連載小説
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第九話


「なんでえ?! 結局あたしたちのせいだってのかよ!」



三姉妹の家に、ハヤテの素ッ頓狂な声が響く。

居間の真ん中に布団が二枚横並びに敷かれ、

その上に勘介がどっかと横たえられていた。



「おまえたちのせいじゃあない」
   かまいたち
「でも、 鎌 鼬 のせいだって言ってんじゃねえか!」

「おまえたちとは違う鎌鼬のことだよ」

「はあ?」



勘介は包帯をソヨに巻きなおしてもらいながら答えた。

その横ではシマキが冷水にひたされた手ぬぐいをしぼっている。



「あたしたちじゃない鎌鼬? 別の魔物ってことか?」

「魔物娘じゃないほうの鎌鼬のことさ」

「え、えっ?」
   はし
「山を 疾 る一陣の風。 それが振るう見えない刃 ―」


勘介の言葉を受け、シマキが続ける。


「人を音もなく斬りつけ、血を吸い肉をはみ、姿なく去っていく。

この山に古くから言い伝えられてきた話」



シマキは淡々と話す。 宮司に代わり神事に就くときのように。


      いづな のぶすま かざかま
「鎌鼬、 飯 綱 、 野 衾、  風 鎌。 いろいろな名で呼ばれてきたものです」

「聞いたことはある。 権現さまも、見えない刃を振るうというな」


シマキはふっと顔を伏せ、勘介に答えた。


「その通りです。山を荒らすものに、罰を下すために振るう刃だと」
       ・ ・ ・
「その正体が、そいつってことか」


ハヤテは勘介の枕元に置いてあるものを指していった。

懐紙の上に置かれ、きらきら光っているもの。

薄く削げ剥げた、無数の水晶の欠片。 金属片。

水晶はもちろん、金属片でさえ向こうが透けるかと思えるほど薄い。

勘介の傷口から取り出されたものだ。


「そうだ。 山に吹く風がそいつらを巻きあげ、吹きつけてたんだ」

「このお山はむかしっから、水晶が採れてたもんね」

「水晶を掘れば山が荒れ、欠片が散って、風に飛ぶか。 理屈は通ってんな」


ハヤテは紙の上のかけらを拾い上げ、しげしげと眺めた。

勘介の体から出てきた無数の破片。

そして金属片の中に、夜を徹して谷間を探していたハヤテが見つけ出した

谷間に打ち捨てられた欠けた鏨とぴたり一致するものが出てきた。

それが決定打となり、三姉妹は赦免とあいなったのである。


「土砂をとるために切り出した谷間。 狭い岩間のあいだを風が吹き抜け、音を鳴らす」


それが、あの怪鳥の啼き声。


「そうして速さを増した風が、谷間の中で渦を巻くっていう寸法さ」


それが刃を巻きあげた風。


「それが連中が放り捨ててたくずを巻きあげてたってんだろ? ふざけやがって!」


水晶を掘った後に出るくず石、金具の破片。 それが見えない刃の正体。


坑夫たちはそれらを土砂を掘りとったあの谷に、

届け出もせず土もかぶせずまとめて投げ捨てていたのである。


「なんか変だと思ってたんだよ、姉さんもそう言ってたろ?」

「ええ」



― あの、同心さま。 お聞きしたいことが。

― なんでしょう。

― なぜ斬られた者たちは、あのような刻に、あのような場所にいたのですか?

― ・・・わたしのあずかりしらぬことですよ。



「とっくのとうに道はならし終わってたんだ。

土砂がいるとしても、あんな夜更けにくることなんてねえんだ」

「親方の命でもって、人目を忍んでこっそりと捨てていたようだな。

山や里から集められた連中は、悪いことだと知らされてなかったようだが」

「ご定法破りじゃねえか、くそったれ!!」


ハヤテは手にしたかけらをぺきりとへし折った。


「その親方はどうなったんだよ! 百叩きくらいにはなったんだろうな?!

あの青びょうたんだって知ってやがったんだろ?!」

「親方は百叩きの上所払いになったぞ。 どっちも銭を収めて免除されたが」

「はあ? ワイロかよ?!」

「ご定法のうちさ」


親方はさすがに表立って鉱場にでることはなくなったが、

いまでもひっそりと裏方の仕事を行っている。


「同心さまは知らぬ存ぜぬの一点張り。 証拠も出ずおとがめなしさ」

「なんだよそりゃあ?! あいつが黒幕じゃねえのか!

ご定法破りの罪をあたしらにおっかぶせようとでもしたんじゃねえのかよ!」

「親方たちがそう証言したんだよ。 同心は関わってないって。

あの堅物は袖の下ひとつ受け取ってないってさ」

「あの堅物ぅ? ・・・あいつ、堅物なのかよ」

「堅物ではあるだろうな。 石頭ではないだろうが」


包帯を替えてもらった勘介はどっかと横になり、天井をにらんだ。

天井板に張られた木目の数を数える。


「よくある話なんだ。 くずを捨てる前に届け出するのがご定法だが、

杓子定規に守らせてたら身代潰すところが出てきちまう。

お奉行ももちろん守らせるようにはするが、こっそり目こぼしすることもあるんだとさ」

「あの人もおそらく、うすうす感づいてはいたのでしょう。

あの時何も言わなかったのはたくらみではなく、彼らをかばったか・・・」

「バレたときに巻き添えを食いたくなかったんだろうな」

「なんだよ、それ」


ハヤテは憮然とした様子で、畳の上に寝転がった。


「なんだかすっきりしねえなあ。

もっとこうさ、悪代官とか、親玉みてえなやつがいてさ。

そいつをずっぱりやって一件落着ってさ・・・」

「この件には、悪い人なんてひとりも関わっていないのですよ」


シマキは勘介の顔を冷たい手ぬぐいで拭きながら、そう言った。


「親方は問屋の催促を受けて焦っていた。 手間も金もかけられなかった。

あいつは怪しい連中もやとわなかったし、金払いも良かったんだ」

「同心さまがああ言っていたのは、わたしたちだけにではありません。

あの人は相手が人であれ魔物であれ、疑うべきところを疑っていただけなのです」



― 魔物らに過ぎたる情けをかけることは、人と魔物の間に更なる溝を刻むことになる。

 それは人にも言えること。 魔物はかつて人を殺し、人はかつて魔物を殺した。

 魔物と人、ともに等しく疑われ等しく調べられ、等しく裁かれるべきである ―



「あの方が与力さまの前で、そう言っていたのを聞いたことがあります」

「・・・お堅いやつなんだなあ」


ハヤテは沙汰止みを報せに来た同心の声と姿を思い返していた。


― これにて赦免といたす。 今後とも里と山のために尽くすように。


いつものぶらぶらした様子ではなく、堂々とした姿勢で朗々と文面を読み上げる様子を。



「心底悪いやつ、性根の腐り果てたやつなんて、いないこともないがそうそうはおらんのさ」

「人も魔物も、みな等しく、ちっぽけで弱く、優しいだけなのです」


シマキは勘介の汗を拭きとり、手を額に当てた。

ひやりとした感触がここちよい。


「あーあ、ままならねえなあ。 けっきょくあたしたちゃ疑われ損のくたびれもうけかよ」

「もうけならあったろうが。 お見舞金、もらったんだろう?」

「スズメの涙だよ」



奉行所、そして鉱場から、いくばくかの詫び金はとどいていた。

その両者から以外の金子が混じっていたのは、

沙汰止みの知らせとともにそれを届けた同心以外は知らぬことである。



「沙汰破りを目こぼししてもらったんだ、貰えるだけでも御の字だろう。

まあ、しばらく厄介になるからよろしく頼むぞ」


勘介はごろんと横を向き、ハヤテのほうを向いてにかっと笑った。


「あたしたちは構わねえけどよ。 あんたはいいのかよ」

「救護所に行くよりここのほうが安いし早いさ。

おまえら、いまふところが多少なりともあったかいんだろ?」


確かにそうだ。スズメの涙といったがそこまででもない。

一か月はたつきに困らない程度はあった。


「おれのおかげで沙汰が止んだんだ、

これっくらいはしてもらってもいいだろう」


太い顔でくったくなく笑う。

ハヤテはぱっとその場で立ち、きびすを返した。


「好きにしやがれ。 ソヨ、頼んだぞ。 風呂沸かしてくらあ」

「はあい」

「わたしはご飯の支度をしてきます」



ふたりは障子をからりと開けて出ていった。

ぱたんと閉めた、その向こうで。




― どういうつもりだろうな。




押し殺したハヤテの声。




― どうでしょうね。




普段よりもさらに、静かな静かな、シマキの声。




― いくらあの朴念仁でも、なあ。

 この家にはあたしたちしかいないんだぜ?

― そうですね。

― 近くにほかの家だってありゃしない。

 こういうのはさ、普通だったらさ、なあ?

 でもなあ・・・



勘介は朴念仁ではあるが、木石ではない。
     ・ ・
おそらくはそのつもりで来たのだろうが。



― あの人がもし、覚悟を固めてきたのだとしたら。

― ・・・・・・・・・・・・・・・

― わかっていますね、ハヤテ。
                  ・ ・
― ・・・ああ、わかってる。 あたしたち四人でしっかり決めたことさ。

― とりあえず、ソヨにまかせましょう。

 最初はあの子。 約束通りに ―




ふたりは足音も、息の音さえもたてず、廊下を歩き去っていった。




「はいカンちゃん、これ」


ソヨは勘介に、湯呑に入ったぬくい白湯を差し出した。


「薬か?」

「うん、痛みが引くよ」

「ありがとう、ちょっと寝るよ」

「お風呂沸けたら、起こしてあげるね」

「おう」


ソヨも部屋を出ていった。

よく干された布団の上で、勘介はまどろむ。



― ソヨ。 ハヤテ。 シマキ。



シマキらが考えたように、勘介は相当な朴念仁である。

ただならぬ仲となっておきながらも、

三人いずれにもあまりはっきりしない態度をとりつづけた。



― それも、もう終わりだ。



ただ、朴念仁ではあるが、たらしこましの素養は彼にはまるでないだろう。

ああいうことをしておきながらしらを切って離れられるほど、勘介は器用ではない。

しかし迷いはあった。悩みはあった。

ずるずると答えを先延ばしにしていた矢先、鎌鼬騒ぎが起きた。



― おれはやはり、逃げられんのだ。



三人が奉行所に連れ去られた時。

もう会えぬかもしれぬと思った時。

勘介の頭から分別が吹き飛んだ。

体から鬼か明王かという力が湧いて出た。



― やはり俺は、離れられぬ。

 「姉さんたち」と、別れられぬ。



勘介はごまかし続けてきたおのれの想いを、しっかり自覚していた。

これにすみやかに決着をつけねばならぬことも。



― これ以上、待たせるわけにはいかぬ。

 どういう結果になろうと、筋は通さねば―



迷い、悩み、覚悟をぐるぐると巡らせて、勘介はしばし眠りについた。









 ち ゅ 。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・」




ちゅ、ちゅ、ちゅ。


ぺろ、ぺろ。



「・・・・・・・・・・・・・」



さわ、さわ。 すり、すり。

くにゅ。  ・・・くちゅ。



「・・・んっ」



自分に誰かが触れている。

勘介は目を開いた。

ほの明るい板間。 高い梁。

背中に当たる硬い板の感触 ―


「・・・ん?」



さきほどまで自分は、布団の上で寝ていなかったか?

天井のある部屋で ―



「カンちゃん」



下腹のあたりから声がした。



「ソヨ・・・?」



上体をむくりと起こし、確かめる。

そこには。



「ふふ」



ソヨがいた。




固く張りつめたおのれを、ぽうと赤いほほにさすり寄せた、ソヨがいた。




「ソ、ソヨ姉ちゃん?!」

「カンちゃん。 お約束、守りに来たよ」

「え?」

「あのときした、お約束。 わすれちゃった?」

「あ・・・」



― ふふ、悪い子だね、カンちゃん。
   よ
 ソヨ、悦くなっちゃった。 ありがとね。



― カンちゃんがおっきくなったら、

 こんどはソヨがしてあげるからね。

 約束よ?





― ソヨ、カンちゃんのことも、きっと悦くしてあげるからね ―



17/10/06 23:18更新 / 一太郎
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