魔物娘昔ばなし〜わかめ女房〜
むかしむかし、とある海辺に、ひとりの若者が住んでおった。
若者は名を茂平といった。
茂平は親を早くに失い、里の外れの岬の上でひとり暮らしておった。
茂平はうまれつきからだが弱く、漁には出られなんだ。
けれど真面目で働き者じゃった。
朝はいつも誰よりも朝早くから浜に出て
打ち上げられた魚や藻、流木やごみをせっせと拾い集めておった。
そうやって浜をきれいにし、食べ物やたきぎを得ておった。
昼間は朝採った魚や藻を売って歩いたり、
漁に使う網をなおしたり縄をなったりして
つつましく不自由なく暮らしておったと。
ある日、いつものように浜に出てもの拾いをしておったところ。
「もし」
まだ薄暗い浜辺で、だれかが茂平に声をかけた。
こんな朝早くからだれじゃと、くるくると顔を回してさがす。
「もし」
気づくといつのまにか、波打ち際にひとりのおなごが立っておった。
小柄じゃが細っこくて、背丈より高く見える。
結っていない長い髪がゆらゆらと肩の上でさざなみのようにゆれて、
それはそれはきれいじゃったと。
「おらのことを、呼んだだか」
「はい。 茂平さん、でしたか」
「いかにも、おらあが茂平じゃ」
「いつも、朝早くから、浜をきれいにしていただいて。
ほんとうにありがとうございます」
女は頭をぺこりと下げた。
髪がふわっと揺れて、いい匂いがするようじゃった。
「い、いや。 かえってだれかの邪魔になっとらんかと心配で」
「邪魔だなんて。 ほんとうに助かっております。
わたしにもなにか、お手伝いできませんか」
「手伝い、じゃと。 で、では、軽いものからお願いしますだ」
茂平はどぎまぎしながら、女の申し出を受けた。
もしや物の怪かとも思ったが、女は茂平に負けぬほど真面目で働き者じゃった。
浜辺をすいすいと歩きながら落ちているものをひょいひょいと拾い上げ、
あっという間にしょいかごいっぱいの藻を集めてしまったと。
「おお、助かるのう」
「いいえ。おうちまで持っていって、よいですか」
「ああ、よろしく頼みます」
女は藻でいっぱいのしょいかごをしょって、
流木を背負った茂平の背中を岬の上まで押していった。
「いや、助かった。 よかったら、朝ごはんでも食べていかんか」
「まあ、ありがとうございます。 なら、わたしにもお手伝いさせてください」
「そんなことまで、ええのか」
「ご馳走になるんですから、これくらいは。 お台所をお借りしてよいですか」
「いや、ありがたい」
茂平が表で魚を焼いていると、家の中からなんとも言えんいい香りがしてきた。
家に戻ってみると、ほかほかのご飯と汁ものが用意されておった。
「おおう、ええ匂いじゃ」
ごはんは米の一粒一粒がきちっと立って、しっかり甘く炊けておった。
汁ものはたいそう香ばしく、見たことのない藻が入っておった。
すすってみるとこれがまた、いままでに口にしたこともないようなおいしさじゃった。
「おお、これはうまいのう」
「茂平さんの焼いたお魚も美味しいですよ」
「いや、ごちそうさまじゃ」
女は名をアマメといった。
アマメは茂平が朝に浜辺に降りるたびそこにいて、
いつも拾いものや朝ごはんの準備を手伝ってくれるようになった。
一週間後、茂平は思い切ってこう頼んでみた。
「このまま、わしの家に、住んではもらえんか」
アマメはにっこりと笑って、はいとうなずいてくれた。
その晩茂平は、きれいな髪につつまれて、夢みごこちじゃったと。
それから茂平とアマメはふたりして暮らしておった。
お互いぜいたくを言わぬたちだったので暮らし向きに不自由はなかった。
だが茂平には、アマメのことでどうしても気になることがあった。
「ごめんなさい、茂平さん。 ちょっとだけ待ってて」
アマメはご飯を作ってる最中、どうしても台所の中にいれてくれん。
特に自慢の汁ものについては、なにひとつ教えようとはせんかった。
だしのことも、昆布でもひじきでもない具の藻のことも、なんにも教えてくれん。
たったそれだけのことじゃったが、茂平はそれがどうしても気になった。
ある日茂平は、あらかじめ壁にこっそり穴をあけ、アマメがいる台所をのぞいてみた。
アマメはこれから汁ものをつくるところのようで、鍋を抱え持っていた。
ご と ん 。
なんでかアマメはその鍋をかまどの上にではなく、床の上に置いた。
そして着物のすそを、がばとたくしあげて・・・
(なんじゃと?!)
アマメは腰まですそを上げ、床の鍋の上にかがみこんだ。
ほそい足とまあるい尻がむき出しになる。
そして・・・
ちょぽちょぽちょぽちょぽ・・・
アマメは何と、白い尻のあいだから鍋に向けて、いきおいよくおしっこを出し始めた。
いつもの汁もののだしのにおいがぷーんと鼻をつく。
ちょぽちょぽちょぽ・・・ ぴちょっ。
アマメは最後のひとしずくを腰を振ってふりおとした。
そしてそのままの姿勢で、こんどはかみそりを手に取って・・・
しょり、しょり、しょり。
しょり、しょり。
最初、茂平はアマメが何をしているのかがわからなかった。
両手で何やらおまたのあたりをごそごそしているくらいにしか見えなかった。
しょり しょり しょり・・・
しかしアマメのお尻のあいだから、なにやら黒いものが鍋の上に落ちていっている。
それでようやく、おそその茂みを剃っているのだと気が付いた。
(なんということじゃ。 あの藻は、アマメの・・・)
が た っ !
すっかりたまげてしまった茂平は、うっかり物音をたててしもうた。
穴の向こうのアマメがはっとこちらを振り向く。
そして壁のむこうの茂平と目があってしもうた。
「いやあああ!」
「ま、待て!」
すそをなおすのもそこそこに、顔を手でふさいで駆け逃げようとするアマメを、
茂平は玄関先ですんでのところでつかまえた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「待て! すまんかった、アマメ!」
「え?」
「そんなつもりじゃなかった!」
茂平はアマメの足元に、がばっとひれふした。
「恥ずかしいところ、見てしもうて、すまん!」
「・・・茂平さん?」
アマメはきょとんとして、足元の茂平を見ておった。
「おまえが、あんなに、見せたくないと言うとったのに」
「・・・ ・・・ ・・・」
「つい、気になってしもうて・・・ 悪かった」
「あの、茂平さん」
「なんじゃ?」
「怒ったりは、なさらないのですか?」
「何をじゃ」
「何を、って。 その・・・」
アマメは顔を赤くして、もごもごと茂平にたずねた。
あんな作り方をした汁を食わせて、怒らないのかと。
「そういやあそうじゃった、びっくりしたわ」
「はあ」
「あれは汚いのか? 毒なのか?」
「いえ、とんでもありません」
ここでアマメは、自分のことを話し始めた。
フロウケルプ
自分は人ではなく、海藻の精なのであると。
海藻である彼女らにとって、潮の流れに乗って自分たちを引き裂く海のごみは恐ろしいもの。
それをいつもいつも黙々と拾い集めてくれる茂平に、アマメは惹かれたのだという。
「そうじゃったのか」
「はい。あの汁も藻も、けして毒でも汚いものでもないのです」
出し方はあれだが、汁も藻も海藻の精のからだから生じたもの。
一口飲めば疲れが飛ぶ。 一日飲めば疲れなくなる。
十日飲めば病もよりつかず、ひと月飲めば寿命が延びるというものじゃという。
「わたし、茂平さんに、元気になってもらいたかったんです・・・」
「なるほどのう」
茂平はこのところ、妙に体の具合がいいとおもっていたが、そういうことかと合点がいった。
「うーん、それならのう」
「怒らないの、ですか?」
「うまかったし、毒じゃないっていうんなら、のう」
「ばれてしまったら、怒られて、追い出されてしまうものかと・・・」
「おらは、おまえと離れたくねえ」
「・・・茂平さん」
茂平はアマメの手を取って、家の中へ連れていこうとした。
けれどアマメは、戸の前で立ち止まってしまう。
「どうしたんじゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
「朝ごはんのしたくを、してはくれんか」
「・・・はずかしい、です」
「・・・ ・・・ ・・・」
「やっぱりわたし、もうここには、おられません・・・」
アマメは、蚊の飛ぶような声をやっとのことでしぼりだした。
茂平はちぢこまったアマメを、よいしょとかかえあげた。
「きゃあ?!」
「よいせ、よいせ」
あれよあれよという間もなしに、アマメは風呂場まで連れていかれてしもうた。
アマメを降ろし座らせた茂平は、その前にどっかと座りこむ。
「な、なにを?」
「見せてみい」
「え!?」
顔を真っ赤にしておろおろするアマメを、茂平はしかと見据えてこういった。
「秘密にするから、いけないんじゃ。 秘密でなけりゃ、恥ずかしいことなんてねえ」
「でも、でも」
「おらだって赤んぼのころは、母ちゃんに見られとった」
「・・・・・・でも」
「頼む、見せてくれ」
「・・・ ・・・ ・・・」
茂平にひれふされて頼みこまれ、ついにアマメは観念した。
目を伏せ顔をそむけて、そ、と腿をひらく。
「・・・おお」
「・・・・・・・・・」
「きれいじゃ」
しげみひとつ草一本ないアマメのおそそは、
白浜のようにとてもうつくしかった。
浜の真ん中にはひとすじの桜色の入り江があり、
そこから両側へ桃色のさざなみがひろがっていた。
「出せるか」
「・・・出ない、です」
「出したばっかりじゃからのう」
「・・・いえ、はずか、しくて・・・」
アマメは口をきっとむすんで、手をぎゅっと握りしめていた。
恥ずかしさでからだがこわばり、どうしても出るものが出ない。
「見られりゃ、そりゃ、はずかしいだな」
「・・・ ・・・ ・・・」
「なら、見なけりゃええんだ」
言うがはやいが茂平は、アマメの腰をぐい、とかかえこんだ。
「きゃあ?!」
「・・・むっ」
茂平は、頭をアマメのふともものあいだにさしこんだ。
そして顔を、アマメの白浜に。
口を、アマメの入り江にさしいれた。
「や、やっ! 茂平さん・・・」
「む、むっ」
「・・・あ、あはっ」
茂平の舌は入り江の真ん中、おだしの湧き出し口をさぐりあてた。
舌のさきっぽでくすぐると、濃いいおだしがちょろと出てきた。
アマメは茂平の頭を押し出そうとするが、どうしても力が入らない。
「や、やめて。 茂平さん、だめ」
「ん、む、む」
「茂平さんの、ばか。 ばかっ」
アマメはどうすることもできず、ぽこんぽこんと、茂平の頭をぶった。
茂平の舌は湧きだし口の下のほら穴、上の小岩もねぶっていた。
ほら穴から、じゅんと、アマメのおつゆがしみ出してくる。
おだしの潮のにおいに、なんともいえん甘い小味がまじった。
「あ、あはっ、ふん」
「ちゅ、ちゅ、んぷ」
「あ、あ、だめ」
鼻にかかった声が、泣き声のようになっていく。
首がかくんかくんとはね、ふとももがぎゅうと閉じられる。
「も、もう、出ちゃう。出ちゃう」
「出してくれ」
「あ、あ、やあ。 あああー・・・」
・・・ちょろ。
「だ、だめぇ。 だめぇー・・・っ・・・」
・・・じょろじょろじょろじょろ・・・
とうとう湧きだし口から、おだしがふきだしはじめた。
鍋にだした時よりも、いきおいよく、いっぱいふきだしてきた。
とても茂平の口ではうけとめきれんかった。
・・・ちゃぱちゃぱちゃぱちゃぱ・・・
あふれたおだしが、お風呂場の流しにながれていく。
それでも茂平は濃い海の味、うしおの香り、そして甘い小味がついたおだしをごくごくと飲んだ。
ひとくちごとに力がわくようじゃった。
・・・ちょぽ ちょぽ ちょぽ
・・・ ち ょ ろ 。
茂平のかおも胸も、アマメのおまたもふとももも、
お風呂場もびちゃびちゃにして、ようやくおだしはぜんぶ出きった。
アマメはぽーっとして、茂平の頭をかかえておる。
「・・・ ・・・ ・・・」
「は、は、あは」
「・・・まだ、残っとる」
茂平は湧きだし口に、ぴと、とくちびるを当て、
底に残っていたおだしを、おもいっきり吸い上げた。
ぴ ゅ !
「ふひゃああんっ?!」
湧きだし口から、ほんとうに最後の最後のひとしずくが、
いきおいよく茂平の口の中にふき出した。
アマメのからだはがくんとはねて、うしろにこてんと倒れてしまった。
「は、はーっ、はーっ、はーっ・・・」
「だいじょうぶだか、アマメ」
「もへい・・・はあ、さんっ、はあ・・・」
アマメはもう、かおも目も耳もまっかっか。
お風呂場の床であおむけになったまま
たえだえに息をつきながら茂平をなじった。
「もへいさん、ひどい・・・ ひどいよう・・・」
「わたし・・・ わたし、こんなこと・・・ されたら・・・」
「もう、ひとりで、おだし、だせない・・・ だせなく、なっちゃう、よう・・・」
茂平はひっくりかえったアマメの顔の上で、
おだやかにこういった。
「んじゃ、おらと、ずーっと一緒にいるしかないな。
もう、ここにおらんないなんて、言わんでな」
「・・・はい。 わたし、もへいさんと、いっしょ。 ずっと、いっしょ・・・」
アマメは、おとうさんに甘える子どものように、そう言った。
茂平はふらふらと起きあがろうとするアマメをやさしく助けおこした。
ふたりは、おだしでずぶぬれになったまま、ひしと抱きあったと。
次の日。 茂平とアマメは、ふたりで朝ご飯の準備をした。
茂平はおなべとかみそりを用意し、アマメをお風呂場へ連れていった。
アマメは風呂釜によりかかり、あしもとに水のはいったなべを置いた。
「はじめっぞ、アマメ」
「・・・はい」
茂平はアマメの足元でかがみ、着物をたくし上げた。
昨日きれいにそったはずのおそそには、またまっ黒いしげみがはえそろっておった。
しょり しょり しょり 、
しょり しょり しょり 。
茂平はかみそりを手にして、アマメのおそそをやさしくそりあげた。
傷一つつけぬよう、手を当て、さすり、ひらき、やさしく、やさしく。
「痛かったら、すぐ言うんだぞ」
「・・・はい」
アマメは顔を赤らめて目を伏せていた。
昨日と同じように、とても恥ずかしそうにしておった。
けど、今日はからだがこわばっても、くちびるをかみしめてもおらん。
肩の力が抜けて、ふっとほほえんで、とても嬉しそうにも見えた。
しょり しょり しょり・・・
茂平の手がうごくたび、はっ、ふん、と、アマメののどから息がもれる。
そりおとされた黒い毛が、ぱらぱらとなべの中に落ちた。
水につかったおそその毛はぱっと緑色の花のようにひろがって、いつもの汁の実になった。
「つぎは、おだしだ」
茂平はきれいになったおそそをひらき、
小さな穴を指でさすっておだしを出させようとした。
湧きだし口からじわっとおだしがにじみ出てくる。
「あの、茂平、さん」
「なんじゃ、アマメ」
「・・・おくち、で」
茂平はアマメのちいさなちいさな声のたのみを聞き、
つるつるのおそそにそっと口を寄せる。
アマメは自分で白浜をどかし、さざ波をかきわけ、入り江をむきだしてくれた。
ほら穴からはもう、おつゆがとろりとこぼれている。
ちょぽぽぽぽ・・・
茂平の舌がつるりとさわったとたん、湧きだし口からおだしがあふれだしてきた。
今日のおだしは最初からおつゆがまじって、なんともいえん甘いかおりがした。
アマメはほうと息をつき、しあわせそうにおだしをこぼしていった。
ちゃぱぱぱぱぱ・・・
たくさんたくさん湧きだしたおだしは、すぐにおなべいっぱいにたまった。
そそがれるおだしの下で緑色の花のような藻が、ふわふわとゆれた。
アマメはぶるっとふるえて、おだしのしずくをふりきった。
「そんじゃ、しあげだ」
「・・・はい」
茂平はつるつるのおそそに口をあて、おだしの穴にくちびるをすいつけて・・・
ち ゅ る っ 。
「あはっ」
アマメはびくんとふるえて、がくんと腰をおとしてしまった。
「よっし、これでおわりじゃ」
「・・・・・・・・・」
「アマメはすこし休んどれ。 おらが全部やってやる」
「茂平、さん」
アマメはすわりこんだまま、なにやらもじもじとしている。
ひざをぴっちり閉じて、ふとももをすりすりとすりあわせておる。
「茂平さぁん・・・」
「どうした、アマメ」
「せつない、です」
アマメはうるんだ目で、茂平を見あげた。
「せつないんです・・・」
「どこが、じゃ」
「・・・いじわる」
アマメはぱか、とひざを開いた。
その奥のおそそも、ぱくん、と口を開けた。
そこからはおつゆが、まるでおだしのように、とろとろとあふれておった。
「やらしい、アマメだ」
「茂平さんが、悪いんです・・・」
「そうだな。 おらが悪い。 おらがどうにかせねばな」
「・・・どうにかして、ください。 いっぱい、いっぱい」
そして茂平はアマメをいっぱい、いっぱいかわいがった。
結局、ふたりが朝ごはんを食べたのは昼過ぎになってからじゃった。
それからしばらくたって、岬のまわりが、なんだかにぎやかになった。
毎日朝早くから、ふわふわした黒髪の女の子が、
いっぱいいっぱい岬のふもとの浜にあつまり、
せっせと浜辺をきれいにするようになったという。
そして、この小さな女の子たち、そしてこの子らからとれる藻のことは
わかめ
「 若 女 」と呼ばれるようになったんだとさ。
どっとはらい。
若者は名を茂平といった。
茂平は親を早くに失い、里の外れの岬の上でひとり暮らしておった。
茂平はうまれつきからだが弱く、漁には出られなんだ。
けれど真面目で働き者じゃった。
朝はいつも誰よりも朝早くから浜に出て
打ち上げられた魚や藻、流木やごみをせっせと拾い集めておった。
そうやって浜をきれいにし、食べ物やたきぎを得ておった。
昼間は朝採った魚や藻を売って歩いたり、
漁に使う網をなおしたり縄をなったりして
つつましく不自由なく暮らしておったと。
ある日、いつものように浜に出てもの拾いをしておったところ。
「もし」
まだ薄暗い浜辺で、だれかが茂平に声をかけた。
こんな朝早くからだれじゃと、くるくると顔を回してさがす。
「もし」
気づくといつのまにか、波打ち際にひとりのおなごが立っておった。
小柄じゃが細っこくて、背丈より高く見える。
結っていない長い髪がゆらゆらと肩の上でさざなみのようにゆれて、
それはそれはきれいじゃったと。
「おらのことを、呼んだだか」
「はい。 茂平さん、でしたか」
「いかにも、おらあが茂平じゃ」
「いつも、朝早くから、浜をきれいにしていただいて。
ほんとうにありがとうございます」
女は頭をぺこりと下げた。
髪がふわっと揺れて、いい匂いがするようじゃった。
「い、いや。 かえってだれかの邪魔になっとらんかと心配で」
「邪魔だなんて。 ほんとうに助かっております。
わたしにもなにか、お手伝いできませんか」
「手伝い、じゃと。 で、では、軽いものからお願いしますだ」
茂平はどぎまぎしながら、女の申し出を受けた。
もしや物の怪かとも思ったが、女は茂平に負けぬほど真面目で働き者じゃった。
浜辺をすいすいと歩きながら落ちているものをひょいひょいと拾い上げ、
あっという間にしょいかごいっぱいの藻を集めてしまったと。
「おお、助かるのう」
「いいえ。おうちまで持っていって、よいですか」
「ああ、よろしく頼みます」
女は藻でいっぱいのしょいかごをしょって、
流木を背負った茂平の背中を岬の上まで押していった。
「いや、助かった。 よかったら、朝ごはんでも食べていかんか」
「まあ、ありがとうございます。 なら、わたしにもお手伝いさせてください」
「そんなことまで、ええのか」
「ご馳走になるんですから、これくらいは。 お台所をお借りしてよいですか」
「いや、ありがたい」
茂平が表で魚を焼いていると、家の中からなんとも言えんいい香りがしてきた。
家に戻ってみると、ほかほかのご飯と汁ものが用意されておった。
「おおう、ええ匂いじゃ」
ごはんは米の一粒一粒がきちっと立って、しっかり甘く炊けておった。
汁ものはたいそう香ばしく、見たことのない藻が入っておった。
すすってみるとこれがまた、いままでに口にしたこともないようなおいしさじゃった。
「おお、これはうまいのう」
「茂平さんの焼いたお魚も美味しいですよ」
「いや、ごちそうさまじゃ」
女は名をアマメといった。
アマメは茂平が朝に浜辺に降りるたびそこにいて、
いつも拾いものや朝ごはんの準備を手伝ってくれるようになった。
一週間後、茂平は思い切ってこう頼んでみた。
「このまま、わしの家に、住んではもらえんか」
アマメはにっこりと笑って、はいとうなずいてくれた。
その晩茂平は、きれいな髪につつまれて、夢みごこちじゃったと。
それから茂平とアマメはふたりして暮らしておった。
お互いぜいたくを言わぬたちだったので暮らし向きに不自由はなかった。
だが茂平には、アマメのことでどうしても気になることがあった。
「ごめんなさい、茂平さん。 ちょっとだけ待ってて」
アマメはご飯を作ってる最中、どうしても台所の中にいれてくれん。
特に自慢の汁ものについては、なにひとつ教えようとはせんかった。
だしのことも、昆布でもひじきでもない具の藻のことも、なんにも教えてくれん。
たったそれだけのことじゃったが、茂平はそれがどうしても気になった。
ある日茂平は、あらかじめ壁にこっそり穴をあけ、アマメがいる台所をのぞいてみた。
アマメはこれから汁ものをつくるところのようで、鍋を抱え持っていた。
ご と ん 。
なんでかアマメはその鍋をかまどの上にではなく、床の上に置いた。
そして着物のすそを、がばとたくしあげて・・・
(なんじゃと?!)
アマメは腰まですそを上げ、床の鍋の上にかがみこんだ。
ほそい足とまあるい尻がむき出しになる。
そして・・・
ちょぽちょぽちょぽちょぽ・・・
アマメは何と、白い尻のあいだから鍋に向けて、いきおいよくおしっこを出し始めた。
いつもの汁もののだしのにおいがぷーんと鼻をつく。
ちょぽちょぽちょぽ・・・ ぴちょっ。
アマメは最後のひとしずくを腰を振ってふりおとした。
そしてそのままの姿勢で、こんどはかみそりを手に取って・・・
しょり、しょり、しょり。
しょり、しょり。
最初、茂平はアマメが何をしているのかがわからなかった。
両手で何やらおまたのあたりをごそごそしているくらいにしか見えなかった。
しょり しょり しょり・・・
しかしアマメのお尻のあいだから、なにやら黒いものが鍋の上に落ちていっている。
それでようやく、おそその茂みを剃っているのだと気が付いた。
(なんということじゃ。 あの藻は、アマメの・・・)
が た っ !
すっかりたまげてしまった茂平は、うっかり物音をたててしもうた。
穴の向こうのアマメがはっとこちらを振り向く。
そして壁のむこうの茂平と目があってしもうた。
「いやあああ!」
「ま、待て!」
すそをなおすのもそこそこに、顔を手でふさいで駆け逃げようとするアマメを、
茂平は玄関先ですんでのところでつかまえた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「待て! すまんかった、アマメ!」
「え?」
「そんなつもりじゃなかった!」
茂平はアマメの足元に、がばっとひれふした。
「恥ずかしいところ、見てしもうて、すまん!」
「・・・茂平さん?」
アマメはきょとんとして、足元の茂平を見ておった。
「おまえが、あんなに、見せたくないと言うとったのに」
「・・・ ・・・ ・・・」
「つい、気になってしもうて・・・ 悪かった」
「あの、茂平さん」
「なんじゃ?」
「怒ったりは、なさらないのですか?」
「何をじゃ」
「何を、って。 その・・・」
アマメは顔を赤くして、もごもごと茂平にたずねた。
あんな作り方をした汁を食わせて、怒らないのかと。
「そういやあそうじゃった、びっくりしたわ」
「はあ」
「あれは汚いのか? 毒なのか?」
「いえ、とんでもありません」
ここでアマメは、自分のことを話し始めた。
フロウケルプ
自分は人ではなく、海藻の精なのであると。
海藻である彼女らにとって、潮の流れに乗って自分たちを引き裂く海のごみは恐ろしいもの。
それをいつもいつも黙々と拾い集めてくれる茂平に、アマメは惹かれたのだという。
「そうじゃったのか」
「はい。あの汁も藻も、けして毒でも汚いものでもないのです」
出し方はあれだが、汁も藻も海藻の精のからだから生じたもの。
一口飲めば疲れが飛ぶ。 一日飲めば疲れなくなる。
十日飲めば病もよりつかず、ひと月飲めば寿命が延びるというものじゃという。
「わたし、茂平さんに、元気になってもらいたかったんです・・・」
「なるほどのう」
茂平はこのところ、妙に体の具合がいいとおもっていたが、そういうことかと合点がいった。
「うーん、それならのう」
「怒らないの、ですか?」
「うまかったし、毒じゃないっていうんなら、のう」
「ばれてしまったら、怒られて、追い出されてしまうものかと・・・」
「おらは、おまえと離れたくねえ」
「・・・茂平さん」
茂平はアマメの手を取って、家の中へ連れていこうとした。
けれどアマメは、戸の前で立ち止まってしまう。
「どうしたんじゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
「朝ごはんのしたくを、してはくれんか」
「・・・はずかしい、です」
「・・・ ・・・ ・・・」
「やっぱりわたし、もうここには、おられません・・・」
アマメは、蚊の飛ぶような声をやっとのことでしぼりだした。
茂平はちぢこまったアマメを、よいしょとかかえあげた。
「きゃあ?!」
「よいせ、よいせ」
あれよあれよという間もなしに、アマメは風呂場まで連れていかれてしもうた。
アマメを降ろし座らせた茂平は、その前にどっかと座りこむ。
「な、なにを?」
「見せてみい」
「え!?」
顔を真っ赤にしておろおろするアマメを、茂平はしかと見据えてこういった。
「秘密にするから、いけないんじゃ。 秘密でなけりゃ、恥ずかしいことなんてねえ」
「でも、でも」
「おらだって赤んぼのころは、母ちゃんに見られとった」
「・・・・・・でも」
「頼む、見せてくれ」
「・・・ ・・・ ・・・」
茂平にひれふされて頼みこまれ、ついにアマメは観念した。
目を伏せ顔をそむけて、そ、と腿をひらく。
「・・・おお」
「・・・・・・・・・」
「きれいじゃ」
しげみひとつ草一本ないアマメのおそそは、
白浜のようにとてもうつくしかった。
浜の真ん中にはひとすじの桜色の入り江があり、
そこから両側へ桃色のさざなみがひろがっていた。
「出せるか」
「・・・出ない、です」
「出したばっかりじゃからのう」
「・・・いえ、はずか、しくて・・・」
アマメは口をきっとむすんで、手をぎゅっと握りしめていた。
恥ずかしさでからだがこわばり、どうしても出るものが出ない。
「見られりゃ、そりゃ、はずかしいだな」
「・・・ ・・・ ・・・」
「なら、見なけりゃええんだ」
言うがはやいが茂平は、アマメの腰をぐい、とかかえこんだ。
「きゃあ?!」
「・・・むっ」
茂平は、頭をアマメのふともものあいだにさしこんだ。
そして顔を、アマメの白浜に。
口を、アマメの入り江にさしいれた。
「や、やっ! 茂平さん・・・」
「む、むっ」
「・・・あ、あはっ」
茂平の舌は入り江の真ん中、おだしの湧き出し口をさぐりあてた。
舌のさきっぽでくすぐると、濃いいおだしがちょろと出てきた。
アマメは茂平の頭を押し出そうとするが、どうしても力が入らない。
「や、やめて。 茂平さん、だめ」
「ん、む、む」
「茂平さんの、ばか。 ばかっ」
アマメはどうすることもできず、ぽこんぽこんと、茂平の頭をぶった。
茂平の舌は湧きだし口の下のほら穴、上の小岩もねぶっていた。
ほら穴から、じゅんと、アマメのおつゆがしみ出してくる。
おだしの潮のにおいに、なんともいえん甘い小味がまじった。
「あ、あはっ、ふん」
「ちゅ、ちゅ、んぷ」
「あ、あ、だめ」
鼻にかかった声が、泣き声のようになっていく。
首がかくんかくんとはね、ふとももがぎゅうと閉じられる。
「も、もう、出ちゃう。出ちゃう」
「出してくれ」
「あ、あ、やあ。 あああー・・・」
・・・ちょろ。
「だ、だめぇ。 だめぇー・・・っ・・・」
・・・じょろじょろじょろじょろ・・・
とうとう湧きだし口から、おだしがふきだしはじめた。
鍋にだした時よりも、いきおいよく、いっぱいふきだしてきた。
とても茂平の口ではうけとめきれんかった。
・・・ちゃぱちゃぱちゃぱちゃぱ・・・
あふれたおだしが、お風呂場の流しにながれていく。
それでも茂平は濃い海の味、うしおの香り、そして甘い小味がついたおだしをごくごくと飲んだ。
ひとくちごとに力がわくようじゃった。
・・・ちょぽ ちょぽ ちょぽ
・・・ ち ょ ろ 。
茂平のかおも胸も、アマメのおまたもふとももも、
お風呂場もびちゃびちゃにして、ようやくおだしはぜんぶ出きった。
アマメはぽーっとして、茂平の頭をかかえておる。
「・・・ ・・・ ・・・」
「は、は、あは」
「・・・まだ、残っとる」
茂平は湧きだし口に、ぴと、とくちびるを当て、
底に残っていたおだしを、おもいっきり吸い上げた。
ぴ ゅ !
「ふひゃああんっ?!」
湧きだし口から、ほんとうに最後の最後のひとしずくが、
いきおいよく茂平の口の中にふき出した。
アマメのからだはがくんとはねて、うしろにこてんと倒れてしまった。
「は、はーっ、はーっ、はーっ・・・」
「だいじょうぶだか、アマメ」
「もへい・・・はあ、さんっ、はあ・・・」
アマメはもう、かおも目も耳もまっかっか。
お風呂場の床であおむけになったまま
たえだえに息をつきながら茂平をなじった。
「もへいさん、ひどい・・・ ひどいよう・・・」
「わたし・・・ わたし、こんなこと・・・ されたら・・・」
「もう、ひとりで、おだし、だせない・・・ だせなく、なっちゃう、よう・・・」
茂平はひっくりかえったアマメの顔の上で、
おだやかにこういった。
「んじゃ、おらと、ずーっと一緒にいるしかないな。
もう、ここにおらんないなんて、言わんでな」
「・・・はい。 わたし、もへいさんと、いっしょ。 ずっと、いっしょ・・・」
アマメは、おとうさんに甘える子どものように、そう言った。
茂平はふらふらと起きあがろうとするアマメをやさしく助けおこした。
ふたりは、おだしでずぶぬれになったまま、ひしと抱きあったと。
次の日。 茂平とアマメは、ふたりで朝ご飯の準備をした。
茂平はおなべとかみそりを用意し、アマメをお風呂場へ連れていった。
アマメは風呂釜によりかかり、あしもとに水のはいったなべを置いた。
「はじめっぞ、アマメ」
「・・・はい」
茂平はアマメの足元でかがみ、着物をたくし上げた。
昨日きれいにそったはずのおそそには、またまっ黒いしげみがはえそろっておった。
しょり しょり しょり 、
しょり しょり しょり 。
茂平はかみそりを手にして、アマメのおそそをやさしくそりあげた。
傷一つつけぬよう、手を当て、さすり、ひらき、やさしく、やさしく。
「痛かったら、すぐ言うんだぞ」
「・・・はい」
アマメは顔を赤らめて目を伏せていた。
昨日と同じように、とても恥ずかしそうにしておった。
けど、今日はからだがこわばっても、くちびるをかみしめてもおらん。
肩の力が抜けて、ふっとほほえんで、とても嬉しそうにも見えた。
しょり しょり しょり・・・
茂平の手がうごくたび、はっ、ふん、と、アマメののどから息がもれる。
そりおとされた黒い毛が、ぱらぱらとなべの中に落ちた。
水につかったおそその毛はぱっと緑色の花のようにひろがって、いつもの汁の実になった。
「つぎは、おだしだ」
茂平はきれいになったおそそをひらき、
小さな穴を指でさすっておだしを出させようとした。
湧きだし口からじわっとおだしがにじみ出てくる。
「あの、茂平、さん」
「なんじゃ、アマメ」
「・・・おくち、で」
茂平はアマメのちいさなちいさな声のたのみを聞き、
つるつるのおそそにそっと口を寄せる。
アマメは自分で白浜をどかし、さざ波をかきわけ、入り江をむきだしてくれた。
ほら穴からはもう、おつゆがとろりとこぼれている。
ちょぽぽぽぽ・・・
茂平の舌がつるりとさわったとたん、湧きだし口からおだしがあふれだしてきた。
今日のおだしは最初からおつゆがまじって、なんともいえん甘いかおりがした。
アマメはほうと息をつき、しあわせそうにおだしをこぼしていった。
ちゃぱぱぱぱぱ・・・
たくさんたくさん湧きだしたおだしは、すぐにおなべいっぱいにたまった。
そそがれるおだしの下で緑色の花のような藻が、ふわふわとゆれた。
アマメはぶるっとふるえて、おだしのしずくをふりきった。
「そんじゃ、しあげだ」
「・・・はい」
茂平はつるつるのおそそに口をあて、おだしの穴にくちびるをすいつけて・・・
ち ゅ る っ 。
「あはっ」
アマメはびくんとふるえて、がくんと腰をおとしてしまった。
「よっし、これでおわりじゃ」
「・・・・・・・・・」
「アマメはすこし休んどれ。 おらが全部やってやる」
「茂平、さん」
アマメはすわりこんだまま、なにやらもじもじとしている。
ひざをぴっちり閉じて、ふとももをすりすりとすりあわせておる。
「茂平さぁん・・・」
「どうした、アマメ」
「せつない、です」
アマメはうるんだ目で、茂平を見あげた。
「せつないんです・・・」
「どこが、じゃ」
「・・・いじわる」
アマメはぱか、とひざを開いた。
その奥のおそそも、ぱくん、と口を開けた。
そこからはおつゆが、まるでおだしのように、とろとろとあふれておった。
「やらしい、アマメだ」
「茂平さんが、悪いんです・・・」
「そうだな。 おらが悪い。 おらがどうにかせねばな」
「・・・どうにかして、ください。 いっぱい、いっぱい」
そして茂平はアマメをいっぱい、いっぱいかわいがった。
結局、ふたりが朝ごはんを食べたのは昼過ぎになってからじゃった。
それからしばらくたって、岬のまわりが、なんだかにぎやかになった。
毎日朝早くから、ふわふわした黒髪の女の子が、
いっぱいいっぱい岬のふもとの浜にあつまり、
せっせと浜辺をきれいにするようになったという。
そして、この小さな女の子たち、そしてこの子らからとれる藻のことは
わかめ
「 若 女 」と呼ばれるようになったんだとさ。
どっとはらい。
17/10/23 21:05更新 / 一太郎