第二幕
それからおつるは、武三といっしょに暮らしはじめた。
最初はうたぐっていた武三も、おつるといっしょにいるうち、
すっかりわだかまりがとけていってしまった。
おつるは本当に気立てがよく、はたらきもので、裏表もない性格じゃった。
それでも武三は、やはりあのときのことが気がかりじゃった。
(どうやら、おらを化かそうとしてたわけじゃないようじゃ)
(それならなおのこと、なぜあんなまねをしたんじゃろうか)
武三はおつるに何度か、それとなくたずねてみた。
でもおつるは、にこにこと笑ってはぐらかすだけじゃった。
そしてそういう晩は決まって、おつるは自分から武三のねどこにもぐりこみ、
武三がわけがわからなくなるまでも、わけがわからなくなってからも、
夜が明けて日が高くなるまで、ずーっとたわむれつづけるのじゃった。
”あたし、あんたのものがいい”
”あたし、あんたのものがいい ―”
武三はしゃかりきになって、山をかけまわり、畑をたがやした。
おつるにちょっとでもいい目を見せよう、いいところをみせようとやっきになった。
おつるはそんな武三のことを、かいがいしくささえておった。
そしておつるが住みこんでちょうど一か月になろうかというころ。
武三は珍しく里に下りていた。
味噌に塩に米、ほかにも必要なものはいろいろある。
おつるがなめしてくれた毛皮は飛ぶように売れた。
そして、そのお金でいろいろと買いものをすませた。
用を済ませた武三は、山へ戻ったのじゃが・・・
ざ あ あ あ あ ーーー・・・
山道を半ばまで登ったところでにわかに空がかき曇り、
たちまち雨風がざあざあごおごおとふりかかってきた。
雨風はますます強くなり、たちまち秋の嵐となった。
ご お お お お ーーー・・・
山ずまいの武三もこれにはたまらず、目についた洞窟に飛びこんだ。
背中の荷を下ろし手の荷物を置き、なんとかかんとか一息ついた。
雨風はどうにかしのげそうじゃったが、夜になっても空は荒れ狂うばかりじゃった。
ざ あ あ あ あ ・・・ ご お お お お ・・・
もう今が夜ともいつとも知れぬなか。
疲れはてた武三は丸まって横になりながらふるえておった。
火をともすこともできず、冷えたからだでは眠りにつくこともできない。
そのとき ―
「失礼、いたします」
ふいに、若いおなごの声がした。
ぱっと飛び起きた武三の目の前に、笠をかぶった三人のおなごが座っていた。
「おどろかせて、すみませぬ」
「この雨では、からだが流されてしまいそうでした」
「どうかわたしたちも、ここにおらせてくださいませ」
おつるとくらしてきた武三には、この三人もきのこの精であることが一目でわかった。
三人は順々に笠を取っていったが、笠などまるで役に立たんかったのじゃろう。
見るもあわれなほどずぶぬれになり、顔もまっさおになっておった。
三人の名前はしい、まつ、まいといって、このあたりに棲んでおるきのこだという。
三人は名を名乗ってから、さらにふかぶかと頭を下げ、武三に頼みこんだ。
その上品な顔と立ちいふるまいは、まるでお公家さまのむすめごのようじゃった。
「わたしたち、このままではこごえてしまいます」
「あなたさまにもうお相手がおらっしゃることは、わたしたちにはわかります」
「その上でお頼み申します。 どうかわたしたちに、ぬくもりと―」
「お情けを、ちょうだいできませぬか」
三人は武三の足元の地面にぺったりと伏して、そう頼みこんだ。
ぬくもりがほしいとは、すなわち着物を脱いで、肌をあわせてはもらえぬかということ。
お情けがほしいとは、すなわち武三の精を、からだの奥深くにそそいでもらえぬかということ。
「だめじゃ」
「・・・そこを、なんとか」
「人の、男の肌でなくては、もうだめなのです・・・」
「わずかでも、ぬくもりと、お情けをいただければ・・・」
三人の娘はくりかえし、武三にたのみこんだ。
歯の音をかちかちとならし、お願いしますお願いしますと頭を下げた。
「・・・情けは、やれん。 それだけはやれん」
「・・・それで、ようございます」
「武三さま、恩に着ます」
「このこと、けして、口にはいたしませぬ」
しい、まつ、まいはずぶぬれの着物を脱いだ。
そして武三のそばにあつまり、着ているものをするすると脱がせた。
「そいつを使え」
「よいのですか」
「しょうがない」
三人は武三の服を使って、からだの水をぬぐった。
武三は、銭と大事なものが入っている包みをまくら代わりにして、その場にふせた。
娘らは胸をおさえてさきっぽをかくし、ひざをとじてしげみをかくしたまま、
水気を切った白い肌をぴたり、ふわりと武三にすりよせる。
武三の体も冷えておったが、三人の体はもう氷のようじゃった。
「ああ、あったこうございます・・・」
「・・・はあ。生きかえるようです」
「ふうう、助かりました、はああっ・・・」
三人の体は武三にふれ、すこしずつぬくもりはじめた。
武三は三人の冷たい肌に触れ、ほわんとたちのぼる甘いにおいをすいこみ、
おのれがどうしようもなく張りつめはじめた。
武三はそれを三人にふれさせぬよう、地面に伏せておおいかくした。
三人もけして、それにふれようとはしなかった。
しいも、まつも、まいも、武三のたくましい背中にふれ、むわりとした男のにおいを嗅ぎ、
自分たちのものがどうしようもなく、あつくうずいて、じっとりとしめってきた。
ずっと奥のほうも、お情けがほしいよう、ほしいようと、うえてかわいてもだえておった。
・・・ どくん どくん ・・・・
けれど三人とも、うずいてもだえてどうしようもなかったそれを、
けして自分でさわろうとも、武三にくっつけようともせんかった。
ざ あ あ あ あ ・・・ ご お お お お ・・・
あれから、どれだけの時がたったのだろう。
嵐はますます強くなり、雨と風の音が洞窟いっぱいにごうごうとなりひびいた。
けれど娘らと武三の耳には、もうそんなものも入らんようになっておった。
・・・ふー、ふーっ・・・
は、はあっ、はあっ・・・
う、うっ、うう・・・ぅ・・・
しいも、まつも、まいも、男の肌にふれつづけ、もうどうにもたまらなくなっていた。
肌はあたたかくぬくもっていたが、からだの芯はまだ冷えたまま。
三人の奥そこが、あったかいものがほしいようと、ぶるぶるぶるぶるあばれていた。
・・・ と ろ り 。
娘らのしめってきたものが、ついに外までとろとろあふれだしてきてしまった。
三人はそのしたたっていったひとしずくさえ、武三のからだに触れさせようとはせんかった。
どくん どくん どくん 。
三人は武三のからだにぎゅうとしがみつき、ふう、はあと息をはきながら
自分の指を、手の甲を、腕をがぶりと噛みしめて、たえにたえておった。
う・・・ ぐ・・・
しがみつかれた武三も、もうどうにもならなくなりかけていた。
娘らの肌からたちのぼるゆたかな香りは、武三の頭を芯からとろかしていた。
さらにきのこ娘らの肌から武三のからだに、魔物の氣がしみこんでいく。
・・・は、はりさけそうだっ・・・!
武三のからだに入りこんだ魔物の氣は、なかでいやらしくうずまき、
武三のふぐりにたまりこんでぱんぱんに張りつめさせてしまった。
からだの下と地面にはさみこまれたさおが、ずきんずきんと脈うって痛んだ。
ふ、ふうー、はあーっ・・・
う、ぐう・・・
武三の頭の中を、けだもののような欲がぐわんぐわんと荒らした。
けれど、きのこ娘らの中は、それ以上に荒れくるっておった。
人やけものの欲などくらべものにならん、魔物の欲でもって。
だ ・・・ だ め だ ・・・
とうとう、武三の腰が、ぶるぶるっとおののいた。
さきほどから香ってきていたおとこの匂い、
それがむわあっと、武三の腰の下から吹きあがってきた。
・・・!!!!!
しいとまつとまいの目が、くわあっと見開かれた。
つりあがってらんらんとかがやく妖しいまなこ。 口もぐわあっと開かれる。
お公家さまのような上品な顔が、魔物のものへとかわりはてた。
・・・ほ、ほしい! ほしいぃっ!!
たまらない! しんぼう、できないっ!!
も、もう、だめえっ・・・!
三人のからだの奥そこに火が、ぼっとともった。
火はじりじりと身のうちを焼き、もう寒いどころではなくなった。
それでも娘らは、どうにも武三からはなれられん。
どくん どくん どくん どくんっ!
魔物の娘の奥そこが、もっと火をおこせと大あばれした。
あのおとこのをよこせすわせろしゃぶらせろと、外に飛び出さんばかりじゃった。
娘らは妖しい目を見合わせ、武三をつかむ手に、魔物の力をこめた。
もう、いいよね。 こんなにこんなに、がまんしたんだもの。
ぜったい、ばれるだろうけど、かまうもんか。 しらを切り通してやる!
武三さん、あなたが悪いんだ! こんなにやさしいから、こんなにいいにおいだから!!
も う 、 も う 、 わ た し た ち っ !!
「・ ・ ・ お つ る ・ ・ ・」
そのうめき声を聞いたとたん、娘らの欲が、すとんとおさまった。
奥そこの火がふしゅると消える。からだに寒さがもどってきた。
おつる、おつる。
お つ る ・・・ っ
武三はまくら代わりの包みにぎゅうとしがみつき、
おつるの名前をくりかえしくりかえし、うわごとのように口にしていた。
”あたし、うれしかった”
”うれしかったんだよ・・・”
お つ る ・・・
娘らは冷えてしまったからだを、今度はそっと武三によせた。
けれど娘らの肚の奥そこには、まだちろちろとわずかに火が残っている。
そしていまは胸の中にも、あたたかな火がともっている。
そのぬくもりが、娘らの芯をあたためていた。
・・・武三さん。
けれど、肚と胸だけでなく、頭の芯にも火がともっていた。
その火がじくじくと、頭のなかを焼きこがし痛めつける。
・・・ああ。 おつるさん。 あなたがにくい。 うらやましい。
こんなにも、こんなにも想われている、あなたがねたましい。
なぜ、なぜ、あなたなの? わたしたちが先に、このひととお会いしていれば・・・
三人のきのこ娘は、名とにおいしかわからぬ、顔も知らぬ同じきのこ娘を、
焼きこがれるほどにねたんだ。 そしてあさましい自分らをそねんだ。
三人はせめてこれぐらいはと、武三の肌をそれぞれに愛でた。
しいは武三にまなこをおしあて、にじみでてくる涙をすいとらせた。
まつは武三に耳をおしあて、どくんと打つ心の臓の音を聞いた。
まいは武三に小鼻を寄せて、おとこのにおいをすうっとかいだ。
おのれの熱と武三の熱につつまれた三人は、
さきほどまでがうそのようにやすらかに眠りについた。
その寝息を耳にした武三も、深い深い眠りに落ちていった。
四人がめざめたのは、日もだいぶ高くなってからじゃった。
外はきのうの嵐がうそのように、さんさんとしたお日様がてりつけておった。
しいとまつとまいは、しけった着物をまとい、何度も何度も武三に頭をさげ、
くちぐちにお礼を言った。
「今日のこと、けしてけして、口にいたしません」
「けれどわたくしたち、あなたさまから受けたご恩、忘れませぬ」
「武三さま、どうか、おたっしゃで」
そう言って三人は足早に、その場を立ち去っていった。
まだからだの奥そこがむずむずしている。 入り口もぴりぴりうずいている。
ここまで我慢したのに台無しにするわけにはいかんと、逃げるように帰っていった。
それでも、三人の胸の中は、あたたかいもので満たされておった。
わたしたちにむけられたものでは、なかったけれど ―
それでもわたしたち、一晩じゅうふれつづけることができました。
おとこのひとの、まごころに ―
わたしたち、このこと、ずっとずっと忘れません ―
ぬれた着物が肌にべとり張りついた。
ぬれたぞうりが足の裏でぐじゅぐじゅ音を立てた。
それでも三人の心もちは、秋の陽ざしのように晴れやかじゃったとさ。
17/11/02 20:52更新 / 一太郎
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