第十二話
― カンちゃん。
・・・・・・・・・・・・・・・
― 勘介。
・・・・・・・・・・・・・・・
― 勘介さん。
「ん・・・」
「勘介さん」
少し眠っていたようだ。
眼を開くと、板張りの天井。 見慣れた木目。
障子がからりと開き、シマキが座っていた。
襦袢姿。 灯火を持ち、薬壺と竹籠を傍らに置いている。
「眠ってしまったか」
「ごめんなさい、ご飯とお風呂、さきにいただいてしまいました」
表はどうやら夜のようだ。 とっぷりと暗い。
シマキの捧げ持った灯りが、部屋をゆらゆらと照らす。
「いや、仕方ない。 ずいぶん気持ちよく寝てしまった」
「そんな感じでしたよ、ふふ」
ほんとうに、気持ちよく寝ていたような気がする。
昔のことを思い返しながら。
あれは ―
あれは?
「いやあ、面目ない」
「でも、なにかおなかに入れてください」
シマキは竹籠を差し出した。
大ぶりの握り飯が二個入っている。
「おお、これはありがたい」
「お茶もどうぞ、ゆっくり食べて―」
「もふ、むふ、んぐ。 これはうまい」
「まあ、勘介さんったら」
握り飯をおしこみぬるい茶で流しこみ、勘介は一息ついた。
「ふう、うまかった」
「ほんとうに、もう。 いじきたないんですから」
「シマキの飯がうまいのが悪いんだ」
「まあ、お上手。 ・・・起きてください、包帯と薬を」
「おお、頼む」
シマキは勘介のもろ肌を脱がせ、するすると血が固まりついた包帯を解いていく。
その下には無数の傷跡。 だが、いくつかは赤い筋を残すのみとなっている。
「さすがは鎌鼬の薬だ」
「傷をふさいだだけ。 体の中までは癒えていませんからね?」
「ソヨもそう言ってたな。 遠慮せずにしばらく泊めさせてもらう」
ぺたりぺたりと薬を塗っていた手が止まる。
「・・・ ・・・ ・・・」
「・・・シマキ?」
「どういう、意味、ですか」
目を伏せたまま、シマキは問うた。
何かをこらえるような、しぼるような声。
「・・・ ・・・ ・・・」
「・・・勘介さん」
もとより、この期に及んでごまかすつもりなどない。
勘介は肚を据えた。
「むろん、約定を果たしに来たんだ。 あの時のな。
俺は言った。近いうちにかならず、こうしてまた来ると」
「あれから二年近く経ってしまいましたよ」
「・・・すまん」
「何度も、こちらから忍んでやろうかと思ったんですからね。
あなたの言う男の沽券なんか放ってしまって」
― 勘介。 今日はここに来てくれてありがとうな。
― 勘介さん。 ここに来てくれて、ありがとう。 わたし、嬉しかった。
― だから、こんどは。
― だから、次は。
― あたしの方から。
― わたしの方から。
― おまえのとこへ 、行ってやるよ。
― あなたのところへ 、お伺いします ―
― それは駄目だ。 男の沽券にかかわる。
またすぐ、できるだけ近いうちに行く。 待っててくれ ー
シマキはその言葉通り、待った。待ち続けた。
好いた男の、ささやかなつまらぬ意地と誇りを守るため、だけに。
男を知った魔物娘が、二年の歳月を、耐えて待ち続けた。
「まったくすまん。 俺は意気地なしだ。 ・・・甲斐性なしだ」
「もうそれくらいにしてください。 いじけた男の人なんて、見たくないです」
「・・・そうだな。 そうだ」
てのひら
勘介は、その厚い 掌 で、
肩を揉むシマキの冷たい手を、ぐ、と掴んだ。
がばと、体ごと、シマキの方を振り返る。
「シマキ。 俺は、あの日の続きをしに、ここに来た」
熱のこもった声。 もう、後に引けぬ。
「組頭になった。 小さいながら、家も土地も持った。
もう、何も、はばかることはない。俺のところへ来てくれ。
俺のものになって、俺の子を産んでくれ」
シマキの細められた目が、うるんでふくらんでいく。
ああ、なぜ、もっと早くこうしなかったのだろう。
「待っていました。 ずっと、ずっと」
「だが俺は、おまえに、言わねばならぬことがある」
顔が熱くなる。 息が上がる。
それでも息をつぎ、口を動かした。
よどまぬようかまぬよう、一息で言いつくせるように。
「俺は、ソヨに触れた。 ハヤテを抱いた。
そしてふたりともに、嫁にすると言ってしまった」
そう、俺は確かに。 ソヨを口にし、ハヤテを貫いた。
そして嫁にすると言った。 間違いなく。
・・・いつ? どちらに、どう?
先ほどから心に引っかかるなにか。
しかし今の勘介には、そんなものはもはや余計なものでしかない。
「・・・ ・・・ ・・・」
「言い訳はせん。一度口にした言葉、取り消しもせん。
なんとしても、三人ともに幸せにする。 恥もかかさん。
だからどうか、俺のところに・・・」
ひ た っ 。
シマキのもう片方の手が、勘介の口をふさいだ。
眼が光っている。 髪が逆立っている。
「女たらし」
「・・・ああ」
「いくじなし」
「ああ」
「弱虫」
「その通りだ。許せとは言わん」
「許しません」
シマキは、ぐ、と勘介にもたれかかった。 力はこめていない。
力をこめれば、勘介などひとたまりもなくねじふせられるはずだ。
しかし勘介の身には、シマキの身の重さしか感じられなかった。
勘介はその重みを受けとめ、ともにしとねに身を横たえた。
ず っ 。
あおむけに横たわった勘介の上に、シマキが馬乗りになる。
襦袢がはだけている。 その下には肌着どころか、腰巻もつけていない。
ふたつのふくらみ、その先端の桜色、黒々とした茂み。
胸に押し付けられている部分は、どうしようもなく熱かった。
「遅かった。 長かった。 ずっと、ずっと待っていた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでも、あなたは今日、ここに来た。 約束を守ってくれた」
シマキはもどかしげに、襦袢をからだからふりほどいていった。
胸が跳ねる。 髪が波立つ。 ひねられた胴がしなやかにめぐる。
「だから、わたしも約束を守ります。 わたしの方から、あなたのもとへゆくと ―」
だから、シマキは自ら、この部屋へとやってきた。
念入りに体を清め、肌着も腰巻もつけず、すべての準備を整えて。
勘介はシマキの腰を掴み、みずからの腰へと押し下げた。
胸から腹へ、下腹へと、熱くぬらりとした感触が伝わる。
そこにはなめくじが這ったような跡がてらてらと光っていた。
シマキは顔を真っ赤に染め、目をそむけた。
「・・・んっ」
シマキの溝が、勘介の杭の上に嵌まる。
勘介は腰をぐっと持ちあげては降ろす。
ぬ ち ゅ 。 く ち っ 。
杭にこすられたシマキの溝から、ぬかるみの音が響く。
思った以上に大きく響いたその音に、シマキは顔が灼けるのを感じた。
「い、いやっ。 はしたない・・・」
「シマキ」
勘介はシマキの尻を抱え、軽く持ち上げる。
シマキはそれに応えた。 さらに。
「・・・んっ」
シマキの細い指が、勘介の野太いものを、自分へと導いた。
指でひらき、しっかりとあてがう。
すでにしとどにしたたっているそこは、ぷちゅと音を立て、勘介にくちづけた。
「約束しました。 わたしのほうから ―」
シマキは一気に、腰を落とす。
「ああっ・・・」
すんなりと、おどろくほどすんなりと、勘介はシマキに迎え入れられた。
二年。魔物娘の寿命からすれば、取るに足らぬ時間。
しかし人とともに生きて暮らす彼女らにとっては、けして短くはない時間。
その間、何度も、眠れぬ夜を過ごした。
あさましく自分をなぐさめ、みじめなやすらぎを得て、むなしくおのれを抱いて眠った。
とりすました顔の下にどうしようもない哀しさを閉じこめ、二年ものあいだ待ち続けた。
「あ! あっ! ああぁああぁあぁぁぁーーっ!」
そのあさましく、みじめで、むなしく、哀しい二年間が、いま報われた。
迎え入れた勘介が、落とした腰の奥の奥を叩き揺らした瞬間。
シマキのしなやかな体が大きく反り返った。
ただ一度、ただの一度叩かれただけで、
二年間の疼きを一息で吹き飛ばす風が、シマキの中に吹き荒れた。
「あ、ああ! ああああ!」
妹たちに聞こえぬよう、声を殺そうと思っていた。
そんな意などまるで介さぬ強さでシマキは巻き上げられた。
身に食いこんだもののわずかな突き上げで、かるがると宙に舞ってしまう。
勘介のほうは、最初からハヤテやソヨに隠す気などない。
「ああっ・・・ ああっ・・・!」
しまき
シマキの中で、 風 巻 が吹き荒れている。
勘介は渦巻く風の中にいた。
ふわりと迎え入れられ、こつりとあてがったと思った瞬間。
おのれがシマキに与えた衝撃が、大きなうねりとなって跳ね返ってきた。
そのうねりはシマキの体の中をかきまわし、外をかきみだし、天へと昇っていく。
その風が吹きすぎたとき、シマキは糸が切れた凧のように勘介の胸の上に倒れ伏した。
「ふーっ・・・ ふーっ・・・」
白い肌が朱に染まっている。
風巻の余韻がまだ、勘介を包んでいた。
勘介は腰をくい、と動かす。
こ つ り 。
「うふぁっ?!」
こつん こつん。
「はあ、あはっ!」
・・・ ご つ ん 。
「だっ、だめぇ! ・・・ーーっ・・・!」
一度叩くたびに、幾数倍もの力の風が跳ね戻ってくる。
数度叩いただけで、あっけなくシマキは吹き飛ばされてしまった。
風はつむじを巻いて、勘介をねじりしぼりあげる。
こつ、こつ、こつ、こつ!
「あ! だめ! わたし、まだ・・・ あ! またっ! あ、ああぁぁぁっ!」
こつんこつんこつんこつん・・・
「う、う、う、う、あっ、あっ!・・・あーっ・・・!」
ご づ ん !
「・・・ぁーーー・・・っ!・・・」
一度突けば風が吹く。 二度突けば風が巻く。 三度突けば嵐となる。
嵐はもはや止むことなく、シマキは地につくことも許されなかった。
木の葉のように、ただ風の吹くままに飲まれていくばかり。
勘介の体ががばと跳ね起きてシマキを抱き、そのまま布団へと倒れこんだ。
「う、あああっ! あっ!」
大きな厚い体に組み敷かれ、ゆすりあげられる。
体を押さえられ、外へ逃れられなくなった風が、シマキの中を跳ね飛んだ。
勘介のものもいままさにはじけとぼうとしている。
「あ、あっ、あ! ま、また!いくっ!」
「・・・シマキ、シマキ!」
「あぁあぁあーっ! いっ、くぅー・・・っ」
もう、なにもはばかることはない。
いままですんでのところで引き抜いてきたそれを、
今度は奥の奥にまで押しこんだ。
「あ! ・・・! ・・・・・・・っ! ・・・・あ・・・・」
出るという感覚ではない。 どば、と溢れる。
あとからあとからあふれ止まらない。
まだ足りない。 もっとだ。
「あ?! かはっ、はっ!」
勘介はほとばしらせながら、シマキを打ちすえた。
不意を突かれたシマキの体が反り返る。
「はっ、はっ! まだ、出てる、のにっ・・・」
勘介自身とあふれだすものが、同時にシマキを叩く。
二年のあいだ思いつめていたものをはるかに超える衝撃に、シマキは我を忘れた。
「う、う、う。 ふー、ふーっ・・・」
言葉らしい言葉も出せぬシマキを、勘介はひっくり返す。
膝を立てさせ腰を上げさせた。
シマキは人形のように、勘介に動かされるまま動く。
勘介があてがわれたその一瞬だけ、腰をくいとそらし上げた。
そして、一気に。
「・・・ーーーーーーーっ!!」
シマキは消し飛んだ。 風の中に自分が散っていくのを感じた。
もう声を上げることもできない。 体を動かすこともできない。
シマキの中だけに風がとどろきをあげて吹きすさぶ。
高くかかげた丸い尻だけが震えている。
その真ん中で、すぼまりがひくついている。
ざ わ ・・・
すぼまりの上の骨が、盛り上がり始めた。
全身にうっすらと、青い毛がのびはじめた。
すぼまりの下の茂みも、蒼くいろどられていく。
谷間で見た時のあの色だ。
ざわ ざわ ざわ。
シマキの白くしなやかな背中が、張りだした尻が、
たちまちてらてらとした蒼い毛並みに覆われていく。
すぼまりの上の骨が尻尾となり、その尻尾も蒼い毛に包まれる。
頭からはぴょこりと、小さくとがった耳がとびだした。
いたち
鼬 だ。 シマキたちの、真の姿。
「・・・ く く く く 」
四つん這いのシマキの喉から、鳩のような声が漏れる。
勘介が食いこんだままのみ尻をかかげ、ゆらゆらと振った。
勘介はやさしく、蒼い尻尾を撫ぜる。
「 くっ 」
ぴょんと跳ねるような声。
背筋をいちどきにふるわせるような感覚。
勘介は尻尾をしごきながら、シマキをゆっくりとゆすった。
「くっ くっ く か か か」
夜の森で遠くから聞こえてきた音。
シマキが顎をがくがくと跳ね上げさせるたび、その音が響く。
勘介は徐々に動きを早くしていった。
「 か かっ かっ かかか 」
ひとたび吹き去った嵐がふたたび訪れる。
蒼い体が波たちうねる。
「・・・く、お、おっ 」
「 お おお 」
「 ・・・ く ・・・ 」
押し殺した獣のうめき声。
山に潜む獣が外敵に目配せしながら漏らす、秘めやかなよろこび。
「 お ・・・ 」
シマキの頭がへたりと垂れた。 全身が緩む。
足と上体に支えられた尻だけがふらふらと浮いている。
じょろ じょろじょろじょろ
ばた ばたばたっ・・・
尻のあいだ、蒼い茂みの真ん中から、しぶきがあがった。
とめどなくあふれ、布団を叩き、しみをつくる。
ばた ばた ばだ びちゃ びちゃっ・・・
しみは水たまりになり、音は水音になった。
すぼまりがきゅっとしまるごとに、しぶきがぴゅっと噴く。
ぴちゃ ぴちゃ ・・・ぴちゃっ
最後の一滴が落ちたとき、シマキの体は大きくかしいだ。
自ら作った池の水をはじき、横倒しに倒れる。
「 く くー くー ・・・ 」
野に在る獣であれば、けして見せぬ姿。 顔。
シマキはそれを無防備にさらし、しばしの眠りについた。
「・・・ ん ・・・・」
シマキは夢を見ていた。
はるかな遠い昔、父と母とともに、野山を駆けた日のこと。
はるかな山並み。 高い空。 冷たく澄んだ風を切った。
・・・かさ かさっ
冷たい外気に触れ、シマキは目を覚ました。
さらりとした感触を、太もものあいだに感じる。
シマキはその感触を確かめようとした。
「お、起きたか」
シマキは勘介の腕の中にいた。
太い腕に抱きとめられ、仰向けに寝ている。
勘介のもう片一方の腕が、自分の上でなにやらもそもそとしている。
「い、いや。 やめて、勘介さん」
勘介は懐紙を手に取って、シマキからあふれでる自分のものを拭きとっていた。
気づけば布団もさらさらと乾いている。
それに気づいたことで、自分がつい先ほどこの上でどうなっていたかも思い出す。
「い、いやっ・・・」
体を起こそうとしたが、まるで体に力が入らない。
勘介の腕の中でむずかることしかできなかった。
勘介はそんなシマキを見て、笑った。
「はは、いいじゃないか。 俺もむかしは、おまえにこうしてもらった」
「あ、あれは、あなたが赤ん坊のころで・・・ い、いや」
「・・・お前にやりかえしてやれるとは、思いもせなんだ」
勘介の腕はどこまでもやさしくシマキをささえ、
どこまでもやさしくシマキをぬぐっていた。
シマキの体から、すっと、こわばりが引いた。
「・・・勘介さん」
「シマキ。 俺は、お前だけが好きだ。
そして、ハヤテだけが好きだ。 ソヨだけが好きだ」
― おまえたちだけが好き、ではない。 おまえだけが好きが、みっつある。
悪いおとこだとは思うが、俺のいまの、いつわらざる気持ちだ。
「・・・ ・・・ ・・・」
「我ながら軽薄だと思う。 だが・・・」
「違います」
シマキは勘介の腕に、萎えた腕ですがった。
― それが、それこそが、わたしたちを真に愛するということ。
あなたの思いは、わたしたちにとっての、無上の愛 ―
勘介はシマキを包んだ。 気づけば、窓の外がわずかに白み始めている。
秋口の払暁の冷気が部屋を包んでいる。
それでも部屋の中は、ふたりの愛の名残で、あたたかだった。
ば ん っ !!
唐突に目の前の障子が音たてて開いた。
そこにいたのは・・・
「・・・なっ!」
「あら」
「おつかれさんだね、おふたりさん」
「うふふ」
そこにはソヨがいた。 ハヤテがいた。
ふたりとも一糸まとわぬ姿で。
「さあ勘介、きっちり落とし前つけてもらおうか!」
「シマキお姉ちゃんをそんなにしちゃったんだもんね」
「・・・あたしたちのこともな。 言い訳は聞かねえぞ」
今さらのように勘介の肌は、表の冷気を感じ取っていた。
17/10/09 17:30更新 / 一太郎
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