第一話
ころ、ころ。 ころ。 ころ・・・
りー りー りー・・・
ガサ ガサ ガサ
ド シ ャ ッ 。
「終わったぞう」
「ひきあげんべい」
ピ ー ・・・
よびこ
「うん? 呼 子 か?」
「なにかあっただか・・・」
・・・ ピ ー ・・・
「・・・大きくなっとる?」
「な、なんじゃ・・・」
・・・ ぴ い い い い い う う う う う !!
「わあ?!」
「ぎゃあ!!」
ザ シ ュ ッ !
―――――――――
「だから知らねえっつってるんだろ!!」
威勢のいい啖呵。 切っているのは若い女性。
赤い半纏。 そこからのびるまっすぐな手と足。
赤い手ぬぐいを喧嘩かぶりにまきとめている。
「知らんじゃすまされませんよ」
啖呵を切っている相手は青白く長い顔の男。
二本刺しの同心。
「知らねえもんは知らねえんだよ! とっととここから出しゃあがれっ!」
「それができたら苦労しませんってば」
やわい物腰、丁寧な受け答え、ことごとく気がこもっていない。
相手を見下しているのがまるわかりの眼つき。 嫌な、嫌ァな男だ。
こいつにこんなところに放りこまれたかと思うとますますむかっ腹が立つ。
岩場に深く掘りぬかれた坑道、岩をくりぬいた一部屋。
水晶の鉱場の、奥の奥のどんづまり。
「なにが苦労だこのうらなり野郎! 苦労してんのはこっちだよ! だいたいなあ・・・」
「よしなさい、ハヤテ」
静かな声がいなせな女性を制する。
しらおもて
声の主は、 白 面 の女性。
「ね、姉さん」
「これは奉行所のお沙汰。 このかたに言っても、らちは空きません」
結わず肩へと垂らした髪、柳葉柄の白い小袖。
涼風のような声で妹、ハヤテをさとす。
「よくおわかりで、シマキさん」
「・・・わたしたちをお疑いになるのも、無理からぬこと」
この数日、水晶の採掘場となった山中で、奇怪な出来事が起きていた。
岩だらけの谷間、月の高くのぼる刻。
やにわに巻き起こった一陣の風とともに、人が切り裂かれていく。
そのなにものかは姿も、刃物すら見せず、たちまちその場の人夫を血祭りにあげた。
わざ
「風とともに現れ、姿も見せず人を斬る。 わたしたちの 業 、そのものです」
シマキと呼ばれた女性は、目を伏せ、静かにそう言った。
このふたりは、人のものでない業をあやつる。
いや、それ以前に人ですらない。
ふたりとも、見た目はほとんど人間と変わらない。
しかし、この山には知らぬものなどいない。
ふたりの手には、鋭い刃が隠されていることを。
それは仕込んだものでなく、生まれ持った体の一部であることを。
シマキの腕のそれは、一振りで大木をもなぎ倒す。
ハヤテの腕の刃は、鉄兜も南瓜のように切り刻む。
しまき はやて はや
眼にも止まらぬ、風 巻、 疾 風の 疾 さで。
かまいたち
鎌 鼬 だ。
「あれでは、わたしたちのせいでなかろうと、こうせずにはおられないでしょう」
「わかってくださいますか」
かんすけ
「ただ、寛 介 さんに会わせてもらえる話は、いかがなりましたでしょうか」
「ああ、いまのところまだちょっとねえ」
風に吹かれるひょうたんのように、のらりくらりとした返事。
話しても無駄だとわかろうと、無性に腹が立つ。
「でも、わたしたちだって、できるだけのことはしているんですよ。
ソヨちゃんには外に出てもらってるでしょう?」
ソヨ。 姉妹の末の妹。
薙ぎ斬ることを得意とする姉たちと違い、医薬施術に長けていた。
ソヨの手にした薬を塗れば、火傷金創たちどころにふさがり癒える。
ふたりが斬り倒した男をすばやく治し、不殺の掟を貫くのがソヨの役目。
「おふたりのしわざだとしても、ソヨちゃんはかかわっていなかったんでしょうから」
現場も、斬られた男たちも血まみれ。
死者こそいなかったが、凄惨な有様であった。
「ソヨはどこにいるのでしょうか」
「ちゃんと里の救護所で、怪我人の手当てにあたってもらってますよ。
風に乗って逃げないように見張りは付けさせてますけど」
寛大な沙汰だと言いたげなようだが、実質人質である。
施術を扱うソヨには、姉二人のような膂力はない。
そして同時に、自分たちもソヨにとって人質なのだろう。
「それでは、わたしはこれで。 数日中にまた、奉行所から沙汰があるはずですから。
めったなことはお考えにならないようにね」
「あの、最後にひとつだけ」
「なんでしょう、シマキさん」
「あの ― 」
シマキの問いを聞いた同心は、その場でくるりと背を向けた。
「わたしは同心、下手人を挙げるのが仕事。 坑夫らのつごうなんてあずかりしらぬことですよ」
本人は重々しいつもりなのだろうが、なんともぶらんぶらんとした足取りで同心が出ていった。
大岩で出口がふさがれる。
ず 、 ず ん 。
岩をくりぬかれた部屋には、風の通る隙間ひとつない。
ともされたろうそくの火は、右にも左にも揺れなかった。
「・・・念のいったことだぜ。 人間だったら息がつまってらあ」
「わたしたちを閉じこめようと思ったら、こうするしかないでしょうね」
「呑気なこと言ってる場合じゃねえぜ、姉さん。 このままじゃあたしら・・・」
「焦ってはだめ。 なにかすればするほど、わたしたちの立場が悪くなる。
ソヨ、勘介さんの身まで危なくなるかもしれない」
「・・・ちくしょう」
ハヤテはその場に座りこんだ。
シマキは静かに、ひとり思案している。
― さきほどの同心の、あの態度。 きっと何かを知っている。
けれど、それよりも・・・
わずかにゆれるともしびを、じっと見つめている。
青みのかかった瞳が灯の色にかがやいていた。
― 勘介さん、ソヨ。
無茶なことをしなければよいのだけれど ―
17/09/28 23:08更新 / 一太郎
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