」
「そうそう、それでいいんだよ」
「痴女かよコイツ……え、えーと……」
「さぁ、なにをしてくれるのかな?」
「っ……お、おりゃっ」
「ん……」
「う、わ……やらけ……」
「……いきなり太ももを鷲掴みにして揉みしだくとは、なかなかダイタンだねぇ」
「っ!も、もういいだろ!じゃあな!」
「おっと、そうはいかない」
「は、はぁ!?お、おい!離せよ!だ、だれか、むぐ!んんーっ!」
「君はもう女の子にイタズラしちゃった『悪い子』だからねぇ……このまま帰すわけにはいかないなぁ」
「ん、んむ!ぷは!お、お前がやれって言ったんだろうが!くそ、離せ!なんだこの馬鹿力!?」
「おや、そうだったかな……それじゃ、お祭りに乗じて財布をスって回るコソ泥、って言われる方がお好みかい?」
「なっ!?な、な、なんで……し、知らないぞ!そんなことは!」
「この期に及んでまだしらを切るつもりかな?じゃあ君が持っていたこれは何だろうね?」
「さ、財布……!?な、無い!いつの間に!?」
「財布が三つも四つも……中の身分証も君と一致するものは一つもない」
「……け、警察に突き出すつもりか……?」
「ん?……そうだねぇ、この財布は持ち主に返すつもりだけど君は……ククク、この国の司法に則って警察に突き出すのも一興だね。そうなれば君のお父さんやお母さん、通っているなら学校にも連絡されるかな。実名こそ公表されないだろうけど、この先の人生は随分大変になるだろうねぇ」
「そ、それだけはやめてくれ!お願いだ!」
「ふむ……クク、どうするかは君の誠意次第になるかもね」
「な、なんだ?何をすればいい?分け前ならやるから!」
「なに、お金は要らない。私の『演目』に『お客様』として少し付き合ってもらうだけだよ……ククク……アハ、アハハハハハハハハ!」
「ひっ!な、なんだ!?やめろ!!離せっ、離せよぉ!おい!どこ行くんだよ!?」
「さぁさぁ、お立合い!冬も深まる今宵の寒さを淫らな熱気に変貌させる、めくるめく性の曲芸達!一晩と言わず一週間でも一月でも、とくと堪能して貰おうか!」
「ま、まて、なにすんだおい!やめろって!だ、誰か助け──」
「シィー……演目中はお静かに……」
「ッ……!」
「……こんな楽しい夜に人様に迷惑をかける『悪い子』は……私が食べてしまわないとねぇ……?」
「──ぅ、う、うわあああああああああ!!!!!!!」
21/10/31 00:00更新 / マルタンヤンマ