連載小説
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第十一話



・・・どん どん どん


ぴー ひゅる ひゃら・・・



どこからか、遠く、祭囃子が聞こえる。

暗い部屋の中。 板張りの天井。

見覚えがある、シマキたちの家 ―



(なに、ぼーっとしてやがんだよ)


わきからぬっと、ハヤテの顔が現われた。


「うお?!」

(静かにしろいっ!)


ハヤテは小声で鋭くささやき、勘介の口を手のひらで押さえた。


(姉さんやソヨに、聞こえちまうって、言っただろうがよ!)

(お、おう。 すまん・・・)


この情景にも、憶えがある。

二十歳になるかならぬころ。権現さまの祭りの夜。

悪友たちからこっそりと離れ、ひとりこっそりシマキ姉さんたちの家へと ―



シマキ?


姉さん?



(なんだよ、またぼうっとして)

(あ、ああ。 ごめん)

(さっきの意気はどうしたんだよ)



― シマキ姉さん、すまん。 だが、俺は。

 もう、止まらん。 止められん ―



また頭を何かがちらつく。

頭の中と目に映るものが、先ほどからずれているように感じた。



(止まらんとか止められんとか、まったく。

・・・ちょっとかっこいいって、思っちまった。 へへっ)

(ハヤテ、姉さん)

(んで、どうするんだよ)



いつもの半纏ではない。 薄い襦袢をまとっている。

襟と裾が開き、内腿と胸元が覗く。

日に当たる部分は香るような小麦色。

当たらぬ部分は、シマキのそれよりなお白い。



(まったく、悪いこと覚えちまったんだな、勘介。

あたしのこと、どうするつもりだよ ー ?)



― ふふ。 悪い男ですね、勘介さん。

 わたしのこと、どうするおつもりなんですか ―?



またなにか、ずれを感じる。

だがもう、そんなものにかかずらってる暇はない。



(・・・姉さん)



襦袢の紐を掴み、引いた。 はらりと解ける。

襦袢の合わせ目を開いた。 はらりと落ちる。



(勘介、さん)



小麦色の手と足。

胴は真白かった。

胸も腹もへそも、ふたつのふくらみも。

その先、てっぺんだけが桜色。



(ハヤテ姉さん。 約束、憶えてるか)

(忘れるもんか。 ずっと、ずっと待ってた)




― 勘介。 いつかきっと、今日の続き、しような。

 あたし、待ってる。 ずっと待ってるから ―



(俺も約束した。 あなたと―)



あなたと?



― でも、おれ、いつか、姉ちゃんを嫁にもらう!

 ちゃんといっしょになって、子どもつくるよ!




・・・ソヨ? ハヤテ・・・?




(覚えてるよ、それだって、絶対忘れない。

 あたしいつかきっと、あんたの赤ちゃん産むんだ・・・)

(・・・すまん。 それは、まだできない)

(・・・・・・・・・)

(俺はまだ、ただの若造だ。 あなたを養える力がない。

・・・だが、きっと。そう遠くないうちに必ず、俺はあなたを迎えに行く)

(・・・そうか)

(絶対にそうする。 どこにも行かず、姉さんを連れて帰る。

俺は今日、そのあかしを立てるためにここに来た)


ハヤテの頭に腕をめぐらせ、顔をぐいと引き寄せる。

上気した顔。 吐く息が熱い。



(ハヤテ姉さん、俺のものになってくれ)

(・・・じゃ、あなたとか姉さんとか、もうやめろよ。

あたし、あんたのもんに、なるんだろ?)



― シマキ姉さん。 俺のものになってくれ。

― 姉さんは、もう、やめにしてください。

 わたし、あなたのおんなに、なるんでしょう ―?



(ハヤテ) (勘介さん―)



ふたりはお互いをかき抱いた。

口をつなぎ、腕をまわし、胸を合わせ、足をからめ 、

お互いのぬくもりとうるおいを、こすりつけあった。




― ・・・薬? 塗らないか、って?



― いや、いらない。



― わかってるさ。 よく効く薬なんだろ?

 痛くなくなって、とっても気持ちよくなるんだろ?



― それが、嫌なんだ。 痛くてもいい、痛くしてほしい。

 あたしは気持ちよくなれなくても、いい。

 最初くらい、あたしだけで、勘介をうけとめてあげたい ―




(何か言ったか?)

(ううん、何も。 ・・・来て)



勘介はおのれを茂みの奥、ハヤテの芯にあてがった。

熱くうるむそこに、深く一息に ― 。


「あ、ぐっ!」


押し殺した苦鳴が漏れる。

ハヤテの体が痛みに跳ね、勘介を押し戻す。



(・・・ハヤテ)

(ごめん、勘介さん)

(・・・・・・・・・)

(平気だよ。 びっくりしただけ。 さ、もう一回)



つとめて明るく軽く言っているが、顔はまだ青ざめている。

しかし、その瞳の色は強かった。 覚悟の色。



(わかった。 待ってろ)

(え、あ、あっ)



勘介はハヤテに口をつけた。

入り口、その奥を丹念になめまわす。

おのれの唾とハヤテの露で、しっかりとそこをうるおした。



(いくぞ)

(うん)


痛いか、苦しいか、もうやめようかと問いかけたい気持ちを、勘介はぐっとこらえた。

破瓜に臨むおんなの気持ちは分からない。だが覚悟を決めたものの心根はわかる。

いざ出陣というときに痛いだろ苦しいだろもうやめろと声をかけるのは侮辱以外の何ものでもない。


勘介はうるむそこにふたたびおのれを押しつけた。

ハヤテも手を添え、しっかりとあてがう。

そしてもう一度、一気に奥へと。


(くっ・・・ ああっ)

(・・・ハヤテ)


今度こそ、勘介はハヤテを一文字につらぬいた。

灼けるような熱さに包まれる。

ハヤテのしなやかな体の内と外が、痛みにおののくのを感じる。


(・・・すまん)

(あやまら・・・ないでっ、う・・・)


つっと茂みの中から、朱いしずくが落ちた。

腰の下に敷いていた懐紙を、朱く濡らす。


(ああ、ずっと、ずっと待ってた・・・ あたし、嬉しい・・・)

(動くぞ)


勘介は静かに、ハヤテを揺らす。 赤子をあやすよりもなお静かに。

それでもひとゆすりごとに、傷が開き引き攣れ、血が流れる。


(痛いか。 ・・・痛いだろう)

(あ、あっ・・・ あたしに、かまわないでっ!)

(・・・ハヤテ)
 よ
( 悦くなって、悦くなっておくれよ、勘介さん・・・ あたしのは、ダメかい?

あたしのは、あんたを、悦くしてやれないのかい・・・?)



― わたしに、構わないで。 どうか、悦くなってください。

 わたしのは、あなたのを、悦くできていますか ―?



勘介はハヤテの背中を、ぐ、と抱き寄せた。

こんなにも細く、薄かったのか。


(あっ)

(ハヤテ。 おまえは、すばらしい)


勘介は動いた。 できるかぎり優しく、それでも己が昂るほどに。

ハヤテは痛みから逃れようとする躰を、己が意で勘介に縛りつけた。


(あ あ! あっ、あうっ!)

(ハヤテ、ああ、ハヤテ!)

(悦いの? 悦いのかい、勘介さん?!)

(悦い! いいぞ、おまえの ―)


勘介はあからさまに、そこの名を口走った。


(ああ! あああっ! 嬉しい、あたし、嬉しいっ!)

(いくぞ! ハヤテ、いくぞっ!)

(ああっ、来て、勘介さん! あたしの―)


ハヤテも、産まれて初めて、そこの名を口にした。 そこに来てほしいと。

だが、勘介は、満身の力と意をこめて、そこからおのれを引き抜いた。

先端のかえしが傷口を揺らし、さらなる痛みがそこに響く。


(う、っく!)(お、おおっ・・・)


わななく傷口に、熱いものが何度も浴びせられた。

ぬめりのあるそれは、傷口にはりつき灼きこがす。


(あ、ああっ。 熱い・・・)


そのときハヤテが感じていたものは、快楽とはとても言えなかったろう。
                       ほしいまま
灼ける痛み、裂かれる痛み、押しつぶされる苦しみ、   恣    にされる哀しみ。


しかしそれらは痛みであり苦しみであり哀しみであったが、それらを超えるもの。

快楽も悦楽もかなたへ置き去りにする、高みの感覚。


(勘介・・・ さんっ・・・)

             はりつけ
遠い国の神の子が、  磔  にされ槍で貫かれたときの、

大いなるつとめのために、己が身をささげた、その感覚。

人が感じうる感覚のその先にあるとろまで、ハヤテのこころはうち流されていった。






(ハヤテ、大丈夫か)

(んっ・・・)


勘介の低い静かな声が、高みからハヤテを連れ戻した。

果てしない空を降り、揺らがぬ大地に抱かれたような感覚。


(あ、ああ。大丈夫、だよ。)

(痛かったろう。 苦しかったろう)

(こんなんでへばってたら、赤んぼなんて産めやしないよ)

(・・・だが、こんなに、血を流して)

(だから大丈夫だってば。 鼻血みたいなもんさ)

(ふ、ははっ)

(へへっ)



ひりつくく傷口が、少しの動きでもじくりと痛む。

ハヤテにまた何者かが、薬を塗らぬかと訊いてきた。

そして邪魔だあっちへ行けと追い返された。



(ようやくこれで、あんたのものになれた。

あたし、ずっと待ってたんだよ。 勘介さん ―)



― ようやく、あなたのものになれた。

 わたし、ずっと、待っていたんですよ。 勘介さん ―



(待たせたな。 すまなかった。 だが ―)

(待つって。 ゆっくり、楽しみにな。 あたしは魔物。

十年二十年でもぜんぜん平気だぜ)

(そこまでは待たせない。 そう遠くないうちに、きっと)

(な、勘介。 あのさ ー)


・・・・・・・・・・・・・・・


(それはだめだ)

ハヤテの言葉に、勘介ははっきりとかぶりを振ってこたえた。

(えー? なんでさ)

(男の沽券にかかわる)

(いいじゃん、そんなの。 それにさ、あたし、本当に嬉しかったんだぜ?

あんたがここに来てくれてさ)

(それはわかった。 だがそれでもダメだ)

(けちんぼ)

(おまえたちには、これ以上、気を遣わせんさ)



勘介とハヤテは、そのまま互いを抱き合い眠りについた。

満たされた眠りの前に、痛みが引いていく。




―約束、これで、きっちり守れたな。

 まあ、破っちゃいなかったんだけど、さ。





             ・
― でもやっぱり、あたしでやらなきゃ、ダメだとおもったから ―


17/10/08 21:26更新 / 一太郎
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